神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「少し、懐かしい」

 拍手が鳴り響く。

 喝采に包まれて、彼女は一つ礼をする。

 

 ──カーテンコール。

 彼女はようやく一つの舞台を終わらせた。万感の想いに支えられて、一歩、また一歩と降りていく階段の途中で──途中で。

 

 見つけるのだ。

 彼女の家族が、──で。

 

 もう。

 

 

 

 

 この世界に「不可逆」であることはたった一つを除いて存在しない。

 エネルギーは放出されたとしても元に戻るし、情報は私が戻せる。生死も同じ。他、化学反応や時間、思考、思想、感情その他諸々。

 あらゆることがどうにでもなる世界で、唯一どうにもならないこと。

 

 それが、運命だ。

 

「運命の捏和。天龍の換期。そして此度の旗印。ワタシの運命、ワタシにできることはこれで終わり。これと後、もう一つで終わり」

 

 ルクミィは破壊を免れていた器具類を取り出し、慣れた手つきで薬草や毒草を擂鉢に入れ、魔力も混ぜ込んでいく。

 研究ではない。完全に何を作るのか理解している者の手つき。

 

 アンデッドを人間に戻す──。

 先も述べた通り、この世界に不可逆なことは運命以外存在しない。だからそれは可能だ。だけど、ヒトの身でそこに辿り着くには、本来であれば幾らかの外道と奇跡を経由しなければならない。

 けれど同時に、それと同等の結果を齎すものさえ作る、あるいは手に入れてしまえば、経由の必要はなくなる。

 

「構想自体は前からあったんだ。きっかけはアンネ・ダルシアの復活。ワタシはそれを聞いた時、マドハ村の人々を人間に戻せないかと考えた。……無論、マドハ村の人々は百年前に死した者たち。人間に戻したところでその瞬間に死んでいたことだろうから、結果から見れば完成させる必要はなかったと言える」

 

 先日「オーリ・ディーン」に渡したのと同じ、液化したエリキシャラアル。食人植物ネクトアルの化石。ドライゲッヘッセンの骨髄に、天龍……サン=アルの鱗。

 王族ゆえのコネクションか、あるいは現地に行って取って来たのか。出るわ出るわの貴重素材。偽・魔色の燕が荒らした痕跡があったのにこれらを持って行かなかったのは、無知ゆえか、あるいは別の目的があったか。

 混ぜ込まれるは闇の魔力。別名を、時間の魔力。先述の通り、元素の名を冠する魔力たちは、実はそれぞれ全く別の力を有している。

 わかりやすいから、という理由で名付けられ、広められたこれらは、もっともっと深い部分に作用するものだ。

 

「魔力とは、運命とは……やろうと思えば、己が意思で消費できる。各個人に割り当てられた運命には限りがあり、あるいはそれは、"自らの魂が世界に影響を及ぼす可能性"と捉えることもできる。ワタシという人間が、一人の人間が、この世界を変えるに足る可能性。それが運命だ。その変換先が魔力だ。だから当然、消費すればするほど、可能性は目減りしていく」

 

 液体、固体、気体、魔力。

 それらが擂鉢の中で混ぜ合わされ、逃げようとするものは無色の魔力に抑え込まれる。

 

 信念。

 

「天龍の航行ルート変更に、ワタシは多くの運命を消費した。恐らくはあのサジュエルという男の運命も背負った。オーリ。貴様を巻き込むことも、多大なる消費だった。あるいは天龍との交渉を越えるほどの。そして今、ワタシはティダニア王国全土、その全ての命に働きかけようとしている。──使い物にならなくなるのも自明の理だ」

 

 トーン、と。

 波紋の広がる音がする。

 

「そう考えると、あの男には悪いことをしたな。無条件に応援するとは言ったが……果たして、これを成し遂げたあとのワタシに、運命が残っているかどうか」

 

 波紋が広がる。水面上の波紋が、他の波紋とぶつかり合って、複雑怪奇な文様を作る。

 

