神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Nois iced」

 それは少し()の話。

 ティアとドロシーが「彼女」に拾われてすぐの頃のことだ。

 

「……子供なんか拾ってきて、世話できんのかい、アンタ」

「命を育てる経験ならそれなりにありますよ。母親になったことはまだないのですが」

「はっきりした物言いだね、本当に。……それで、アンタはこの子たちに何を求めてるんだ?」

 

 二人を攫った「彼女」は、まるで言葉が通じているかのように白蛇と目を合わせ、言葉を吐き連ねる。

 捨て子。売られ子。行く宛の無い二人が「彼女」を選んだのは退路を断たれたからだけど。

 

「自由を」

 

 その言葉だけが、鮮明に耳に残って──だから、逃げ出さなかった。

 

 

 

 

 目を覚ます。

 

「……ん」

 

 隣に熱。警戒することはない。ドロシーだ。

 周囲にある魔力も馴染んだもの。光と闇の魔力。それ以外は飽和状態にあり、一定のパターンを持ってこの地を循環する。

 

 風雨の故里(オルド・ホルン)。自分たちの登録名人形のいない人形劇(ドールレス・ホルン)も勿論ここから肖っている。

 

「ようやく起きましたか」

「……トパルズさん」

「ええ。魔力切れによる昏睡状態は完全な無防備。残量には気をつけろと再三言ったはずですが……まぁ、今回は不問としましょう。他者を助けるためによく頑張りました」

「……そっか、助かったんだ」

 

 助かった。無意識にその言葉を使った。

 助かったのだ。

 

 神の眷属。そして神そのもの。

 魔色の燕として育て上げられたティアとドロシーは、けれど実戦経験に乏しい。

 アレが神。逃げる以外の選択肢を作れなかった。

 

 アレと敵対することは、その神が司る権能そのものと同じ。

 死を意味する。

 

「ドロシーは看病疲れで眠っています。ただ、お客様方は話し合いをしたいそうなので、ティア」

「あ、はい。わかりました。……ドロシーをお願いします」

「わかっていますよ」

 

 ただ、同時に。

 あの黒を吹き飛ばす光を見た。

 

 あるいは、と。

 そう思わせてくれる光を。

 

 

 ティアが着替えを終え、会議室へ入った時には、ドロシー以外の皆が集まっていた。

 皆だ。

 

 ユート、レクイエム、シルディア、レイン。

 そして長とルビィ、サフィニア……と、子供。

 

「あれ、誰?」

「それも含めて話し合いをしますので、ティア」

「わかりました」

 

 席に着く。

 会議室。知ってはいたけれど、使うのは初めてだ。ティアとドロシーは幹部でもなんでもない。時折ルビィ、サフィニア、トパルズの三人がここへ入っていくところは見かけたけれど、それだけ。

 そも、自分はドロシーと比べて頭が良くない。意見を出したところで毎回ドロシーに窘められる。的を射た言葉など吐けないのだから、今回も大人しくしていようとそう決めた。

 

「ではティア。あなたの意見を」

「へぇ!?」

 

 直後過ぎた。直後過ぎて変な声が出た。

 

 ──"神と戦うことになる可能性について、アンタはどういう立場でいたいのか、だってさ。席に着くんなら話は聞いときなよ?"

 

 どこぞから、この城で最も頼りになる白蛇からの念話が飛んでくる。

 感謝しかなかった。

 

「……でも、長。私もドロシーも魔色の燕の一部です。私個人の意見なんて」

「当事者はあなた達です。そうである以上、現場における意思決定者はあなた達になります。ですが、魔色の燕は傭兵でも暗殺組織でもありません。自身の意思で、自身のやりたいことをしてください」

 

 やりたいこと。

 この場にいる四人。いいや、二人だ。

 ユートとレクイエム。要警戒対象でしかなかった二人は、けれど、もう。

 

