神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
まず初めに、謝罪をさせて欲しい。
そう切り出したのはレクイエムだった。
ティアの『聖霊の小路』を通り、命からがら神々の戦争から逃げ出してきた彼らは、オーリ・ディーンに持ち帰った素材を渡し、すぐに作戦会議へと移る。
その開口一番がこれだ。
「今回みんなを死地に誘った全責任は僕にある。だから、謝罪をさせて欲しい」
「あぁ、じゃあ受け入れた。んで、神共についての話に移るが──」
一番被害を被ったであろうアルフがあんまりにもあっさりと言うものだから、レクイエムは一瞬意識が飛んだのではないかと錯覚する。
けれど、他の皆も同じだった。謝罪など、聞き入れる意味がないとばかりに言葉を並べていく。
「な……ん……」
「責める気が無ぇからだよ、レクイエム。責めた所でどうしようもねーってのもあると思うが」
「……けど、ユート。僕が今回ディモニアナタの領域に入り込んだのは、紛れもなく皆への背信行為だ。だって……皆のために材料を持ち帰らなきゃいけないって使命を背負っていたのに、僕は同胞を優先した。……それは悪いこと」
「お前にとっての同胞が家族なのか仲間なのかは知らねえが、それを優先することの何が悪いんだ。俺だって……まぁこの世界に家族はいねーけどさ、たとえば目の前にディモニアナタを殺せる剣が刺さってて、今しか抜けない、って時でも、お前が崖から落ちそうになってたらお前の手を掴みに走るよ」
「……意味の分からない例え話はおいておくにしても、……不合理だよ。もっと責めていいはずなのに……」
流石に聞き飽きたのだろう。
アルフがぐりんと振り返って──レクイエムの頭をぶん殴った。
ぶん殴った。
「──~っ!?」
「はン、やっぱ身体強化入ってねぇとただのクソガキか。殴り甲斐がある」
「体罰はダメだぞ、アルフ」
「口で言って、それでも"でも"だの"だけど"だのと言い続ける奴にはこれくらいやらねえとダメだ。……おい、いいか、クソガキ」
殴った手で、レクイエムの胸ぐらを掴み。
アルフは──ドスの利いた声で吠える。
「今一丸となって神なんつーどうしようもねぇモンぶっ殺そうとしてんだ。それをくだらねぇ罪の自責なんぞでぶち壊しにしてみろ。オレはまずてめぇからぶち殺すぞクソガキ」
「アールー」
「レイン」
その口の悪さを叱ろうとしたレインを、シルディアが制す。
必要なことだと判断したからだ。
「……その方がいいのかもしれない。結局僕は魔王で──」
「ふん!」
「──……!?」
蹴り、だった。
膝蹴り。レクイエムの……股座に。
「野郎にはコレが一番効くんだ。クソガキでも玉ァついてんだろ、これでちったぁ」
その時アルフはうすら寒いものを感じ取った。
背後だ。シルディアに制されているレイン。
わかる。目すら見ていないのに、わかる。
アトデ、ハナシガ、アル。
アルフは大人しく両手を上げた。
「ご歓談中失礼します。全員分の装飾品が出来上がりましたので」
「いや早っ!? 仕事早っ!?」
「流石だな、オーリ装飾品店」
「まぁ、なんだかんだ言ってこっちをしている時間の方が長いですからね」
配られて行くのは耳飾り。
レクイエム達の持ち帰った地龍の素材──地龍の髄液。それがまるで宝石のようにあしらわれたその耳飾りは、付けるものを選ばないシンプルなデザインになっている。
「一応、装飾品の説明をさせてもらいますね。今回渡したアクセサリーの正式名称は『ハグマの耳飾り』。神からの視線を逸らし、且つその背後の景色を投影する機能を有しているため、神々があなた達を見たとしても、そこに何があるとは気付けません。ただし今回のように何かで満たされた空間、あるいは"何もないことがおかしい"ような場であると、逆に気付かれる可能性があります」
