神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「私達は一切関与しておりません」

 朝。

 

「あれ、ディア。珍しいね、そんなに上機嫌なの」

「ん……おはよう、レイン。そして……そうだな。機嫌が良いのは認めるよ」

 

 勇者レイン・レイリーバースと騎士シルディア・エス・ヴァイオレット。恋人同士である二人だけど、同棲しているわけではない。どちらも騎士団に所属する団員であり、一日の始まりに会うのは双方が双方の宿舎から出てきた時となる。

 とはいえシルディアは黒鉄の位置にある騎士だし、レインはレインで勇者という大命を拝す者。二人に対してわざわざ話しかけてくる者などいなければ、二人からも集合前唯一のこの自由時間に「政治」を行おうとはしない。結果、気兼ねなく話せるこの二人で固まるので……周囲からの視線は、「もうどっか家買えよ」になる。

 

「それ、報告書?」

「ああ。王都ファーマリウスでの大事件。大監獄『アルムヴァルス・エクスタク』が襲撃され、多くの看守が死亡。負傷に留まった者もいたが、誰も下手人を見ていない。囚人も多くが死んだ」

「……」

「"どうしてそんなものを読んで上機嫌なのか"……という顔をしているな」

「だって……大勢の人が死んだって報告書でしょう。それを……」

「痕跡の一切が消されていたらしいがな、唯一確かであることは、"アルゴ・ウィー・フランメル"の投獄されていた牢の壁に大穴が開いていたことだそうだ」

「うそ……まさか、脱獄?」

「いや……デミディナイトに囲まれた牢で長くを過ごせば、私も君も気力そのものを失うだろう。フランメルとてそれは同じなはず。それに、奴が壁を壊して脱出したというのなら、正面から奴のいる牢までにいた看守や囚人が惨殺されている理由がわからない」

「……誰かが、助けた」

「だろうな。そして……」

 

 この都市から王都ファーマリウスまでには馬車で四日以上をかける必要がある。

 対し、シルディアが「彼女」に情報提供をしたのは昨日のことだ。その正体を知っていればさもありなんではあるが、全く恐ろしい話だとシルディアは独り言ちる。

 

「そして?」

「……いや。なんでもない」

「もう、またそうやってはぐらかす。何でもかんでも私から遠ざけて。恋人なんだから、共有してくれたっていいのに」

「君はもう十二分に苦痛を味わった。これ以上は不要だろう」

「……悪いことしてる?」

「誰にとっての悪か。誰にとっての善か」

「あ、またはぐらかした」

 

 感情豊かに怒るレインに、シルディアは笑う。

 ──ああ、けれど、彼女の胸元のロケットペンダントが目に入った途端、陰を帯びた。

 

「レイン。調子は……」

「悪くないし、どこも痛くないし、怖い夢も見ない! 毎朝毎朝聞いてきて、飽きない? それ」

「仕方ないだろう。……私は……この手で君を刺したんだ。そのロケットペンダントを見るたびに、すべてを思い出してしまう」

「はいはい、朝から暗くならないの。折角上機嫌だったんだから、それを保って。ね?」

「……そうだな」

 

 その次に目に入るのは、『継手の指輪』という装飾品。同じく「彼女」がその場で鍛造したアクセサリーであり、その時伝え聞いたままの効果を発揮している。

 恐ろしいことがあるとすれば──ロケットペンダントも、『継手の指輪』も、常時発動のアクセサリーであるというのに何を消費している様子もない、という点だ。

 

 装飾品であるのだから当たり前。深くを知らぬ者ならば口をそろえてそう言おう。

 だが、少しでも魔術に精通している者であれば、口をわなわなと震わせて言うはずだ。

 

「何が代償なのかわからない、というのは……ああ、本当に恐ろしい」

「次暗いこと言ったらその口に拳突っ込むから」

「……そこは恋人らしく、キスで塞いでくれるとかではないのか?」

「休日も用意してくれている職場なのに、わざわざ出勤してきて見せつけるようにキスするの? ディアって敵を作りたくてそういう言動しているの?」

 

 こらえきれなかったのだろう。

 最も近くにいた騎士が、「ぷっ」と笑う。

 

