神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「いいなー、本名で呼んでもらえるの。……苦手だけど、呼ばれはしたい、お年頃」

 陽光が天窓から入り込み、ちょうど、眠っている少年の顔へと落ちる。

 目覚め──を拒否して、少年は毛布を抱き込んだ。

 

「レックスー? 早く起きて、今日はあなたの当番でしょー?」

「……」

「レックスー! 起きなさーい!」

 

 少年は知っている。起きたって良いことなんか何もない。

 森を直接食べているような感覚に陥る朝食。そしてそれにありつくまでにある朝の仕事の数々。

 考えるだけで億劫になるそれらを思考の外に追いやって、もう一度心地の良い微睡みへと身を投じようとしたその時。

 

「レックス──レックス──」

 

 臭いを感じた。

 狩猟の臭いだ。だから、獣の臭い。

 

 違う。

 

「レックス──逃げて、お願い! レックス!!」

 

 血の、臭い。

 

 少年は飛び起き、ベッド脇に立てかけてあった剣を掴む。先日父親から貰ったばかりの、まだ手垢すらついていない新品の剣を。

 わかっていた。それがどういう理由か。

 わかっていた。今しなければいけない事を。

 

 立ち向かえ。

 助けに行け。

 そのために渡されたのだから。

 

「レ」

 

 ……悲鳴は、上がらなかった。

 ただ少年へと呼びかける声の一端が聞こえて、それだけ。

 粘りの強い水音。大きな"モノ"が倒れる音。

 足音。

 

 扉が、開く。

 同時、抜剣。

 

「──良い一撃だ。覚悟の乗った」

「ぐっ……!」

「が、軽すぎる。お前を信じた母親も、預けられた剣も、どちらも可哀想でならないな」

 

 剣は受け止められ、その腹は真っ二つに切り裂かれる。

 子供だ。少年だ。

 大の大人に敵うはずもない。あるいは彼が血の滲むような特訓を受けた兵士であれば、死の間際での奇跡もあったのやもしれない。

 でも、彼は努力よりも怠惰を好む人間で。

 だから、踏ん張りも利かなかった。意識もすぐに手放した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、死んだのである。

 

 

「……」

 

 そんな少年を斬った剣、そしてその剣を握る自身の手を見る男。

 

「グルアス。どうした、手なんかずっと見つめて。痛めたのか?」

「いや」

 

 山賊──に扮した格好の男が、問いをかける。

 

「……マイニ。子供って斬ったことあるか?」

「まぁ、そりゃ。この作戦始まってから何回斬ったかわかんねぇよ」

「どうだった?」

「どうって……気分はサイアクだよ。敵国のっつったって女子供斬るなんざ」

「そうじゃなくて、感触の話。……軽かったか?」

「うへぇ、ヤな事聞くのな。まぁそりゃ軽いよ、ガキだ。重いわけがねえ」

「……だよな」

 

 もう一度、彼は少年を見た。

 

「斬りかかって来たから、斬り殺した。……まるで、剣が受け入れられたみたいに、筋肉が張ってなかった」

「子供に求めすぎだ。兵士ですらねーなら腹筋の使い方なんざ知らなくたっておかしくないだろ」

「覚悟だけはあんなに重くて……それなのに、死の間際だけ脱力するとか、あり得るのか?」

「知らねえし、なんかあったとしても死んでんだ、もうほっといてやれよ。それよかとっとと偽装工作終わらせて撤収すんぞ。正規の騎士にバレちゃおしまいだからな」

「……ああ」

 

 

 ブレイティダニア歴における「とある戦争」。その発端となった、ある山村の虐殺事件。

 敵国の仕業と思わせる数々の工作が行われたあと、誰もがいなくなったその地で──少年は。

 

「死の間際でも、油断しちゃいけない。……覚悟が決まっていれば、子供であっても……生を掴もうとする。……諦めて次に行こう、なんて。……ロールプレイヤーとして失格だった。しっかりしないと」

 

 そう、息を引き取るのであった。

 

 

 

 

