神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「動きを見せていない時が一番怖いのはありますよね」

 首を落とせども。

 足を薙げども。

 その身を焼き焦がせども。

 

 ゆらり、またゆらりと立ち上がり、少女が、戦士が、老婆が、少年が。

 何かを求めるように手を伸ばし──立ち上がる。

 

 アンデッド。アンデッド。アンデッド。

 不死の軍団。死なずの軍団。死を忘れた元人間の軍団。

 

 嗚呼、嗚呼、我ラ此処ニ再誕セリ。嗚呼、嗚呼、我ラ死後ヨリ戻リシ者ナリ。

 

「総員、身を低く、盾を傘にする姿勢を崩すな!」

「あと少しで勇者が到着する! 仕留めることではなく、動きを止めることに専念しろ! 我らの仕事は」

 

 指揮官の言葉はそこで途絶えた。

 岩だ。巨大な岩。

 それが指揮官を押しつぶし、物言わぬ死体に変えた。

 

 オオ。オオ。オオオオ、と。

 ウォークライが響き渡る。騎士が発するものではない。これは。あれは。

 

「……やはり奴も蘇るのか!」

「土魔法で壁を作れ! ()()()がくるぞ!」

 

 変色した土。変色した木々。溶けた家々の中心あたりから、ゆらりと……大きな影が立ち上がる。

 見上げるほどだ。だというのに人の形をしている。

 剣を、持っている。

 

「家屋を三つ重ねてなお足りない身長……あ、あれが」

「巨刀、リオグレイランス。……誇張された話だと思っていたが、まさか真実とは」

「土魔法を急げ! 大盾程度では奴の攻撃を受けきれん!」

「ただデカいだけの傭兵に何ビビってやがる。防御に心血注ぐくらいなら敵の頭を取ることを考えろ、青二才」

 

 幼い声がした。

 死した指揮官の代役を務めていた指揮官補佐が振り向いて、けれど何もいない。

 ただ……強い強い熱が、足元にあった。

 

 子供が、いた。

 

「子供ッ!?」

「──……名乗られてねえと呼びかけもできねえか。おい、指揮官補佐。土魔法出してる奴らに言え。壁じゃなくて巨刀の足場を崩す魔法に切り替えろとな」

「何を」

「オレを失望させるなよ、若造。攻撃はオレがやってやる。味方を死なせるな、騎士だろう」

 

 飛び越える。飛び越えられる。

 隊列を組んだ騎士の頭上を、強い熱をなびかせる少年が飛び越える。

 

「『朱怒結晶』──」

 

 呟き。その直後、太陽が生まれた。

 ──そう錯覚させるほどの熱量だ。魔法とは違う、魔力そのもの。熱の魔力。

 

「……アルフ・レッド……?」

 

 誰かの呟きは、熱波の渦に掻き消える。

 

 

 走る。走る。

 あの指揮官補佐が臨機応変に対応してくれることを願いつつ、そうでなくとも対応できるように、アルフは駆け抜ける。

 残像に薄い青を残し、轟轟と燃える怒りを剣に込め……まずは一閃。

 

「……ヴラド?」

「はン、なんだ喋りやがるのか。どうやらお前は他のと違って特別製らしい」

 

 体格差も、刀剣の差も歴然だ。

 だというのにその二つは拮抗していた。リオグレイランスの巨刀。アルフの剣。巨人と少年。

 否。

 

「押し切る……!」

「ム、オ……!?」

 

 背中より噴出する熱気。口から漏れ出でる熱気。

 熱の魔人。それが今のアルフの姿。

 

「前線は維持しつつ、魔法使いは少年の援護を! リオグレイランスの足場を崩せ!」

 

 聞こえてきた声に口角を上げるアルフ。そうだろう。だって彼は、騎士が好きだ。ああいう騎士が好きなのだ。

 叔父により託された感情結晶は、アルフに巨大な力を与えた。だからアルフは騎士時代にそれを使わなかったし、湧き上がる怒りを必死に抑えた。

 

