神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
ティダニア王国王都ファーマリウス。
そこにあるギルドは、当然国内最大規模の敷地面積を持ち、機能にも優れ、そして数多くの冒険者が集まっている。
都会である。荒くれ者が多い印象を持たれがちな冒険者だけど、田舎者であるつもりはない。つまり、王都の冒険者は「都会ぶっている」し、「田舎者を見下す」傾向にあるのだ。
無論、品が無ければないほど、であるが。
「よぉお嬢ちゃんら。もしかして冒険者登録に来たのか? げひゃひゃひゃ、そんな細っこい腕でなーにができるって」
「おいヴァーリ、初心者にダル絡みはやめろって。そろそろギルド酒場出禁になるぞ」
「なーにこれは親切心よ。上都したての奴が仲良しこよしで冒険者登録してパーティ登録までして、ベテランの一人も入れずに難度の高いダンジョン行って全滅……俺はそういう田舎者をわんさか見て来てる。だからな、嬢ちゃんら、やめとけ? な? それか、俺見てえなベテラン冒険者をパーティに入れるってのも」
「だからやめろって。すまねえなお嬢ちゃんら。コイツ悪い奴じゃねーんだが、酒が入るとこうでよ。ま、地方とこっちで魔物の質が違うってのは本当だから、助けが欲しかったらちゃんと先輩を頼ってくれよ? アンタらみたいな可愛いどころが無残な死体になって帰ってくるのは見たくないからさ」
という一連の流れの一切を聞いていない二人──ティアとドロシーは、受付に行ってパーティ登録を行う。
登録名は「
くだらない言葉を吐いている「常連」を無視して、受付も機械的に受理を通す。冒険者登録、パーティ登録、そして簡単な記入事項。
それらをパパっと通して、まだうるさい「常連」を搔い潜って二人は外に出た。
瞬間、二人の姿が消える。
これほどの大通り。
これほどの人数がいる中で少女が二人消えた……というのに、誰が気付くこともない。
そして、次の瞬間二人が現れたのは、閑静な住宅街の屋根上だった。
「六人、いたね」
「うん。『偽物』か『持ち主』かはわからないけど」
それは、あの騒ぎの中で冷静に二人を見ていた者の数。
長に言われた気を付けなければならない相手──「偽物の魔色の燕」と「感情結晶」の持ち主。
真実初心者、田舎から出てきた仲良しこよしの少女二人、という雰囲気を纏っていたティアとドロシーを警戒できる時点で、要注意人物だ。顔は覚えた。
「ルビィさんに報告するべき?」
「まだ、もう少し情報を集めるべきだと思う。ただ強いだけの人だったらまずいし」
二人の脳裏の思い起こされるは、あの城に……地下の方の城にいる「魔色の燕」、その本隊。
ルビィ、サフィニア、トパルズを筆頭とした数百を超える魔色の燕は、今現在は各地で各々の仕事をしているという。
仕事といっても二人と同じく「自由」を許されていて、作戦がある時だけ通達があり、集まるのだとか。
「──あなた達が噂の新顔ですね」
戦闘態勢、そしてその場の離脱。
同時に行おうとして──背後から腕を取られ、組み敷かれた。
「気を抜きすぎでは?」
「……ごめんなさい」
「おっと、素直に謝らないでください。身内に不意打ちを仕掛けた此方が悪いのですから」
解放される二人。
ティアとドロシーにはまだできないけれど、魔色の燕の皆が常に行っている気配遮断……それは「命の気配」さえも消す。生物が生物として存在するために必要な気配。心臓の鼓動。血管の脈動。
そういった「意識をしたところでどうしようもない気配」さえも消してしまう超絶技巧集団。それが本来の魔色の燕。
初めてお互いの「命の気配」が分かるようになった時、二人はあの城の静けさに震えたものだ。誰も……魔色の燕は勿論、ガヴァネスやメイドの一人に至るまで、「命の気配」がしない。長とリーとティアとドロシー。この四存在以外は生きていないのではないかと錯覚するほどの静けさ。
二人がいつか、辿り着くべき場所。
今しがた組み敷かれた相手。声をかけてきた相手。その三人もまた同じであると、すぐに分かった。