「私は……立場を決めるつもりは、ないです」

「……」

「直感です。でも、多分これから先、色々変わってくんだと思います。レクイエムがどうしたいのか、ユートが何をしたいのか、レインさんとシルディアさんのやろうとしていること。そして神々の思惑」

 

 言葉を切って。

 続ける。

 

「私達は鳥……燕なので、疾く飛べます。誰につくとか、誰の味方をするとかなく、空から俯瞰して……私の助けたい人を助けます」

「それはあるいは、全陣営から嫌われる可能性もありますが」

「構いません。これが私のやりたいことなので」

「はン、良い啖呵じゃねぇか、嬢ちゃん。クソ女、てめェは最悪だが、部下は見」

「アルフ! なんてこと言うの!!」

 

 ほっぺをぎゅうとされて、強制的に黙らされる「子供」。

 それで空気が弛緩した。

 

「一応、表明! 俺たちは助けられた恩を忘れる程の恥知らずじゃねぇからな、ティア!」

「ま、そうだね。聖霊の小路が無ければ僕らは確実に死んでいた。君はこの場にいる四人……ドロシーも含めたら五人か。その命を救ってるんだ、それを笠に着るくらいの勝手は許されるんじゃない?」

「こちらも同じだ。守る騎士が護られたのならば、その借りは必ず返す」

「それに、こっちはこっちで協力する方向で話がまとまりつつあったし」

「……クソ女がそれをなーんにも纏まってねぇかのように言うから」

「アールーフー?」

 

 長は。

 

「ならば、これ以上の干渉はしません。ただ、助力が欲しければ言いなさい。魔色の燕を使うことを許します。……私は動きませんが」

「はい」

「では──」

「ちょっと待って」

 

 去ろうとする長に、待ったがかかる。

 レクイエムだ。

 

「仮にも神がヒトを殺そうとしてたんだ。その矛先が人類全体に向く可能性も捨てきれない。だというのに君が動かない理由はなにかな。見た所、この場にいる誰よりも強そうだけど」

「あなた達に期待をしているから……とでも言えば、気分が良くなりますか?」

「そんな答えは求めてないよ、オーリ・ディーン。僕は魔王として、君が人類の"側"につかない理由を問うている」

 

 冷たい目だった。

 互いに。互いに互いを、対等として扱っていない眼。

 

「では問いますが、ユート・ツガー」

「ん、俺? おう、なんだ?」

「あなたは神の敵なのですか?」

 

 それは。

 

「あー……んー。そこなぁ、微妙なんだよな」

「ユート?」

「いやだってよ、レクイエム。俺をこっちに召喚した神様には感謝がある。ティアの聖霊の小路だって……なんだっけ、ヨブなんとかって神の加護なんだろ? でも、今回俺たちを狙って来たのはフォルーンの使徒……じゃなくてディモニアナタの眷属と、ディモニアナタそのもの、だっけ? つまりさ、相手がどうも一枚岩じゃないっぽいんだわ」

「そう……ね。神と言っても今私達を明確に狙っているのはディモニアナタだけで、私達が狙っているのは加えてトゥナハーデンとマイダグン、その三柱だけ。その神々以外と敵対するつもりはないわ」

「私はそれを、すべてに対して思っています。あなた達と共に戦うことが人類の側につくとは思っていませんし、神々との戦いに参加しないことが神々の側についているとも考えません。トゥナハーデン、ディモニアナタ、マイダグンはいずれも生活に根差した神。それを敵に回すこと自体があなた達以外の人々の反感を買うこともあるでしょう。あるいはあなた達が真に"神の敵"と認定された時、あなた達が相手をするのは神だけではなく世界になるかもしれません。一枚岩ではないのは、神だけではないのです」

 

 長は淡々と続ける。

 魔色の燕としてなのか、長としてなのかはわからない。

 ただ……。

 

