神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「戦争が始まる」/ 原題「Pilslab rev」

 私にしては珍しく「好み」の話をする。

 通常、「人間ロールプレイ」における人格の好みは前面に出すようにしているけれど、本来の私の「好み」はほぼ存在しない。なぜなら私は舞台装置でしかなく、観客で聴衆でしかないからだ。

 舞台上の物語に、観客の「好み」なんて不要だろう。

 

 とはいえ、「好み」の話をしたからには「好み」に関する話がある。

 

 ──適当な人形を作る。

 ティアとドロシーを攫う時にもやったけど、私はこれをあまり好んではいない。

 理由としては単純で、「人間ロールプレイ」として足りないものが多すぎるからだ。

 人間には背景が必要で、関係性が必要。

 子供なり大人なりを作ったとして──それがその場にいたという過去がなければ、やはり異物にしかなり得ない。「人間ロールプレイ」をしている創造神が異物でないのかと糾弾されたら認めはするけど。

 

 というわけで、あんまり好ましくない手段ではある。「オーリ・ディーン」にだってしっかり過去と関係性があるからね。

 

「──……まぁ、やるんだが」

 

 ぼさぼさの髪。ファーマリウスにいてもおかしくない浮浪者。汚らしい衣服と剃っていない髭。

 目つきは非常に悪く、声もぼそぼそとしていて聞き取りづらい。清潔感皆無の中年。

 

 過去も人間関係も、作ろうと思えば作れる。私がいたという歴史は残せる。

 だけどそれをやるほどじゃない。ただ今起きていることを人間目線で観察しに来ただけだから。この男の名前も……「マイク」とかでいいか。よくある名前だ。

 

 然して珍しくも無い剣を腰に佩く。それ以外は無し。

 金目のあるものは大体うっぱらった設定で行こう。剣だけは護身用、みたいな。

 

「兄ちゃん、兄ちゃん!」

「……」

「くそ、誰か! 兄ちゃんが瓦礫の下にいるんだ! 誰か助けてくれ、誰か──!」

 

 さて、渦中である。

 穿つ氷のオエンガフスが現れた王都ファーマリウスは既にめちゃくちゃで、冒険者がなんらかの対処をしようとしているけれど、下水から水を引っ張ってきているのか体積が減る様子が無い。

 騎士団は何をしているのかと言えば──明らかに動きが悪い。伝達ミスというか、伝達が故意に妨害されているというか。

 騎士ニギン含む革命派がこれを好機と見たんだろう。残念ながら革命派の騎士は市民の味方ではないようだから。

 

「……この下か?」

「っ……お、おっちゃん、助けてくれんのか!?」

「助けない方が、良いか?」

「あ、いや、頼む! この下だ、兄ちゃん足が潰れちまったみたいで、さっきまで返事あったのに」

 

 瓦礫を持ち上げる。途端、ぶわりと広がる血臭。

 ……瀕死。命は取り留めているけれど、出血次第で、ってところかな。

 

 瓦礫の下にいた少年は……右足が完全に潰されている。これ、斬っちゃった方が早いけど……。

 

「兄ちゃん!」

「引っ張るのはやめておけ。足が千切れるぞ」

「あ、うっ……けど」

 

 まぁそうだ。

 けど、だ。だとして、だ。

 

 うーん、瓦礫を完全に持ち上げるのもいいけど、「マイク」にそれが出来て良いものか。

 ……まぁ、いいか。

 どうせ「マイク」は今回限りだし、この兄弟の行く末なんかどうでもいいし。

 

「離れていろ」

 

 建造物。三階建てのレンガ造り。

 下手をすればさらなる倒壊の危険性アリ。

 

「六、二。壱式剣術──斬り上げ」

 

 斬る。

 建物を真っ二つにする……なんて威力を出したら「英雄」になってしまうので、一階部分を両断する程度に抑える。

 これで少年の足を潰していた瓦礫にかかっていた圧力が減った。引き摺り出しても大丈夫に──。

 

「お、おっちゃん、上!!」

 

 上。

 ──氷の巨塊。形状からして……穿つ氷のオエンガフスの切り離された腕?