「……なんだ、ニギン。眠っていたのではなかったのか」

「いや、確かに徹夜明けで仮眠をとっていたのは事実だが、近くでそうも乳繰り合うのを聞かせられては、……おっと、危ないな」

「ディア!? ダメだって、ニギンさんは一応上官なんだから、ナイフ投げちゃダメ。わかるでしょう!?」

「一応か。まぁそうだね、勇者にとっては仮初の上司でしかないね」

「ああいや、そういう意味じゃなくて」

 

 俄かに騒がしくなってきたあたりで、定刻を知らせる鐘が鳴る。

 集合、朝の定例会議の時間である。

 

 

 

 

 基本的にシルディアとレインは二人で行動している。恋人であるから──ではなく、シルディアがレインの監視役であるからだ。

 一応、真実を知る者以外には、「勇者レイン・レイリーバースは一度失踪していて、その後戻って来た」ということになっている。まだ情緒の不安定な少女である、ということを加味しても、大人であるシルディアが共に居なければならないと……適当な理由をニギンがつけて、同行を強要している。少女と大人と言っても、二歳しか歳は変わらないのだが、ニギンの言葉は絶対であるので誰も逆らわない。どの道逆らうメリットが無い。

 そして、共に行動するからこそ、黒鉄の騎士と今代勇者、などという過剰戦力コンビを町の警邏に当たらせるわけも無く、特別な場合を除いて二人は街の外での巡回を任される。

 巡回。あるいは、討伐。

 

 都市に近づこうとする魔物は多い。知恵の無い低位魔物の襲撃であれば衛兵が対処できるが、時折現れる知恵があって尚ヒトのたくさんいる都市を狙わんとする高位魔物には、冒険者が派遣される前に騎士団の対処が入る。その最たるがこの二人なのだ。

 

「……とはいえ、地龍討伐が二人だけというのは……ニギンめ、私達を殺そうとしているのか?」

「それだけ期待されてるってことだと思う」

「……レイン。この際だから言っておくが、あまりニギンを信用し過ぎるなよ」

「それは大丈夫。……裏切られて踊らされるのは、一回で充分だから」

 

 アルゴ・ウィー・フランメル。

 この二人が殺し合いをする末路を辿らされた原因の人物。二人の剣の師にして──騎士団を乗っ取ろうとし、けれど全てがニギンの掌の上であったことに気付けなかった老人。

 

「なんか、ダメだね。私達こういう暗い話ばっかり。……もっと楽しい話をしようよ」

「一応任務なんだがな。まぁ、構わないだろう。それで? 楽しい話のタネを君は持っているのか?」

「……ディアは?」

「おっと、これは驚いた。どうやら私達は暗い話のタネしか持たない湿度の高い男女だったらしい」

「し、仕方ないよ。騎士団って……暗い話しか入ってこないし、対処しないし……明るくなれるわけないから!」

「励まし方として最も悪いものを選んだ自覚はあるか、レイン」

「励ましって言うか、自虐だから……」

 

 溜息。

 そして互いに言葉を発しようとして。

 

「っ!」

「近い!」

 

 気配に、気付いた。

 

 それは地中。まだ都市からそう離れていないこの場所で──会敵する。

 

「あのクソ女……! 生きて帰ったらぶっ殺してやる!!」

 

 地龍。

 と、その口の中で、剣をつっかえ棒にして顎が閉じるのを耐えている、少年。

 子供だ。

 

「レイン、斬撃の準備を!」

「ええ!」

 

 瞬きのすぐあと。

 到底人一人の身から出たとは思えない量の光の魔力が、彼女の剣に集いゆく。

 

「少年、その剣から手を離すな! 必ず助ける!」

「あン? ……おい嘘だろ。まさかこれを狙って」

渇焦の餓城(フィラ・ジ・エヴァスス)!」

 

 風の魔力が火の魔力を拡散させ、瞬時に周囲が炎に包まれる。

 しかしその炎が草木を燃やすことはない。なんとしてでも獲物を食い千切らんとしている地龍だけを、その巨体だけを焼き尽くす。

 

「クソ、嵌められた! なーにが今の──に慣れてもらうだ、あのクソ女……ああ、クソ、クソ……言わせておけば。そんなに怒れというのなら怒ってやるさ、あぁ、ああ!」

「まずいな、狂乱状態にあるらしい。レイン、最大威力でなくともいい! 奴の注意をこちらに引き付けられるか!」

「任せて」

 

 静かに、艶やかに。

 凪いだ水面に落ちた滴のような声。

 

