神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
拍手が鳴り響く。
喝采に包まれて、彼女は一つ礼をする。
──カーテンコール。
彼女はようやく一つの舞台を終わらせた。万感の想いに支えられて、一歩、また一歩と降りていく階段の途中で──途中で。
見つけるのだ。
彼女の──が、──で。
もう。
王都ファーマリウスに到着してすぐ、それなりの規模の襲撃があった。
ファーマリウス内部のアンデッド、それがすべて襲い掛かって来たのだ。その中には小さな子供もいたが──まぁ、もう、まるで気にしない騎士とアスクメイドトリアラー。当然だ。だってそれらは都市にも道中にもいた。
アンデッドは魔物。そう割り切っている以上、鈍る刃などない。
襲撃の最中で、騎士の一人が上空へ光の魔法を放つ。といっても空間をどうこうする魔法ではなく、ただ光らせるためだけの魔法だ。火の魔力を使った光の魔法、と表現するべきだろう。
それが上がると、各地から次々と同じような光の魔法が上がる。
報せ、だ。
各地の騎士団……騎士ニギンの治める都市だけではない、ティダニア王国中の騎士団が今ファーマリウスに集結し、コトを為そうとしている。
「──レディ! ラスカット様を頼むよ!」
わざわざ大声で、私達のいる方向へ。
騎士ニギンのその掛け声は、当然言われるまでも無いこと。だからこれは、敵に餌の位置を知らしめるための一手。
この騎士団における最大戦力である騎士シルディアとレイン・レイリーバースは今別のところにいる。先行したのだ。元からそういう手筈になっていた。
よって、現在あの"英雄"たちに対応できるのは私だけ──なんてことはない。
「
持ち上がって、振り下ろされる。
闘気の混ぜ込まれた無色の魔力。それを巨大な剣の形に整え、
直後、当然のように爆発が起きる。王都ファーマリウスの家屋群にまるで天龍が踏み潰したかのような破壊痕がつき、その通り道にいたアンデッドは悉くが千切れ飛んだ。
「……結果がどうなるにせよ、自分たちが統治するかもしれない場所をこんなに破壊するってどうなの?」
「なんとも言えん。敵の手段が上下水道を使った毒の散布であるのなら、王都ファーマリウスを一度更地にする必要も出てくる。どうせ壊すのなら、というつもりでイアクリーズが戦っているのであれば、それは特に気にしないダメージだろう」
「あー」
そうか。薬物入りの穿つ氷のオエンガフスが降った後の王都。
もはやファーマリウスの至る所にその薬毒は存在し、であるならば壊して見やすくした方が早い、と。
えー? そうー?
ちなみに騎士団やアスクメイドトリアラーが感染することはない。一応、対策となる魔法を仕込んである。
「……ルクミィ。敵は思ったよりルクミィにご執心みたい」
「好都合だな。どこから来る?」
「上」
上。──焼き増しが過ぎるけれど、組み上がりつつあるのは氷の巨人。
制御を奪ったところでこれは無理だな。落ちる場所は変えられないし。
「ルクミィ、風の魔力の最も効率的な使い方を知っている?」
「余裕が過ぎるだろう……。……風の魔力は、一見"風を起こすこと"に特化した魔力に見えるが、その実はそうではない。当然だ、そもそも"風を起こす"とはなんだ。何か壁……あるいは膜のようなもので空気を押し出しているのか? それとも空気の流れ自体に作用するものか?」
各騎士から火の魔法や熱の魔法が上がる。
だけど、溶けたら溶けたで面倒だ。それを知っている騎士ニギンが声を荒げているけれど──へぇ、音の魔力に作用する何かが敷いてあるな、ここ。
「どちらも違う。風の魔力とは、"物体を移動させること"に特化した魔力なんだ。頭で理解していても感覚では掴みづらいゆえに"風を起こす"魔力だと知られているが」
「よくできました、と──褒めてあげよう。魔力の理解は世界の理解。土水火風氷音熱光闇。これらよく知られた魔力はけれど、それそのものを表しているわけではない」