 殺す。指から伸ばした氷の爪で。

 殺す。腕に纏った風の刃で。

 殺す。蹴りと共に噴く炎で。

 

 対アスクメイドトリアラーの時とは違う。

 殺意を以て、対応をする。

 相手がそうで在るのだから、と。

 

 最後の一人。勝ち目など無い戦いに、逃げずに向かって来たそれの腹を突き破って、終わり。

 それでもその目は爛と輝き、殺意が、殺意が、殺意があった。

 

 ──生きる人間だ。

 

 生唾を飲む音。

 

「ルクミィ。大丈夫?」

「……半端な覚悟だったと、思い直したんだ」

「どういうこと?」

「義兄さんたちを操る魔色の燕なる組織。そうは言っても、何度か薬物を飲まされそうになったくらいで、直接的な殺意を向けられたことは無かった。暗殺組織。傭兵集団。噂としての話は多く聞きこそすれ、その実態をワタシは知らなかった」

 

 暗殺組織でも傭兵集団でもないけど。

 まぁここは口を挟まない。空気を読む。

 

「恐ろしい目をしていた。オーリとワタシ、どちらもを絶対に殺さんという目だ。……ああいう目こそが、運命に必要なのだろうと思う」

 

 シスタバハルア丘陵、旧ティダニア伝統派主要都市跡。内墓地。

 墓守の小屋らしき場所は、けれど不思議と中に空洞が存在せず、堅固に強化された建物の扉を開ければ、地下へと続く階段が伸びるばかり。

 そうして降りてきての、今だ。

 

 末端構成員か、それとも守護者か。

 拠点に入り込んだ私達を殺すために多くが費やされた。

 そして一人残らず殺した。

 

 質の低下が激しい……とは聞いていたし、ここに入ってくるまでに戦った者は確かに「質の低下が激しい」に該当するように思えたけれど。

 ここを守る者達の、なんと鬼気迫る顔か。

 家を守る。その覚悟の、なんと強きものであるか。

 

「怖い?」

「ああ。素直に。……だが、ワタシは今の感情を"()し"とは思わない。当然の恐怖だ。ワタシは戦闘者ではない。魔法は多少使えても、本質は研究者……いいや、守られる側の存在だ。敵に殺意を持つ者じゃない。だから」

 

 だから。

 

「今、覚悟を決め直した。決め直したところでワタシに力が備わるわけではないけれど、ワタシは今敵と戦っているのだと」

「そう。良いことだと思うよ。それが人間にできる、最低限の戦う力だから」

 

 偽・魔色の燕の持っていたナイフを取って、地面に思いっきりぶつける。

 毀れる刃……は、どうでもよくて。

 

「……この先、かなり複雑だ。それに広い。待ち伏せも考えられる。……ここからは走らずに歩いて行こう」

「反響音による地形把握……わかった。従う」

 

 そんなことをせずともわかるけれど、今はそういうロールプレイ中だから。

 

惨憺の闇網(シアデ・ラグハ)

 

 背後、通路いっぱいに闇属性の魔法を張る。

 網目状になった闇の魔力。そこに死体を投げてくっつけておく。

 

「そうやって後続を潰すのか」

「うん。バックアタックも挟撃も、どっちも面倒だから」

 

 特に非戦闘員を抱えている今は。

 いつもはしないことでも、しっかりとやっていく。

 少し懐かしくもある。やけに私を気遣って来た兄と共に、因習のある領地から逃げんとした「ロールプレイ」の最中、似たような状況に陥ったことがある。

 下水へ逃げて、狭い通路を通って、足止めと罠をたくさん使って。

 

 そして──どちらも、病で倒れた。

 食料が尽きて、下水の鼠を食べた。それが原因という、あっさりとした死だった。

 

「オーリ。……貴様に聞きたいことがある」

「なに?」

「貴様は、家族はいるのか?」

「いきなりだね。……いたよ」

「……死んだか」

「四年前のビガス戦争でね。投石機で投擲されたアスダイトに圧し潰されて、死んだって」

「その場にいなかったのか」

「もうこっちに来てたから。詳しい話を聞いたのはずっと後」

 

