神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
その日は朝から騒がしかった。
「ごめんね、アルフ。私達今日はちょっと戻って来られなさそうだから、ご飯はこれで食べて」
「すまない、できるだけ早く帰ることを約束するが──」
「あぁうっせぇうっせぇ。オレがそんな手のかかるガキに見えるかよ。良いからとっとと招集されてこい、急ぎなんだろ?」
現在、アルフ──アルゴ・ウィー・フランメルの保護者となっている二人。今代勇者レイン・レイリーバースと黒鉄の騎士シルディア。
二人は早朝から慌ただしく、そして朝食を食べることなく出て行った。
「……」
アルフとて、元騎士である。
騎士団の乗っ取りに失敗し、投獄されたとはいえ……というかだからこそ、騎士団がどういう時に「こう」なるのかを理解している。
緊急招集。
それも、各地にいる全戦力を投じなければならないほどの巨悪の出現。
何が出たかまではわからない。天龍か、魔王か。とかくその類のものでなければ、勇者と黒鉄位までもを投じるなんてことはしない。
「気になりますか?」
「……既にオレは騎士じゃねえ。オレが託したわけじゃねえが、今の時代のことは、今の時代の騎士が対応するべきだ。オレ含めてな」
「マドハ村で、アンデッドが大量発生したそうですよ」
「ッ……ってぇことはなんだ、あれらは遠隔で操作でもしてんのか」
「いいえ。勘違いしたままの方が面白いかと思って放置していましたが、私はアンネ・ダルシアではありませんので。──そして、今マドハ村にいるのが、アンネ・ダルシアです」
驚きは──なかった。
「おや、驚かれないのですか」
「勇者を蘇らせたのもお前だろう。今更何に驚けと」
「ああ、確かに。当事者二人と騎士ニギン以外で知る者の中に、あなたもいましたね。正確には──それをさせた張本人なわけですから」
「ふん。オレは勇者にシルディアとニギンを殺させる予定だったんだがな。……あ? 言論操作はしてねぇのか、今」
「今、あなたも私も、発声で会話しているわけではありませんよ」
言われてアルフは、自身が声を発していないことに気付いた。
相手の姿が見えないのはいつものことだからわかっていなかったが、確かに今アルフは声を発していない。
「念話……魔術師協会で聞いたことがある。高位魔術師は思考で会話をするだのなんだの」
「それを他者に強制させることも可能です」
「そうかい。……で、ここまで聞かせる理由はなんだ。言っておくが、アンネ・ダルシアが復活したとしても、ワシは動かんぞ」
「構いません。ただ気になっていたようでしたので、情報を提供したまで」
「……アンネ・ダルシアを復活させて、何をするつもりだ。ワシのような奴隷を増やすつもりか?」
「主従契約を交わした覚えはありませんが」
「言論操作も似たようなものだろう。……魔色の燕を不死の軍団に変えるか」
「ご存じの通り、蘇生術は私が使えるので、アンネ・ダルシアをわざわざ復活させる意味はありませんよ」
なら、と。
深く考えるまでもなく、アルフは……アルゴ・ウィー・フランメルは結論を出す。
「騎士団を削り、潜り込ませるためか。この都市はニギンの奴が睨みを利かせているが、他であれば隙もある。緊急で募集した騎士の身元調査なんざ平時より簡易になる。はン、ワシの乗っ取りより厄介だな。なんせ災厄を手前で用意できるんだ、殺すのも自由自在か」
「どれくらい削るかの指示はしましたが、誰を、は指定していませんよ」
轟、と。
アルゴの体内にある感情結晶が熱を持つ。
