神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「いつの時代にも割を食う人間がいる。……神もだがな」

 一方その頃。

 天龍の"換期"に対し、動きを見せているのがルクミィだけ、ということはない。

 確かにティダニア王国王家はその事実を隠蔽しようとしたかもしれないが、他国においてはしっかり対策を取ろうとする国もあった。

 

 その一つが、意外や意外、ヤーダギリ共和国である。

 貧富の格差があまりにも激しく、スラムの民を自国の民と認めていないかのようなこの国は、けれど国土に人間が密集し過ぎている。

 他国と違い、人のいない場所、というものがほとんどないのだ。

 

 故に、どこに被害が出ても全体に影響が及ぶ。

 灰龍オーティアルパの通り道……その近辺にいる住民、家屋の大移動。貴族がそれらを自身の領地へ受け入れることは無いが、避難所を設ける程度の働きはする。

 通り過ぎれば元通り。破壊された家々の補填はないし、逃げ遅れた人間に差し伸べられる手も無いが、少なくとも見放されたわけではない、というのは「恵まれている」と言えるのだろう。

 

「──良いかお前ら。稼ぎ時だ。わかってんな?」

「もちろんさ、お頭!」

「宝の山を自分から手放してくれるんだ、こんなありがてぇことはねぇ!」

 

 そしてこれもまた当然。

 人攫いや空き巣……所謂火事場泥棒がこれでもかという程活性化する。

 

 サジュエル・エヌ・エルグランド率いる盗賊団もまた同じだった。

 以前出会った"怪物"とのアレソレ以来、活動を自粛……なんてことは全くしていなかった彼らは、この好機も逃さない。

 

「良いか? "売値の無さそうな品"も逃すなよ。そういう"思い出の品"って奴は、後々大金を出してでも買い取りたいって奴が出てくる。これは善意だ。"大切なもの"が天龍に破壊されちまわねえよう、俺たちで回収してやんだからよ」

「よ! お頭、流石世界一の善人!」

「今日も善行積んじまってこりゃ、死後の安寧で大量の女に囲まれて暮らすこと間違いなし!」

「ただし、だ。──少しでも地鳴りが聞こえたら、すぐに離脱しろ。気のせいか、なんて思うなよ。天龍の航行速度は俺たちが目で追えるモンじゃねえ。来てから逃げる、なんて無理だ。善行、稼ぎ。それで死んだら元も子もねぇ。わかったな!?」

「応よ!」

 

 とはいえ、サジュエルは少し心配していた。

 彼の部下たちは、天龍を見たことが無い。過去に遭遇し、命からがらではあるものの生き延びている──それを三度程繰り返しているサジュエルと違い、本当の恐怖を知らない。なまじサジュエルが逃げ切れたことを知ってしまっているのも悪いだろう。

 どうにか頑張れば逃げられる──などと。

 死んだところで痛くも痒くもない部下たちだけど、また集め直して教育をし直すのは些か面倒だ。だから、再三言う。

 

「逃げろよ。絶対に無理はするな」

「もー何回言うんですか。わかってますって」

「……ならいい。んじゃ──行け! 根こそぎ盗って、奪い尽くせ!」

「っしゃあ!!」

 

 バタバタとアジトを出ていく男達を見送って。

 

 サジュエルは……彼らとは別の方向へと踵を返した。

 

 

 白龍イーゥクレイム。

 灰龍オーティアルパが地表の家々に甚大な被害を齎すのであれば、イーゥクレイムは「地盤をスカスカにする」という害を及ぼす。故に、通っている間は微かな振動が地表を襲うだけで……少し経った後、通り道の上にある地面が悉く陥没する、という現象が起きる。

 正直言ってこちらの方が驚異的だ。目に見えない脅威……どこからどこまでが陥没範囲かわからない上、いつ陥没するかもわからない、というのは不要な安心感を民に与えてしまう。

 

「来たか、エルグランド」

「ああ。他の奴らは?」

「続々と、だよ。……しっかしお前……口調といい恰好といい、盗賊が板についたな!」

「うるせえ」

 

 今は使われていない古城。

 亡国……ヤーダギリ共和国との戦争に負けて搾取が行われ、そのまま立て直すことが叶わずに滅びた国。

 サジュエルも、今ここに集まっているガタイの良い男達も、皆この国の出身だった。

 それぞれがそれぞれに散らばり、ヤーダギリ共和国の各地でそれぞれの活動をしている。

 

