神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
ノイズの入る世界の中で、彼女が指を立てる。
優雅で優美。数多の調度品の置かれたそこは、明るく……乏しい。
「"水晶玉の罅"、という概念に理解はあるかな?」
誰もいないそこで呟かれた言葉。けれど彼女は、ただ一点を見つめて問いかける。
彼女──ニギン・イアクリーズ・ヴァーハマット。
「つまりだね、この世界は水晶玉なのさ。真球の水晶玉。ゆえにどの角度から見たとしても、世界を観劇できる。……だけど、時折その水晶玉に罅を入れる奴が現れる。それはヒトであったり魔物であったり、あるいは突然変異の何かであったり、様々だ」
氷の魔力で作り上げられるは透明度の高い氷の球体。真球と呼ぶにはあまりにとげとげしいそれに、彼女はピシリと罅を入れる。
すると、透明度が失われ、割断面が映るようになった。
「カミはこれが大嫌いだ。だからすぐに修正しようとする」
修復される氷塊。
「それがここなのさ。クールビー・ノス・ゼランシアン」
「世界は時が戻ることを許さない。仮に何者かの手によって時が戻されたとしても、"時が戻されたという事象"を重ねて世界は進む。誰も気付かなかろうと、世界は絶対に前へと進み続ける。ゆえに」
ニギンは立てた指を──こちらに向けた。
見えているぞ、と言わんばかりに。
「君が見ているここは、その"未来視"の力で見ているここは、世界が"持ち帰っても構わない"と判断した事象か、あるいは"君が忘れてしまう"事象かのどちらかとなる。……今回はどうやら、忘れてしまう事象のようだね」
朗々と語る彼女は、果たして何を、どれだけ知っているのか。
「ここはいずれ修復される世界の罅。君が過去から干渉したことで起きた未来の罅。だからこそ、今ここでは何を言っても許される。神々はここを認識できない。もし未来へと地続きな水晶の中であれば、必死の形相をした神々が私の口を塞ぎに来ることだろう。それが無いと言うことは、消え去る未来にある事象の中にいるということだ」
知らず、視点主はつばを飲み込んだ。
「さて──ここからが君の頑張りどころだ、クールビー・ノス・ゼランシアン。いつ訪れるかもわからない"世界の終焉"。それまでに君は、世界が"忘れさせなくとも構わない"と認識した事象や、"過去に持ち帰ったとしても問題ない"光景を探さないといけない。いいかい? 君の未来視は確かに凄いけれど、乱用すれば見つかる。彼女は今気づいていないフリをしてくれているだけだ。目に余ればそれで終わり」
クールビー。
クールビー・ノス・ゼランシアン。
トゥバシバル国の国王。
「頑張りたまえ。次第によっては、君は盤面の駒から指し手へと変貌するだろう。私は指し手が増えれば増えるほど嬉しい。なぜって──」
ノイズが、かかる。
「勝つにせよ負けるにせよ……勝敗が見え切ったゲームなんて、やってて楽しくないからね」
それは砂塵の中に。
また一つ、違う場所。
先程とは打って変わって暗い場所。昏くて豊かな場所。
そこで彼は、チ、と舌打ちをした。
「のぞき見とは趣味の悪い……。クソ、君のせいでここ数秒の計算が無駄になった。僕のリソースだってそう多くは無いんだ、悪戯なら別の奴にやってくれ」
彼はこちらに振り向きもせず、手に持っていた資料を放り投げる。
「君が僕を視たせいで、ここは完全な罅になった。わかるだろう、世界の罅。修復事象。水晶玉の割断面」
視点主は、申し訳なさそうに頷く。
彼は──トム・ウォルソンは、こちらを見てすらいないのに、その頷きに対して後頭部を掻いた。
「暇なのか? 僕を視るくらいなら、他にやることがあるだろう。……まぁ、やることが無さすぎた結果の僕だというのなら、仕方のないことでもあるが」
ノイズ。
「……そうだな。僕の生徒曰く、僕の長話は眠くなるのだそうだ。仮定から結論までが長すぎて、暇になる──答えは見え切っている、と。だから、どうせ修復されるここが消えるまでの間、長話をしてやろう」
