神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Ymonitna」

 溜め息を吐く。隠さずに。

 特殊な魔力操作を必要としない装飾……既に加工済みの宝石を金物にはめ込むだけの作業を続けながら、店内を見る。

 

「まぁ……有用なものがたくさんありますね。それに……希少なものも」

「ええ、オーリ装飾品店は実用性を第一にしていますから。アクセサリーショップといっても貴族様方の使うような着飾るためのアクセサリーではなく、生存、あるいは戦闘のための装飾品です」

「でもこれとか……日差し避けなどにも使えますよね」

「これで日差し避けをするくらいなら、郊外にあるコトラ魔法薬店さんのところで日よけクリームを買った方がいいと思いますが……」

 

 女性。と、イルーナさん。

 貴族然としたその女性は、イルーナさんの説明を受けながら店内を見て回っている。襲撃者が完全に撤退したことを確認したあと、短い時間とはいえ午後から店を開いた。そうしたら真っ先にイルーナさんが出勤してきて、そのほぼ直後くらいに女性が来店した。

 

 引っ張る必要はない。

 騎士ニギンだ。男装を解いて、クリーズと名乗ってのご来店。ニギン・イアクリーズ・ヴァーハマット。

 

 現在、マドハ村では激しい戦闘が繰り広げられている。

 私がアンネ・ダルシアだった頃、自身では扱いきれない力を制御するために使役してほしいと頼み込んできた巨漢、リオグレイランス。

 マドハ村が国としての規模を持つずっとずっと前から私に言い寄ってきていたインキュバス、フランキス。

 そして数合わせ……もとい、近場で死んでいて、骨格がそのまま残っていたので都合が良かった剣客、トガタチ。

 プラス、マドハ村の人々。

 

 この中ではフランキスが頭一つ抜けて強い。魔族であることもそうだけど、生きた年数も、容赦の無さも、そしてインキュバスという名が霞む豪快な戦闘スタイルも。

 また彼は集団を強くすることができるし、いざとなればさらに強くなる方法も有している。

 それを使ったフランキスならば、今の育ちきっていない勇者レイン程度には負けないだろう。アルフ、アザガネ、マリオネッタ三体を動員したとて負け色の強いこのマッチポンプは、ひとえに魔王の転生体と異世界の勇者を釣りだすための布石だ。騎士団を削って手のかかった人形を紛れ込ませる、というのも確かに目的の一つだけど、そんなことは最悪改変してしまえばいいので二の次。

 バランスである。

 着々と私達「邪神陣営」は組み上がりつつある。だというのに勇者と魔王はまだ出会ってすらいない。勇者レインが騎士シルディアと共に行動しているせいで、旅立ちがかなり遅れているせいだ。プラスして、あの異世界の勇者が魔王の転生体の行う悪逆非道を抑制している、というのもある。

 本来であれば魔王の転生体が各地で悪事を成しまくって、それに引き寄せられるようにして勇者が魔王の痕跡を辿りゆく……というのが通常の「戦争」の流れなのに。

 

 異世界の勇者。ユート・ツガー。

 ギギミミタタママもフォルーンも、「あちら側につく」というのならそう組み上がるような手助けをしてあげればいいものを、何を怠けているのか。

 

「どこか遠い異郷の地に思いをはせている……そんな表情をしていらっしゃいますね、店主さん」

「そうでしたか?」

 

 表情筋も眼球も呼吸も。

 溜め息こそ吐いたけれど、今の私は完全に「装飾品作りに集中する人間ロールプレイ」ができていたはずだけど。

 

「ええ、雰囲気がそう物語っていました」

「クリーズさんは雰囲気の表情をみることができるのですね」

「私の数少ない特技です」

 

 上品に笑う騎士ニギン。

 本当にこの人は何がしたいんだろう。部下たちは今アンデッドと死闘を繰り広げているのだけど、知らないわけでもないだろうに。

 

「オーリさん、クリーズさんが少し聞かれるのは恥ずかしい注文をしたいらしくて、奥の部屋にー」

「ああはい。なら、イルーナさん。これ引き継ぎできますか?」

「任せてくださいー」

 