おかしな話だ。「相手」の言う通り、感情結晶『怒』こと『朱怒結晶』はアルゴの怒りを増幅するものだった。振り回されそうになる果てのない怒りも、元がゼロなら湧き上がらない。
でも。
今、騎士団を「数」で見られて……アルゴの中に怒りが湧いた。
「ふん。……今更だな」
「あなたは別に騎士団を嫌っているわけではないでしょう。むしろ、騎士ニギンの支配下にある騎士団を嫌って乗っ取りを企てた。違いますか?」
「違わねえが、今更掘り返す気はないと言っている。ワシは罪を犯し、騎士を辞め、投獄された身。それを今になって騎士面などと、恥でしかない。それこそ人生の汚点となろうよ」
「そうですか。……では私はこれにて失礼します。ただ、一つ」
遠ざかっていく気配。
そして湧き上がっては止まらない感情。
「今のあなたは大罪人アルゴ・ウィー・フランメルではなく、感情結晶の持ち主であるアルフ少年。──どうぞ、お好きに」
「余計な世話だ」
気配は完全に消え。
──ただ、メラメラと燃える怒りだけが、心に残る。
復讐対象だと「奴」は言った。
嗤う。復讐対象などと。正当な怒りなどと。
嗤う。アルゴは既に気付いている。あの二人へ向けた怒りは、そのどれもが見当違いなものであったことを。
嗤う。何より今、最も彼の逆鱗を撫でたのは──民を守らんと騎士を志し、しかしその思想を捻じ曲げられて「使われかけ」ている彼らを、ただの数量として見たその言葉。
嗤み零す。
「なんだって……奴らが、死ななきゃならねえ」
悪ではあるが、害ではない。
手段こそ悪だった。何年をかけてでも正当な手段を取れば良かった。あるいはもっと彼に力があれば、そもそも起こらなかった。昇格に興味が無いと嘯いていたが故に起きたこの全て。
だけど、アルゴ・ウィー・フランメルは害ではないのだ。
事実、彼を慕う騎士は多い。未だに、言葉には出さないけれど、心から尊敬を向ける騎士は多い。
それは彼が面倒見よく騎士たちの世話をしていたからだし、多くの騎士の師となったからだ。
何よりその自制心を、あるいは誰もが理想としていた。
だからこそ「下剋上」においてはその企み事が露わとなって、尊敬と嫌悪を同時に向けられることになったのだが。
忘れていない。
「……行くか」
乗せられた。それは理解している。
だが、だからなんだという話だ。
アルゴ・ウィー・フランメルは──騎士である。
民草を守り、仲間を守る。
剣を持ち、家を出れば。
「おお、ようやく出てきたか。と、そう殺気立つな。トパルズ殿、面識があるのだろう?」
「ええ、アルフ様が覚えているかはわかりませんが」
両目を眼帯で覆った長身の剣士。
そしてメイド。剣士の纏う剣気に思わず身構えてしまったが、アルゴ……アルフはメイドの方に見覚えがあった。
「……確かアンタ、魔色の燕の」
「はい。ですが、此度はあるじ様より許可が出ていますので、外出しております。そして、こちらは」
「お初にお目にかかる、『朱怒結晶』の主よ。拙僧はアザガネ。王都で冒険者をやっていたが、故あって今はあの長の手駒よ」
「アザガネ……シホサ出身の剣士か」
「ほう、拙僧を知っていると?」
「名前と功績だけだ。それで、なんだ。お前達も行くのか」
アザガネはうむ、と頷き、メイドは首を振る。
「私は行きませんが、他の魔色の燕が向かいます。ですが、これらはマッチポンプ。アンネ・ダルシアを攻撃することはありません」
「わかってる。どうせ──もできんのだろう。……声は相変わらずか。オレも魔女を殺す気は無い。殺せんだろうしな。だが」