 直後、極光が地龍の身に突き刺さる。

 光の魔力は空間に作用する。光の魔力、その魔法の最も原始的な使い方は「固定された空間を相手にぶつける」というものであり──。

 

「引き付けるに終わってねぇだろ、それ……!」

 

 事情を知らない「少年」の言う通りだった。

 最大威力ではないから「分断」には至らない。

 

 だけど、「穴が穿たれた」のならば、どの道同じである。

 

 ぐらりと──地龍の首が力を無くし、頭が落ちる。当然、まだ噛まれたままの少年も。

 だがそこはシルディアだ。少年の身体が地面に激突する前に彼と彼の剣を地龍の口から奪い取り、その場を飛び退く。

 

 ただ、それを流石だ、と言えるかどうかはまだ判断しかねる。

 なぜなら。

 

「オイ──、ああ、そうか、知ってちゃ──か! じゃあなんでもいい、そっちのチビとでけえの、まだ終わりじゃねえぞ!」

「なに?」

()()()()()()()()!」

 

 言葉を聞いて即座に警戒をしたシルディアと……同じく即座にもう一度魔力をため直したレイン。

 ああだけど、だからこそ「すぐに動けるか」には違いがあった。

 

 ぼこ、と。

 レインの足元の地面が膨らむ。

 

「きゃ」

 

 悲鳴は一瞬。聞こえなくなったのだ。

 地面から出てきた長い首に飲み込まれてしまったから。

 

「レイン!」

「ああうざってぇ、いつまで掴んでやがる! ──に任せろ、このノロマめ!」

 

 少年が身をよじり、シルディアの手から脱する。

 同じく剣も奪取し、そして。

 

「おいクソ(アマ)。どういう意図で──とこいつらを引き合わせたのか知らねえが、──は──になるつもりはねぇぞ」

「く……少年、ここで大人しくしていろ! 私は彼女を助けてくる!」

「興味ないだと? あぁそうかい、──だってんなら、己の宿業とやらをぶった切ったって興味は無ぇよなぁ?」

 

 シルディアの剣に火の魔力が集う。レインは勇者だ。各種耐性を揃えている。それに、地龍の胃酸とてそう易々と人体を溶かし得るものではない。

 だとしても速さが必要だった。そうだとしても、シルディアに彼女を助けない選択肢はなかった。

 

 たとえ地龍の口から光の魔力が溢れ始めていたとしても。

 たとえ背後の「少年」がシルディアの剣をも超える熱量を吐き出していたとしても。

 

闘来の炎(フィラ・ジ・)──」

「『朱怒結晶』──!」

「──口、臭い!!」

 

 弾ける。

 熔ける。

 

 光の魔力と、そして熱の魔力。シルディアの練り上げた火の魔法が組み終わることはなく、彼の目の前で地龍は"消却"された。

 

「な……ん」

 

 シルディアも決して弱くはない。というか強さで言えばかなりの上位にある。

 だけど、今回は相手が悪かった。

 

 片や勇者。

 そして片や──朱色の結晶を身に宿す、少年。

 

「感情結晶……!」

「……オイこれどうする気だ。見られちまったが……は? 好きにして……ってオイ、オイ!?」

 

 めでたしめでたし。

 こうして、都市を狙わんとしていた地龍が討伐されたのでした。

 

 

 とはならない。

 

「うー……まだ臭う気がする」

「もう一度水浴びをしてきても構わない。私が見張りをしておくし、何かあれば」

「そう真剣に捉えないで。もう、真面目なんだから。……それより、ボク? 名前、言える? どこの子? それに……その結晶は」

「質問が多い。それと、あまりバカにするな、──。……あーうざったりぃ。名前はアル……フ……ああはいはい、アルフだ。アルフ」

「ごめんね、馬鹿にしているつもりはなくて……ただ、どうして地龍に襲われていたのかとか、その力はなんなのかとか、聞かなくちゃいけないから」

「私と彼女は騎士団だ。──子供とて、意味はわかるな?」

 

 げんなりした顔を隠そうともしない少年、アルフ。

 彼は盛大な溜め息を吐いて、それはもう気だるそうに言う。

 

