神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
私の、つまり「オーリ・ディーン」の事情に関係なく戦争は始まった。
当然と言えば当然。私は全身火傷に加えて一時は心臓まで停止していた状態で、先日のカゼニスさんと共に崖から落ちた時より状態は酷い。つまり治療日数がとんでもないのだ。
治癒促進程度造作もないけど、定期的に医院に通うよう言われているせいでちょろまかしができない。がっつり"改変"してしまうのも手だけど、そこまでする必要があるかと問われたら微妙。
いやだって、あくまで本位は「オーリ・ディーン」なのだ。
戦争で大立ち回りをする英雄でも、湯水のように投入され使い潰される雑兵でもない。一般市民のオーリさん。それが今の私の「人間ロールプレイ」。
だから、怪我療養中の状態で戦争に巻き込まれたって別に、と。
「戦争戦争って……こう何度も何度もだと、嫌になるわねぇ」
「ホントホント。まだビガス戦争の傷だって残ってるのに」
「そもそもティダニアは国土は広くても人口はそんなでもないんだから、侵略したって……と思うのは、僕だけなんですかね」
「逆だろ? ヤーダギリの連中は国土が狭くて人口が多い。だから新しい土地探してるって話じゃねえか。喧嘩吹っ掛けたのがどっちかなんて俺は知らねえが、ヤーダギリが攻めて来る理由は充分にある」
「人の住んでいない土地ならあげるから、戦争は無し、になってくれたらいいんだけど……」
「そうできなかった時点で王族サマの落ち度よねぇ」
井戸端会議……というには集まっているのがオバサマだけではないけれど。
この都市に戦火は届かないだろうものの、不安にはなる。それが人間だ。だからこうして冒険者協会なんかに集まって、会話をすることで少しでも不安を紛らわせようとしている。
「オーリさんも大変ねぇ。立て続けに怪我ばかりで、それで戦争でしょう?」
「けがは自分のせいですし、戦争は……まぁ私には関係が無いので、運が悪かったというより間が悪かったのかな、と思います」
「それを大変って言うのよ」
「加えてオーリさんは経営者なんだ、従業員に払わなきゃいけない給料もあるだろ? 大丈夫なのか?」
「その辺はおかげさまで。ただ、戦争となると今後の買い手が少なくなるのが懸念ですね」
「あー。まぁ、そうよねぇ。騎士サマたちがこっちまで買い付けに来るわけないし……」
「これが飯屋だったら時々食いに行って楽にしてやる、くらいは言えるんだが……」
「無理しなくていいですよ。装飾品、高いですよね」
そう、装飾品は高いのである。
便利だけど、便利さを上回って高い。特に私の手掛ける装飾品は基本的に自身の魔力を代償としない……自然由来の鉱物を核に作るから、その効果量や耐久性能も相俟ってかなり値段が張る。
カゼニスさんなんかが普通の顔して買っていってくれているのは、あんな人でもちゃんとお金持ちだからである。
「……こちらとしても、何か咄嗟の時に使える防御用アクセサリーなんかをお渡ししたいところですが……」
「いやいやそんなこと考えなくていいって! 俺たちはオーリちゃんの頑張りを知ってるんだ、責めたりしないよ」
「そうよ~? 素材の仕入れも自分で取り付けて、時には自分で採掘しに行って……おばさんたちは見てて心配になってたんだから」
「護衛の一人もつけねーで行くからひやっひやしてたよ。年若い娘さんがさ」
「そうですか? でもガリオルさん、時々ついてきてくれていましたよね。見守っててくださったのでしょうが、獣の視線なのかガリオルさんの視線なのかわからず焦ったことが何度かありました」
「き、気付いてたのか!? ……おいおいなんだお前らその生暖かい目はよ!」
私はしっかりとこの街で「人間ロールプレイ」をしてきた。この街で、だけじゃない。生まれた時からだ。
だから当然のように人付き合いがあって、過去があって、関係性があって。
「あ、無辜の民だ~。僕、何も知らない人間殺すの大好き!」
それが目の前で無残にも惨殺されようものなら──ちゃんと動揺することを、忘れない。
「え……」
「ありゃ、全体含めたつもりだったのに、二人外れてる」