「イーゥクレイムの航行ルートは割り出せてんのか?」

「ある程度でしかない。過去の記録を漁るにも身分が足りな過ぎてな。国の書庫から持ち出したモンで計算したんだが、どうにもあやふやだ」

「……他国に協力を仰ぐべきか」

「オレ達の言葉を聞いてくれるもんかね」

「同情に訴えかける以外の方法があるか?」

「ねーなー」

 

 ヤーダギリ共和国を救いたい、などという気持ちは欠片も無い。むしろ憎悪の方が強い。

 であっても、それが向くのは裕福層にだけで、割を食う貧困層に対してはパンくずの欠片程度の同情くらいはある。

 

 そして──。

 

「ま、オレ達が良い思いをするために、今身を切るくらいは目を瞑ろうぜ」

「未来への投資、ね。それに失敗したから俺達は盗賊をやってんだが」

「乾杯だ。──生き延びるぞ、今回も」

 

 木で作られた杯がコツンとぶつかって、亡国の騎士たちは行動を始めるのであった。

 

 

 

 

 偽・魔色の燕の拠点は潰し尽くした。

 地面の下に広がっていたアンティの巣にも似た広大な施設は、けれどもぬけの殻。エディシアとイードアルバが逃した……にしては早すぎるから、多分元から緊急脱出手段があったんだと思う。

 

 というわけで寄り道も終わって、今は白龍イーゥクレイムの元へ向かっている最中だ。エントペーンが後回しにされた理由は、ただ帰り道で寄った方が効率がいいから、というそれだけ。

 ヤーダギリ共和国へは密入国だ。前期第三王女であるルクミィがその正体をばらすわけにもいかないし、手続きをしていたら時間がかかり過ぎるし、何よりヤーダギリ共和国の関所はザルもザルなので簡単に通り抜けることができる。

 

 ……ところで、今の私はかなり気分が良い。

 私は基本的に受け身である。人間の行動を見て「現在のロールプレイ人格」がどう反応するか、を考えて行動する。

 だけど、というかだからこそ、今起きている全てが「オーリ・ディーン」にも「オーリ」にも捌き切れなくなってきている。キャパシティーオーバーという奴だ。

 

 つまり、いずれ何かが私の手に負えなくなるし、いつか私の完全な想定外が出てくる、ということになる。

 そんなに楽しいことがあっていいのか。

 

「ルクミィ」

「ん?」

「私に何かして欲しいことある?」

「な……なんだ急に。怖いぞ」

 

 ……確かに。

 

「してほしいこと……は特に無いが、聞きたいことならある」

「うん、なに?」

「貴様、神というものについてどう考えている?」

「……抽象的な質問だね。どう、って?」

「ああ……だから、二十五柱の神は、なぜ存在していると思うのか、という話だ」

 

 なぜ。

 ……なぜ、か。

 

「なぜ……かな」

「ワタシは幼少期から考えていたんだ。たとえばこの世にある法則。遷移法則、万化法則、換期法則に廻天法則、総量保存法則……まぁまだまだあるが、とりわけ目立つのはこれら五つの法則だ。だが、これに神は関わっていない」

「……まぁ、どちらかというと天龍だね、関りが深いのは」

「そ。だが、妙だと思わないか? 世界を動かす法則に、神が噛んでいない、などと」

 

 人間視点はそう見えるのか。

 なるほど、確かに。理由としては法則の方が神より先に生まれたから、ってそれだけなんだけど、信仰対象とまでなっている絶対的な神が世界の運営に関わっていない、というのは奇異に見えるのかもしれない。

 

「であれば、この世に君臨する二十五柱の神とは、なんだ。ワタシ達を統治し、ワタシ達の生活に根差した彼らは、どういう理由で生まれた?」

「私達が祈ったから生まれた、とか」

「ああ……崇めていた生活における奇蹟が具現化した、という説か。……これは答えの出ない議論であると前提に置かせてほしい。その上で、ワタシはそうは思わないと言う。理由は、生活に根差していない神についての説明がつかないからだ」

「まぁ」

 

