神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
総評:「できていない」
夢枕に立たれる……というと少し語弊がある。
「お母様、異世界の人間をこの世界に呼びこんでもいいかしら?」
「ん-」
「ありがとう、お母様!」
都合、夢である。
一応、神だ。創世神。この世界を作り上げた神。
とはいえ人々に伝わる創世神の姿は私が創った子供達のものばかりで、私のものは一つもない。各地の聖堂にある神像もまた同じ。
だから私は。
「オーリさん、おはようございます」
「おはようございます。……え、もしかして出勤ですか?」
「はい。あ、ご迷惑でしたか?」
「いえいえいつも助かっています……けど、大丈夫ですか? 自分の時間とか、取れてますか?」
「お気遣いいただきありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。僕は好きでこの仕事をしているので」
人々に混じって、店を営んでいるのである。
きっかけとかそう大したものはない。人の営みに興味を抱いて早数万年。寿命の遷移に合わせて良い感じに各国へ移り住み、悠々自適な「人間ライフ」を送っている。各国……それぞれの国でそれぞれの役職や生き方を経験し、これまたそれぞれの楽しさを理解する。悠々自適だ。何の不自由もなく、何か制限をすることもなく、気ままに過ごせている。
気を付けていることがあるとすれば、戦闘職に就かないようにすることくらいか。
手加減はできる。傷つくこともできる。死ぬこともできる。だけど、死んだら終わりなのが人間だ。「人間ロールプレイ」において大事なのは、やはり人間を越えてしまわないこと。英雄や勇者と呼ばれる存在になることなく、一兵卒であるためには、どこかで死の危険に際す可能性を捨てきれない。そうして……というか、そうした時、本当の人間が稀に魅せる「死の際だからこその奮起」というのを私は再現できない。どこまでやっていいかまだ掴みあぐねている。
死の際の奮起なのだから通常以上の力を出していいのか、それとも力量差が覆ることはないのか。数万を経て尚「サンプル集めの途中」と言わざるを得ない。だって人間、同じ奴が全く生まれてこないんだもの。
……でまぁ、それができないから易々と死んで、楽しい「戦闘職人間ロールプレイ」はそこまで、になってしまいがちだから……戦闘職には就かない。サンプル集めが終わったらまたやってみたい気持ちはある。
「オーリさん……と、リコティッシュさん。おはようございます。いつも早いですね」
「早いもなにも、ここ私の店ですし」
「僕の場合は一刻も早く仕事がしたくて……」
とまぁそんな感じで、最近は手加減とかサンプルとかを考えなくていい職業を選びがちだ。勿論サンプル集めはしたいから、戦闘職には近い位置に。
そういった考えのもと営みを始めたのが、ここ。
「それじゃあ、リコ君。君は『勝鬨のペンダント』を。イルーナさんは昨日やってた『エスカトロムリアの指輪』の仕上げをお願いしますね」
「はい!」
「はーい!」
オーリ装飾品店。
私の名前がオーリで、売っているものが装飾品だからこの名前。
……安直と言うなかれ。店名で「誰が経営していて」「どういう店なのか」が分かった方が、人の多い都市では儲かりの度合いが違うのだ。
装飾品と一概に言ってもそれなりの種類がある。それは戦闘職が身に着ける物が一般的であるけれど、日常生活にも役に立つ。
だから私の店は小さな子供や主婦、そして勿論筋骨隆々な大戦士まで幅広い客層に恵まれていて、彼らと世間話をすることも多いから、「サンプル集め」もできる。もちろん実際に戦場へ赴いた方が捗りやすいのは事実だけど、戦闘職でもない奴が戦場についていって死なない可能性を考えるともっともっとサンプルが必要になってくる。
あくまで「人間ライフ」、「人間ロールプレイ」。出来なさすぎることはなくてもいいけど、出来過ぎてはいけない。私は一般市民として──。
「……すまん、ここが『オーリ装飾品店』であっているか?」
「はい、あっていますよ」
表情にも雰囲気にも出さない。その程度のヘマはしない。
ただこの子……。
うーん。
「どのようなものがご入り用でしょうか」
「金を払えばオーダーメイドの品も製作してくれると聞いたのだが、事実か?」
「ええ、事実です」
「なら」
どさ、と。
麻袋がカウンターに置かれる。確認するまでもないけど、「人間ロールプレイ」として中を見れば、そこにあるのはこの都市の一般市民が四年は遊んで暮らせるような大金が。