「改めまして。私達は王都で活動している燕です。エメリア、タルコイザ、ネコメ。よろしくお願いします」
「私がティアで、こっちの黒髪がドロシー。よろしくお願いします」
世界全土に魔色の燕はいる。
けれど常に「命の気配」を隠し、影に徹している。
ティアとドロシーのように派手に動くのは初のケースだと長は言っていた。
それだけ期待されているし、同時にそれだけ──。
「現在王都には魔王が潜伏しているとの噂があります。くれぐれも注意をするように」
「ありがとうございます」
「それでは」
消える。
ドロシーの魔法である「そこに何もないように思わせる」ものでも、ティアの魔法である「聖霊の小路」でもない。文字通り消えた三人は、既に二人の知覚範囲外。
「……やらかすことだけは、避けないとね」
「うん」
誰もいない。仮にここに「長」がいたとしても彼女はそちら側だ。
誰も──「それフラグだよ」という人はいない。言ってくれそうな神は今、別件で忙しかった。
して、数刻後。
「っと……すまん、もしかして薬草採取か? あー……この辺は俺達が採りきっちまっててよ、……なぁレクイエム。こういうのってマナー違反だったりするのか?」
「僕が知るワケないでしょ。それにマナー違反なら率先してやるよ。……ああ、はいはい、そう睨まないで」
「えっと……あの、お気遣いありがとうございます。でも、後から来たのが私たちなので、大丈夫です。ドロシー、他行こっか」
「そうだね。ごめんなさい、気を遣わせちゃって」
「いやいや! よく考えなくても一人の冒険者が薬草全部採っちまうのはどう考えてもやり過ぎだ。それに、この森は奥まで行くのは受付の姉ちゃんがあぶねえって言ってたし……そうだ、これやるよ!」
「え? いやいや、採取したのはあなた達ですし、大丈夫ですよ、こう見えて私達も強いので」
「女の子二人を危険な森に追いやれって無茶言うよ。いいからいいから、貰ってけって! レクイエム、どうせお前も暇してただろ? 奥で薬草探しやり直そうや」
「いいよ、ユートの好きなようにして。どうせ僕はほとんど手伝わないし……」
邂逅する、のである。
その後、四人は森の奥を歩いていた。
簡単に言えば「マナー違反をしたのはこっちだし少女二人を危険な目に遭わせるわけにはいかないから全部上げたい」と「マナーとか知らないし心配される程弱くないし全部貰うのは罪悪感が勝り過ぎる」がぶつかり合った結果、最も興味の無さそうにしていた少年の「だったら半分上げて、もう半分は全員で採りに行けば?」が採用された結果である。
四人は簡単な自己紹介をしたあと、森を歩く。薬草の採取できるエリアは森を抜けた先にあるので、迷子防止も兼ねてこうして団体行動をしているわけだが……。
「ティア、そっち」
「わかってる」
洗練された連携、だった。
二人であるのに四人か六人いるかのように錯覚させる速度と練度。襲って来た魔物に対する判断の速さ。そしてそれらをほとんどの言葉無しに……以心伝心に通じ合って戦う二人。
「レクイエム……女の子二人を危険な目に遭わせるわけにはいかない、って偏見の方がマナー悪かったかな、これは」
「低ランク冒険者であるのは事実だろうし、見抜けなくてもユートが悪いにはならないよ。ただまぁ……本当に強いね、あの二人」
「お前が認めるってことは、相当か」
「それが揶揄いであることをわかった上で言うけど、相当だよ。多分今のユートじゃ勝てない」
剣と槍が交差する。それによって巨大な爪を持つ魔物……ハズベアルの首が落ち、沈黙した。
「嬢ちゃんら……ほんとに強かったんだな。疑ってすまなかった」
「いいよ、そう見えないのは自覚してるし。それより早く移動しよう……あ、じゃなくて、しましょう」
「はは、話しやすい話し方で良いよ。その方がこっちも楽だ。けど、いいのか? 倒した魔物の素材を取らなくて」
「あれはデコイですから。首を切って血を噴出させれば、臭いが飛び散ります。初めはハズベアルの臭いということで近寄っては来ない魔物も、それが死しているとわかればその肉を目当てにこぞって集まってくるでしょう。高位魔物の血肉は低位魔物にとっては滅多にありつけないご馳走ですから。そうなっている内に薬草の採取と、できるのなら帰還までしてしまえば安全です」
