神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「時と場合によることは認めます」

 それは当時の団長の言葉だった。

 

「いいか、お前ら」

 

 侵略である。簒奪である。支配権の拡張である。

 此度の戦いはそういうもので、だけど突撃を行う兵の命への保障など存在するわけもない。

 

「そうであるということは、そうでなくなる可能性を秘めている。同時に、そうではないものが、そうであることになるかもしれない」

「なんだよ団長、またテツガクか? そーいうのはお堅い学者様にだけ垂れてりゃいいんだって」

「そーそー。俺らなんて山賊とそう大して変わらねえんだ、言葉より酒をふるまってくれた方が緊張も解けるってな」

「あ? キースお前緊張してんのか?」

「殺し合いの前にリラックスしきってるお前の方がおかしいんだよばぁーか」

 

 団長は大きな溜息を吐いて、それでも言葉を続ける。

 

「キースの言う通りって話だよ。今は大帝国の兵士の一人。が、負けりゃ山賊。あるいは死刑だ。あっちの国でな」

「……怖いのか、団長」

「ああ。死ぬほど怖い。だがな、だからこそ──最後の最後で祈るのはやめておけ。目を瞑って奇跡に縋るより、目ぇかっ開いて敵を見続けろ。自分に向かってくる剣を。己を殺したいと願う敵を」

「理由を落とせ。俺達はなんのために戦う。自らの死の先に残るもののためか。それとも、縁もゆかりもない『国民』とやらのためか」

「"感情を遺すため"だよ、イードアルバ」

 

 彼は、大きく息を吸い込んで、言うのだ。

 

「芸術家に感情があるのは彩に差異を持たせるためだ。皇族に感情があるのは執政に指針を持たせるためだ。力を持たねえ奴らに感情があるのは身を守るためだ」

 

 そして。

 

「そして、俺たち兵士に感情があるのは……俺達みてぇな、あるいはゴーレムの一匹にさえ劣るかもしれねえ雑兵に感情が持たせられてんのはな、世界に感情を刻み付けるためなんだよ」

「……くだらん。そんなことのために命を捨てろと?」

「くだらなくねえさ。なぁ、イードアルバ。お前は知ってるはずだぜ。魔力ってのは、感情に左右される。つまり感情って奴には力があるんだ。この世界に満ちる魔力を追いやるような、強い力が。見えないものが無いなんてことはねえ。いいか、イードアルバ。いや、お前ら。祈るな。お前らの大事な感情を、神なんてもんにくれてやるな。己に向けられた恐怖。殺意。そして己が感じる恐怖。己が向ける殺意。そういうの全部溜め込んで、全部溜め込んだ死体になれ」

「イードアルバ! お前はつえーからな、わからねーのも仕方ねえが、その時になったらわかる。本当の本当、最後の最期。自分が死ぬ瞬間ってのは神に祈りたくなるもんだが──」

 

 団長の「テツガク」をくだらないと息巻いていた皆が、笑って。

 その「コトバ」を吐いていく。吐き出していく。

 

「大切にしろよ! 自分の宿業を。運が良かったとか悪かったとか、くだらねえ言葉を吐いて絶えんじゃねえぞ! 悔しがって嘆いて恨んで怒って、世界に傷をつけてやれ。美しいだけの世界に、綺麗でまんまるで、傷一つないこの水晶玉を、傷だらけにしてやれ。そうしたら気付くはずさ。外から見て、俺たちを嗤ってる馬鹿野郎が──そこにいた、目に見えねえ程ちっせぇ命の存在に」

「できれば学の無い俺にも理解のできる言葉で話して欲しかったんだがな」

 

 剣を抜いて、団長に向ける。

 彼は大きく笑って同じく剣を抜いた。倣い、そこにいる全員が剣を抜いて……抜いた剣の切っ先を重ねていく。

 

「──いいだろう。この剣。この命。この感情。全て余すことなく俺が使い切る。……ああ、ならば、自問自答ができたな」

「ちなみに俺達はとっくにできてたぜ」

「お前だけさ、わかってなかったのは」

 

 問うた「なんのために戦うのか」。

 答えは。

 

「俺は俺のために戦おう。その果てに、誰が救われようと、誰が死の坂を転げ落ちようと、知ったことではない」

「ああ……行くぞォ、お前ら!」

「応!!」

 