 それなら初めから騎士ニギンとして来たら良かったのに。

 何がしたいのかわからない人間だ。

 

 応接間へと彼女を通せば──彼女はふう、なんてそれこそわざとらしい溜め息を吐いた。

 

「長いこと男装していたから、今更女性らしくする、というのは中々疲れるものだね」

「簡潔に目的をお願いします」

「おや、少し気が立っている様子だ。どうしたのかな、()()()()()()()()()()()()()のかい?」

「そうですね。この店も従業員も大切なので、あなたに触れられると気が立ってしまうかもしれません」

 

 偽物の襲撃も把握済みか。遠見の魔法は感知しなかったけど、何らかの方法で盗み見をしていた可能性はゼロじゃないな。

 

「それじゃあ単刀直入に。マドハ村のアンネ・ダルシアを蘇らせたのは君だね」

「どんな根拠があってそれを問うていますか?」

「問うてはいないよ。確認だ。……目的の全容は窺い知れないけれど、出来得るのならもう少し穏便な方法を取ってほしかったな」

「そんな災厄染みた悪事をした前提で話を進められるのは困ります」

「そんな災厄たる悪事をした前提で話を進めるけれど、君も知っての通り、騎士団は今着々と国家転覆の準備を進めている。彼女たち……アスクメイドトリアラーにもバレないように、少しずつね」

 

 すべて把握済みか。

 アルゴ・ウィー・フランメルが騎士団の乗っ取りを考えたのも彼女がこの都市の頭になってからのようだし、果たしてどれほど悪辣なのか。

 

「レディ・オーリ。手を組まないかい?」

「お断りします。私がどのような立場にあり、どんな悪事を行っていたとしても、あなたと肩を並べては、こちらが損する未来しか見えませんので」

「これは手厳しいな。けれど、レディ・オーリ。これは元々君の提案だよ。君が私に対して行った勧誘を、私からもう一度どうだろうかと掘り返しているに過ぎない。なぜ心変わりをしたかと問われたら、少しばかり()()()()()()()からという理由になるかな」

 

 戦況。……それは今起きているマドハ村の話、ではないのだろう。

 彼女がどれだけの事象を俯瞰して見ているのかはわからないが、現状に限って言えば、私よりも広い視点を持っている可能性の方が大きい。

 

 たとえば。

 リーさんの「悪い予感」。彼女は「悪路の光明」と名付けられたその体質から、彼女自身が強く感じた悪い予感の方へ向かえば、よりよい生存の道を掴み得る。

 そんな彼女の指示した地点がこの店で、来たのが偽物の魔色の燕。リーさんの古巣。彼女が逃げ出してきた場所。

 

 おかしな話じゃないか。

 それとも、私のもとにいるより、偽物の魔色の燕に保護し直された方が生存の道には繋がっている、ということだろうか。まぁその辺は否定しない。結構気分だし。

 でも、彼らに「依頼」をした誰かを騎士ニギンが知っているとしたら。そしてそれが撃退されたという事実が、あるいはもっともっと広い何かに影響することを彼女が割り出しているとしたら。

 

 ──なんて、人間らしい「不安感」。これは結構「人間ロールプレイ」だった気がする。

 

「それでも、お断りいたします。生憎と私は思慮深い性質を有しておりませんので、短慮に、短気に、刹那的に──あなたと同盟を組むのは()()()()という言葉を返しておきましょう」

「良い言葉を使うね。私と君とは別陣営にいた方が面白い。それは真理だ」

「面白さを求めているのですか?」

「いいや? 私の行動は全て打算だよ。ただ、そうだね。指し手と盤面の駒は、少なければ少ないほど動かしやすく、多ければ多いほど面白くなる。でも、動かしやすいからと言って一人で駒を打つのは虚しいだろう?」

「一人で行うボードゲームも過去には存在しましたよ」

「初めから二人以上で行うボードゲームの話をしているよ」

 