自らの短所を言っておいて。
彼はその欠点をさらけ出す。
「不満。不遇。不意。不安。不穏。不吉。不敬。不快。他、いくらでもあるが──"そうではないもの"というのは、重なれば重なるほどヒトをヒトから逸脱させるものだ。混乱の極み。悦楽の果て。極悪の美味。けれど稀に、これら"そうではないもの"を上手く扱う奴らが現れる。つまるところ、"英雄"という奴らだ」
振り向かないままに。
顔を見せないままに。
「不朽不屈不撓不壊。奴らは"そうではないもの"をまるでいいものであるかのように扱って、その軌跡で人々を魅せる。あるいは神でさえも」
覚えは無かった。
視点主の住む国──大砂漠のど真ん中。あの国には、争いが無い。
国の外は全て砂。だというのに満ち足りて──あるいはものを知らぬが故に──不足が無い。
敵はただ、時一つ。
寿命だけが命を苛む呪い。
「だが、そうではない。それは事実ではない。そうであるかのように魅せているだけで、あれなる者たちは、結局、
英雄の存在しない国。
英雄譚の存在しない世界。
いいや、冒険譚も、幻想譚も、何もかも。
物語にユメを抱くことのできない、狭い世界。
「混乱の極みとは、狂乱のことだ。悦楽の果てとは、狂喜のことだ。極悪の美味とは、狂暴のことだ。あるいは聖女。それは狂信だし、あるいは聖人。それは狂態だ。わかるか、クールビー・ノス・ゼランシアン。狂気を持てばこそ、この世界に、この水晶玉に、無自覚に傷をつけることができる」
ノイズが走る。
ああ、ここももう終わりなのかと視点主は思った。長話さえも、最後まで聞かせてはくれないのだと。
「君のその"予知"は、故意に水晶玉を傷つけられる。それは、あるいは、逆に言えば」
意識を、手放しかけて。
「
差し出された手を。
「そんなに暇なら、こちらに来てみないか」
掴み、返した。
少しばかりが経った。
少しばかりの経験と、少しばかりの関係を以て、彼は過去へと還る。
持って行って良い情報は限られている。持ち帰っていい光景は制限されている。
それでも、ここで結んだ友誼は決して無駄ではなかった。
「あ、いたいたクールビー。お前、宴会抜け出して何してんだよ」
「ゼルフ、どこ行くか言ってからいなくなってって毎回……あら、クールビー。どうしたの、泉の畔に佇む、なんて。詩人のつもり?」
彼らの名は、魔色の燕。けれど偽物。
彼らはそれを知らないけれど、彼をここへ呼び込んだ彼だけが知っている事。
「もしかして女にフラれて身投げかぁ~? やめとけやめとけ、
「ちょっとチャック、クールビーがあんなに思いつめた顔をしているのだから……もしかしたら、もしかするかもしれないでしょ!」
「……俺、逆鱗踏み割ったか?」
「そこで退くのがチャックだよな。ホント、言動だけはいつまで経っても小物だ」
「うっせーぞゼルフ!」
騒がしい彼ら。賑やかな彼ら。
英雄。そう呼ばれる人物たちは、やはり彼の国にはいない存在。
ここまで鮮烈で。
ここまで苛烈で。
ここまで、惨烈な、在り方。
「……どこかへ行くの?」
「うぉっ、ヴィーエ!? どっから出てきやがった!?」
「今更驚くことでもないだろう。それより、クールビー。まさかとは思うが、どこぞかへ連絡を取っていた、というわけじゃないだろうな」
「イードアルバさん、疑いは誰にでもできますが、信じることは中々難しいものですよ」
「……なぜついてくる。エディシア・ボーフム。お前は宴の華だっただろう」
「おー? なんだなんだ、イードアルバが女を褒めたぞ! こりゃ宴延長か? ちょいとウォルソンにかけあって予算を──」
「早死にしたくてたまらないらしいな、チャック」
もうここにはいられない。
もうここでは暮らせない。
神に見つかってしまうから。人々の崇める神々ではない、水晶玉を覗く、彼の存在に気付かれてしまうから。
持ち帰る情報の選別は済んだ。
持ち帰る感情の判別はつけた。
持ち帰る万感の分別は──まだ、ついていないが。
