神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Enozefas」

 空を黒が覆う。

 立ち込めるように。立ち上がるように。

 それはまるで、彼の前の世界における、入道雲の形成のようだったから──瞬時に理解ができた。

 

「ッ、レクイエム! 防ぐ奴だ!」

「ティア!」

 

 闇が。黒が。

 降る──降り注ぐ。しとしとと。さめざめと。

 

 否だ。

 アレは。

 

ガルド・ソリド(──・──)!」

 

 間一髪でレクイエムの防御が間に合う。半球状の結界。

 そして見ることになるだろう。いくらこの場が何もないといっても、草木はあるし大地がある。

 でもそれが、すべて……黒に沈んでいくその様を。

 

「なんだこりゃ……酸か?」

「……違うよ、ユート。これは」

 

 すべてが。

 

「死、だ」

 

 生死の神ディモニアナタ。あの眷属を殺したその瞬間に出てきた、本物。

 彼女の降らせる雨は、すべてを等しく死なせていく。

 殺すのではない。

 死を与えるのだ。

 

「……マズいな、そりゃ。……ティアとドロシーは」

「私達は大丈夫」

「どわっ!?」

 

 背後から声がして、ユートはそれはもう驚く。

 周囲、結界以外の全てがどろどろに溶けて死んでいく中で、その声は少し元気過ぎたかもしれない。

 

「……僕の結界の中にまで入れるのか、それ」

「勝手に入ってごめん」

「いや、無事で良かった。……それより勇者の方がマズそうだ」

「あいつらは結界とか張れないのか?」

「張れても人間程度。僕でさえ今張り直しをし続けないと保たせられないのに、彼女らじゃ時間の問題だろう」

 

 雨が降り止む様子はない。

 レクイエムは半球状の結界を球体に切り替える。でないと、足場から持っていかれるのがわかったからだ。

 

「僕達も何か策を考えないとマズい。幸いティアのソレはこの雨の影響を受けないことがわかっているから、逃げるのは簡単だ。でも」

「追ってこられたらヤバくねぇか」

「ディモニアナタ様が人間の大量虐殺をする、なんてことは考えにくいですが……」

「あのルーンとかいう使徒がディモニアナタの眷属だったんだから、もうその考えは捨てた方がいいでしょ」

「ティアの言う通りだ。何事も悲観的に考えた方がいい。常に最悪をね」

 

 だとして、どうするか。

 逃げ場など。

 

「……逃げる場所なら、ある」

「……私も同じ場所を考えた」

「本当かい? 君達の好意を無下にするつもりはないけれど、相手は神だよ」

「大丈夫。あそこは、神様だって気軽には入って来られない場所だ、って教わったから」

「よし、んじゃそこで決定!」

「ユート、今は慎重に考えないと」

「どの道思いつく場所がねぇんだ、そこ以外ないだろ。ただ」

 

 ユートは、黒を見る。

 光など全て遮られているけれど、黒の奥を。

 

「あいつら拾ってからだ。ティア、聖霊の小路ってのは寄り道は」

「ごめん、できない。自分のとこから定めた箇所への一直線しか引けない」

「つーことは、あいつらをこっちに引き寄せてから小路に入りゃいいんだな」

「……言いたいことはわかったよ、ユート。少し手荒になるけど、引き寄せるのは僕がやる。だから」

「ああ。一秒か二秒か。一瞬だけ雨をぶっ飛ばす」

 

 大剣を構えるユート。迸る光は、降る死に負けない。

 

「タイミングが大事だ。行くよ」

「おう!」

 

 

 

 呼気が荒い。

 レインの呼気がとても荒い。シルディアはそれに気付いていた。

 フォルーンの使徒を名乗っていたナニカ。漏れ出でた魔力を見て魔王はソレをディモニアナタの眷属であると呼んだ。

 レインにとってのトラウマ。死後の世界。死後の苦界。

 

「は……っはぁ、っはぁ……!」

 

 ピシリと、嫌な音が鳴る。

 

「レイン」

「大丈夫! ……大丈夫。勇者は、誰かを護るための戦いなら、無限のパワーを引き出せる。……大丈夫。私がディアを護るから」

 

 今、レインとシルディアのいるこの空間は、レインの光の魔力、その飽和によってつくられた結界で保っている。

 少しでも。

 少しでも、レインが魔力出力を下げれば……たちまち二人は死に溺れるのだろう。

 

 また、嫌な音が鳴る。

 