 別に。

 ロールプレイを変えればいい話だ。思考のロールプレイを。そうすれば一人で二人三人四人以上との対戦ができる。

 まぁ、言いたいことはそうじゃないんだろうけど。

 

「話を戻そう。ここで君と手を結べなかったことはあまりよろしくないけれど、同時にとても幸運に思う。君の仲間になると、最終的に君の敵になる。そんな気がしてならないからね」

「それは勘ですか?」

「経験則だよ、レディ」

 

 席を立つ騎士ニギン。

 雰囲気を「淑女」へと作り直し。

 

「では、失礼いたしますわ。互いの星の下に、幸運の欠片が落ちてくることを願っております」

「世界が誰に対しても輝きを届けてくれるのならば、人々は失明してしまうでしょうね」

「ふふふ、本当に手厳しい」

 

 こうして騎士ニギンは帰っていった。

 うん。決めた。

 

 今生において、騎士ニギンの世界の記録は読まない。そういう生があっても良いだろう。「人間ロールプレイ」の一環でもあるから。

 できれば長く、綺羅星のもとで素敵なダンスを。観客席にいさせてくれる内は、手を出さないからさ。

 

 

 

 

 手加減など存在しない。あまりにも容赦の無い光撃の連射。一撃一撃が必滅。一撃一撃が必殺。

 フランキスの手によって「弾かれた」光の斬撃たちは、マドハ村の残骸を悉く消し飛ばしていく。

 

「あはははっ! こりゃすごい、これでこそ勇者って感じだ。大丈夫かいアンネ、君の苦手な高速戦闘、ついてこられているかい?」

「野蛮だねぇ、全く。フランキス、遊んでないで早く終わらせちまいなよ」

「ここでりょーかい、なんて言って対応できたらカッコよさに磨きがかかってたかもしれないね。だけど」

 

 無色の魔力を足場にして、フランキスが空中での後方宙返りを決める。直後、彼の進行方向だった場所に炎の柱が立ち昇った。

 

「ヒュゥ、彼も色男だな。あの火力をあくまでサポートに使い続けるなんてさ」

「アンタを焼き切れるだけの出力が出せないってだけじゃないかい?」

「そんなことは彼も知っているよ。でもアンネは燃やし尽くせる。彼らにとってはそれで充分だし、ボクにとってはそれが何よりも最悪だ」

 

 左腕でアンネを抱え、自身の背から生える黒翼とその右腕だけで勇者と騎士を捌き続ける。

 余裕の表れ、ではない。だってあの光は、確実にフランキスの腕を焼いている。

 

 けれど、抱えられている「アンネ・ダルシア」も何もしないわけではない。契約の魔女、禁忌の魔女という通り名のせいで契約ばかりに目がいきがちであるけれど、普通の魔法や魔術とて彼女の知識にある。

 フランキスが焼かれども、直後に治癒が行われている。余裕なのではなく、これがベストの形なのだ。

 

 また炎柱。一本、二本と続け様に吹き上がるそれをヒラヒラと避けていけば、その先に光を携えた勇者が待ち構えている。

 誘い込まれたのだとフランキスが気付いた時には、その背後にさえも炎の柱があった。

 

夜闇の障壁(リグイト・レジット)

「──その程度!」

 

 アンネの咄嗟に張った障壁。光耐性の高いその障壁は、けれどいとも簡単に切り裂かれる。

 

「っ、いない!?」

 

 いない。あの黒色の本当の目的は斬撃の防御ではなく目くらましだったのだとレインは気付き──何かをされる前に、全身から光の魔力を放出する。

 

「うわ、わっと!」

 

 その効果範囲内にいたのだろう。見えなくなっていたフランキスが突如現れ、黒翼をはためかせて天空へと昇っていく。逃しはしないとばかりに空を駆け上っていくレイン。

 

「待てレイン! アンネ・ダルシアがいない!」

「わかってる!」

「へぇ? わかってて誘われ──」

 

 青肌に黒が走る。瞬く間に異形化したフランキスは、焦った表情を隠さずにレインに向かって突っ込んでいく。

 