 ディモニアナタやトゥナハーデンは「そうでありますように」と願われた神、としての説明がつくけれど、ヨヴゥティズルシフィやインストリアグラルは無理だろう。

 生死、契約、奇跡、豊穣、祝福、薬毒、裁判、美芸、恋情、闇夜、鍛冶、朝陽、言語、酒宴。この子供たちは生活に根差した神だ。自然発生してもおかしくはない。だけど。

 流離、深理、埋没、音燃、慮縁、虚構、秘匿、直線、純真、抜錨、巡環。これらの子供達は「自然発生する」とは思えない神。

 

「だからワタシは、神々を作った神のようなものがいる、と考えている」

「まぁ、そういう考えに至った人は今までにもいたね」

「そうなのか。やっぱりワタシは知見が狭いな」

 

 これくらいで再成に至りはしない。

 それはただの推測でしかないから。これが確信に変われば、考えるけど。

 

「その点、オーリはどう考えている? 貴様はワタシや他人とも全く違う視点を持っているように思う。だから、聞いてみたい」

「うーん。神々を作った神みたいなのがいる、というのは……まぁ否定する材料も肯定する根拠もないからわからないけれど、でもそれだったら、なんでその"神みたいなの"の名前が知られていないんだろう、とは思うかな」

「む。……確かに。それほど強大な神なのであれば、最高神として祭られていておかしくないか」

「名前すら伝わってないどころか、存在自体語り継がれてないって変じゃない?」

「むむ。むぅ。貴様、さては議論が上手いな」

「いや代案出さずに反論出すくらい誰にでもできるよ」

 

 なぜ私の名が伝わっていないのか。

 ……名乗ってないからじゃないかな。あと目に見える形で何かしてるとかでもないから。

 神らしいことは全部子供達にやってもらってるし。私は「人間ロールプレイ」で忙しいし。

 

「他にも、神の名についても気になることがある」

「誰が名付けたのか、って? でも地域差あるし、それは普通に人間がつけたんじゃない?」

「だが、ワタシの調べた限り……一部の神の名は、どこの言語体系とも違うものなんだ。ワタシが知らないだけかもしれないが……どうにも違和感がある」

「たとえば誰?」

「音燃の神ホタシア。彼女はJotachiaと綴るだろう? だが、このJotachiaの文字の中に音という意味も自然という意味も含まれていない。造語や合成語ではないということだ。あるいは略語かとも考えたが、どう分解して何に繋げても形にはならなかった」

「あー」

 

 まぁ、そうだろう。

 ホタシアの名の由来となったものは、今回の歴史で出現したどの民族の言葉でもない。魔族ではなく獣人と呼ばれていた者達の祭事……Jotacarnivalという……ある種の謝肉祭の名から取ったもの。

 獣人という概念の存在しないこちらの世界においては発生しようがないし、その祭事を知る術も無いので違和感しかないはずだ。

 

 ヨヴゥティズルシフィ、マイダグン、ウアウアあたりもわからないだろう。前の歴史、文字の形、そしてとある少女の名付けた名前……と、推測ではどうしようもない名が多い。

 

 よって、これら神の名付け方が人間らしくないから、という理由では私には辿り着けない。

 

「でもそんなこと言ったら天龍もじゃない? 法則性も何もあったものじゃないし」

「むむむ。……まぁ、そうか」

 

 実を言えば天龍の方がちゃんと法則性があるんだけど。

 ルクミィは研究者かもしれないが、物質に寄った研究者だ。神学者というわけじゃない。その辺を求めるのが酷であるというのは理解している。

 

「……ん」

「どうかしたか?」

「尾行されてる」

「……アスクメイドトリアラーか? それとも魔色の燕?」

「どっちでも無さそう」

 

 練度が高い。

 それも、かなり。なんせこの距離になるまで私に気付かせなかったのだ。

 今の私は「オーリ」として振る舞っているけれど、別に能力を落としているとかではない。

 ──しかも固有魔法持ちだな。武器装飾もついている。かなりの手練れ。

 殺意は感じられないけれど、だからこそ狙いが掴めない。

 

 ルクミィ狙いか。

 それとも。

 

「人数は三人。マツカカの鎧をまとってる」

「……もしや、『いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)』か?」

「知ってるの?」

「ティダニア王国で活動する最高位パーティだ。普段冒険者とは一切のかかわりを持たないワタシでも知っている……というか、何度も王城に謁見しに来ている」

「へぇ」

 