 剣が鳴る。声が飛ぶ。

 それは奮起の──。

 

 

 

 

我ら無貌の雑兵なり。(Gara nakaon ow zapper ja.)我ら声無き草莽なり。(Gara seimkic usmura ja.)故に我らは地を穿つ鉄馬の嘶きなり(Coni Gara hathew ohatsu kaneman ow seic ja.)。」

「え、オーリさんって詩を詠まれるんですか?」

「見覚えのある著者だったので、昔の詩をふと思い出しただけですよ。私自身が詠むわけではありません」

「へえ。……凄く不思議な響きの詩ですね。どこか異国の土地のものですか?」

「ええ、遠い遠い、そして古い古い地の(うた)です」

 

 今私は、騎士団の蔵書室にいる。

 隣には今代勇者レイン・レイリーバース。背後には騎士シルディアもいるけれど、器用にも風の魔力で音の遮断を行っている。火と風が得意属性らしい。

 

 こうして人目のあるところでは、レイン・レイリーバースはちゃんと距離を取ってくる。「私の神様……」なんてうっとりした目で近寄ってきたりしない。

 しっかり、「今代勇者」と「一般人」の垣根を理解しているのだ。まぁ近いことは近いんだけど。

 

 なぜ私達が騎士団の蔵書室にいるのかと問われたら、私が申請を出したからだ。

 調べたいことがあるので閲覧許可をください、と。騎士団の蔵書室は一般開放されてはいないものの、こうして申請を通せば監視付きで蔵書の閲覧ができる。

 とはいえ普通は一兵卒……というと聞こえが悪いけれど、あまり位の高い者が監視に付くことはないし、こうしてべったり張り付かれたりもしない。

 

 それがなぜ騎士シルディアの監視で、勇者にまで付き纏われているのかと問われたら……まぁ、どうせ騎士ニギンの手回しだろう。

 彼女は私が情報を集めていることに気付いている。オールヴァイトの剣へ装飾を施し、それを手渡しした際にも言われた。「あまり大っぴらにやるなら、こちらも使う手を使わないといけなくなる」と。

 だから逆に申請理由を「情報収集のため」なんて喧嘩売ってるみたいな文言にしたわけだけど。

 その結果がこれだから、さもありなん。私が悪い。

 

 世界の記録を漁れば良い、というのもそれはそうなんだけど、「すべてが分かる記録」より、「個人の主観で書かれた歴史」の方を探しているから、今回はこっちの方が都合が良かったわけだ。あと唐突に「わかる」より調べた方が「ぽい」し。

 今回の歴史においてはまだ「樹から作られる紙」というのは出てきていない。だから書物そのものの量も読みやすさも質を落とすのだけど、私が読んでいるのは「書かれた情報」であって「文字」ではないからあまり関係なかったり。

 

「オーリさん、あそこにあるのとかもそうですか?」

「……ああ、そうですね。ありがとうございます」

 

 レイン・レイリーバースが指差した先にある、薄汚れた写本。

 今はまだ本の内容を見るのではなく本を集める段階で、だから私が欲する本をレイン・レイリーバースに伝えて、手伝ってもらっている。……手伝わせてくれとあっちから言ってきたんだけど。

 

 集めているのは歴史書だ。

 それも、戦争をした当事者である国の遺したものではなく、それとは関係が無かった……けれど戦火だけは飛んできた、完全な被害者である国の書物。

 私の欲しい情報はそこにある。

 

「……このあたりでいいでしょう。ではこれから内容を検めるので、レインさんは……」

「隣で座っていても良いですか? 邪魔はしません」

「良いですけど、シルディアさんのことはいいのですか?」

「この時間は好きにしていいと言われています」

 

 そうですか。

 まぁいいけど。

 

 蔵書室内にある読書用のスペースに移動し、集めた本を並べる。

 そして端っこにある本を手に取って、パラパラと捲り……捲り終わって次へ。

 

「え」

 

 次の本、次の本。時折焦げ跡や虫食いが散見され、読めない部分もある……けど、情報量に大した差異はない。落丁部分は致し方ないので世界の記録から「当時何を書いていたのか」を探る。結局世界の記録を読んでいると指摘されたらお手上げだ。いやだって仕方ないじゃないか。

 