「蘇ったばかりなんだ、まだ目の焦点が合っていないんだろう。どれ、ここ儂がいっちょう魔法で魅せつけてやるわい」
ギルドは半壊している。
集まっていた民は勿論、ギルド職員もかなりの数が殺された。生き残っているのは少数の冒険者と、運よく回避できる位置にいた者達だけ。
あとは全部──金属球の下。
「……逃げろ、オーリちゃん。……ありゃやべえのだ」
「ガリオルさんが逃げた方がいいですよ。私はどうせ車椅子から降りられませんし、逃げた所で捕まるのがオチです」
「馬鹿言うんじゃねえ! いいから逃げろ、馬鹿娘!」
怒号は──標的を狙いやすくするマークでしかない。
ぐしゃ、と。
ガリオルさんは、その頭蓋を氷礫に圧し潰されて、絶命した。
「ほほほ、なんだなんだ、弱いのぅこの時代の人間は」
「本当にね。僕らの時代……っていうと結構違ってきちゃうけど、それでも農民の一人一人が束にさえなれば欠片程度なら抵抗できたってのにさ」
「トルフ。ほれ、あと一人は譲ってやる。次は外すなよ」
「わかってるわかってる。──へへ、怪我人はいいよねぇ、逃げたくても逃げられないんだもん」
だから「あ」と呟いて絶望に染まった顔をするし。
だから「やめて」と言いながら後退ろうとして、車椅子から転落するし。
だから「来ないで」なんて震えながら、身体を引き摺ってでも逃げようとする。
視界の隅でなんとか生き残った冒険者の人たちが私を助けようとしてくれているけれど、間に合わない。
なんともあっさりと、状況もよくわからないままに、「オーリ・ディーン」の死は。
「させ、ねえ!!」
「!」
ガラガラガラと音を立てて伸びてくる透明な鉱石。
それが私を覆ったかと思えば、今度は鋭利な形状に変形し、襲撃者を襲う。
「おっと!」
「おお? ……どうやら骨のある奴がいるようだのぅ」
「大丈夫かオーリちゃん! ……と、全然大丈夫じゃなさそうだな。もう少しの辛抱だ、すぐに片付けるから待っててくれ」
カゼニスさんだ。噂をすれば、になるのかな。
そして……彼は既に指輪を外している。彼の呪いを抑える指輪。だから今は、彼にかけられた呪いがこれでもかといわんばかりに撒き散らされている。
──ユート・ツガーは魔力暴走体質だった。
そしてカゼニスさんにかけられている呪いは、それに酷く似ている。
違うのは、体質ではなく呪いであるという点と。
「すまねぇな、恨みつらみは俺に呪いをかけた奴にいってくれ」
暴走した魔力が、そのままに結晶化する、という点である。
いつか述べた通り、無色の魔力は最もロスの少ないエネルギーであり、学名を「Quartz Genus Pure essence」という。他、天龍という存在も「Quartz Manifestation Point」……それぞれ「水晶属の魔力」、「水晶属励起点」という意味になる。
これらがQuartzを名乗らされているのは、そのまま魔力というものが固体化した時に水晶化するが故であり、且つこの世界が水晶玉であるから。勿論この世界が水晶玉である、というところまで一般的に知られているわけではないけれど、名づけの親が私なのだからさもありなんといった話で。
カゼニスさんには、無色の魔力暴走と、それが無意識に結晶化する、という呪いがかけられている。
だから私の呪い抑えの指輪無しではマトモに生活できないし、だからこそ紫龍ヌタスに勝てたのだろう。ヌタスは酸を扱う天龍だから。
というわけで、襲撃者二名は埒外の能力を持つカゼニスさんの手によりあっさりと結晶化し、絶命……には、至らなかった。
「
「弾けろ~」
襲撃者──老人と子供の二人組。
老人は魔術師。子供は金属球を主武器に使う珍妙な戦闘スタイル。先程蘇ったとは言っていたけど、あの二人は私じゃない。基本的に志半ばで死ぬ私は老人になるなんてめったにないし、どれほど「人間ロールプレイ」だって言っても人間を殺して回って楽しむだけの子供、みたいな劣化ディモニアナタみたいなロールプレイはしてこなかった。
あれは、完全にオリジナル……というか、一応過去にいた英雄かなんかなんだと思う。アンネ・ダルシアか魔色の燕の彼か、どちらかの手によって蘇らされた「基準点」たち。
カゼニスさんは強い。かなり強い。
でも格落ちだ。彼はヌタスに相性勝ちをしただけで、戦争経験者でもなければ救世主のような働きをした英雄ってわけでもない。