一つ抜かしたのは雷の魔力。
これは人間には使えないものだからね。
「ルクミィでもできるよ。分かっているなら、やってみるといい」
「……アレをか?」
「うん。大丈夫、落ちてきているだけだから──外力がそれしかかかっていない物体なんて、風の魔力の前には無力に等しい」
風を起こすのではなく。
アレそのものを、動かす。氷の巨人を風の一部だと思い込む。
果たして──。
「お……おおお!」
「なんだ、狙いが突然外れた!?」
「お、俺は風の魔力を感じたぞ! 驚いた……あれだけ巨大なものを吹き飛ばせる魔法があったなんて!」
ちなみにトルフの使っていたカララダイトの性質も風の魔力に酷似している。あとは、アザガネやアルフにあげた『ガリトの鎖』に使われている宝石ガリトもそうだ。
物体間に働く力、あるいは物体を移動させるという力。それが風の魔力の正体。
「……これは、ワタシの役目ではないな」
「へえ?」
「確かにこれを使えば、役に立つだけマシ、などという感想は出なくなるのかもしれない。ワタシにも役割が生まれる。魔力はそこそこあるから、戦闘もできるのやもしれない。だが」
ルクミィに動かされて、その後制御を失った氷塊は、ファーマリウスからやや離れた所に落ちる。
人一人いない草原。サービスで契約の糸を千切ってあげる。
「ワタシの運命はそれに費やすべきではない。ワタシにはワタシの担うべき運命がある。こういうことは、こういうことを担当する者がやるべきだ。でないと──効率が悪い」
いいね。
やっぱり彼女はまだ輝けている。それがあと少しで尽きるのだとしても、まだ彼女は綺羅星だ。
「やぁ、ラスカット様。手助け感謝するよ。けれど、あなたは籠入りのお姫様であったほうが都合が良い。今後はあまり戦闘には参加しないでくれるかな」
「勿論構わないが、だったら団員を焦らせるような演技などするな。あの程度の氷塊、貴様一人で対処できただろうイアクリーズ」
「あれは術者の位置を洗ってたんだよ。指揮官である私が焦れば、私に隙ができたと微かにでも殺意が向く。事実術者は見つけられたし、もう殺したよ。騎士については……あの程度どうにかできない風に育てた覚えは無かったんだけど、どうにも、人というのは混乱に弱くていけないね」
それについては同感。
カゼニスさんも別にあそこで死ぬ必要はなかった。彼の呪いの水晶はかなりの強度を持つので、私を守った後に離脱していれば、今ここにいたかもしれない。あるいはあの秘密基地に。
人は混乱する。発奮、蛮勇、激励。普段置かれない状況に自身があると、混乱の極致において「いつもできること」ができなくなったり、「いつもはしないこと」をするようになる。この要素は「人間ロールプレイ」においてかなり重要だ。「オーリ」や「オーリ・ディーン」のように常に冷静なロールプレイであればあまり気にしなくてもいいのだけど、非戦闘員や戦闘職の中でも新米の人間をロールプレイする時はしっかりと焦る努力をしていた。
面白いのは、混乱しているというのに合理的な行動を取る……混乱しているからこそいつもはしない、最も的確な手段を取る人間が現れることだろう。
ああいうのを芽生えというのだ。
「さて、襲撃者も粗方片付いたし、予定通り第二フェーズと行こう」
「わかった。オーリ、頼む」
「うん。……それと、ニギン」
「何かな、レディ」
「監獄……『アルムヴァルス・エクスタク』の方に、何かいるよ」
「何か、とは? 教えてはくれないのかね?」
「予め知っておくのはあなたの特権でしょ?」
たとえ、未知数の何がいるのだとしても。
騎士ニギンは予定通りに事を運ぶだろう。いや、私の頭では考えつかないほどの先読みをして、何かを仕込むか。
「留意しておくよ。ありがとう」
「うん」
じゃあ、と。
ルクミィを抱き上げる。
「……常日頃子ども扱いするなと言っているが、これはもう赤子を抱くようなそれじゃないか」