「お、オーリさん? それで読めているのですか?」

「はい。速読は慣れですよ。ふた月も練習すれば、レインさんにもできるのでは?」

「その速度は……無理そうかも、です」

 

 そうだろうか。

 昔書記官補佐をやっていた時、私の二つ上の上官がこれを二つ並列でやっていたけれど。あれに比べたらこの程度「人間ロールプレイ」の範疇だろう。

 ちなみにその時の彼も「速読のコツ? 慣れだ。だから仕事をしろ。重ねて覚えろ」と言っていた。

 

 ……無論やろうと思えば「本の表紙を撫でただけで内容を把握する」とか、「見つめただけで把握する」とかもできるけど、それは曲芸が過ぎるというか逸脱していると思うのでやらない。

 あくまで「人間」じゃないとね。

 

「──ありましたね」

 

 ページめくりを止める。

 記されているのはとある顛末。大きな戦争があって、疲弊した国を襲う形で魔王が土地を占拠。そのままそこを魔王領としたが、どこかからか現れた異国の装いをした若者が統括を任された魔族を打ち負かし、国を拓いた。

 元々が人間の住んでいた国だから下地があって、その「恨みつらみ」を抱えた人間も、魔族もいなくなったから住みやすくなっていて……その国の王となった若者は「傭兵王」の名を得て、老いさらばえてもなお戦場で活躍し……最後は戦地にて死亡が確認された。討ち取った国は……ああこれ以上の情報はない。ということはさっき読んだ英雄がこれで……なるほど、つまりこれとこれは全く別の、つまり私の探し物に関係ない単純な英雄で……。

 決して史実通りとは言えない、個人の主観に基づいた「英雄譚」や「風刺画」、吟遊詩人より伝えられた詩。誇張された、あるいは邪険にされた歴史の中で、唯一動かぬ証拠であるそれを辿っていく作業。もう本は全て読み終わった。全てが時系列と地図順に並び替えられ、世界の記録を読むことなく「過去の歴史」が私の思考空間に組み上げられて行く。

 

「……アルゴ・ルヴド・フランム……違う。だから、アルゴ・ウィー・フランメル」

「え?」

「お知り合いですか?」

 

 声色で察した。

 だから問うたというのに……なんだろうか、彼女のこの感情は。

 

 嫌悪感?

 

「アルゴ・ウィー・フランメル。……騎士団の汚点。そして……私とレインの剣の師だ」

「シルディアさん。聞かないようにしていたのでは?」

「申し訳ない。だが、そろそろ利用可能時間が終わりを告げそうだった。そのための報告に来た際、聞いてしまっただけだ」

「ああ、もうそんな時間でしたか」

 

 本を集めて、戻すために席を立つ。

 

「アルゴは投獄されている。用事があるのなら……"突破する"か、手続きを踏むしかない」

「できますが、していいのですか? お仲間でしょうに」

「王都の監獄は騎士団の管轄ではない。そしてそこで騒ぎが起きることは、騎士団にとっては()()()()()()()だ」

「それはそれは。国も随分と恨まれているようで」

 

 大活躍な『音吸いのシエルタ』、その最大効力によって発揮された「すれ違いざまの会話」。レイン・レイリーバースには聞かれたくない会話か。

 

 ……最近ちゃんと装飾品店の店長ができていないから、魔色の燕の長ロールプレイはあんまりしたくなかったんだけど。

 まぁ、監獄にいる相手であればティアとドロシーでも邂逅できないだろうから、流石に出番か。

 

「レインさん、あなたにとってアルゴさんという方は、どのような方ですか?」

「う……その」

「オーリさん。重ねて申し訳ないが、私にとってもレインにとってもアルゴの名はあまり好ましくない。だから」

「……尊敬していた師で……そして、唾棄すべき邪悪、です」

 

 そうか。

 ならまぁ、邪神陣営にはもってこいかな。

 

「ありがとうございます。それでは本を戻してきますね」

「あ、手伝います!」

「私も手伝おう。閲覧時間を過ぎることは避けたい」

 

 さて。

 サジュエル・エヌ・エルグランドも紛う方なき悪。この二人にここまで言わせるアルゴ・ウィー・フランメルも悪なのだろう。

 良い縁ができつつある。こちらの陣営がディモニアナタとトゥナハーデンだけでは味気が足りなさすぎるからね、人間の悪で、強い者。うん、必要だ。

 

 

 

 