「別に、どこに行くことも無い。私はただ、この泉と、それに映る星空を眺めていただけだよ」
「……嘘吐き。どこかへ帰るんでしょ。行くわけじゃないだけ」
「流石。ヴィーエの慧眼は誤魔化せないか」
帰る。
そうだ。帰る。
けれど、しようと思っていた身支度は何もしていない。
なにかかたちあるものを持ち帰らんとしていた麻袋には──違うモノが入っているから。
「なんだ、皆集まって……って、ああ、そうか。今日か」
「忘れていたのかい、トム・ウォルソン。君と私の仲だというのに、悲しいな」
「君と過ごした時間のほとんどを全員が忘れるんだ。別れの日など覚えておくリソースが勿体ない」
「本当に酷いな君は……」
あの日。あの時。
手を取った、未来の彼。
彼に手を差し出し、彼が手を取り。
そして今、見送られようとしている。
「そんなモノでいいのか、持って帰るモノは」
「何よりも特別だと思ったよ。他の、どんなモノよりも」
「そうか。価値観は人それぞれだ。強制するつもりはない」
主語の無い会話は──ノイズと、そして。
ピシリ、という何かの割れるような音によって、終わりを告げられる。
「ふむ。計算が上手く行ったようで何よりだ。
「世話になったよ。あちら側で私が過ごした時間の何倍も濃い時間だった」
「そうか。聞いてはいたが、本当に薄っぺらい人生を送って来たんだな」
「……最後まで君は。いや、もういいけれど」
そうして世界は、割れて、割れて、ノイズが走って。
修復され始める。
「クールビー」
「……何かな、ヴィーエ」
「次会う時。あなたが、私達を……憐みの目で見ないことを、願ってる」
「……私も、願っているよ」
どうしようもない人形劇。
抗いようのない群像劇。
不明で不実な劇中劇。
その時が来る、その前に。
彼は、泉へと──身を投げる。
誰かが止めようとしたかもしれない。まさか本当にやるとはと、焦って、あるいは嗤って。
でも──彼が泉に沈んだ瞬間。
「あちらは消え、こちらは残る。……ただいま、裏側」
数日振りの熱気が彼を苛む。
そして、それが不快だったのだろう。麻袋の中から泣き喚く声が響き始めた。
「……怖いな。本当に……何も覚えていないとは」
ニギン・イアクリーズ・ヴァーハマットのことは覚えている。だってそれは、彼が視たものだから。
トム・ウォルソンのことも覚えている。だってそれは、彼のきっかけになったものだから。
そしてこの小さな命……シャーリーのことも、勿論覚えている。背負うと決め、そして、背負ってくれると期待した命。
もう一つは。
「……刺青、とは。……ふふ、これで私も疵物かな?」
「何気持ち悪ィこと言ってやがるクールビー。この数日間どこ行ってやがったんだ、珍しく国が混乱……つかオイ、その袋ン中にいるの……まさか」
「ラハマドット、久しぶりだね。事情を説明するのも吝かではないどころではない、話しても話したりないくらいなんだけど、まずは涼しい所へこの子を連れて行こう。話はそれからだ」
「……あと、お前……なんだその腕。びっしりと……何の模様だ?」
「昔々の、未来の言葉さ。──さて、やるべきことが二つできたね。一つはシャーリーの子育て。もう一つは」
持ち帰ることのできる事柄には限りがある。
身体に何を施しても、消されてしまう可能性の方が高い。
だから、読めない語を刻んでもらった。
クールビー・ノス・ゼランシアンが読めない言葉。
「解読作業だ。なに、言語の体系は取っていたんだ、頑張ればすぐに読めるようになるさ」
──無論。
シャーリーが少女になるまでの十数年を、同じくそれに費やしたのは、言うまでもないことだ。
当然。国が一つしかないし、争いもないから、歴史は埋もれない──異言語が発生せず、古語も無いその世界において、未知の言語というもの自体が未知であり。
解読の専門家などいるわけもなく。
イチから、クールビーが長い長い時をかけて、すべてを読み切った頃には。