「私はあなたが過去に行って来た悪逆非道にも、心を変えて行おうとしている善行にも、一切の興味がありません。ただ──魔王に"人間の在り方"を問われる程、堕ちた覚えはありませんが」

 

 確実に言えることは一つ。

 長は、心の底から、どうでもいいのだと。

 人類が繁栄しようと衰退しようと、滅ぼうと生き延びようと。

 路傍の石が明日どこにあるかなど考えないように。

 

 彼女は──。

 

「すまない、完全に去る空気であるのは理解しているが、それを読まずに頼みがある、店主」

「……今はオーリ装飾品店の店主ではないのですが」

「あなたの店にまた行くための頼みだ」

 

 騎士シルディア。ティアは彼についての情報をほとんど持っていない。

 ただ、恋人を大事にする、恐らくいい人。その程度だ。

 

「……なんですか」

「神から身を隠すための装飾品などを作ることはできないか? この先どういう場所を目指すにしても、あの死の雨に纏わりつかれては行動がままならん。神といえども万能ではないことはこの場が示している。神の視線を欺き、神の侵入をも許さない。……装飾品にそこまでを求めるつもりはないが、どうにか誤認させるようなものを人数分」

「ふむ」

 

 あれ? と。

 ティアは思った。なんだかレクイエム相手の時より、態度が柔らかいような、と。

 

「……材料次第ですね」

「え、作れんの? ……こういっちゃなんだけど相手神様だぜ??」

「疑うのならそれでも構いませんが、あなたが買った『クルクスの首飾り』は一度でも効果を損なったことがありましたか?」

「……」

「あなたもです。疑うのは構いませんが」

「いや。……作れるのなら、頼むよ。必要な材料を教えてほしい。僕らの手持ちで足りるものであれば、なんであれ出す」

 

 レクイエムは変わった。

 本当に。もちろんティアもあんまり突っかからなくなったけど、それ以上にレクイエムは変わっている。

 初めの頃のプライドの高さは消え失せて、むしろ今は……どこか、学ぶ姿勢を絶やさない、ような。

 

 魔王の転生体だというのならプライドの高さは理解できる。だからこそすごい。

 あの時の"失言"の通り、何百年もの記憶がありながら……まだ姿勢を低くできるなんて。

 

「……いいでしょう。今ある材料で、子供一人分の大きさを隠し得る装飾品を二つ作ることができます。これを使って、全員分の材料を取ってきてください」

「二つ……」

「……子供」

 

 この場にいる子供。

 それは。

 

「アルフ、だっけ。……君は戦える、という認識であっているかな」

「別にオレのは要らねえだろう。オレは神なんぞと敵対した覚えは無ぇぞ」

「いや、僕と行動を共にするのなら、あった方がいい。仲間だと思われかねない」

「……そんならまぁ、良いけどよ。で、戦えるか、だったか。戦えるかどうかはレインとシルディアにでも聞きな」

 

 結局紹介されていない少年。アルフと呼ばれていた彼。

 ぶっきらぼうで口の悪い彼は……ティアに生唾を飲み込ませるほどのオーラがある。

 

 強い。それがわかる。

 

「昼、アルフと私達で模擬戦をしたけれど、勝てなかった。魔法有なら話は変わるかもしれないが、単純な技量であればアルフの方が遥かに上だ」

「うん、私達が二で、アルフが一で……負けちゃったから」

「へえ! そりゃすげぇな坊主! 勇者の嬢ちゃんもイケメンも相当つえーだろうに」

年季(──)が違うんだよ年季(──)が。……あー。まぁ、なんだ。経験が違うのさ。いやこれは言えん(──)のかよ」

 

 ピクりとレクイエムが何かに反応する。

 ティアもまた、聞こえてきた音に違和感を持った。

 

