神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「サービス精神に溢れている」

 リコ君とトゥーナがデートに行ったからだろう。

 イルーナさんは、珍しく彼女に個人依頼が来た装飾品を作りながら、こんな話を振って来た。

 

「オーリさん……恋愛って、どんな感じなんですかねー」

「まぁ、見ての通りなのではないですか? リコ君とトゥーナの」

「うーん。……私、恋愛のお話は好きなんですけど~、自分が、ってなるとさっぱりで……。オーリさんは恋愛経験とかって」

「それなりにはありますよ」

「ですよね~、無さそ……ええっ!?」

 

 その反応は大分失礼なのではないだろうか、とか思いながら。

 過去にやって来た「人間ロールプレイ」における恋愛を色々思い出す。アンネとフランキス。ヨズとシンラ。スケイルスケイルとマンタッタ……などなど。

 こちら側から求婚することもあれば、求愛されることも、どちらもそれなりにあった。

 

 私がその人間に何を思っているか、ではなく、ロールプレイしている人間が何を考えているか、で恋愛は起きるので、愛の所在はおろか意思の介在さえもない場合がほとんどだが。

 

「あ……あれ、でも確かー、オーリさんはご結婚されてなかったようなー」

「ええ、していませんね。でも、今していないことは過去にしてこなかったことにはならないでしょう」

「それはそうですけどー……。え、……えっと、その……聞いても良いんですか~? その……オーリさんの恋愛話って」

「手を動かすのがおろそかにならないのであれば、構いませんよ」

 

 そうして始まった恋愛談義。

 まぁアスクメイドトリアラーであるイルーナさんが恋愛経験皆無なのは当然にしても、「オーリ・ディーン」が恋愛経験豊富というのは確かにちょっと意外過ぎたかもしれない。「たった一人だけ」とか言っておいた方が良かったかな。

 

「じゃあその……一番目の相手は、どんな方でしたか?」

「一番目……」

「はい~。オーリさんが、最初に恋をした相手です!」

 

 一番。最初。

 それは……今人間に発見されている桁数では数えられない程前の「歴史」における事象になる。

 子供達さえ産んでいなかった頃の、まだ何も知らない私の「人間ロールプレイ」。その三回目か四回目あたりの。

 

「求愛の言葉は、"すまねえ。無理だ"でしたね」

「へ……」

「"離れなきゃいけないのはわかってる。お前が俺たちとは違うってわかってる。お前が俺たちをどう見ているのかだって……うすうす気付いてる。でも、すまん。無理だ。諦めきれねえ!"と」

「……きゃあ」

「彼は……そうですね。容姿を言うなら、筋骨隆々で、体中傷だらけで」

 

 頭に角があって、口には牙があって、目が縦に割れていて。

 

「その雄叫びは遥か遠くにまで響き渡る……いわゆる乱暴者、という表現のぴったり合う男性でした」

 

 獅子の魔族。あの頃の呼び名は魔族ではなく獣人だったか。

 肉食魔獣の頂点、その一角に君臨するザグムという魔獣の系譜たる獣人であり、少なくともパワーという面においては「最も強い」という言葉が当てはまっていただろう彼。

 名をアフミス・アラン。初めて私に求婚した生命体であり──。

 

「"すまねえ。こうなることは予想できてた。……くだらねえ夢を見せた。……すまねえな"なんて言って、彼は私の首をへし折り(を振って)全身を串刺しにして殺しました(別の町へ行ってしまいました)

「ええ!? お、お相手から求愛してきた……んですよね?」

「そうですね。だから謝ったのでしょう」

「そんな……謝ればいいという話ではありませんよ~! そんなの、オーリさんが傷つくだけじゃないですか……」

「ああなることが予想できていたのは私も同じでしたから、告白を受けるべきではなかった、とも言えます」

「うう~」

 

 初めて私を捨てた男、ということになる。

 ただ、彼が私を捨てたのは「人間と獣人だったから」ではない。

 求婚の時点で彼や彼の仲間たちは私が人ならざるモノであると気付いていた。だから殺した。ただそれだけだ。

 彼らが元々人間と獣人の混合部隊で、その混合部隊の設立理由が「神殺し」であったのだから……まぁ、さもありなん。

 

