神の装飾品店   作:Actueater

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原題:「Llepse nutrof」

 帝国皇族の次男という、世継ぎ争いと政権派閥争いに最も巻き込まれるポジションでのロールプレイをしたことがあった。

 当時の皇帝たる父親がマスキーの中毒に倒れ、兄との仲が疎遠になり……いつの間にか兄は殺され、私が次期皇帝に祀り上げられる、ということがあったのだ。それも、私の意思などない、傀儡の皇帝として。

 そういうロールプレイ。臣たちの意見に頷いて、可の判を押すだけの立場。それでいて責任の所在は全て私で、何があっても彼らが罪に問われることはない……そんな傀儡。

 

 マスキーは嗜好品だ。酒に似た酩酊感を与える菓子で、健康に害はない。その時に限っては。

 実は人間には消化・分解・排泄のできない要素が少量含まれていて、だからお酒の代わりに、なんて食べ続けていればいつか「最期」が来る。この危険性が帝国民に伝わったのは父親が倒れ、その要因を医師たちが根気よく調べ上げたから。そして、それが分かった時にはもうどうしようもない段階にまで来ていたから。

 この嗜好品は当然流通停止、及びそれを売っていた商人は厳罰刑となり、帝国内からマスキーは消え去った。

 

 が──「嗜好品」は好む者がいるから流通し、流行り、売り上げが出ていたわけで。

 当然、未許可にマスキーを製造・販売する密売者が増えたし、帝国の民たちも人目を忍んでをそれを買うようになった。要は蓄積させないほどであれば大丈夫なのだろう、と。

 また、元来の製法であれば「少し酔ってしまったかな」程度の酩酊を与えるマスキーが、悪酔いや二日酔い、果ては三日間眠り続けるなどの症状を人々に与え始め、その理由が酩酊感を上げるためにとある材料の濃度を濃くしたことが原因だと判明。マスキーは晴れて危険薬物として認定され、販売者と所有者にはとても重い罰が下るようになった。

 

「ベンディッヒ卿。──民が苦痛にあえぐ姿を見るのは、そんなに楽しいですか?」

「っ……!? お、おや。これはヨズ皇子、どういう、い、意味ですかな?」

「そこまで警戒しなくてもいいでしょう。あなたも知っての通り、僕の言葉に力なんてありません。あなたの所業を皆に話したところで、誰もあなたを責めませんよ。なぜなら彼らもマスキーで甘い汁を吸っているのだから」

 

 傀儡皇子。操り人形。

 自身の意思のない皇子。

 

 まぁ。

 

 ──"ヨズ。すまぬ。全ては儂の不甲斐なさが起こした騒動よ。……キックスが殺された今、この国を任せられるのは……お前しかおらん。……すまぬな"

 

 正直、ありがたくはあった。 

 それを言ってくれたのなら、「ヨズ」という少年が一念発起する理由にも、すべてを敵に回す覚悟を決める理由にもなる。

 

 傀儡が糸を引き千切る……そういうロールプレイの材料になる。言われなければ傀儡のままでいただろうし、国がどうなろうと知ったことではなかっただろう。

 

「ところで、ベンディッヒ卿。知っていますか? あなたが民にばら撒いているマスキー。その最も問題となっている材料の名前」

「本当に何を言っているのか」

「カルヴァ。誰かがそう名付けたのです。もしかしたら名付け親は神学者だったのかもしれません。けれど、現状は──あまりにも不敬ですよ、ベンディッヒ卿」

 

 懐から出すのは、小さな瓶。

 見覚えのあるものであるはずだ。

 

「そ、それはっ!」

「はい。あなたが僕を毒殺するために料理長に手渡したカルヴァの瓶です。マスキーをやめることができなかったのは皇子も同じ。流通も僕が強制させていて、臣下は止めようとしていた……なんて、誰が信じるわけもない嘘を皇族の名で発表するための」

「く……やつめ、裏切ったか!」

「とはいえ、それ自体はどうでもよいのです。僕を殺すも好きにすればいい。だけど、カルヴァ。この名前は頂けない」

 

 瓶を開け。

 その中身を──ひと口に呷る。

 