「……なぁ、オーリさん。もう一個どうにかならねぇか?」

「無理ですね。無から材料を作り出せるのなら話は別ですが」

「んー。……でも子供二人だけで外に出すってのはなぁ。……あー違うぞ、二人がつえーってのは伝わってる。けど、それでも守りてえって思うのが年上ってモンでさ」

「心情がどうであれ、無理なものは無理です」

「……あー。うー」

 

 むしろユートの方が子供のように、彼は駄々をこねる。

 無理なものは無理。なぜなら材料がないから。駄々をこねたって仕方がない。

 ただ、心情は同じだったのだろう。レインもシルディアも言葉には出さないけれど、目を伏せている。

 

 ティアだってそうだ。

 自分より小さい子に自分たちを護るものの材料を取ってきてもらうなんて。

 

 いや。

 

「長」

「好きにしなさい。やりたいことをしてください、と言いました」

「はい!」

 

 ある。方法は。

 それは──。

 

 

 夜が明けて、少年二人は風雨の故里(オルド・ホルン)を出た。

 大剣を担ぐ少年、アルフ。今しがた出た風雨の故里を振り返り、その結界の構成を分析する少年、レクイエム。

 

 そして。

 

「よいしょ」

「どわっ!?」

 

 アルフの胸のあたりから、首だけを出す──レイン……の、首。

 

「わ、すごい。本当にアルフの胸に出た」

「気持ちわりぃから引っ込んでろよ! アクセサリーつけてるっつったっていざという時以外でてこねぇ方がいいんだろ!」

「はぁい」

 

 引っ込むレイン。

 はぁ、と盛大に溜息が吐かれた。

 

「なんでオレに繋げるんだか……」

「昨日言った通りだよ。僕は魔王だし、実際に敵対している。もしアクセサリーを貫通して神の視線が僕達を捉えた時、真っ先に狙われるのは僕だ。なら、その後ろで君が彼らを呼べた方が色々と都合が良い」

「わーってるっつの。作戦会議の内容を忘れるかよ、オレが。……わかってても面倒なモンは面倒ってだけだ」

 

 聖霊の小路。

 地点Aと地点Bを直線に結ぶこの小路は、究極「どこにでも繋げられる」。

 神さえ入って来られない風雨の故里(オルド・ホルン)から──アルフの胸元、でもだ。

 

「ただ、やっぱりティアの魔力が切れたらおしまいなのに変わりはない。──さて、アルフ。君はどれだけ速く走れる?」

「はン、舐めんなよクソガキ。昨日から思ってたが、オレの事大体気付いてんだろ。生意気ばっか言ってんじゃねぇ、年上は敬え」

「積み重ねた歴史で言うなら僕の方が幾星霜も年上だけど?」

「うるせぇ、今生の話だよ」

 

 皮肉屋と皮肉屋。

 相性は──まぁ、なんだかんだいって。

 

「んでもって、頼れ。総合的な火力はクソガキ、てめぇの方が上だ、魔王。だからこんなくだらねぇところで魔力使うな。乗れ」

「……わかった」

 

 身体強化か飛行魔法か。

 どちらかを選ぼうとしていたレクイエムだったけれど、アルフの言葉にうなずきを返す。

 よっこいせ、なんて言ってアルフはレクイエムを背負い。

 

「『朱怒結晶』──」

 

 発射、した。

 

 

 大気を切り裂く音が響き続ける。

 空気抵抗でさえ熱の魔力で無理矢理退かしているアルフは、自らの勢いで身体に負担をかけることが無い。勿論慣性は殺せないが。

 

「感情結晶・怒。『朱怒結晶』か。……にしては君、怒りに振り回されてるようには見えないけど」

「抑えつけてんだよ。くだらねぇことで怒らねえように、怒るべき時に怒るようにな」

「……凄まじい自制心だね。となると、オーリ・ディーンも同じなのかな」

なワケねぇだろ(──)節穴かてめぇの目は(──)!」

「ふふ、言葉は聞き取れないのに叫んでることだけ伝わる。言論操作の契約は面白いね」

 