「その……今に至るまで続いてない時点で、ではありますけど……もう少し幸せなお話ってないんですかー? こう、それこそ今のリコティッシュさんとイルーナさんみたいに、休日は毎回デートにでかけて、みたいな」

 

 無い。

 前にも述べた通り、私はまだ老衰で死んだことが一度もない。私の「人間ロールプレイ」は必ず志半ばだ。

 ゆえに、私の恋愛体験は全てが悲恋で、すべてが死別。こちらが先に老衰で死んだ、あちらが先に老衰で死んだ、もない。すべての時において、なんらかの理由で死が発生し、私はロールプレイの変更を余儀なくされる。

 

 フランキスも、シンラも、マンタッタも。どれだけ遡っても、アランにまで辿り着いても。

 その死に幸福があったとは、言えないだろう。

 であるならば、これらを「オーリ・ディーン」の恋愛経験にコンバートした時……「オーリ・ディーン」は悲しそうな、あるいは少しだけ影を帯びた顔をすべきだ。

 

「ご……ごめんなさい~。私、オーリさんにそんな顔させるつもりはなくて」

「まぁ、今は仕事が恋人ですから。そこまで落ち込まれずとも」

「──わかりました。決めました」

「はい?」

 

 決意の漲る目。

 え、なに。

 

「私、お芝居が好きで、演技が得意で……だから、オーリさんを幸せにする恋人役、やります~!」

 

 ……それは。

 

 ちょっとわかんないかもです。

 

 

 

 

 店を閉じて。

 

「それであんな風に餌付けされてたんだ。なんというか、母さんの人間ロールプレイって色々あって面白そうだよね」

「珍しく肯定的な意見をする。でもあまり露骨にならない方がいいよ、フォルーン」

「う。……そうだね」

 

 あの「あ~ん」はイルーナさんなりの「幸せ恋人像」の一つだったらしいけれど、一応述べておくとこの長い長い「人間ロールプレイ」において一度は熱を持った恋愛ごっこにおいても、「あ~ん」なんてやったことはない。なぜ目を閉じる必要があるのか。なぜ食べさせてもらう必要があるのか。腕が折れているとか病で身体が起こせないとかであればまだ納得がいくけれど、平時でそれをやる意味とは一体。

 とはいえイルーナさんの「頑張り」を邪魔する気力が「オーリ・ディーン」にはないので、ああしてなすがままになっていたという次第だ。

 

「それよりフォルーン。人間との恋愛の話なんてどうでもいいから、気になっていることを聞きたいんだけど」

「え、母さんが僕に聞きたいこと? ……怖いな」

「戦争、するんでしょ? 私達対そっちの勇者と魔王陣営で。なのにまだ元来の勇者と魔王が合流できてないの、どうにかならないの」

「ああ……それかぁ」

 

 フォルーンは、溜息を吐く。

 

「いや……こっちでも頭を悩ませててね。ほら、ギギミミタタママの神殿ってこの大陸に無いでしょ? 彼女、それを失念したまま"何かあったら神殿へ来い"とか言ったらしくてさ。加えて彼女、名乗りもしてないみたいなんだよ」

「夢枕に立てばいいのに。得意でしょ、あの子」

「ママ。ママなら魔王の目を掻い潜って魔王の隣にいる人間の夢に入る、とかできるかもしれないけど、私達じゃ無理」

「そういうこと。現状、魔王は異世界の勇者と行動を共にしている。ほとんど異世界の勇者が魔王をリードする形でね。だからギギミミタタママが彼に会うためには、彼が自ら会いに来てくれるのを待つしかない。魔王だけでもガードが硬いってのに、大事な信徒だから、ってヨヴゥティズルシフィまでもが今護りの姿勢に入ってる。ギギミミタタママじゃちょっかいなんかかけられないよ」

「今代勇者も恋人の騎士と引っ付いていて、動く様子が全くないですよね。なんというか、戦争をしようにも準備が整わなさすぎてこっちも肩透かしを食らっています。ディモ姉だって、"折角目新しい試練をやってるのに人間が来ない!"って喚いてましたよ。昔ならまっさきに勇者が飛び込んできてたのに、って」

 

 なんとかしようとおもえばできる。

 強制的に引き合わせることも、無理矢理互いを意識し合わせることも、魔王をどうにかすることも。

 でもそれじゃあねえ。

 