「な……!」

「忘れられた神の名です。あなた達が忘れてしまった、誰よりも快を好む神の名前。酒宴の神、ウォッンカルヴァ。──だから、礼を言います。ベンディッヒ卿」

「……もう良い! 傀儡皇子を捕えろ! 予定を少しばかり早める結果となるが、お望み通り殺してすべての罪を被ってもらおう!」

「父の仇。兄の仇。それらでは傀儡皇子の復讐としての理由が足りなかった。でも」

 

 湧いて出てきた兵士。彼らの突き出してくる槍を避け、時には掴み、踏みつけて。

 

「あなた達が操りやすいよう、僕には"信心深い"という設定が加えられています。──ええ、ですから、信心深い僕は神を穢したあなた達を赦しはしません」

「馬鹿な……儀礼用の剣でさえマトモに握れなかったお前が、なぜ!」

「理由を、ありがとうございます。……ありがとうございました」

 

 斬る。それは兄の葬式において、放り捨てられるように私へ押し付けられた剣。儀礼用ではないそれは、当然重く、長く。

 

「これでようやく、傀儡皇子ロールプレイから狂王ロールプレイに切り替えられます」

 

 ベンディッヒ卿。そして彼の手駒の兵士。

 それらを、惨殺した。

 

 程なくして父親が息絶え、私が皇位を受け、国を好きに動かせるようになる。

 言葉を吐いてくる者はいない。全て殺したから。

 近寄ってくる者もいない。目撃者をちゃんと逃がしたから。

 もはや家族などいない。誰も信用できないから。

 

 過去最高に「孤独」を追求したそのロールプレイは──。

 

 

「ヨズ君は、報われるべきだと思います!」

 

 

 後の伴侶となる「ある少女」によって、氷解されることとなる。

 

 

 

 

 ハストナイト帝国。

 通称、技術者の国ハストナイト。

 何代も昔の皇帝とその妃が始めた「技術者への強力な支援」によって、瞬く間に「技術」と「知識」が集まった風変わりな国。

 

「冒険者証、確かに。くれぐれも問題を起こさないようお願いします」

「はい」

 

 ティアとドロシー、ユートとレクイエムは関所を通り、そこへやってきた。

 驚きの声をあげるのは、ユート。

 

「うわ、すげぇ。……舗装されてる」

「かなり昔からこの国はそうだよ。確か……皇帝ヨズとシンラ、だったかな」

「レクイエム君はお伽噺まで押さえているんですか?」

「お伽噺って……実話だよ、あれ。確かに物語っぽすぎるけどね」

 

 道が舗装されている。等間隔に街灯があるし、分かれ道にも対応している。

 ティダニア王国しか知らないユートからしてみれば、「時代が遷移した」と勘違いしてもおかしくない光景だった。

 

「ヨズとシンラなら、私でもわかる。その昔、家族に先立たれ、臣下に謀反され、その全てを排した結果、孤独となった皇帝がいました。そんな皇帝に光を与えたのはとある少女。誰もが近づきたがらなかった皇帝に花を渡し、彼女はこう言います。"これで信じてください!"。……こうして皇帝と少女は結婚し」

「いや待て待て待て待て」

「え、なに?

「展開早すぎんだろ。そこ絶対もっと紆余曲折あっただろ」

「ユートさん、お伽噺ですよ? ……あれ、でも実話なんでしたっけ、レクイエム君」

「うん、間違いはない。当時潜り込ま……んんっ、まぁ、当時を知る知り合いから聞いたからね」

「……でもこれ、少なくとも八百年は前の話……だったような。その当時を知る、って」

「元ハストナイト帝国の民だよ」

「ああ、そういうことですか!」

 

 何をどう納得したんだ? とは、流石のユートも言わない。レクイエムの事情を話すわけにもいかないので、話を合わせる。

 

「また昔話に花を咲かせてっと、一瞬で日が落ちるぞー」

「そうね。……それじゃあ、また聖霊の小路を使うけれど……ドロシー、方角はわかる?」

「この道を直進で大丈夫。でもティア、魔力の残量は大丈夫?」

「大丈夫! ……帰りは歩きになっちゃうかもだけど」

 

 聖霊の小路。

 ティアが二人に打ち明けた、彼女の固有魔法。その概要を聞いたレクイエムは、少し因果を感じたとか。

 