 恐らく冒険者の誰かが斬ったんだろうソレが、運悪く私達のもとに落ちてきた、と。

 

 うーん、まぁ運が悪かったってことで、「マイク」はこれでおしまいでもいいけどなぁ。

 子供なんか助けずに情報収集だけをしていればこうはならなかった。これはこれで運命だろう。

 

「──とう!!!」

 

 とう。

 それはもう、なんか、一言だけでわかる暑苦しさがあった。

 比較的遠くから聞こえたその声は、空を駆けるようにして氷塊へと直進し──それを、ぶん殴る。

 

 して、砕ける氷塊。

 ……どんな威力だ。素殴りで氷塊をぶっ飛ばした。

 

「は、ハウストのおっちゃん!?」

「おっちゃんではないお兄様だ──待たせたな子供達よ! このハウスト・クライシスが来たからにはもう安心だ!」

 

 知り合いらしい。

 ならこの場は任せるか。「マイク」は治癒魔法使えない感じで行こう。

 

「して──そこの男!」

「……なんだ」

「オレは感動した! 今、突如の王都襲撃において、民は逃げに逃げ惑っている! それを、見ず知らずの子供のために力を尽くし──」

「早く処置をしてやれ。死ぬぞ」

「口上を遮……おおおお!? リク!? どうした!? 血だらけじゃないか!」

「お願いハウストのおっちゃん、兄ちゃんを助けて!」

「……瓦礫に潰されたのか。……それに、この出血量は……」

 

 三、六。弐式剣術──剣鎧。

 振り下ろされた拳を剣の腹で受け止める。

 

「え……え?」

「……何をする」

「それはこちらのセリフだ! リクはもう助からん! ならばせめて、苦しむ時間を少しでも減らしてやるべきだ!」

「……」

 

 命を簡単に諦めるタイプか。

 まぁ、よくいる。世界の記録を読んだ限り、この三人はそれなりに良好な関係性であると見えたが、致命的にハウストなる男には欠けている点があるらしい。

 

「は……ハウストのおっちゃん……?」

「アツァは早く逃げろ! ここは危険だぞ!」

「少年、兄を背負えるか? どこでもいい、ここから離れた場所へ連れて行き、どうにかして血を止めろ。魔法でもいい。あるいは患部を斬り落とし、包帯できつく縛り上げて止血するでもいい」

「何を言っている! そんなことでリクは助かりはしない! オレの感動を返せ、男! 子供を苦しめるなど言語道断だぞ!!」

 

 私はただ現地の様子を見に来ただけだ。

 あまり他者との関係性を築きたくはない。

 

「ぼ……僕は、兄ちゃんを助けるよ! は、ハウストのおっちゃんなんか大ッ嫌いだ!!」

 

 足元にいる少年を引き摺り出す少年。リクとアツァ。まぁ、もう出会うことはない。

 なお、ハウストの言うことも別に間違ってはいない。リク少年が助かる確率は楽観的に見ても二割を切る。その間ずっと苦しみ続け、結局死してしかも苦界へ、というのであれば、早めに殺してやった方が苦痛の総量は減るだろう。

 また、「マイク」にもそう然したる正義感があるわけじゃない。使い捨ての人形だ。感謝を欲しているわけでもなければ、このあと少年たちと合流する予定も無い。ハウストと衝突しあって、彼の信念を折ろうなんて気概も無い。

 

 ただ──私は死の淵に瀕する者の、「まだ死んでたまるか」という意思を尊重する。

 気絶していようが、意識を戻せなかろうが、私にはリク少年の命の鼓動(こえ)が聞こえる。心音(こどう)だけで充分だ。人間には聞こえない声でも、私はそれを聞き届けることができる。

 

