神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Ynottulg」/ 総評:「流石に下手」

 サジュエル・エヌ・エルグランドは元騎士の現盗賊……それも薬物や人身売買にさえ手をかけるれっきとした悪党だ。

 実は攫う子供は過酷な家庭環境にあるとか、攫った子供を保護施設に送っているとか、そういう美談めいた話は一切ない。掛け値なしの犯罪者。ただ金儲けのために弱者を浪費する、弱い奴が弱いのが悪い、という信念の持ち主。

 ただし、その実力は本物である。

 心身ともに美しき者こそが真の強者、という話があることは無論理解していても、「俺の方が強いからそれは戯言」を地で行けてしまうくらいには強い。さらに言うと引き際の判断や直感にも優れ、世が世なら英雄にさえなっていたかもしれない存在だ。

 

 そして今──犯罪者は。

 

「まさかコイツを人生で二度も使うハメになるとはなぁ。……魔天牢(リズン・フィアニスム)

 

 英雄に、なろうとしていた。

 

 

 

 

 武器装飾というものがある。

 いわゆる装飾品と呼ばれているものは、それ自体の形、刻まれた呪文、魔印、あるいは自然発生した鉱石などによって効果を発揮するものだ。

 対し、武器装飾は既にある武器に呪文を刻んだだけのもの。形は当然変えられないし、鉱石もあまり自由には選べない。

 刻める範囲も狭ければ、刻める呪文も少ないし、手練れの者が施行しなければ武器自体にダメージが行くと言う……それなりに面倒で融通の利かないものだ。

 それでも使用者が多いのは、やはり咄嗟に大魔法を使えるという利便性と、奇襲能力に長ける点が大きいのだろう。武器に装飾が為されていることを一目で見抜く者はまずいないから。

 

「サジュエル、イーゥクレイムの航行ルートがわかったって本当か?」

「ああ、信頼は死んでもしたくねえし信用もしたくねぇが、信用できる筋からの情報だ。過去何百年と遡って出した予測図を地図ごと貰った」

「何を支払った? そんだけの情報だ、なんかやべー契約とかしたんじゃ」

「なんも支払ってねーよ。むしろ」

 

 むしろ、強大な力を貰った、と言おうとして……サジュエルは言葉を飲み込んだ。

 言わない方がいいと。知られない方がいいと。

 これは──最後の切り札になるから、と。

 

「むしろ?」

「ティダニア王国の王女の一人とのパイプを手に入れた。大した権力は持って無さそうだが、肩書だけで十分だろぅ」

「なんじゃそら。……まぁいいよ、お前が無事なら。で、どうする」

「勿論イーゥクレイムをどうにかしに行く。お前ら宝剣はどんくらい余ってる?」

「一人一本くらいだ。もう武器自体の耐久が限界でな。次に使えば折れるだろう」

「そうか。……なんとかなるし、なるようになるか」

「だな。そうやって生きてきたんだ、どうにかなるさ」

 

 無策ではない。

 だが、相手は天龍だ。「殺さない」ことを条件にした場合、対話こそが最優先で選ぶべきもの。

 戦闘になったのなら、彼らは彼らの国での「戦い方」をする。

 

 ──懸念事項があるとすれば、イーゥクレイムの体質だろう。

 

「解毒剤、死ぬほど持って行けよ」

「わかってる」

 

 出陣である。

 

 

 道中。

 なぜか彼らを捕えようとする憲兵が多く現れた……が、そんなものが妨害になるはずもない。

 

「なんだこいつら」

「曰く、ヤーダギリとティダニアで戦争を起こしたがってる連中がいるらしい。共和国側の戦力を削りたいんだろうなぁ」

「良い話じゃねーのよ。戦争なんざ商売繫盛の兆しでしかねぇ。武器の大量発注でもしておくか」

「魔法薬も飛ぶように売れるな。水で希釈して量増やして売ろうぜ。効果が低ければ買う個数も増える」

「ティダニア王国の方に薬を卸すのも手だな。長引けば長引く程うはうはだ」

「戦争自体がどうなろうと知ったこっちゃねーが、天龍の航行ルート変えるって目的だけは忘れるなよ」

「わかってるって。サジュエルお前、なんか母親みてぇになったなぁ。歳だ歳」

「うるせえ」

 