「あれ、知らないんだ」
そっか、ティダニア王国では発生しなかったのか、この抱き方というか呼び名というか。
お姫様抱っこ……なんて、まぁ、「オーリ」の口から出る言葉じゃないけど。
「舌、噛まないようにね」
「ああ」
では。
跳ぶ。
跳んで──王城のいちばん上にまで辿り着く。
魔法及び魔術において、尖塔というものは兎角強い意味を持つ。
拡散させるにせよ収束させるにせよ、何かと都合が良いのだ。
今回使うのは、拡散。
音の魔力の拡散。その装飾を、王城のてっぺんに仕込む。
本来これは「オーリ」ではなく「オーリ・ディーン」の仕事だけど、今回はやり方を「オーリ・ディーン」から教わったというていで。
「……貴様、本当に器用だな。足で装飾を刻むなど……ディーンでもできないのではないか?」
「彼女は両手足で別々の装飾を施すくらいはできるよ。流石に負ける」
「ああ、まぁ、想像に難くないか」
あとでやってくれって頼まれたらどうしよう。
できるにはできるけど、それって人間を逸脱していないだろうか。あと曲芸が過ぎないだろうか。
とにかく……よし。
「できた。あとはルクミィが言葉を乗せるだけ」
この時代においてはまだ開発どころか着想にすら至っていないけれど、要は超広範囲拡散スピーカーとマイクだ。
これより王都ファーマリウス全域にルクミィの声を届ける。
余程地下に潜っているとかでない限りは聞こえないことのない、大音量。
一応ポーズで耳を塞いでおく。
「──告げる」
大音量とはいっても破壊を齎したりはしない。
音の魔力は風の魔力とは違い、物体に作用する波は扱わない。ここが「理解」に苦しむ一点だろう。
ある程度のものであれば「音とは物体に作用するものである」ということを知っている。だからこれを混同させがちだけど、少なくともこの世界において、音は兵器足り得ない。
「ラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニアがここに舞い戻った。まずは謝罪を。長い沈黙を謝ろう。──そして、聞け。反撃の狼煙を上げる時だ。王家に巣食う悪鬼羅刹。その名を魔色の燕。あるいは──それを騙る畜生共。もう一度告げる。ラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニアが告げる。反撃の狼煙を上げる時だ、貴様ら。あらゆるものを裏側で動かし続けた悪人共を駆逐する時間だ。──魅せろ、貴様らの軌跡を。ワタシに魅せろ」
残念ながら、ルクミィに演説の才能は無い。
でも騎士ニギンは彼女に台本を用意しなかった。彼女本来の言葉で十分だと判断したからか、あるいは「この王族にはついていけない」と思わせたかったのか。
どちらに転んでもどうでもいいのだろう。彼女はそういう人間だ。
「そして……ワタシの家族を長年に渡って苛んできた貴様ら。目的など知らないし、知りたくもないが、挑発だけはさせてもらおう」
おや。
そのあたりは騎士ニギンとの話し合いに無かった要素だけど。
「貴様ら程度でワタシを食えると思うなよ、クソガキ共」
わあ。
ルクミィにしては……かなり強い言葉を使った。あと汚い言葉を。
会わせたこと無いけどアルゴと気が合ったりするのだろうか。
なんにせよ、宣言と挑発が終わり。
オオ、オオ、オオオと。
騎士の嘶きが各所から響き始める。大義名分を背負った騎士たちが、全方位から押し寄せてくる。
矢音。
物質生成は流石に間に合わないので、闇の魔力で幕を作り、時間を止める。……いや、一回時を戻して、すべて物理攻撃で打ち消したことにする。
そうだった、身体能力特化だった。
「もうワタシを狙いに来たか」
「みたいだね。……さて、ルクミィ」
「ああ、第三フェーズだろう?」
「ううん。ニギンはああ言ってたけど、無視でいいよ。ルクミィ、やりたいことあるでしょ?」
「……」