分が悪い。
ただ……ここで「オーリ・ディーン」が「絶対に勝てないので諦めましょう」と言い出すことはできない。一般人「オーリ・ディーン」が敵とカゼニスさんの差を瞬時に理解するなんてあり得ないからだ。
カゼニスさんの記憶はがっつり弄ってあるから、私が戦えるという事実も綺麗さっぱり記憶から消えているはずだし。
カゼニスさんの水晶に守られた上で、カゼニスさんが肉塊となって行くのを眺めるしかない。
さて……逃げ出そうとするべきなのだろうか。あるいはカゼニスさんを信じて待つ? ほら、こういうところ、本当に難しい。一般人は戦闘に巻き込まれないから一般人なんだ。巻き込まれたら大抵死んでいるから。
生き残ってしまった場合の、怪我をしている一般人の、ロールプレイ。
うーん。
まぁ怯えていればいいか。
程なくして。
敵の子供の、「ほらほら、良い啖呵を切った割に、動きが悪いよ?」とか、「あれ、君の恋人? 可哀想にね、青い顔して祈ってて……どの神に祈ったってどうにもならないのにね!」とか、「ほら、見せてあげようよ。折角君が作ってくれたんだ、この透明な壁に──君の血肉をぶちまけてさ」とか。
そういう「散々」があったあと、ぐちゃ、と。
先程のガリオルさんのように──カゼニスさんは、自身の呪いが作り上げた水晶に叩きつけられ、死亡した。
彼に関しては生き返らせる必要性を感じない。
お得意様。それだけだ。
「……ありゃ。コイツが死んでも呪いとかいうのは収まらないんだ。相当嫌われてるね~」
「さっきから儂も解析しようとしてるんだがの、こりゃ呪った本人はとっくに死んでて、呪いだけが残っとる状態だのぅ。つまり」
「もしかして殺すのマズかった?」
「普通に考えて、魔力が尽きるまで暴走し続けるの」
「……撤退かぁ。でもいいのかな、目撃者いるけど」
「ほっほっほ、安心せい。──直接届かなかろうが、内側に作用だけを置いてくる魔術などいくらでもあるわい」
老人の言葉の通り、カゼニスさんの水晶で覆われたこの空間の、その内部。中空あたりに火が生まれる。
それは次第にポタポタと滴り始め……当然のように燃え広がっていく。燃える水。ああ、なんとなくだけど老人の出自はわかった。
倒れていく。
一人、また一人と、私の反対側で息を潜めていた冒険者たちが、蒸し焼きになって行く。あるいは呼吸ができなくなったか。肺を焼かれたか。
咄嗟に大量の水を、水の魔力を操れる人間がいなかった……というのは痛手だった。
「うっわ~、酷~い。直接火をつけてやればもうちょっと苦しみは少なかっただろうに、わざわざそうやって殺すんだ」
「お主も大概だがのぅ」
「僕はちゃんと慈悲があるでしょ~? だって頭を潰すんだ、苦しみは少ない方だよ」
まだ何も成し遂げていない。「オーリ・ディーン」として、まだ何もやっていない。
イルーナさん、リコティッシュ君、そしてルクミィ。
賑やかになって来たオーリ装飾品店が遠のいていく。
志半ば。
……ま、それが定めかな、私の「人間ロールプレイ」はいつだって。
今回は特別措置で「オーリ」がいるわけだし、そっちにシフトしても──。
「なにをしている」
地面に穴が開く。
当然、落ちる。車椅子から落ちていたから何もできずに。
「あっ、逃げた!」
「いや……協力者かの? 土の魔力が見えたのぅ」
「追える?」
「無論──」
という声を背後に聞きながら、担がれるままに地下通路を進む。
こんなところに地下通路は無かったはずなので、今私の身体を担いでいる人間が掘ったのだろう。ギルドの下に直通通路なんて騎士団が黙っちゃいなさそうな案件だ。
「あ、あの」
「黙っていろ。気付かれるだろう」
「……」
「今、街中はあいつらの手の者で埋まってる。……もう少しトンネルを深くしないと気付かれるか」
言われてから視てみれば、あらまぁ。
本当だ。都市の中にたくさんの異物がいる。偽・魔色の燕、アスクメイドトリアラー、ヤーダギリ共和国の憲兵……が、ティダニア王国民の恰好をしている、という設定なのだろう何者か達。
ティダニア王国民ロールプレイをしている敵対者ロールプレイをしている誰か達ってことか。面倒くさいことするな。
「……ここまでくれば一旦は大丈夫だ」