「うーん。何か、魔王と異世界の勇者と今代勇者、三人が揃わないと解決できないこと、とかが起こってくれたら一発だと思うんだけど……」

「天龍はダメだよ。そろそろ"換期"だし」

「わかってるよ。……わかってるけど、ほらアレ……あのホムンクルス。良い感じに使えたりしないの?」

「アンネ・ダルシアもダメかな。"復活した魔女ロールプレイ"中だし、フランキスと接触しかねないのも面倒だし。似た理由でこっちの他の手駒はあんまり使いたくない」

「対してこっちには動かせる手駒がいない、と。……ううん」

 

 手詰まり、だ。

 ならばやっぱり偽物の魔色の燕あたりが動いてくれると予想して、待ちの姿勢で「オーリ・ディーンの日常」を続ける他無いか。

 

「逆に引っかけてしまえばいいのでは?」

「……魔王を、かい?」

「ええ。たとえば夜、誰もが寝静まった頃などに、魔王が私達の気配に気付き、宿を抜けだしたら……その異世界の勇者なる存在は魔王を追うでしょう。共に行動しているのですから」

「そこになんとかして今代勇者を誘い込んでおく、って? それだと今代勇者が僕達の使徒みたいなかんじにならない?」

「ああ……そうか。神の気配を追いかけてきたら、今代勇者が……ってなったら確かに面倒かもしれません」

「なら、偽装する?」

 

 人間の肉体。その指に、少し大きめの腕輪を引っかける。

 

「神の気配を、神ではない何かの気配に変えるアクセサリー。『見過ごしのアントロジー』」

「……神ではない何か、って?」

「言葉の通り。人間でも魔族でも神でもない何かの気配に偽装する。神はその場にいるだけで威圧感や足を折りたくなる感覚を周囲に振りまくけれど、その気配そのものにフィルターをかける。魔王なら気付くよ。それが何かおかしな気配であると。あるいは勇者も気付くかもしれない。少し調整すれば、"その三人だけが気付く気配"にだって変えられる」

 

 神の威光は、そうであるようにと私が設定したものだ。

 秘匿の神を除いて、神々とは隠れることができてはならないと──。もっとも今のトゥーナやフォルーンのように人間の肉体を用意していればその限りではないのだけど。

 

「問題は、誰が引き付ける役をやるか。言っておくけど私はやらないよ」

「私もそちらの陣営の人数が足りなかろうと興味はありません」

「……もしかしてだけど、僕に"人間ロールプレイ"をやれ、って言ってる?」

「人間である必要はない。だけど、ほら。昔から、いろんな子供達から苦情は上がってたんだよね」

「く、苦情?」

「"フォルーンだけ自由自在過ぎてズルい"って」

 

 ちなみにこれは本当。

 トゥナハーデンだって先ほど不満を抱いていたようだし、他の神々もまた「フォルーンが悪いのにフォルーンへ罰を与えられないのはズルい」とか、「あいつ、何物にも縛られないからってウチのトコ好き放題して帰ってった……信じらんなくない!?」とか、「フォルーンが時折見せる、"ま、僕に害はないから良いけどさ"みたいな顔に、時折殺意を覚えます」とか。

 そうあるように私が作っておいてなんだけど、彼はその立場を悪用し過ぎたのである。

 

「いいじゃないですか。流離の神フォルーンとして、あるいはその使徒として彼らの前に姿を現し……そこでどうにかその三人をくっつけることができれば、あなたの目的は果たされるわけですし」

「それに、上手く行けば信仰も集まる。失敗して信者が減ったとしても、大して気になる量でもないでしょ」

「い……いやぁ……。僕は母さんやトゥナハーデンみたいにはできないよ」

「やったことないのに無理とか言わないでください。私だっていきなりやらさ……やって、こうして続けられています」

「何事も経験だよフォルーン」

 

 腕輪……『見過ごしのアントロジー』をフォルーンに投げ渡す。

 風を使ってそれを受け止めた彼は。

 

「……母さんはともかく、トゥナハーデンは絶対意趣返しだよね」

「もちろんです」

「はぁ……」

 

 はい、決定。

 良いね。着々とロールプレイ神口が増えて行っている。アザガネの時のディモニアナタも「厳かな神ロールプレイ」をしていたようなものだし、いつか神全員がロールプレイをして人間社会に紛れ込む、みたいな日も来るのでは?