 でも、もう、彼は騎士ではないし。

 守らなければならない戒律もない。

 なれば──。

 

立ちはだかる者(アル──・W・フ──)。オレの名はそういう意味だ。今聞こえずとも良い。ただオレは、お前の前に立ちはだかってやる。それが生き様って奴だ」

「ヴラド……懐カシキ……嗚呼、死後ヨリ戻リテ、旧友ニ出会オウトハ」

「知らねえ話をいつまでもしてんじゃねえ、っ!?」

 

 足場を崩され、体勢を大きく傾けたリオグレイランスは、しかし驚異的な体幹で倒れ切らない。アルフの剣に押し返されようとも、まるで何かを少しずつ取り戻しているかのように、巧く受け流す。

 これほどの巨体。これほどの巨刀。

 されど、生前のリオグレイランスは、パワー任せの戦士ではなかったのだと。

 

「嬉シイ、ぞ。嗚呼、乾くな。喉が……生命の渇きだ」

「Mir glip.」

「ヌ!?」

 

 強烈な足払い。風を纏ったその拳が、リオグレイランスの足に刺さる。

 

「っ、崩せないか!」

「魔色の! 頭ァ使え! 魔纏奏者なら、愚直に攻撃入れるよりできることは多い!」

「魔色の燕……? 俺の知っている、奴らとは、随分と違う、な」

「オレが手本を見せてやる。熱以外は自分で編み出せ。──Ret tuce malf!」

 

 アルフの剣、アルフの身体。そこに込められていた熱が一気に移動する。

 移動先は彼の左足。『朱怒結晶』の無尽蔵の熱を一点に込めたその蹴りは──鋼をも熔かし尽くす。

 

「ソードブレイク……。ヴラド、変わったな」

「だからオレは別人だよ。はン、んなことより良いのか? 大事な愛刀がぼっきりだ」

「巨大であること。そして俺の剣圧に耐えきれること。それを条件に打たれた強度の剣。一度折られた程度でどうにかなるのなら、俺はこれを愛刀にしてはいない」

「随分と言葉が流暢に──チィ!」

「No itcartta!」

 

 ギリギリだった。

 あと少しで、巨刀を熔かし折ったアルフの足が切断されるところだった。そうならなかったのは魔色の燕が彼を吸引したのが理由だし、そうなりかけたのは折られた剣が『自動修復』したのが原因だ。

 

「武器装飾たぁ大層なモン持ってやがるな。一点モノだってんなら仕方もあるめぇが、だったら刀剣に固執するより殴る蹴るした方が強いように思うがね」

「余計な世話だ、小僧。……ああ、ヴラド。ヴラドの系譜であることに間違いはないだろうが、……ああ、やめだ。俺に頭を使う戦いは似合わん」

「……魔色の。オレのことはいい、騎士の手伝いをしてやってくれねえか」

「申し訳ありません。私達はアンデッドに攻撃することができません」

「ああ、そういう契約か何かを受けてるってか。つくづくだな、あのクソ女。……あ? てことはなんだ、奴はアンデッドじゃねえのか?」

「はい。アザガネ殿の方に一体、リオグレイランス、そしてもう一体はアンデッドではなく、蘇生された人間にございます」

 

 巨刀の振り下ろし。判断に逡巡はない。

 

「だったら尚更だ、離れていろ。焼くぞ──『朱怒結晶』!」

「ご心配ありがとうございます。ですが、私達もまた人間とは違いますので」

「そうかよ!」

 

 ぐつぐつと……土魔法によって崩れた地面の泥が、煮え立つ音を響かせ始める。

 気泡が出る。それは激しさを次第に増し、周囲の空気が光を曲げる。

 

