神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「んー、ギリギリできてない!」

 魔纏奏者(まてんそうしゃ)というのはその名の通り、魔法を纏って戦う者のことである。

 また魔法を切り替える際に詠唱を行い、それが何かを奏でているように聞こえるからそう呼ばれ始めた。

 当時、魔色の燕として私がシーフをしていた頃に魔纏奏者をしていたのは、つまり加減の問題だ。やろうと思えばこの大地を消し飛ばす魔法だって出せるし、逆に初心者でも出せないようなカッスカスの魔法を出すこともできる。

 ただどこまでやっていいかがわからない。「人間を逸脱しない範囲」で「戦闘に必要な技量」。当時の私はそこを図りあぐねていたから、攻撃力や防御力を気にしなくていい魔纏奏者のスタイルを取ることにした。

 

 あと咄嗟に出せて便利なのもある。

 

「レディ、改めて自己紹介をさせてもらおうか。私はニギン・イアクリーズ・ヴァーハマット。この都市を管轄する騎士団の団長をしている者だ。といっても都市の騎士団であって国の騎士団ではないから、最強などというものとはかけ離れているけれどね?」

「公明正大たる騎士団のトップが練兵場などという場所に女性を連れ込む、というのは外聞が悪いのではありませんか?」

「おや、異なことを言うものだね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、練兵場は悪しき場所でもない。加えて、君、私の性別がわからないということもないだろう」

「同性、異性は獣欲に関係ないものであると知っていますから」

「はっはっは、これは手厳しい。そして騎士団の在り方についても否定をしないか。レディ、安穏な生き方を望むのならば、少しは委縮した方がいいよ? 出ている、出ている」

 

 騎士ニギンは、練兵用の木剣を手に取り──構えを取る。

 

「それは強者のオーラだ。現状を俯瞰し、あらゆる場面で冷静であれる者。市民に対して絶対の権力を持つ騎士を相手に一切臆さないその姿勢──警戒に値する」

「お褒めに与り光栄です。ですが、私は一市民の一人としてあなたに接しましょう。警戒はしたければどうぞしてください。あなたの腕で私の化けの皮を剥がせるのなら、どうぞ」

 

 体内で作り出したガンダルーダという鉱石を指先から滲ませて、風の魔力と火の魔力で整形。爪を造る。

 どの程度までやっていいのかはわからない。世を忍ぶ魔色の燕。最終的に勇者と魔王、あるいは勇者と魔王と神の戦争に身を投じ行く戦力を考えるのなら──それこそ当時の魔色の燕を再現するくらいはやるか。

 

「Enuf attak akiron.」

「おお、魔纏奏者か! 魔力の扱いに長けた者しか──む、ぅん!」

 

 相手が木剣である以上、こっちが鉱石、というのは公平性に欠ける。

 だから腕力は削ぎに削いで、普段のオーリ・ディーンよりもさらに落とした力で。ただし纏う魔力はほとんど手加減無しだ。

 風の魔力──たとえるなら人型の竜巻が襲い掛かってきているに等しい。シーフだった頃にはやっていなかった、破壊的な魔法の使い方。いや、やっていなかった、は語弊があるか。パーティを組み始めてからはやらなくなった、が正しい。

 私単体を指す言葉として魔色の燕と呼ばれていた頃は、これくらいはやっていた。

 

「逸らしましたか」

「いいや、逸らし切れていない。レディ、君の爪で私の頬は切れてしまったよ。しかし、良いのかい? 一応しっかりアピールしたつもりだったんだがね」

「騎士団のトップであるということを、ですか?」

「わかっていての"隠さなさ"であるなら言うことはない。ああ、けれどレディ、許して欲しい。この木剣では君の相手は務まらない」

 

 一撃で使い物にならなくなってしまった練習用の剣。むしろ頬を切る程度まで威力を軽減させたことの方を褒めるべきだ。中々強い。

 騎士ニギンは帯剣していたそれを抜く。オールヴァイト製の剣か。魔纏奏者相手に魔法吸収効果を持つ剣とは、中々に悪辣なことで。

 ただ、そうだな。今回の魔王側の勢力は過剰気味だ。少しばかり手助けをしておくべきだろう。

 

「Akikie mataka dimanahe kas.」

 