 当然だけど、「オーリ・ディーン」にも家族はいる。いた。

 今回の「戦争」が始まるまでは一般人でいたのだ。当然、これまでの生と同じように子供時代を過ごし、大人となって、店を開いた。

 家族から開店祝いを貰ったことも覚えている。親孝行もした。

 それはすべて「人間ロールプレイ」における普通のことで、特に何か思い出とかもない。出そうと思えば出せるけど、とりわけ特別な両親ではなかった。

 

「どうしたの、急に。怖くなって自分の家族を思い出した?」

「そ。……子ども扱いするなよ?」

「しないよ今更。恐怖を覚えて、ふと立ち返って、思い浮かんだのがおかしくなってなかった頃の家族。そんな感じでしょ」

「そそ。ワタシは……諦めていたな、と。思ったんだ」

 

 風。この密閉空間で。

 

「もう義兄さんたちはダメだと思っていた。父も母もとうに死したけれど、ワタシに残された家族もまた、もう会えないのだと。おかしくなってしまったっきりで、もうワタシと笑い合って食事をするような、些細な幸せは望めないのだと。……なぁ、オーリ。さっき貴様に殺された奴らが、どうしてあんな目をして向かって来たか、わかるか?」

「"生きて帰るため。家族に再び会うため。……そのために雑兵は勝ち目のない戦いを挑む"」

「それ、誰かの言葉を借りたな? ……でもまぁ、そうだと思う。家族がいたのか、仲間がいたのか、それともこの家を守るためか。自身の居場所を守るためか。……凄いな、戦う奴らは」

 

 これは。

 

「……ルクミィ。手、開いてみて」

「ん? ……ああ、いつの間にか握りしめて……ってなんだこれ!?」

 

 開いた手。

 そこには──結晶があった。

 そうか、お前には所有者がいなかったのか。

 

「感情結晶・貧。『混貧結晶』」

「……感情結晶。……確か、無尽蔵の魔力を所有者に与える代わりに、その人生を狂わせる前史異物(アーティファクト)の一つ……だったか?」

 

 ああ、そう伝わってるんだ。

 まぁそうだよね。感情結晶だけは、既存の技術体系には無いはずだから。どういう仕組みなのかも未だに解明されたことはない、はず。

 

()()()

 

 割れる。

 感情結晶が。

 

「神か、何かか。ワタシを憐れんでこれをくれたんだろう。どうせ狂い果てた人生だ、今更狂ったってリスクにはならないと。それなら今即物的な戦える力を、と。……たしかにこれからはありえないくらいの力を感じる。ワタシの得意な風の魔力も感じる。けど、要らない」

 

 罅は大きくなって──そして。

 

「家族を取り戻すのも、ワタシがやるべきことだ。誰の手を借りるつもりもない。大いなる力に縋りつく気は欠片も無い」

見苦しいから(流石だね)去りなよ(ルクミィ)

 

 さらさらと砂のようになって、消えていった。

 諦めな。確かに彼女は適合するだろうけれど、無理だよ。なんせ私が期待しているんだ。後から入って来たって遅い。

 

「消えた。……ちょっと勿体なかったか? どういう原理で魔力を汲み出しているのかがわかれば、運命の捏和にもアプローチが……」

「調べたかったら私の『紺罪結晶』を見せてあげようか?」

「貴様も持っているのか。……まぁ貴様ならさもありなんだが」

 

 ──ルクミィを抱き寄せて、そのまま後ろ回し蹴り。

 靴裏に捉えた感触はまるで岩肌。このまま蹴り潰すのも無理ではないけれど、相手の出方を見る為にそれを足場にするようにして跳躍、後退する。

 

「わっぷっ!?」

「魔剣士といい幻術矢といい、時代遅れのものばかり。偽・魔色の燕は考古学者の集まりって認識で良いのかな」

「……一射目を避けたのが勘だとしても、軌道を変えた矢まで対処されるのはおかしいと思いましたけれど……なるほど、幻術矢を知っている方でしたのね」

 