「ぬ……深く息をすれば、肺が灼けるな」

「アンデッドだったら効かねえと思ってたんだがな、お前、生き返った人間らしいじゃねえか。──だったら殺す手段なんざいくらでもあろうさ」

「違いない。違いないが──アンデッドではないだけだ。俺たちの背後には魔女がいる。殺したところで、また蘇ろう」

「生き返った瞬間に死ねば、同じだろう?」

 

 ぐつぐつと。ゆらゆらと。

 突如、近くの家屋に火がついた。

 突然、樹木が燃え始める。

 

 気付けばリオグレイランスの身体に、火がついていた。

 

「この力を使うと決めた時からな、オレも魔力の学び直しってモンをしている。熱の魔力についちゃ魔術師協会くらいにしか文献が無かったが、保護者に恵まれてなぁ」

 

 周囲の物が自然発火する温度には程遠い。

 けれど、実際に火は出ている。それが「使い方」。

 

「熱の魔力っつーのは遠回りをするモンに捉えられがちだが、実際は何よりも近道のできる魔力だ。火の魔力より火は起こしやすい。水の魔力より水を生みやすい。氷の魔力より対象を冷やしやすい。熱がなんであるかを直感的に理解できる奴がすくねえってだけで、実際は使い勝手の良い魔力だってな、学んだ」

「……ガ」

「ちぃとまだ取り回しに難ありだが……お前の血液だけを沸騰させることだってできる。アンデッドだったなら効かなかっただろうに、可哀想な奴だよ」

 

 断末魔などない。

 白目を剥いて、リオグレイランスはその巨体を倒し──そして蘇る。

 

 蘇り、また倒れた。

 繰り返す。何度も何度も。終わらない。

 何度も、死ぬ。

 

「死んだままの方が楽だっただろうになぁ。……ん、なんだ、その目は」

「いえ。死んだままの方が楽かどうかは、ご想像にお任せします」

「?」

 

 どちらの方が苦界であるのかは、体験者にしかわからぬことだ。

 

 なんにせよ、アルフがここに留まることが条件ではあるものの、リオグレイランスの完封に成功した。

 

 あと、二体。

 

 

 

 

 魔色の燕二体を連れて、アザガネは一人村の墓地を歩いていた。

 アンデッドが彼に寄ってくることはない。どの道マッチポンプの英雄譚である。人目がなければ余計なことをしないでいいということか、アザガネとしても弱者にしか思えないアンデッドを相手しなくていいのは楽であったが、同時に手が温まらない。

 

「いると聞いたのだがなぁ、拙僧の聞き違いか?」

 

 マドハ村を囲うようにして防護の陣を取っている騎士。彼らの中に、明らかな刀疵を負った「犠牲者」がいた。だからいることは違いないはず。

 しかし、見当たらない。こうして隙だらけの状態で歩いているというのに、仕掛けてこない。

 

「アザガネ殿。少し耳を塞いでいてください」

「む。何かできるのか?」

「魔色の燕は全員が魔纏奏者。長には遠く及びませんが、真似事は」

 

 くん、と魔色の燕が頭を下げる。

 そこを、不可視の斬撃が通り過ぎた。

 

「……使うまでも無かったようですね」

「カカ、それは違おうさ。逃げられぬと悟って手を出してきたのだ。礼を言うぞ、魔色の燕。お前達のおかげで拙僧は目的が果たせそうだ。──手出しは無用。間合いに入れば、お前達とて斬る。そういうものだと承知しろ」

「ご武運を」

 

 長と違って話の通じる二体は彼の間合いの外へ出る。そしてそれぞれ周囲の警戒にあたる。横槍を入れられないためだ。

 

「長と違って話の通じる二人だ。カカ、拙僧も他人のことをとやかく言えるほどの聞く耳は持ち合わせておらんが」

「……その刀。まさかこのような異郷の地で同郷に出会おうとはね。名を聞かせてくれるか、後世の剣士よ。──僕は、トガタチという」

「アザガネ・イロハドリ。トガタチ・アスイバナ殿お噂はかねがね、だ。百年前、魔女討伐に出て──魔女へと寝返った恥知らず殿とな」

「成程、そう伝わっているのか。……悪名の方を訂正をするつもりはないが、一つ」

 