 謳う。詠唱が終わってから魔法が発動する、という調整は流石に慣れた。

 纏っていた風は水気を帯びて、竜巻から嵐へと姿を変える。

 

「異層淵残痕……こんなところでその使い手に出会おうとは。それではレディ、私も本気というものに手を染めてみよう」

「初めからそのつもりで来てください。魔王の転生体が現れた以上、あなた達に様子見をしている暇はないと思いますが」

「なるほど、合点が行った。コトラ婆の言っていた内憂とは君のことか」

 

 踏み込む。逸脱しない、けれど騎士ニギンの反応速度を少しばかり越えた速度で。「ヒュ」という喉に空気が入り込む音。直後、爪が剣に激突する。

 反射で防いだか。

 

 ああ、だけど、見ると良い。

 魔法吸収効果のあるオールヴァイトについた、見るも無残な残痕を。

 

「複合属性の魔纏奏者……それにこの威力は」

「おや、自信満々に取り出したオールヴァイトが傷ついたことには何の関心もないのですか?」

「ああ、なぜ魔法吸収効果が働かなかったのか、という話かい? 無論、自身の扱う武器なんだ。弱点くらいは把握しているよ。オールヴァイトは二属性を同時に取り込むことができない。オールヴァイトが魔法を吸収できるのは、外殻にある変性組成が接触した魔力によって形をかえるという性質に由来する。そのキャパシティは一属性まで」

 

 知らないわけではなかったのか。

 手助け、などと。……案外人間だけで今回の魔王勢にも勝てちゃったりするのかな。

 ならこれ以上の踏み込みは要らないか。やっぱり私はオーリ装飾品店の店主としてゆったりのんびり暮らしていこう。

 

「まだ終わっていないよ、レディ。だからそんな目をしないでおくれ」

「眼球を動かした覚えはありませんが」

「わかるよ、察したよ。君は今私に失望したし、同時に安堵もした。ははは、君がどういう立ち位置で、何を狙ってこの国にいるのかは知らないけれど──」

 

 騎士ニギンはほとんど壊れたオールヴァイトの剣に、液体を垂らす。

 へえ。珍しいものを持っている。トツァの樹液。鉱石に吸い付く性質があって、大気に触れて数秒で吸い付いた鉱石と同じ硬度にまで硬化する。

 トツァ自体が植林に向いていない樹だから、それなりに貴重品のはずだけど……いいのかな、こんなところで使っちゃって。

 

「今届かない君を拝んでみたい。──涸界の律動(ワルド・インプレイス)

 

 手合わせで使う技ではない。

 闘気を混ぜ込んだ無色の魔力。それを自身の周囲にばら撒き、能動式地雷(プロアクティブマイン)として使う魔法。自身の加速に使うこともできれば、相手にそのままダメージを与えることもできる。普通に戦場で使う技だ。

 ……わからないな。手合わせなんだから、互いの実力が分かればそれでよし、なんじゃないの?

 

 わからない。

 今ここで魔色の燕を見せつけた方がいいのか、それとも負けてあげた方がいいのか。でもこの魔法に当たったら流石に無傷じゃ済まない。「人間ロールプレイ」を逸脱しないためには、怪我をしないといけなくなる。

  

 それは、面倒だ。

 

「──決めました」

「何を、かな」

「身の振り方をです。怪我をすると、面倒なので」

 

 謳う。奏でる。

 もはや現代の人間には言語としてさえ聞き取れないだろう詩。それはあるいは、魔纏奏者と呼ばれるに至った彼ら(私達)の始まり。

 

 爆発する。

 無色の魔力が、じゃない。白と黒、相反する魔力が互いの粒子を食い合いながら、練兵場のあらゆる箇所に「魔」を敷いていく。

 黒白相克。全身と爪にそれを纏い、顔に昔懐かしの仮面をつければ──ああ、完成だ。

 

「『魔色の燕』……!」

「ご容赦ください、ご容赦ください。この身は空を削ぐ燕になりますれば、あなたの視界にも映りませぬ。なぜならただ、この一撃のもとに」

 

 背後に回り、首を、落とす。

 ごろり、ごろりと転がった首が、殺されたことに気付かないでいる自身の身体を見上げ、ああ、その背後に見るだろう。

 黒白の中で爛と輝く赤の仮面を。魔色の燕を。

 