「やめろ!」

「やめない。──グローリー・グロウリー(──・──)!!」

 

 気付いたのだ、レインの狙いに。

 彼女はこの空間──シルディアの炎の柱によって形成された縦長の空間の全てを光で消し去ろうとしている。いや、もうした。フランキスは間に合わなかった。

 

 彼が光に灼かれ、地面へと落ちてすぐに行ったのはアンネの捜索だ。一度別れてフランキスが勇者を、アンネがシルディアを対処する……そういう作戦だったから。

 けれど、フランキスがどれほど目を凝らしてもアンネ・ダルシアの姿が目に入ることはなく。

 

 ふわりと降り立つ勇者と、彼女の隣に来たシルディアだけが、廃墟群の中に「存在」していた。

 

 

「──やっぱり勇者だ。おかしいな」

「っ! レイン!」

「っとぉ! なーにやってんだレクイエム、初対面の女の子の身体触ろうとするとかデリカシー欠如にも程があるってぇな!」

 

 

 同時に幾つかの事が起こった。

 空間が歪み、そこから少年と老婆……アンネ・ダルシアが出てきたこと。

 その少年が瞬く間に移動し、レインの身体に触れようとしたこと。そして彼の手をこれまた一瞬にして現れた青年が止めたこと。

 

「っ、アンネ!? それに……君は」

「君? ふん、流石だねフランキス。死んで蘇って、それでも性根は相変わらずらしい」

 

 残像と現実が結ばれる。少年とアンネ・ダルシア、フランキスがレインたちから瞬時に距離を置き、状況の理解が追いついていないユートもまた離脱する。

 

「……ディア、あの子」

「ああ。……間違いない。それに、あちらの男も」

 

 さて。

 この事態を仕組んだ「彼女」は、一つ失念していた。

 勇者と魔王が合流してくれないと困る。それはレインが打ち出した方針の話だし、「彼女」の都合だ。

 異世界の勇者と魔王の転生体からのレインたちの……というかシルディアの印象が「最悪」であることを、「彼女」は考慮していなかった。

 

「助かったよ、レクイエム。アンネを守ってくれたんだね」

「君が護りたそうにしていたからね。大事な玩具なんだろう? そう簡単に投げ捨てたりしたらダメだよ」

「玩具……玩具か。君も相変わらずだね、レクイエム」

「おい、レクイエム! まずいぞ、よく見たらあっちのイケメン、あん時俺達を焼こうとして来た奴だ!」

 

 フランキスの身体に走っていた黒が抜ける。

 同時、彼はユートを見た。見て。

 

「……うん? 勇者?」

「やっぱり同じ反応をするよね。……ユート、君が言っていた神は、今も会えるものなのかい?」

「いや、俺がこの世界に来てからは音沙汰ねーけど。あ、でも神様のこと悪く言うなよ? すげーよくしてくれたんだから」

「神ね。……レクイエム。ボクとアンネはこの場から離脱するよ。だから、一つお願いをしても良いかな」

 

 意識が無いらしいアンネ・ダルシアをレクイエムから受け取って、フランキスはウィンクをする。

 

「魔王らしく、勇者の相手って奴をさ」

「構わない。行きなよ、同胞。折角苦界から戻ってこられたんだ、僕達らしく、自分のしたいことをして死ぬのが一番良い。──やり残しがあるなら、死地になんか来ちゃダメだ」

「あはははっ! ──ああ、我らが魔王よ。慈悲深きその言葉に感謝を。じゃ」

 

 バサァ、と黒翼を広げてフランキスは……ユートを見た。

 

「君さ、今レクイエムのことで苦労してるって思ってるだろ」

「え、まぁ……でも根は良い奴だよ、こいつは」

「ぷっ。……いいよ、そう思いたいならそう思っていればいい。ボクが忠告したいのは別の事。──今がピークだなんて思わないことだ。これからもっともっと手のかかる子供になるから」