 まるでそこに、透明の柱でもあったかのように。

 空気の隙間から、アザガネと同じくらいの長身の男が出てくる。

 

「僕は魔女討伐のために旅立ったわけではない。なにより、僕の生きた時代と魔女の居た時代は少しずれている」

「理由などどうでもよいし、伝えられた話に嘘が混じっていようと拙僧は気にせん。──強者であるか、否か」

「剣士が血だけを求めるようになれば終わりだぞ。その果てにあるのは魔物という名の畜生だけだ」

「カカ、まるで自分は違うとでも言わんばかりの物言いよ」

「違う。僕はただ生きたいだけだ。生き残るために強さを手にしたし、生きるために外法にも縋った。生きるために振るうこの刀は、他者の命を奪うこともある。だけど、他者の命を奪うために生きているわけじゃない」

「余程の問答好きと見た。だがこの問答、行きつく先は同じであろう?」

 

 構え。

 両者、同型の。

 

「……そうだな。どの道殺し合いだ。だけど、最後に一つ聞かせて欲しい」

「なんだ」

「その刀。誰が鍛った? 僕の生きていた時代でもう刀匠の技術はほとんどが失われていた。……でもそれは、輝かしき頃のシホサの刀だ」

「拙僧の雇い主よ。エルブレード歴におけるシホサの刀を知る者。失われた技術の全てを持つ者」

「780年も前の技術だぞ。……いや、禁忌の魔女であれば、あるいは」

「別人だ。さて、それくらいでよかろうよ。血の沸き立ちが収まらぬ。悪名轟けど、その強さは本物。そちらは不死。こちらは最高の刀。文句はあるまい。なに、拙僧を殺せばこれを奪えるのだ。悪い話でもなかろう?」

 

 飛沫。

 水の魔力が太陽光を反射したのだ。

 

「理不知」

「受けの型。成程、剣術に関しては衰えていないのか」

「カカ、雰囲気に合わず剛の剣よ。それでいて柔も併せ持つのだから、神は二物を与えるというもの」

「苔威!」

 

 水の魔力による飛沫。その推進力は、鍛え上げられたアザガネの剣でも受けきれない。

 受け流すに終わる……わけではない。アザガネの中空長刀もまたトガタチの中空長刀と同じ方向に水の魔力を噴出し、彼は左足を軸に急激な回転を見せる。

 シホサの剣の型は基本、船のオールを持つかのような形でその長刀を握る。それが回転するとなれば、攻撃は斬撃でなく突きになる。

 

「蜻戊」

 

 神速に至りかけたその突きは、けれど成立しなかった。

 刀を振り切って肘の開き切っているはずのトガタチが、さらに肘を曲げたからだ。人体からは考えられないその可動域にアザガネは刀を引き戻さねばならい。ざり、という踏み込みの音。ギリギリで間に合ったアザガネの防御は、その態勢から繰り出されるはずのないトガタチの頭突きによって完全に崩される。

 

「ぐっ……!?」

「河豆、伐侘、凍露木!」

 

 柄による打撃。中空長刀を回転させて起こす高圧水流を纏った斬撃。さらに、氷の魔力を迸らせた完全アレンジ剣術。

 入る。水の魔力によって斬られたその傷口が凍り付き、動きの鈍ったアザガネに振り下ろしが入る。

 

「カカ」

「!」

 

 入る寸前で、トガタチは飛び退いた。

 

「……凄まじい生存本能よな。あと一押しで拙僧を殺し切れただろうに、自身の生存を選ぶか」

「当然だ。僕の剣はそのためにある。……懐刀か。成程、イロハドリ。聞いたことのない家名だと思っていたが、吠牢伏の一族だな」

「然り。拙僧はお山の出よ。とはいえ、拙僧が幼き頃に伏という役職は消えてな。拙僧たちはシホサの民として改めて家名を獲得した。三十年前の話だ。百年前のお前が知らぬのも無理はない」