「あなたの命は、絶たれるのですから」

 

 数千年前、勇者とて全滅に終わったあのパーティで唯一生き延び──こっちが態勢を立て直すからそっちも休んでいていいよ、というのに歯向かって来たアレを一撃のもと殺した、凡そシーフではない何者かを。

 都合。……すべて幻覚である。

 

「ッ!? ……?」

 

 その場から飛びのき、自身の首を摩る騎士ニギン。その顔は蒼褪め、脂汗をかいて、呼気をも荒げている。

 死を理解したのだ。そうなりもする。

 

 騎士ニギンが周囲を見渡せば、練兵場に破壊の痕跡などないし、黒白の魔力も散っていない。自身の首は繋がっている。赤の仮面も無い。

 いま彼女が相対しているのはオーリ・ディーンという一般市民であり、たとえ勇者を相手にさせたところで勝ち目の一切無さそうな何者か、ではないのだ。

 

「……美しきガンバゼの花かと思えば……荊の付いたソーロルムだったか」

「続けますか、ニギンさん」

「いや、余計な手出しをした。……すまないね、これでも騎士団のトップだ。疑わしきはどれほどに麗しきレディであっても確かめねばならない」

「初めから私だとわかっていて近づいたと?」

「出会い自体は偶然だとも。だけど、君が君だと気付いてからは、君を測るつもりで戦った。誤算があったとすれば、私にその格がなかったことだろうね」

 

 つまり、出会った直後に気付いたと。

 曲者だな。

 

「心からの謝罪を。そして、私にできる範囲であるのなら、何か一つ特権を与えよう」

「抑止、あるいは首輪ですか」

「そう受け取ってくれて構わない。ただ、知っての通り騎士団の権力だ。なんでもいいよ、たとえばオーリ装飾品店における税を全て免除する、とかでもいい」

「であれば一つ」

 

 思わぬ収穫だ。

 この都市のトップの実力も測れたし、良い休日だったと言えるだろう。

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

「……いや何戻ってきてるんですか。今日一日休日って言ったでしょう」

「え、いやでも、用事はほぼ終わって」

「いいですから、今日は休日! お店もあと少しで閉じますし、何もすることがない、を楽しんできてください!」

 

 

 そんな感じで追い出されて今に至る。

 何もすることがない。

 魔色の燕の所在地については調べようと思えば調べられるけれど、シルディアに任せた方がいい。ニギンに貰った特権に関しては今すぐ効果を発揮するものではない。

 ど……どうしよう。

 

「ん、あら、オーリちゃんじゃない。珍しいね、この時間に街にいるなんて」

「シャナナさん……。はい、その、追い出されまして」

「追い出された? ……ははぁ、わかった。休日だろう?」

 

 すごい。なんでわかったんだろう。

 

「オーリちゃん、あの店開いてから一日も休んでなかったからね。見かねた従業員が、とかだろう」

「完璧に正解です。……でもすることがなくて」

「趣味とかないのかい?」

「装飾品作り……」

「こりゃダメだ。……ああそうだ、ちょいとウチに来てみないかい?」

「シャナナさんの家、ですか? 確かシャナナさんの家は……レストラン、でしたか」

「そんな大層な場所じゃないけどね」

 

 まぁ、することもないし。

 興味を惹かれてみよう。その方が「ぽい」だろうし。

 

 彼女の提案に頷きを返し、その後ろをついていく。

 辿り着いたのは『暮れ葉の砂時計』という宿屋と、併設された『菜園亭』という飲食店。シャナナさんのお店は後者の方。確か旦那さんが宿屋をやっているんだっけ。

 

「それで、ええと……シャナナさんの家で私は何をすれば」

「料理さ。ああ客に出すもんじゃない。でっかいキッチンを使って、思うように料理を作る。そういうのは休日じゃないとできないだろう?」

 

 なる、ほど。

 料理か。

 長い「人間ロールプレイ」の中で、料理人だったことは何度かある。私にストレスというものは溜まらないので発散などはできないけれど、休日を人間らしく楽しむのなら思いっきり色んな料理を作ってみるのは妥当なのかもしれない。

 

