神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
祝福の神リルレル。
奇跡の神ゴルドーナに並んで人気の高い……というか信仰の篤いこの神は、ディモニアナタ、トゥナハーデンに並んで生活に根付いた権能を有している。
それは文字通りの祝福。「運勢」に作用する強い力。ギャンブラーでリルレルに祈らない者はほとんどいないだろう。冒険者も同じ。日常の些細な幸せでもリルレルに感謝を述べる人間は少なくない。
また彼の名は「Rlrrll」と綴り、それに肖ってこの世界の民は「R」か「L」の一字を子の名前に入れがちである。
「そういう経緯もあって、僕はユートをこちらの世界に呼び寄せた神がリルレルなんじゃないかって睨んでる。君、よく言うだろ? 俺は運が良かっただけだよ、って」
「あー。……でもそいつ男って言われてるんだろ? 俺を召喚した神様は可愛い女の子だったぞ」
「でも、少女の神格に異世界から勇者を呼び寄せられるような神が思いつかないんだよね。奇跡の神ゴルドーナにこじつけることはできるけど……」
王都ファーマリウスが大図書館。
実は普通にお尋ね者である二人……ユートとレクイエムは、いつも通りの「変装」をしてここにいる。レクイエムの使う魔法で髪色や顔立ち、声まで自在に変えることができるのだ。
大図書館はティダニア王国国営だけあって、どの地域・都市の騎士団蔵書室より蔵書量に優れている。
何かを調べたいのならここが一番良い。
「あのイケメンの横にいた子が勇者……っつーのが勘違いってのは、絶対ねえのか?」
「無い。僕が魔王である限り、勇者とは相対しただけでそうだと理解できる。……ユートを見てから勇者だと判断するまでに時間がかかったのは、やっぱり君が異世界の存在だからだろう。それでも今、僕の本能は君を勇者だと認めている」
「勇者が同時代に二人いることはありえねえ、だったっけ」
「そう。ただ、魔王の居ない時代に勇者が生まれることはある。けれどその勇者が自身が勇者であると自覚をせずに生涯を終えるケースが多いね。彼ら彼女らが自身を勇者だと理解するのは、やっぱり僕という魔王がこの世に舞い戻った時代だけだ」
誰かに聞かれたら最悪騎士への通報もあり得る際どい会話……も、レクイエムの巧みな魔力操作によって音声のカムフラージュが行われている。音の魔力に干渉し、他愛のない会話をしているように見せるのだ。
「つってもなぁ、神様に直接コンタクトを取る方法ってのがねぇんなら……あ、待てよ?」
児童学習用の言語教材から顔を上げて、ユートはあることに思い至る。
それは彼がこの世界に送り出される直前の話。あまりにも社交辞令っぽ過ぎて忘れていた会話。
「"何か困ったことがあったら神殿へどうぞ"……って言われた気がする」
「……どの神の?」
「ああそうか、結局そこがわかんねぇとどーしようもねえのか」
「総当たりしてみる?」
「俺は別に構わねえが、神様ってどれくらいいるんだ?」
神。この世を様々な権能によって治める超常存在。
ユートの感覚からしてみれば「宗教の偶像」というものにしか思えないソレも、この世界においては実在し、接触し得る「何か」である。
「地域差はあるけれど、僕の知る限りなら二十五柱だね」
「多っ……と思ったけど、
「実際多いと思うよ。何のために存在しているのかわからない神もいるからね。直線の神とか聞いても、具体的な想像はできないでしょ」
「……直線?」
ユートの頭上に疑問符が浮かぶ。
そしてそれは普通の反応だ。だからこそ地域差が生まれる。何のために存在しているのかわからない神は次第に信仰されなくなり、存在自体が忘れられる。
だから。
「だから、神殿も神の知名度によって豪華さから存在の有無自体まで変わるんだ。……君をこの世界に喚んだ神がポピュラーな神であることを願わないと」
「近くにあんのか?」
「ファーマリウス内には無いよ。でも、近くにディモニアナタの神殿があったはず。……本当に総当たりするの?」