「……何人殺してきた。お前から匂う血臭といい、その剣気といい。十や二十ではないだろう」

「さてな。罪人であれば数え切れぬし、そうでないものであれば──百を数えるか、その程度だ」

「狂い堕ちた獣め。血に酔うというのなら、己が血で満足すればいいものを。どうやら練度はまだ僕を超えないようだし、弱者を甚振るつもりもない。シホサの出としてお前を討ち取り、僕はこのまま雲隠れさせてもらう」

「カカ、それでは立場が逆転していようよ。アンネ・ダルシアの手駒としての務めは良いのか?」

「礼はした。十分だ」

 

 トガタチが構えを取る。シホサの剣術とは違うその構えは、彼が国を出てから編み出した至高の一つ。

 であればと、袈裟懸けに身体を切り裂かれているアザガネもまた独特の構えを見せる。

 

「死後の苦界へ持っていけ。これがその刀の居るべき境地だ」

「結構結構! カカ、であれば拙僧が死後の苦界へ送られた技で返そうというもの!」

 

 冷気が走る。水と氷の魔力によって恐ろしいまでの加速度を得た突き。色味の失われた世界においては、技の名さえも聞こえはしない。

 トガタチ・アスイバナ。何を言われようと、彼もまた一時代を築いた剣士の一端。

 

 対するは、見様見真似の剣術だ。

 

「魔色」

 

 間に合ってはいない。既にトガタチはアザガネを通り過ぎている。だからその首が飛ぶし。

 

「白羽」

 

 飛んだ首が呟いた言葉と……遅れて、突きを放った姿勢のトガタチが逆袈裟に分断される。

 その断面に走るは、紛う方なき黒白の魔力。ゆえの時間差だ。時間に干渉する魔力と、空間に干渉する魔力。これを水の魔力に混ぜ込むことで起きる、「斬撃の付着」。

 

「……強い剣士だった。それは認めるよ」

 

 ゆらり、と。

 今しがた分断されたトガタチが、起き上がる。

 

「アンネ・ダルシアに召喚された時は何事かと思ったけれど……不死というのも、案外悪くはない。少なくともあの苦界に取り残されないという事実は」

「カカ」

 

 その身が、分断される。背後から。

 

「……!」

「カカカ、どうやら死を忘れた生存剣は、残心を失うらしい。くだらぬことを呟いていなければ避けられただろうになぁ」

「傷が。……まさか」

「応とも。"だから勿体ないと言っている"だそうだ。カカカ、互いに不死。何度も何度も何度でも殺し合える奇跡。生前の拙僧であればゴルドーナ様に祈っていたことだろうが、今は違う」

 

 斬られたトガタチが蘇りゆく中で、アザガネもまた「くだらない隙」を見せる。

 

「ディモニアナタ様。感謝を」

「……生死の神への祈りなど。死後の苦界を経験しておいて、よくほざけたものだ」

「おお? ということはトガタチ殿は勇者と魔王に付くか。カカ、これほど似合わぬ構図もあるまいよ」

「意味が分からないな。……もういい。死なないなら、殺し続けるまでだ」

「ようやく意見が合致したか。では死合おうぞ、先達!」

 

 斬る。斬られる。問答をする。蘇る。

 不死と不死の、不毛の戦い。血沸き肉躍る、涯無き戦い。

 

「心躍ろうも仕方なきよなぁ!」

「お前のような害悪は、ここで滅する……!」

 

 内情はともかく。 

 アザガネもまた、トガタチの足止めに成功した。

 

 

 

 

 禁忌の魔女アンネ・ダルシア。

 そう名乗るように、それのフリをするように言われたホムンクルスは、緊張でいっぱいの胸をどうにか落ち着ける。

 そうであるための技術は授かったし、それを十全に扱えるよう努力もした。

 