 

 それは……案外楽しみかもしれない。

 

「決まりですね。じゃあ早速設定を詰めましょう。この時間が一番楽しいですよ、フォルーン」

「ああ、そうかい……」

 

 安心するといい。

 経験値で言えば、私の右に出る者はいないのだから。どんと頼ってくれていいよ、フォルーン。

 

 

 

 さて、設定に設定を詰め込んだフォルーンを送り出して、午後。

 面白そうなので……もとい気になるのでと、気取られない超遠方からそのシーンを覗きについていったトゥナハーデンに言い知れぬ成長を感じながら、「買い物」をする。

 

 当然だけど、「オーリ・ディーン」は人間だ。だから食べなくてはいけない。

 する必要のない食事と排泄、あるいは体内流転において起きる脱毛や発汗。そういった「もし調べられてもそうそう人外とは判定されないようにする工夫」を私は常に行っている。まぁ昔やらかしたから学んだともいう。

 だからこうして「買い物」をしなきゃいけないし、ちゃんと支出やらなにやらについて考えていることにしなければならない。

 

「あ?」

「あれ」

 

 そういう、「人間ロールプレイをするときにやっているルーチン」を回していた時のことだ。

 

 アルゴがいた。その小さな体には大きすぎる紙袋を持ったアルゴが。

 中には食材。

 

「──お使いですか?」

「誰だお前。初対面のガキに優しく話しかけるってのは、つまり誘拐と見ていいんだな。叫ぶぞオレは」

「いいじゃないですか、世間話くらい」

「──! ……おいコラクソ女。大声が出ねえぞ」

「出されると面倒なので。……しかし、中々様になっていますね」

「ア?」

「あなたをその姿にしておくのは短い期間のつもりでしたが……騎士シルディアと勇者レインとの家族ごっこ、そんなに楽しいですか?」

 

 煽ってみた。

 ……しかし、感情結晶が反応しない。自制しているわけじゃない。怒りが本当にゼロ故だ。

 

「心地いいな」

「……素直ですね。精神操作でもされてます?」

「されてねぇのはお前が一番わかってんだろ。……はぁ、かったりぃ。ちと場所変えんぞ」

「ええ、構いませんよ」

 

 音消しと姿消しの魔法を使って移動を開始するアルゴ。

 私もこの場にいた「オーリ・ディーン」の記憶を彼以外から消し去って、彼に追従する。

 

 いくつかの路地裏と屋根を通り抜けてきた場所は……寂れた公園らしきところ。

 珍しい。この都市は割とこういう場所の整備は欠かさないはずなんだけど、チェックから漏れているのかな。

 

「結界でも張って、音と姿を消してくれ。んで言論操作も一時的にでいい、解け」

「いいでしょう」

 

 言われた通りの操作をする。

 この場所は一時的に人々の知識から消えるし、彼にかけていた言論操作にもかなりの緩和を施す。

 

「……ワシは騎士団の裏切り者だ。……よし、ちゃんと言えるな」

「確認方法が自虐的ですね」

「はン、平時ならすべて言えんからな。これが手っ取り早い」

 

 自身の状態を良く調べているらしい。

 流石、と言っておこうか。言わないけど。

 

「後悔している」

「唐突ですね」

「騎士団を乗っ取ろうとしたこと。ニギンの奴を殺そうとしたこと。それへの後悔はない。……だが、シルディアとレインを殺し合わせたことは、後悔している。あの二人は……ワシのような日陰者の手でその顔を曇らせるべき人間ではなかった」

「絆されましたか」

「何とでも言え。……トチ狂ったとでも思えばいい。ワシは、ワシより若きあの二人の子という立ち位置に、居心地の良さを覚えている。あの二人があまりにも眩しく、善なるものであり過ぎて、瞳を灼かれてしまったらしい。……ゆえに、頼む」

 

 アルゴは。

 アルゴ・ウィー・フランメルは。

 