「オーリ」

「なに、ルクミィ」

「最()に一つ、すべてを台無しにし得る問いかけをしたい」

「いいの? まだアンデッドを人間に戻す、が成功していないのに」

「問題ない。この薬は常温で固体から気体へ変貌し、そのまま地面の中へと潜る。今この場から染み渡った秘薬はティダニア王国中のあらゆるところにまで伸びて、侵蝕を行う。つまり、アンデッドという異常状態を正常に戻す薬だ。……いいや、人間という毒に感染させる薬、でもいいが」

「まぁ、ルクミィがいいならいいけど。それで、なに?」

「貴様、神だろう。オーリ。オーリ・ディーン。どちらも偽名だ。その正体は、既存の神々をも超える神。神と称していいのかさえわからん者。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ルクミィの輝きが急速に失われて行く。

 世界創世。世界再成。

 いつでもできるそれを、私は行わない。

 

「ワタシは……覚えている。数百に渡る、スーニャとの交渉。覚えている。オーティアルパとの、会話。覚えている。ライエルの短剣……ああ。違うな、覚えているのではなく……ワタシが、もう、だめになるから……上塗りの下にあったものが、少しだけ見えた。それだけだ」

「そうだね。記憶処理は上塗りでしかないから、忘却とは一切の関係が無い」

「──楽しかったぞ、名も無き神よ。いや、だから、そうだな……聞きたいことは、それだ」

「うん」

 

 完成する。

 圧倒的な気配がその場に満ちる。

 それは、神の遺骸にも等しい威光を発する物体。

 

「貴様の名を、教えてくれ。オーリ。オーリ・ディーン。ヅィン。そのどれもが本当の名ではないのだろう」

 

 椅子に座ったまま、だらりと垂れ下がる腕。

 握力を失ったのか、そのままルクミィは完成した「ソレ」を取り落とし──「ソレ」が床に落ちる。

 

 だから、私は彼女のもとに歩み寄って──言う。

 

「……残念」

「……足りない、か」

 

 足りない。その通りだ。

 けれど、多くの地においては、偉大なる人物の葬別において、その死者を盛大に着飾るものだ。

 アクセサリーではなくとも。

 装飾であるのなら。

 

「お前は既に己が運命を使い果たした。餞別としてくれてやるには、私の名は重すぎる。オーリ。ヅィン。組み合わせるだけでそれらしきものになるこの名は、けれど結局のところお前の言う"人格"の名でしかない。神の席にOだけが空いていることも、呼び名も、何もかもがミスリードのための意味の無い伏線でしかない。──本当に残念だ、ラスカットルクミィアーノレティカ。運命を消費しきる前のお前であれば、あるいは辿り着けたのやもしれないが──」

 

 落ちた物体。

 立方体のそれを、拾う。

 

「もうお前には辿り着けない。お前は盤上の駒止まりだ。……だが、今の今まで私を楽しませた。その褒美に、これは外に出してやる。この研究室の床は染み込み難いからな」

「……」

「運命とは、"自らの魂が世界に影響を及ぼす可能性"……その通りだ。よくぞ正解に辿り着いた。故にもう、誰にも影響を与えられなくなったお前に、一つの解を教えてやる」

 

 ラスカットルクミィアーノレティカが苦心の末に作り出したこの物体。

 けれどそれは、オリジナルのものではなく。

 

「これは"磁"と呼ばれる物質だ。生命の精神、人格というものは魂が操作をするが、こと肉体においては磁が操作をする。ラスカットルクミィアーノレティカ。お前が作り出したこの物質は、やりようによっては他者の肉体を自由自在に"改変"できる」

「……」

「まぁ、そうだな。何も言えない。そうだろう。私に言葉を届けるという行為自体が"影響"だ。今のお前にはもう可能性が残っていない。別れの言葉も無し、というのは些か寂しくもあるが、それさえも"人格の嗜好"でしかない」

「……」

 

 磁を取り。

 ──消す。いや、転移させる。王城の地中深くへ。

 それによっておこるは拡散。

 アンデッド化した肉体を人間のものに戻すための毒が侵蝕を開始する。

 