 軽口が止まない。クリオスタンにいた頃は皆厳格な騎士であったのやもしれないが、そこから離れて二十二年。盗賊の方が板についた彼らには、緊迫した空気など保ちようがないのだろう。

 ただ、そろそろイーゥクレイムの縄張りだ。だから注意をしようとして、サジュエルは鼻をひくつかせた。

 

「ッ、止まれ!」

「ん、どうし──」

 

 サジュエルの少し前を走っていた男。

 彼は振り返ろうとして、そのまま膝から崩れ落ちる。

 

「エヴァン!?」

「近づくな!」

 

 急いで容態を確認しようとする者達を制し、サジュエルは『混貧結晶』を体内で励起させる。嵐を思わせる暴風を慎重に制御し、周囲の空気を退かしていく。

 

「……エヴァンの口元に解毒剤投げ込める奴はいるか?」

「オレがやるよ。水で運ぶ」

 

 粉末状の解毒剤。それが水の魔力に乗せられて、エヴァンと呼ばれた男の口元へ向かう。

 果たして、それは精密に彼の口へと入った──が。

 

「……ダメだな。心音が弱くなる一方だ」

「──馬鹿。その辺の木についてる葉っぱを一枚採って、磨り潰して食べさせなさい。勿論、あなた達の方に引き摺り出した上でね」

 

 声。周囲一帯に反響するかのような声。

 仲間にアイコンタクトをし、声に従うよう頷きを出す。

 

「白龍イーゥクレイム、であっているか」

「ええ。ああ、言い忘れてたけれど、それが終わったら大量の水と腸の動きを促進させる薬を飲ませなさい。それで、まぁ、五分ね」

「情報感謝する。……問うが、今俺達の使った解毒剤に意味はあるか?」

「何も」

「そうか。……んじゃお前ら、帰ってエヴァンを助けてやれ。無理なら諦めりゃいい。エヴァンの判断ミスだ」

「……お前は?」

「だから俺が一人でやるって言ってんだぁよ。幸い言葉が通じるみてぇだからなぁ。なんとかなる」

 

 迷っている時間は無い。

 エヴァンは一刻を争う容態で、大量の水はともかく下剤などは帰らないと手に入らない。

 

 元騎士現盗賊である彼らにヤーダギリ共和国で手に入れた部下に対しての愛着は欠片も無い。だが、騎士同士の仲間意識は強い。

 

「死ぬなよ」

「死地なら何度も超えてる」

 

 別れの言葉はそれだけだった。

 サジュエルの「仲間」たちは白目を剥くエヴァンを連れ、来た道を引き返していく。

 見送ることはない。そんなことに集中を割くことはできない。

 

「……へぇ、風の魔力の扱いに長けているのね。私の鱗粉を上手く退かしている。でも、そんなことをしていたら魔力切れになるでしょう。あなたも早くどこかへ行きなさい」

「そうしてぇのはやまやまなんだがな。契約を交わした上に、このままアンタに移動されると困るのさぁ」

「ふぅん。でも私にはあんまり関係ないでしょう」

「まぁそう言うなって。白龍イーゥクレイム。毒を撒き散らす天龍。今も地面の下にいるんだろう? それでもエヴァンが倒れたのは」

「まだ深度が浅いから、漏れ出た毒素を吸ってしまったのでしょうね。ああいう被害者を増やしたくはないから、私はもう少し地下に潜ることにするわ」

 