「大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫……私はもうここにいる。あの苦しい場所じゃない。私はここにいる。私はここにいる……」

 

 見守ることしかできない。

 シルディアには、この死雨をどうにかすることも、彼女に声をかけることもできない。

 だって彼女をあの世界に追いやったのは、ほかならぬシルディアなのだから。

 

 大丈夫大丈夫……。

 自らを励ます声が続く。けれど、ああ、この雨に終わりはあるのか。

 あるいは永遠に。この黒は、やはり、レインを逃がしてはくれないのか。

 

 本当にレインは──あの苦界から逃げ出すことができたのか。

 これは一抹の。だから、苦痛によって死滅した彼女の魂が見る、単なる夢なのではないか。

 気を抜けば。目を覚ませば。

 

 また、あそこへ、逆戻──。

 

「『烈光Lv.100』!!」

 

 光が黒を切り裂く。死を蒸発させる。

 開いた。道だ。

 

 だから、シルディアは彼女の腕を掴む。夢か現かわからなくなっている彼女の手を引っ掴んで、開いた道へと突き進む。

 

「『烈光Lv.100』!!」

 

 二発目。空いた穴を埋めんとする黒を、またも白が塗り潰す。

 それでもまだ遠い。シルディアが全力で走っても、道の先──彼らの居る場所へは辿り着けない。

 

「『烈光Lv.100』! すまねぇ打ち止めだ!」

 

 三本目の光が空を通過したあと、そんな声が聞こえた。ユート・ツガー。異世界の勇者。

 足りない。無理だ。届かない。ならばせめて、レインだけでも。

 

「ドロシー! 君の使える最大範囲の魔法を!」

「はい! 氷層の拝謁(アウデンク・イクス)!」

トナウロン(──)!」

 

 レクイエムの張っていた結界が消える。代わりにドロシーの魔法……氷の壁のようなものが出現するが、すぐに死に浸されて行く。

 でも、十分だった。人間二人を引っ張り上げるのに、あまりにも十分すぎる刹那。無色の魔力で形成された「手」が、二人を掴む。

 

「みんな、入って!」

 

 そして。

 

 死が、草原にクレーターを作り上げた。

 

 

 

「……っぶねぇ」

「みんな、無事?」

「私は大丈夫」

 

 聖霊の小路。

 直線の神ヨヴゥティズルシフィの信徒として──ティア本人は知らないが──最大限神の恩寵を受けているこの通路は、ディモニアナタの死に侵されはしない。

 入り口を完全に閉じてしまえば、一種のシェルターとして最高の働きをする。

 

「レイン。レイン……大丈夫だ。ほら」

「……ぁ」

 

 そして、何より見た目が良かった。

 光に溢れた道。苦界を連想させる死雨の正反対。あまりにも幻想的なその場所は──前後不覚になりかけていたレインを引き戻す。

 

「ディア……」

「ああ。私はここにいる。大丈夫、君は帰って来たんだ。……大丈夫だ」

 

 シルディアの胸の中に包まれ、静かに泣き始めるレイン。

 その様子を見れば、なぜレインがディモニアナタの討滅をレクイエムたちに謳ったのかわかるというものだ。

 

「レクイエム。もしかして」

「うん。彼女は……蘇ったんだと思う」

 

 魔王の転生。

 同じ世界に舞い戻り続ける魔王の転生は、であるからこそこの世界にいない間も「記憶」が蓄積され続ける。

 苦痛。苦界。その世界の記憶を、レクイエムもまた有している。

 

 人間に耐えきれるものではない。耐えきれるものがいたとすれば、それはすでに狂い堕ちた獣か何かだろう。

 

「──ユート・ツガー。そして、魔王の……いや、レクイエム」

「ん」

「……」

「ありがとう。助けられた。今までの無礼、すべてを詫びよう。……そちらのお嬢さんたちもだ。先程の作戦会議でも思ったが、本当に頼りになる」

 

 胸に抱いたレインを撫でながら、シルディアは四人に目礼をする。

 

「おう。アンタも流石だな、イケメン。最後、彼女をこっちに投げようとしてただろ。でもやめろよ、それ。一生消えねえ傷になるぞ」

「……ああ」

「詫びられたくらいで殺されかけたことが帳消しになると思われるのは困るね」

「レクイエム! 今のは寛大に許すとこでしょ!」

「いや、ティア、私達は事情知らないんだし、口挟むのやめとこうよ……」

「帳消しになるとは思っていない。ただ、殺すのだけはやめてくれ。それ以外の方法でなら償おう」

「……今、ユートに"そういうこと気軽に言うな"って言われたのわかってないんだね。今代勇者も大変だ」

 