「それしか方法がないならするしかないんじゃねえか? よくわからんが、勇者が二人だとお前は困る……んだろ?」
「困る……か。……まぁ、困るね」
「うし、だったら総当たりだ。安心しろ、弁当はたくさん持っていく!」
そこに関しての心配は一切していないよ、なんてユートを軽くあしらいながら、レクイエムは考える。
魔王の転生体である彼は、彼が生まれてからの今までと、魔王が有していた記憶しか保有していない。魔王が討伐されてからレクイエムが死後より戻るまでの間は全く知らないのだ。
異世界の勇者、ユートなんかもっとひどい。今言語を学んでいる真っ最中であり、ユートを召喚した神に与えられた『言語翻訳Lv.70』というスキルなるものがなければ、ユートは文字を読むことは勿論、会話をすることさえ難しい。そんな彼に知識を頼るなんてことができるはずもなく……。
「あの二人……ティアとドロシー。あの二人を頼るというのはどうだろう」
「頼る?」
「うん。見た所だけど、あの二人は十五から十七歳程度だ。加えてあの戦闘能力に知識。こと近年についてであれば、僕らより彼女らの方が圧倒的に詳しいんじゃないかと思ってね」
「……」
「あの二人を頼るのは嫌かい?」
「いや……なんか、感慨深いなって」
「?」
ユートは……レクイエムの頭を撫でる。
魔王の転生体であると自称し、実際にそれらしい力を見せているレクイエム。だけど、ユートからしてみればやっぱり子供で。
加えて彼とレクイエムが出会った時は、率先して窃盗や空き巣を行おうとするなど……「異世界の孤児がしそうな行動」にあまりにも当てはまっていて。
だからユートは倫理を説くと共に、レクイエムの味方に付くと決めた。彼の行動が貧困により根差された修正しようのない価値観ではなく、おかしな因果と長い孤独から来るものだと直感で見抜いたから。
「俺と会ったばっかの時のお前はさ、人間の名前なんて覚えようともしてなかったし、頼るなんて言葉を吐くのはもってのほかって感じだった。それが……」
「……まぁ、これを成長と呼ぶかはともかく、考えに変化があったのは事実だよ。この世界の在り方、魔王と勇者のシステム。そういうものに疑問を抱けたのもユートのおかげだし、この前同胞に会って……そこでも少し考えが変わった」
「成長期か、思春期か……多感な時期だ、いろんなものに影響を受けるのも仕方ねえさ。でも、どんなに考えが変わってもレクイエムはレクイエムだしな!」
「君は物事をひとまとめにしようとし過ぎだとは思うけどね。……さて、善は急げ、だっけ? 僕にとっての善行は君達にとっての悪行への忌避に近いものがあるから、この言葉を使うのはあまり面白くないんだけど……なんにせよ行動は早くした方がいい」
「んじゃギルドだな。『
「そんな遠回りをせずとも、探知魔法を使えばいい。僕はもう彼女らの魔力は覚えたよ」
「……魔力を覚えるって……なんかな。ストー……変た……いやまぁ……異世界情緒か、これが」
「?」
「いや、街中でいきなり探知魔法使われたらそりゃ隠れるでしょ。っていうか他人の魔力パターン覚えてるって、変態なの? それともストーカー?」
「あ、俺の感覚正しかった」
探知魔法を用い、ティアとドロシーを追って辿り着いた場所……には誰も居らず、ユートが周囲を見渡そうとした瞬間、二人の首元に刃物があった。
というところで諸々の誤解が解け、事情を説明しての、これである。
「はぁ、緊張して損した」
「すまねぇ、俺はまだ魔法がよくわかってなくてさ。探知魔法に探知されるってのは、不快なものなのか?」
「不快というか、びっくりします。探知魔法というのは一般には騎士が街中に隠れている犯罪者などを探したり、手負いの魔物を仕留めるために冒険者が使ったりする魔法で、……だからそれを使われるということは」
「誰かに狙われてる時だけ、か。……いやホントすまん」
「いいよ、もう。レクイエム君にも悪気があったわけじゃないってわかったし。けど、そんな高位且つ練度の高い魔法使えるくせに、そういう常識を知らないあたり……もしかしてどっかの貴族様のお坊ちゃんだったりする?」