 舌打ちを吐き捨てるアルフ。

 やはり、完全に気付いている。無論相手は魔王だ。気付かない方がおかしい。

 

「構造式が……かなり複雑だな。僕でも解呪に二日はかかりそうだ」

「要らねえよ。不便であることに変わりはねぇが、だからこそ掴めたモンもある」

「……君さ、悪者だろ。僕が言えた事じゃないけど」

「全くだ。んでもって、正解だ。……あ? なんで言えるんだ」

「大方覗いてるんじゃない? 僕と君の会話、気になるだろうし」

「……だったら初めから解けよボケ女」

 

 とはいえ、恐らくは、というあたりをアルフはつける。

 レクイエムが完全に気付いているとわかったから隠さなくなった……ということだろう。レクイエムが今の話を言い出さなければ、言論操作は行われていたままだった。

 

「てめぇは、良いのか」

「何が?」

「今の状態だよ。オレは昔、魔族とやりあったことがある。ソイツが言ってたよ。"幸せな家族を見ると、その幸せを壊してやりたくなる。何事も順調な様子を見ると、躓かせてあげたくなる。悪意じゃない、それをまるで親切であるかのようにやってしまうのが魔族で、誰もその意識を革めることはできない"ってな」

「……その魔族の名前は?」

「あー……確か、ツァルトリグ、っつったかな?」

「ツァルトリグ・ヴィナージュか! へぇ、懐かしいな! もしかしてまだ生きているのかい?」

「さぁ、そこまでは知らねえな」

 

 アルフの上に乗るレクイエムが、見るからに機嫌を良くする。別に今まで悪かったわけではないのだが、それはもう「見違えるように」、だ。

 

「なんだ、ダチか?」

「その言い方は少し人間らしすぎるけど、同胞だよ。彼女は魔族の在り方というものに疑念を抱いていてね。……今思えば、彼女の話をしっかり聞いておくべきだったな。あの頃は……はぁ、まったく。過去の自分を思い返せば思い返す程、傲慢で独り善がりで周りが見えてなくて……もっとできることはあっただろうに、って……後悔しか湧いてこない」

「オレもだ。もし過去に戻れるのなら、殺してでも止めてぇ瞬間がいくらでもある」

「なら、僕達は宿業から逃れられない二人組、ってことだね」

「ヤな組み合わせだな、オイ。……で、質問に答えてねぇぞガキ。てめぇは良いのか、って聞いてんだ」

 

 目的地が近くなってきたところで、レクイエムは。

 

「やりたいことをやるのが魔族なんだよ。悪事を親切であるかのようにやってしまうとはいっても、親切にしない、という選択肢もあるんだ。魔族がそれを選ばないのは、誰かに親切なことをすると気分が良くなるから。善行に酔いたいからだ。それの善悪を問うつもりはないけど、魔族全体にとってその悪行(善行)が"やりたいこと"になっているってだけ。その中で、僕のやりたいことは違う方向に舵を切った」

「……オレに自制心がどうのと言えた立場かよ、ガキ」

「どうだろうね。僕は心の底からこれをやりたいと思っているのかもしれない。あるいは君達人間の中にも、悪事に手を染めることを快感とする奴もいるだろう? 僕はただそうであるだけかもしれない」

「はン、良いじゃねえか。そりゃいい答えだ、ガキ。……ったく、若ェのは良い啖呵切る奴ばっかりで困る。オレの立つ瀬がねえってな」

「だから、僕にとっては君、赤子にも等しいほど"若い"んだけど?」

「今生の話っつってんだろクソガキ。……着くぞ」

 

 目的地。そこは。

 

「一つ目、大きいの行くよ! 涸界の落星(ワルド・サテラリグイト)!」

 

 魔族の魔法は使わない。

 少しでもバレる危険性を考えてこそだ。

 