 肩をすくめて首を振って。

 レクイエムは──いつもの皮肉に満ちた顔で、言う。

 

「要らないよ、君の償いなんて。そもそも人間に殺されるのなんか慣れっこなんだ、今更さ」

「そうか。ありがとう。恩に着る」

「ふん」

 

 けれど、慣れていた。

 シルディアは、皮肉ばかりいう子供(アルフ)に慣れていたから、その意図がしっかり通じた。

 この子供は、根っこの部分は優しいのだと。

 

「……ディア、もう大丈夫だから、離して。……少年少女の前で抱き着いてるの、そろそろ恥ずかしいわ」

「何を恥ずかしがる。私達は恋人なのだから──」

「いいから。……ふう。ごめんなさいね、皆。みっともないところを見せた」

「死後の苦界を知っているのなら、そうなるのも当然だ。僕はそれを情けないとは思わないよ」

 

 かけられたのは皮肉のない労り。

 シルディアも、なんならユートも驚く混じり気の無い優しさ。

 

「……その反応、何?」

「いや?」

「いや……」

 

 多分、大人二人は通じ合ったのだろう。

 

「……えっと、そろそろ話に交じっても良い?」

「ごめん、放置するつもりはなかったんだ」

「ああいいよいいよ。みんなそれぞれ事情があるんだろうし。……それで、今後についてなんだけど」

 

 今後。

 

「そうか。この小路、その神の眷属も追って来られない場所に続いてんだっけ?」

「……そんな場所があるのか?」

「ティアの言葉を信じるなら、だけどね。……僕としてはこのまま小路に隠れてやり過ごすのもアリだと思うけど……」

「あ、ごめん、それ私が無理。これ維持に魔力かなり使うから」

「となると……その場所、というのに一刻も早く向かった方が良さそうね」

「なぁ、仮にさ、この小路にいる時にティアが魔力切れでダウンしたらどうなるんだ?」

「……試したことはありませんが、良くて地中の中、悪くて異境……最悪は元の場所に戻る、でしょうか」

 

 ドロシーの見解に、全員が頷く。

 

「行くか!」

「ああ、もうひと踏ん張りだ。できるか、レイン」

「もちろん」

 

 ──そうして、彼ら彼女らは辿り着くのだ。

 

 風雨の故里(オルド・ホルン)が天空城……ティアとドロシーの。

 

 そして、魔色の燕の本拠地に。

 

 

 

 

 ティアの自室。

 そこに出た面々は、ふぅと一息を吐く。

 

「本当に安全そうだな。しっかし、どこなんだここ」

「……異様な場所だね。あり得ない量の結界と、第六感を刺激する認識阻害。闇の魔力と光の魔力が互いを引っ張りあっていて……」

「澄んだ空気……」

「少なくとも王国ではないな。建築様式が王国のそれではない」

 

 全員が出たことを確認して、ティアが小路を閉じる。

 そして……ぺたん、と尻もちをついた。

 

「ティア!」

「……もしかして、魔力切れギリギリだったのか?」

「えへへ……まぁ、アイツとの戦いで結構使ってたから」

「そんな……ごめんなさい、気付かなくて」

 

 そのままふらりと倒れそうになるティアを、ドロシーが支える。

 彼女を持ちあげてベッドに寝かせて……何かを決断したように、言う。

 

「神の眷属の追手があるかもしれない以上、皆さんをどこかへ放逐する、というのはできませんし……長に連絡を取って、しばらくの間皆さんをここで保護してもらおうと思います」

「長、ってのは?」

「長は長です。……私達、魔色の燕の」

 

 激震──は、走らない。

 みんな、「やっぱりか」という反応だ。ユートは「魔色の燕」についての知識が浅いので別の意味で走っていない。

 

「驚かないのですね」

「いやだって、恰好が」

「私達も魔色の燕には接触しているからな」

「ええ、私の神様」

「神?」

「いえ、なんでもないの」

 

 魔色の燕。

 長の言う「偽物」のせいで、魔色の燕というのはあまり良くない方向に名が知れている、ということをドロシーは知っている。

 だからこれは決死の告白だった……のだが。

 

