神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
エリ。ただのエリ。
神殺しの剣。対権能の剣を代々受け継いできた彼女の名は、それだけ。家名はない。
その彼女は……にぎにぎと、自分の手を開いては閉じを繰り返しながら見つめていた。
「剣を受け止められたことが、そんなに悔しかったか」
「……それもある。でも、あの言葉が忘れられない」
「ん゛っ……ん゛……あぁ、まだ喉に水が残ってる気がする。……クソ、同じ感情結晶の持ち主だなんて聞いてないぞ」
「王女の誘拐犯だ。何をしてきたところでおかしくはない。……それで、どうするエリ。諦めるのか?」
喉を摩っている女性。彼女はファロン・ウィリアムズといい、感情結晶・怖、『紅怖結晶』の持ち主である。
他の感情結晶と同じく所有者の「恐怖」を増幅し、抑えを利かなくさせる……のだが、彼女ら三人、つまり
その隣で自身の手首を何度も何度も回しているのがジュナフィスだ。
──その回転は人間の域に非ず。それも当然、ジュナフィスは絡繰人形……マリオネッタやゴーレムに似た存在であるのだから。
色モノ集団。そう捉えられておかしくない
「あの女……私には効かない、と言った」
「そうなのか。聞こえなかったが」
「言った。……それがどういう意味なのかを、考えている」
エリは回想する。
あの時、雷が降って来た。雷は裁判の神エレキニカや美芸の神ノットロットの扱う権能であり、故意に人間が降らせられるものではない。
ただその時丁度エリに「雷を切り裂く技術」があったから、それを使い、そのまま攻撃した。雷が落ちてきたこともあり得ないけれど、だけど、やっぱりその後だ。
私には効かない。
つまり、エリの剣技を神殺しの剣だと見抜いた上で──自分には効かないと言った。つまり。つまり。つまり。
「あの女が神だ、と?」
「あるいは、それより高次の何か」
「神より高次とは……なんだ?」
「うん、そこまでにしてくれるかな。いやホント、神使いが荒いっていうかさ。なんで僕がこんな尻拭いをしなくちゃいけないかわからないんだけど」
──暴風があった。
声をも掻き消す風があった。
気付けば──いつの間にか。
三人は、嵐の中にいたのだ。
「……これは」
「ああ、良いから良いから。今ね、彼女はとても上機嫌なんだ。だからそれ以上の言葉を発さないでほしい。いやほんと、彼女の脇が甘いって言われたら何も言い返す言葉が無いんだけどさ。……いいかい? 独白でも、考えただけでもダメなんだ。彼女は全てを見ている。今僕が隠している事実でさえ見ている可能性は高い。それでも世界が巻き戻らないのは、彼女が今を楽しんでいるからだ。ね、お願いだよ冒険者。──流離の神フォルーンの名に免じて、それ以上の思考をやめてほしい」
神。神だ。
これが道化の言葉であると考える者はここにはいない。
「エリ」
「……流離の神フォルーン。……約定を覚えている?」
「約定? ……ああ! 君は巫部の子孫なのか! ……いやいや、そんなことがあるかな。この時代に、この時期に……そこまで揃うなんて」
「覚えているなら、お願いを一つ聞いてほしい。それが代価なのだから」
風が。嵐が。
天を廻天させる世界の目が──ぎょろりと彼女を向く。
「いいよ。有象無象の人間なんてどうでもいいけれど、巫部の血筋なら話は別だ。言葉を告げてみるといい」
「
「……──それをこのタイミングで言うのか。君は今の状況を何も理解していないだろう。今何が起きているのか。今誰がどういう意図で動いているのか。……いいのかい? それは切り札だよ」
「知らない。理解していない。──理解する必要は、あるの?」
「無いね。わかった。君に運命をあげよう。……これで僕と巫部の約定は解かれる。再度確認するけれど、本当に良いんだね?」
渦が。大いなる渦が。
──消え失せた。
「っ!? マズい、逃げるんだ!」
判断は早かった。流離の神フォルーンの力を打ち消せる者などそうはいない。