「……その、ありがとうございます」
「まるで助けられた、かのような言い方をするな。あの程度、自分でなんとかできただろう」
「いえ、そんなことは」
「本当か? ……まぁ、先ほど身体を触った感じ、怪我をしているのは本当のようだし、その状態ではうまく魔力を操れないというのも……ギリギリ、納得はできるか」
見抜かれているわけじゃないのを知っているから隠しているけど、これはアレかな。
私が精密な魔力操作を可能とする魔術師であると知っている人間の反応、って奴かな。
それなら理解も行こう。「なにをしている」にも理解が及ぶ。
だって、あの程度の火であれば、水と風の魔力操作でどうとでもなったから。
「まぁ、なんでもいい。どの道助ける予定だったしな。……あの男やギルド内の者は残念だったが」
「……はい」
「……ここで言うべき言葉は"安心しろ"ではないのはわかっているが……気に病むな。
得心が行った。
それであの大量虐殺か。
「あの……今更ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。私はオーリ・ディーンと申します」
「知っている。妹から何度も聞かされている」
「妹さん、ですか」
「ああ。イルーナが妹の名前だ」
……。
……え、似てな。
「俺はフレディ。そこまでよろしくするつもりはないが、知っておけ。お前が睨んでいた通り、イルーナも俺もアスクメイドトリアラーだ」
あ、そういうこと。
組織的な妹ね。血のつながりは……はいはい、無いのね。
イルーナさん襲撃事件の時、イルーナさん周りを"改変"した。かなりやった。
それにより、彼女はアスクメイドトリアラーの中でもどちらかといえば大切に扱われている方……つまり、表舞台にも立つアスクメイドトリアラーになった。デビットさんと同じ感じ。
こうすることでイルーナさんは死に難くなるし、私に関する探りを入れる、という任務自体も無くなる。じゃあなんで私の下で働いているか、というところについてもちゃんと変えた。つまるところ、探っている対象は「オーリ・ディーン」ではなく「オーリ」であったと。
あの時の姿を変えた私。ルクミィと小旅行をした「オーリ」をこそ追っていて、なぜか「オーリ」が付け狙っている「オーリ・ディーン」の護衛兼監視役として来たのだと。
つまるところ、私への懐疑を全て「オーリ」に擦り付けた形になったのである。
ただし「オーリ・ディーン」の装飾技術への知識が消えたわけではないので、「監視対象のオーリさん」に関する報告を直属の上司になった彼フレディに送っていた……とか、そんな感じの"改変余波"が出たのだろう。
「といってもお前に危害を加えるつもりはない。お前も、アスクメイドトリアラーがどんな存在かを知っているのなら、黙っておくことだな」
「……そうします。イルーナさんは……大切な店員なので」
「さて、そろそろ移動するぞ」
「どこへ行くのですか?」
「アジトだ。この街のアスクメイドトリアラーの拠点。そして、今や魔色の燕に侵されていないアスクメイドトリアラーの最後の牙城になるか」
ほー、面白い。
イルーナさんを隔離する"改変"は、最終的にそういう落ち着き方をしたのか。
言うなれば一部のアスクメイドトリアラーが反乱した形だけど……それを処断せんとする頭が死者となって混乱の真っ最中なんだ、暫定的なトップの挿げ代わりなどおかしな話でもない。
「お前の大切な店員は全員そこに避難している。……ラスカット様もな」
「それは、本当に良かったです。……あの、本当に全員ですか? イルーナさんと、リコ君と、トゥーナと」
「腐ってもアスクメイドトリアラーだ。漏らしは無い。……ただ、すまん。お前の店の商品を持ち出すのは無理だった。幾つか……いや、ほとんどは敵に奪われたと見た方がいい」
「商品なんてまた作ればいいだけですから。……良かった、皆が無事で」
安堵して見せる。
鉱石の成長速度的にあと四百年くらい待たないといけない奴とかもあったけど、本当に必要になったら創ればいいし。
しかし。いやはや。まさかまさか。
死ななかったか、私。珍しいな。
アジトとやらに着いてすぐ、歓待を受けた。
だから、イルーナさんとリコティッシュ君、ルクミィ、そして表面上のトゥーナから。
