神の装飾品店   作:Actueater

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総評:「どうやっても[ERROR]って出るんだけど何?」

 名乗りに対し、ルクミィさんは一瞬呆けた顔をして……即座に何かを考え始めた。

 彼女が目の敵にしている「魔色の燕」。それとは違う、というのは既に理解していると思う。していなければ攻撃でも仕掛けてきそうだし。

 第一声。それを楽しみにしている。

 

「……違うな」

 

 何がだろう。

 

「ああ、違う。別の言い方に準えるなら、貴様は魔色の燕かもしれないが、魔色の燕ではない。……本物、偽物。それらの区別がどう為されているのかはわからないが、それ以前に貴様は魔色の燕ではない。……違うな。もっと、か? 貴様が今魔色の燕と名乗る理由はないし、身分を偽っている理由もそぐわない」

 

 憶測。推察。

 自らの内に湧き出た「結論」に自ら反論をぶつけ、洗練していく。

 証拠などない。見てきたわけでもない。

 

 椅子に座って、話を聞いただけで全てを見通してしまえるような。

 

「だから、そう……。……つまり、貴様は"オーリ・ディーン"をしているだけの、誰か。オーリ装飾品店の店主のフリ。魔色の燕のフリ。そして今、ワタシの目の前で話を聞き、その相談を聞き届けようとしている誰かの、フリ」

「……」

「納得がいった! よし、それで()()()()!!」

「はい?」

 

 ギリギリだった。

 言葉があと一瞬遅ければ、私は世界再成を行っていただろうに。

 ルクミィさんという突然変異が生まれないように、新たに世界をやり直すところだったのに。

 

「仮に貴様が魔族でも魔物でも、なんか新種の植物とかでも関係ない! 貴様には今話が通じていて、貴様は今ワタシに協力しようとしてくれている。それでいい」

「……」

「あ、やっぱり協力するのやめた、とか言わないだろうな。ワタシはちゃんとこの耳で聞いたぞ!」

「いえ。言いませんよ」

「なら良し!」

 

 おかしな話だ。

 彼女は苦しんだのではないのか。義兄弟や姉たちをおかしくしてしまった得体の知れない薬物や魔術、それを扱う組織の存在に。

 正体がわからない、何かわからない相手というのは、彼女にとって真に嫌うものではないのか。

 

「貴様。とりあえず貴様の呼び名を決めたい。なんと呼べばいい?」

「オーリでいいですよ」

「ならばそうしよう。オーリ、貴様は天龍についてどれくらい知っている?」

「おや、動かすのは人間の方なのでは?」

「欲が出ただけだ。無理なら当初のプランでいい。だけど、民草には生活があり、避難を行うことで失われるものもたくさん存在する。伝統、技術、家畜、感情。それらがもし、失われることを必至としていないのであれば、ワタシはそれを守りたい」

 

 素直だ。とても良い。

 そして、そうか、そうだった。

 そもそも天龍の換期をどうにかしたいという意思は、人々を守りたいという所から来ているのだ。

 もしそれをどうにかできるのなら、と考えるのは妥当か。

 

「逆に問います。ルクミィさんは天龍についてどこまで知っていますか?」

「……つまり、貴様は天龍についてのほぼすべてを知っていて、ワタシの理解度によって出す答えを変えようとしている、というわけだな!」

「そう取ってもらっても構いませんよ」

「まず、先人たちが辿り着いたデータから述べる。天龍は九体存在し、それぞれに体色が違う。彼らは一定周期で訪れる換期によって棲み処を移動し、その際の食料調達や移動そのもので航行ルートに甚大な破壊を齎す。中でも気をつけなければならないのが灰龍オーティアルパと白龍イーゥクレイム。他の天龍と違い、空ではなく地中を移動するため、余波が大きい」

 

 まぁ、基礎知識か。

 付け加えることがあるとしたら、オーティアルパとイーゥクレイムは別に人間を困らせたくて地中を移動しているのではなく、むしろ飛んだ方が甚大な被害を振りまくために渋々地中を移動している。あの二体の龍は翼の鱗から粉が漏れ出でて、それがほとんどの生物にとっての毒素となり得る……んだけど、性格上食事以外の殺傷行為をしたくない、というタイプなので仕方なく、だ。

 