 ──いいじゃないか。

 それは、歴史に名を残せなかった彼らと同じだ。死んでも殺す。殺されても斬る。

 

 命を賭して、命を掴む。

 

「む!?」

「決めた」

 

 決めた。「オーリ・ディーン」の許容できないモノが魔色の燕に関することなら、「マイク」の許容できないモノは「瀬戸際の意思」だ。

 丁度「オーリ・ディーン」で「非戦闘員の瀕死状態はどうしたらいいか」の経験が必要だと思っていたのだし、この少年含むファーマリウスの人々からサンプルを取らせてもらおう。

 

「何を……」

「九、九。捌式剣術──烈風」

「なんだ!? 身体が、引っ張られる!」

 

 エルブレード歴において流行った肉体躁術の応用。

 魔力の糸を繋いで肉体を操作するこの剣術は、敵の身体に糸を引っ付けて引っ張ることもできる。無論その糸を断ち切られたら終わりなので、同じ躁術使いにはほとんど役に立たない技術。

 

 とはいえエルブレード歴の技術なんてものを現代人が知っているはずもない。

 ハウストは空中へ一本釣りされ──まぁ、意趣返しも込めてオエンガフスの方へぶっ飛ばしておいた。その火力があるなら子供殺しなんかじゃなくてアレを壊すのに専念しろ。

 

 

 兄弟を逃がし、ハウストをぶっ飛ばしたあと、ふらふらと王都を探索する。

 破壊痕が多い。オエンガフスの真の狙いはルクミィの考察通りな気がするけど、にしたって破壊し過ぎじゃないだろうか。それとも冒険者側の抵抗でこうなったとか?

 

 とりあえず片っ端から瀕死者を助けていく。助けると言っても瓦礫を退かすとか開かなくなったドアを開くとかそういう系だけ。

 その後のケアはしない。監視はするけど。

 ちなみに今しがたリク少年は死んだ。まぁそうだ。患部を斬り落として包帯できつく縛る、なんてことがアツァ少年にできるはずも無し。治癒系の魔法薬や魔法を扱える者はとっくに逃げているし。

 創った私が言うのもなんだけど、世界は無情である。頑張ったからって実るとは限らない。

 

 老若男女問わず助けて、放置。

 生存率は二、三割。大体が失血死。あとショック死。

 生きる意志はあるけどその場から動くことが出来ず、他の瓦礫に圧し潰されて死ぬ、なんてのも。

 

 さもありなん。

 

「──止まれ」

「貴様、何者だ」

 

 ん。

 ……あ。

 

「剣を向けられている理由がわからない。何用だ、女」

 

 エメリア、タルコイザ、ネコメ。

 王都ファーマリウスに配置している魔色の燕の三人。そっか、「オーリ・ディーン」じゃないから私だとわからないんだ。もう少し階位が上の……天龍とかなら一瞬で見破られるだろうけど、ただのマリオネッタには厳しくて仕方ない。

 

「この混乱した王都において、逃げるでもあのゴーレム討伐に加勢するでもなく、市街地を歩き回っている。人助けをしているのかと思えば、助けたあとの面倒は見ない。──再度聞く。何者だ、貴様。どういう目的で動いている」

「なんだ、俺の監視でもしていたのか? 物好きな奴らだな。それに、言葉を返すようで悪いが、あの氷のゴーレムの討伐に関してはお前達も加勢していないだろう。加えて人助けもしていない。──俺の行動を制限する権利があるのか、女」

「人為的に制御されたゴーレムなどより、貴様の方が危険だ。理由などそれだけで」

 

 タルコイザの顔を掴んで、投げる。

 しつこい。私は今「人間ロールプレイ」用のサンプル集めをしているんだ。人間もマリオネッタも造物であることに変わりはないけど、マリオネッタである時点で不要。いつか「マリオネッタロールプレイ」をする機会が来たら、その時は相手をしてあげるよ。

 