「……成程。全部を読み終わる頃には、修正の必要が無くなっている、と。……本当に悪辣だな、トム・ウォルソン。私が簡単に読み解けないよう、要所要所に
「クールビー。腕、傷? ……痛い?」
「懐かしいだけさ。痛みは無い。むしろ、……いや、なんでもない。痛みは本当に無いから安心してほしい」
「ん」
むしろ。
そうだ、むしろ。
痛みなどであるはずがない。この疼きは──彼が盤上の駒から、指し手の席へと着いた、その証。
「水晶玉に、罅を入れる時間だ」
彼は。
幌に侵入しようとしてきたソレをぶん殴って、外に出てみれば、あらまぁ。
「っ……
「考えなしに突っ込むからそーなるんだよ。別にあの程度の速度の馬車、僕が潰しちゃった方がゼッタイ楽だったってのにさー」
「ほっほっほ、儂が魔術で馬の足を挫いた方が早かったのぅ」
「……うるせぇぞ快楽殺人者共! こういうのは正々堂々、正面切って戦うモンだろうが!」
「いや僕達奇襲してるんだけど」
「罠を張って、強大な戦力の離れた瞬間に、のぅ。……正々堂々ってなんだったかの?」
三人。
英雄……なのだろう。私が知らないあたり、ブレイティダニア歴以降の。ああ、老人と子供は「オーリ・ディーン」やカゼニスさんを襲って来た奴だけど。
しかし、妙だな。
ちゃんと、思いっきり殴ったのに、腕が原型を保っている。アンデッドでもないし、魔法や魔術で防御された感じもなかったんだけど……。
それともあのガードが何か特殊な武術とか?
「おい女! 俺の名はギュージット・ベルアン! お前の名は!?」
「……オーリ」
「バカヤロウ、俺を馬鹿にしすぎだ! ソイツはあの車椅子女の名前で」
正々堂々、真正面から、がお好みらしいので。
正々堂々、真正面から、踏み込んで──殴る。
「!?」
今度はガードも間に合っていない。当然だ。
人間という種のなかで、最も速かった個体を参照している。世界の端から端までを一日で駆け抜けた彼女のことだ。
……拳に血はついていない。
吹き飛ばされた青年は……原型を保っている。穴が穿たれていないどころか、へこんですらいない。骨折もしていない。
「うわ速っ……」
「ほほほ、まだまだいるか、骨のある者!」
下手に身体能力特化とか言わなきゃよかった。
今からでも記憶処理……は、いいか。
この「オーリ」は別に、何が出来たって良いんだ。
消すんだから。
「いっ……でぇな、オイ!」
「一つ、聞き忘れていた。あなた達は、魔色の燕であっている?」
「……合ってるよ。んだよ、そんなことまで……ってああそうか、アスクメイドトリアラーの一部がそっちにいるんだ、筒抜けでトーゼンか」
「なら、視ない。代わりに軛を外す」
「何の話」
魔色の燕の英雄。
彼らに関する世界の記録を読んでしまうと、私だった者、私のロールプレイ達の記録まで知ってしまう可能性が高い。
だから、読まない。
その代わり──かつて私が戦場を駆け抜けていた頃のように。
人間の、「戦闘職ロールプレイ」の、原初の頃のように。
加減を忘れて、人一人を攻略する。
まずは、オーソドックス。
ギュージット・ベルアンの背後に回り、その後頭部を蹴る。
吹き飛ぶギュージット。……が、やはり陥没などは無し。ガード法が特殊なわけでも、正面からの攻撃を完全に防ぐ呪いとかでもない様子。
とすると、物理攻撃が効かないとか? そんなめちゃくちゃな呪い、流石に私の耳にも入って来そうなものだけど。
「
「命を狙っておいて、狙われたら容赦してほしい。そういうこと?」
「うるせぇ独り言に文句言うな! こっちは文句言ってるだけで要求してるわけじゃねぇよ!」
そして痛がる割に、回復も早い。
妙に吹き飛ぶのも……ああ、なんだ。
「正々堂々、真正面から、なんて言う割に、器用で分かりづらいことしてるんだね」
「──トルフ! ハインリヒ! 助けてくれ、バレた!」
「はいはい、へへ、壊れやすい無辜の民も好きだけど……中々壊れない玩具も勿論好きだよ、僕!」
「本当に世話のかかる若者だのぅ。……儂より旧い時代を生きた者とは思えんわい」