「神様からの贈り物……なんだっけか。固有魔法ってのは。なのにそんなに魔力消費量デカいのか?」

「ユートのスキルとは作りからして違うよ。贈り物と称されてはいるけれど、その実神が零した権能の滴の真下にいた、というだけに過ぎない。神は贈り物をしたなんて思ってないだろうからね」

「でも、やっぱりレクイエム君は凄いです。私もティアも、この聖霊の小路がどの神様の力かなんて全く知らなくて……」

「直線の神、ヨヴゥティズルシフィ……だっけ。うう、発音が難しいわ……」

「多分それが一番の理由だよ。どこの地域を見ても、ヨヴゥティズルシフィの知名度が一番低い。ドロシーがそうであるように、神殿の位置もまったくわからない。存在するのかどうかさえも怪しい」

「だったら尚更、俺たちだけでも覚えておいてやらねーとな。こうして世話になってるわけだし」

 

 四人の前に、乳白色の水たまりのようなものができあがる。

 そこに足を踏み入れれば──また、同じ色の通路のような場所へ。

 

「空間圧縮に空間短縮、異層淵、時間透過。……これを魔法で再現しようとすると、僕が五人ほど必要になるかな。魔術と呪文、あと魔印があればもう少し楽になるけど……」

「……なぁ、初歩的な質問で悪いんだけどよ。魔法と魔術と呪文? ってのは何が違うんだ?」

 

 聖霊の小路の中は流石に歩かなければならない。

 あらゆるものを無視して「直線」を進むことのできるこの道は、たとえそうであっても時短の最上位に位置するが。

 だからここは徒歩で移動しながら、彼らはまた雑談に興じる。

 

「ん-とねー。魔法っていうのは、既存の言葉の組み合わせなの。すでに用意された……えーと、なんだっけ」

「発掘された、です。魔法学の本やもっと詳しい研究書物、あるいは人。それらが識っている力の籠った言葉。そういう単語と単語を組み合わせることで、魔法と成します」

「言葉を覚える最中のユートにはまだ早いよ」

「そうなのか。いやまぁなんでもかんでもパパっと使えるようになるとは思ってねぇからいいけどさ」

 

 あるいは『言語翻訳Lv.70』の対応範囲内の可能性もあるが、やはり完全ではないものである以上はやめておいた方がいいだろう、とレクイエムは判断した。

 

「魔法が発掘なら、魔術は創作だ。意味の無い言葉の組み合わせに意味を持たせる。もしくは、自分の設定した魔力操作パターンに名称をつける、とかね」

「マクロ組むみてぇなもんか」

「うん、いつも通りスルーするよ。……そして、呪文は……簡単に言えば神々の言語だ。魔力に直接作用する言葉」

「といっても呪文を知っていたら神様と話せるようになるわけじゃない、って教わったけどねー」

「私達もある程度呪文を修めていますが、正直全ての意味がわかっているかと聞かれたら……」

「僕も、一部はわかるけど一部はまったくわからない、といった感じかな。どうにも"意味から考えられた言葉"と"意味を後付けした言葉"があるように思うんだよね」

 

 レクイエムがわからないとなればもうお手上げだ。

 この場においては、こと魔法に限ってレクイエムが最も詳しいだろう。

 

「あ、ティア。距離的にそろそろだと思う」

「じゃあ出口作るから」

「今回は俺が先に出るよ。出る時が一番あぶねえって聞いた上で二人に任せてたの、結構忍びなかったんだ」

「んー、それじゃ、お願い。気を付けてね、ちゃんと後ろとか見て。馬車が迫ってきてたりしたら、すぐ顔ひっこめて」

「おぅけーい」

 

 通路の壁面に、先ほど地面に開いた水たまりのようなものができあがる。

 そこに顔を突っ込むユート。体を振って、残した手でサムズアップをする。

 

「?」

「大丈夫、って意味らしいよ」

「へえ」

 

 ぬるんと抜け出たユートに続いて、三人も外へ出た。

 

 

 ディモニアナタの神殿とは打って変わって、どこか華やかな作りの神殿がそこにはあった。

 

「ここがハストナイト帝国で最も有名な神殿、酒宴の神ウォッンカルヴァ様の神殿です」

「なんで酒宴の神が一番有名なんだ?」

「ユートがさっき途中までしか聞かなかったヨズとシンラの物語に出てくるからよ」

「あー……悪かった」

 