「──じゃねえ、オレは孤児だよ。四年前のビガス戦争の被害者。ああ疑うのは自由だが、誓って悪事はしてねえぞ。今みてぇに魔物を狩ってギルドに売って日銭を稼いでる」

「そうか。それで、その力は?」

「親父が死ぬ前にこれをオレに託した。効果は見ての通りだ。これがあるから、オレはガキながらに高位魔物を狩ってられる」

「ならばなぜ初めから使わなかった。食べられかけていただろう」

「あの程度ならコイツを使わなくてもどうとでもなるからだよ」

「……ってことは、もしかして私を助けるために使ってくれたの?」

 

 レインがそう問えば、これでもか、という程に嫌そうな顔をするアルフ。

 たとえどんな責め苦にあったとしてもそれは認めたくない、と顔に書いてある。

 

「オイ、──。……はー、本当にうざったりぃ。……はいはい、わーったわーった」

「ね、そうでしょ?」

「まずお前ら名乗れよ。騎士だろうがなんだろうが、初対面で名乗らずにあーだこーだオレにばっか聞いてきやがって。人としてのマナーってもんがねぇな、さては」

「む」

「騎士ってのは礼儀知らずばかりだって話だ、納得のいくところではあるがな」

 

 アルフの嫌味は──けれどこの二人には通じない。

 そんなこと、彼は良く知っているはずなのに。

 

「君の言う通りだ。酷く礼を欠いた。──私は騎士シルディア・エス・ヴァイオレット。黒鉄の騎士にあたる」

「ごめんね、アルフ君に聞く前に、私達が名乗ってからじゃないと……怖かったよね。私はレイン・レイリーバース。……その、聞いたことあるかな。勇者、っていうんだけど」

「……チ」

 

 ちゃんと謝るし、ちゃんと順序を通す。

 アルフが良く知る二人だ。彼は悪であるが、害ではない。そして今、誘拐犯(あのクソ女)に叛逆するという意味を込めて、彼らに対して湧く怒りを全て封殺している。

 だから……その殊勝な態度に、アルフの心は軟化する以外の道を選べない。

 

「……悪かった。無礼なのはこっちの方だ。だから顔上げろ。……んで、この後オレはどうすりゃいい。聞いた感じ、騎士団の獲物をオレが奪っちまったってことなんだろう。あるいは騎士団の任務を邪魔した、か? どちらにせよ捕縛対象だ。……連れていくなら連れて行け。抵抗する気はない」

「随分と騎士団の対応に詳しいな。だが、捕縛などしない。君はただ地龍に襲われていた被害者で、そしてレインを助けようとしてくれた協力者だ。そんな君を捕縛してしまっては、それこそ信用失墜だろう」

「もし誰かがそうしろ、って言ってきても、私達は君を守るから。安心して」

「ああそりゃどうも。じゃあここで解放してくれるってことでいいか?」

「帰る家があるのか?」

「……家とは呼びたくないがな、あるにはある」

 

 アルフの選択ミス。

 素直に「ある」と言っておけば良かったものを、彼らの前でそんな口振りをすれば──当然。

 

「劣悪な環境にいると見た。──捕縛はしない。だが、保護はさせてもらう」

「は?」

「うん、ディア。私もそれが良いと思う。それに、地龍を討伐した功績の半分はアルフ君にあるわけだから……ニギンさんにちゃんと報告して、相応の報奨金を出して貰えたりしないかな」

「報奨金となるとまた話が変わってくるが、少なくとも彼をここに置き去りにする、などということよりは良い結果を用意してくれるだろう」

「……遠慮する」

「ムリだよ」

「なんだ、無理ってのは」

「遠慮できない。君は保護決定。──騎士団の決定だから。逆らえないの、わかるよね?」

 

 アルフは思う。浮かべる。

 この世で最も嫌いな奴の顔を。そいつに施しを受ける自身の姿を。

 

嫌だね(わかった)。……はぁ!?」

「じゃ、決まりだね」

待て、ちょっと待て(わかった。だが、すまん)今のはオレの言葉じゃねぇ!(ちょいと疲れた) ……オイクソ女、ずっと見てやがったのか(負ぶってもらっても良いか)?」

「構わない。レイン、剣の方を」

「あれ、ディアが背負うの? 私でもいいのに」

「子供とはいえ、君を他の男に触れさせたくはない」

「……えぇー。なに、ディアってば、こんな小さい子に嫉妬?」

「先ほど私は役立たずだったのでな。強い男に君を奪われてしまわないか気が気でないんだ」

 