 灰龍オーティアルパと白龍イーゥクレイム。

 鱗粉の届く範囲のあらゆるものを分解する体質と、あらゆるものを毒に侵す体質。これこそがこの二体が地中を移動する理由であり、そして対処法がほとんど知られていない理由でもある。

 

 近づけない。そうであるだけで、研究は進まずデータも残り難い。

 

「それだと困るんだわ。アンタの通ったあとの地面はスッカスカになっちまってな、あとで地盤沈下が起きる。毒を撒き散らさねぇ配慮は頭の下がるところだが、結局同程度の被害が出るわけさ」

「それこそ知らないわ。私の通り道がわかっていてここにいたのでしょう? なら、地面が沈むまでの間、その上に住まなきゃいいだけの話じゃない。あ、地面を埋めようなんて考えないことね。通り道のあとは毒が残留し続けるから、危ないわ」

「……まぁ、ド正論」

 

 結局慣れで安心して住み着き始める人間が愚かなのであって、イーゥクレイムはかなりの譲歩をしてくれている。

 

「どうしてもだめか?」

「別にどうしてもだめということはないけれど……面倒なのは事実ね。私達の通り道はしっかり計算した上で在るものよ。それを一から、となると……換期に遅れてしまうもの」

「俺が計算を手伝う、っつーのは?」

「なら、ルエティッポに会いに行ってくれるかしら。私は彼女と相反する存在。ルエティッポが通り道を変えるというのなら、私もそれに合わせることができる」

「……翠龍ルエティッポ。棲み処は大陸の反対側じゃねーか」

「でないと意味がないでしょう」

 

 換期法則。

 相反する存在同士が中心点を持ち、それを軸にすることで決して交わらないようにする法則。故に運命の捏和における天龍の航行ルートは、それぞれが対応する相反天龍と近づきすぎず遠ざかり過ぎずのルート構築となっている。

 仮にそれが乱れようものなら、「もっとひどいこと」が起きるから。

 

「んじゃ、力づくしかねーわけだ」

「……やめてくれない? 私は食べる以外で他生物を殺したくないの。知ってる? 死後には安寧なんて無いのよ」

「知らねえし興味もねぇ。アンタが譲らねえなら俺も譲らねえ。単純だろ」

「はぁ、これだから人間は。目の前のことしか考えられないその在り様、いつになったら進歩するワケ? エントペーン程じゃないけれど、そういう学習しないところは苦手よ、私」

「そりゃすまねぇな。人間を代表するほど出来た奴じゃねー自覚はあるが、まぁ大体の人間が刹那的だろうよ。なんせ大局を見たって自分に益が無い。寿命が短いからな」

 

 毒素は問題ない。

 ただ、このままではイーゥクレイムはサジュエルを無視して地下を掘り進んで行ってしまうだろう。

 だから。

 

「『混貧結晶』──」

 

 掘削、する。

 

 

 大量の土埃が降り注ぎ終わったあと、そこには二つがいた。

 巨大な身体。美しい白の鱗。凶悪なのにどこか神聖ささえ感じさせる顔。

 

 白龍イーゥクレイム。

 

「風で地面を抉り取るなんて……無茶をするものね。それに、『混貧結晶』。確かにそれがあれば私の鱗粉範囲から逃げない理由もわかるけれど」

 

 高密度の風を纏い、武器を抜いている男、サジュエル・エヌ・エルグランド。

 

「アンタの毒はどこまで行っても鱗粉によるものでしかないからな。こうしてやれば俺に効果は無い。……しっかし、大量の魔力を使う感覚は流石に慣れねえな」

「なに、アナタ見初められたばかりなの? ……あんまりダメよ、頼っちゃ。それ、アナタたちの思っているような便利なものじゃないから」

「知ってるよ。所有者の人生を狂わせ、最期は必ず邪悪に染まる。だが、俺はもう邪悪だし、人生も狂いまくってる。野心に至っちゃすでに最高値だ。それが膨れ上がるってんなら面白みしかねぇってな」