「ただし、今回は予測が少し困難だった。なんたってカゼニスとかいう馬鹿な冒険者が紫龍ヌタスを殺してしまったし、真偽を確かめることは終ぞ叶わなかったが蒼龍エントペーンまでもがどこぞの誰かに討伐されてしまった可能性がある。そうなると、他の天龍が穴埋めをする形でおかしな航行ルートを取りかねない」

「困難だった、ですか」

「ああ。先人たちが積み上げてきたデータには、"なぜ天龍が換期によって移動をするのか"が書かれていなかった。走り書きのような考察はいくつも見受けられたが、ワタシの納得がいくものがなかったんだ。データとも食い違いを起こしていたしな」

 

 憶測と推察能力が桁外れに優れているけれど、ちゃんと自分で研究したり実験したりを欠かすこともない。

 天才、秀才。そういう言葉よりも、傑物、という言葉がもっともしっくりくる。

 

「そこでワタシは考えた。そして辿り着いた。"天龍は自然発生した生物ではない。"──これが結論で、だから彼らには"役割"が存在し、"法則"が存在する。よって穴埋めなど起きないし、航行ルートが変わることもない。何故なら()()()()()()()()だ」

「カゼニスさんは常連さんなので、紫龍ヌタスについては良く知っています。彼の龍の死は騎士団や魔術師協会といった数々の識者が認めるところであることも」

「死んでいない。違うか。ワタシが言いたいのは、殺し切れていない、だ。肉体の死がそのまま存在の死に繋がると考えるのが人間の性ではあるけれど、ワタシはそうは思わない。なんせアンデッドというものが存在するんだ、個とは、自我とは、役割とは、肉体ではなく魂に宿るものだろう」

「つまり、紫龍ヌタスや蒼龍エントペーンの魂はまだ殺されておらず、仮に肉体が無かったとしてもそれだけで移動できるから、換期の航行ルートに影響はない、と」

「そうなるな!」

 

 ここは流石に、か。

 残念ながらこの世界の生物は肉体の無い状態では移動ができない。それができるのは神々だけ。

 だから法則寄りの生物である天龍であってもその法則には縛られる。ただし、ヌタスは新生させてあるし、エントペーンは倒していないので、結果的に言えばルクミィさんの言う通りになる。

 

 たとえ過程を違えたとしても、正答には辿り着けるという力。

 

「で、どうだ。貴様の求める閾値には達したか?」

「もうひと押しください。なぜ天龍は換期によって移動するのか。ルクミィさんなりの答えを聞かせて欲しいです」

「魔力を捏和するためだろうな! ただ、ワタシも世界の全てに行ったことがあるワケじゃない。というかワタシが辿り着いた範囲などたかが知れている。その上での判断だ。……魔力には恐らくだが総量というものが存在する。大気中にあるNull Essenceでさえも無尽蔵ではなく、人一人が一生分で使える魔力も有限だ。魔力切れを起こすとわかることだが、魔力切れになる寸前までは維持できていた"強気"が、魔力切れ後、維持できなくなっているどころか"弱気"になっている」

「病にかかれば人間だれしもそうなるのでは?」

「難しい話をするぞ。できることが、できると信じられなくなるんだ。ただし、それは精神的な話じゃない。恐らく持久力……"精神の持久力"とでも言うべきものが削られる。その魔力が切れている間、ゼロか、ゼロに近い期間に"新しいことを始めようとする"と、それが無理であると悟ることができる」

 

 一つの歓喜に近いものがあった。

 誰に伝わるのだろう。子供達では絶対にわからない、ある種の感動。

 

 響く。

 

「魔力が回復すればできる、ではない。無理だと確信できる。ワタシにはできない。何故なら、ワタシにはそれを行うに足る魔力(資源)が無いから、と。こうなってようやくわかるんだ。魔力とはワタシが生み出しているものではなく、世界から与えられているものなのだと。魔力は回復しているのではなく、何か、とても大事な何かを変換することで得られているのだと。そしてワタシはこれを、自身の運命であると考えている」

「運命、ですか」

「そうだ。ワタシが一生のうちにできること。ワタシという存在の運命において起こること、干渉できること、影響できること。それらを魔力として変換することで、ワタシ達は世界を"改変"する力を得ている。これらを総合すると、世界には運命というプールがあって、ワタシ達はそれぞれ自身の取り分である個々人の運命を汲み出し、日々生活をしている。ただし、当然だけど世界全土に満遍なく生命が存在するわけじゃない。だから"変換"も"消費"も、偏った場所でしか行われない。それを捏和混練するために天龍は換期で動き、運命の偏りを防ぐ。そうしなければ、運命の溜まっていない場所では、誰も何もできない、という事態が発生しかねないからだ」