「あぁ、今回のアレソレはオレ達の馬鹿だった。気ぃつける」
「また、何名かは気付いていると思いますが、このアクセサリーは魔力を消費しません。地龍の髄液自体が外部からの魔力変換を有し……いえ、詳しい原理を知りたいのであれば、この城にある図書室の『地龍解剖学大全』を読んでください」
「……地味に読みてえなそれ」
「質問しても構わないか、店主」
「どうぞ」
「これは誰につけても効果を発揮するもの、という認識で良いんだな?」
「はい。ただ、紛失した場合、奇跡の神ゴルドーナや祝福の神リルレルに祈った所で返ってくるものではないと思ってください。彼ら彼女らも見えませんので」
「あー」
「説明は以上です。他に何もないのであれば、私はここで失礼します」
レクイエムが蹲ったままである……が、もう仕事終わったとばかりに退出しようとするオーリ。
その背に声をかけるものがあった。
「あの、私の神様」
「……いやあなたの神様ではないのですが、なんですか?」
「私とユートという勇者二人の攻撃を以てしても、ディモニアナタとヨヴゥティズルシフィの戦いに水を差すことはできませんでした」
「はあ。まぁ、そうでしょうね。勇者はどこまで行っても対魔王のための存在。神に向けられる力など持っていませんから」
「でも、それじゃダメなんです。……ですから、どうか」
頭を下げる。レイン・レイリーバースが。深く、深く。
祈るように。
「魔色の燕であるあなたは、私達と共には戦ってくれない。それはわかりました。でも……装飾品店の店主として、神に対抗し得る装飾を私達に売ってもらうことは、できないのでしょうか」
「……。……。……」
長考。
「売ってもらう、ということは、買う、ということですね」
「はい。勿論です。貰う、なんてことはしません」
「であれば構いませんよ。ただ神への対抗手段となると、手持ちの材料ではどうにもできない部分が大きいので」
「そこは任せてくれよ! 次からは俺たちも行けるんだろ? こんだけ心強い仲間がいるんだ、百人力って奴さ」
「……」
「そうですか。では、どのような装飾品が欲しいか決めておいてください。オーダーメイドになりますので、具体的な図案や効果があるとありがたいです。それを受けて、何が必要かを提示しましょう」
「承知した。……が、すまない、ユート・ツガー」
「ん?」
「私とレインは一度騎士団に帰らなくてはならない。無断で出てきているからな、そろそろ捜索が始まってもおかしくない」
「オゥケィだ。俺とレクイエムは冒険者、根無し草みてーなもんだからな。ティアとドロシーもここが家だってんなら、作戦会議、参加してくれるだろ?」
「勿論」
「良い案が出せるかはわかりませんが……」
「良いんだよ、こういうのはブレインストーミングつってな、自分からは絶対に出ない発想とか、反論とか、疑問とか……そういうの一緒くたにしてアイデアを昇華させんだ。……ああだから、イケメン……というかシルディア」
「なんだ?」
「騎士団帰って、時間ができたらこっち来てくれよ。お前達は生粋の戦闘者だからさ、意見が欲しい」
「それは勿論構わないが……私達はここがどこなのかも知らないぞ」
それについては、と。
アルフがダルそうに声を上げる。
「オレが帰り方を知ってる。……だからまぁ、レインとシルディアと一緒に帰って、諸々片付いたらまたくりゃいいだろ」
「あ、そっか。そこ親子なんだっけ?」
「不本意だがな。それより、ユート・ツガー」
「おう」
「そのクソガキのメンタルケアはお前がちゃんとやれよ? 何百年と生きてるとか言っておきながら、精神がガキでガキで仕方ねえからな」