「言うね、お姉さん。殺した魔物の死体がデコイか。食べる為でも生きる為でもなく、他の魔物をおびき寄せるための殺し。非道だ痛っ!?」
皮肉を吐く少年──レクイエムと名乗った彼の頭部をゴツンと殴る青年、ユート・ツガー。
「すまん、こいつは隙あらば皮肉が口を衝いて出る性格でよ。悪い奴じゃないんだが……気を悪くしたなら、俺が謝る」
「大丈夫。冒険者ってそういうものだし。ただ……売り言葉に買い言葉になっちゃうけどさ、レクイエム君」
「……なに」
「甘いんじゃない? 冒険者なんだから、使えるものは全部使って行かないと。どういう理由があったら殺していいとか、どういう理由じゃ殺しちゃダメとか、そんなこと言ってたら死んじゃうよ?」
「……風情が、……にそれを説くか」
「うん? なに?」
「ティア、ストップ。子供相手に何ムキになってるの。それに、煽る言い方も良くない。ユートさんが謝ってくれたのに、喧嘩するような言葉を吐かないで」
「あ、あ、ごめんってばドロシー。だから脇腹抓らないで!」
ユートとドロシーは目線を絡める。
そして頷いた。
──苦労人は通じ合う。
「ごめんなさい、レクイエム君、ユートさん。謝ってくれたのに余計な事を言ってしまって」
「ああ大丈夫大丈夫。それくらいでピキるような奴じゃないし。な? レクイエム。そうだろ?」
「……。……ああ、そうだね。ユートに免じてそういうことにしておいてあげるよ」
険悪、だった。
ユートとドロシーは頷き合い、レクイエムの首根っこ、ティアの腕を掴んで猛ダッシュする。苦言は聞かない。
方角を見つつ、しっかりと直進したそこには──ぽっかりと開いた草原が広がっていた。
「ここがもう一つの薬草採取ポイントか。……結構な魔物がいるのに、すげー長閑な場所だな」
「そうですね。じゃあ二手に分かれて薬草採っちゃいましょうか」
「いや、その前に。──弁当を食おう!」
三人の疑問符を無視し、ユートはバックパックから魔物の毛皮を鞣したシートを取り出し、草原に敷く。
そこに幾つもの箱を取り出し始めた。
「えっと……」
「諦めた方がいいよ。こうなったユートは止まらないよ。何が何でも弁当を食べさせる魔物に成り果てるからね」
「ど、どういう……わぁ」
箱。それがパカァと開けば──入っていたのはそれはもう美味しそうな料理の数々。
ティアもドロシーもある程度の料理はできるけれど、明らかにレベルが違う料理の数々だった。その芳醇な香りも、魅力も。
「ふっふっふ、『弁当作成Lv.100』の力を見せつける時が来たぜ……!」
「えっと……レクイエム君」
「だから諦めなって。ユートは妄言を吐きまくるけど、他人に弁当を食べさせる時が一番狂っているんだ。暴走状態にあると言っても良い。逃げようとしても無駄だから、大人しくこのなめし革の上に座って、それを食べなよ。食べたら解放されるからさ」
断る理由はなかった。
二人はシートの上に座り……そして鼻を利かせる。
毒の類を確かめる。そのつもりだった。
「……美味しそう」
「ね。……はっ!?」
「だろう! そして、食べて良いぞ。レクイエムもだ! じゃんじゃんどんじゃん食え! 食わんと許さん! あ、アレルギーとか無いよな?」
お腹がすく。あまりにも美味しそうな香りに、二人は気付けばフォークを握っていた。
そして。
そして。
「……ぁえ?」
「ん……え?」
「美味しかったか! 美味しかっただろう!」
「ユート、無理だよ。ユートの弁当を初めて食べたんだから、すぐに感想なんて出てこないって。おーいお姉さんたち、意識ある? 記憶飛んでない?」
飛んでいた。
満腹感はあるのに、食べた記憶がない。
──そういう精神攻撃か。
咄嗟に跳び退ろうとして、けれど身体が動かない。
「あ、ダメだぞ。今食べたんだから──」
食べたことを代償に強制的な契約を結ぶ。
タイプは少々異なるが、サッキュバスやインキュバスの使う常套手段だ。まさかこの青年もその類かと。
「ご馳走様を言うんだ。食べた命に感謝してな!」