 声……は、暗がりの方から。

 光と風と熱。羽織ものは黒白ではなく、赤の面もしていない。偽物であっても魔色の燕の姿を真似するところくらいは徹底してほしい……とかではなく。

 

 え、と。

 普通に気の抜けた声が出た。

 

「エディシア・ボーフム?」

「あら。自己紹介が要らなかったのは初めてですね。──私を知っているとなると……もしかしてアナタ、蘇った方ですか?」

 

 エディシア・ボーフム。

 ……トツガナ王朝黎明期に私がやっていた「人間ロールプレイ」の名。そして……姿。

 その、もの。

 

「お、オーリ? どうした、大丈夫か?」

「オーリ? ……ああ、あなたが。オーリ・ディーンでしたか? オーリ・ヴィーエさんを襲名したとかなんとか……。くすくす、でも、あまり似ていませんね」

 

 今、久しぶりに悩みが生じた。

 即ち、読むか、読まざるか。

 

 トゥナハーデンのおかげだ。せいでもある。

 時間停止などせずとも念話で良い──あの会話が無ければ、私は即座に彼女を世界の記録から調べ尽くしていたことだろう。あるいはあの時のサラフェニア・シールベルベットに対する"改変"を止められていなければ、ルクミィに記憶処理を施していたかもしれない。

 

 こんなに面白そうな展開の真実(ネタバレ)を、自ら見に行く、なんて。

 

賢弓の照覧(ワトチド・アルウ)

「っ、物質の……構築? 貴様、なんだその魔法は」

天座の闇遮(シアデ・ペンタ)

「おい!?」

 

 ルクミィを闇の結界で隔離する。

 申し訳ないという心はある。私の都合で連れて来ておいて、放置なんて。

 

 でも──楽しんでみたいじゃないか。

 組織の名だけでなく。

 

 過去の自分をも騙る、誰か。

 

「へえ……ノクトバスの弓。もしかして私に合わせてくださったのですか?」

「勿論。エディシアの代名詞といえば、この弓でしょ」

「ええ、そうですね」

 

 彼女もそれを露にする。武器装飾で姿を消していた弓。私が今造り出したものと、寸分違わず同じ形の弓。

 

寿げ血濡れ矢(Jage ketshoruy)

信ぜ含羞む矢(Nobez eganshumy)

 

 読まなかった。読まないことを選択した。

 そして、彼女()が良く使っていた幻術矢を放つ。使用頻度はほぼ同じくらいのものが二つ。

 

 幻術矢──薄い光の魔力で空間を通る可視光を歪ませ、幻惑を作り出しながら戦う弓兵スタイルの一つ。

 強いことは強い。ただ、考えることが多すぎるのと、決定打に欠ける弓のくせに魔力を使い過ぎる、ということで普通の魔法や魔術の陰に埋もれて行った、これまた魔剣士と同じく「流行った時は流行ったけれど……」みたいな戦術。

 

 果たして、それが同程度の練度の使い手同士の戦いとなれば──。

 

「そう来ると」

「思った」

 

 蹴り。

 光の乱舞……幻術混じりの弓、その合戦。至近距離での連射は、狭い空間であれば視界を眩ませるほどの激しいものとなる。

 自分の攻撃で目を灼かれていては話にならない。だから幻術矢の使い手は目を瞑っていても戦えるよう、気配読みと体術を鍛える。

 

 落とす。「オーリ・ディーン」でも、作ったばかりの「オーリ」でもなく、「エディシア・ボーフム」の頃の身体能力にまで。

 できることとできないことを、「エディシア・ボーフム」にチューニングする。

 

 攻防は一瞬。交差は三度。

 蹴り、回し蹴り、威力は下がるけれど懐からの射撃。

 完全に同一のタイミング、動きで行われたソレは、相殺という現象を引き起こす。

 

「……」

「……驚きました。まさか私と」

 

 踏み込む。背中の矢筒から取り出した矢。それを逆手に握って、斬り上げる。

 避けられた。だけど、幻術矢相手に宙返りを含むバックステップは慢心が過ぎる。

 体勢を立て直した時にはもう、引き絞り終わっている。

 