 ああ、そういえばそんなのがいたような。

 どう考えてもアザガネの方が強いと思ったから、ファーマリウスに行った時も実物を見ることなく帰ったんだけど……いや、この練度なら見ておくべきだったかな。

 しかし、であれば目的もわかる。

 前期第三王女の奪還。……となると仲睦まじく喋っているのは都合が悪いか。

 

「ルクミィ、攫われたお姫様ロールプレイ、再開で」

「ロールプレイ? 何を言って」

 

 問答無用。

 ルクミィの足を払って転ばせ、その身体を俵抱きに持ち上げる。

 して──ダッシュ。一気に「人間ロールプレイ」におけるトップスピードまで到達し、ヤーダギリ共和国を駆け抜ける……も。

 

「凄いな。ついてきてる」

「こ、こんなに激しい走行なのに負担が一切ないとか、貴様どういう走り方を」

「親しくしないで。聞かれる」

「た、助けてくれ! 誰か、誰かぁああ!」

 

 それでいい。

 

 撒く……にしても、魔纏奏者の技は基本近接だ。中遠距離への対処は……別の技術を使うか。

 

 走りながら一瞬屈み、道端の小石を拾う。

 それに風の魔力と熱の魔力を纏わせ──チュン、と。

 

「熱礫」

 

 手首のスナップからは考えられない速度・威力の礫を投げつける。なお、これはしっかりと確立された原理によるもの。かみさまぱわーじゃない。

 

 ……防がれた。けど、威力には驚いている。

 なら、散弾にすればどうだ。

 

「た、たすっ、助けて、人攫い、人攫い!!」

「ヤーダギリ共和国でそれをやると、本当に幼子が人攫いにあってるみたい」

「だから子ども扱いするな! というかやれと言ったのは貴様──」

 

 さらに速度を上げる。身体能力ではなく魔法での後押しをして、だ。

 人間が出していい最高速度……のはずなのに、尾行してきている三人はまだ追い縋ってきている。

 これで追いつかれるようなことがあれば私は「人類の最高値」を更新した……のだけど、それは無さそう。

 つかず離れず。無論、それだけでもすごいことだけど。

 

「おいおい前にも何かいるぞ……」

「わかってる」

 

 跳躍のモーションを見せつつの、スライディング。

 リオグレイランスに酷似した外見の「ナニカ」による斧の振り下ろしを避けて、その股下を潜って直進する。

 

 しかし、追うだけではなく道を塞いできたあたり、私達が行こうとしているところがバレている可能性が高いな。

 誰に。そして何の目的で阻みに来ているのかはわからないけど、どうせだ、最大限利用させてもらおう。

 

伝染の繰糸(クリート・コラプシオ)

 

 巨体に無色の魔力で編んだ糸を貼り付け、その肉体を引き倒す。

 ルクミィの覚悟がどこまでのものかは知らないけれど、「意図的に他国の民を殺す」というのを良しとする性格ではないだろう。

 だから、倒しはするけど家屋は潰させない。しっかりと人のいないところに手をつかせ、そのまま固定する。

 

 この巨体。そして私と三人の距離は縮まっていない。であれば、回り道をしている余裕などないはず。

 通るしかない。倒れた巨人のその上を。

 昇れ。そして顔を出したその瞬間に──。

 

 ──激しい火の魔力の凝縮。

 一瞬にして集うは劫火と称されるべき大炎。

 

 私は良いけど、ルクミィが無理だな。

 

「『紺罪結晶』──」

「『紅怖結晶』──」

 

 衝突、する。

 が、押し負ける。当然だ。本来感情結晶とは所有者の感情を食らい、増幅して返す装置。

 私はパフォーマンスで『紺罪結晶』を有しているけれど、私の中に罪の意識なんか欠片も無い。だから、アルゴ、フランキスとも同じようなぶつかり合いをしたとして、負ける。

 この相手ともそうだ。倒れた巨体もろとも私達を焼き尽くさんとするその攻撃に、『紺罪結晶』から漏れ出でる水の魔力は掻き消されて行く。

 

「ぅ……げほっ、ごほっ!」

 

 ここまで熱された蒸気だ。ルクミィの肺は耐えられないか。

 しかし、他国でのこれだけの暴挙。どこかから許可が出ているのでもなければ、戦争の火種だけど。

 