「レクイエム、この際だから言っちまえよ」

「何を?」

「何をって、お前の正体」

「……え? もうわかっているものだとばかり。……まぁいいか。僕はレクイエム。魔王の転生体だ」

「んで俺が結人・積川。異世界から召喚された勇者」

「あ、えーっと……私はレイン・レイリーバース。今の時代の勇者よ」

「黒鉄の騎士シルディア・エス・ヴァイオレット。恐らく私が最も普通だろうな」

 

 関係がない。欠片も。

 ここにいるのは特異な者ばかりで、なんなら「魔色の燕の構成員であるだけ」のティアとドロシーの方が普通な可能性がある。

 驚く理由がない。

 

「……わかりました。把握できない情報量が少しありましたが、わかったことにします。……長を呼んできますので、少々待っていてくだ」

「もういますよ」

 

 戦闘姿勢に移行するティアとドロシー以外の四人。

 いた。

 そこに。まるで大気のように。世界そのもののように。

 黒白の羽織ものに赤い仮面。恰好はティアたちと同じなのに、違う。

 

「長……」

「……オーリ・ヴィーエ?」

 

 これは。

 この存在は。

 そもそもの次元が──。

 

「まぁ、そうですね。良いでしょう。頃合いですし」

 

 赤の面が外れる。

 纏っていた異様な気配が消える。仮面の下から現れた顔は。

 

「え、あれ? ……装飾品店の」

「やはり、あなたが長だったのか」

「私の神様!!」

 

 ユート、シルディア、レインのよく知る、「オーリ・ディーン」の顔。声も雰囲気も、彼女そのもの。

 警戒は弛緩し、場が和やかになる。

 

 なっていないのは、一人だけ。

 

「ユート。気を許しちゃダメだ」

「ん、どうしたレクイエム」

「似すぎている。顔も声も雰囲気も違う。でも……彼女は、僕を殺した魔色の燕とほぼ同質の魔力を持っている」

 

 それは魔王の嗅覚。経験則。

 何もかもが違うと五感が告げてくるのに、本能だけは同一だと叫ぶ。

 

 一気に広がるのは……不和の気配だ。

 自らの神と呼び慕うレイン。彼女に大恩のあるシルディア。魔色の燕の二人は当然長を信じているし、ユートも彼女に悪くされたということはない。

 

 それでも、だ。

 それでも。折角築いた和が粉々に砕けても、また自らがすべての敵に回っても。

 

 アレを警戒しないのは、できない。

 

「……もしかして、なのですが……これが原因ですか?」

 

 少し困ったように。

 言って彼女は、懐から紺色の水晶を取り出す。

 

 レクイエムは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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「そりゃなんだ?」

「感情結晶・罪。『紺罪結晶』。間違いなくオーリ・ヴィーエが遺したものであり、オーリ・ヴィーエの記憶や知識、あるいは人格までもがここにあると言って過言ではないでしょう」

「……感情結晶?」

「感情結晶は、歴史の中で時折現れる、強い力を持つ感情の増幅器だよ。手にしたものはその感情に振り回される代わりに、無尽蔵とも言える魔力を操れるようになる」

「へぇ。……で、レクイエム。お前の勘違いは解けたのか?」

「……一応は。確かにその結晶から、僕を殺したあの異常な奴と同じものを感じる。君があれと同一人物かどうかは……まだブラフの可能性が捨てきれないけれど」

「用心深いですね。良いことです。……皆さんお疲れでしょう。部屋を用意させましたので、あとはそちらでお休みください。ドロシー、あなたはティアの看病を」

「はい」

「サフィニア、トパルズ。皆さんの案内を」

「はい」

 

 こうして。

 紆余曲折はあれど、彼らは命からがら、神から逃げ切ったのであった。

 

 

 翌日。

 

「すげー……。昨日は夜でわかんなかったけど……浮いてるよなこの城」

「そうみたいだね。でも、風の魔力や水の魔力は使われていない。どうも、闇の魔力で"落ちていく"という事象を逆転しつつ、光の魔力で空間を無限に敷いているみたいだ」

「原理を説明されても全く分からねえが、すげーのはわかる。……空は曇天っつーか大嵐なのに晴れてるのも意味わからんし」

「アレは……概念的な嵐であって、気象の嵐じゃないね。……うーん、わかりやすく言うなら……そうだな。ユートは、遠くの空に雨雲が見えたら、ちょっと思うでしょ? あっちには行きたくないな、って」