「……えっと、なに?」
「ユート曰く、食べた命に感謝をしないといけないらしいよ。馬鹿馬鹿しいけど、それをしないと立つこともできないだろ。僕も初めてこれを受けた時は心から意味が分からなかったけど、まぁ儀式だと思えば良い」
「……ありがとうございました?」
「まぁそれでもいいが」
瞬間、二人の身体の拘束が取れる。
今の拘束力は長の拘束によく似ていた。無色の魔力とも違う、リー曰く「原色の魔力」。
「本当は食べる前には『いただきます』。食べた後には『ごちそうさまでした』だ。……文化の違いだってのはわかるけどよ、俺はこれを浸透させていくつもりだぜ。大事なことだからな」
「はいはい勝手に頑張って。ごちそうさま」
「おう」
"いつものやり取り"らしいレクイエムとユート。
対照的に、ティアとドロシーの表情は思わしくない。
確実な警戒対象。だけど「偽物の魔色の燕」でも「感情結晶の持ち主」でも無さそう。流石に「魔王」でもないだろう。勇者は今長の住む都市にいる。
つまり、完全な第三勢力にして長と同質の力を使う何者かが現れたのである。
「完全に警戒されたね。ま、その方が正常なんだけど。ほら、ユート。薬草を採りに行こうよ。お姉さんたちはしばらく動けないだろうから、僕達があの二人の分まで採ってあげても良い」
「お、なんだレクイエム。随分と殊勝だな。……お前がそういうこと言うとちょいと心配になる。あの二人になんか仕込んだりしてねぇだろうな?」
「してないし、したのはユートだし」
「俺は何もしてねえって」
「はいはい」
二人が去って行く。
ちらりと振り返るレクイエムの目に浮かぶのは、憐み。初めの頃の敵愾心などない。
ある意味でユートとドロシーの作戦は成功したが──同時に拭いきれない深い傷ができたのであった。
結果として。
途中の「弁当ショック」のせいであるとはいえ、二パーティ分の薬草をユート達が採取し、ティアとドロシーはその恩恵に与るだけとなってしまったことを理由に、「次に何かあったら私達がお二人を助けます」という旨をユート達に伝えたあと。
ティアとドロシーは、
ティアの「聖霊の小路」は長距離を短時間で移動できるのだ。
「弁当食って意識が飛んだ上に感謝しないと体が動かない、ねぇ。……まぁ危なそうっちゃ危なそうだが……私の悪路には特に何にも引っかかってないよ」
「そうですか……」
「リー様の体質をもすり抜ける……」
確実な危険である。
だから報告に戻ってのこれだ。リバリー・リバーリ・リーの「体質」……「悪路の光明」と名付けられたソレは、未来予知にも匹敵する正確性を持つ。
それをして何もわからないとなれば、いよいよ長に聞くしかない……が。
「特に何か害されたというわけでもないのでしょう。食物に感謝をしなければ動けない……あるいはトゥナハーデン様の教義を強固にしたもののようにも聞こえます。聖堂の深奥に至った者はそういった技術を扱う、という噂も聞いたことがありますし、長への報告は早計でしょう」
「あ……ルビィさん」
リーへの報告に割り込んできたのは、真っ赤な髪色を持つ女性、ルビィ。
魔色の燕の中でもトップクラスの実力者であり、魔纏奏者としても高水準にある。
また、長へ"直接"言葉を届けることのできる唯一のメンバーであり、魔色の燕内部での報告などは全て彼女が取りまとめている。
「それはそれとして、王都のギルドへ行ったそうですね」
「はい」
「あなた達を警戒していたのは何人でしたか?」
「えっ……あ、六人でした!」
「なるほど」
あまりにもピンポイントな問いに一瞬驚いたティアだったけれど、すぐに人数を答える。
そしてその人数がわかっていたとでもいうかのように、ルビィは羊皮紙を六枚取り出し、二人に見せた。
「この六人ですか?」
「はい。……凄い、やっぱり把握していたんですね」
羊皮紙に描かれていたのは似顔絵。どれも二人がマークしなければならないと感じた存在。
「まず、こっちの三人は気にしなくても構いません。ティダニア王国最高位パーティ『
「わかりました」