「任せろ」
無論。
ある種──違うベクトルではあるけれど、アルフも「精神が未熟だった」から子供の姿になっている、ということはオーリしか知らない事実である。
「んじゃ一旦解散だ。オーリさん、一から百まで世話になるが、よろしくな」
「お気になさらず。ただ、私も毎日ここにいるわけではありませんので」
「あいよ」
そんな感じで。
一旦の収束と、未来の約束を交わして、解散したのである。
シュー、と。
威嚇の音を出すリバリー・リバーリ・リー。
相手は、オーリ・ディーンだ。
「なんですか、リーさん」
「……なんですか、じゃないよ。……人間味がないとは思っちゃいたけどね。……今アンタ、何人目だい?」
「ああ、わかるんですか。それは盲点でした」
さもありなんと。
あっけらかんと。
何の言い訳もせずに、オーリは肯定する。
「参考までに、どうしてわかったのかを聞いても?」
「簡単さ。今朝ここを出てったアンタからは悪運の気配が何もなかった。今いるアンタからはひしひしと感じ取れている。そんでもって、地下にいる方からはとんでもないレベルの悪い予感がぶっ飛んできてる」
「今嘘を吐きましたね、リーさん。あなたは別の方法で私達を見分けています」
「……断言するじゃないさ。……ま、そうだよ。滂蛇の固有技能って奴さ」
「そこで素直なのがリーさんの美徳であり、残念なところですね。……それで、今あなたは私に敵意を持っているようですが……どうする気ですか?」
オーリ・ディーン。
リーの知覚範囲内にいる彼女は、少なくとも四人。その外となれば、もうわからない。
まだふた月ほどの付き合いでしかない彼女と彼女。
信頼関係など。
「……いや、謝るよ。本能的に敵意をむき出しにしちまったけど、匿われている分際でやっていいことじゃなかった」
「そうですか。謀反を企ててくれても気にしないので、お好きな時に寝首を掻きに来てくださいね」
去って行く「オーリ・ディーン」。
リーは。
「……悪路の光明。だけど……この道は、果たして繋がってんのかね、未来に」
いつか。
光に目を取られ過ぎて、繋がっていない道を通ることになりそうだ、と。
リーはそういう生態ではないにもかかわらず身体を震わせるのであった。
なお。
リーから察知されない異境にて……件のオーリは。
「リーさんも騙せたことを喜ぶべきか、実は何の力も奮えない人形であることをカミングアウトしておくべきか……」
故意に二つ以上の肉体を操ることはできても、自律した分身は
ゆえにこのオーリはマリオネッタ……とはいえ「可能な限りの自意識」が許されている魔色の燕らとは違い、完全に「彼女」の意識を乗せてあるもの。
裏切りは発生しない……というか、この「オーリ」は見せ掛けだけなので、何もできないが正しい。時間を戻したり"改変"をしたりすることは勿論、精密な魔力操作や装飾品製作も無理だ。
彼らにあれほど早く完成品を渡せた理由は、あらかじめ作ってあったから、というだけのこと。
素材不足など、「彼女」にあるわけがない。
……ただ。
「いや……なるようにはなると思うけど、対神装飾とか約束しちゃってよかったんだろうか。パワーバランスが……でも現状神側が強すぎるし……戦争になってすらいないし……」
この「オーリ」は、取り返しをつけられない。
だからあんなにも長考したし、また「手持ちの材料が云々」という時間稼ぎをした。
別に「彼女」と常時繋がっているというわけでもない「オーリ」には、まさかまさか、今まさに「彼女」が神殺しの剣と戦っているなどとは想像もしないし、なんならルクミィと出会ってからの一連の流れの一切を知らない。
適当なことが言えないのに情報がない。