「これで、俺の魔力を抑えるアクセサリーを作ってほしい」
「それなら、これほどは必要ありません」
麻袋の中から三枚の大金貨を抜く。
「いや……俺の体質は少々特殊でな。恐らくこの量の金が必要になる」
「ご安心ください。あなたのような魔力暴走体質の方は過去にもおられました。そして、その方々の悩みもまたしっかりと解消してきています。ですからどうか、残りのお金は他のことにお使いください」
「わ、わかるのか?」
「敵地への潜入工作中である、という可能性もゼロではありませんが、街中で『魔封じのローブ』を身に纏う方は大抵が魔力暴走体質ですよ。そのローブを着ていないと、自らの意思とは関係なく魔力が周囲を害してしまう。だから着ている。けれど『魔封じのローブ』が抑えられる魔力量には限界がありますから、こうして装飾品店に赴き、魔封じ系統の装飾品を仕入れようと思った。当たっていますか?」
「……ああ。当たっている」
「ええ、あなたが今安堵したように、魔力暴走体質の方、というのは珍しくはありますが、歴史を見ても数人、というほどではありません。あなたにとってのコンプレックスは、思い悩み、自死を選択するほどのものではないのです」
バックヤードから出て来たリコ君が、カウンターに腕輪を置く。エノールという鉱石で作った腕輪にマトラトの宝石がはめ込まれた、赤と黒のコントラストが美しいその腕輪。
在庫があったから取ってきて、と言おうと思っていたのだけど、どうやら聞こえていたらしい。
「こちらがご所望の装飾品、『メトリカの腕輪』になります。効果としましては、装着者の魔力が規定値を越えた際に魔力を吸収、保存する、というもの」
「保存? ……それではダメだ。いつか限界が来てしまう」
「ご安心ください。『メトリカの腕輪』は保存限界値を持ちません。謂わば条件付きの魔力無限保存プール。また、有事の際には武器にもなります。今まで装着者が溜めた魔力を全開放するため、紅龍に手傷を負わせるくらいはできるでしょう」
「……すまない。信用ができない。俺は……無限という言葉が如何に果てしないかを知っている。それを人の手で作り上げることができるとは思えない」
当然だな、と思ったし、案外冷静で驚きもしている。
この世界に来てから長い……とか? でもあの子が私に許可を取ってきたのは今朝。……あるいは言うタイミングを見計らっていただけで、実はもう何人も連れてきている、とか。
「そうですか。ではこちらは如何でしょう。『クルクスの首飾り』……『メトリカの腕輪』と同じく装着者の魔力が規定値を越えた際に吸収を行いますが、吸収した魔力は即時身体強化魔法へと強制変換いたします」
「ん、それだ。それがいい」
「では、もう一枚大金貨を頂きますが、よろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
性能としては圧倒的に『メトリカの腕輪』の方が上なのだけど、まぁ、まぁ、まぁ。
お客様の目利きの腕など気にしない。そこまで慈善事業をしてしまうと、「人間ロールプレイ」が成り立たなくなる。
ほくほく顔で店を出て行った青年。
彼を見送って、私とリコ君は……溜息を吐く。
「『メトリカの腕輪』、やっぱり不評ですね。前も前も、その前も。魔力暴走体質のお客さんには最も適したアクセサリーだと思うのですが……なぜか皆さん信用してくださいません」
「今まで苦労してきたからだと思いますよ。無制限を思わせるほどに湧き出る自らの魔力。並の装飾品や防具ではそれらを抑えられず、すぐに自壊してしまう。それらの経験則があるからこそ"無限に吸収して保存する"という謳い文句が信じられない」
「……少し不満です。オーリさんの作るアクセサリーは全て説明通りの効果を持つのに……信じてもらえないというのは」
「王都にでも売り込みにいけば何かが変わるのかもしれないですが、生憎と私にそこまでの熱量がありませんからね。もしそれで王都へ移転せざるを得ない、なんてことになったら、リコ君とイルーナさんだけを送り出して私はこっちに残りますよ」
なお、『メトリカの腕輪』は「人間を逸脱した効果を持つアイテム」ではない。似た効果を持つ武具防具は既に存在しているし、そもそも私は何か特別な力を使ってこれを作った、というわけではない。つまり無限魔力プールはエノール鉱石とマトラトが合わさることで発揮される本来の力で、いわば自然由来のそれだ。私はそれを身に着けやすい形にして売っているに過ぎない。