 神殿。その入り口を挟むようにして設置された、二枚の墓碑。

 その片方には、花が供えられている。

 

「……すごいな」

「どうした、レクイエム」

「……ドロシー。君はその花の逸話を知っているよね」

「はい! この花は皇帝ヨズより先に旅立ってしまったシンラのために、ヨズが自ら供えた花と言われていて、いつまでもいつまでも枯れずにここに残っている……という話がありますね」

「そんなわけなくない? さっき少なくとも八百年前とか言ってなかった?」

「うん。だから、信徒か聖堂の人たちが定期的に変えてあげてるんだと思うけど、それほど愛されてるってことだし」

「いや」

 

 否定する。

 レクイエムは、保有する記憶の中の光景とこの花を照らし合わせて、確信する。

 

「変わってない。……前に来た時の花と、同一だ。何百年経ったと……闇の魔力で時間を? いや、術者がいないのにそれは」

「お、おいレクイエム」

「っ! ……あ、いや……なんでもない」

 

 それはどういう意味だ、と。

 流石に懐疑の目が二人から飛ぶ。レクイエムはまだ少年。

 

 そろそろ、隠しきれなくなってくる頃合いだ。

 

「大丈夫」

 

 だけど。

 

「私達もケッコー隠し事あるし。ユートとレクイエムになんか事情があることはわかってたからさ。そんな気にしなくていいよ」

「そうですね。あなた達にどんな事情があれ、聞いただけで距離を置く、なんてことはしません。お二人の人となりは、もちろんすべてではありませんが、少しはわかるようになりましたから」

「……っはぁ、だってよ、レクイエム。いや、ありがたい限りだ。……いつかホントのこと話せる日が来ると良いんだが、今はまだな」

「いつかホントのこと、でいうなら、私達も"今はまだ"過ぎて……」

 

 隠さなければならない身分。宿業。

 いつか真に心を開けたのなら、あるいは。

 

「んじゃ、また俺らは彫像を見て来るよ」

「いってらっしゃい」

 

 少なくとも今は、笑ったままで。

 

 

 鍛冶の神ウアウアの神殿まで回って──「うだはー」と、ユートが溜息を吐いた。

 

「空振りかぁ。……ハストナイト帝国はここで最後だっけ?」

「はい。あとはヤーダギリ共和国に一つと、どこの国にも属していない地域にある神殿が二つ。私が知るのはそれだけですね……」

「ま、後三つだってんならここで休んでても仕方ねえか。うっし、行くか!」

「ごめん、魔力切れ~……」

「……だったら」

 

 レクイエムの口が「あ」になる。

 しかし、もう遅い。回り込まれてしまった。

 

「──弁当タイム、だな?」

 

 別に逃げる必要はないのだが。

 もう、逃げられない。

 

 

 

 

 トゥーナは神である。豊穣の神トゥナハーデン。

 生まれた順番を兄妹姉弟の階位として見るのなら、トゥナハーデンは四番目。ディモニアナタが一番目であるというのに二人が姉妹であるのは、トゥーナの母がディモニアナタを原型としてトゥナハーデンを産んだから。

 ちなみに二人の間にはトゥルーファルスとゴルドーナが挟まっている。

 

 さて、そんなトゥーナは今。

 

「またあなたですか。……前回は許しましたが、今日はダメです。見てわかりませんか。デート中です」

「あら、そんなに怖い顔をしないで? 私はただ、トゥーナさんとお食事をしに来ただけなのだから」

「だからそれがデートだと」

「いいじゃない。少しの間だけ彼女を貸して。ね?」

 

 修羅場にいた──。

 

 

 事の発端、なんてものを遡る必要はない。

 それこそ前回の補填でリコティッシュと休日デートをしていたら、執事のハイデンを連れていないサラフェニアが割り込んできて、トゥーナの取り合いをしている。それだけだ。

 サラフェニアは人間から魔物になり、オーリ装飾品店を襲わなくなった……が、トゥーナに魅了されていることに変わりはない。

 簡単に言えばトゥーナの管理不足。監督不行き届き。アフターケアを欠かしたが故の騒動。

 