「ルクミィ、これ舐めてて」

「ぅ……」

 

 体内で物質生成を行い、それを渡す。

 潤沢な水の魔力と「治癒」の魔印が施された飴。これで多少は楽になるはずだ。

 

 さて……"改変"は、どうするかな。

 しなくても対処可能な範囲だけど、このまま足止めを食らうのも面白くない。ここは時間停止と記憶処理と大規模改変で──……いや、この程度のことでルクミィを巻き込むのは勿体ない。

 

 よし。

 

 ()()()()()

 以前にも述べたけれど、雷は神の象徴だ。他国でのこれだけの暴挙を神が見逃すはずがなかった、ということで。

 

「紫電・割割!!」

「──」

 

 素直に驚いた。『紅怖結晶』の持ち主、ではない。その仲間の一人が使った剣術。

 懐かしいなんてものじゃない。

 

 この歴史が始まってから、初めてできた剣術。その体系。

 アードウルグ歴という「最も混乱し、最も混迷にあり、最も入り乱れていた時代」において出現した、対権能剣術。

 

 ──神殺しの、剣。

 

「なんだ、アレ!?」

 

 割断される雷。それをそのまま纏い、炎も水もぶった切ってこっちに突進してくる少女。

 まだ少女だ。体も出来上がっていないだろうに、なんという練度か。神々が跋扈し、その自分勝手さに手を焼いた人間たちが編み出したその剣技を、なぜ、どうして。

 

「急進・咬咬・偉異!」

 

 ぶん、殴る。

 剣を。

 

「は……!?」

「残念。私には効かない」

 

 折れはしない。ただ、こちらの拳も裂けはしない。

 圧力波だ。『紺罪結晶』、『紅怖結晶』の水と火を全てかき消して、周囲の家屋を吹き飛ばして、どうやら人形だったらしい巨人をぐずぐずに崩して。

 

 拳と剣が。

 

「ジュナフィス、王女様を!」

「わかってる!」

 

 無色の魔力。ルクミィに張り付こうとしたそれを、同じく無色の魔力で斬り上げる。

 なるほどこれは粒ぞろい。感情結晶・怖の持ち主に、最古流剣術の使い手、そして無色の魔力を得意とする魔術師。

 

「『紅怖結晶』──」

 

 アルゴの『朱怒結晶』と違い、『紅怖結晶』は火そのものを操る。それは例えば「燃やす」という概念のみを相手に植え付けるだとか、「燃焼による消費」だけを世界に降ろすだとか、熱の魔力ではできない概念的な事象を多く扱える。

 どちらが危険かと問われたら流石に『朱怒結晶』に軍配が上がるけれど、どちらが厄介かと問われたら『紅怖結晶』になるだろう。

 

 ただそれは、『紺罪結晶』も同じだけど。

 

「……ぶ……げ、ぇ」

「ファロン!?」

「溺れさせた。効果範囲外に出なければ、溺死する」

 

 首を掴み、苦しみ悶える女性。ジュナフィスと呼ばれた存在が無色の魔力でその身を覆っているけれど、感情結晶にそういう道理は通じない。

 依頼か、仲間か。

 

 どちらを取る。

 

「陥落・殴殴・威居!」

「へぇ、いいの? それをすると、この辺全部落ちるけど。……そうなったらヤーダギリ共和国との戦争は避けられなくなるよ」

「エリ、耳を貸すな! 隙さえ作ればこちらのものだ!」

「それを作れないからこんな手段に出てる──ッ、婉然!」

 

 空を蹴って後方宙返り。

 蹴ったのは水だけど、蹴った瞬間に雲散するからまるで空を蹴り歩いているように見えることだろう。

 

「空に……」

「さようなら、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)。君達が最強を名乗ることに、文句はない。──それでも無理なことが存在する。じゃあね」

 

 そのまま空へ空へと駆け上っていく。これでもう邪魔はされないだろう。

 さて、イーゥクレイムの所に急ごうか。

 

「……」

「ルクミィ? ああ、もう大丈夫。喋ってもいいよ」

「……おかしいと思わないか?」

「どれのこと? あの三人が襲って来たこと? それとも、あの作り物の巨人のこと? ──あるいは、私達の行動が割れていること?」

「全部だ。けど、最後のが一番おかしい。……ワタシがオーリと出会ったのも偶然で、オーリがワタシを連れまわせる力を持っていたのも偶然。仮にワタシの行動予測ができる誰かがいるのだとしても、ここまで当てられるものか?」