約定が解かれたのなら気にするべくもないが、今はまだ範囲内。
だからフォルーンは、再度渦を持ってくる。今度は氷の入った渦を。
幻視する。
指が──ちっぽけな三人を圧し潰そうとしているかのような。
あるはずの無い雲の切れ間。嵐の暗雲に入る太陽の光。
そこから、指が伸びて。
「──イントリアグラル、アストラオフェロン! ごめん、任せる!!」
「ギリギリまでバラさないという話はどこへ行ったのか。──まぁ、状況が状況だ。従ってやろう」
「必定。口にしてしまった時点で見えていた未来。決然。法則に干渉する」
──夜に、なる。
空を暗雲が覆った、とかじゃない。強制的に太陽の光を遮るために、夜にしたのだ。
時間を進めるに等しいその行為は、神とはそういうものである、ということを人間たちに再認識させるもの。
「少しの間、埋めてやる。こうすれば見つからない。──必要な時を見極めろよ、人間」
消える。エリ、ファロン、ジュナフィスの姿が掻き消える。
元からそこにはいなかったかのように。
「──随分と庇うね、フォルーン」
声は……日常会話のように、響く。
「母さんだって、今人間に入れ込んでるだろ。同じことだよ。僕にだって一人や二人、入れ込む人間が存在する」
「そう。……それで、イントリアグラルが偽・魔色の燕に与していたことは知っていたけど、フォルーンとも繋がってたんだ。アストラオフェロンまで」
「誤解。我が目的は人間の味方に非ず。一致。──お前を殺す。ヅィン」
「強い言葉を使うね、アストラオフェロン。それに、久しぶりじゃない? 世界を強制的に夜にするなんて荒業も」
「再度。我は人間の味方に非ず。混乱を招こうとも気にはしない。──児戯。無に還れ、ヅィン」
「あまり刺激しないでくれるかな、アストラオフェロン。母さんがその気になれば」
「もう、なっているけれど」
「!」
鳥籠──だろうか。
構築されてなどいない。魔術が使われたわけでもない。
ただ三柱の神の前に鳥籠があって──そこに先ほど"埋没"したはずの三人がいた。
「……あり得ない。私は確かに」
「そうだね。確かにイントリアグラルの埋没は、私の干渉範囲を少しだけとび越える。視てしまえばなんてことはないけれど、視るまではどこにいるかわからないほどに強力だ。だけど」
鳥籠が、消える。
三柱は自身の背にそれぞれ背負った人間を害されないよう、慎重に彼女……彼女のいる方を見つめた。
イントリアグラルは先ほど埋没させた三人がしっかりと自身の領域にいることを確認し、フォルーンは遠く遠くへ逃げた三人へ気を配り、アストラオフェロンは興味が無いとばかりに三つ分の人間、その死体を眼中から外した。
「……はぁ。ちっとも成長しないんだね、あなた達は。さっき人間が見せた輝きを……。まぁいいけどさ」
「何を……言っている?」
理解はできなかった。
彼女が言う「もう、なっている」。何がなっているのか。イントリアグラルの領域内に、フォルーンから任された三人がいる。彼女の目の届かない場所に。
もしや、既に何かされているのか。
「流離の神
「……珍しいじゃないか、母さん。本当の名前で呼ぶなんて、余程の」
「偽・魔色の燕は価値を示した。──次に会う時、あなた達がそうでなかったら、私はあなた達を作り直す」
「……!」
作り直す。
それが──どういう意味を持つのかを。
「他の神にも伝えておけ。私はあなた達を産んだ母親であるけれど、あなた達への愛情など欠片も無い。何度目の子か。何度目の世界か。幾千、幾万、幾星霜の山河の涯に、ようやく辿り着いた勇気の一歩。──人間に劣る神に、何の価値がある。示せ。励め。何度も言っているだろう、神。現状など維持するな。あなた達は万化法則から逃れたわけではない。安定など望むな。あなた達には既に価値が無いことを受け入れろ」
「酷い言い草じゃないか。少し前まで一緒になって"人間ロールプレイ"とか言ってふざけ倒していたクセに」
「早く行けと、今、言った」
──消える。