 都合の悪いことに、この修羅場は今大勢の人に見られてしまっている。

 こんなにたくさんの人間の記憶処理など行えば、果たしてどれほどの齟齬が生まれるか。母にもう何も言えなくなってしまうほどの騒動が起きるに違いない。

 

 トゥーナは考える。彼女は分裂することもできる。分裂というか増殖というか。

 それでどちらにも対応する、というのはどうだろうか。

 

 ダメに決まっている。母と設定の深掘りをした「トゥーナ」という町娘にそんなことができるはずがない。というか所謂高位に位置する人間でもできるものは限られるだろう。

 であれば全てをうやむやにできる()()を使うか。

 却下である。()()を使えば確かに全てがうやむやになるが、同時にこの都市が大変なことになる。

 

 豊穣の神に許された権能は数多く在れど、「修羅場をどうにかする」という内容のものは含まれていない。

 あるいは恋情の神シンクスニップであればなんとかできたのかもしれないが、彼女は今「戦争? バカ言ってんじゃないわよ! 今七人兄弟と姫一人って涎の垂れる展開がキてるんだから、そんなの勝手にやってなさいよ! あ、こっち巻き込んだらわかってるでしょうね!」とか言ってて恐らく協力はしてくれないだろうから無し。

 そもそもトゥーナの「人間ロールプレイ」を見たら、彼女は鼻で笑うだろう。

 

「いいですか? 僕とトゥーナさんは恋人同士なんです。あなたはお友達」

「もしかして格が違うとでも言うつもりかしら? ふふ、なんて選民思想。いやね、こんなのがトゥーナさんの恋人だなんて……ね、トゥーナさん。私と恋人になれば、あなたを縛り付けるようなことはしないわよ?」

「縛り付けてなんか」

「縛り付けているでしょう。トゥーナさんの友人付き合いを否定して、自分だけのトゥーナさんでいてほしい、なんて。……まぁ、盛りの付いたオスだと思えば、仕方のないことに思ってあげてもいいのだけれど」

「お、往来でよくもそんな恥じらいのない言葉を!」

「……もしかして、両想いだというのに、()()なの? ……見た目通り、勇ましさの無いオスね」

「ななななな、何を言って!」

 

 面倒くさくなってきた。

 どうでもいい男とどうでもいい魔物。

 なぜこの二存在のためにトゥーナが悩まなくてはならないのか。

 ……どうせならこの二つをくっつけてしまえばすべて解決なのでは?

 

 トゥーナの中に天才的な「答え」が浮かぶ。

 そして実行に移そうとした。子宝の神として、強制的な縁結びもできるのがトゥナハーデンだ。

 

「待った、トゥーナ。それは彼女寄りの思考だよ」

 

 力が吹き飛ばされる。

 結ぼうとしていた縁が風に巻かれる。

 

 これは。

 

「フ……じゃなくて、ルーン?」

「や、トゥーナ。久しぶりだね」

「──誰ですか」

「誰かしら、あなた。もしかして、トゥーナさんを狙う人?」

 

 砂色のローブを着た、碧と翠の目を持つ青年。トゥーナと同じくらいの年齢の彼は。

 

「初めまして、僕はルーン。トゥーナの……弟になるかな。といっても歳は一つも離れてないんだけど」

 

 拡散する。分散する。

 リコティッシュとサラフェニアの纏っていた欲望が、そして二人の間にあった意識が、すべて。

 それによって二人は冷静になるし──。

 

「丁度この都市に来たから再会を祝えないかとトゥーナを探してたんだけど……無理そうかな?」

「あ、いや。……家族団欒の方が、流石に優先で大丈夫です。それと……騒いでしまいました。ごめんなさい、トゥーナさん」

「私も今日の所は帰ろうかしら。ああ、トゥーナさんの弟さん。はじめまして、私は彼女の……まだ友人なサラフェニアと申します」

「これはご丁寧に。僕はルーン。この都市からは結構離れた所に住んでるんだけど、どうかな。彼女、よくやれてる? いきなりオーリ従姉さんの所で働くって言った時には驚いたものだけど」

「は、はい! 彼女の勤務態度は素晴らしいと……あっあっ、ぼ、僕はトゥーナさんの恋……あの、えと、同僚のリコティッシュという者です!」

「ということは、君もオーリ従姉さんのところの従業員なんだね。……どう? ここだけの話、オーリ従姉さんって時々空気が読めないとか……そういう愚痴あったりしない?」

「いえ、いつも冷静でいつも頼りになって……僕が一番尊敬してる人です」

「……へえ」

 