「ああ。まぁ、目的地がそこなら気にしねぇが」

「それを増幅させてるんだよ、アレは。この地の周囲にいる人間含む生物は、この土地を見ただけで目を逸らしたくなる。行きたくなくなる。もはや土地に根付いたこの魔法は、だからこそ今まで誰にも見つからなかった所以の一つなんだろう。僕の数万に渡る記憶の中にも、この場所は無かった。……いや、今にしても思えばいつでも天気の悪い場所はあった……気がしないでもない、くらいかな」

 

 好きに観光して良いですよ、というオーリ・ディーンの言葉から、天空城の探検をしているユート達。

 城の中ではメイドとガヴァネスがせわしなく動き、城を清潔に保っている。ただし、そのメイドやガヴァネスの一人を取っても強い……ティアたちと同じくらいの強さがある。

 曰く、城にいる者は全てが魔色の燕……らしい。

 

「ユート。昨日は折れたけど、やっぱり彼女には気を付けた方がいい」

「なんでだよ。めっちゃよくしてくれたぞ」

「感情結晶は持っているだけで込められた感情に振り回される。逆らえない。余程強い自制心があるか、罪の意識というものを一切感じた事のない人間でなければアレは扱えない」

「……やべー人、ってことか?」

「多分ね」

 

 罪の意識を感じた事のない人間。感じない人間。

 そんなもの、絶対に。

 

「あれ、だったら魔族になら使えるんじゃね?」

「……僕達は罪の意識がないわけじゃないよ。前にも少し話したけど、僕らは罪悪感がないだけだ。悪いことをしてもね。代わりに、一般的に善行と呼ばれる行いをすると、言い知れぬ不快感が身を占める。罪善感と呼んでいた奴もいたけど……とにかく僕達があれを持ったって、やっぱり罪の意識に呑まれるだけだと思う」

 

 だから魔族は悪逆非道を尽くす。

 まるでそれが善行であるかのように、だ。

 

「ユート様、レクイエム様」

「ん? あ、なんだメイドさん」

「朝食について感想をいただきたく。……その、私達は外部の方と触れ合うことがほぼないので」

「めっちゃ美味かったよ。つーか時間あったら料理教えてくんね? 俺、俺が作る料理に関しちゃ自信あんだけどさ、異世界……こっちの世界の料理を学んだってわけじゃねえ。こっちの世界にしかない調理法とかもありゃ学びてえし」

「それくらいなら構いません。でしたら、ユート様の技術も教えていただけますでしょうか。ティアから聞いたことがあります。教わってばかりだと申し訳なくなる……でしたよね?」

「お、わかってんな。いいねぇ、異文化交流だ。レクイエム、お前はどうする?」

「……僕はいいよ。ユートの料理……弁当がさらにおいしくなったら、食べさせて欲しい」

「もちろんだ」

 

 それが誘導であることにレクイエムは気付いていたけれど、口を挟まずに了承を返す。

 ユートも気付いていないわけではない。それでも離れることを是としたのは、空気を読んだからだろう。

 

「んじゃまた後で」

「うん。頑張って学んできて」

 

 別れる。

 わらわらと湧いてきたメイドたちに囲まれながら、ユートが通路を……その角を曲がったあたりで。

 

「ごめんなさい、気を遣わせてしまって」

「いいよ、気にしない。それより僕に用があるんだろ? 話してみなよ」

「……その」

 

 メイドは、言いよどむ。

 言いづらいことなのか。それとも──とレクイエムが考察しようとして。

 

「よしよし、させてもらえませんか……?」

「は?」

 

 思ったより底冷えする声が出た。

 

 

 

 別の場所。

 レインとシルディアもまた、天空城の観光をしていた。

 

「……凄い。王城には何度か行ったことがあるけれど……その」

「言葉を選ぶ必要はない。ここはティダニア王国の王城より豪華だ。年季も……耐久性能も」

「それに、とても歴史があるように感じるわ。……魔色の燕の本拠地。私の神様が言っていた偽物の魔色の燕ではなく、本物の」

「らしいな。……なにより、あまりにも平和だ。外界から切り離され過ぎている」

 

 平和だった。

 曇天と快晴の入り混じる空。城……否、風雨の故里(オルド・ホルン)全体を囲うようにして張られた結界。

 それらは外からの害の一切を通さない。神も気軽には入って来られない、というのは誇張ではないのかもしれない。

 