「冗談はやめてください。僕は好きでオーリさんの下で働いているんです。王都への移転話が出たら、イルーナだけ送ればいいでしょう。彼女ももう一人前の」
「聞こえてますよ~」
「……まぁ、僕もイルーナも余所へは行きたくないので、信じてもらえない不満は抑え込むことにします。……作業に戻りますね」
危ういな、とは思っている。少し熱狂的すぎる。
先も言った通り私の作る装飾品は自然由来だ。だから究極誰にだって作れる。むしろそれらをあのコンパクトでシンプルな造形に抑え込む技術をこそ褒めて欲しいのだけど、効果ばかりに目が行っているリコティッシュ君の信仰は、いつしか私を「人間ロールプレイ」から外してしまうんじゃないかと──。
……ま、そうなったら別の人生を始めればいいんだけど。できれば来て欲しくはない。今回の仕事は案外気に入っているので。
オーリ装飾品店は昼の三時に閉じる。従業員が三人で丸一日店を回す、というのはなかなか難しいものがある……というのが建前で、単純に私が人の営みを見て回りたいからだ。
町というのは面白い。一日で形を変える。似たようなことは起きても同じことは起こらない。関わる人間が違えば違う展開になる。
人は食べなければ生きていけない。食べるにはお金が必要で、お金を手に入れるには働くしかない。それにはあるいは悪事も含まれるだろうけど。
彼らはお金を得るために日々を過ごす。最終目標は勿論違うのだろうけど。目の前にあるのはお金を手に入れることだけ。真っ当な手段か、人道を外れた手段か。どちらにしても求めるものが同じなら、いずれいつかは衝突する。
轟、と。
熱が広がった。
「……アニスさん、何事ですか?」
「あら、オーリさん。……なんでも、空き巣だとかで。今現行犯で騎士団が捕まえたところ」
「空き巣。それはまた」
熱の方向にいるのは剣を持った青年と子供。それを囲う人だかり。
殺しはしない……はずだ。それがどれほど重い罪でも、まずは捕えてから。それがこの国の決まりだから。
だから、予想外だった。
熱を発する剣を持った騎士が何の躊躇も無くそれを振り下ろしたことも。
それを止めるように、先ほど店に来た彼が割り込んできたことも。
悲鳴が上がる。騎士が子供を手に掛けようとした事実ももちろんだけど、「騎士に逆らう」ということを成した人物への恐怖もあるか。
「……何者だ」
「何者だ、じゃねえ。今自分が何をしようとしたのかわかってんのか?」
「何者だと聞いている」
「話聞かねえタイプか。おい坊主、とっとと逃げな。次は悪ぃことすんなよ。ドブさらいでもいいから真っ当な手段で金稼げ」
とてつもない綺麗事である。
この都市が顕著である、ということはない。国全体を見ても貧富の格差というのは激しい。手に職持つ者であれば店を構えることも難しくはないが、それがないどころか学もない者だと悪事以外では「生きて行くための金」は稼げない。子供となれば尚更。
貧富の格差を埋める、というのはまぁ無理だ。現王にその気がないのと、
誰もが貧しいか、誰もが富んでいる世界に色が生まれないことを知っているから。
熱が強くなる。
使用者の感情に呼応して熱量が上がるタイプか。今の流行をしっかりと押さえている。昔は使用者関係なく一定の出力しか出せない武器、というのが流行ったこともあった。その方が安定するから。武具防具、そして装飾品も流行というものがあり、儲けを得たいのならばそれのチェックを欠かすのは命取りになる。それを欠きまくっている私の店が成り立っているのは、効果の高さを知るリピーターが非常に多いからだ。
「シルディア・エス・ヴァイオレット」
「……なんだ」
「私は人を殺す時、名乗ることに決めている。死ね」
騎士団は絶対である。
国の防衛機構であると同時に、自浄作用でもある。彼ら一人一人が法律のようなものだ。当然厳しい審査のもと選出が行われるから理不尽はそうそう起こらないけれど、今回のような予想外は稀に起こる。
あの子供はただの空き巣ではないのだろう。何か、この状況からでは推し量れないことをした可能性が高い。
「……!」
「っ……つ゛いな、オイ。だがなんだ? ──名乗られたってのに、殺されちゃいねぇぞ?」
熱剣は鉄をも容易に溶かす温度を放っている。それを受けて、熱い、程度で済んでいる青年。
耐性系を果てしなく積んでいる……というより、何か外付けのギフテッドを感じた。やっぱりあれは異世界からの来訪者だろうし、外付けの力は私の娘がくっつけたものに思う。ただ、にしてはモノを知らなさすぎる。
……まさかとは思うけど、力を与えるだけ与えて放逐している? ……なんのために?