「タルコイ──」

「というか、少し弱すぎる。そこまで弱かったか、魔色の燕」

「貴様、我々をっ!?」

 

 マリオネッタは人間じゃない。

 だから、急所が違う。首や頭、心臓を貫いたところで特に問題になりはしない。

 ただ、腹部にあるコア──これが弱点だ。位置はある程度動かせるけど、これに強い衝撃が与えられると自衛のために休眠モードに入る。無意識から魔法を汲み出して、自身を固めるのである。

 腹部へ掌底を入れ、エメリア、ネコメをその状態に。

 

 ぶん投げたタルコイザは姿勢制御をおこなうその前に腹部へ膝蹴り。

 そのまま地面に押し倒して、はい終わり。

 

 ……これ、ちょっと困るな。

 偽・魔色の燕の方が強いんじゃない? アザガネあたりに鍛えてもらったら?

 

 私を裏切るにせよなんにせよ、組織・魔色の燕としての云々が……。

 まぁ、「マイク」が考えることではないか。

 

 

 ふぅむ。

 穿つ氷のオエンガフスが中々倒れない。ルクミィの推測通り毒をファーマリウスに撒き散らすために、わざと攻撃を受けて身体を散らしているのは見て取れる……んだけど、些か長すぎないか。

 魔力消費凄そうだけど。そして冒険者も冒険者だ。なんでこんなのにそんなに時間をかけているのか。

 

 ……ってあぁ、そうか。

 アザガネが風雨の故里にいて、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)がルクミィ奪還に出ていて。

 ティアとドロシーが言っていた「注意すべき相手」六人の内の四人がいないわけだ。

 

 たかがその程度で戦力ダウンするのもどうかと思うけど。

 偽・魔色の燕側はちゃんとタイミングを窺っていたんだなぁ、とは。

 

 ──背中についた糸を斬る。

 

「!」

 

 息を吞む音。

 馬鹿が。前に言っただろう。

 

 私の前に出てくるときは、もっとクオリティを上げてから来いと。

 ……まだ伝達されてないのかもしれないけど。

 

「この時代に……まさか、出会おうとは」

「大した技術も要らん剣術だ。使い手が何人いようと驚くことでもないだろう」

「名は?」

「マイク・エイムブレインズ」

 

 今咄嗟に考えついた。

 これは私の「人間ロールプレイヤー」としての矜持みたいなものだ。

 

 模すのなら、完璧にやれ。

 

「息を吞む、など。──常に冷静沈着なお前らしくないぞ、オーヴァーチャー・エイムブレインズ」

「……子孫、だとでも言うのか? まさか……アニカが子を?」

 

 ……ん?

 よく知ってるな。歴史に名前なんか残ってないだろうに。

 アニカ・エイムブレインズ。オーヴァーチャーの妹だ。ただ、アニカの生死が判明する前にオーヴァーチャーは死んだので、仮に「オーヴァーチャー・エイムブレインズロールプレイ」をしているのだとしたら、知る由もない情報のはず、というか。

 

「だとして……なぜ肉体躁術など引き継いだ。アニカ。……お前は戦から離れたところにいればよかったというのに」

「それには同意するが、まるで自分の妹であるかのように言うじゃないか」

「何を言っている? ……いや、そうか。私とアニカの関係性は正しく伝わっていなくて当然か」

 

 ん。ん?

 君達偽・魔色の燕は、過去に私がやってきていた「人間ロールプレイ」の「ロールプレイ」をしているのではないのか。

 なんだ、その心の色。

 まるで本当に知らないとでも言いたげな。

 

「──先達ぶるつもりはない。マイクと言ったな。……エイムブレインズがあの後どうなったのかなど興味はないが……続き続けてくれたことを、感謝する心はある」

「余計な感情だ、オーヴァーチャー。ナンガ砦で散ったお前に、今を生きる者へ届ける言葉があっていいと思うのか?」

 

 問えば、オーヴァーチャー・エイムブレインズは首を振る。

 そして、構えを取った。

 