「あれ、気付いてないの? ルクミィの身体につけられた追跡魔術」

「そんなものとうに偽装魔術で覆い隠している。換期法則を逆手にとって、魔術師協会を中心点に置いた反転偽装だ」

「ふぅん」

 

 ルクミィを視ることをしていない。

 それが仇になっている……のかもしれない。少なくともアスクメイドトリアラーや偽・魔色の燕は追ってきていなかったはずなのに、待ち伏せまでされるというのは。

 

「……もう一つおかしいことがあるとすれば、この必死さだ」

「確かに、それはそうかも」

「ワタシが攫われ、故に取り戻すために全力を尽くしている……と言えば聞こえは良い。実際いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の三人はそれが狙いだったように思う。だが、先ほどの巨大な人形はワタシ諸共オーリを斬り潰すコースで斧を振ってきていたし、アヴィダの奴らが使って来た技もワタシが怪我をしかねないものばかりだ。……ワタシを取り戻すため、ではないように思えないか?」

「ルクミィを天龍のもとへと向かわせないため、に見えるね」

「なぜだ? 何か困るのか? ……スーニャのもとへ向かう時は、妨害は無かった。だがヤーダギリ共和国に入ってからすぐにこれだ」

「成程。じゃあティダニア王国王家は、ヤーダギリ共和国にはめちゃくちゃになって欲しいのかも。あの三人にあそこまでの暴挙を許したのも……」

「──戦争を起こすため、か?」

 

 判明していないことは多い。

 仮に戦争を起こすための策略であるとしたら、自国の戦力を削ぐに等しい換期の無視なんてことをするはずがない。

 だけど、偽・魔色の燕がなぜ王族を洗脳していたのかが分からないことと、ルクミィの外出をアスクメイドトリアラーが許した、ということを加味するに……ルクミィに期待を寄せたのが私だけではない、という可能性も出てくる。

 彼女のその言動に希望を見出し、彼女ならば自国内の天龍については「どうにかしてくれる」と。

 その代わり、他国……あるいはこれから敵国になるやもしれない所へは行かせず、その「甚大な被害」をヤーダギリ共和国に享受させたい、と。

 

「マズイ」

「帰る?」

「……考える」

 

 考えなければならないだろう。

 今、王家は背中を騎士団に刺されようとしているにもかかわらず、他国へ戦争をふっかけようとしている……ということになる。

 あるいは善良なる冒険者パーティを騙して使ってまで、だ。

 

 ルクミィが「諦めてしまっていた」ことを後悔した相手……彼女の家族。

 それを救う方法は。

 

「……ルクミィ。協力者が必要。そうだよね」

「ああ。ワタシもその結論に至った。ワタシだけではどうにもならない段階だ。もっと早く気付くべきだった」

「なら丁度いいのがいるよ」

 

 こっちはどうしようもないので世界の記録を漁る。

 んーっと。

 あ、いた。

 

 空中で方向転換をしてー。

 

「丁度いいの?」

「そう。この国で協力を仰ぐのにちょうどいい相手」

 

 ──眼前に、降り立つ。

 

「!?」

 

 凄まじい反応速度で後退する男。

 

「……何も、ン!?」

「ついてきて。サジュエル・エヌ・エルグランド」

 

 無色の魔力で胴体をがっちり掴み、また空へと舞い上がる。

 

「な、なんだ、手!?」

「……えーと。貴様、人攫い……手馴れているな」

「まぁ経験は多い方かもしれない」

「空を飛ん……ああクソ、わけがわからねえが、後にしろ! 俺に何用かあんだろ、恨みつらみ! そういうことしてる自覚はある! だが今はダメなんだ、後で全部聞いてやるから!」

「天龍に関することだと知っても?」

「──!?」

 

 視えている。

 彼が今、どんな目的で動いているか、など。

 

 まぁ、もう一押しがあるとすれば。

 

「サジュエル・エヌ・エルグランド。──あの時名前を聞いたのだから、覚えている。そっちは覚えてない?」

「……もう付き纏わないでくれって言ったよな、俺」

「今回は偶然だから」

 

 サジュエルは、抵抗をしなくなった。

 

 よし。

 説得成功。

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