 ということで、王都ファーマリウスに到着した。「魔色の燕の長」の恰好……つまりオーリ・ヴィーエと完全に同一の恰好をして、現地にいるマリオネッタは全員退かせて。ティアとドロシーには何も伝えていないけれど、彼女らは今魔王の転生体の宿業に巻き込まれているからこっちには寄ってこない。

 ついでに中空長刀の持ち主とかいうのも見てみたかったけど、それは縁があればでいいかな。

 今は監獄の方だ。

 

 ファーマリウスが大監獄、『アルムヴァルス・エクスタク』。デミディナイトという鉱石で建築された監獄で、仮に"落とされ星"が直撃したとしても全壊することはないだろうとされている場所。デミディナイトは触れている者の攻撃力を減衰させる効果を持ち、この場合の攻撃力とは腕力や筋力のみならず、「他者を攻撃しようとする意思」まで含む。

 そんなもので作られているのだ、毎日監獄の中で暮らしていれば、脱走なんてする気も無くなる。看守はこれをレジストするディデイ鉱石やそれを用いた装飾品を身に着けているため、万一があっても囚人を抑え込める。さらには仮に看守が囚人にそれらを奪われたとしても、対応可能な「機構」が存在するらしい。面白そうなのでそこで記録を読むのをやめた。

 

「……」

 

 付けるは赤い面。魔色の燕の象徴。

 騎士シルディアは"突破"してもいいと言っていた。こっそり侵入するとか、どうにか文を届ける、とかではなく、だ。

 だから正面突破で行こう……とした矢先。

 

「何者だ」

「赤い面に黒白の羽織もの……まさか魔色の燕か?」

 

 ……ええ。

 偽物もこれ着てるんだ。……ああいや、確かにエントペーンが言ってたっけ。昔の私とよく似た格好をしていた、って。

 

「アスクメイドトリアラーか」

「……」

 

 目の前に現れた二人。そして背後から音を発することなく突きを入れてきた一人を躱す。

 踏み込んだ足だけを風に掬われた経験などそうそうないだろう。警戒のために引いていた重心そのものを揺さぶられた経験などないだろう。

 

「な……」

「お勤めご苦労様。良い夢を」

 

 風が薬を運ぶ。

 即効性の睡眠薬。体にはかなりの害を齎すが、それを除去する薬も投与してある。無駄な殺しをするつもりはない。アスクメイドトリアラーを殺すとアスクメイドトリアラーが寄ってくるのだ、面倒が勝る。

 

「ただ、無駄であるかどうかは」

 

 大監獄の入り口に立つ衛兵二人。

 その首が落ちて尚、二人は立ち続ける。

 

「私が決める」

 

 お言葉に甘えよう。

 

「"突破"する」

 

 

「魔色の燕だ! 魔色の燕が襲撃して来た!」

「クソ、どこの馬鹿が依頼した!? 早く討ち取れ! いや殺すな、情報は吐き出させろよ!」

「そんな余裕──」

 

 黒白の羽ばたき。光の魔力が空間を固定し、闇の魔力が時間を停止させる。その粒子の奔流は容易に人体を通過し、近づいてきた彼らを肉塊に帰す。

 他の魔力を使わない、「魔色の燕」という二つ名がつけられた時の戦闘スタイル。何者も触れ得ぬ燕。何物も遮れぬ燕。

 

「少なくとも幹部クラス……だがなぜ単独で」

「どうでもいいだろ! おい、魔色の燕! どんな報酬で動いてる! 金ならこっちが」

 

 看守の首が落ちる。

 余計なことを言わないで欲しい。「魔色の燕」は冒険者だ。そしてパーティの名だ。冒険者は依頼主から受けた依頼を完遂する。途中で別の依頼主に多額の報酬を積まれたところで乗り換えをしたりしない。

 無駄な殺しはしない。無駄かどうかは私が決める。

 だから──自ら「無駄」に堕ちるのはやめてくれ。

 

「無駄だ、看守殿」

 

 咄嗟に氷の爪を作り、それを防ぐ。背後からの奇襲。

 加えて……黒白の粒子に穿たれぬ刀身。

 

「お初にお目にかかる、魔色の燕。拙僧、アザガネと申す者」

「……」

「大監獄より()()()()強者の気配におびき出されてみれば、いやはや僥倖。悪名高き魔色の燕の襲撃に出くわせるとは」

 