「聞き忘れてたけど、オーリちゃん、料理は得意なのかい?」

「それなりに得意ですよ。お店を開く前はそういう所で働いていたこともあります」

「へえ?」

「ただ、異国の料理なので、シャナナさんの舌に合うかどうかは」

 

 異国だし四千年くらい前だし。

 ……あの頃の食材は多分ここにはないので、味見込みでやらないとだな。創ってもいいけど、流石にそこまでのことをする話じゃあないだろう。

 

「まぁ、やってみます。不味かったら全部私が買い取りますから」

「いやいや、異国の料理なんてそう易々と食べられるもんじゃないからねえ。是非とも味わってみたいよ」

 

 苦笑いをしておく。委縮した方がいいと習ったばかりだし。

 

 じゃ、任せたよ、なんて言ってキッチンを出ていくシャナナさん。

 言うだけあって、この時代の最新設備の揃ったキッチンと、豊富な食材。

 ……どうせ誰も見ていないんだし、魔力で色々してしまおうか。

 

 風の魔力で食材を斬り、水の魔力で汚れを取りながら鮮度を保つ。氷の魔力で旨味成分を閉じ込め、雷の魔力で肉類の内側を焼いていく。

 火の魔力は焼くのではなく温度調整に使い、土の魔力で圧力を変動。調理を終えた食材は闇の魔力で時間を止めて、光の魔力で浄化を施す。

 それらをパターン化し、風と水の魔力で調味料を宙に浮かせ、複雑な調味を行う。火の魔力、音の魔力で調味料が持つ分子にまで働きかけて整列を促し、もっとも適した位置で氷の魔力。時間を止めているに等しいその空間に、さらに闇の魔力で外部からも時間停止を行う。

 

「プラグマ……がいない。あの独特の酸味は……何かで代用可能だろうか」

 

 海の王蛇プラグマ。あれの毒腺に含まれている酸味。酸味の利いた料理には欠かせないと過言ではないアレがないとなると……逆に今創作料理をするのもあり。

 メイン料理自体は魔力のパターン化で進行しているので、決め手となるタレは今ここで作ってしまうべきだ。

 

 人間という種が感じ取れる味は甘味、塩味、苦味、酸味、旨味の五種。

 これの混ぜ合わせで料理の味が決まるし、この五種の中にも強度が存在して、だから多種多様な味を作り出せる。その中でも酸味に特化したものを作るとなれば、世界中の酸の全てをかき集める必要がある。

 プラグマの毒腺を再現するのであれば、プラグマの生態からこれらを割り出す必要があるが……そこは世界の記録で読めばいいとして。

 風の魔力で混ぜ合わせるべき酸味のチョイス、及び配合をマクロにして放置。出来上がったものを私が味見。少しでも違うと感じたら破棄して新たな通りを試す。

 

 ……ふと思いついたことを試す。

 酸の水を作り出す水魔法が存在する。これを放出し、闇の魔力で受け止める。

 今は鋼鉄をも溶かす濃度の酸だけど、薄めて、且つ成分を弄って……舐める。うん、まだ害がある。もっと薄めないと食べた人間の舌が溶ける。

 

 他にもアシッド系の魔物が使う魔法を再現し、全ての味を確かめていく。

 また用意されていた食材の腐食から得られる酸味にも手を出し、それらを並列で処理していく。

 

 一品、また一品と料理が出来上がっていく中で、やはりプラグマの酸味の再現だけが難航している。

 プラグマを召喚してしまうのが手っ取り早い……けど、レシピの公開ができないとおかしくなってしまう。契約もしていない魔物の召喚など、人間を逸脱しているのだから。

 

 ……いや、もう一つあるか、方法。

 たとえばこのルートマンという食材。みじん切りにすると甘味が出る野菜だけど、それ以外の使い道はあんまりない。だからたとえば、これを超高温で熱すると酸味を出す、みたいな改造をして、元々の生態にも都合を合わせるような改変を加えて……。

 

「ストップ。ママ、ノリと勢いで生態系を崩すのはやめて」

「止めないでトゥナハーデン。元料理人としてプラグマの酸味無しでこの料理を出すわけにはいかないの」

「ならなんで酸味を使わない料理を選択しなかったの?」

 

 それは。

 そう。

 