 アルフは……諦める。

 彼は知っている。言論操作の契約。それは「特定の言葉を話せなくさせる」だけでなく、「発したつもりのない言葉を発させる」や、「発した言葉を自ら言った言葉だと誤認させる」ものまで含まれる……れっきとした邪法であると。

 そんな邪法を使える者など数えるほどしかおらず、そしてアルフをして「絶対に勝てない」と思わせた女の名乗る名を考えれば、辿り着く場所というものがある。

 

「ああクソ、本当に眠くなって……き……」

「大丈夫だ。次に目覚めたときは安全な場所。もう雨風に怯える心配もない」

「ちゃんとしたご飯も食べられるから、期待していてね」

 

 魔色の燕。

 否、だ。

 そんなものには収まらない。アルフは知っている。歴史を知っている。

 百年程前に現れた魔女の名を。

 

 あの女は、確実に──。

 

 

 

 

「以上が今回の全てだ。ニギン、何かこの少年に与えられるものはあるか?」

「……君ね。わかっているのかい? 一度贅沢を知った者が、それを手に入れることのできない環境に帰る時の恐怖という奴を」

「む。……軽率、だったか」

「なまじ君とレインが奇跡に遭遇しているから君が救いを……不遇な境遇の子に手を差し伸べたくなる気持ちもわかるけれど」

「先ほど言った彼の力が感情結晶によるものである、と知れば、考えは変わるか、ニギン」

「はぁ、堂々と虚偽報告の開示とは恐れ入る。……感情結晶。色は?」

「朱色」

「『紺罪結晶』とは別物か……。しかし、良いのかい? 私は何も知らないけれど、契約があるのだろう?」

「……」

「ああ、別に口外してはならないとは言われていないのか。だとしてももう少し上手くやってほしいものだ。騎士団は公明正大な組織ではないとはいえ、内部腐敗を是としているわけではない。況してや外部に情報を漏らす相手を野放しにしろとは、中々酷なことを言うよねぇ、君も」

 

 ニギン・イアクリーズ・ヴァーハマット。

 シルディアの知る限りで、最も厄介な騎士。用意周到で且つ大胆不敵。何をもって男装をしているかまでは窺い知れなかったが──騎士の中で誰よりも国家転覆を掲げている危険因子。

 仮にその思想がアスクメイドトリアラーにでも知られれば、瞬く間にニギンは暗殺されるだろう。

 

 ──無論、それさえ抱き込んでいてもおかしくはないが。

 

「ああ良いことを思いついた。件の店の近くのアパートメントにね、空き部屋が一つできたらしい。曰く"新米冒険者が有名になったら買うから開けておいてと頼まれた部屋"らしいのだけど、君達に買ってあげよう」

「……どういう」

「君と、レインと、そしてその子。子供がいればマチガイも起こさないだろう?」

 

 ニヤニヤしたその顔。

 シルディアは握った拳を普通に振り抜く。避けられる。

 

「おいおい、女性の顔面を殴ろうとするのはあまり褒められたことではないんじゃないかな」

「男装しているんだ、男扱いで良いだろう」

「やれやれ、品の無い言葉を使うものだ。これはファッションだよファッション。別に男ぶっているわけではない。宿舎だって普通に女性宿舎を使っているだろう」

「知らん」

「それはそうだ。君は女性宿舎に来たことが無いし、私は君より遅く帰るからね」

 

 避ける避ける。

 何度も述べるが、シルディアは弱くない。強い。そして今も、ちゃんと本気で殴りかかっている。

 

 だが──まぁ、普通に。

 ニギンの方が、強い。

 

「よーし申請書類が完成した。不動産には私が出してきてあげよう。新米冒険者には悪いが、これも騎士団内でマチガイが起こらないようにするためだ。加えて、地龍討伐貢献などという大功績を残した子供への褒美でもあるからね」

「余程惨殺されたいのだと見たが、相違ないか?」

「惨殺といえば、大監獄が襲撃されてお上がてんやわんやだねぇ。あれも君が流したんだろう? おめでとう、これで名実ともに国家転覆仲間だ、私達は」

「その前にお前を椅子から引き摺り下ろす」

「おお怖い怖い。折角の甘いフェイスが台無しだよ、シルディア・エス・ヴァイオレット」

 

 フルネーム。

 それは「悪ふざけ終わり」の合図である。

 