本来であればこのあと王都に潜んでいる反乱分子……抵抗軍と合流するところにルクミィが向かう、というのがあるけれど。
そんなことは些事だ。交渉くらい、
「……家族の現状を、知りたい」
「じゃあ行こうか。ね、ルクミィ。もっと我を出してほしいかな。天龍をどうにかしたいと私に言ってきたルクミィの方が、今の、あらゆることを我慢しているルクミィより好きだからさ」
自分で路を鎖すな、人間。
この一興を醒まさせるな。
今、「人間に入れ込んでいる」という私の在り方を、もう少しくらい続けさせろ。
でないと──他が、目に余り過ぎて、終わらせたくなる。
「なら、まずは一番近い」
「なら、まずはこの人間からか、ヅィン」
弾け飛ぶは──ルクミィに持たせていた装飾品。時間停止。
「成長しないね、メイズタグ。深理が聞いて呆れる」
「無論、織り込み済みだとも。そちらこそ全能が聞いて呆れる。昔からだが、受動的過ぎて後手にしか回れないお前に朗報をくれてやろう」
からぁん、と。
鐘の音が鳴る。王都の鐘楼からだ。
「……ホタシア?」
「勿論だとも。音燃の神ホタシア。今ここに、くだらん世界の終わりを降ろす」
形成されて行くは──結界。
音の結界。だけど、この規模と強度は。
「──ではな、ヅィン、そして兄妹姉弟たちよ。私とホタシアは先に逝く。どこまでやり直すか楽しみにしているぞ」
消える。
ホタシアと、メイズタグが。当然だ、神であると見たとしても、使ってはならない量の魔力を消費した。魔力切れのその先。
運命エネルギーを魔力に変換し、その割り当て量さえも超過した魔法行使は──そのまま存在の消滅を意味する。
神の自決。
「やるじゃん。それは確かに答えの一つだよ、メイズタグ」
天龍も神々も、本来消えることがない。
システムの一部として役割を担っているからだ。
だから、その一部が自ら消えようものなら──穴が開く。
この世界は無の中に浮く水晶玉だ。
無。無。無。虚構とはまた違う、無。
何も無い世界に浮かぶ水晶玉が、この世界の全て。一つの大宇宙を内包するそれが、この世界の在り方。
けれど、仮に。
そこに、内側に穴が開いたとしたら。
「それは確かに答えの一つだよ、メイズタグ。でもね、でも」
けれど。
「だがな、メイズタグ。──お前はもう少し私を理解すべきだ」
"改変"する。
──せいぜい頑張れ。その道行きは、あるいは私を脅かそう。
「父様の自室から見て回りたい。良いか?」
「うん。それじゃ、降りようか」
時間停止を解除して、話を進める。
ルクミィを連れて王城に入る。内部構造は知っている。ブレイティダニア歴の時に一度だけ来たことがあるから。
兵士の類は見当たらない。そのまま、ルクミィの父親……つまり前王の部屋にまで辿り着く。
人の気配はある。
「開ける?」
「……ああ」
その扉を開けば。
「……む。むむ? ……おお、もしや、ラスカットルクミィアーノレティカか? なんだ、久しぶりじゃあないか……今日はなんだ、もしや、ようやく婚姻を結ぶことができたとかか?」
「っ……いえ。今日は……」
「むむむむ。……ああいや、言わずとも良い。お前の言い淀む声で全てが識れた。隣にいるのは……人間ではないなぁ。そうか、そうか……ついにか」
眼孔が真っ暗な老人。
だけどそれは、アンデッドがどうこう、というより元からのようだけど。
「良いぞ、殺せ、ラスカット。うむうむ、他の者に殺されるくらいならばと傀儡の真似事をしてきたが、貴様なら良い。我が愛しき娘よ、毒に浸された父の命を奪え。なぁにそう難しいことではない。その辺にある儀礼剣で体のどこかを一突きだ。それで充分死に得る」
「父様は……どこまでを、わかっておられなのですか?」
「それは皮肉か? ラスカット。ああいや、貴様がそういう性格ではないことくらい知っている。ふふ、全く、もうそろ四十を超えるだろうに、何を泣きそうになっている。相変わらず泣き虫だなぁ、ラスカット」
「父様」