他、私の知り合いで生き残っている人……アニスさんやシャナナさんといった面々もそれなりにいて……けれど、それなりでしかなかった。
特に気になったのは、コトラさんの姿が見えないこと。あのお婆さんならすぐにでも危機を察知してこういう安全な場所に逃げ込んできそうなものだけど。
いや、騎士団員が一人もいないのを見るに、騎士ニギンが動いたのかな。
「しかし、すごいですね。まだ出来たばかりの場所に思うのですが……すでに区画整備がしっかりと」
「ステイフォールド家の者がいたのが大きい。必要区画の割り当て人数や長期生存のための食糧確保の準備をしてくれた。他、料理人に鍛冶師がいたこともあって、基地としてはかなりの出来と言える」
「材料さえあれば、私もある程度はお手伝いできますよ」
「お願いしたいことは山ほどある……が、山ほど頼むとそのステイフォールド家の者を含む大勢から睨まれる。愛されているらしいな、余程」
ああ、そうだった。怪我してるんだった。
カゼニスさんを助けなかったことも含めて、あんまり遠くの魔力も操れないことにした方が良さそう。
「ただ、どれほど綺麗に分けても食糧難は避けられんだろうな。俺やイルーナを始めとしたアスクメイドトリアラーが外に狩りに出たとして、あの二人のような手練れに見つかればおしまいだ」
「それなら問題ないと思いますよ」
「なに?」
「肩を貸してください。私をあそこの畑区画まで──」
「私が貸します~」
「なら、こっちは私が手伝いますよ」
あ、店員モードのルクミィだ。
歓待を受けた時は王族ルクミィだったのに。切り替え早いな。
でもごめん、ルクミィの身長だと肩を貸すにはならないっていうか。
「ルクミィさん、代わります」
「……まぁ、今は目を瞑りましょう」
言外に子ども扱いされたと思ったのだろう、一瞬拗ねるルクミィだったけど、すぐに身長差の問題だと判断して離れる。
代わったのは、トゥーナ。
丁度いいね。
イルーナさんとトゥーナに肩を借りながら畑の方へ行って──その眼前で膝を折り、手を組む。
目を瞑り。
「──どうかお慈悲を、トゥナハーデン様」
斜め横で「げ」というフロギーの潰れたような音が鳴ったけれど、知らない。
だって今二人ともそういうことしてるんでしょ。
さて、効果は覿面である。
まだ植わったばかりであるはずの野菜。それらから──ぽつぽつと新芽が出始める。
「な……なんだと?」
「フレディさんやイルーナさんなら知っているかと思いますが、最近は神々の機嫌が
「……魔力は動いていなかった。まさか、本当に」
「あまり疑わない方がいいですよ? トゥナハーデン様を信奉しなかった農家は半月と経たぬ内に廃業になったという話も聞きますし」
「いや……トゥナハーデン様やディモニアナタ様、マイダグン様は我々にとっても大切な神だ。だから神の恩寵を疑うようなことはしないが……ここまでとは。──感謝する、トゥナハーデン様」
なんだか勘違いされているようだから一応述べておくと、私は別にまだ邪神陣営でいるつもりだ。
確かに神々への発破はかけた。中にはトゥナハーデンとディモニアナタもいる。
それでも私は彼女たちと同じ陣営にいて、だから彼女らがそういう方法で人間を依存させると言うのなら、それを手伝うくらいのことはする。
これが手伝いになっているとは明言しないけど。
「……」
偉い。
ここで、「だがよ、オーリちゃん。俺ぁ毎日ディモニアナタ様に祈ってたけど……結果がこのザマだ、この都市の惨状だ」なんて誰かが言った日には、というか時には、その誰かは明日にでも死んでいたことだろう。モデルはカゼニスさん。
「狩りのための装飾品であれば、私、リコティッシュ君、イルーナさんに言ってください。魔法薬はルクミィがある程度作り得ます」
「ええ、お任せください。あるいは害獣駆除の毒薬なども作れないことはありませんが」
憶測と自信の天才は、忘れられがちだけど普通に研究者だしこの時代における化学の第一人者だ。魔法薬となるとまた話が違ってくるかもしれないけど、薬毒の知識はかなりのものだろう。
「おうおう、材料さえあればって話なら、さっきも言ったが俺達ホウラ組も忘れてもらっちゃ困るぜ。剣でも斧でも槍でも盾でもなんでもござれの鍛冶師一家! そこにオーリちゃんの武器装飾でも加えられりゃ千人力よ!」