「……本当に私と戦う気? たとえ感情結晶の出力があったとしても、私は天龍よ。彼我の力の差、ちゃんとわかってる?」

「わかってる。俺が圧倒的弱者だ。つっても退けねえ理由があってな」

 

 ラスカットルクミィアーノレティカ。

 託したのだ。なれば──それを自ら摘むようなことはしない。

 それはサジュエル・エヌ・エルグランドという男の中にある、唯一の罪悪感。

 

 逃げた。あそこを。あの場所を。

 あの──暖かい場所を。

 

「意思は固いのね。……わかった。戦ってあげる。それで、私を殺せたら……アナタの勝ちね」

「いや、殺す気はねぇよ。天龍殺しがダメだってのも契約の内でな」

「それじゃあ勝敗はどう決するの? 私の勝ちはアナタの死になってしまうと思うのだけど」

「重傷を負った。そう感じたら負けを認めてくれ。十分だろ? 人間から重傷を貰うなんざ、天龍にあっちゃならねえことだ」

「安い挑発が過ぎるけれど……ええ、構わないわ」

 

 その言葉を待っていた、とばかりに。

 サジュエルは、武器装飾を使う。

 

「まさかコイツを人生で二度も使うハメになるとはなぁ。……魔天牢(リズン・フィアニスム)

 

 初手だ。

 あの時逃げた男が罪悪感に駆られて刻んだ武器装飾。

 心の弱い己が、決して逃げることのないよう強制させるための禁呪。

 

 定めた対象と使用者。どちらかが死ぬまで解けない球形結界が、掘り起こされたクレーターの中に出現する。

 

「……アナタ。わかっているの? アナタに私を殺す気が無くて、私は重傷を負ったら負けを認める。……でもこの結界は、どちらかが死ぬまで解けない。だから」

「ああ、俺が死なねえと解呪されない」

 

 無策ではなかった。

 だが、無謀だった。

 だから──無理なのだ。

 

 被害無しに天龍をどうこうする、など。

 

 運命が味方したのでもなければ。

 

「『混貧結晶』──野心。俺の野心を食らうのなら、さぁ、食えよ。今俺は、小物の悪党の分際で英雄になろうとしてんだ。これが野心でなくて何だと言うのか。これが高望みでなくてなんだというのか。──さぁ、やろうか天龍!!」

「……馬鹿ね。アナタはもう、とっくに」

 

 風と毒。

 誰にも観測されない場所で、煌めく戦いが始まった。

 

 

 

 

 穿つ氷のオエンガフス、だろう。アレは。

 王都の上に現れた氷の巨人。こっから操作を奪うこともできるけど……それは流石にかな。

 

「アレは……なんだ?」

「さぁ?」

「……どういうことだ。魔色の燕はティダニア王国を勝たせたいのではないのか?」

 

 そういえば、確かに。

 ヤーダギリ共和国の天龍被害をそのままにしたがっていた以上、ヤーダギリ共和国の国力を削りたいのは間違いない。逆にスーニャ、エントペーンへの接触時はなんの妨害もしてこなかったから、ティダニア王国に与しているように見える。

 普通に考えても自分たちが傀儡としている国を勝たせる動きをするはずだ。

 けど、アレは王都を破壊し尽くすぞ。

 

「とにかくすぐに帰らないと、とは言わないんだ」

「帰って何になる。アレに挑むとでも? ワタシは戦闘ができるわけじゃない。ワタシにできるのは思考と研究だけだ。……起きてしまう前に被害を抑えることはしようが、起きてしまった時点でワタシはその後のことを考える。つまり、この被害の後に何が起こるのか、何をすればいいのか、だ。それは決してワタシがすぐに王城へと帰ることとは繋がらない」

「家族は、いいの?」

「良いワケがないだろう。だがどうしようもない。ワタシの運命はアレをどうにかする影響力を持っていない」

 