「逸るな逸るな。なんだ、どこまでわかっているか、だったか。何もわかっとらんよ、愚王に何が分かる。娘三人、誰一人として救えなかった愚父でもある。ああいや、ラスカット。貴様だけが助かったのなら、まぁ、良しとしてもいい。……そこの、人間ではない奴。名はあるか?」
「オーリ」
「ほーぉ、偽名だな。まぁいい。で、そう、あーっと……そうそう。王家だ王家。ワタシを含む王家……ラスカットを除くティダニア王国が王家。全部殺してくれ」
さっぱりと。あっさりと。
それでいて……あまりに大胆なことを。
「そのお願いを聞く理由がないかな」
「むむむ。まぁ確かにそうか。出せる報酬も無ければワタシの言葉を聞くメリットも無い。事と次第によっては国家転覆の罪にもなろうものなぁ、難しいか」
「父様! 悪い癖です。あなたは、一人で話を進めすぎる」
「む。ワタシの悪い部分をまるっと引き継いだ貴様にそれを言われるとは、ふふ、痛くなる片腹も感じ取れん体だが、健康であれば笑い死んでいたやもしれん」
何だこの人。
……いや、確かに血筋は感じる。ルクミィは突然変異じゃなかったのかもしれない。
だけど……あまりにも。
「
「ッ──」
「貴様の家族はもういない。ワタシを一番に確認しに来たのは正解だ。もはや誰に何を聞こうと求む答えは返ってこない。アンデッド化、洗脳……くだらんくだらん。ワタシ達に巣食った連中の目的はそんなこまごまとしたことではないし、盤上の駒に過ぎんワタシ達の干渉できる話でもない。……ああ、そうだな、わかりやすい例えを出してやる。なぁ、ラスカット」
骨と皮しかないような老人は──その顔で、ニヤリと笑う。
「ワタシの名を思い出せるか?」
「何を……」
「ワタシだ。ワタシ。貴様の姉でも良い。義兄でもいい。家族の名前、言ってみろ」
「……」
「言えんだろう。忘れてしまっただろう。ワタシにはもはや、ラスカットルクミィアーノレティカの父親、という役割しか残っておらん。人形の全てに固定の名前をつけていたら、回す人形劇に彩が無くなるからな。ワタシのような者は名すら剥奪される。どこまでわかっているか、だったか、ラスカット。無論、すべてを知っている。全てを理解している。その上で言う。殺せ、ラスカット。そして振り切れ」
世界の記録を読む。
この老人の名前。ルクミィの家族の名前。
──記載、無し。
「貴様は頭が良いのに、それを十全に扱う理性が無い。もう少し冷徹になれば、冷酷になれば、稀代の英雄にもなれたであろうものを。ふふふ、だからこそ貴様だけが生き残ったのだろうな。そんな貴様だからこそ、まだ運命を残していた。……オーリと言ったな、化け物」
「うん」
「害虫め。ワタシの可愛い娘に付き纏いよって。貴様、見ているだけでいいだろうに、わざわざラスカットを行動させて、消費を早めているだろう。まだ四十だぞ。早死にも良い所だ」
「防虫剤を忘れたあなた達が悪いかな」
「ふふふ、言うてくれるわ。──ラスカット。どうやら喋り過ぎたらしい。ワタシの命はもう尽きる。薬毒で生かされ続けたこの命を摘み取るチャンスが消えようとしている。どうだ、なぁ、ラスカット。貴様の父を殺すその感覚を、覚えていたくはないか。忘れてしまうぞ、簡単に。ワタシたちがいた事実を。世界はそうできている。死した者に目を向けることが難しい。前ばかりを向かせる残酷な世界だ。感じるか、追い風を。故にこそ、振り返ってみろ。それはとんでもない逆風だ。なぁ、害虫。貴様も……ああいや、貴様に同意は求めん。感じているものが違って話にならん」
げほ、と。
老人が血を吐く。目減りしていく生命。萎れる植物のように、あるいは──消えゆく灯火のように。
「殺せ、ラスカットルクミィアーノレティカ。それが貴様のためになる。ワタシを殺した悪夢に苛まれることでしか、ワタシを覚えてはいられない」
「……わかりました」
ニヤリ、と。
二人が、笑う。
「ルクミィ」
「ん」