 ルーンが家族の話に持って行ったことで、二人の意識は完全に外れた。

 

「……あ、そうだ。従姉さんの店ってもうそろそろ閉店する時間だっけ?」

「そう……ですね。もう数刻は閉じませんが、そろそろなのは間違いないです」

「じゃあちょっとオーリ従姉さんにも挨拶したいからさ、……良い?」

「だい、大丈夫です! トゥーナさんも、弟さんと楽しんで!」

「はい、ありがとうございます」

「また今度、ね? トゥーナさん」

「はい。また今度お食事しましょう」

 

 こうして、トゥーナは修羅場から脱することができたのである。

 

 

 にしても、と。

 声に出さない念話で、笑いの隠しきれない感情をそのままに言葉が届く。

 

「トゥナハーデンが母さんの真似事をしてて、しかも人間の愛恋に頭を悩ませているなんて……いや、面白いなぁ!」

「はぁ……一番知られたくない奴に……」

「おいおい、助けてあげたってのに酷い言い草じゃないか。ね、()()()()?」

「ちゃんとえげつない呪いかけますよ」

「僕に限って言えば効かないから問題ないよ」

 

 流離の神フォルーン。

 遠出をする者や冒険者などが祈る神で、それに纏わる権能の他、「何者にも縛られない」という性質を持つ。

 であるが故に、「母」以外の神からの干渉を受けないという強力な位置を有している。

 

「それで、何用ですかいきなり」

「いや、トゥナハーデンに会うつもりはなかったんだよ。母さんに用があってさ」

「はぁ。なら念話で良かったのでは?」

「母さんを人間ロールプレイから外さないためにも、人間の身体で話しかけてあげた方が色々都合が良いのさ」

 

 彼は今回の戦争において、敵側陣営につくと宣言している。

 といっても神々の間での仲違いなど起きない。意味が無いことを知っているからだ。

 

「用とは?」

「おかしな話なんだけどね。ヨヴゥティズルシフィが母さんに感謝したいんだって。でも直接会うのは嫌だから、僕に行ってきてほしいって話で」

「ママに感謝? ……というより、あの子起きてたんですね。誰にも信仰されなくなって眠っているものだとばかり」

「だからこそなんじゃない? 今朝くらいかな、届いたらしいよ。他の神へのもののおこぼれとかじゃなく、ヨヴゥティズルシフィへの直接の祈りが。それで彼ってば飛び起きたらしくてさ。祈りを上げた子を見たら、母さんの縁者だとかで。一万年近く祈りを受け取ってなかったから、それはもう美味しい美味しいってさ」

「あー」

 

 信仰グルメに関しては、まぁ、トゥナハーデンも理解が及ぶ。

 祈りには味があるのだ。それは嗜好品に過ぎないけれど、生活に根差しているが故に毎日祈りを食べることのできているトゥナハーデンは、だからこそわかる。

 

 一万年も無味で、突然上質な祈りが入ってきたら……飛び起きるのも、わざわざ世界の記録を漁ってまで信徒を調べて経緯を洗うのも、そこから「母」へ感謝を述べようとするのも、納得がいく。

 フォルーンの性質は風。どこにでいるしどこにもいない神だ。メッセンジャーとしては言語の神セノグレイシディルよりも適任だろう。

 

「直接に会いに来ない、というのが引っかかりますが」

「昔からじゃないか。ヨヴゥティズルシフィが母さんを怖がってるのは」

「別に会ったからといって殺されるわけでもないでしょうに」

「君やディモニアナタのように何も考えていない神ばかりじゃないってことさ」

「……本源から呪いますよ?」

「良いけど、僕じゃない誰かが苦しむよ?」

「今度、ママにお願いして一時的にでもフォルーンに干渉できるようになる装飾品を作ってもらおうと思います」

「うわ多分なんでもなく作れるんだろうなー……」

 

 二人は、オーリ装飾品店につく。帰ってくる。

 そして──見ることになる。

 

 

「はい、オーリさん。あーん、ですよー」

「あー」

 

 なぜか人間(イルーナ)にご飯を食べさせてもらっている、母の姿を──。


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