 無論。

 身体の欠損や傷が治るものではない。

 アンデッドから人間に戻った時、死に至る傷を負っていれば、そのまま死ぬ。そうでなければ「意識を取り戻す」。

 

「それじゃあね、ルクミィ。ニギンには伝えておくから、今は眠っておいて。父親を殺す悪夢に苛まれて、余暇を」

「……」

 

 何も言えない、何も言わないラスカットルクミィアーノレティカを後に、研究室を出る。

 良い人間だった。英雄に数えられて良い人間だった。

 

 でも、ここまで。

 カティスコーリミナルクミィアーノヒディティカ。お前の言う通りだ。

 私はわざとラスカットルクミィアーノレティカと共に行動し、その消費を早めた。「人間ロールプレイ」において、この「オーリ」を稼働し続けるわけにはいかないから、という、ただそれだけの理由で。

 

 呪えばいい。憎めばいい。

 ディモニアナタの苦界にあっても、呪う相手がいれば、あるいは狂い堕ちることなく済もう。

 

 じゃ。

 

 

 

 ルクミィの研究室を出てすぐのこと。

 アンデッド以外いないはずの王城で、人間に出会った。

 歩きながら、ずーっとぶつぶつぶつぶつ何かを呟いている人間。平時であればお近づきにはなりたくない人間。

 

 というか別に今も近づきたくないのでスルーしようとして。

 

「トム・ウォルソンと言う。君の言うところの、偽・魔色の燕を運営する人間の一人だ」

「はあ」

「無論、トップに立っているのはゼルフとアリアだし、実力面で言えばヴィーエが最強だろう。今はいないが、フロウラもこちらにいる」

「魔色の燕、勢ぞろいだね」

「ああ。といってもくだらん人形の人形劇だ。自身が何者かも理解し得ぬ造物。その点で言えば、君の放った魔色の燕……世間知らずのマリオネッタたちの方がまだ余地がある。成長の余地。成果の余分。けれど、あるいはそれは、僕の怠慢だろうな。生まれた時からそばに強大な敵がいる、というだけで、ああも変わるものなのかと痛感したよ。彼ら彼女らは自身が強大であるという自覚のせいで、中々次の一歩を踏み出せない。自ら全ての敵になることで造物の成長を促す。やり口に賛否はあれど、僕は君のやり方を肯定する。肯定するし、擁護する。そうでもしなければヒト足り得ない幼稚。それがこの世の生き物の全てだからな」

 

 話が長いな。

 つまり。

 

「つまり、自己紹介をしたい、って認識であってる?」

「……また話が長いと言われてしまったか。ああ、あっている。ニギン・イアクリーズ・ヴァーハマット。僕、トム・ウォルソン。そしてもう一人と、君。指し手は多いに越したことはないが、むやみやたらに増えられても困る。ここでラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニアという駒を消費しきったのは見事だ。使い道などいくらでもあるだろうあの女は、だからこそ使うべきところで使うべきだった。ティダニア王国を救った前期第三王女の手腕、見事という他ない」

「いいよ、迂遠な言い回しは。言葉が足りなくても伝わるから」

()()()()()()()()()。良い大立ち回りを期待している」

 

 そう言って話を切り上げ、去って行くトム・ウォルソン。

 

 直後、地震が来た。

 

 違う。これは。

 

 

 

「オーリさん、これは!」

「ああ、レインにシルディア。術者は倒せた?」

「少なくとも氷の巨人を使っていた魔術師、及び毒薬を生成していた調剤師はもうこの世にはいない。……そこにあった非人道的な被検体も、レインが消し飛ばしてくれた」

「それは重畳。じゃ、一個頼まれて欲しいんだけど」

「目の前の光景を前に、か?」

 

 目の前の光景。

 

 ──巨人。穿つ氷のオエンガフスなんてメじゃない程の大きさ。その身には、数多のアンデッドや死した兵士が巻き込まれている。ティダニア王国のものだけではない、ヤーダギリ共和国の兵士らもだ。