「ワシを使うというのなら、今にしてくれ。これ以上あの二人のもとにあっては、ワシはワシを保てん。いずれ奴らの敵となるのであれば、今が良い。これ以上"心熱(ねつ)"を育めば、……その時、耐えきれなくなる」

「長年怒りを抑え込み続けた自制心はどこへ行ったのですか?」

「何とでも言えと言っている。だが、ワシの頼みは変わらん。これから先も奴らの優しさに触れていくくらいなら、今ここで『朱怒結晶』の言いなりとなり、怪物と果てて討伐された方がマシだ」

「……」

 

 感情結晶の持ち主の末路は邪悪。それが決定づけられている。

 

 だけど。

 果たして、この騎士は、本当に邪悪の道を辿るのだろうか。

 

 興味が、湧く。

 

「……アルフ・レッド」

「……ワシが騎士の若いのにそう呼ばれているのは知っている。それがなんだ」

「あなたに名を与えます。アルゴ・ウィー・フランメルの名を棄てる必要はありません。ただ、今のあなたにアルフ・レッドの名を定着させます」

 

 それは書き換え。

 改変は必要ない。

 ただ、この水晶玉に。

 

 彼の名を刻み込んだだけ。

 

「『朱怒結晶』をこの世に生んだのは、間違いなくアルフ・レッドです。彼はお伽噺の存在ではなく、実在の人物でした」

 

 つまりまぁ、私なんだけど。

 

「あなたに上げます。──彼の一生を。彼の全てを」

 

 アンネ・ダルシアと同じだ。

 私が行っていた「人間ロールプレイ」が「アルフ・レッド」という「外側」を剥がし、そういう人間がいたということにして、それをアルゴに植え付ける。

 

「──が、ぁぁあ!?」

「三十余年分の記憶ですので、多少の頭痛はすると思いますが……どうぞ、好きに振舞ってください。アルフ・レッドの生まれ変わりとして。あるいは元の、アルゴ・ウィー・フランメルとして」

 

 "改変"を行う。

 彼は市場から姿を消していない。彼はこの公園に来ていない。彼は私に声をかけられていない。

 ここで過ごした時間はそのまま帰路に使われ、まだ帰っていない二人に溜息を吐いたアルフ・レッドは、買って来た食材をテーブルに置いて、眠りに就く。

 

 思い出せ。

 戦え。そして勝て。『朱怒結晶』から流れ込んでくる「アルフ・レッド」の記憶と。

 今私に植え付けられたのではなく──そういうものである、と。

 

 そして。

 

「邪悪か、克己か。……どちらに転んでも、あなたは良いサンプルになりそうですね」

 

 期待の言葉を、送ろうと思う。

 

 

 さて、此度の"改変"に対し、止めに入ってくる神はいない。

 当然だ。神々でさえこの"改変"には気付けないのだから。

 

 だから、それはおかしい。

 

「──こんな寂れた公園に何用ですか、青肌の魔族さん」

「思い出すよ、この感覚。アンネがよくやってたナニカだ。──会いに来たよ、ボクの元恋人」

 

 この公園を知識から消す結界は解除していない。

 アルフの転移時にも穴をあける、なんてことはしていない。

 そして……感覚であるとはいえ、神々でさえも気付けない"改変"に気付いた。

 

「変態ですね。叫びますよ?」

「まだるっこしい話は無しにしようよ、アンネ。そして、そんなに警戒しなくていいよ。これは愛の為せる業だし、ボクがしに来たのは探り合いじゃなくて宣戦布告だし」

 

 魔族。

 フランキス。

 

「宣戦布告、ですか」

「うん。君に生きる意志を与えられなかったボクからの、贈り物」

「……宣戦布告が、ですか」

「そうだよ。……ボクは今のアンネに恋をした。君が作ったホムンクルスのアンネ。アンネ・ダルシアの容姿にさせられた無垢なる命」

 

 それはそれは。

 何とも……損をする生き方しかできないのだろうか、この魔族は。

 そんなの、報われるはずがないのに。

 

「君、黒幕だろう。ボク達の世界で悪いことをしている奴だ。あははっ、すごいよね。今の君は本当に単なる人間だ。塵同然。でもボクは君に勝てない。いいや、君の首を切り裂くことも、頭を引き千切ることも可能だろう。でもアンネに絡まった糸は解けない。それってつまり、君を殺しても君は死なない、ってことだ」