 成程。

 ……ふむ。「オーリ・ディーン」は今負傷して昏睡状態にあり、「オーリ」はここにいる。

 私もどうしようもないかな、これは。風雨の故里にいる彼らがファーマリウスの状況に気付くことができたら何かあるかもしれないけれど、残念ながら風雨の故里からファーマリウスは見えない。距離がね。

 あとは騎士団に戻ったっぽい二人……とアルフがどう動くかだけど……ああまぁティアに聖霊の小路を使わせれば……。

 

 だとして、瞬時にあそこへ行く、というのは無理かな。

 ああ、そう考えるとちゃんとした理由もあったんだ。王都最強のパーティを王女奪還の名目で王都から引き離した。『紅怖結晶』の持ち主が相手じゃあんな氷のゴーレム一瞬で溶かされちゃうだろうし。

 

「まさか、違うのか?」

「うん?」

「……戦争を起こすことが主目的でないとしたら……だから、戦争が起きるのは副次的なことで、仮に魔色の燕が……」

 

 言いづらいから仕方がないのはわかるんだけど、偽・魔色の燕のことを魔色の燕って呼んで欲しくないなぁ、なんていう思いは、「オーリ・ディーン」が持っていればいいか。

 今の私には必要のない感情だ。「人間ロールプレイ」。削除削除。

 

「オーリ」

「なにかな」

「あの時……シスタバハルア丘陵の墓地地下で貴様と魔色の燕たちが話していた内容の話だ。聞かなかったことにするつもりはない」

「うん」

「だから、問う。貴様が相対した魔色の燕は、誰も彼もが死者だった。そうだな?」

「誰も彼もが、かはわからない。エディシア・ボーフム、イードアルバ、オーリ・ヴィーエは間違いなく死者だよ。かなり昔の人物」

「そういう死者……だから、ネクロマンシー。死者を蘇らせる、死者を操るのに必要な代価は何になる?」

「うーん、死者蘇生はそれなりに種類があるからなぁ。たとえば禁忌の魔女アンネ・ダルシアのものだったら、契約魔術だし。一般的に言うネクロマンサーは無色の魔力で死体を動かすだろうし」

「その三人は、どうだった?」

 

 どうだったんだろう。

 私はあれらを視ないことにしたから、世界の記録は読んでいない。

 

 ただ推測をするなら、考えられるのは二つ。

 

「死体に別人の精神を繋いでいるか、死体の脳に装飾を施して生き返った風にしているか、かなぁ」

「脳に、装飾……」

「武器装飾と同じだよ。肉体に刻む装飾。私でもできないことはないよ」

 

 非効率だからやんないけど。普通に苦界から引っ張ってきた方が早い。

 

「仮に……魔色の燕の長のようなものがいたとして。ああだから、貴様ではなくてな。ソイツが埒外の魔力と装飾を使う者で……一国全体を一度殺し、蘇らせた場合……だから、そう……蘇らせた術者は、蘇った死体に対しての強制力を持つのか?」

「それはどっちかというと契約魔術の領域かな。でも装飾でも似たようなことはできるよ」

「では仮に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……彼らは自身が一度死んだことに気付けるか?」

「死に方によるかな。傷がついてたら気付くだろうけど、毒殺とかだったらわかんないんじゃない?」

 

 ……ああ、そうか。

 王族は薬物で洗脳されてたんだっけ?