死矢(Daz)

 

 吸い込まれるように、矢は「エディシア・ボーフム」の眉間へ──届かなかった。

 

 叩き落されたからだ。

 

「油断をするな」

「あの程度、傷にもなりませんでしたよ?」

「強がりはよせ。今の矢は確実に頭蓋を突き抜ける威力を有していた。どれほど似通っていたとしても、敵はお前ではない。お前が知らぬこともしてくる」

「……はいはい、お小言は後にしてくださいます? ()()()()()()さん」

 

 細剣。持ち主は──イードアルバ。

 ああ。

 

 じゃあ、そういうことか。

 あの偽・魔色の燕が言っていた、「オーリ・ヴィーエが魔色の燕にいる」という話は、妄言などではないのか。

 

「……イードアルバ。ガリムとヴェンダルダの間に起きた戦争……いや、侵略。あの日、あの時、左胸から首までを切り裂かれて死んだはずだけど」

「なに? ……エディシア・ボーフム。なんだコイツは」

「私に聞かれましても。ご同輩かと思ったのですが……」

「エディシア・ボーフムは毒殺された。下手人は最も信頼していた相棒、ヤーナム。幼馴染を人質に取られて、仕方なく、エディシア・ボーフムの食事に毒を盛った。敵の言われるがままに。……エディシア・ボーフムはそれに気付いていたから、ヤーナムにかけた最期の言葉は"幸せになってくださいね"だった」

「あらら。……もしかしたら私達の愛好家かもしれません」

「マニアックにも程があるな」

 

 そういうことか、と。

 世界の記録を見たわけでもないのに……見たわけではないからこそある快感なのだろう、これが。

 

「面白いな」

 

 零れる。

 ルクミィがそばにいることは忘れていない。結界といっても音まで遮断するものではない。だから、聞かれて困ることは言わない方がいいのに。

 零れ始める。溢れ始める。

 

「そうか。そうかそうかそうか。ああ──いつもいつも、本当にありがとう。ああ、今回もまた礼を言う。今回もまた感謝を渡そう。いつもそうだ。あなた達はいつも、私が私で在るための理由をくれる」

「……何の話かわかりますか? イードアルバさん」

「さあな。狂人にしか見えん」

我ら無貌の雑兵なり。(Gara nakaon ow zapper ja.)我ら声無き草莽なり。(Gara seimkic usmura ja.)故に我らは地を穿つ鉄馬の嘶きなり(Coni Gara hathew ohatsu kaneman ow seic ja.)

「!」

 

 我こそは神。創世の神なり。

 我こそはこの水晶玉を眺む観客なり。

 であればこそ、美しき観劇に、舞台に、一石を投じる者なり。

 

「詩? 奮起の詩……ですか?」

「……知っているアピールでもしたいのか? だが、容易く使うな。それは俺達の誇りだ」

「誇り。──ハ、どうやら"感情を遺す"ことには成功したらしい。今のお前ならば、団長にも顔向けできようさ」

「なんだと?」

 

 もう「オーリ」など剥がれ切っている。

 私は今、高揚している。久方ぶりだ。久方ぶりに──「人間ロールプレイ」を、やめている。意識的にやめることは多々あれど、零れるようにしてやめたのは本当に久しぶりだ。

 

 誰にわかる。子供か。感情結晶か。天龍か。

 

「お前達が、真に魔色の燕を名乗るというのなら──相手をしよう。偽物と決めつけたことを謝罪しよう。故に」

 

 黒白の粒子がぶわりと広がる。

 狭い通路。それを穴だらけにしていく、触れただけであらゆるものを穿つ光闇が。

 

 つけるのは、赤の面。

 

 大きく息を吸って──叫ぶ。

 

「出て来い!! オーリ・ヴィーエ!!」

 

 轟音。音だけで通路に巨大な亀裂を生じさせる程の「声」。エディシアとイードアルバが大きく仰け反っている。

 いるのだろう。いなければおかしい。いないというのなら──食らうぞ、お前の大事なものを。

 