「……早く帰ってきて、私を消してくれないかなぁ。悩むの面倒なんだけど」
ただやはり彼女も「オーリ」なのだ。
他のマリオネッタたちとは違う。使い潰されたくない、なんて思いは欠片もない。
消えてしまえるならそれがいい。
破滅的とも捉えられるその考えは──。
「……本当に。"人間ロールプレイ"なんてしてるからこんな迂遠で遠回りなことを……手元に無かったら作る。気に入らない奴がいたら消す。それができるんだから、そうすればいいのに」
かつてフォルーンが危惧した、"本来"。
「ああ、ダメダメ。意識的な縛りが入ってないとすぐ思考がこっちに寄るから……せめて思考制限の契約とかかけていってくれたらよかったのに」
ぶつぶつと。
溢れるように。
「使えない、言うことを聞かない人形の人形劇。人間なんていう中途半端な存在の見せる茶番劇。権能なんて力を与えたばかりに自分達を特別視し過ぎている造物の喜劇」
くだらない、と。
「異世界の人間……少しは期待したのに。世界が変わろうと人間は人間、なんて皮肉が過ぎる。もっと異質な価値観を持っていたら、少しは……はぁ」
これが「彼女」の本心であるかどうかまでは定かではない。
ただ、「人間ロールプレイ」をする必要の無くなった「彼女の意識」は……。
「飽きもせず、よく何度も何度も人間を作るものだ。何か別の、全く別の機能を持つ存在で埋め尽くした方が、予想外も予定外も毎秒生まれるだろうに。……人間など、もう出涸らしだろう、あんなもの」
ずっと、ずっと、ずーっと。
ぶつくさ文句を言い続けていたとか。
魔色の燕・第二拠点。
第一拠点であったシスタバハルア丘陵の旧伝統派街墓地地下の壊滅を受けて、彼ら彼女らは久方ぶりに「全員が」集まっていた。
「伝えた通りだ。今日未明、第一拠点が襲撃を受けた。襲撃者は二名。一人はティダニア王国前期第三王女、ラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニア。……とはいえこちらは戦っている様子はなかったし、守られてばかりだった。おそらく"ついで"で連れて来られただけなのだろう」
「襲撃を受けた、ねぇ。最初に喧嘩吹っ掛けたのはオレ達なんだ、印象操作はやめようぜぇ、優等生クン」
上裸に民族的な装飾品をつけた男が司会者を揶揄うように言う。
事実だった。初めに仕掛けたのは魔色の燕。だって。
「しっかしアスクメイドトリアラー組も使えねえなぁ。足止めが足止めになってねぇ上に、一人も殺されずに逃がしちまったんだって? 手加減されてそれとか、ハッ、質の低下ってレベルじゃねーじゃねーかよ」
「特に異論はない。我々はアスクメイドトリアラーとしての領分をはき違えることなく王女奪還を狙ったが、身体強化無しの、素の身体能力だけで完全に押し切られた。ただ……おかしな点がある」
「お、言い訳タイムか?」
「茶化すなチャック。それで、ディミトリ。おかしな点とは?」
「我々がマークし、実際に魔色の燕を名乗ったオーリ・ディーン。だが、我々を蹴散らしたのは全くの別人だった。当のオーリ・ディーンは火属性魔法を全身に受け、昏倒したまままだ意識が戻っていない。……オーリ・ディーンが二人いる。あるいは、我々を蹴散らした方が本物で、先に敵対したオーリ・ディーンはダブルである可能性が高い」
「だが、オエンガフスの制御を奪ったのは事実なのだろう? つまり」
つまり。
「魔術的に最高位に位置するオーリ・ディーンと、身体能力において他を圧倒するオーリ・ディーンがいる、ということか」
「ま、そう考えるのが辻褄合うわな。どっちも最高峰なんて頭の痛くなるスペックはあり得ねえだろうし。……あー、だから、なんだ? 魔術師のオーリ・ディーンは捨てられた……ってことか?」