渡すのは、今しがた生成した剣。その辺にある儀礼剣と言ってたけど、無かったから。多分自殺防止で偽・魔色の燕が持って行ったのだろう。
彼女は剣を手に、老人へ……自身の父親へと近づく。
「父様。……ご自身でも、名は覚えておられないのですか?」
「ふふふ、なんだ、覚え直したいのか?」
「当然でしょう。誰かわからない者を殺す悪夢など、然したる傷にはなりません。──ワタシが貴様という父親を殺したのだと、胸に刻みつける。必要な工程だ。違うか?」
「ああ……やはり、ワタシの悪い所を全て受け継いでいる。だがなぁ、残念。思い出せぬのだ、ワタシの名前」
「オーリ。──無理か?」
無理じゃないけどさ。
ルクミィ。君は今、私をなんだと思ってそれを聞いているのかな。
身体能力特化の「オーリ」ができて良いことじゃないと思うんだけど。
「頼む。ワタシは、知りたい」
「頼む。ワタシは、繋げたい」
「……良いけど、思い出せるのは夢の中でだけ。起きたら忘れてしまう。夢の中にいる時だけ、悪夢の中にいる時だけ、名前を思い出して、苛まれ続ける」
「構わないというか、それがいい。一番良い」
「ふふふふ、ワタシに似てるなぁ、貴様は、本当に。……まったく、世の男どもは、どうしてラスカットを求めぬのか。こんなにこんなに──愛らしいというのに」
良いだろう。
書き換えの行われた世界の記録を修復する。
上書き保存など、私の前では無意味と知れ。
「今この時、殺す、その瞬間だけは思い出してもいいよ。──ほら」
二度目か。
ここを罅として。
「カティスコーリッシュナルクミィアーノヒディティカ・ティダニア」
「……笑ってしまう程に長いよなぁ、ワタシ達の名は」
「"灯された松明は落とされることなく渡される"。──さようなら、父様」
「礼を。泣くなよ、ラスカット」
剣が心臓を刺す。
それはそのままベッドを突き破り、床にまで。
「……」
吹き出る血は無い。
ただ……ニヤリと笑う老人が、そこで絶命した。それだけ。
ルクミィはふらふらと下がり。
「……ああ、もう忘れてしまった。なんだったか……彼の名は」
「さぁ。私、聞いてないし。それよりどうするの? 他の家族のとこにも行く?」
「む……そうだな。行かねばなるまい。皆がどうなっているのか、確認する必要が……ああいや、無いのだったか?」
突如、だった。
この部屋の窓。そこから見える景色の全てが真っ白に塗り潰される。
極光。これは。
「……今のは、勇者か?」
「多分。あの二人は薬毒の発生源を探していたはずだけど……なんで戦ってるのかな」
「偽・魔色の燕か」
「それ以外は考えられない?」
「……義兄や兵士という可能性もなくはないが、たとえ洗脳されていたとしても勇者に敵い得る力はない」
「それはそうか。それに、今の出力を使わないといけないってことは、結構苦戦する相手っぽいし、偽・魔色の燕で確定だろうね」
「貴様こそ良いのか? 偽・魔色の燕は貴様にとって気に障るものなのだろう?」
「んー。あのクオリティのまままた前に出て来られたら殺すけど、自分から行って"全然できてない!"っていうのはなぁ、って」
「?」
一応ほら、「人間ロールプレイ」の「ロールプレイ」というか、一人の人間ではあると言うか。
オーヴァーチャー・エイムブレインズからの共有がどれほど伝わっているかわからないし、まだ準備段階の時点で私から見に行ってここがダメそこがダメって言うのは……違うじゃん?
「まぁ、良いから良いから。今はルクミィ優先。全部終わったらニギンと合流しよう」
「そういえばそうだった。……よし。家族は……もういいから、次はワタシの研究所へ行くぞ。あそこが見つかっていなければ、あるいはあそこにあるものの価値がわかっていなければ、あるいは打開策にまで漕ぎ付けるやもしれん」
「打開策?」
ああ、と。
不敵に笑う、ルクミィ。
「国中のアンデッドを人間に戻す──秘薬の調合。ワタシの運命の、最後の使い道だ」
……なんだ、知ってたんだ。