 けれどホムンクルスは彼女ではない。信奉者だけで一国を築くほどの何かを持っていない。

 

「はぁ。……不安です」

「ぷっ……アンネが絶対言わない言葉だ。君さ、アンネのフリしたいならもう黙ってた方がいいんじゃない?」

「別にいいでしょう、今は。あなたしかいないのですし、もうバレていますし……」

「ああそういうこと? だったら別に良いけどさ。会ってまた数刻なのに、そんなに心許しちゃっていいわけ? アンネ・ダルシアの記憶を保有しているなら、蘇生した相手が叛逆する危険性についても知ってるはずだよね?」

「……無駄に気を張りつめて、肝心な時にちゃんとできなかったら、意味が無いでしょう。私はまだ生まれて間もないので、他人を疑ったところでその心理に気付く、なんてこともできません。だったら信じて、裏切られた時に悲しんだ方が成長に繋がると思っています」

 

 噴き出す。噴き出したのは、青年だ。

 とても美形の、けれど青肌の青年。

 

「君、アンネの容姿に整えられてるだけなんだ。可哀想に、老婆の見た目なんて嫌だっただろう?」

「容姿についての嫌悪感はありません。人間の美醜観もあまりわかっていない現状ですし……」

「ありゃ、じゃあボクの見た目はあんまり刺さってないんだ?」

「……魔族ですね、としか」

「ぷ、あはははっ! それだけかぁ、いや良いなぁ!」

 

 楽しそうに笑う青年。

 心底面白いというように。

 

「フランキス。ボクの名前、覚えといて」

「いえ、知っていますよ。私が蘇らせたんですし」

「いいから。インキュバスのフランキスって言ったら、魔族界隈じゃ結構有名な伝説のはずだからさ。あはははっ、けどいいなぁ、ボクを顔で見ない女の子が、アンネの顔をしていて、しかも生まれたばっかりのホムンクルスだなんて……うーん、やっぱりあの時ノリで死んだのは間違いだった。生きてるとこんな面白いことがあるんだもんなぁ」

 

 遠方で光が迸る。

 それはあまりにも精確にアンネ・ダルシアを「狙撃」したけれど、直前で青年が……フランキスが掴んで止めた。

 

「きゃ……」

「ほら、そろそろ落ち着いて。アンネ・ダルシアになりきるんだ。彼女はこの程度のことじゃ動揺しないよ」

「わかりま……ああ。そいじゃ、フランキス。わかっているね?」

「もちろんさ。ボクはアンネを守るよ。君の生き様に惚れ、君が生きることを辞めたあの日、共に死したインキュバスとして」

 

 赤の混じる闇色の光。

 魔族の扱う魔力が、ぐわんとマドハ村を覆っていく。無色の魔力に似た性質を持つそれ。

 

 そこに言葉を載せる。

 

「嗚呼、嗚呼、嗚呼! 我ラ蘇リシ者ナリ! 我ラ死後ヨリ戻リシ者ナリ! 我ラ──契約ノモト、集イ、群ガリ、束ネシ者ナリ!」

「……」

「嗚呼──我ら、未来を掴むために、アンネ・ダルシアを守りし盾とならん!」

 

 リオグレイランスが。トガタチが。数多のアンデッドたちが──力を増す。

 抑えつけていられなくなる。

 

「疑似魔族化。いつ聞いても耳馴染みの()()声だねぇ」

「あははっ、いつもの誉め言葉だ。君はアンネ・ダルシアだ。だから、ボクらは君を守るよ」

「当然さ。でなきゃ蘇らせた意味がない。さぁ、来るよ。光の魔力の塊が。今代勇者。当代勇者。世界秩序の担い手が」

グラン・ドゥルーゾ(──・──)

 

 疾かった。

 ここにいるのが人間であれば、対応などできなかっただろう。

 