「ママ。完璧を目指す必要なんてないでしょ? 失敗することだって"人間っぽい"と思うけど」

「ぬぅ」

「それに、酸味があるのが正解だって知らなければ、これらはただただ美味しい料理。違う?」

「ぬぅうう」

 

 その通りだった。

 ディモニアナタが性格の……どーにかなってしまった娘なら、トゥナハーデンは正論パンチ娘だ。ディモニアナタの方が姉だけど、トゥナハーデンの方がしっかりものなのである。

 そしてその正論パンチは、私にも振りかざされる。

 

「ママ。今回の戦争で気が立っているのはわかるけれど、世界改変クラスのことはそう易々とやらないで。……私達が大変なんだから」

「戦争。……そういえば、トゥナハーデンはどこまで把握してるの?」

「ディモ姉さんのせいで私まで目の敵にされてるって話?」

「うん。どうするの? 負けてあげるの?」

 

 諭されたので世界改変はやめるけど、再現は諦めない。

 背後で組み上がっていく大魔術……否、禁呪クラスの魔法を背後に、世間話を続ける。

 

「ママはどっちにつくつもりなの?」

「黒幕か、第三勢力。人間に付く気は無いし、魔王側もない」

「……それって、見方によれば私達側じゃない?」

 

 ……。

 勇者側でも魔王側でもなく、上手くことが進めば勇者と魔王が手を取り合い、倒さんとする神側。

 おや本当だ。

 

「やった、ママと同じ陣営!」

「となると、世界の敵ルートか。……はぁ、オーリ装飾品店、楽しかったんだけどな」

「辞める必要はないんじゃない? ママってば全知全能のクセに自分を制限したがるから上手く行かないこと多いけど、できるでしょ、やりようなんかいくらでもあるし」

 

 世界の敵でありつつ、装飾品店を続けるルート。

 ……まぁ、できなくはないか。

 

「でもこのままだとディモニアナタも同陣営になるわけだけど」

「ディモ姉さんは価値観がおかしいだけで頼りにはなるから」

「……でもこれだとバランスが悪いなぁ。常に人間の味方をするような神でも作ろうかなぁ」

「だからそう簡単に世界改変をするのはやめて。……ママ、今何か組織を作ろうとしてるでしょ?」

「うん」

「それを人間の味方にしちゃえばいいんだよ仮に魔王陣営が裏切っても、その集団がいれば大丈夫、って感じに。ママがいなくても回るようにしなきゃだけど」

 

 人間の育成か。

 面倒くさいけど、現状そうするしかないかなぁ。

 

「トゥナハーデンは、いいの? あれだけ目をかけてきた人間たちに裏切られるわけだけど」

「別に。人間ってそういうものでしょ? 信じたいものだけを信じるのが人間なんだから、都合が悪くなったからって切り捨てられても気にしないよ。それを言うならママの方がひどいもん」

「私、何かしたっけ」

「そうじゃなくて。……この世界があるのはママのおかげなのに、人間はだれ一人としてママを信仰してないでしょ。そんな人間が栄えようと滅びようと、私は気にしないよ」

 

 相変わらず……親離れのできない子だな。

 そこまで若くないはずなのに、ずっとママママと。この子の世界は私第一に回っているから、下手したらディモニアナタより手が付けられない。

 

「異世界の勇者についてはどこまで把握してる?」

「全然。余程私達には知られたくないみたいで、ギギミミタタママはひた隠しにしてるし」

 

 ギギミミタタママ。それがユート・ツガーをこの世に呼び込んだ娘の名。

 ……彼女はどっち側なんだろう。ユート・ツガーの行動は思い通りのものだったのだろうか。

 

「トゥナハーデン。私は『魔色の燕』を復活させるつもりでいる。そのために、少し……ううん、かなり一般人を逸脱して、英雄と呼ばれるほどの強さまで上がるつもりでいる」

「良いと思う」

「ついてはトゥナハーデン。──人間ロールプレイ、やってみない?」

「え」

 

 ──その後、プラグマの毒腺の味の再現は上手く行かなかったものの、シャナナさん含むそのご家族にはいたく料理を喜んでもらえた。

 ただその料理はそれが完成形ではない。いつか本物を食べさせてあげるから覚悟しておいてください。アレはまさしく「神の舌を唸らせた」絶品なんだから。

 

 

 ということで、翌日。

 