「随分と憶測で物事を語るのですね。私は」

「君が誰であるかなんてどうでもいい。言ったろ、宣戦布告だって。──こっから先、ボクがどうなろうと、世界がどうなろうと、ボクはアンネの幸せのために動く。だからさ」

 

 フランキスは、左手をこちらに差し伸べる。

 その左手首を右手で掴んで。

 

「ボクのこと、振ってくんない?」

「──ったく、親離れができない子でもないんだ。死別でキリがいいとは考えないのかねぇこの浮気者は。ああ、要らないよ、アンタなんか。最初から好意なんて無かったんだ。……用済みになったのなら、捨てるだけさね」

「うん。ありがとう」

「惚れた女がいるんだろう? ソイツの側にいてやんなよ。じゃないと、嫉妬に狂った大魔女がソイツを殺しちまうかもしれないよ?」

「うん。……ありがとうね」

「ただ、まぁ……なんだ。達者でね、フランキス」

「……そうだね。アンネは決して、ボクに優しい言葉なんかかけなかった。アンネ・ダルシアは死んだ。君はアンネ・ダルシアではなく、彼女はもう存在しない。……ありがとう、名も知れない誰か。ボクが愛したアンネ・ダルシアは、君が演じていた薄っぺらいものだったのかもしれないけど──」

 

 その手に。

 

 感情結晶を、出現させた。

 

「君を愛したことを、後悔するつもりはないよ」

「……『黒縁結晶』。それはそう呼ばれています」

 

 アンネ・ダルシアが遺した唯一のもの。

 騎士団に管理されていたはずだけど……盗み出したのか、あるいは。

 

「ねぇ、君の名前を聞かせてよ。ああ、『オーリ・ディーン』の方じゃなくてさ。君の本当の名前」

「好きに呼べばいいでしょう。私は敵なのですから」

「じゃあ、天龍達に倣ってヅィンと呼ぼうかな」

「そうしたければどうぞ」

 

 フランキス。

 いいじゃないか。

 

 あなたも、超えて見せて欲しい。邪悪ではなく、アンネ・ダルシアを幸福にせんと動く滅私の在り方を。

 あなた達(創造物)()の想像を超えていくというのなら、それに越したことはない。

 

「ただし、忘れぬことです」

 

 気分が良い。

 だから少しだけ、見せてあげよう。それで辿り着くのなら辿り着いてみせてくれ。

 

「あなたが今敵と定めたものが──」

 

 濁流が向かう。突然のことに、けれど反応し、空高くへと飛び上がったフランキス。

 その足を、腕を、胴を、掴む。

 

 原色の魔力。牙を立ててもびくともしない。抵抗は一切が許されない。

 

「世界であるという、その事実を」

 

 彼をそれで覆い尽くし、埋め尽くし。 

 

 ──彼をあのホムンクルスの場所へと、送り返す。

 公園には静けさが戻り、誰も訪れない場所は、誰も訪れないままに眠りに就く。

 

「敵が増えていく一方だけど……それを楽しいと思うのは、果たしてどれくらいぶりかな」

 

 思わず鼻歌なんか歌ってみたりして。

 昔々の詩。恋を謳う星々の唄。

 

「Rakts are seiga chon io chillt ok, So reh anigin gachon iritti kocawthe. Rakts are seiga chon in ganwthe, So reh anigin gagin ik iriowthe.」

 

 ああ、落とされ星に願いを込めて……なんて。

 私が作った(そら)に、思いを馳せてみたりして。

 

 

 

 

 カーテンから漏れ出でる月光。その先にある星々を見ながら、彼は呟きを吐く。

 

「落とされ星が、共に落ちる時。それは二人が共に、立ち向かう時。落とされ星が、共に願う時。それは二人が互いに、祈りあう時」

「……詩ですか?」

「ああ。……随分と懐かしい詩だ。それが彼女の記憶に強く刻まれているということは、喜ばしいことなのかもしれないな」

「彼女? 誰ですか?」

 

 彼は優しく笑って、少女の頭を撫でた。

 

「私達のような紛い物ではない……本物の魔色の燕、だよ」

「紛い物? 本物?」

「……君にはまだ早かったね」

 

 夜はまだ。

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