「いくつかのハーブと特定の魔物の肉があれば、元気の出る料理ってのを作ることもできるよ。ま、気休め程度だけどね」
「薬草類の育て方でしたら私とリコティッシュさんで様々な改良が加えられます。トゥーナさんも、農家の出身でしたよね」
「あ、はい。そうです。植物に関しては一家言あります」
少し作為性を感じないでもないけど──必要な人間が集められているな。
生活に必要な人間。必要な技術を持つ人間。
それだけを狙って助けた、というのならそれまでだけど……。
「すまない、オーリ・ディーン。精神的に疲れていることはわかっているし、肉体的疲労も理解しているが……早速一つ頼みたい装飾がある」
「なんですか?」
「浄水設備だ。ホウラ一家には上下水道周りを整えてもらっているが、今必要なのは浄水でな。特に周囲から汲み取る水を清めなければ安心ができない」
「ああ、ファーマリウスの」
「……知っていたか。そういうことだ」
確かに確かに。
飲み水が気付けば毒になっていたなど、目も当てられない。私やトゥーナ、あるいはルクミィであれば気付けるかもしれないけど、気付いた時には既に、である可能性が高い。
ふむ。
とりあえず衣食住に関する設備はお金を取るわけでもないんだ、こだわりは一旦捨てよう。
「私個人でやるより、ホウラ一家と合同製作した方が良いですね。あと、そのあたりでこそこそしているデビットさんにも手伝ってもらいましょう」
「デビット? ああ、そういえば魔術師協会に潜っていたんだったか」
「あと、幾つかのデータをください。ここが地下どれくらいの深さなのかと、地図上の位置について」
「承知した。他にいるものはあるか?」
「……まぁ車椅子ですかね、一番は」
要らないけど。
要ることになっているから。
「それは……大至急だな。ギルドのものはもう使い物にならんだろうから、新たに作る必要があるか」
「車椅子ねえ。図面さえありゃ俺たちが作れると思うが」
「……使い物にならなくなった車椅子を持ってくる、でも行けるか?」
「ああそれでも構わねえよ。構造把握も俺たちゃ一流! ってな!」
車椅子くらい簡単に作れるんだけど。
アレ結構単純な仕組みしてるよ。まぁ快適さを追求するとかなり難しくなっちゃうんだけど。というかその辺にある木を削って杖、でよくない? ……あ、ダメそう。イルーナさんの睨みを感じる。
「よし、では各自、また仕事を再開してくれ。俺は外回りに行ってくる。ついでに壊れた車椅子も持ってくる」
「お気をつけて。……ああ、なら一応これを渡しておきましょう」
それはこの時代では中々見ない装飾品の一つ。
「『ファギニスのイヤーフック』。一瞬ですが、闇の魔力によるカーテンを生成します。……ただし、本当に一瞬ですが」
「ファギニスは戦ったことがある。あれの使ってくる闇属性魔術と似たような効果と見たが、あっているか?」
「へぇ、それは珍しい。あんな高位魔物と戦って生き残って……ああいえ、すみません。合っています。そして、いってらっしゃい」
素直に驚いた。
ファギニスは超巨大な……なんだろう、翼が四枚、尾びれ胸鰭背びれがあって、嘴の中に数万もの柔毛が生えている……こう、自然発生では中々生まれなさそうな魔物だ。でも自然発生なんだよね。世界の記録を読んだら、突然変異と突然変異が番って突然変異が生まれた、という物凄い奇跡から個体としての数を増やしていった種。
魔物には然程興味の無い私だけど、思わず「へー」って言っちゃうくらいには珍しい生まれ方をしていた。人工的に生ませるのならいくらでもできるけど、自然にとなると中々。
で、珍しいだけじゃなくて、かなり強い。相性によっては天龍とも渡り合えるくらい強い。いやそれは盛った。天龍が遊んで楽しいと思える程度には強い。
それと戦って生き残って、しかも五体満足でアスクメイドトリアラーで。
イルーナさんへの"改変"によって生まれた縁だけど、これは思わぬ収穫かもしれない。
いや、いや。
本当に良いね。最近は人間が頑張っていて……私もロールプレイのし甲斐があるというものだ。
今度こそ老衰まで行けたりして!
とか言うと、絶対にいけなくなるんだろうなぁ。