 元からこれを作るための戦争だったのか、あるいは──引き出すため、か。

 

「王城に併設されてる研究室にルクミィがいてさ。なんでも、アンデッドを人間に戻すための秘薬を作るとかで」

「それ、本当? ……もしできたのだとしたら、とても凄いことよ」

「でも調合中にこれが起こって、私だけ出てきたんだけど……王城が崩れたりしたらルクミィも、って考えるとさ」

「なら、私が行ってこよう。どの道私の火力ではこの巨人をどうにかすることはできないだろうからな」

「ん。お願いね、ディア」

「ああ、任せてくれ。秘薬の完成までラスカット様をお守りし続ける」

 

 逡巡はない。

 シルディアは駆けつけたその足で研究所へ駆け出し──この場には私とレインだけが残された。

 

「ねえ、オーリさん」

「なに?」

「アレに巻き込まれた人は、助かる?」

「無理じゃないかな。見えている体の部位ははみ出しているだけで、中ではぐちゃぐちゃだと思うよ、あの感じ」

「そう。……なら、仕方がないわね」

 

 光が──集い始める。

 光の魔力自体がレインを好く。勇者とはそういうものだ。故に彼女の周囲では空間が撓み、目を灼く光が零れ始める。

 

「二つ忠告。あれ、あんなんでも多分ゴーレムだから」

「コアを消し飛ばさない限り、何度でも再生する、ということね」

「そう。そして──もう一つは」

 

 巨人の姿が掻き消える。

 幻惑ではない。ただ、単純に。

 

 ──その拳を、手で受け止める。

 

「巨大だけど、鈍重じゃないから。気を付けて」

 

 私の身体が潰れることはない。

 だけど、地面は違う。流石に耐えきれないとばかりにガコンガコンと沈んでいく地面。土魔法で補強しようかと考えた瞬間、横合いから光の斬撃が飛んだ。

 それによって落ちるは巨人の腕。勿論瞬時に再生するけれど、隙は隙。

 掴んでいる切れ端の腕。それを思いっきり投げつけて、さらにそれごと腹部を強打する。

 

 衝撃。それは巨躯の全身を駆け巡り、背中側からドバァと威力の掃き出しが行われる……けれど、やはりコアに届いていない。

 腹部じゃない場所にあるのか。あるいは動かせるのか。

 

 どちらでも変わりはないけど、やっぱりこうなってくると魔法を使いたくなる。

 ……いや、そうだ。アレがあったか。

 

「『紺罪結晶』──」

「え」

 

 え、って何。

 ……あ、そうか。騎士シルディアを経由して、『紺罪結晶』の所有者は「オーリ・ディーン」の方になってるって伝わってるんだった。

 ……まぁいいや。記憶処理も時間遡行も必要はない。探りは入れてこないとそっちが言ったんだ、こっちがどれほど意味深な行動を取っても咎めてくれるな、ということで。

 

 水を出す。じゃぶじゃぶと、だばだばと。

 それは、ある種の洪水を思わせる量だ。無尽蔵とも称される感情結晶。その魔力を用いて、周囲に「海」を形成する。

 

 さぁて、それでは一斉放射……と行こうとして。

 

 凄まじい速度で来た「蹴り」を、受け止める。

 

「ッ……チャック!!」

「わーってるよ!」

 

 巨人の拳が降る。焼き増しだ、と言わんばかりにそれを斬り落とそうとするレイン。

 ああけれど、流石にそんなワンパターンなわけがない。彼女も気付いたらしいので特に手助けはしないけれど、あれはエディシア・ボーフムの矢かな。他の矢も混じっているっぽい。レインは矢を光魔力の放出で打ち払い、その光の中から斬撃を放って巨人の腕を斬り落とす。

 あれだけ潤沢に光の魔力を扱える人間も珍しい。歴代の勇者を見ても、あそこまで……ああも手足のように、とは行っていなかったはずだ。

 

 しかし、あれだけ言われて、それでも前に出てくるか。

 意気や良し、とでも言うべきかな?