「……フランメルは、逃げたと思うか」

「ほぼ確実にね。いや、逃がされたというか……彼女の庇護下にあると考えると、あまりよくない想像ができてしまう」

「戦力か」

「いや、戦力は魔色の燕で充分だろう。そうではなく、彼女が善性ではない可能性がある、という話だ」

「……それは」

「勿論レインへの行いやこの国に潜伏している時点で、ではあるよ? ただ……魔王の転生体が出てきたこの時期に重なっているのが妙に引っかかってね。直接的な関係はないが、間接的な影響を受けて、彼女は"そう在るように"行動している……ように思う」

「そう在るように?」

 

 ニギンは、音吸いのシエルタの効力を上げる。

 元々発動していたものだが、さらに、だ。

 

「私が彼女と剣を交えたことは知っているね」

「ああ」

「アレ、人間じゃないよ」

「!」

 

 音吸いのシエルタだけではない。

 もう一つ、騎士ニギンの「得意魔法」も発動して、より強固に言葉を混ぜる。

 

「化け物がどうにか頑張って人間のフリをしようとしている。私にはそう感じられた。なんでそうしようとしているのかまではわからないけれど、確実に人間じゃない。どころか、魔物や魔族ですらない。もっと高次の存在だ」

「……いつもの勘か?」

「ああ。根拠はない。なんにもね。だけど……」

 

 ニギンは、にっこりと笑う。

 

「だから、だね。──彼女にそれを問い詰めるつもりはないよ。私だって彼女には人間のフリをしていてもらいたいから。ただ、どうかな? 彼女が悪を収集しているのだとすれば……その結末は」

「一時的にこの子の身体を借りるけど、それ以上は言わない方がいいよ」

「……おっと、本物の登場か」

「彼女はまだ受動的だ。だけど、君達が吐いた言葉や感情は疵となって世界に刻まれる。事実は残るんだ。だから、それ以上はね」

「ありがとう、いいアドバイスだ。して、君は誰かな。私はこの刻を無事に過ごせた感謝を、どの神に捧げればいい?」

「必要ないよ、神嫌いの祈りなんて」

「そうかい、ありがとう、流離の神フォルーン」

 

 気配が消える。

 窓は空いていないのに、風が通り抜けていった。

 

「……なんだ、今の感覚は」

「君ね、私に話させておいて立ったまま寝るとかどういう度胸をしているんだ。……はぁ、疲れているならもう今日は上がっていいから。手続きはしておくから、そうだな、レインに住所を渡しておく。その子供と向かうといい」

「ああ……。いや待て、納得してな」

「必要なことだと言っているんだよ、シルディア・エス・ヴァイオレット」

「……」

 

 それが最後。

 ニギンは自身の執務机に付き、他の仕事をし始める。

 

 シルディアは、それはもう盛大に溜息を吐いて、その部屋を去るのだった。

 

 

 

 

 アルフは、それはもう盛大に溜息を吐いて、その部屋に入った。

 家財道具の一式が揃った部屋。アパートメントの一室。

 

「……本気か? ──の奴、全部わかっててオレに嫌がらせしてんじゃねぇだろうな」

「わ、結構良い部屋。……ごめんね、アルフ君。いきなり私達と住むなんて、嫌だったよね。でも上の決定って私達も逆らえなくて……」

「すまない。できるだけ干渉しないようにはする。……保護といった手前、放りだすことはできないが……束の間だけでも、日常を取り戻してくれると嬉しい」

「……もうどうでもいい。だがお前ら、料理はできるのか」

「私ができる。心配は不要だ」

「そうかい。……あぁなんだ、別に、オレがいるからといって遠慮しなくてもいいぞ」

「? 何を?」

「何をってお前、年頃の男女がひとつ屋根の下なんだ。おっぱじめる事は決まってんだろ」

 

 アルフが初めて笑った、という事実を指摘しようとして、言われた言葉の意味の理解が追いついたレインの頬が紅潮する。

 

「アルフ。あまり年頃の女性にそういうことを言うものではない」

「お前はお前でちったぁ動揺しろっての」

 

 こうして。

 "長と住むために予約していた、長の店に一番近い家"はこのおかしな三人に買われ、狙ってやがったとかクソ女クソ女とか罵られまくった「彼女」は──。

 

 

「……そこまで根回しできるほど私頭良くないよ?」

 

 とか、なんとか。

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