「Akikie mataka dimanahe kas.」

 

 異層淵残痕。

 属性の違う魔力がAからBに遷移する過程で発生するエントロピー変化。万化法則における万化の途。それによって起きる「巻き込み」を使って攻撃する、使い方によってはそばにいるだけでズタズタになるこれは、オーリ・ヴィーエの得意攻撃の一つだ。

 だから今。

 私が声を発していないのだから、今だ。

 

 黒白の粒子に対し、同じく黒白の奔流でぶつかって来た相手を、認める。

 

「──ご容赦ください。ご容赦ください。この身は空を削ぐ燕になりますれば」

「あなたの視界にも映りませぬ。なぜならただ、この一撃のもとに」

 

 粒子と粒子が寸分違わずぶつかり合う。

 固定した空間と時間、その小さな粒をぶつける「細やかな力技」。

 

「あなたの命は、絶たれるのですから」

 

 齎されるは、破壊である。

 消し去られたのは空気。私と彼女の間にあった空気が消滅し、真空空間が出来上がって、空気が流れ込み、また消えて。

 暴風と破壊──その嵐の中を、けれど燕は高く飛ぼう。

 

「ッ──エディシア! イードアルバ! 全員に通達! この拠点を放棄し、第二拠点へ!」

「わかりました。イードアルバさん」

「ああ」

 

 懐かしい声だ。懐かしい言葉だ。

 焦ったフリも上手い。我ながら、あの頃の私にしては良く出来ていた方だと思う。

 

 まだまだ余裕の癖に、()()()()()()()のが上手いのだ、「オーリ・ヴィーエ」は。

 

「ルクミィ。気絶してても良いから」

「……聞き届けるぞ、ワタシは。貴様がなんであっても構わないと、何度も言っているからな」

 

 は。

 良い啖呵だ。

 

「問う。魔色の燕が巨大な組織になっていることについて──思う所は?」

「もちろんある。元々私の二つ名だったのに、勝手にパーティの名前にしたどころか、組織の名前にまでして。……最初は怒ったけど、まぁ、もう諦めもしてる」

「じゃあやっぱり、頭はあの二人なんだ。ゼルフとアリア」

「まるで友達みたいに言うね」

「旧知ではある。友人だと思ったことは一度も無い」

 

 粒子が集束する。いつも氷の爪にしているソレが、黒白の粒子で形成される。し直される。

 相手も同じ。

 

「オーリ・ヴィーエ」

「そう。……あなたは、オーリ・ディーン。私の襲名者。そう聞いている」

「過去の幻影の自覚があるのなら、とっとと消え去ってほしいものだけど」

「自分を騙る偽物がいると聞いて、飛び起きない死者はいないでしょう」

 

 合図は無い。区切りなどない。

 仲間がいる時の「オーリ・ヴィーエ」は斥候だ。だけど、仲間がいない時の「オーリ・ヴィーエ」は──単身で嵐を名乗れる暴虐となる。

 

 狭い通路であることなど関係ない。背後の結界の強度を既存のものからかけ離れたレベルにまで引き上げつつ、「人間」に許された限界値の攻撃をする。

 羽ばたきだ。ただそれだけだ。

 私達燕にできるのは、ただ羽ばたくことだけ。羽ばたいて、通り過ぎたその場所に、何かがいたのかもしれないな、と思うだけ。

 

「──強い目をする。オーリ・ヴィーエ。あの頃のお前には無かった目だ」

「そうかもしれない。昔の私には守るべきものがなかった。あのパーティも、人類なんて言うあやふやなものも、どうでもよかったから。でも」

 

 そうだ。その通りだ。

 魔色の燕にとって、人類など「自分と形が似ているもの」でしかない。

 ああ、だからこそ、あるいは羨望の対象になったのだろう。

 

 誰を気にすることもなく高い所を飛ぶ燕。地形に縛られることなく地面すれすれの低空を飛ぶ燕。

 

「あなたが知る私が、昔の私だというのなら──これは、知らないでしょう」

 

 首を傾けて、避ける。

 光学兵器。アードウルグ歴の遺物じゃないか。それこそ前史異物(アーティファクト)だけど?