いやそもそもなんのために、を問うなら異世界人を呼び込むことそのものへも問わなければならなくなるが。
しかし、どうするかな、この場。
シルディアと名乗った騎士にあの青年を焼き切れるほどの魔力はない。あの青年の耐性は大したものだけど騎士を押し切れるほどの力はない。『クルクスの首飾り』があるから日数をかければ彼の方が強くなるだろうけど、流石にそんなに何日も拮抗しないだろうし。
そして……逃げろと言われて、逃げる隙があって、逃げようともしない子供。
長いぞー、ここから。
「ん」
いや、どうしなくてもいいか。
たとえ彼らがこれから果ての見えない戦闘を繰り広げ、街に被害がでたとしても。その余波で誰かが死んだとしても。
私はただ、「どうすることもできなかった一般人」として、死者を悼めばいいだけのこと。この場を後にして、全てが終わってから全容を知るのもいいだろう。どの道私が介入することはないのだから、この場は踵を返して──。
「──ああ、神様。どうかこの場をお鎮めください。誰の命も失われることのなきように」
声は、群衆の中から。
どの神に祈ったのかもわからないソレ。声の主が敬虔な信徒であるのか、それとも普段は神も信じぬような者であるのかさえ定かではない。
けれど──耳に残った。
充分だ。
雷を落とす。
誰に当たることもない、けれど騎士と青年と子供のすぐ隣に。地を這う雷の魔力は全て抑制して。
「!?」
「──な、んだ!?」
「……!」
三者三様。当事者三人も、人だかりも。
悲鳴を上げて逃げ出す者と──膝を折り、空に向かって祈る者。
雷はそのまま神の威光である。自然発生させているところも存在するが、落ちた時に余計な被害ばかりを起こすそれは、基本的に発生できないような仕組みに作り替えてある。天災の一切が起きないということはない。それだと色が薄まるから。だけど雷は色々都合が悪いし、都合が良いのだ。別に私や子供たちの意思など載っていないのに「神の裁き」だのと言われたり、逆に敬虔な信徒の願いを叶える形で落とすことで「神は我らを見ておられる」という信仰収集の強化に使えたり。
「……このような災厄であっても、神は法を重んじるか。……失礼をした、神よ。どうか怒りを鎮めてくれ」
「よ……よくわからねえが、坊主、今のうちに」
「無理だよ。おじさん、周りが見えてないね。ここら一帯はもう騎士団に囲まれてるよ」
おや。やけに物分かりの良い子供……だと思ったら、ああ成程。
それは面白い。今までなかった展開かもしれない。まぁ異世界人が絡んでいる時点で全てが新鮮なんだけど。
「いいから逃げるぞ! 騎士団なんざ俺が蹴散らしてやるから!」
「おじさん……なんでそんな必死なの? おじさんは知らないかもだけど、僕は」
「だぁ、うっせぇ! ……せっかく作ってもらったもんだ、壊しはしねえが、外させてもらう!」
変化は劇的だった。竜巻が現れたのだ。否、そう思わされるほどの圧力が解放された。
青年が『クルクスの首飾り』を外したこと。そして身に纏う魔封じのローブを脱いだこと。現れるのは黒髪黒目の、この辺りではあまり見ない顔立ちの青年。ただそんなことはどうでもいいとこの場にいる全員が思ったことだろう。
吹き荒れる。吹き荒れる。吹き荒れる。
「っ、魔力暴走体質か!」
「今だけは、こいつに感謝ってな! おら坊主、ちょいと激しいが、俺の背中でゲロんなよ!」
「ちょ、おじさ」
声は途中で止まる。魔力の暴風と、そして青年が使ったあまりにも力任せな「脱出」。
つまり、地面に向けて魔力を放出し、その勢いで飛ぶとか言う……お世辞にも飛行魔法とは呼べない原始的すぎる破壊。ただ、彼の思い描いたことはしっかりと結ばれた。彼と子供はこの場を脱し、遥か彼方へと飛んで行ったのだから。
「クソ……すぐに追え! 絶対に逃がすな! 見つけ次第殺せ、いいな!」
シルディアという騎士が周囲にいた騎士団に指示を飛ばす。
気持ちはわかる。事情を理解してしまえば騎士団の評判を貶める結果になったとしてもあの場で子供を殺そうとした理由もわかる。
「……神よ。これもあなたが望んだことなのですか」
すべてがそうではないけれど、まぁ、君を含めて私を助けたと思ってほしい。