「いや、ただ物知らずなだけだよ。そしてユート、君が謝る必要はない。今回のことは完全に僕だけが悪い」
「だからいーっていーって。私達、それなりの仲じゃん。もう気にしてないよ」
珍しくレクイエムが落ち込んでいる。
それは「彼女らに悪いことをしたから」ではなく、「普通のことだと思って行動したら常識外れだった」という……普段はレクイエムがユートの奇行を否定し、「そんなわけがない」と思っていたことを自分がやってしまったが故の落ち込み。もちろんそういう内情であることはユートに言っていない。
「それで、結局どういう用だったんですか? 討伐クエストのお供とか?」
「あ、違うんだ。えーと、まず……何から話すべきか。……そうだな、俺たちは神様を探しててさ」
「……えっとそれは、神に拝謁を……?」
「んー。……実は俺、前に一回神様に会ってるんだよ。で、そん時すげー救われたんだ。でもその神様名乗らなくてさ。今になってもっかい感謝したいし、聞きたいことがあるから探してる……って感じだ」
「……」
「……」
「まぁ、怪しいよなぁ。俺だったら……まぁ話を聞くくらいはするけど、一発じゃ信じねえし」
神はいる。実在する。
だけど、そう簡単に人々の前に姿を現す存在ではないし、況してや信者でもない人間を神自らが助ける、ということはほぼほぼあり得ない。
「……一応さ、知り合いに……神様について詳しいと思う人がいる……んだけど」
「ちょっとティア」
「大丈夫だって。……で、えっと……その神様の外見的特徴とか覚えてたら、話してくれない? それでどうにか特定できるかも」
「お、マジ? んじゃなんかにメモを」
「いや、いいよ。聞かないで良い。僕らが知りたいのは神々の神殿の位置なんだ。ディモニアナタの神殿が近くにあることは知っているけれど、他が曖昧でさ」
なぜかユートを制すレクイエム。
懐疑の目をその背に受けつつ、レクイエムは続ける。
「君達の言うその人を悪く言ってるわけじゃないことは初めに理解してほしい。その上で、僕らは僕らの情報をみだりに広めることを良しとできない。そういう事情がある。だから、できれば君達までで留めて欲しい」
「何かやましいことをしている、ってことに聞こえてしまうけれど、いいの?」
「そう捉えてくれても構わない。でも、僕の……違うな。ユートの善性を信じて欲しい、という思いはある」
「……わかった。そういうことなら、言わない」
ユートは──感動していた。今レクイエムと対峙しているティアの後ろで、ドロシーも感涙している。
初対面からつい先日まで、口を開けば皮肉に嫌味、売り言葉に買い言葉、相手の引っかかる言葉しか吐かない……どんだけお互いの事嫌いなんだ、という様相を呈していた二人が、こうもまともに、こうも「不和が起きないように」話せている。
子の成長。ティアとドロシーに年齢差はないし、レクイエムは見た目が子供なだけだが、二人は確実に母性と父性を覚えていた。
「でしたら、私が色んな神殿を案内できますよ。有名どころはもちろん、マイナーな神様も」
「本当か? そりゃありがたいな」
「ドロシーは歴史好きだから。私はからっきしなんだけど、もうなくなった国の名前とか地名とか覚えてて、ほんと……何に使うんだか」
「まぁ歴史の好き嫌いってのは結構分かれるよな。でも
レクイエムが額に手を当てる。
ユートの『自動翻訳Lv.70』というスキルなるもの。
これがLv.100ではないがゆえに、「異世界にしかない概念」などをユートが話すと、翻訳できずにこうして聞き取れない言語として発音される。
そしてこれが、魔族の使う魔法に酷似した発音……聞き取れない言葉であるので──。
「……?」
「……今、なんか……」
無知で助かったかな、と。レクイエムは胸をなでおろした。
もし彼女らに魔族との交戦経験があれば、この場で戦闘が起きていた可能性もある。
「……やべ、今の完全に"若者に学を説いてる自分に酔うおっさん"みてーなムーブじゃん……。い、一応言っておくけど俺まだ十九だからな!?」