風に乗り、闇夜に隠れ、世界に没し。
軽口はもう無理だと判断したからだ。一度。一度だ。
あともう一度しか、チャンスがない。
もう賭けしかない。人間が考えを進めない事。それを願うしかない。フォルーンはもう出て来られない。
たとえその原因が「──」にあっても、たとえ故意に引き起こされた"偶然"でも、彼らが変わらない限りはもう姿を見せられない。
「Mindagne、Jotachia、Woeislonica、Uakruacm、Yvwmntizlkxafhe、Ni(MGTM)。──あなた達に言っている。素知らぬ顔などできぬと知れ」
「ねえ、ママ。なんで私達はそれに含まれてないの?」
「Demonia nata、Zzuna harden。含まれたい、というように聞こえるけれど」
「含まれたいとは思っていません。でも、私達が抱えているものにもママは気付いているのでしょう? ……ママの視点でみれば、私達がママを慕うことだって、別にどうでもいいことのはず。……なんで?」
「……理由が分からないのなら、同じ。ちゃんと考えておけ」
消える。
気配が、あの圧倒的で、呼吸など必要のない神々が息苦しくなって、動いているはずのない心臓が動機を鳴らす──神の気配が、消える。
「……ディモ姉」
「なに、トゥナハーデン」
「ママ……凄い嬉しそうだったね」
「うん。なんか特別に良いことがあったんだと思う」
姉妹。あるいは──同型機。
ディモニアナタというカタチを軸に、正反対の権能を与えられた「妹」。ゆえの「姉」。粘土だ。粘土細工だ。
どちらも、ただの。
「私達の価値ってさ、なんだと思う?」
「……わかんない。生まれた時から……変わった覚えは無いし」
「私達がいないと、人間って死んじゃう?」
「どうだろ。死んじゃう人間もたくさんいると思うけど、絶滅はしないんじゃないかな」
「じゃあ、要らないね、私達」
「ホントだ」
いつもの狂気は内に潜めて。
姉妹は──笑い合う。
「なんだ、じゃあ簡単じゃん」
「うん。……私達がいないとダメな世界にすればいい」
「ママの作った世界で遊んでるだけじゃ、ダメだった。もっともっと」
姉妹は──ああ、やはり、姉妹は、と。
笑みを、狂気に置き換えて。
「もっと依存させないと。人間も、世界も」
「生死と豊穣。──戦争ごっこなんか終わり。もっともっと──本当の意味で、ちゃんとした戦争をしようね、ディモ姉」
「えへへ、結構楽しみかも」
消える。
姉妹もまた、そこから消えた。
あとに残されたのは──。
「……うわー。丁度集まってたから普通に業務連絡しようと思って来ただけなのに大変なこと聞いちゃった。……え、これ僕も巻き込まれる流れなのかな」
末弟、巡環の神クロウルクルウフ。
そろそろ皺寄の神の名を持っても良い頃合いである。
十四日が経った。
諸々があってから、十四日。絶対安静と言われはしたけど一応退院になった私は、車椅子に乗った状態で店にいる。
「いいですか、オーリさん。装飾作業以外の仕事は絶対にしないこと。絶っっっっっっ対ですからね。備品整理なんかをしているのを見かけたら、車椅子を取り上げます」
「いやそれくらいは魔力操作でできますよ」
「ダメです~。許さないです~」
「……過保護過ぎませんか」
「はぁ……」
なんでこの人こんなに馬鹿なんだろう、という感情が伝わってくる。
凄い、ここまでちゃんと馬鹿にされたの久しぶりかも。ああいや、あの医者からもされたっけ。
「まぁ安心しろ。奴との約束だ。貴様の身体が治るまで、ワタシがしっかりと働いてやるからな!」
「いやそれが一番心配なんですけどね」
──ルクミィ。
彼女は命を狙われている……かどうかも定かではない。定かではないが、現状のファーマリウスに帰るのは些かどころではなく危険なので、匿う流れとなった。どう考えても、どう賢く立ち回っても「待ち」以外できない。なぜなら、ルクミィには戦う力が無いから。
それで、なんやかんやあって働くことになった。
……なんやかんや、とは……?