 中空長刀の持ち主。そしてこの剣気。

 顔もルビィが共有してくれたものと相違ない。

 

 なんだ、あるじゃないか、縁。

 

「故を問おうか、剣士」

「ほう? これはまた、なんとも不思議な音色の声だ。透き通る硝子玉……いや、水滴。あるいは氷の礫のようよ」

「……」

「ああ、すまぬすまぬ。何せ目が見えぬものでな、つい音に酔いしれてしまう悪癖があるのだ。──それで、故を問うたな、魔色の燕」

「そうだ」

 

 双眸に眼帯をつけた、盲目の剣士。

 それにしては──私が今まで見てきた「英雄」と、似た雰囲気を纏っているけれど。

 戦乱の世でも無い今に、なぜここまで血の臭いを纏う剣客がいるのやら。

 

「拙僧はただ強者と戦いたいだけよ。理由などそれだけで充分。よって一応、問い返そう。お前の故はなんだ、魔色の燕」

「用のある者がいる。だから障害を排している」

「カカ、単純明快! 良いではないか、聞くに堪えぬ悪行三昧の魔色の燕とは思えぬ爽快さだ。──あるいは本当に別物か?」

「充分という割に、よくもまぁそんなに理由を欲しがれるものだ。舌は三枚では足りぬか、剣士」

「ほほう? ということは、拙僧に付き合ってくれるのか? 急いでおるのだろう?」

「どちらも些事だ。変わらん」

「結構結構! あいわかった──では死合おうではないか、魔色の燕!」

 

 中空長刀の剣術。

 懐かしい。エルブレード歴において「とある山村」の「とある一派」なんていうマイナーもマイナーな集団が使っていた剣術。そしてだというのにあの戦乱の世において名を轟かせた剣客集団。

 

 あの時は久方ぶりの後悔をしたものだ。

 あの一派に生まれるべきだった、と。そうであれば……どんなに楽しいロールプレイができたか。

 

 だから、私にしては珍しく、その次の生で「練習」したのだ。

 当然使い手などいなかったし、その生において戦争はおろか山賊との戦闘にさえ恵まれることはなかったけれど……まぁ、私が()た最も強い者と同じ場所にまで。

 

「であるならば、技術を返礼としよう。名も知らぬ剣士よ」

「む……おお!?」

 

 氷と風の魔力、土と火の魔力、光と闇の魔力をそれぞれ使い、()()()()()()()()()

 数秒断たぬうちに出来上がるは中空の長刀。

 

 ……あ。マズイ。

 

刀武の照覧(ワトチド・ブレイド)

 

 間に合った……かな? 無詠唱じゃないヨー。呪文っぽい魔力の動きしてたと思うけど魔法だヨー。

 

「これはこれは、良い物が見れた。世界は広いな。そして、それを打つということは」

「是を返そう、アザガネ」

 

 同じ構え。船のオールを持つような、独特の持ち方。

 そして走らせるは水の魔力。こちらもあちらも、鼓膜を激しく波立たせる甲高い音を上げている。

 しかし、私は平気だけど……よくこの監獄内で闘気を保っていられるな。

 

 もしかして……もしかしたりするのかな?

 

 滑らせて弾く。

 

「ッ、型は全く同一だが、練度で負けるとは! カカ、心躍ろうも仕方なきよなぁ!」

「口の閉じない奴だな」

 

 さらに右手首を左回りに回転させ、持ち方を変える。人体の構造上「これでは刀を強く振れない」という状態を作りながら、それをそのまま振り下ろす。

 剣士アザガネの判断は数瞬。受けではなく回避。良い判断だ。中空長刀は引き戻しに時間がかかるため、無理に防ぐよりも避けられるのなら避けた方がいい。

 

 ただし、横薙ぎはダメだ。室内であるのだからコースは制限される。

 柄を搾るようにして回転させ、戻って来た刀で防御。やろうと思えばデミディナイトくらい斬れるが、この剣術とこの剣はそこまでの切れ味がなかったはずなので選択から外す。

 

「地琉!」

「軽閃」

 

 言葉と共に水の魔力が変化を起こす。剣士アザガネのものは密度を、私のものは速度を。

 互いに増したソレは、互いを弾き合う結果に終わる。

 