「え!? ……と、年上!?」
「嘘……完全に年下だと思ってました」
あー……アジア人は童顔ってアレか。なんて。
こっちは声に出すことなく、心の中で呟くユート。
「……ドロシー。案内してもらってもいいかな」
「あ、……そうですね。はい、じゃあとりあえずディモニアナタ様の神殿からにしますか? それとも他の?」
「どの道当たるまで回らないとわからないから、後回しにする意味もない。ディモニアナタからでお願いするよ」
「はい」
まだユートが年上であるというダメージから抜け出せずにいるティアを引っ張って歩き出すドロシー。
こっちはこっちで「そんなにかぁ?」なんてぼやきながら自身の顔を触るユートの背を叩いて、レクイエムは「行くよ」と同行を促した。
ディモニアナタの神殿。
聖堂が管理を行っているそこは、黒を基調としたデザインの、どこか空恐ろしさを感じさせる場所だった。
「なんか……雰囲気あるな」
「ディモニアナタ様は生死の神で、彼女を祀るここはトゥルーファルス様やメイズタグ様、エレキニカ様の神殿と並んで四大厳殿と呼ばれています。こういう見た相手に威圧感を与える建築様式は、なんとラスタマリア王朝まで遡るんですよ」
「ドロシー、多分そこまで聞いてな」
「ラスタマリア王朝って何年前なんだ?」
「始まりは13600年前……だけど、崩壊期が9500年前だからね。そのどこで建てられたかにはかなりよりそうだ」
「え。れ、れ、レクイエム君は、もしかして歴史に詳しいんですか?」
「詳しいというか記憶……まぁ、うん。そうだね、結構色々知ってるよ。ただ、古いことに限るけど。近代史は全くでさ」
あんぐり。
歴史好きの歴史話など、誰も興味がないと思っていたティアが……アウェーである。先程の年上ショックはともかく、どう見ても自分より年下で、なんなら長に拾われた時のティアとドロシーと同じくらいの年齢なレクイエムまでもが歴史を語り始めてしまっては、もう居場所がない。
このままヒートアップしていきそうな二人を前に、ティアはユートへ
「ストップだ、二人とも。聞いた俺が悪かったけど、まずは目的を果たそうぜ。一個一個に時間をかけすぎると、日が暮れちまうからさ」
「あ、そうですね。すみません、ついアツくなっちゃって」
「過去に思いを馳せるなら、僕も少しくらいはできる。……そうだな、君が話し相手を欲するというのなら……少し視点は変わってしまうかもしれないけれど、休日にでも語り合おうか」
「いいですね! そうしましょう!」
あんぐり。
ユートは顎を落としかけた。だって今のレクイエムのそれは、「女の子を休日デートに誘う」行為そのものだったからだ。人間に好かれて嬉しいはずがない、なんて言っていたあのレクイエムが、自分から。
「あー、えーと。そ、そうだ、中にディモニアナタ様の彫像があったはずだから、見てきたら? その、ユートを助けたって神様の外見は覚えてるんでしょ?」
「お、おう。そうだな、そうさせてもらうよ。レクイエム……すまんがついてきてくれ」
「何がすまんが、なのかわからないけど、勿論だよ。そのために来たんだし」
何が「すまんが」なのか。
当然、「イイ雰囲気」だった二人を引き離してしまうことについて、であるが──。
「……ドロシーってば、私の知らない間に大人になっちゃって。……でもレクイエムがもう少し大人になるまで待った方がいいと思うけど」
「何言ってるの、ティア」
あっちもあっちで、似たような感じらしかった。
その後、有名どころを六柱、マイナーな神を六柱回ったあたりで……日が暮れた。
ユートの懸念通り──ただしユートも悪いのだが──神殿ごとのドロシーの語りとレクイエムの懐古、そこに挟まる「丁度いい素人の質問者」ことユート。
これらが相俟って、全く予定が機能せず、こうして中途半端なところでの切り上げに至ったのである。
なお、少女ら二人は「別に日が暮れても構わない」のスタンスであったが、「それは俺の倫理観的にマズい」とユートが譲らず、王都へ帰還。