「新人、ですか」

「はい。私の親戚の子なのですが、魔力操作……特に土と火、光が得意でして」

「光ですかー。私もリコティッシュさんも持っていないので、色々事業が拡げられそうですねー」

「よ、よろしくお願いします」

 

 トゥナハーデンに簡単な変装をさせて、人間ロールプレイをさせている。

 溢れ出る聖気や神の威光は私が抑えつけているので出ない。いや、常々思っていたことではあるのだ。

 フォルーンがそうしているように、娘たちは人間に混じって生活する、というのをした方がいい。その方が情緒も豊かになろう。あるいはそうすることで、独り立ちする、ということもあるのかもしれない。

 

「トゥーナ、です。前の町では、農業ばっかりで……彫金は全然やったことないのですが……その」

「トゥーナさん、そう緊張せずとも問題ありませんよ。オーリさんのお墨付きということは腕も確かなのでしょうし、何より農作業に使う魔力操作の精密さは僕も良く知っています」

「圧をかけたかと思えば本気で寄り添おうとしている……リコティッシュさんがモテない理由が詰まった台詞でしたねー」

「イルーナ?」

 

 べぇ、と舌を出して柱の裏に隠れるイルーナさん。

 実際そうだから私は何も言わない。リコ君は自分の言葉が圧になっているとは欠片も思っていないだろうし、彼が本心からトゥーナに寄り添おうとしていることも知っているから。一言多い。それがリコ君の人間関係だ。

 

「教えられるところは二人で教えてあげてください。あ、自分の仕事が忙しければ、そちらを優先してくれて構いません。私も面倒を見ますから」

「わかりました。……けど、嬉しいですね。初の後輩が女の子だと……なんだかお姉さんになった気分ですー」

「僕は肩身が狭く……いやなってません、なってませんよ。大丈夫です」

 

 一瞬「そういえば人間は職場の男女の量を気にするからバランスを取った方がいいのかな」とか思ったけど、まぁリコ君なら大丈夫だろう。

 押しには強いけど勇気はないし。

 

「あ……リコティッシュさん。農作業の魔力操作を知っているというのは……」

「ああ、僕もここで働く前は農業をしていたんですよ。貴族様に出す茶葉を育てていまして」

「……ということは、もしかしてリコティッシュさんの家名は、ステイフォールドですか?」

「おや、実家をご存じなのですか?」

「はい! ステイフォールドのお茶はどれもこれも……茶葉の一枚一枚に感謝が込められていて、とても味が良くて」

「あはは、なんだか照れますね。僕はもうやめてしまいましたが、実家に帰る機会があったら職場に愛飲者がいたという話を伝えておきます」

 

 トゥーナの言っているのは味というより信仰心の方だと思うけど。

 農業従事者ならトゥナハーデンには感謝しきっているだろうし、さもありなん。……というか、やっぱり勇者は前途多難だな。トゥナハーデンとディモニアナタを敵に回すということは、農業含む第一次産業関係者皆さんを敵に回すに等しいのだから。

 豊穣の神というのはそれほど生活に根差している。

 

「むう……なんだか妬けますねー。トゥーナちゃんは私の後輩ですよー」

「いや別にどちらの、ということはないだろう……」

「いーえ。トゥーナちゃんは私の後輩です! さぁトゥーナちゃん、まずはお着替えをしましょうねー。奥にシャワールームがありますから、まずは洗いっこでもいいかもです!」

「え、いや、もう浴びて来ましたから、あちょっと」

 

 リコ君から引き剥がすようにトゥーナを連れていくイルーナさん。

 うん。……「ぽい」よ、これは。すごく「ぽい」。「人間ロールプレイ」の出だしとしては最良なんじゃないか。

 

「リコ君、一応聞いておきますが」

「職場恋愛の大変さは知っていますし、何より彼女はまだ幼い。僕が彼女に恋愛感情を抱くことはありませんよ、安心してください」

「まぁ、信頼はしていますが」

「……それに、僕はこの職場が大好きなので、僕の事情でここを壊すなんて……絶対ないです」

 

 少し暗い顔で。

 愁いを帯びた表情で。

 

 そういえばリコ君とイルーナさんの記録は漁らずにおいたんだけど、もしかして何か抱えてたりする?

 

 ──その方が好都合だから、なんでもいいけどね。

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