「騎士団をむざむざ食わせるわけにはいかない。そうであろう? 拙僧は強者と戦えればそれでよいのだが、今回はちと面白そうな者が蘇っていてな。それを相手取るつもりだ」
「目的が合致しているのであればなんでもいい。足はどうする。この都市からマドハ村までは、それなりの距離があるぞ」
「ご安心を。あるじ様より装飾品を預かっております。これを」
「装飾品?」
それは簡素なチェーン。アザガネも同じものをつけていている。逆らう意味もないので、アルフはそれを自身の右腕に巻き。
瞬間、凄まじい力でどこかへ引っ張られるのを感じた。
「『ガリトの鎖』。不壊の名を恣にする、限りなく真球に近いとされる宝石ガリトですが、実際は距離や重さなどを度外視した"互いを引きつけ合う光の魔力"によって成り立っている球体……だそうで。あるじ様の技術により加工されたそれは、着用した瞬間にガリトを活性化、着用者を"対象ガリトの含有量の最も多い場所"に引っ張ります」
「これ……は……くそ、耐えられん!」
「耐えずとも良いということであろう? 拙僧らはただ、大河に流される枯れ木が如く引かれるだけで良い。そして障害物は己で避けろ。それだけだ」
「はい。それだけです」
では、いってらっしゃいませ、と。
トパルズがとても自然な動作でアルフの足を払う。アザガネは自分で跳んだ。
「ッ、そういうところは主人譲りか!!」
「失敬な。あ、失敬というのは違いますよあるじ様。そういう意味ではなく」
「そういう意味以外ないと思いますが。まぁ、構いません。──いってらっしゃい、二人とも。良い感じに信用を得て帰ってきたら満点です」
「チッ、やっぱりまだいやがったかクソ女!」
「カカ、子供は元気で良いなぁ!」
「あぁ!? 何だ知らねえのか、オレの──は──……ああクソ!」
飛んでいく。ぶっ飛んでいく二人。そしてその二人に並走して、魔色の燕が駆けつける。
黒白の羽織ものに、赤の面。その姿はまるで低空を飛ぶ燕のように鋭く、激しく。
「……飛んでいる間暇だ。アザガネ、ちょいと話に付き合え」
「む。拙僧で良ければ」
家々山々、障害物は全て避けながら、爆速で始まる世間話。
「魔色の燕。偽物と本物がいるってな話は聞いているな?」
「ああ、聞いている。最も、拙僧にはやっていることの違いはあまりわからぬが」
「本物の方が外道ってか、それは言い得て妙だ。……聞かねえと思わねえか。最近」
「偽物の方の魔色の燕の被害。確かに聞かなくなったな」
偽物の魔色の燕。依頼によっては国をも潰す傭兵集団。ただし常に裏切りの可能性を孕む最悪のワイルドカード。
「偽物と本物、二つの魔色の燕がいる、という話自体は疑っちゃいねえ。だが、嫌に息を潜め過ぎている。オレも悪党の一人として言葉を結ぶが、今ってな"恰好"だろう?」
「確かに。戦乱の世の直前。金の匂いしかしない今、魔色の燕が一切の動きを見せていないというのは不可思議よな」
「……絶好に思う。このタイミングの災厄。騎士団がこぞっていなくなる今であれば……魔色の燕は、あるいはそれを使うどこかは、これを機と見る」
「火事場泥棒……いや、空き巣か?」
「前者でありゃオレ達が対処できるが、後者の場合厄介だな。最悪どこか潰されかねん」
ふと、アルフは振り返る。
──都市の天を覆う暗雲。それがただの空模様であれば問題はない。
「気張れよ。オレもできるだけ早く帰る」
「カカ、まるで正義の騎士だな!」
「お前から燃やしてやろうか?」
二人と三体は、爆速でマドハ村へ直行する──。
──"悪い予感がするねぇ。久しぶりだよ、こんなに強い予感は。アンタのところだ。そこに留まっていたら、何か良くないことが起きる"