現在は四人共が良く使う料亭にて夕食となる。
「明日か明後日か、できるだけ近いうちに全部回り切りたいんだけど……どうだろうか」
「ティダニア王国内にあるのはあと二柱の神殿のみで、残りは外国になってしまいます。私達は遠出も構いませんが、お二人はどうですか?」
「僕は勿論問題ない。……ユート。まさかとは思うけど、反対はしないよね?」
「あー……こっち来たばっかの俺だったら反対してたかもだけど、もう大丈夫だよ。間違いは起こらねえ組み合わせだろうし、なんというか俺は……後方腕組保護者面でいられるし」
いがみ合っていたのに急に歩み寄りをみせたティアとレクイエム。
趣味が合うという理由でさらっとデートにまで発展したドロシーとレクイエム。
ユートは「全く、罪づくりだなレクイエム……」と頷きばかりを繰り返す。
「わけのわからないユートはおいておくとして……そうだな、国内の神殿を見て回ったら、その足で外国まで行ってしまいたい。言及するのは避けていたけれど、君達も僕らも、馬車よりも速く駆けることができるだろう? それなら時間も短縮できる」
「……ティア」
「うん。この二人なら、信用できる。……流石に……てからにするけど」
一瞬の「こそこそ話」。
その後、ティアは二人にあることを打ち明ける。
「もっともっと速く移動できる手段があるとしたら……信じる?」
彼女の固有魔法についてのお話を。
夜。
草木も眠りにつく頃、疲労と知識の詰め込み過ぎで快眠中のユートをよそに、レクイエムは一人考え事をしていた。
神について、だ。
今日、ドロシーが挙げた神は二十柱。レクイエムが知るものより五柱も少ない。
忘れられているのか。それともレクイエムが転生してくるまでの間に
「
一つ、魔法を使う。
直後レクイエムの周囲の景色がどろりと溶けて……緑と黒と白の、形容し難い紋様の刻まれた空間へと変化した。
「フランキス」
「……ああ、レクイエムか。驚いたよ。精神世界なんてもう使ってる魔族はいないよ?」
「そうなのか。……なぜ? 便利じゃないか」
「現実の身体の防御が薄くなるからだよ。……迫害とまでは言わないけどさ。魔族はもう魔族というだけで討伐対象だ。ま、やってることがやってることだからね。だからそうそう無防備にはなれない」
青肌の青年、フランキス。
珍しい玩具を大事そうにしていた彼も蘇ったばかりの存在であるが、レクイエムよりは物事に精通している……はずである。
ゆえの呼び出しだった。
「それで? ボクとアンネの窮地を救ってくれた魔王様が、わざわざ何の用?」
「サン=アルはまだ生きている?」
「んー、知らない。蘇ってからはまだ会ってないなー。でも彼女、腐っても天龍なわけだし、流石に?」
「紫龍ヌタスと蒼龍エントペーンは人間に討伐されてしまったらしい。真偽はわからないけれど、人間の間ではそうなってる」
「……本気で言ってる? 天龍だよ? 神を除く、すべての生き物の頂点だよ?」
「君は僕より自由に動けるだろ。できれば、各地の天龍の様子を見に行っておいてほしいんだ」
「それくらいならお安い御用だけどさ。……どうしたの、レクイエム。君らしくないよ。そんなさ、
天龍。それは確かに人間にとって厄災なのだろう。
だが、少しでも彼らについての知識があれば、「殺してはいけないもの」だとわかるはずだ。
それが殺されている。
つまり。
「神と人とが、離れすぎている。僕らを煙たがっているのは確かに人間で、僕らも人間を塵同然に扱うけれど、僕らが真に警戒すべきは神だ。今までは神と人とが密接な関係にあったから、人を迎撃すれば神も遠のいていた。だけど」
「もし神が人に興味を失くしていたら、神の矛先が魔族に向く……って?」
「うん。天龍殺しなんていう馬鹿なことを許容するくらいだ、この世界がどうなってもいい、というところまで来ている可能性が高い」
「……うーん。でも、アンネはトゥルーファルスに殺されている。これって神と人とがまだ近い証じゃないかい?」