だってあの子供には反撃手段があったし。その反撃手段の種類によっては、私の「人生」もここで終わっていたかもしれないし。
そもそもあの子供は。
「災厄さえも……試練だと」
魔王の転生体。先代勇者と多くの国が命からがらに討伐した悪逆の王。
簡単に言えば、魔王本人なのだから。
大樹をくりぬいて作った──ような外見をしているだけのお店に入る。しっかり基礎工事が為されているので見た目がそうなだけのお店。
ここは『コトラ魔法薬店』。ほら、私のネーミングセンスがないとかじゃないんだって。
「ん……あぁオーリちゃんか。どうしたんだい、便秘かい?」
「いえ、お通じは良い方です。……コトラさんに少しお伺いしたいことがあって」
「アタシに? なんだいなんだい、物騒だね」
「物騒、ですか?」
コトラさん。齢八十を超える女性だけど、何代か前の先祖にドワーフが混じっているようで、恐らく最長二百歳くらいまでは生きると思われる人。
彼女の作る魔法薬は「効果は高いが臭いと味が最悪!」で評判であり、彼女の弟子たちはコトラさんから習ったレシピをもとに、効果を薄めてでも味や匂いを良くする努力をしている。それで王都にお店を出した子もいたんだったかな。
ああ、で。
ええと。
物騒とは。
「アタシの作るポーションなんか全部そっちの店で再現できるんだ。ってことは入用なのはポーションじゃなくて知識。んでもってアタシしか知らない知識と来たら、息子の在籍してる騎士団のことくらいだろう? だから物騒だ、って言ったのさ」
「なるほど。ご慧眼恐れ入ります。そうですね、別に物騒なことではないのですが、聞きたいのは騎士団の話であっています」
「そらみたことか。それで? 何が聞きたいんだい?」
魔王の転生体が現れたことと、ほぼ同タイミングで娘が異世界人をこちらの世界に呼び込んだこと。
彼女が私に黙って異世界人を何人も何人も引き入れていた、とかでないのなら、少しおかしな話なのだ。
「魔王の転生体が現れたことは、もうご存じですよね」
「……ったく、その話題のどこが物騒じゃないんだか。……ああ、知っているよ」
「お昼過ぎに騎士団を見ました。彼らの焦り様を見るに……今代勇者は失踪か、あるいは自決。もしくはそもそも見つかっていない……そのどれかの状態にあるように思います」
今まで魔王は悪逆非道の限りを尽くし、世界に甚大な被害を与えて来た……けれど、どの時代においても人間たちの勝利で終わっている。被害は出る。犠牲は出る。だけど必ず打ち勝つ。騎士団を自浄作用と称したけれど、人間そのものもまた世界の自浄作用であるように私は思っている。そうデザインはしたけれど。
だというのに、この焦り様。
何かがあったとしか思えない。
「話すのはまぁ、吝かじゃない。けど一つ、聞かなくちゃならないことがある」
「なんでしょうか」
首。
……の皮一枚をギリギリ切り裂かない位置で、背後の扉から剣が突き出て来た。
「オーリちゃん、アンタ何者だい?」
「コトラさん。もしかしてですけど、私がこの状況で冷静に話ができる人だと思ってますか?」
「はぐらかす必要はないよ。アンタ気付いてただろ。気付いていて避けなかった。当たらないって知ってたから」
はて。
……どこでやらかしたかな、今回の私。「人間ロールプレイ」、かなり完璧にできていた自負があったんだけど。
まぁいい。プランBで行こう。そういう行き当たりばったりなのも大歓迎だ。人の営みっぽくて好き。
「では、あなたや背後の方……騎士団の敵ではないとだけ」
「この国にとっては?」
「それはあなたたち騎士団の姿勢によるのでは?」
何か裏がありましたよムーブ。
このパターンは袋小路に入りやすいけど、あのお店を続けていくのにはこれが最も適している。
「……ククッ、あぁ、なんだい、そうかい。
「敵ではありませんが、味方をするつもりもありません。この剣を引かないのであれば、こちらもすることをいたしましょう」
「いや、その必要はないよ。シルディア、剣を納めな。今オーリちゃんを処罰するより、情報を引き出した方が益がある。それくらいの頭はあるだろう?」
直剣が引かれていく。その際少しだけこちらに寄せてくる動きがあったので、しっかり避ける。