「謝罪をする。──戦場に在るのは、死だけでいい」

「感情など、死者を偲ぶ残された者達だけに許された特権だ」

「一、一。壱式剣術」

「──収斂」

 

 突き。 

 敵の頭を千切り落とすために作られた、力系統の壱式剣術の中でも最大限に暴力的な技。

 それが、完全な同一点でぶつかり合う。

 

 寸分違わずだ。剣先が、点でしかない剣先が一分のズレもなくぶつかり合っている。

 

「二、二。弐式剣術──渦潮」

「五、六。什式剣術──来路」

 

 ソードブレイクを狙ったり、流線形の動きで相手を翻弄する弐式に対し、相手につけた無数の魔力の糸を引っ張ってバランスを崩させる什式で対応する。

 不利を悟ったのだろう、オーヴァーチャーは自身についた糸を全て斬ると同時、大きく距離を取った。

 

「……什式まで修めたか」

「玖式使いに殺されたんだ、当然だろう」

「あの少年兵のことまで知っているのか? ……あまり死者の墓を暴く行為は褒められんな」

 

 ううん。

 本気で自分のことを「オーヴァーチャー・エイムブレインズ」と思い込んでいるというか。ロールプレイの域を超えて、完全に信じ込んでいる?

 だとして……オーヴァーチャーが息を呑むとか、オーリ・ヴィーエが向上心を持つとか、イードアルバが仲間を助ける、とか。

 そういう「私の人間ロールプレイだったら絶対にやらなかったこと」をやってくるのは何故なんだろうか。

 

 ……あるいは。

 

 これはロールプレイの域から外れるけれど……物質生成を行う。

 詠唱も無しに、翳した手の先に作るは戦斧と剣。

 

「何を……」

「ナンガ砦から続く足跡。それはある大樹のもとへと続いていた。辿り着いた先にあったものは、この剣。風化し、今にも折れてしまいそうだった。──見覚えは?」

「あるに決まっているだろう。それは私の剣だ。それに……その巨大な戦斧は、カーヴィスの」

「なぜお前はこの剣を有していない。エディシア・ボーフムは彼女の弓を持っていたというのに」

「持ち出されていたからだ。ナンガ砦で私が目を覚ました時、隣に剣はなかった。……そうか。カーヴィス。私を偲ぶような感情があったのか」

 

 わかる。

 ロールプレイヤーだからこそわかる。

 

 真実彼は──オーヴァーチャー・エイムブレインズだ。

 差異があるのは、「ロールプレイ」ではなく「人間」だから。

 

「……ハ」

 

 それは、ああ、それは。

 どういうことだろう。とても気になる。でも、今世界の記録を読んでしまうのはあまりにも勿体ない。

 

 だって、彼らは言ってしまえば人形だ。この「マイク」ほど即興ではないけれど、「オーリ・ディーン」と同じく過去があって人間関係はあるものの「私」が動かしている「アバター」でしかない。

 それを、蘇らせて。

 

 剰え魂を入れたと? 誰の? まるで、私の行っていた「人間ロールプレイ」の「人格」が、そのまま定着したかのようなその魂は、どこから来た。

 

 ──良いじゃないか。

 良いじゃないか、人間!

 

「今、()がどれほど歓喜しているか伝わるか、人間」

「……なんだ。雰囲気が」

「今! 今、今今今今今!! ──ようやく私の手を離れたな! ようやく──お前達だけで劇を回せるようになったのか!」

 

 打ち震える。

 こんなに素晴らしいことは無い。

 こんなに美しいことは無い。

 

 世界は我が手を離れ、新たなる道へ歩み出そうとしている。

 人間が私に刃を向け、神々が私に牙を剥き、魔族が私に拳を翳し、天龍が私に噛みついて──そして今。

 

 過去さえも、私を敵と見た。

 