 魔法薬に詳しいのが一人でもいればできちゃうな、色々と。そして仮に……偽・魔色の燕が過去の私の「人間ロールプレイ」を模しているのなら、いる。

 魔法薬や薬毒の扱いに長けに長けた「ロールプレイ」が一人。

 

「王都ファーマリウスの人口は約九百万人。それらがすべて魔色の燕の手に落ちたら……」

「アンネ・ダルシアの再来になるね。今度はマドハ村なんて小規模なものじゃなく、王都一つが死者の軍団。しかも装飾なら術者の生死は関係ない。それで国力を削ったヤーダギリ共和国を取り込んで、ゆくゆくは王国全体、世界全体、って? 安っぽい世界征服だなぁ」

「最終目的は違う……気がする。それらは……何かのための準備。材料……?」

 

 何かのための材料。

 ははぁ。ちょっと見えてきた。

 

「だから……だから、あの氷のゴーレムは、毒を含んでいて……」

 

 少し、興味が湧いた。

 

 

 

 

 すすり泣く声が聞こえて、目を覚ます。

 

「……オーリさん? オーリさん、オーリさん! 起きられましたか!?」

「う……リコ君……? それに……イルーナさんも……」

 

 都市の医院だろうそこ。

 全身に巻きつけられた包帯と、その間にある塗り薬。ベッド脇にはリコ君とイルーナさん。

 

「私、お医者様呼んできます~!」

 

 そう言って、あんまり一般人が出しちゃいけないレベルの速度で走っていくイルーナさん。廊下は走らない……というのはまぁ彼女の動体視力を考えれば問題ないだろう。

 記憶処理は……うん、巧く行っているみたいだ。

 

「大丈夫ですか? いえ、大丈夫じゃないですよね、身体は……痛みは、どこか、ああ、喉が渇いて、いや、ダメか、食べ物……も、ダメだ、点滴はされてるから、ああ、えと、その」

「落ち着いて、リコ君」

「お……落ち着けないですよ! オーリさん、あなた、自分の身体がどうなってるかわかってるんですか!?」

 

 どうなっているか。

 全身火傷。言うだけなら簡単だけど、焼死体一歩手前くらいまで焼いたのでそれはもうボロボロだろう。

 そこまでしないと怪しまれるから、という理由があったので仕方なし。ついでにこの身体はライエルの短剣で作ったお人形なので、「オーリ・ディーン」程の耐久性が無いのもある。

 

「まぁ、酷い有様みたいですね」

「そんな他人事みたいに……」

「呼んできました!!」

 

 早いよイルーナさん。一般人はもう少し遅いよ。アスクメイドトリアラー出ちゃってるよ。

 

「痛たたた……お、お嬢さん、引っ張る力が強い強い……と。おや、本当に目を覚ましている。……凄い生命力だ。普通、あそこまでダメージを食らっていたら、七日くらいは目を覚まさなくても普通なんだが」

 

 ……あー。

 確かに。興味が勝って起きちゃったけど、今朝焼け焦げて昼下がりに起きるって……普通におかしいか。

 どうしよ、今からでも時間を戻して起きなかったことに。……いやまぁそこまででもないかな。

 

「……君、どうやって起きてる? 呼吸、してないけど」

 

 あ。

 

 

 すすり泣く声が聞こえる。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい、オーリさん。私のせいで……」

「何を言っているんだイルーナ、君のせいじゃないだろう。……全ては誘拐犯とかいう奴のせいだ」

「……そう、ですね」

 

 えーと、そう。

 まず心臓を動かして、点滴がなくとも血流が巡るようにして、まず脳と肺にそれらを行きわたらせてから全身に流して……えっと、肺を機能させてもいい、よね? これで胸が上下するようになれば……。

 

「……リコティッシュさん。その……オーリさん、呼吸……」

「え……あ……ああ! す、すぐに医者を呼んでくる! イルーナさん、オーリさんの呼吸が止まりそうになったら」

「気道確保ですね、わかりました!」

 

 そう、でー、えーっと。

 経験が無いんだってば。非戦闘員の瀕死状態からの蘇生なんて「人間ロールプレイ」、やってこなかったから。基本死ぬときはちゃんと死んでたから。

 えーとえーと。

 

 意識は……まだ覚醒させちゃダメかなコレ。でもそれだと「オーリ・ディーン」を目覚めさせた意味が……。

 それともこの状態を維持してファーマリウスに適当な人形を作りに行く? うーん、それはアリではある。けどこの経験値は今後必要になって来そうだしなぁ。

 