 

「自分の身一つ以外要らない、というスタンスを捨て去った、ということ?」

「上を目指すなら、必要なこと」

「上を目指す。──面白いことを言う」

 

 オーリ・ヴィーエに、向上心?

 私を笑い死にさせようとしているのだろうか。

 アレにそんな高尚な心は無いし、リーダーシップを発揮できるような輝きも無い。誰かに指示を飛ばすのではなく、飛ばされる側だったことも同じく、だ。

 

 それを、成長?

 

「I ern ezn ihsnez.」

 

 顕現する。

 魔力──全色の魔力が。

 

「ッッ……そ、れは」

「やるならちゃんとやれ。──私を追いかけるのであれば、ちゃんと追いかけろ。上辺だけを取り繕ったところで、中途半端な結果にしかならん。黒白を纏う魔纏奏者程度いくらでもいる。オーリ・ヴィーエ。お前がオーリ・ヴィーエとなりたいのであれば、精神性まで徹底しろ」

 

 浅い。

 だけど、磨けば、あるいは。

 

「見逃してやる。オーリ・ヴィーエになってから現れろ。次、中途半端なお前と彼ら彼女らを私に見せたのなら──痕跡諸共世界から消し去ってやる」

 

 ばくん、と開く。

 何って、天井が。天井の、通路の、そこから上の全てが、墓地が、林が。

 何かに食されたかのように、消え去る。

 

「──……」

「『紺罪結晶』──」

 

 現れるは大量の水。

 角度をつけて放たれる上昇水流が、呆けた顔の「オーリ・ヴィーエ」を流し飛ばす。

 

 して、時間停止。

 

「フィロソニカ。イントリアグラル」

「……あちゃちゃ。バレてた?」

「やめろ、フィロソニカ。ここまで気分のいい母だ、無駄話を好むはずがない」

 

 慮縁の神フィロソニカ。埋没の神イントリアグラル。

 ヨヴゥティズルシフィと同じく忘れられがちな二柱だけど、その権能が弱いというわけではない。

 

「私が何に怒るのか。何を喜ぶのか。何が嫌いなのか。何が好きなのか。──全部わかっていると見るけど」

「もっちろん! でも、喜ばせる気なんかないよ」

「母よ。我らは明確に宣言をする。敵対宣言だ。戦争ではない。我らはヅィンを敵と見做す。──理由は要るか、創世神」

「無い。励め、フィロソニカ(Woeislonica)イントリアグラル(Interlla Graal)。……今、私の指は、再成から最も遠い所にある。飽きさせるなよ、くだらないことで」

「それは人間次第かなー。魔色の燕の躍進に期待! ってね」

「我ら芽を見守る者。添え木などという無粋なものは立てぬ」

 

 消える。去る。

 時間停止を解除すれば──そこにはもう、何もない。

 ただ、魔色の燕同士がぶつかった破壊痕があるだけ。墓地と林の一部を抉り取った凄惨な痕跡があるだけだ。

 

 ルクミィを囲う結界を解く。

 

「……オーリ」

「なに?」

「正直言って、何が起きたのか、なぜそんなに昂揚した声をしていたのかはわからない。ワタシが知るべきことであるかもわからない」

「そう」

「だが──」

 

 ルクミィは、空を見上げて、言う。

 

「最後まで付き合ってもらうぞ。寄り道などに現を抜かす暇があると思うなよ。貴様にどんな宿業があろうと、ワタシの隣にいる限りは、ワタシの運命に振り回されろ」

「……いいよ。付き合ってあげる」

 

 手加減の無い殺気と殺気のぶつかり合い。

 疲弊しているはずだ。だというのに、だ。

 

 ああ──やっぱり「人間ロールプレイ」をしていてよかった。

 面白い。面白い。面白い。

 今──とても、良い。このまま続けてくれ、人間。

 

 欲しいのであれば、チップくらいはあげるから。

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