 それくらいの速度で、不意打ちが来ていた。

 けれど、その光の剣を掴む手がある。

 

「っ、嘘、止められた!?」

デミディナイト・レプカ(──・──)

闘来の炎撃(フィラ・ジ・フィガッソ)!」

 

 炎。広範囲を巻き込む形でのソレに、フランキスはアンネを抱えての回避を選択する。

 

「なんだい、この程度問題ないって知ってるだろう?」

「そう言わないでよ、アンネ。今のボクにとって、君はお姫様なんだから。毛先でも爪先でも焼け焦げたら大事だ」

「はいはい、そういう言葉は若いのにでもかけるんだね」

 

 間一髪を逃れたのは相手も同じ。

 否、余裕があったフランキスに対し、あちらはちゃんと危なかったことに気付いているのだろうか。

 

「ありがとう、ディア。助かった」

「ああ。だが、油断をするなレイン。奴は魔族だ」

「うん……見えるよ。魔王の系譜。その魔力」

 

 でも。

 

 ああ、ここでもそうだ。リオグレイランスとアルフも。トガタチとアザガネも。

 フランキスとアンネ・ダルシア。シルディア・エス・ヴァイオレットとレイン・レイリーバース。

 

 やることは変わらない。

 

「殺し合いだ。食い合いだ。生存競争だ。──ボクらと君達、どちらが強者か! どちらが今の時代に適しているか! さぁ、全力で来なよ! じゃないと──どんどん人間が死んでいくからさぁ」

 

 強くなったアンデッドに、騎士が一人、また一人と殺されて行く中で。

 赤黒と極光が、衝突する──。

 

 

 

 

「ん、どうしたレクイエム。そんななんも無い場所見て。飛蚊症か?」

「……魔族がいるね。それに……これは、勇者?」

「いやいや勇者は俺だって。それともなんだ、他にも異世界から来た奴がいるとか?」

 

 王都ファーマリウス。大監獄の襲撃があって俄かに騒がしくなった都内で、さらに騎士が大勢いなくなっている今日、王都全体に不安が広がっている中での出来事だ。

 ユート・ツガーと少年レクイエム。二人は今宿から出た直後のところで、これから待ち合わせのためにギルドに行く予定だった。空は曇天。雨が降りそうな暗雲。

 

「そんなに気になるのか、レクイエム」

「知っている魔力だから、余計にね。……今日は確か、あのお嬢さん二人と討伐に行くんだっけ?」

「お、お前がちゃんとあの二人との予定を覚えてるとは……俺は感激だよ」

「悪いけど、こっちを優先したいかな」

「……おい、感激した俺の感情を返せ。はぁ、レクイエム。お前なぁ、女の子との約束ドタキャンとか……モテねーぞ?」

「僕が人間に好かれたいわけないじゃないか。……ユート、君は勇者だ。それは間違いない。魔王の僕が言うんだ、確実にそうだ」

「おう。んでもって、神様にも言われたからな。勇者だって。間違いないぞ」

「……けど、この魔力は」

 

 果たして。

 流石のユートでも、無視できない光景が広がる。

 

 レクイエムの見ていた方の空に、極光の白と濁流のような赤黒がぶつかり合って立ち昇ったのだ。

 その余波は王都の暗雲をも散り飛ばし、強制的な快晴を引き起こす。

 

「んな……!?」

「ユート。ギルド職員に伝言を頼みに行こう。その二人に今日の予定の見送りと、後日の補填を言って、僕達もあそこに」

「お、おう。流石に見逃しちゃいけない奴の気がする。……すまねえ、二人。デートじゃねえのはわかってるが、体調不良でもないドタキャンは最悪の行為の一つって」

「行くよ、ユート。急いで」

 

 こうして──混乱を極めるマドハ村に、更なる勢力が投下される。

 異世界の勇者。そして、魔王の転生体。

 

 その結末は。

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