……いや怪我すると面倒だし。主にリコ君が。
うだー。いやそうなんだよね、だから戦闘職には就きたくなくて。……ケガをしたら、傷痕を残さないといけない。治してはいけない。治したとしたら、どこで治したのかの記録を作らなければいけないし、自分でやったのならそうであるように見せないといけない。
ほーら、戦闘職って面倒くさい。
「ちょいと退いてくれよ、オーリちゃん。騎士団の内部事情を話すんだ、シルディアが同席したっていいだろう?」
「構いません」
横に退けば、扉を開いて普通に入ってくる騎士。
昼間見た、青年と魔王の転生体を殺さんとしていた騎士だ。
「お話を聞く前に、なぜ私に裏があるとわかったのか教えていただけますでしょうか。今後の参考にします」
「子供と男。二人の死を前に、お前の目にはあまりにも感情が無かった。奴らが何者であるかを知っていなければそのような反応はできまい」
ああ。ちゃんと見られていて、ちゃんと情報共有が為されていたのか。
「なるほど、感情。努力します」
「で、オーリちゃん。アンタの"本当"は教えてくれないんだね?」
「私も商人ですから、見合う価値を頂ければ」
迫る剣を爪で止める。今さっき鋼鉄の強度を持つネイルをしている
力は……まぁこの際良いだろう。過去に「やらかした」時と同じくらいの加減でやれば、むしろこっちに手を出そうとは思わなくなるはず。
「商売は互いが持つものを交換してこそですよ、コトラさん、シルディアさん。──あなたが奪えないものでは、私の情報と取引をすることはできないでしょう」
「らしいね。孫が失礼した」
「……孫?」
ふむ。
遺伝情報……は、なるほど。おお。本当だ。
確かに血縁。けど、母親の血を色濃く受け継いでいる。だから見た目では気付けなかった。
……人間を遺伝情報で見るクセは遥か昔にやめた。それこそ「お前の目には感情が無い」と言われて。
「まぁ、そのあたりの詳細は聞きません。私が聞きたいことはただ一つ。──単刀直入に聞きましょう。
「ああ」
即答。でも嘘。
ふぅん、不幸な事故……しかも今代は女の子で、あー、想い人で。
だから焦りか。自分がやらなければ、と。
ありきたりだけど、そういうのもいいと思うよ。
「遺骸は?」
「それを教える謂れはない」
「バカだねぇ、シルディア。そこは焼き払ったとでも言えばいいんだよ。そんなんじゃ残ってるって言ってるようなもんじゃないか」
「……お婆様。お言葉ですが……私は」
さて。やり過ぎのライン。プランBに移行したとはいえ「人間ロールプレイ」を逸脱しないライン。
──面白く行こう。今回の私は邪神気味だ。何か不都合があったとしたら、事情を詳しく説明しなかった娘が悪いということで。
「蘇らせる手段がある、と言ったら」
また剣があった。しかも今度は熱を纏っている。
だから火傷……をすると面倒なので、冷気を纏って防御。
「っ、
「コトラさん、お孫さんの頭、些か血の昇りが容易すぎませんか」
「龍の尾を踏んだだけさ。そういう冗談は、シルディアが一番に嫌うものだからね」
「冗談ですか。であれば、今ここで実演いたしましょうか? お孫さん、あるいはコトラさん。どちらの命でも構いませんが」
あくまで「英雄」。あくまで「傑物」。勇者と肩を並べる程度の圧力と出力。
人間の域は出ず、けれど──ああ、流石に一般人ではない。……いまさら過ぎるか。
「……できる、のか」
「材料と代金次第では」
「やめときな、シルディア。死者を弄繰り回すなんざ、あっちゃならないことだ。……オーリちゃんもやめてくれよ。アタシの孫を弄ぶのはさ」
「ではお聞きしますが、勇者無しで勝てるのですか? 今代の魔王……あの転生体には、お孫さんの全力の一撃を受け止める使い手がついてしまったようですが」
「なんだって?」
おや、そこの情報共有はしてないのか。
プライド、かな?
「では改めまして。私はオーリ。オーリ・ディーン。人の生死を分ける装飾の他に、人の生死そのものも扱う装飾品店の店主です。──買いますか、恋人の生を。その手で」
あなたは何で装飾しますか。
あなたと、その人のすべてを。
……まだ「人間ロールプレイ」成立してる、よね?