「ただし、こっちの三人は要注意です。『偽物』か『持ち主』かはわかりませんが、個人で強大な力を持っています。中でもこの眼帯をした男性は最大限の警戒をしてください。──
「えっ」
ティアとドロシーにとって、魔色の燕は最強の集団である。
それが負ける姿などすぐには思い描けない。
「得物は中空長刀。扱いの難しさから、ヤーダギリ共和国より遥か西にある山間の国でのみ使われている特殊な武器です」
「へぇ、中空長刀の使い手なんかまだ生き残っていたんですね。エルブレード歴において絶滅したと思っていました」
「──長!」
「長、お帰りになられていたのですか?」
いつの間にかいた。
魔色の燕たちと違い、「命の気配」はするのに、近づいてきたことにも現れたことにも気付けない隠密。
魔色の燕の長、オーリ・ディーン。
「少し用があったので。それより、ルビィ……というかあなた達二人に聞いた方が早いですね。先程の報告……お弁当を食べたら意識が飛んで、感謝を述べるまで動けなかった、という話を詳しく聞かせてください」
「え? 報告はまだって……」
「聞かせてくださいませんか?」
「い、いえ!」
リーがルビィを見遣る。ルビィはどこ吹く風だ。マリオネッタなので当然だけど、冷や汗一つかいていない。
──"報告を後にするという旨を言った、ということを伝え忘れたね、ありゃ"
なんとも人間らしいマリオネッタにリーは溜息をつく。
ガヴァネスもメイドも魔色の燕のマリオネッタも、どの個体であってもオーリよりは人間らしい。他者の心を理解できるし、自我も持っている。
当の本人を除けば、この城はちゃんとした国で在れるのだ。
「私の拘束に似た力。そして『弁当作成Lv.100』ですか。……なるほど」
「その、長の使う、無色の魔力とは違う拘束魔法に似た感触があって……その前に確か、『弁当作成』とかなんとかって……」
──"聞かせてくれと言ったんだから聞いてやりなよ"
とは、言わない。リーは思念を繰らずに思考を練る術を身に着けている。本気になればそれさえも見られてしまうのだが、特に気にしていない時のオーリの読心術はこれで避けることができる。
「長……その、ごめんなさい」
「謝られている理由がわかりません」
「目立つなと言われたのに……早々にこんな相手と相対してしまって」
「ああ、構いませんよ。気にしていません。……しかし、ユート・ツガーとレクイエムですか」
「お知り合いですか?」
「ええ、前に少し」
オーリは少し思案した後。
「少しやるべきことができました。二人とも、前にも言いましたが、私はあなた達に自由を与えています。あまり気に病まないように」
「はい」
「ありがとうございます」
「それでは私はこれで。ああそうだ、ルビィ。その中空長刀を使う者。あとで共有しておいてください」
「かしこまりました」
消える。
詠唱はない。呪文でも魔法でもない。
初めの頃はティアとドロシーの前ではやらないようにしていたそれも、既に面倒になったのか解禁している。
リーをして。
滂蛇であるリーをして……明らかに異質だと言える不活性魔力の痕跡をそこに残し、オーリは完全に消えさった。
「ま、そういうこった。怒られるとかやらかしたとか気にせず好きにやんなよ。アンタらは自由を、日常を与えられたんだからさ。楽しめる時に楽しんどきな」
「そうですね。真実あなた達は自由なので、それがよいかと。では私も仕事に戻ります」
「アンタ、隠したのもバレてると思うけど、ホントに隠し通すつもりかい?」
「何のことかわかりませんので失礼」
ルビィも消えて。
残されたティアとドロシーは……頷き合う。
「もっと慎重に、且つちゃんと自由を使ってみます」
「頑張ります!」
「……いや私に宣言されてもねぇ」
蛇は一匹、溜息を吐く──。
風と光の吹き荒ぶ空間に、その二柱はいた。
流離の神フォルーン。
そして──抜錨の神ギギミミタタママ。フォルーンが砂漠を行く旅人なら、ギギミミタタママはピンクと白のフリルが可愛らしい童女だ。
「──心臓止まるかと思ったわ。無いけど」