 無色の魔力。それが「落とされ星」を彷彿とさせる速度で解き放たれる。衝撃は──音を掻き消す程。大量の砂煙が舞い上がり、一時的に視界が悪くなる。

 

「っ、っぶねぇ!」

 

 そんな砂煙から出てきた一本の触肢。レクイエムへと直進していたソレをアルフが焼き切った。

 二人は頷き合い、一度距離をとるべく上空へと上がる。今度はホバリングが必要であるため、アルフの熱ではなくレクイエムの魔法での飛行だ。

 

 ──眼下。

 砂煙の中でうねり動くは、巨大にして長大な影。

 

「……聞き忘れてたが、交戦経験は?」

「この身体になってからは無いけど、昔を含めるのなら──いくらでも、かな」

「そりゃぁ頼もしい。オレは二回だ。昔と今でな」

「勝率は?」

「オレが今生きてここにいる」

「いいね」

 

────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!

 

 咆哮。それは知性を感じられぬ、ただ威嚇のためだけの音。

 けれど本物だ。砂煙の全てを吹き飛ばし、全体を露にする。

 

「地龍……しかも、最大規模にでけェな!」

「地龍? ……ああ、人間はそう呼んでいるのか。僕らは這龍と呼んでいるよ。天龍と対比させるには、あまりにもお粗末だからね」

「なんだっていい! ──誤射なんざ気にすんなよクソガキ! オレぁてめぇで避ける!」

「はいはい、張り切っていってきなよ、おじさん」

「ア──!?」

 

 切れながら落ちていくアルフを見送るレクイエム。

 

「なんで怒るのさ。年上扱いしてほしかったんでしょ? ……さて、それじゃあ始めようか。周囲の被害を気にしなくていいのは久しぶりだからね」

 

 視界の端で、熱の魔力が発露される。

 まるで火山、その火口の上にいるかのような熱。ただ、それだけでは地龍の殻は破れない。そんなことは十も承知でアルフは温度を上げていく。

 

 力技だ。それを見て、「それもいいか」と。

 レクイエムは……その小さな手を、中空を固めるように、球を作るように動かす。

 次第にその手の中に、無数の文字列が走る球体が形成され始め──。

 

「行っておいで。魔朱沙華(ブルーメン・レドフィズム)

 

 まるで、落としてしまった、とでもいうかのように。

 球体がぽろりとレクイエムの手から落ちる。

 

 自由落下だ。先程の涸界の落星と比べて大きさも速度も何もかもが載っていないソレ。

 

 けれど、寸前で理解したのだろう。

 その場をぐつぐつと煮えたぎらせていたアルフが足元からの噴射で離脱を選択するくらいには──。

 

「っぶねぇな、殺す気かクソガキ!」

「避けるって言ってたじゃないか」

 

 白む。

 音が飛ぶ。

 

 目を灼くほどの白が、先ほどまで地龍のいた場所を埋め尽くしている。

 

「魔術なんか久々に使ったけど、なんとなくでも上手く行くものだね」

「……てめぇ」

「なに、怒ってるのかい? はいはい、じゃあ次から君を避けた」

「オレ達が素材取りに来たってこと、忘れてねぇだろうなぁ、クソガキ」

「……」

 

 白が晴れた──そこには。

 外皮のほとんどを溶かしながらも、いまだ健在である地龍の姿が。

 

「ほら、大丈夫だった」

「忘れてただろてめェ」

「僕なんかに構ってる暇ないよ。今の、火属性の中でもかなりの威力にしたつもりだったのに、殺せてない。火か熱に耐性があるのかもしれない」

「……良いだろう。逸らされてやる。しかし、魔王ってのも大したことねぇな。あんだけ準備時間があって、あんだけ自信満々で、外側ちぃっと焦がしただけかよ。これならオレ一人で充分だったか」

「いいよ、挑発に乗ってあげる。普段ならユートが止めてくるんだけどね、今はいないから、存分に、さ」

「おう上があんなら早くやんな。ティアの嬢ちゃんが疲れるだろ」

 