背後から金属球が来る。
上空に氷の魔力が集う。
「見飽きた、それ」
金属球……カララダイトという鉱石は、ある一定の衝撃を受けると一定時間等速直線運動をする、という性質を有している。
トルフという少年はそれを用いて人の頭をああも簡単に潰していた。抵抗などあってないものであるかのように。まぁ、人間の頭蓋骨の硬さより、カララダイトの性質の方が強いと、ただそれだけの理由なんだけど。
でも、私の手はカララダイトの性質より強いので。
裏拳で殴って──衝撃、し返す。
「へ?」
ベクトルは変更した。少年をそのまま潰すのではなく、魔術を編んでいた老人の頭蓋を潰す。
防御を間に合わせる気はない。否、間に合わないことを見越して、それだけの力で殴った。
「……わ、……これ、逃げるべきかも」
「逃げろ、トルフ! コイツ──」
途中まで編まれていた氷塊の魔法。その制御を奪って、後ろで喚くギュージット・ベルアンにぶつける。
次の瞬間にはトルフの隣にいて、その首を腕で刎ね飛ばす。
「……ダメージだけを契約対象に押し付ける契約魔術。自分が受けたダメージ……中でも死に至り得るものだけを、何百何千と契約した動物や魔物に押し付け、自分は無傷。……ありきたり過ぎ」
だから、殺せばいい。
凍らせて、動けなくして──何万、何億と。
契約が満ちるまで、殺し続けるだけで、終わり。
私が知らないわけだ。
戦闘職をやらないようにしていた最近の私じゃ、この程度の木っ端の音が耳に入るわけも無し。
「戻ったよ、ルクミィ」
「いや瞬きとは言ったが早すぎないか!?」
「ルクミィの瞬きは遅いんだね」
馬車に戻れば、なるほど幻惑と防護、その二重。
既存の魔法だけど、馬だけを狙わせないにはぴったりの……うん、やっぱり魔法の選択が良いね、ルクミィは。
戦えないだけで、見る目はある。
……見る目といえば、あの侯爵とその護衛の子とか、どうなったんだろう。普通にアンデッドになったかな。
「どうする? 行けって言うなら、前方も手伝いに行くけど」
「いや、騎士も弱くはない。何よりこの集団の要はワタシだ。ワタシの護りが十全であった方が良い」
保身、などではないことはわかりきっている。
良い判断だ。奇襲があの三人だけとは限らないわけだし。
ぶっちゃけレイン・レイリーバースがいるというだけで、過剰戦力だ。
アンデッドの群れなどに時間はかけないだろう。
「……問題は、誰が情報を漏らしたのか、だな」
「当たりはついてる?」
「流石にそこまで行っていたらワタシは予言者だ。だが……まぁ、なんとなくは」
「へえ」
「損害を見てから話すかどうか決める。軽微であれば、二度目を待ってからでもいい。疑わしきだけで罰するにはまだワタシの信用が足りていない」
そうかそうか。
そこまで顕著なのか。
だったら、ルクミィが断ずとも。
「──全隊に告ぐ。裏切り者は処断した。アンデッドの掃討が終わり次第、再出発するよ」
ほら。
騎士ニギンも、負けてない。
ルクミィと騎士ニギンの読み通り、裏切り者は当たっていたらしい。
その後は何の妨害も無く、もう王都まで秒読み。
「何で判断したのかだけ聞いておこうかな、って」
「……なんのことだ?」
「都市を出てすぐ、襲撃あったじゃん。あれ、内通者を当てたの、どうやってかな、って」
「……なぜ二日前のことを今聞くんだ」
「だめ?」
「悪くは無いが。……まぁいい。……言っておくが、ワタシは奴……イアクリーズ程明確にわかっていたわけではないぞ」
「うん。ルクミィの判断基準を知りたいだけだから」
「む。……むむ。わかった。話す」
試されている、とでも思っているのだろうか。
大丈夫だよルクミィ。そんなことで見限ったりしないし──そんなことで認めたりしないから。
「単純に、無かっただけだ」
「なにが?」
「だから、言葉が。イアクリーズが出発の号令を出した後、全隊に聞こえる大声を出したのは、奴だけ。音の魔力を使う通信ならば貴様が気付いている。そうではないということは、単純に、大声が合図だった、と……そう推測できる」