「しかし、良い店だな、本当に。昨日一通りの作業内容は聞いたが……出来得るのなら客として訪れたかった。どれもこれも見応えのある装飾品ばかりだ」
「ラスカ……あ、いえ、ルクミィ様……じゃない、ルクミィさん。休憩時間であれば、奥の作業部屋にある装飾品を見てもらってもいいですよ」
「本当か!? 良い奴だな貴様!」
「……でも、すごいですねぇやっぱり。『身偽のエポレット』。私やリコティッシュさんじゃ作れないアクセサリーなので~、素直に尊敬します~」
「まぁ、呪文の扱いは流石に一家言ありますからね。ルクミィさん、身体に違和感はありますね?」
「うむ。ちゃんとある。だからちゃんと発動が分かる。違和感がなくなったらすぐに隠れる。それでいいんだったな?」
「はい」
今回ルクミィに渡した『身偽のエポレット』は『幻列のヴィエ』の効果を少し弱めたものだ。体に張り付く光の魔力が視覚情報への幻惑作用を引き起こし、まるで他人であるかのように振る舞うことができる。また、『潮騒のスフィラ』の配列を少し変えて、声色も変えている。
違和感が残るようにしたのは、万一偽・魔色の燕やアスクメイドトリアラーなどに探りを入れられた際、いち早くルクミィを隠すため。私だってそうポンポンと"改変"を使いたいわけじゃないからね。
「でも~……ラスカットルクミィアーノレティカ様にこういうのはちょっと思う所あるんですけど~」
「ルクミィと呼べと言っているだろう、貴様。いつどこでバレるか」
「いつどこでバレるかを気にしてるなら~、まず口調から変えないとダメですよ~」
「……それは問題ない。王族として、"場を弁える"ことはできる」
へえ。
「へえ~? なら採点しますから、やってみてください~」
「ええ、わかりました。──改めまして、皆様方。私はルクミィ。以前はファーマリウスの魔術師協会で働いておりました。ただ……ファーマリウスがあんなことになってしまったので、働き口を探したところ、オーリさんから直接の紹介を受け、今に至ります。──とかこんな感じだ。どうだ!」
「……いやそこは全然できてなくて"全然できてないじゃないですか~!"ってイルーナさんが言う所じゃないですか?」
「む、何かダメだったか?」
「いえ~、そんな感じで大丈夫ですよ~」
できるんかい、っていう。
ああでもそうか。彼女はずっと洗脳された王家の中で自己を保ち続けてきたんだ。
渡り歩く力は長けている、か。
「表の掃除、終わりました」
「ああ、ありがとう
「ああ、わかった。よろしく頼むぞ」
「はい、よろしくお願いいたします」
トゥーナ。トゥナハーデン。
ま、色々あったけど、「人間ロールプレイ」に関わる話ではないから、普通にここにいる。というか「オーリ・ディーン」が入院していた間も普通に働いていたみたいだし、私が帰ってきた瞬間にいなくなる、というのはそっちの方が不自然だろう。
何か心機一転があったようだから、少し楽しみにはしている。
あれだけ発破をかけたんだ。他の神々も何か変わってくれると嬉しいんだけど。
では──オーリ装飾品店。ようやく店主が戻っての、開店である。
と同時刻。
「……戦争ねぇ」
「すまない、止めることは難しい。騎士団も少し混乱していてな」
「ああいや、別に俺がとやかく言うことじゃねえってのはわかってるんだけどよ。……どーも前の世界の価値観から、ヤな顔しちまうだけだ」
「戦争と聞いていい顔をする人はいないと思うけれど」
風雨の故里。
ティアとアルフによって、ユートとレクイエム、シルディアとレインがそれぞれ簡単に行き来できるようになってしまったここで、……というかここでも私は装飾品店をしている。
私が二人いる、という事実はまだ知られていない。知られたら記憶処理する。
「あれから神々の動きも一切なし。……嵐の前の静けさ、かね」
「余計な事言わないでよユート。良いじゃないか、こっちだって準備ができる。……正直その細工技術には舌を巻くばかりだけど、僕らが集めた材料で対神用の装備が整いつつあるんだ。何も起きないならそれでいい。天龍の換期も無事終わったみたいだしね」
そう、この地に残した人形が勝手に約束した、「材料さえ持ってきたら対神用装飾品を作ってもいい」という話のせいで、対神以外で使えば明らかにオーバーパワーになる装飾品を作らされ続けているのである。