「ああ、いいよいいよ。構わねえ。子供ってのはそうあるべきだ。前世の記憶なんてけったいなモン持ってようが、子供は子供さ。大人が苦労をかけられるなんざたりめーのことだし、俺はそれを苦難だとは思わねえ。こいつの面倒見るってもう決めたからな。何があっても俺はレクイエムの味方だよ」

 

 フランキスは、レクイエムを見る。

 肩を竦めて首を振る少年の姿に……また「ぷっ」と噴き出して。

 

「──貰った恩は必ず同量の恩で返すよ。じゃあね、二人とも!」

 

 高く高くへ、飛び去って行った。

 

 

 フランキスが飛び立つまでアクションを起こさなかったレインとシルディア。

 当然だ。現状のシルディアの印象の悪さは二人が良く知っている。「アンネ・ダルシアを仕留め切れないこと」より、「魔王と少しでも友好的な立場を築くこと」に天秤が傾いた結果である。

 

 加えて言うなら、離脱してくれるならそれで構わない、というシルディアの魂胆もあった。

 

「律儀だね、今代勇者。話が終わるのを待ってくれるなんて」

「あなたと敵対したいわけではないから」

「へぇ? 勇者が、魔王と?」

「そう。私は、あなたと手を組みたいと思ってる」

 

 順調。そのはずの提案に、待ったを入れたのは、二人。

 

「待て、レイン。その前にあの男が何者であるかをはっきりさせた方がいい」

「レクイエム、お前が許すってんなら俺はその意思にまで口を挟まねえ。だが、子供を当然の顔して殺す奴は俺ァ嫌いだね」

 

 その「待った」に対して、かけられた二人が何かを答える前に……マドハ村の全域で大声が上がった。

 勝鬨の声。勝利の雄叫び。死地を掻い潜った生存の叫び。

 

「……やはりか。アンネ・ダルシアが場を離れたのなら、アンデッド達の無尽蔵の蘇生は終わる」

「やっべぇ、レクイエム! よく見りゃここ、騎士に囲まれてるぞ!」

「騎士が総動員されてる場所なんだから当然でしょ。ユートって時々本気で察しが悪いよね。……ま、離脱には賛成かな。確かめたいことは確かめられたし」

「待って! お願い、私の話を聞いて!」

 

 混沌を極めつつある戦場で……少年は少女へと振り返る。

 

「僕はもう勇者と手を組んでいる。これ以上は要らないよ」

「どういう──」

「逃げるぞ、レクイエム! ほら手貸せ! 前の奴だ!」

「いや普通に逃げられるよ今の僕らなら」

「良いから!」

 

 ユートが首飾りを外す。

 その瞬間、廃墟群を巻き込んだ竜巻が生まれた。魔力乱。魔力暴走体質の引き起こす災害の渦。

 

「……ユート、ちょっと屈める?」

「おう、負ぶるか?」

「そうじゃなくて」

 

 屈んだユート。

 鼓動を一つ挟んだ後、彼の頭があった場所を熱線が通り抜ける。

 

「!? な、なんだ? ビーム? いきなりSFすぎねーか!?」

「行こう、僕らの障害は騎士と勇者だけじゃないみたいだ」

「いやだから俺は障害になるつもりはねーって……まぁいいや。行くぞ!」

 

 爆発する。魔力が。

 あまりにも原始的な脱出方法は、これで二度目だ。

 追いつく術はない。だからレインとシルディアはそれを見送るしかなかったし。

 

 熱線でユートを攻撃したアルフは、当然のように二人の前に姿を現す結果となるのである。

 

 

 

 

 四百二十に及ぶ殺し合い。

 その終わりは唐突に訪れた。

 

「む……どうやら終わりらしい。カカ、殺しの剣と生存の剣。決着はお預けよ」

「何を言っている?」

「そちらには連絡は来ていないのか。……カカカ、どうやら混迷を極めている様子だのう」

 

 トガタチの剣をその身で受けながら、中空長刀を鞘に納めるアザガネ。

 二人の周囲に降りて来る魔色の燕。

 