「カ、カカ! この業物が、今ここで鍛ち出した刀に負けるか!」

「刀匠の技は衰退したのか? 昔の刀であれば、この程度で刃毀れするなどあり得なかったはずだがな」

「なんと、(ふみ)を識る者か。カカ、であれば期待を損なわせてすまん! 我が国は一度滅びかけている。戦乱の世を生き延びたのは当時まだ未熟の域を出なかった弟子たちばかりでな、特に鍛冶師と剣士は多くが減った。ゆえに拙僧の刀もまた未熟の伝承よ。許せ、真を知る者よ」

「であればそれを業物などと呼ぶな。……だが、お前の闘気は未熟者の域を出ている。誇れ。誇って死に行け」

「応さ!」

 

 中空長刀。その真価は、中心を通る水の魔力と、刀身に無数に空いた極小の穴、それがあるにも関わらず保たれる硬度から為る変幻自在の剣術。

 その山村でしか産出されなかった鉱石と、それを刀剣に鍛った刀匠の技術。

 片方が失われているのなら私が「絶滅している」と思い込んでいたのも納得がいく。

 

「故にこれは、手向けである。──魔色」

 

 黒白の魔力を中空に流し、粒子を纏わせる。

 どうにかこの剣術を魔纏奏者の技術と結合できないか試行錯誤した結果出来上がった、誰に振るわれることもなかった技術のキメラ、その末路。

 

「巌在!」

「白羽」

 

 斬る。人体を袈裟懸けに分断する。

 攻撃力だけで言えば歴史上類を見ないレベルの斬撃。しかし、受け継がれゆくものではない。

 

「恨むのなら、その刀を打った者を恨め、剣客」

「──不要。我が父、我が誇りなり」

 

 倒れ、潰れるアザガネ。

 ……。

 少し、世界の記録を漁る。

 ……。……。……うん。

 

「良い過去だね。拾うことに決めた」

 

 満足しての死など。

 これからもっともっと大きな戦乱があるのだ。こんなところで死んでしまっては勿体ないよ、剣客。

 苦界に行くくらいなら、蘇って邪となろう。

 

 

 

 

 さて、道中思わぬ歴史に遭遇し、足を止めてしまったわけだけど。 

 当初の目的を果たすために、私は全てを"突破"し、そこまで来た。

 

 牢獄。その中で両腕を鎖に繋がれ、項垂れる初老の男性。

 

「アルゴ・ウィー・フランメルだな?」

「……赤の面に、黒白の魔力。騎士以外で初の面会客が、魔色の燕とは。ワシも捨てたもんじゃあねえな」

「感情結晶『怒』。アルゴ・ルヴド・フランムから託されたそれを、今も"所有"しているか?」

「!」

 

 顔を上げる男性。

 みるみるうちに闘志が漲る。いやさっきからすごいな、デミディナイトはちゃんと発動しているのに。

 

「目的はコレか」

「欲しているわけではない。感情結晶は持ち主を選ぶ。私が持ったとしても、得られるものは何もない」

「……何が言いてぇ」

「ゆえに、感情結晶に選ばれたお前が欲しい」

「魔色の燕に入れ、ってか。ハッ、ワシはもう誰かの下に付くのはお断りだ。わかったら消えな、魔色の燕」

 

 ここでいつも通り、「知らない、私が欲しいから持っていく」というのもできる。

 できるけど……感情結晶の持ち主になら、もっといいアプローチがある。

 

「勇者レイン・レイリーバース。騎士シルディア・エス・ヴァイオレット。──そしてお前を嵌めた騎士団長ニギン・イアクリーズ・ヴァーハマット」

「……良く調べてやがる」

「怒りが、収まっていないだろう」

 

 感情結晶の持ち主は非業を引き寄せる。そしてその色に沿った結末を迎える。

 獄中死など。あるいは処刑での死など。

 感情結晶『怒』の宿主として、あまりに相応しくない。

 

「……はン、ワシはな、叔父からこれを託された時、心に決めたんだよ。コイツが与えてくる無限の怒り。それに振り回されるようなことだけはしねぇ。だからお前の甘言も、ニギンの阿呆の謀も、ワシを惑わす材料にはならねえ」