「あははっ、まさかあんな偶然があるとはね。母さんの縁者……しかも時間加速で十年をかけてみっちり縁のできた人間。レクイエムというより、ユートの方にそういう運命があるとしか思えないよ」
「一応弁明しますが、私は関わっておりません」
「同じく。そもそも母上殿に関して私が行うことはなにもありませんので」
否、二柱だけではない。
実体があるのが二柱なだけで、声だけを届けているのが他にもいる。
奇跡の神ゴルドーナ。薬毒の神マイダグン。
契約の神トゥルーファルスに、巡環の神クロウルクルウフ。
「すべては運命。全ては宿業。ギギミミタタママ、君が異世界の文化とやらに影響を受けてユート・ツガーに付与した『スキル』とやらのせいで、母さんは確実に気付いたし、あの二人の人間や蛇も母さんの正体に気付く可能性が出てしまった。さて──みんなは覚えているかな。遥か昔、母さんの正体が神だとバレた時、母さんがどういう行動を取ったのか」
「う」
「その頃は僕、まだ生まれていないような」
「クロウルクルウフはそうだね」
末っ子だ。だから昔過ぎる出来事は知らない。
だけど、昔を知る神は……嫌なことを思い出す。
「
「そう、母さんは短気だし結論が早いし大雑把だけど、人間の行動に関してはかなり寛容だ。基本何をしても怒らない。なんせ何があっても対処できるから。ただ、自分の正体が神だと発覚した時……それが避けようのない積み重ねだと母さんが理解した時、母さんは
「諦めるって、世界の運営を、ってこと?」
「いいや。──寛容であることを、だよ。あはは、クロウルクルウフ。君はまだ寛容な母さんしかみたことがないんだろう? 何をしたって時間を戻せば良い、どうなったってそれに沿う改変をすればいい。ああいう受動的な母さんは本来の母さんじゃないよ。本当の母さんはもっと無慈悲で、もっと残酷だ。ディモニアナタが可愛く見えるくらいにね」
フォルーンが風の球体を作る。
そしてそれを、握りつぶした。
「人間の抵抗。僕達神々のお願い。積み重ねてきた歴史。──ああ、残念だけど、彼女にとってそれは些事なんだ。僕らは相当な自由を許されているけれど、それは僕らが彼女にとってどうでもいい存在だからだし、彼女があらゆる物事から一切学びを得た様子が無いのは本当になんでもできるから」
フォルーンは幾つもの球体を作り出し、そして全てを弾けさせていく。
無数に、無数に、無数に。
「僕らは母さんの『人間ロールプレイ』を散々馬鹿にしているけれど、それはあくまでポーズだ。いいかい、皆。絶対にあれをやめさせてはいけないよ。この美しくも面白く、脆弱で欠落した世界を楽しむためには、そうであってもらうのが一番なんだから。──ギギミミタタママ。君に言ってるってわかってるよね?」
「もちろんよ。お母様には人間でいてもらわないと。それは世界の存亡如何の話じゃなくて、今回の戦争においてもそうだから。ちゃんと……対策を考えるわ」
「頼んだよ。──それじゃ、解散だ。僕は他の神々にこの事実を伝えて回ることにするよ。そうすれば、今は興味のないふりをしているみんなも、積極的に関わってくるようになるだろうから。あはは、ディモニアナタとトゥナハーデンも態度を改めたりしてね」
風が吹いて、フォルーンが消える。
「……今回は私のミスで色々不都合をかけてごめんなさい」
「気にするな、ギギミミタタママ。それに不都合だなどと思ってはいない」
「そうですね。これもまた奇跡の一端。アドバイスがあるとすれば──ギギミミタタママ。貴女も魔力がなんであるのかを、もう一度深く考えてみると良いですよ。それでは」
「ノーコメントだ」
ゴルドーナが、マイダグンが。
トゥルーファルスが。
残されたのは、ギギミミタタママと……クロウルクルウフ。
「あの、姉さん? 僕は……」
「大丈夫。別に落ち込んでいるわけではないから。ありがとう、クロウ。それじゃあね」
「あ、いや慰めようとしたんじゃなくて異世界人とか言うのを引き入れるなら一言欲しかったって……もういないし」
末っ子には末っ子の苦労があるというが、そういう話ではなく報連相をしっかりしてほしいと……クロウルクルウフは、誰に聞こえるでもない溜息を吐いて、自身の領域に戻るのだった。