「あそこまで痛めつけることが演技であるのだとしたら、もはや脱帽だ。現在の医院に入院しているオーリ・ディーンは生死を彷徨う状況。切り捨てられた、と考えるのが妥当だろうな」
「ひぇー、俺たちとは違う、なんつってキレてたクセに、やるこた大体同じかよ。怖いねー女ってのは」
それで、と。
全員の視線が向くのは、三人だ。
「どうだった、ヴィーエ、イードアルバ、エディシア。実際に交戦してみての感想は」
「正直に言いますね。──勝てる気がしません」
「おー、自信家のボーフム嬢がそこまで言うか」
「完全に合わせられました。私の使う幻術矢と、完全に同等の練度で且つ少しだけ私の上を行く、という形で」
「俺は実際に剣を合わせたわけではないが、エディシア・ボーフムに向かっていた矢を叩き落した時の感触は今でも信じられん。矢だぞ。弓から放たれた矢。それが、まるで大樹の幹に剣を振るったかのような重さだった」
それだけではない、と。
オーリ・ヴィーエは言う。
「魔色の燕。パーティ名になる前の私の二つ名。その頃の私と完全に同一……ううん、相手の方が上、って感じだった。それに、どうも私達の素性を知っているみたいで……」
「ああ、気味が悪かったな。誰に見られた覚えもない己の死。……どこで知ったのか」
「私など、心情まで言い当てられました。……恐怖があります」
三人が三人とも、沈痛な面持ちだ。
だからだろう、上裸の男……チャックと呼ばれた彼は、わざとおちゃらけた声を出す。
「んじゃ、このまま泣き寝入りかね? 偽物扱いされたままで終わりだ。だって仕方ねえよな、ゼルフもアリアも全く帰ってこねぇんだ、実質的なトップのヴィーエがそのチョーシじゃ勝てるモンも勝てねーって」
「チャック」
「おいおい、俺は事実を言っただけだぜ? だから、もうちっと建設的な話に移ろうや。前期第三王女を攫ったオーリ・ディーンとかいうのはもうどうしようもない。で、現状どうよ。ティダニア王国は乗っとれそうか?」
「そっちは抜かりない。ヤーダギリ共和国との火種も蒔き終わっている。近々戦争が起き、それに乗じてたくさんの"空き"ができるはずだ。
"空き"。それが何を意味するか、など。
「天龍は? 巻き込まれんのは御免だぜ」
「それが終わってからことを為す。心配はいらん」
「そうかい。……んじゃ、とりあえず今後はオーリ・ディーンに手ェ出さねえってのと、引き続き洗脳でいいか?」
異論はなかった。
故に一人、また一人と席を立って……。
司会をしていた「優等生クン」と、チャックだけになった。
「……どう見る」
「踊らされてる。そう思うね」
「私もだ。オーリ・ディーンなる存在の仕業かどうかまではわからんが、私達は誰かの掌の上にいる」
魔色の燕に長年席を置く二人は、だからこそ事態を看過できない。
「目的をはっきりさせよう。まず、一つ目。オーリ・ディーンはなぜダブルを斬り捨ててまで前期第三王女を攫ったのか」
「知識か、王家の血筋か。どちらにせよろくなもんでもねえな。天龍の換期をどーたこーたらするって話は」
「ブラフだろう。以前エントペーンを封印した時も、こちらの話など聞く余地も無かったうえに、殺すには至れなかった。あれよりも苛烈な性格であるらしいスーニャと、見下してこそいないものの近づくだけで死が訪れると言われているイーゥクレイム、オーティアルパ相手ではあの王女様がどれほどの切れ者であろうと無理だ」
「そいつをオーリ・ディーンが無効化させちまえたら?」
「……お手上げだ」
天龍は絶対だ。
神の次に強き存在として描かれる彼らは、人間になど見向きもしない。
それは魔色の燕の共通認識であると同時。
「天龍に勝てるというのであれば、私達では組織力不足だ。"