「異なことを言う。感情結晶は感情を増幅するものだ。決して感情を植え付けるものではない」

「なに?」

「アルゴ・ウィー・フランメル。お前の中に、あの三人に対する怒りが欠片も無いのであれば、感情結晶は効果を発揮しない。お前は勘違いをしている。お前が抱いた怒りは全て感情結晶より与えられた"自身の物ではない幻惑"なのだと。だが、お前の中に怒りの感情が無いなどと、ふん、そちらの方が世迷言だ」

 

 なまじその性質、その危険性を知った状態で託されたばかりに、自身から湧き出る怒りの全てがまやかしだと勘違いしていた、ということだ。

 だからそれらをすべて振り切り、すべて抑えつけ、死ぬつもりだったと。

 見事な自制心。そしてあまりにも幼稚な思い込み。

 

「怒れ、アルゴ・ウィー・フランメル。おかしいだろう。理解できないだろう。お前は与えられた任をすべてこなしていた。お前は共有された秘密にしっかり口を閉じていた。騎士ニギンの言葉が妥当であるものか。勇者レインの未熟さと騎士シルディアの恋心が起こした失敗を、なぜお前が背負わねばならない。お前はしっかりとあの二人を育てた。だが、あの二人はお前との約束より互いを取った。その裏切りでお前が『騎士団の汚点』などという誹りを背負うのは間違っている」

「……知ったような口を利く。消えろ、魔色の燕。たとえワシの怒りに正当性があったとしても、これがワシの感情であるとしても……ワシはそれを力として揮うつもりはない。ワシは悪であるが、害ではない。そう心掛けている。何度も言う。消えろ、魔色の燕。感情結晶などという『神の遺失物』に寄って来た蛾め、ここにはお前の欲するものなど何もない」

 

 意志が固い。

 ただ……デミディナイトに囲まれていなければ、もう少しで起爆しそうではある。

 

「Dsy efust.」

「なにを……は?」

 

 魔色が羽ばたく。デミディナイトの牢獄に大穴が開き、彼の両腕の鎖がしゃらりと崩れ落ちる。

 そして。

 

「なんだ、これは……どうなってやがる」

「あなたの精神年齢と肉体年齢を反転させました。──少しの間ですが、これからよろしくお願いしますね、アル君」

 

 屈んで、面を外して、頭を撫でて。

 グレーの髪の少年に、笑いかける。

 

「はぁ!? っつか、お前女……それよりも若すぎる、いや、お前、どっかで……」

「馬車だと遅いので、背負ってあげます。一緒に帰りましょう」

「そうだ、──区の、──番通りの、──!! ……んだこりゃ、声が出ねえ」

「少しばかり契約をさせてもらいました。私の正体と、アル君自身の正体。どちらも口外できません」

「言論操作の契約だと? ……女、お前まさか」

「改めまして。私はオーリ・ディーンという者です。以後お見知りおきを……というのは変ですが」

「──の──か!? ……! 言い換えまで検閲済みかよ!」

 

 勝手に背負って、音吸いのシエルタで音を回収しながら高速移動をして。

 

「感情結晶の持ち主には優しいですよ、私は。その方が御しやすくなりますから。優しくされたことが無い──感情結晶の持ち主の共通項ですね」

「最悪だな、女。おい神よ、いるんならコイツに鉄槌を食らわせてやってくれ。──の……はぁ。オレの身を灼いてでもいい。今すぐにだ」

「私に手を出す勇気のある神がいるといいですね」

 

 良いよ、来ても。

 ここで全面戦争でも一向に構わないけど。どうする?

 

 盗み聞きしてたフォルーンとか、来ない?

 

 ──"やめとくよ。じゃあね、母さん。素敵な夜を"

 

「わかったわかった、神って奴はいねぇんだな。あるいは邪神だけがいるんだろう。そういうこったな」

「おや、正解です」

「……チッ。ああクソ、眠ィ……。ガキの身体ってのは本当らしい。……馬鹿が、どんな足腰してやがる。一切の揺れを……感じねえ……」

「子供の身体になったから、というより、私が睡眠薬をこれでもかというほど持ち歩いているので、それにアテられた可能性が高いかと」

「……しんでくれ」

 

 寝息が立つ。

 さっき言ったことは本当だ。

 

 今回は邪神ムーブだからね。

 感情結晶の持ち主にはとことん優しくしよう。

 

 ──なんせ彼らは、邪悪に染まることが決定づけられているようなものなのだから。

 せめて今は、良い夢を。

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