「ならば、邪魔はしない。悪い夢を視させた。謝ろう、オーヴァーチャー・エイムブレインズ」

「理解ができない。ヒトの言葉を喋れ、我が子孫」

「すべては夢幻になる」

 

 戦斧も、剣も、自分で使っていた方の剣も──そして肉体も。

 ざぁ……と。

 塵芥となって、消える。

 

 瞠目するオーヴァーチャーの記憶に処理を入れて、終わり。

 気分が良い。とても良い。

 情報集めなど、どうでもいい。サンプル集めすらどうでもいい。

 

 座して待つ。

 この水晶玉を、傷つけるだけじゃなく……内側から壊すような、あなた達の輝きを。

 精進しろ。成長しろ。励め、励め、造物。

 全てと手を取り、打破しろ、世界を。

 

 

 なお、消したのはオーヴァーチャーの記憶だけなので、瀕死者の前にだけ現れてその窮地を救い、いつの間にかいなくなっている浮浪者なる都市伝説が、王都ファーマリウスに刻まれたとかなんとか。

 

 

 

 

 戦いは長期化していた。

 鱗粉と風。魔天牢の中で行われるその戦いは、恐ろしく静か。

 

 わかったことは二つ。

 一つは、サジュエルの膂力ではイーゥクレイムの鱗に傷一つつけられない、ということ。

 もう一つは──。

 

「っ、あぁうざったりぃ! 集中させろ、死ぬだろうが!」

「……だから言ったでしょう。それはそんなに便利なものじゃない、って」

 

 感情結晶・貧……『混貧結晶』の「野心を増幅させる効果」が想像以上に邪魔である、ということだ。

 今なら倒せるのではないか。隙をつけばなんとか。こんなところで死ぬわけには行かない。王になる。神になる。そうしないと──と。

 

 サジュエルが隙を見せたが最後、感情結晶はその感情の増幅を見逃さない。

 彼やイーゥクレイムは与り知らぬ話だが、「怒り」を完全に抑制しきっているアルゴ・ウィー・フランメルはしっかり凄いのである。

 

 重傷を負わせなければ魔天牢を使った意味も、自らがここで死ぬ意味も無い。

 だというのに『混貧結晶』の出力では天竜の鱗を貫けず、少しでも気を抜けば鱗粉の毒が風の防護膜を突っ切ってくる。

 

「それに振り回され続けるあなたを見るのも忍びないし……もう終わりにしましょうか」

「っ、来るか!」

 

 来た。

 でも、毒や魔法ではなく──顎。

 

「──」

 

 当然だった。相手は天龍。

 今まではただ「そこにいるだけで出てくる鱗粉の毒」でサジュエルを圧倒していただけで……彼女の真の武器は爪や尾、そして顎である。

 

 食べる為以外の殺生を忌避するというのなら。

 食べてしまえばいい。それがイーゥクレイムの出した結論。

 

「……すまねえ」

 

 やはり、小物は英雄になどなれないのだと。

 

「──すまねぇな、イーゥクレイム。俺は根っからの嘘吐きでよ。──無策じゃねえし、無謀でもねぇし、無理でもなかったんだ」

「あ、う゛っ!?」

 

 呑み込まれ、喉に来た辺りで発動するは、魔天牢。

 自身と定めた対象以外を押しのける効果を持つこの結界は、当然イーゥクレイムの喉を大きく大きく押し広げる。

 

 けれど、おかしな話だった。

 自身と定めた対象以外を押しのけるのだ。サジュエルを自身とするのなら、定めた対象はイーゥクレイム。そうであれば押しのける効果など発揮されず、ただ二重の魔天牢がイーゥクレイムの身体を通過していくだけのはずだった。

 

 そうならなかったのは、単純明快。

 

「風で、臭いはわからなかっただろう。わかるか? ──こんなゴミみてぇな虫でも、命は命ってな」

 

 衣服のどこにしまっていたのか、彼は小さなケースに入ったワームを見せる。釣りの餌などに使う虫。ヤーダギリ共和国でなら、スラムの湿気の多い場所を探せば必ずと言っていいほど存在する虫。