これから起きることを考えればまぁ構わないんだけど、こっちの私は魔色の燕の長として動こうと思ってたのになぁ、っていう。
唯一の楽しみは、トパルズとアザガネが何か画策しているっぽいこと。努めて視ないことにしている。
「それで、どうなんだ。ヤーダギリ共和国ってのは……強いのか?」
「国力で言えば圧倒的だが、戦力で言えば判断がつかない。国土はこちらの三倍。人口に至っては二十倍。ただしそのほとんどがスラムの住民で、適切な訓練を受けた兵士や憲兵は一割に満たないとされている」
「でも、今王都があんなになってるだろ?」
「……ああ。だから騎士団が動かざるを得ない状況だ。王都の惨状を受けてなお、王家はヤーダギリ共和国に宣戦布告をした。……狂っているとしか思えん」
流石の彼らもファーマリウスの惨状は知っている。聖霊の小路を使って宿泊していた宿に帰ったら、すべてが倒壊していたとかなんとか。
また、レクイエム曰く妙な魔術の気配が沈殿していて、長居しない方がいいと出戻りしてきたとかなんとか。
やはりルクミィの推測は正しかったようで、穿つ氷のオエンガフスが倒され、それがファーマリウスに降り注ぎ……一夜にしてファーマリウスは蘇った者達の都になった。
ただ一部、なっていない者達もいるようだけど。
その中にはあのハウストも含まれているとか。
「今は人間同士で争ってる場合じゃないのに」
「レイン、お前そりゃ甘いってモンだろ。人間なんつーのは争うモンだし、仮にクソガキがちゃんと魔王やってたとしても国同士の諍いは避けられなかっただろうさ。国っつーのはそういうもんだ。そうならないなら、とっとと併合して一個の国になってる」
「でも……」
フォルーンらが庇った
サジュエル・エヌ・エルグランドは普通にスラムに戻った。航行ルートを変えたイーゥクレイムは、けれど"最も被害の出ないところ"へルート変更をしただけで、どう頑張っても人間の集落は避けられなかった。当然だ、ヤーダギリ共和国はその国土のほぼすべてに人がいるのだから。
だからサジュエルはその「唯一通らざるを得なかった村落」の住民に危険性を説き、避難民として逃げた彼らの家からあらゆるものを盗り尽くし、地盤沈下が起きてから高値で売り戻す商売を行っている。
イーゥクレイムが興奮した声で「良い子が育ってて私嬉しくなっちゃったわ!」って伝えてきた時は、すわサジュエルが英雄に!? とか思ったんだけど、視た感じ全くそんなことはなかったっぽい。別に求めてないけどね。
そして、偽・魔色の燕の動向だけど。
「長。……トラスの隊が」
「そうか。……遺骸の回収は?」
「可能な限りは行いましたが……コアが完全に破壊されていて」
「私の部屋に置いておけ。供養はする」
「はい……」
どのようにして見つけているのかはわからないけれど、マリオネッタの魔色の燕……つまりこちらの戦力を着実に摘み取ってきているらしい。これはファーマリウスに出しているマリオネッタだけじゃなく、他の都市でもそう。
人間とマリオネッタを見分ける術を持つ奴がいるんだろう。そしてこっちのマリオネッタの弱いこと弱いこと。トゥナハーデンが魅了したサラフェニアから多少の情報は流れて来るけれど、既にあちらの組織はサラフェニアを疑い始めているのか、大した情報が流れて来なくなった。
なお、元私……元私の「人間ロールプレイ」であった彼らは、あれ以降姿を見せていない。マリオネッタたちからも報告が無いので、どこかに隠れているのだと思われるけれど、なぜ隠れているのか。
律儀に私の言葉を守っているのか。あるいは作戦を考えている最中か。
「……戦闘用マリオネッタでも作るべきか」
「っ! い、いえ! やれます! 私達は……!」
「別にお前達を破棄するとは言っていない。メイド、ガヴァネス、その他諸々。できることはあるだろう。ただあまりにも弱いから、もう少し強い個体を作ると……」
「できます!! お願いします、捨てないでください!!」
いや。
君達私を裏切る気満々なんじゃないの?
捨てられたくないって……いずれはこの契約の糸も断ち切るつもりでしょ? なんでそんなに焦ってるの?