という念話がリーさんから届いたので、リコ君とイルーナさんに護身用の装飾品を持たせて早めに帰ってもらった。
まぁどっちにいるのが安全かはわからない。ただ、私は店主として店を守るという「人間ロールプレイ」をする以上、店員は少ない方がいい。多いと逸脱しなきゃいけなくなりそうだから。
最悪トゥナハーデンがいるし。あっちの二人に関してはどうにかなるだろう。一度でもディモニアナタの苦界に行っちゃうとストレス除去をしないといけなくなるから、できればなにも巻き込まれずに終わってほしい。
それに、わざわざリーさんが「アンタのところだ」と言って来たんだ。
都市、じゃなくて。
店、なのだろう。
魔力を孕んだ暗雲が都市の頭上にある時点である程度の想像はつくけれど、はてさて、どこの誰が私に「悪い予感」を齎してくるのか。
「
店全体に激しい重力がかかる。闇と土と光の混合魔法。ただ、その程度で壊れる作りはしていない。
あと声が隠せていないけれど、どういうつもりだろう。位置わかるけど殺していいのかな。……もう少し様子見してからでもいいか。
「やはり、単なる装飾品店ではないな。我らに一店舗を潰せ、などという依頼が入った時点で怪しんではいたが……」
「どうしますか? 内側から崩すのであれば」
「伏せろ」
お。
外した。店の外壁につけてあるランタン、あれも装飾品だ。しかも攻撃的な。
風に揺られてパチっと弾け、店に害意を持つ相手に火の粉を飛ばす、なんていう、ともすれば「ただ不運だっただけ」に捉えられる程度のソレ。今は火力を最大にして放ったからキャパシティーを越えて壊れてしまったけれど、不審者対策なら結構役に立つ。
しかし、外すか。装飾品の自動防御だから殺気なんかは飛ばない攻撃だというのに、周りが良く見えている。
「自動防衛機構のついた一般店舗、ね。これは、本隊の到着を待つべきだろうな」
「そんなにですか? 軽く調べた限り、ここの従業員に戦闘の出来そうな奴はいませんでしたよ。店主の装飾の腕だけで成り立ってる店だ、俺たちだけで突っ込んでも」
「何事にも万一は存在する。況してやあの悪名高きイアクリーズの懇意にしている店だ。何があったって不思議じゃねえ」
ああほら。
大量購入なんてするから、噂広まってるじゃないか騎士ニギン。もう騎士団御用達の店、みたいな広まり方をしているのかな。
まぁ悪評じゃなきゃいいんだけど、まったく、自分が騎士であることを自覚してほしいものだ。
気配がさらに増える。
騎士がいないからってどんどん来るな。まったく、どこの誰が私の店を潰そうとしているのやら。
「どうした? なぜまだ潰していない?」
「重圧の踏潰がレジストされた挙句、自動防衛機構が発動している。火力は……まぁ、一般人の肉体程度なら消し炭にできるほどだ」
「そうか。万一を考えると最大人数であたるべきだな」
「失敗は許されない。この程度の依頼を失敗したとあれば、我らの名に傷が付こう」
まだ来ないのか。
──なら、もう少し準備をしよう。「オーリ・ディーン」ができることは装飾品の作成だけ。今魔色の燕の長になるつもりはない。
ただ、装飾品には無限の可能性があるということを忘れられても困る。先日作ったデミディナイトの鎖の改良版も用意してあるし、来るなら来い、だ。
「よし、魔法部隊が到着した。穿氷で壊し尽くすぞ」
「他の店は潰すなよ。狙いは正確に、だ」
「言われるまでも無い。発動、穿つ氷のオエンガフス」
知らない魔法名。頭上にある魔法を解析。氷の魔力と風の魔力。加えて……契約?