「だから、あくまで様子を見に行くだけでいいよ。サン=アルたちが生きていて、ヌタスとエントペーンの死が事故に近いものであれば、まだ納得はできるから」
「ま、了解。あ、そうだレクイエム」
大事なことなのだ。
魔王が世界のバランスを考えるくらいには、おかしなことが起きている。
「魔色の燕と、オーリ・ディーンって名前に聞き覚えある?」
「……魔色の燕。聞き覚えないはずないだろ。ずっと昔の僕をたった一人で殺した冒険者だよ」
「あー、なんか昔話してたような」
「オーリも……ディーンという名は知らないけれど、その冒険者がオーリ・ヴィーエという名だったことは覚えている。……会ったのかい?」
「いや、会ったことはないけど、ちょっとアンネの記憶を覗いてね。どうも、いろんなことの糸を引いてるのがソイツっぽくてさ」
「フランキス。その好奇心からは手を引いた方がいいよ。アレは多分、神の使徒か、神そのものである可能性が高い。ほとんど万全だった僕を適当にあしらって、"こっちが態勢を立て直すからそっちも休んでていいよ"、なんて軽薄な言葉を吐いてきた。余裕とかそういうのじゃない、興味が無かった。あそこまで魔王を塵芥扱いできるのは、魔王と勇者というものがシステムの一部でしかないと知っている神々しかありえない」
レクイエムは「魔王の記憶」を保有しているだけだ。転生体だから、実際に経験したことがあるわけではない。
それでも覚えている。刻み込まれている。
あの時聞いた、あまりにも薄っぺらい声。
あの時向けられた、心底どうでもいいものを見る目。
あの時理解した──「本当の敵」というものの存在。
「無☆理」
「……これは忠告だよ、フランキス。旧友としてのね」
「いやぁ……ボクはさ、アンネ・ダルシアを愛してた。それで、彼女が生きる意志を失くしたのを見て、ボクもノリで死んだんだよ。それでさ、無理矢理こっちに引き戻されて、目の前にいるアンネとは似ても似つかない子を見せられてさ、最初は殺しちゃおうかとか考えてたんだけど……あははっ、ボクはやっぱり浮気性みたいでさ」
「まだ気にしているのかい? あれは君に言い寄って来た奴らが悪いのであって」
「ああいいよいいよ、気にしてるわけじゃない。ただのジョーダン。で、まぁ……無知で幼稚で、君の言う通り誰かの玩具でしかない今のアンネに、ボクはまた惚れちゃったワケ。そうなったらさ、やることは一つじゃん?」
フランキス。フランキス・ソルベート・ディディアニタ・ロス・クラントワーゼ。
愛に生き、愛に惑い、愛に見放されたインキュバス。
「アンネを解放する。彼女を玩具にしてる奴からアンネを奪って、今度こそ彼女を幸せにするのさ」
「……君、損する生き方しかできないのかい? 死後の苦界はちゃんと味わって来たんだろ? あそこに行く前に、やりたいことをやろう、って気持ちにはならないの?」
「後の苦しみが怖いからって惚れた女の子を見捨てる理由にはならないだろ?」
レクイエムは愛恋の感情を抱いたことがない。
同胞は同胞でしかなく、それ以上でもそれ以下でもなかったから。
だから……フランキスの言葉が、刺さらない。
刺さらないのに。
「好きなようにやりなよ。僕は今でも君を友人だと思っているからさ」
「うん、ありがとうレクイエム。君も、何かで雁字搦めになっているのなら、時々は己を解放して好きな事やりなよ? ボクらはそういう種族なんだからさ」
「問題ないよ。僕は君と違って、次があるからね」
言葉。
レクイエムの吐いたその言葉に、フランキスは……なぜか悲しそうに笑う。
でも、何も言わなかった。
「それじゃそろそろ切るよ。天龍を確認したらこっちから繋げるから、そっちからはあまり繋げないで欲しいかな」
「わかった。またね、フランキス」
「うん、また。レクイエム」
切断される。
形容し難い空間が時を戻すかのように遡り、溶ける前の世界……宿屋の一室に戻る。
ベッドの方を見れば、相変わらずぐっすり眠っているユート・ツガーの姿。
「……そうだね。やりたいことをやる、か」
夜はまだまだ、更けていく──。