「魔女が去ったのか。全く、蘇らせるだけ蘇らせておいて、何も言わないとは。僕に何かを期待して召喚をしたのではないのか?」

「カカ、そこを含めて魔女だろう。──トガタチ。拙僧の雇い主曰く、この先は戦乱の世になるらしい。拙僧や雇い主、その他の戦力はその戦乱の世に一滴を投じることになる」

「それがどうした。まさか協力しろとでも?」

「生き残りたいのなら、疾く去れ。この国、この大陸。地の果てにまで行ってようやく届かぬか否か。それほどの戦乱と拙僧は見ている」

 

 アンデッドが一人、また一人と倒れていき、騎士たちが雪崩れ込んでくる中で……二人の剣士は言葉を交わす。

 

「……そうさせてもらう。別に僕は、そこまでの正義感を宿しているわけではないからな。……戦乱か。その刀はあとどれだけの血を吸うつもりだ」

「さてな。百や二百では済まぬだろう。悪なる者も、善なる者も斬ろう。──ゆえに、トガタチ」

 

 ぞっとするほどの剣気。

 マリオネッタである魔色の燕が、「肌の粟立つような」という感覚を受けるほどの狂気。

 

「守りたい者など作らぬようにな。──拙僧が斬ってしまいかねんぞ」

「ふん、守りたい者など、生存から最も遠のく存在だ。そんなものを作る気はない。ないし、仮にできたとしても──僕がお前に負けることはない。だから問題も無い」

「結構結構。それでは行こうか、魔色の燕。拙僧がここにいるのは都合がよくないのだろう?」

「いえ。むしろ存在を知ってもらう必要がありますので、このままアルフ殿の方へと合流していただきます」

「ム、そうなのか。では……おお、もういないと来た。はじまりもそうであったが、見事な隠形よな」

 

 もういなかった。

 トガタチ・アスイバナ。蘇った剣客は、新たな生を掲げて惑い去る。

 

「では合流と行こう。そうだ、あの巨漢はどうなった?」

「アルフ殿が殺し切りました」

「そうかそうか。流石は、と言ったところか」

 

 カラカラと笑いながら。

 魔色の燕とアザガネは、アルフのいるところにまで歩いていく。

 

 

 果たして、彼らが目にしたのは──。

 

「アルフ……家で待ってて、って……言ったよね」

「何をしているんだこんな危ないところで。……確かに君が戦い得ることは知っている。だがな、私達は」

「ああすまねえすまねえって。もう何回も謝ってるだろ、それで許せよ。こっちにも事情ってモンがあったんだよわかれよ」

 

 家族団欒、であったとか。

 

 

 

 さて、禁忌の魔女アンネ・ダルシア復活事件は、想像以上のスピード解決が為された。そういうことになった。

 協力者としてアルフ、さらには王都の冒険者アザガネの名が挙がり……さらに、戦場にいた騎士たちの証言から、魔色の燕が彼らに助力していた、ということまで明らかになった。当然ながら二人は魔色の燕との繋がりを聞かれることになる……はずだったのだが、何故か解放。

 緘口令こそ敷かれたものの、騎士たちの仕事を邪魔した罪などもなく、二人は放り出される結果に落ち着いた。

 

「……ひやひやさせてくれるね」

「何がだ」

「私が介入していなかったら、彼女が介入してきていた。……いや、私が動くことまで掌の上かな? まったく、怖い怖い」

 

 後処理を他の騎士に任せ、レインとシルディア、そしてアルフは一足早く都市へと戻ってきていた。一足早くと言っても馬車で四日はかかるのだが。

 都市へ帰ってすぐ、レインはアルフに尋問……説教をするためアパートメントに戻り、シルディアはニギンの執務室に直行した。それが現在。

 

 シルディアを含める騎士を差し向けたくせに、自身は戦場へ向かわなかったニギン。彼女はやれやれと呆れた声を出していて……それがとても、シルディアの「一線」を行ったり来たりする。

 