威力分析。終了。今の防御性能では防御不可。強化する……と、流石に一般店舗を越える。
時間停止……は、どうしようかな。オーリ装飾品店の店長でやり通したかったけど、うーん、無理なのかなぁ。ここに来た人たちを"改変"するのもアリだけど。
……もう少し頑張ってみるか。「人間ロールプレイ」の完遂。ここでオーリ・ディーンが死んでしまっても、まぁ仕方ないということで。
「破壊しろ、オエンガフス!」
「待て、何か……、っ! 離脱しろ!」
解析は終わった。なるほど、氷の魔力で作ったゴーレム。特徴的なのは駆動に風の魔力を使っている点と、薄いけど主従契約のようなものが走っている点。
恐らく細かい動作などをさせる際に外部から操れるようにだろうけど、そういう「保険」は敵に利用されかねないというのを学んだ方がいい。
契約の糸をこちらに手繰り寄せ、オエンガフスなる氷像の攻撃先を店から彼らに移す。
「暴走だと!? 魔法部隊は何をしている!」
「暴走じゃない。契約を千切られた」
「……クソ、自壊しろオエンガフス!」
へえ。ああ、風の魔力を駆動部に使っているのはそのためでもあるのか。
なるほどね、ゴーレムはパーツごとなんだ。面白い運用するな。昔デミダで発表はされたけど実用には至らないって判押しされた奴じゃなかったっけ。
「糸は店内に向かって手繰られた。つまり」
「やはり万一だったか。仕方ない、一度撤退を」
かなり感覚の鋭い人間がいるな。契約の糸筋、それを視認できる目でも持っているのだろうか。
希少な目だ。大事にすると良い。
「……俺、ちょっと行ってきます」
「なに?」
「店主を殺せば終わりでしょ。……あんまカッコ悪いこと言わないでくださいよ。俺たちは依頼を受けた時点で自由に動く最悪のワイルドカード。それがこんなちっせぇ店を潰すのにそんな慎重に。馬鹿馬鹿しいですよ」
起動。
「それとも斥候部隊ってのは他の部隊と違って戦えなかったりするんですか? ハハッ、だったら俺は戦闘部隊に異動したいですね。こんな弱腰の部隊じゃ」
「『アジェスタ・オッダの木片』」
「
ぐにゃりとなって。
ぐしゃり、と倒れる青年。
「エニアス!」
「燃やせ。証拠は残すな」
青年の身体に火が付く。人体の燃える速度……じゃないな。燃やし尽くす系の魔法だろう。しかし、仲間の死体に一切動揺しないか。一人はしたけど。
統制が取れているといえば聞こえはいいけど、何か洗脳に近いものを感じるかな。
……本当に撤退するのだろうか。
でも今「無理だ」ということをわからせなければ、これからの営業の際にも襲ってくる可能性があるってことでしょ?
それは面倒くさいな。何人関わっているかもわからないし、やっぱり改変してしまうのが一番だけど……ふむ。
待ち構えているからことを起こさないというのであれば──残したくない証拠である今燃え盛っている死体。
あれ、回収する動きを見せてみようか。
入り口付近で燃え続ける死体。それに水の魔力をかぶせて、その裏で魔法を解く。
ほとんど燃えカスだ。『アジェスタ・オッダの木片』の効力で骨がすべて溶けているので、さらに炭感が増している。
斬撃。
「……この感触。光魔法か」
「『エニスの輪具』という装飾品です。斬撃に対してのみ発動する障壁。当店でも人気の商品ですよ。他にも衝撃用障壁や各種魔法用障壁の装飾品を取り揃えております」
さて。
六区二番通り。わざわざ見せつけるように通りの屋根屋根全てに立つ、黒白の羽織ものに赤の面をつけた集団。
ああ──理性が溶けそうになる。「人間ロールプレイ」中であること、忘れないように。
「して、何用でしょうか。お客様でないのなら、お帰り願いたいところですが」
「オーリ装飾品店店主、オーリ・ディーンで相違ないか?」
「ありません」
矢……は、いいか、適当に避ければ。
「お前の店を潰すために、大金貨三百枚という大金が支払われている。恨みを買った覚えは?」
「それもありませんね。恨みを買う動きをしたことはありません」
「──今それ以上を払い得るのなら、依頼主の方を殺しに行く。我らは魔色の燕。裏切りなど日常茶飯事だ」
「愚かな」
ああ。
口を衝いたな、今。馬鹿なことをするものだ。名乗りさえしなければ見逃したのに。
前も言ったけど人間がどんな悪事を犯そうがどうでもいい。そんなことにいちいち目くじらを立てるほど暇じゃない。人間ロールプレイで忙しい。
だけど、私の名に肖るのはやめてほしい。