「予定は繰り上げないとだよなぁ?」
「……お前は殺しがしたいだけだろう。……まぁ、その通りなのだが」
下品な笑い声が響く。
チャック。
彼こそが、魔色の燕の方向を変えた最重要人物。
「殺していいのは、ヤーダギリ共和国の人間。合ってるか?」
「合っている。何人殺してもいい。お貴族様も、だ」
「いやぁありがてぇ。ほんと、ぞっとするよ。俺が魔色の燕に入ってなかったらと思うと」
「一瞬で捕まって大監獄行きだっただろうな」
「いやいや、俺は上手いからさ。殺した女の皮を剥いでソイツに成りすますくらいのことはやってたと思うぜ。……俺が怖いのは、その程度で満足してたかもしれねえって話でさ」
「……」
「感謝してるぜ、俺を拾ってくれたアンタには」
「わかった。わかったから、もう行け」
「へいへい。じゃあな、優等生クン」
チャックもまた、去って。
一人になった「優等生クン」は……。
「──聞こえるか、ゼルフ、アリア。事態は火急だ。今から事の次第を手短に話す。大至急例の場所に向かって来て欲しい」
どこかへ、通信をかけ始める──。
トゥバシバル国。
砂漠のど真ん中、且つ「旧海」と呼ばれるオアシスに隣接して建てられた国に、その二人はいた。
ターバンを巻いた日焼けの激しい男性と、彼に引っ付く少女。
二人は市場に出ていて、買い物をしているらしかった。
「あんらクールビー王。どうしたんだい城から出て……って、もしかして……アンタシャーリーちゃんかい!?」
「ひぅ!?」
「っとと、すまんねぇ怖がらせちまった。あー……じゃ、お詫びだ。海飴、一本あげるからさ、許しとくれ」
海飴。
先述の「旧海」……あまりの広さにかつては海と思われていたそこでとれた水を使った飴だ。
極めて高い粘性を持ち、木枝でぐるりと掬えばそれだけで固まってしまう程。
「すまないね」
「いいってことよ。……しっかし、アタシが覚えてるシャーリーちゃんは、こーんなだったってのに」
言いながら親指と小指をギリギリまでくっつける女主人。
そんなわけがないのだけど、否定する人間はいない。
「クールビー王、今日はなんで城下町に?」
「もうすぐあちら側での換期だからね。結界の強度を見に行くんだ」
「あらやだ、じゃあ引き留めちまったのは悪かったね。いってらっしゃい」
「ああ」
「……ありがとね、おばちゃん」
賑やかな市場。
熱い空と地面。
「シャーリー。視えるかい?」
「……うん。小さい子と、綺麗な人」
「その綺麗な人が、前に言った本物だよ。よく目に焼き付けておくと良い。──あれが、水晶玉を触るものだ」
「水晶玉……?」
「この世界のことさ。……シャーリー、もう少し歩くよ」
「うん」
二人は、歩いて、歩いて、歩いて──「旧海」にまで辿り着く。
そして覗き込んだ。
水面に映るのは、
「シャーリー。この景色を、君はどう思うかな」
「んー。変」
「ふふっ、はははは。そうだね、変だ」
平和だった。
天龍の換期もない、運命の捏和もない。
大砂漠──大陸全土が砂であるこの世界に於いて、唯一水のある場所。
「指し手は四人。駒は増えてきた。ああ──早く君達に会いたいよ」
「げーむするの?」
「そう。世界を賭けたゲームをね。──異物と主と、凡人と天才。シャーリー、君は誰が勝つと思う?」
「クールビー!」
「ありがとう。嬉しいよ。お礼に帰りにも海飴を買ってあげよう」
「やった!」
クールビー。
彼の顔はどこまでも晴れやかだ。
照りつける日差しに負けないくらいの笑み。
けれどその笑みは、もっとも深い深淵から来ていることなど──。
海飴に夢中なシャーリーが気付くはずも無く。
「勝って見せるよ。全てを掴み取るためにね」
そう、にっこりと笑って、告げた。