「ただ、いつまでもここにいるわけには行かない。アルフを一人にするのはダメだ」

「そうね。……でも、ここから出て……あの死の雨を都市にまで持って行ってしまったら」

「ああ。対策は考えなければならない」

「……まぁ、それについちゃ気にしなくていいんじゃねぇか」

「え?」

 

 声に振り向けば。

 

 ……なんだか申し訳なさそうに、後頭部を掻いているアルフの姿が。

 

「あ、アルフ? どうしてここに」

「どうしても何も、ここがオレの家だからだよ」

「え」

 

 アルフ。

 彼は騎士団が保護した少年だ。だから当然、それまで住んでいた場所があって。

 シルディアたちは勝手に「環境の悪い孤児院」だと判断したけれど。

 

「すまねぇ。ずっと騙してた。ホントは帰る家があって……ただ、お前らのとこがあんまりにも居心地よくて」

 

 言葉を探して、拾い上げて繋げて、けれどそれは違うと捨てて。

 アルフはうんうんと悩みながら……答えを出す。

 

「捨ててくれて構わ」

「馬鹿を言うな。私達がそんな薄情者に見えるのか?」

「そうよ、アルフ。……それにね、ただの子供が地龍と戦える、なんて報告をした時点で……私達はあなたのことをちゃんと調べていたの。だってそれは、正直言ってあり得ないから。だからあなたの言う、あるいはあなたを見たことがあるという孤児院が無いことも知っていたし、スラムの人たちもあなたを知らなかった」

「……大層仕事ができんな」

「調査も騎士団の基本任務の一つだからな。……確かにここが家だったのは驚きだが、納得も行く。ともすれば蛮勇になりかねない強敵への特攻も、自身の実力を理解してこそ、だろう」

 

 溜め息は、三人が同時に吐いた。

 

「捨てない。あなたは私達の家族だから」

「行かないでくれ、アルフ。君はレインの心の支えだ」

「……ま、オレがいねぇとぶっ壊れそうなのはわかってた。レイン。お前、今無理してるが、実は精神が大分参ってんだろ」

「え!?」

「なに?」

「シルディア、いつも言ってるがな、レインが大丈夫だと言う時は一番やべぇ時だ。コイツは弱ってる姿を他人に見せるのを嫌い過ぎる。それがシルディア、お前となれば尚更だ。……安心しろ、ここはホントに安全だよ。なんせ最もやべぇ奴がいるんだ(──)……あー、はいはい、それはダメですかいっと」

 

 アルフは。

 アルフ・レッドは。

 

 己を、そう生きていくものと、もう定めた。

 狡いのだろう。狂っているのだろう。罪の意識は彼を苛み続ける。

 けど、だからこそ、かもしれない。

 

 少なくともレインの精神が完全に修復されるまでは、共に居る。今「アルフ」という家族が消失したら……危険だ。

 だから離れないことを選べた。

 

「……うっし。おいレイン、シルディア」

「な、なに?」

「ちょいと付き合え。──が……オレが──に──をつけてやる。……ウザ過ぎるだろう。あーなんだ、模擬戦をしようって話だ。この城には練兵場もあってな、ぱーっと体を動かすには充分だ」

 

 ニヤりと笑うアルフ。

 ただ、「ア? 剣筋でバレる? いいじゃねぇかクソ女、言論操作の穴をつけるってんならオレもそれで……一緒にいられなくなるなんてのは二の次さ。教えられるのと気付くのでは万倍違うしな」という小さな小さな呟きは漏れ出でない。

 

「……一つ確認させて、アルフ」

「ん?」

「ここがアルフの家ってことは……私の神様が、アルフのお母さん?」

「何言ってんだこいつ。……おいシルディア、翻訳しろ」

「ディーン殿がアルフの親であるかと問いたいらしい」

「誰が。はン、たとえ眼球を抉り出されたってあの女を母親だなんて言わねえよ。反吐が出る」

「だめよ、アルフ。私の神様を悪く言わないで」

「……面倒くせぇな。シルディア、コイツどうした?」

「ディーン殿のことになるとこうなる。諦めろ」

 

 また小声のやり取りで、「認めてもいい。面白い」とかいう幻聴がアルフの耳に入ったけれど、ガン無視した。

 

 そしてその鬱憤を晴らすかのように──木剣での模擬戦闘ではあったが、レインとシルディアをボコボコに下し、レインのストレス解消とかまるっきり忘れて自分だけ気持ちよくなるアルフであったとか。

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