そう、処断されたのは先頭を走る馬車に乗っていた騎士だった。
ルクミィが「まだわからない」と言った顔で存在を示唆し、その後すぐに騎士ニギンが「すべてわかっている」という顔で処断した騎士。
「どのような方法で、かは知らん。ワタシにはわからない符牒があったのだろう。とにかく、ワタシたちの後を尾行してきていた奴らは、内通者の大声でワタシの位置を伝えた。アンデッドの大量展開は予めのものだろう」
「なるほど」
「……とはいえそれだけでは判断材料が薄すぎる。だからワタシは二回目を待つつもりだった。イアクリーズは確信していたようだが」
となると、気になることが出てくる。
「何故、ニギンは彼を野放しにしていたんだろうね。ニギン程の目があれば、裏切り者なんて出発の前にわかりそうなものだけど」
「ああそれは簡単だ。貴様にあの連中を殺させるためだよ。……といっても貴様が現れたこと自体は奴にとって予想外だっただろうから、勇者か、黒鉄位の騎士か、どちらかを想定していただろうが」
「ルクミィを餌にしたってこと?」
「というかワタシにそれ以外の使い道があるか? 大義名分の旗印。それはワタシ達反乱軍の希望のようなものだ。ファーマリウスで抵抗を続ける者達と合流する前にワタシを殺してしまえれば、合流自体が無くなることだってあり得るし、イアクリーズや黒鉄位、勇者以外の騎士からは心の折れる者も出よう」
「ルクミィは良いの、それで」
「良いも悪いもない。ワタシの使い道はそれしかないし、そういう使い方をされると踏んで名乗りをあげた。どの馬車が狙われるかわからず、各個撃破される、というような事態が避けられただけ僥倖だろう。無論、イアクリーズも貴様がここまで強いとは思っていなかったようだが」
まさか本当に瞬きの間に倒し切るとは思わないだろう、普通、と。
ルクミィは車窓に目を向けながら、言う。
「……個人の感情で言えば。……役に立てるだけマシ、だろうな。……ワタシは結局国民を捨て……家族も捨て。やりたいことを成し遂げるために生きてきたが、それも諦め。……最早国を糺す以外の目的を見失った女だ。それが餌になるというのなら、喜んでなろう。……天龍の換期。……ワタシは……避難をさせたくなくて、説得をしたというのに。……結局は、アンデッドに」
「ルクミィ、もしかして……疲れてる?」
「どうだろうな。疲れて良いかもわからん」
ああ。
そうか。そうだった。
彼女はつい先日まで、死とは遠く離れたところにいたんだ。家族が洗脳され行ったとしても。自身の食事に薬物が混ぜられていたとしても。
そこに殺意は無く、だから、決して死と隣り合わせの生活ではなかった。
でも、急に、だったのだろう。
天龍関連も、戦争関連も、魔色の燕の件も。
どれほど気丈に振る舞っていようが、どれほど鮮烈な魂を魅せつけてこようが──。
彼女は根本的に、戦闘者ではない。
そういう人間と関わってきた経験が少ない。
平和なら平和のままに。争いごとが起きれば──その渦中に。
復讐者なら腐るほど見てきたけれど、傍観者……傍観することしかできなかった者への歩み寄り方については、あまり経験値が無い。
私の「人間ロールプレイ」は、やっぱり、想像以上に完璧から程遠い。
もっともっと、いろんな種類の人間をサンプルにすべきだ。目に映りやすい英雄や雑兵ばかりではなく──その傍らで怯えるだけの人々にも。
「オーリ。もしかしたらワタシは、すでに、とっくに、運命を」
「それについては、保障してあげる」
記憶処理はしない。
"改変"もしない。
だけど、珍しく私が、自分の手で傷をつける。
「お前の運命はまだ尽きぬ。──だから、自らの手で路を鎖すな。その方が興醒めだ」
魔法で眠りを。
大丈夫。この眠りでは、夢を見ることはできないから。
あと少しで着いてしまうけれど……ほんの短い間だけ。
あなたの輝きをもっと見るための、小休憩を。
──罅を修復する。