 

 魔天牢は膨らみ続ける。

 殺す気はないが、重傷がどれほどかをサジュエルはわからない。だから、イーゥクレイムが音を上げるまで魔天牢を解かない。

 

 果たして。

 

「わかった、わかったわ! 中心点と相談して通り道を変えるから、出て行って!」

「あいよ」

 

 虫を潰し、命を奪う。

 定めた対象側の命が潰えたので、魔天牢は解除される。

 外側のものは──ぼやけて消える。魔天牢ですらない、ただの球状結界。その証拠に、クレーターは球状にくり貫かれてはいなかった。

 

 初めから、対象はイーゥクレイムではなかった、という話。

 

「ぺっ」

「お、っとと……」

 

 吐き出され、瞬時に風の防護膜を纏う。

 重傷かどうかは傍目にはわからない。だが、この天龍が誠実であることをサジュエルは知っていた。

 

「はぁ……すっかり騙されたわ。お見事。約束通り通り道を変えてあげる」

「助かる。……一応聞いておきたいんだが、中心点ってのは意思を持ってんのか? ルエティッポに相談するもんだとばかり思ってたんだぁが」

「ええ、まぁ人間に話すようなことではないけれど、私に勝ったご褒美みたいなもので、教えてあげる。──中心点の名前は……っと危ない、これ言うと多分ダメね。えーと、だから……そうね。アナタ、合一三原則は知っている?」

「まぁ、ある程度は」

 

 合一三原則。

 世界には様々な法則があり、中でも有名なのが遷移法則、換期法則、万化法則、廻天法則、総量保存法則であるが、その中の前者三つを合一三原則と呼ぶ。

 

「良い? この世界にはね、私たち天龍が九体もいるの。私達は起点という役割を持っていて、それはQuartz Manifestation Pointという名前で呼ばれてる」

「……なんだそりゃ。随分と……人間に歩み寄った名称だな」

「なぁに、これだけ話しておいて、私達天龍が自然発生した獣と同類だと思っているの?」

 

 つまり、違うと。

 イーゥクレイムは堂々と言う。

 

「私達QMPは不変。いえ、安定し続ける、と言った方が正しいわね。アナタ、万化法則がどういうものか言えるかしら」

「……あらゆる事象は安定したままではなく、より高次、あるいは低次の方へ変化する、ってな法則だったか」

「そう。物事は決して安定し続けない。誰も彼もが成長するし、誰も彼もが堕落する。生物に限らず、物質や概念、神でさえもね。けれど、私達QMPと中心点だけは別」

 

 同一で在り続けるモノ、というのは存在しない。

 少なくともこの世界においては。

 

「絶対位置の中心点。それに沿って動く私達QMPという起点。この二つ以外は時に抗うことができず、変化は避けられない。安定は必ず一時的なものとなり、常に改善・改悪し続ける。ここまで聞いて、どう? 私達天龍を生物であると言えるかしら?」

「言えねえな。あまりにもシステム染みすぎてる。どちらかというと意思を持たされた魔術、って感じが強い」

「ほぼ正解よ。だから、中心点には意思があるの。中心点だけが本物の意思を持っているの。私達は後付け」

「……それに思うことはねぇのか?」

「他のコはあるかもしれないけれど、私は無いわ。別に困ってないもの。そうで在ることに」

「そうかよ。……ま、なんだ。俺の勝ちだ、イーゥクレイム。なんでもう一個頼みてぇことがある」

「何かしら」

「俺がアンタを打ち破った術、バラさないでくれ。コイツは切り札でね」

「ええ、構わないわ。どの道私は誰と話すこともほとんどないわけだし……。中心点にも黙っておく」

「ありがたい」

 

 斯くして。

 

 サジュエル・エヌ・エルグランドは──契約通り、白龍イーゥクレイムの航行ルート変更に成功したのであった。

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