 

「"合人演舞(ドレアム)"!」

 

 形成された海が巨波を作る。

 違う、巨人が跳躍しただけだ。そしてそれは、そのまま降ってくる。

 

「仲間のために必死になる。仲間のための時間稼ぎをする。ああ、オーヴァーチャー・エイムブレインズに感謝すると良い。彼に自覚があったら、私はこうも悠然としていなかった。あなた達の怠慢に失望し、魔色の燕を騙る組織を潰していたことだろう。だけど」

「Et tigeas!!」

 

 黒い殻のようなものができあがる。

 呪文言語も当然のように使えるか。そしてあれは、防御……ああ、上から降ってくる巨人への防御か。

 

 仲間の判別のつけられない魔法使いなど、パーティに入れるな。邪魔だろうに。

 

 だから──殴る。殴りつける。

 黒い球を、巨人へ向かってぶん殴る。

 

「お前達が私の幻影でなく、成長する人間であるというのなら──もっと変われ。もっと育て。造物の域など出られるだろう、私の後追いならば」

 

 打ち上げ、ぶつけた闇の魔力の球体。

 そこに広げた「海」……『紺罪結晶』の水の魔力を全集結させていく。

 大仰に腕を広げ、私とレインのいる場所以外から遡っていく海。雨。水。

 次第に気付くだろう。巨人の降る速度が下がっていることに。ああいや、もうわかっているか。

 

 押し戻されていることに。

 

「──どんな出力してやがる!」

「もちろん、それだけじゃない」

 

 相手はゴーレムだ。合成された人形だ。

 であれば、入り込む隙間が多く存在する。水が滴り、傷つけ、壊す隙間が。

 

「っ、チャック! 私を高くまで投げて!」

「ああ──んじゃあとは頼むぜ、ヴィーエ!」

 

 押し流されながら姿勢を変え、闇の球体を直上にぶん投げる巨人。

 その後巨人の身体から力が失われる。操作を切ったのだろうが、随分と大胆なことをする。

 術者がどこにいようと、あの巨大質量が降ってきたらひとたまりもないと思うけど。

 

「私が消し飛ばす!」

「……いや、レインは降り注ぐだろう瓦礫の掃討をして欲しいかな」

 

 返事は待たない。

 押し上げる海流に乗って、時には蹴って、私も上空へ上空へと昇っていく。

 

 やりたいことは理解したから、乗ってあげようというのだ。

 

 さて──押し上げられた巨人。それは良い足場だ。

 その上に乗って、天を見上げれば。

 

「……完成度は、30%くらいだけど」

 

 まるで天に流れる川のように。

 黒白が、巨きな翼を広げていた。

 

 停止した時間と停止した空間。その二つの粒子をぶつけることで、対象を絶死に追い込む魔技。

 魔色の燕の代名詞。

 

 であれば、私もしっかりと対応をしよう。

 

「I ern ezn ihsnez.」

 

 動かなくなった巨人の上で吐き出すは全色の魔力。

 黒白だけじゃない、ありとあらゆる魔力に加え、原色までもが入った特異点。

 

 揺れ始める。

 世界が揺れ始める。

 発露に耐えきれなくなった空間が、ギ、ギ、ギと嫌な音を立てる。

 光は歪み、時間は捩れ、Ikuttititranは彼方を見て、Dawnforestに手を届かせる。

 

「ぁあああああっ!!」

「叫ぶという行為でさえ、あぁ、あぁ! なんともオーリ・ヴィーエらしくない──お前は何をそんなに焦る! 何をそんなに求める! 熱量の無い怪物。ただそう在れと願われたが故に戦い続けた渡り鳥!!」

 

 黒白と全色が衝突する。

 量も質もこちらが圧倒的に上。事実オーリ・ヴィーエの身体には少なくない傷が付き始めている。だけど、だけど、それでも、だけど。

 

 その目は、負ける、ということを微塵も信じていない。

 