 

 少し違う。

 だけど、十二分に及第点だ。

 天龍は起点となるために存在しているので、ただかき混ぜるためだけの存在ではない、というのだけが惜しいけれど、かき混ぜる役割があるのも事実。

 

 何より魔力に関する解釈が素晴らしい。こっちもあと一歩、って感じ。

 

「満足したか? オーリ」

「ええ、十分です。──ただし、そこまでわかっているのなら、天龍の航行ルートを変えたい、なんて思わないでしょう。天龍の換期は世界にとっても人間にとっても大事なこと。であれば、ルート上にある村や家々が消えることくらい、目を瞑る範疇のはずです」

「ワタシの運命が、法則に負けるというのなら、そうだな!」

 

 ──……。

 

「ワタシの扱える運命の総量なんて知らないし、ワタシにどれほどのことができるのかなんて把握していない。ただ、ワタシはワタシのやりたいことを精一杯やるし、それに対して妥協をするつもりも挫折するつもりもない! 天龍の換期がこの世界の法則で、それは世界にとっても人間にとっても大事なことだとして、それを"変えてはいけない"と思うのなら、それまでだ。ワタシはそうは思わない。ワタシは妥協しない。使えるものなら何でも使って、ワタシはワタシの我を通す。ワタシの運命が尽きない限り、掴めるはずだ。天龍の航行ルートを変え、人々を救い、且つ運命の捏和に悪影響を与えない、という理想論()()!」

 

 だから、と。

 ルクミィさんは私に手を差し伸べる。

 

「もう一度言うぞ。貴様が魔族でも魔物でも、なんか新種の植物とかでもなんでもいい! なんでもいいから、ワタシの我を通し、世界の法則に歪みを与えるための力を貸してくれ! 頼む!」

 

 作るべきだ、と思った。

 騎士シルディアの前で仮初の名乗りを上げた時のように。

 ルクミィさんに指摘された部分への修正を入れつつ──装飾品店の店主「オーリ・ディーン」でも、魔色の燕の長「オーリ・ディーン」でもない……それらのフリをしているという誰かを。

 

 彼女は見る目がある。勘が鋭い。

 今の私の「人間ロールプレイ」スキルでは、見破られてしまう可能性の方が高い。

 

 であれば。

 

「わかった。いいよ、力を貸してあげる」

 

 舞台装置(根っこの部分)に感情はないから。

 一番そこに近い人格で行こう。私が獲得してきた「人間ロールプレイ」の知識、経験、技術。それらを一度放り捨てた、最も「神」に近い私で。

 

「……なんだその変わりようは。肌が粟立ったぞ。貴様……いや、なんでもいいと言ったのはワタシだ。天龍の航行ルートの変更、その成功! それまでの間よろしく頼むぞ、オーリ!」

「うん」

 

 構わないけれど。

 そんな短い期間で逃がす程優しくないよ、私は。

 

 

 

 

 まず、だ。

 

「まず、ルクミィ。あなたには一つ見逃していることがある」

「見逃していること?」

「そう。天龍は確かに法則寄りの生物だけど、意思がないわけじゃない。むしろ高い知性を持っている。つまり」

「話が通じるのか!?」

「ルクミィを対等と見る天龍になら、あるいは、だけどね」

 

 たとえば私が言えば、「わかった」の二つ返事で航行ルートを変えるだろう。

 ただそれだと意味がないので、ルクミィが対等になる必要がある。

 

「……人間を見下していない天龍を探すべき……だが、問題となるルートを通る天龍であるかどうかも大事だ」

 

 地図を広げるルクミィ。

 先程デビットさんから渡されたものと同じ、この世界全体の地図に九つの点、そしてそれが辿るルートを書き記したもの。

 

「人のいない地域を通る天龍は除外する。その中で、最も問題となるのがこの四体。さっき言った通り、地中を移動するせいで余波が激しい白龍、灰龍。ザバランクという村を完全に押しつぶすルートで移動する黒龍スーニャ。そして生死は不明だが、生きているとすればこの近辺から出発をするはずのエントペーン」