 呼吸……肺が焼けているから痛みを感じないといけないから……咽た方がいい? 咽られるんだろうか、この状態。

 身体を動かすのは多分ダメ。火傷具合を考えて、えーと。

 

「……オーリさん。……今までありがとうございました。今回のことは……多分、私の仲間のミスで……オーリさんに被害が及んで」

 

 ん、待った待った。

 イルーナさん。それ禁呪禁呪。生命の譲渡(テラニスフェロフ・ヴィトアリット)でしょそれ。それ使ったらイルーナさん死ぬよ。

 

 阻害……のための装飾品が全て外されている。当然か。

 とりあえず魔力操作を妨害……していいのか、「オーリ・ディーン」が。

 ……やり直し。

 

 

 

 すすり泣く声が聞こえる。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい、オーリさん。私のせいで……」

「何を言っているんだイルーナ、君のせいじゃないだろう。……全ては誘拐犯とかいう奴のせいだ」

「……そう、ですね」

 

 まだ肺を動かしてはいけない。

 どうにかしてイルーナさんが医者を呼びに行って、リコ君を残らせる状況を作らないと。

 呼吸がダメだったのは理解した。つまり気道確保によって体に触れる可能性を考えて、リコ君は男女のうんぬんを考慮した上で医者を呼びに行く係を担ったのだろう。

 であれば、指だけを動かすとか……でもアスクメイドトリアラーなイルーナさんの方が絶対目敏いから、気付きも彼女の方が先だ。それだと、「リコティッシュさん、オーリさんの指が動きました!」からの「わかった、医者を呼んでくる!」になるだろう。

 

 そう考えるとやっぱり最初の奴が一番かな?

 意識レベルの回復と同時に肺機能を復活させて……多少おかしくても、リコ君が残るように仕向ければ。

 

「……オーリさん? オーリさん、オーリさん! 起きられましたか!?」

「う……リコ君……? それに……イルーナさんも……」

「わ、私お医者様を呼んできます~!!」

 

 良し。

 完璧。

 

 その後、リコ君と会話をして、医者が来て。

 意識の回復が早すぎることはやっぱり指摘されたけど、生理反応については何も言われなかった。

 

 うーむ、瀕死からの復活はやっぱり難しい。奥が深い……。

 これからは死なないでギリギリ生き残る、もやってみるべきかなぁ。

 

「声、出す時……喉は痛くないですか?」

「痛いですが、まぁ、我慢の範疇です」

「……これはまた頭の痛くなる患者だ。良いですかオーリさん。あなたは絶対安静です。間違っても動こうなんて思ってはいけません。食事も当分は点滴です。いいですね?」

 

 え。

 ……いやだから、それだと「オーリ・ディーン」に戻って来た意味が無くて。

 

 そういえば先日崖から落ちただけでもひと月の入院だった。

 う、うぬぅ。

 

「大丈夫ですよ。この程度の傷、魔法で治せます」

「寿命を代価にする身体の回復(クーレ・ワンスレイフ)を使う気じゃないでしょうね」

「おや何故バレて」

「絶対! 安静!! 病室に魔力検知器も付けます!! この病室内で魔法を使おうものなら警報が鳴ります! いいですね!!」

「わかりました。魔法は使わないです。ただやっぱり大丈夫なので」

「キューレ君キューレ君緊急要請緊急要請! 鎮静剤ありったけ! はぁ、こんな手のかかる患者は久しぶりだ!」

 

 魔力検知器はありがたいかもしれない。

 これでイルーナさんが禁呪を使うこともなくなったわけだし。

 

 ただ……鎮静剤か。これだけ投与されたら寝なきゃダメだよね。

 ……諦めるかぁ。

 

 適当な人形で我慢しよーっと。

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