「オーリ・ディーン」
「はい。どうしましたか、魔王」
「ここに引き入れたい魔族がいる、と言ったら……受け入れてくれるだろうか」
「不和を起こさないのなら構わないのでは? 全員自衛はできるでしょうし」
「それじゃ、今探知魔法を繋げてあるから、少し結界に穴をあけて欲しい」
魔族か。
……まぁ私はいいけど、他の面々が大丈夫かな。価値観が乖離し過ぎてて話が通じないと思うけど。
ああ来た。これか。
風雨の故里を少しだけ開ける。ん、かなり抵抗してる……けど当然か。風雨の故里は他者が近づきたがらないような仕組みにしてあるんだから。
でも、レクイエムの一本釣りには敵わない。
結界の穴を通り、探知魔法とは名ばかりの拘束魔法を巻きつけられた魔族は、この天空城までさらに吊り上げられて──。
「──やぁ、ツァルトリグ・ヴィナージュ。また会えて嬉し」
レクイエムが言葉を発せたのはそこまでだった。
それはもう見事な右フックでぶん殴られたからだ。
殴ったのは当然、今しがた吊り上げられた魔族。赤肌の女性。
「──いつもいつもいつもいつもいつも! 他人の話を聞かない馬鹿魔王!! やり方があったでしょう! あと事前説明!! それくらいはしろ馬鹿!!」
おお、元気元気。
「……やぁ、ツァルトリグ・ヴィナージュ。また会えて嬉しいよ」
そしてめげないんだ。
君もなかなか変わったね、魔王の転生体。
「いいですか、いきなり探知魔法をつけられて、直接精神世界に放り込まれて、協力してほしいから来て欲しいと言われて! そこまではまだギリギリ許しますが、その後です! 私が是を返したその瞬間に拘束してきて、挙句の果てにそのまま引き摺って! 四つですよ四つ!! 山! 引っ張られて越えた山!! かと思えば魔族の私が絶望するくらいの気配の場所に引きずり込まれて、ようやく罠だと察して逃げ出そうとして、でも全然、やっぱり魔王の力で! 入ってみればそこまで絶望的な雰囲気ではなかったけれど、そのままどれくらいですか!? 山々四つ分くらいの高さまで拘束魔法のみで引っ張り上げられて、どれほど怖かったと……ああそうですか、そうですか! 人間の身体に転生したとしても、魔族の罪善感からは逃れられませんかそうですか! 私をこうやって虐げることが親切に思えて仕方ないんですねそうなんですね!!!」
フゥーッ! フゥーッ! と。
一気にまくし立てて、それはもう怒り狂って。
いや。
私、こういう言葉吐かないんだけどさ。
可哀想だよ、流石に。もうちょっと他人の気持ち慮ってあげたら?
「……。……やぁ、ツァルトリグ・ヴィナージュ。また会えて」
「本気で取り合わないつもりならその眼球溶かしますよ」
「うん、謝るよ。君が生きていてくれたことがうれしくてさ、つい」
「……どうやら、魔族の性質からは逃れているようですね。……次の転生先は人間の肉体にする、と言った時は心配しましたが……杞憂、どころか……大成功、でしたか」
「そうらしい。僕は変われたよ、ツァルトリグ」
赤肌の魔族。
その大声に、なんだなんだと群がってくる面々。
魔王の転生体──レクイエムは、そんな彼らを紹介するように。
「彼らが、今の僕の仲間だ。……あと一応、そこの城主も」
「一応ですか。お願いを叶えてあげたというのにいいご身分ですね」
「君が言ったんだろ、仲間になるつもりはないって」
……。
む、そうだっけ。そうだった気がする。
「……おかしいですね。私の目が溶け落ちているかもしれません。……勇者いませんか。しかも二人」
「うん。どっちも仲間だよ」
「おー、なんかこそばゆいな。仲間って紹介されるの。……ま、そういうこった。姉ちゃんは魔族、でいいんだよな? 俺は結人・積川。異世界の勇者だ」
「私はレイン・レイリーバース。この世界の勇者」
赤肌の魔族は、何度も目を擦って、二人を見て。
一度、ごくんと飲み込んだ。リアクションの激しい子だな。
そして首をぎゅいんと回し、私を見る。ボディランゲージの激しい子だな。
「──ごめんなさい。初対面ですが、あなた嫌いです。私に近づかないでください」
「構わない。私も魔族に興味はない」
「あー……あんまり不和は起こさないで欲しいかな、ツァルトリグ」
「ご安心を。馬鹿魔王の無茶振りさえなければ私は正常ですので。そして、ここまで明確に、本能的に嫌いだと思ったのはあの方とファイファだけですので」
「うわ懐かしい名前だ。彼、君にまで嫌われてたんだ」
うわ懐かしい名前。「人間ロールプレイ」の戦闘職があんまりにも上手く行かなくてどうしようかとしてた頃になった「魔族ロールプレイ」の名前じゃん。
思えば魔族になったのはあの一回だけだったし、結局「魔族ロールプレイ」って悪いことしてればいいだけだったからどうでもよくなってやめちゃったんだよな。
「……場がカオスだが、とりあえずよろしくさん、でいいんだろ? 丁度昼時だ、メシを食おう。メシさえ囲ぇや大体仲間ってな。──ユート」
「おう! んじゃアルフ、いつも通り『
「ああ、いつも通り一個目ぁ聞き取れやしねぇが、言いたいことはわかる。──レイン、シルディア。お前らは大テーブル拭いて待ってな」
とまぁ、こんな感じで。
戦争。どことどこの、かは……誰の視点かに依るけれど。
それが始まる前の、ひと時の休息。