「ティダニア王国に直接かかわりがあるのはスーニャとエントペーンだけなはず。イーゥクレイム、オーティアルパまで対応する気?」

「他国のことは他国に任せておけばいい、というのは十も承知だ。ただ、ヤーダギリ共和国は関所が甘い。密入国する手段ならいくらでもある」

「そういうことを聞きたいわけじゃないんだけど」

「他国の民は人間ではない、などという非道を言うつもりはない。ワタシは目に見える全てを取る。万人を救うことなどできない、なんてよく言われている言葉だけれど、ワタシが救いたい人間は万人ではない。そして全てを救い得る運命を持っていると信じている」

 

 成程。

 であれば、言うべきだろう。

 

「ルクミィ。伝えておくべきことがある」

「なんだ?」

「エントペーンは死んでいない。殺されかけていたから私が守った」

「ほぉ!」

「ただし、エントペーンは人間を見下している。積極的に人間を食らおうとしたり、街を襲おうとしたりする天龍の一体」

「……まぁ、それは知っていた。エントペーンによる被害はヌタスに次いで多いからな」

 

 そう、何も「法則のためだけに存在する生物」として全員が振る舞っているのなら、天龍は災厄認定されたりしないし、討伐対象にもならない。

 ちゃんと害のある行動をしているからカゼニスさんや偽・魔色の燕があれらを殺そうとしたのだ。カゼニスは殺し切ったけど。

 

 また、だからこそ王族の意見も完全には否定しきれない。

 そういう「災厄」を「世界の法則」だと認めてしまうことは、国民への諦めを示す行為でもあるからだ。

 ……まー、だったら初めからルート上に人の棲み処を作るな、という話ではある。換期のデータは揃ってたんだから、ちゃんと計画を立てなさい、って。

 ただ、なぜそこに偽・魔色の燕が関与しているのかがわからない。エントペーンを封印していたのも彼らだったし……もしかして天龍を何かに利用しようとしている?

 

「反対にイーゥクレイム、オーティアルパは話が通じるはず」

「そうなのか。ではなぜあんなに被害の出る航行を……。……いや、もしや、アレが一番被害の出ない移動法なのか?」

「一応言っておくと、話が通じるだけだから。人間を対等に見ているかどうかは知らないよ」

「ああ、そこは勘違いしないでおく。スーニャはどうだ?」

「スーニャは……」

 

 ……ううん。

 難しい、な。あの子を一言で表すのなら。

 

「好奇心旺盛。だから、ルクミィを面白いと思えば協力してくれるかもしれない。だけど、気分屋でもあるから、ふとした拍子にあなたを食べるかもしれない」

 

 昔から不思議な子だ。

 人間から一人気に入った者を選出して巫女と呼び、「村の守り神ロールプレイ」でも始めたのかなと思った次の日に巫女以外の村人全員を食べて、その次の日に「あれ、君が護ってほしいって言ったのって誰だっけ?」とか言い出し、絶望と憤怒にまみれた巫女を見て何度も何度も謝って、彼女が死ぬまで彼女を守り続けた、とか。

 自分の棲み処にいた魔物を一匹連れ去って人間の都市に落とし、その魔物を討伐した人間を連れ帰って棲み処に放置する、とか。

 無邪気故の邪悪。それと同時に、思考回路がぐちゃぐちゃで次何をするかがわからない。

 

 いつまで経っても子供。やりたいと思ったことがたとえどれだけ残酷であっても楽しんでやってしまえる子供。

 それが黒龍スーニャ。

 

「退かさないといけない天龍の中で最重要なのがスーニャだ。……話を聞く限り、まずスーニャにコンタクトを取った方が良さそうだな!」

「そこで食べられたら終わりだけど」

「ワタシの運命がそれまでだったというだけだ。が、今確信もしている。ワタシならスーニャと通じ合える!」

 

 蛮勇。

 ……いや。

 

「すぐに出発する?」

「ああ。……だが、アスクメイドトリアラーがワタシを狙って離さないだろう」

「なら、こうしよう」

 

 懐から指と同じくらいのサイズのナイフを取り出す。

 そしてそれを、私に突き刺す。側頭部。

 

「……は?」

 

 倒れる私。

 

「これで良し」

「は!? そ、は、あ!?」

「『ライエルの短剣』。刺した対象の偽物を作り出す」

「虚構の神ライエル……の、短剣?」

「ルクミィなら、『リルレルの花冠』は知っているでしょ?」

「あ、ああ。勿論。ティダニア王国の秘宝だ。実物を見たのはワタシでさえ三度程だったが、刻まれていた魔印がそれはもう見事なもので……ってまさか」

「そう。各神にはそれぞれ対応する武具、防具、道具、装飾品が存在する。リルレルの花冠、トゥナハーデンの鍬、トゥルーファルスの機織り機。このライエルの短剣もその内の一つ」