「加えて、やっぱり報告書にないね」

「何がだ」

「発見者だよ。マドハ村のアンデッド復活。アンネ・ダルシアの復活。それをいち早く騎士団に伝えた何者か。いるはずなのに、その存在の記載がどこにもない」

「……巡回騎士ではないのか?」

「それならそうだって記載する。そういうルールだ。でも、ない。書き忘れさせられている、というべきかな。……さて……どこまでが、と」

 

 ニギンは思考を巡らせる。

 フォルーンの忠告は忘れていない。言葉にすれば気付かれる。恐らく考え至ってもあまりよろしくない。

 どこまで考えて良いのか。

 

 今回の件。マッチポンプであることは確認が取れている。彼女が用意した災厄に、彼女が用意した助っ人。とあらばアザガネも、そしてアルフも彼女の手の内の者となる。

 感情結晶、『朱怒結晶』の持ち主。王都の高ランク冒険者。魔色の燕が姿を隠すことなく存在したこと。他にも強さを持つ者はいたのに、リオグレイランスとトガタチなる剣客、そしてアンネ・ダルシアの右腕フランキスだけが蘇生された事実。

 アンデッドの大量発生だけであれば、アンネ・ダルシアを蘇らせる必要はない。制御の利かない魔族もだ。

 加えて現場に現れたという魔王の転生体。

 

「シルディア。現場の騎士の声が聞きたい。特にアルフ君とアザガネ君について」

「……アルフに関しては、好意的な声が多い。姿形は少年だが、声に力があったとか、逃げ腰になっていた背中を叩かれた気分だったとか」

「この太陽のようだった、というのは?」

「ああ、それは本当に一部の者の声だ。お前も知っているだろう、英雄アルフ・レッド。お伽噺の存在にアルフを見立てた。それだけの話だが、一部の者だけとはいえそれでも多くの人間が同じ印象を受け取った、というのは十二分におかしな事態だ。だから記載した」

「アルフ・レッド。革命のシンボル。克己の象徴。……なるほどねぇ」

 

 ニギンは、そこで思考を止める。

 ここがラインだと見定めた。感情結晶とお伽噺と──それ以上は、と。

 

「アザガネ君の方は?」

「そっちはあまり目撃情報がない。剣士と戦っていたことまではわかるが、戦闘速度が並みの騎士に追えるものではなかったらしい。斬られたはずなのに斬られていない、避けたはずなのに斬られている。そういう残像を残すような激戦があったらしい。私も彼に二、三話を聞いたが、アレは本物だな。目の前に立っただけで肌の粟立つ強者など、久方ぶりに出会った」

「彼女と比べたら、どっちが強い?」

「……単純な戦闘能力で言えば、アザガネ殿に軍配が上がる。だが……」

「ああ良いよ、それ以上言わなくて。……なるほどなるほど。どちらにせよなんにせよ、次、騎士が対処できないような事態が発生して、その時この二人が駆けつけたとしても……騎士たちは何の疑いも無くこの二人を現場に入れ、それを助力だと思い込む、ということだね」

「アザガネ殿とアルフが悪であるように言うな」

「可能性の話だよ。君も知っての通り、私は全人類を疑ってかかっている。全ての人間には裏があると思って生きている」

「いつ聞いても窮屈そうだな」

「だから」

 

 だから。

 

「君のことも、レインのことも、アルフ君のことも、全員疑っている。いつか私の背を刺しに来るんじゃないかとね」

「やるとしたら正面から叩き切るから安心しろ」

「絶対に裏切らないとは言わないんだね。悲しい悲しい」

 

 ニギンは──ふふ、と微笑みを見せる。

 男装している時にはやらないようにしていたはずの、彼女本来の笑み。

 

「せいぜい盤面の駒にならないよう頑張らないとね。指し手で居続けないと……いつか呑まれてしまうよ」

「その駒を踏んで足を痛めて転んでしまえ」

「転べるうちはまだ指し手さ。──さて、あと何人が卓に着くのかな」

 

 現状、彼女に見えている指し手は四人。

 自身と「彼女」と──彼と彼。

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