それだけの組織力があるなら、新たな名を名乗ればいいのに。どうしてわざわざ私の名を使う。
「……愚か、か。確かにそう見えるのかもしれないが、これが俺たちの在り方だ」
「そうですか。ところで王都ファーマリウスの大監獄を魔色の燕が襲撃した、という話は本当ですか? あれもお金で?」
「あれは我らではない。我らの名を騙った何者かの仕業だ」
「それはたとえば」
私は知っている。
どれほど心の広い、あらゆることに寛容な人間であったとしても──「許容できないもの」があると。
それがあった方が、「ぽい」と。
魔色の燕の長、オーリ・ディーンの「許容できないもの」はソレにしている。
「I ern ezn ihsnez.」
立ち上る。
黒白の粒子。そして生成される赤い面。
そして……そうだな。私が最も人間を殺していた時の殺気を解放してみるとしよう。
「──こんな感じの、何者か、ですか」
「……魔色の燕」
「ええ。あなた達がそう名乗るのなら、名乗り返しましょう。──魔色の燕、オーリ・ヴィーエ。その名を襲名した当代の長をしております、オーリ・ディーンと申します」
ざぁ、と。
燃えカスとなっていた死体が、粒子に浚われて消し飛ぶ。
「さて、いかがいたしましょうか。先程金銭を要求してきたように思いますが──あなた方の命とで、釣り合いは取れますか?」
「襲名。襲名と言ったな、オーリ・ディーン」
「はい」
「だが、それはおかしな話だ。オーリ・ヴィーエ様であれば──我らのもとにいる」
「はい?」
いやいませんけど。
ここにいますけど。
「とはいえ、それほどまでの力と殺気を見せつけられて、撤退を選ばぬほどの蛮勇は持ち合わせていない。我らはお前から手を引く。だが……」
「魔色の燕を名乗られるのは気に入らない、と?」
「……いや。何も言うまい。これ以上お前の機嫌を損ねるのは得策ではない」
「そうですか。それではこちらも矛を納めましょう。ただし、私からのスタンスは変わりません。私達こそが魔色の燕であり、あなた達こそが偽物であると。ゆえに名乗るのをやめろというのであれば、同じ言葉を返します」
「この身の一存で決められる話ではない。持ち帰らせてもらう」
「ええ、お願いします。オーリ・ヴィーエを騙る何者かに届くとよいのですが」
今のはわざと煽ったけれど。
……へえ、怒るんだ。成程、結構な信奉。そのオーリ・ヴィーエとやらは随分とカリスマに溢れるらしい。
……じゃあやっぱり偽物だ。だって冒険者時代のオーリ・ヴィーエにカリスマとか無かったし。無かったからリーダーになれなかったんだし。無かったから魔色の燕って二つ名がパーティ名にまで昇華したんだし。
まったく、それほど他者の心を集める才があるのなら、新しい組織を立てればいいのにね。魔色の燕なんて、一般人にはもう知られてないような名前を引っ張り出してまでさ。
あと、結局誰なんだろう。
私の店を狙った人。世界の記録……は、流石に性急か。そこまで困ってないから良いとする。
「撤退だ。全部隊撤退しろ」
言葉の一滴で消えていく気配たち。「聖霊の小路」のような特殊な移動手段ではなく、普通に走ってきてるみたいだけど……これを辿れば本拠地わかりそう。
「最後に一つ。オーリ・ヴィーエを名乗られている方にお伝えください」
「なんだ」
「こちらは全面戦争でも構いません。勇者と魔王、あるいは神と人間の争いの前に、潰し合うことも可能です」
「たった一人で、か?」
「まさか」
手をあげて、合図をする。
直後、先ほどまであちらの魔色の燕が立っていた位置に、こちらの魔色の燕がずらりと現れた。ずっと念話で呼び集めていた「今手の空いているマリオネッタたち総勢二百余体」。
「魔色の燕が、お相手いたします」
「……さらばだ」
「ええ、またのご来店をお待ちしております」
はい解散。
……よし、改変も時間停止も使わなかった。
これは成長だろう。加えて学びも得た。やっぱり「許容できないもの」があった方が人間っぽいし、あと契約を横取りするくらいはしても許されるって理解は大きい。
それに私の知らない魔法の存在。今度魔術師協会行って最新の魔法をチェックしてみよう。それで、どれくらいやっていいか測らないと。
どうかな、ホムンクルス。私は今回「人間ロールプレイ」をこんなに頑張ったのだから、君も「復活した魔女ロールプレイ」を存分に楽しんでくれると嬉しいのだけど。
あっちは今どうなってるかなー、っと。