 

 なお、これら「神へ贈られた品々」は私が作ったものではない。

 魔王がすべての文明を破壊する前の、二十五柱全員が知られていたアードウルグ歴において作られたもの。人間が作り上げた叡智の結晶。

 ……だから私へ贈られたものはなかったりするんだけど。

 

「ライエルの短剣で作った偽物は、本物とほとんど変わりがない。ただし生物は作れない。つまり、この私は死んでいる。……死体なら作れる」

「そんなものが存在して良いのか?」

「ダメだから、私が持ってる」

 

 そう、「神へ贈られた品々」の中には、この私をして「やりすぎじゃない?」という効果を持つものが数多くあった。

 アードウルグ歴を生きた人々は神の権能を目にする機会が多かったから、「やりすぎ」の範囲がわからなかったのだろう。

 結果、魔王が文明を破壊するなどして「神へ贈られた品々」は持ち主を失い、中には一個人が「やりすぎ」てしまえるものが数多くあったため、私が回収。

 武具防具道具装飾品に関わらない人生においては使ってこなかったけれど、関わるロールプレイにおいてはこうして見せびらかすようにして使っている。

 

 おかしな話だけど、今使っている人格には「過去の人間の技術、その極致を現代の人間に自慢したい」……という思考が根付いているのだ。

 

「Narea gimoy Inoko kami.」

 

 そして呪文を唱える。無詠唱はダメだから。

 騎士シルディアの前でも使ったもの。つまり──蘇生の呪文。

 

 といってもこれは偽物。ルクミィ風に言うなら魂がない。

 

 魂が無いから、臓器各種は動くけれど意思が存在しない肉体、というものが出来上がる。

 こんな遠回りをしたのは「こんな遠回りをしないと作れない」ということを知らしめるため。

 

「仮死状態の人形……」

「そういうこと。で、今この部屋に時限式の火属性魔法を仕掛けた」

「はぁ!?」

 

 魔色の燕とは違う、適当な仮面をつける。声も変える。体格も微妙に変える。

 そしてルクミィを横抱きにして――第二実験管理室のドアを蹴破る!

 

「お、オイ、いまさらか! いまさらなのか!」

「何が?」

「子ども扱いするな! ワタシはもう四十で」

「別にそれを疑っているわけじゃないし、子ども扱いしているわけじゃない。ただ、アスクメイドトリアラーを強行突破するのに邪魔すぎるから持ち上げただけ」

 

 出てくる。

 通路に、わらわらと。

 

 魔術師協会の会員……に紛れ込んだ、アスクメイドトリアラー達。

 

「ラスカット様!」

「何者だ! ラスカット様を離せ!」

「あ、えー……た、助けてくれお前達! こいつ、ワタシの知識を……うわ!?」

 

 最初こそ躓いたけど、良い演技だ。

 ロールプレイロールプレイ。

 

 さしずめ、「囚われのお姫様ロールプレイ」かな?

 

「あ、あとオーリを頼む、誰か! アイツ、私を庇ったばっかりに、ひゃああ!?」

 

 今回はあの大監獄と違って殺しは無しだ。

 だから力加減を最大限気遣って、「退かす」か「昏倒させる」かの二択しか使わない。

 両手はルクミィで塞がっているので、メインウェポンは足。且つ通路が狭いので壁や天井を走るなどして「躱す」ことも視野に入れる。

 

「チィ!」

「待て、ラスカット様に当たる!」

「当てなきゃいい!」

 

 風の刃。今無詠唱じゃなかった? 使って良いの?

 ……違うな。何か……装飾武具かな? 危ない、勘違いでラインを超えるところだった。

 

「ど……んな体幹してやがるんだアイツ!」

「通達、通達! ラスカットルクミィアーノレティカ様が誘拐された! 犯人は無地の仮面を被った女! 使用魔法不明! 身体能力だけでこちらを圧倒している! 救援要請!」

「キャス、上、上!」

「繰り返す、救援要せ」

 

 側頭部を蹴って昏倒させる。

 ……なんだこれ。……音の魔力が乱反射する水晶柱? いや……一部だけがどこかに……いいや、解析面倒だし世界の記録記録。ん……へえ!