 大剣に熱を迸らせ、また地龍のもとへ向かっていくアルフ。

 レクイエムは──。

 

「ふぅ。……子供の身体になるといつもこうだ。自制心が外れやすくなるし、力を誇示したい欲求が大きくなる。……そうだね、今はスピード重視だ」

 

 でも、と。

 その背後に氷と風の魔力を集中させながら……彼は口元に笑みを携える。

 

「悪くない。今、いい気分だ。……なるほど、ツァルトリグ。君が見ていた景色はこれかい?」

 

 せん断力や貫通力に特化した魔法を一点集中で放出していくレクイエム。

 意図に気付いたのだろう、その裏側からアルフも攻撃を集中させ始めた。

 

「謝るよ。君の厚意を無下にしていたね。……ま、それが魔族か。……ああ、久しぶりに、同胞たちと会いたくなっちゃったなぁ」

 

 遠い空に思いを馳せて。

 

 

 

 

 剣と剣がぶつかり合う。

 

「Aurus Enuarim!」

「『衝覇Lv.20』!」

 

 氷と風を纏う細剣。大剣で受け止めるには遅すぎると判断し、「スキル」の使用に切り替えたことで、細剣の直撃を免れる。

 ユート。相手をしているのは、ドロシーだ。看病疲れから起きて、事情を把握して、「待っているだけ」にどうもそわそわしていたユートを誘って模擬戦を行っている。

 

 踏み込みの音。

 瞬きの瞬間だ。ユートの目蓋が閉じた一瞬を狙って、ぐんと踏み込んだドロシーの身体。そこから繰り出されるは、斬撃ではなく蹴り。

 

「エスコルピオンっておま、マニアック過ぎんだろ!」

「そういう名前ではありませんが、実用化できていれば問題ないです」

 

 身体を逸らせばバランスも崩れる。

 ドロシーはそのまま両手を地面につき、回転を加えての連続蹴りを行う。ユートがなんとか大剣を間に合わせ、その腹で防御をするも、その蹴りの重さが半端ではない。

 小さな、あるいは華奢とも取れる体躯から繰り出される蹴り。てこの原理だのなんだのでは考えられないその重さに、思わずユートはその場を飛び退いて。

 

「Hsarsick!」

「やべっ!?」

 

 詩と共に、ドロシーの手から氷が広がる。練兵場の地面を走る氷は、当然ユートの足元へも辿り着き──。

 

「っとぉ!」

 

 大剣を地面にぶっ刺して、腹筋と背筋だけで体を持ち上げ、その上で逆立ち気味に止まるユート。

 

「曲芸師ですか……」

「お前に言われたかねーって」

 

 氷の直撃は免れた。

 だけど、依然ユートが不利な姿勢には変わりない。

 

「とか思ってんだろ? へ、どんな姿勢からでも俺のスキルは繰り出せ──」

「──レクイエム達からの信号来た! 色赤! マズいかも!!」

 

 聖霊の小路に顔を突っ込んで、ずっと見張りをしていたティア。

 彼女がそれを告げた瞬間、待機していた大人組が全員動き出す。

 

 此度、アルフの胸元に聖霊の小路を繋げるにあたって仕込んだ「信号」。

 直線である聖霊の小路を利用し、遠見の魔法で終着点を監視することで、アルフによる「サイン」を受け取れる。咄嗟に思いついたユートの作戦だったため、色は二種類だけ。

 

 黄色い光なら、対処しきれないことが起きた。

 赤い光なら──神の襲撃があった。

 

 迷いはない。何の対策もできていないのに、全員が聖霊の小路に突っ込んでいく。

 ドロシーも、そしてティアも入っていって。

 

 

「……ま、段階的にね。前回やり過ぎだったし」

「え、また僕だったりする?」

「当然でしょ。早く行ってきて」

 

 とか、なんとか。

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