 凄いな、周波数の概念に辿り着く前に遠隔での通信技術を確立したのか。しかも発明はかなり近年……ルクミィ以外にも王家近辺に傑物がいそうな気配。

 

「これ以上応援を呼ばれても面倒だし、貰っていくか」

 

 あとでちゃんと調べよう。

 これが許されるなら「オーリ・ディーン」が作れる装飾品の幅も広がる。騎士シルディアと勇者レインに渡した『継手の指輪』みたいな「互いの位置がわかる」程度のものじゃなく、どこにいても会話までできる装飾品とか。しかもそれ、この時代なら流行り狙えそう。

 

 飛来した火の鳥を避ける。

 

 ──火属性魔法は流石にダメじゃない? 密室ではないとはいえ結構な密封空間だよ? 大丈夫?

 

「クソ、外した!」

「違う避けられてる!」

「馬鹿か!? 室内で火魔法なんか使うな! そんなんだから最近は質の低下が激しいとか言われるんだぞ!」

 

 ああよかった、アスクメイドトリアラーにもマトモな人間はいたんだ。

 ……しかし、「質の低下が激しい」、ね。

 直近で似た言葉を聞いたなぁ、って。

 

時流降(ダルク・ドーン)!」

 

 あ、また魔剣士。

 もしかして流行り? アスクメイドトリアラー内で魔剣士流行ってる?

 

 まぁ魔剣士は明確な弱点が一個あって。

 魔法を剣に纏わせることに集中しなきゃいけないから、身体がおざなりになって──こうしてフェイントですらない前蹴りに沈むんだよね。

 魔剣士が流行ってた時代は魔剣士vs魔剣士ばっかりだったから問題なかったんだけど、格闘主体、あるいは格闘を織り交ぜる魔闘士が出て来て覇権を失い、消えていった。

 

 そんなあなたに魔纏奏者。魔纏奏者はいいよ、全身守れるから。まぁ上手くやらないと自分の魔法で自分を傷つけるけど。

 

「この──どこから入った侵入者! ──を返せ!」

 

 ん。……デビットさんだ。言論操作の契約まだ解かれてないから名前呼べないのか。

 

「というか、オーリさんを巻き込むな!! あの人と協会の関係が悪くなると色々面倒なんだよ馬鹿!!」

「……へなちょこメガネ、攫われてるのワタシなんだが」

「うるさいチビ年増! アンタ結局自分でなんとかできるでしょ! 早く抜け出してくださいよ!!」

「だ、だ、誰がチビ年増だァこらァ!!」

 

 完全な死角から飛んできた長い針のような武器を掴み取り、前方へ滑り込んでデビットさんの腹に膝蹴りを入れる。

 

「残念ながら、その程度で気を抜いたりはしない」

 

 ルクミィに日常会話を投げつけることで空気を弛緩させ、その隙に、というのはそれなりに良い発想だった。

 ただ悲しいかな、私にとっては日常も非日常も等価。場の雰囲気でポテンシャルを左右させられるのは人間の長所であり短所だと思うよ、本当に。

 

 そのまま不殺の強行突破をして──魔術師協会を出る。

 出れば。

 

安眠の爽風(ヴァレス・レペ)!」

 

 ポーンと上空に宙返りし、魔術師協会の壁に着地する。

 騎士団か。まぁ、通信水晶に気を取られて少しだけ時間を食ったから、その隙に来たのかな。

 あるいは元から待機していたか。しかし、対魔物用催眠魔法とは。……魔物だと思われてる?

 

 けど良いのかなアスクメイドトリアラーは。

 騎士団と連携、なんて。隙を与える結果にしかならなさそうだけど。

 

「ルクミィ、舌を噛まないように」

「わかっ」

 

 私が知っている人間の英雄、その中でも最も優れた脚力を持っていた者のそれを再現し、魔術師協会の壁から水平方向へと跳躍する。

 アスクメイドトリアラーも騎士団も簡単に引き剥がす速度は、落ちる様子を一切見せない。

 

 そのままの足で都市の壁、屋根を伝って爆走し、都市の外へ出ることに成功した。

 懐かしい話だ。彼女は太陽が昇ると同時に走り出し、沈むと同時に辿り着く、なんてことをトレーニングとしてやっていた。それを考えると現代の兵士は些か軟弱であるような。

 

「スーニャのところまで、走っていくから」

「あ、ああ」

「振り切ったとしても、ルクミィにはまだ追跡魔術がついてる。何事も迅速にね」

「……ワタシ、何かとんでもない勘違いをしていないか、これ」

 

 ルクミィの私を見る目は、どこか。


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