 私には絶対にできない眼。

 私には──「人間ロールプレイ」をしている私には、絶対にできない信念の目。

 

 全色と黒白のぶつかり合いは、当然ながら足場である巨人を破壊し尽くす。

 もはやヒトの形など保ってはいられない。もはやコレが数多の人間の合成ゴーレムであることなど関係が無い。

 今やこの足場は、私達の全てを演出する背景でしかない。

 

「まだあるだろう、オーリ・ヴィーエ。まだあるだろう、まだ先があるだろう! お前が真にオーリ・ヴィーエならば──あの死の間際に引き出した、最上の技があるだろう!」

「──相克!!」

 

 ノータイムだ。なぜ知っているのか、とか、余計な問いかけはない。

 黒白相克。闇の魔力と光の魔力が互いを食み、その侵蝕によって起こる最も「魔」に相応しき現象。

 時間と空間が互いを塗り潰し合うと言えば、何が起こるのか伝わるか。歪曲し、収斂し、集結し、湾曲し。

 

 口が、開く。

 深淵の口。メイズタグやホタシアの開いた穴にも似た、無に通じる穴。

 

 相手を、水晶玉の外に放り出す禁じ手。

 

告喰黒召(ツバクラメ)!」

万換食鬼(Actueater)

 

 対するもまた口だ。

 全てを飲み込む口。全てを表し、すべてを換えて、すべてを食す口が開く。

 

 そのぶつかり合いは、果たして──。

 

 

 

 

 果たして、消滅という形に終わる。

 オーリ・ヴィーエも、オーリも。それを遠くから確認して。

 

「……死ぬほど手加減されて、結果が相打ちか。……芳しい結果とは言えんな」

「おい、ウォルソン。お前、仲間が死んだんだ、ちったぁ悲しめっての」

「いつでも蘇らせることができる者の何を悲しめと。それよりチャック、君も悪いところがあるぞ。第一に、なんだあの巨体は。敵は感情結晶の使い手と勇者。巨大であるなどいい的でしかない。第二に、動きも雑が過ぎる。なぜ拳しか使わない。全身の肉を爆裂させるなど、やり方はあっただろう。第三に」

「あーあーあーあーあー。わーったわーった、俺が悪かったって。……で? 計画の首尾はどうなんだよ、俺にこんだけ言うんだ、順調なんだろうな?」

「当然だ。アレの庇護を受けつつあったラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニアの運命をくだらんことに使用させること、ヤーダギリ共和国の弱体化、ティダニア王国の再建、それによって起こる他国の活気と戦時需要。さらには騎士団もいくらか手に入った。これは嬉しい誤算だな。あちらも死ぬつもりだったとはいえ、アレを殺せたのは大きい。奴は力押しをあまり好かん。これで、もう少しは盤上の駒を動かすだけに戻ることができる」

「んなこた聞いてねえよ。計画は順調か、って聞いてんだ。そんな木っ端の事情なんかどうでもいい」

 

 チャック。そして、トム・ウォルソン。

 

「……第一に、僕の想像より早くラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニアが磁を完成させた。第二に、『アルムヴァルス・エクスタク』に仕込んでいたものがバレて、回収された。第三に……少し、調子に乗った。いつ、そして何に対してかはわからないが、"改変"も行われている。第四に……これは致し方の無いことだが、イアクリーズとの接触が叶わなかった。こっちの意思表明くらいしておきたかったのだがな」

「反省点か、そりゃ」

「ああ。計画通りではない。アクシデントが多い。出来得ることならヴィーエにも生き残ってほしかった。あれほど強大な敵を前に生き延びたヴィーエであれば、戦力として申し分なく、さらに成長の機会にもなっただろう。……また蘇らせて教育し直すのは面倒だ」

「あのバケモノを手駒にする、ってのはできねーのか?」

「やろうと思えばできる。が、蘇るのはアレではないアレだ。あれほどの身体能力を持つ、赤子ほどの知識も持たない何か。飼育にも育成にも費用対効果が悪すぎる」

「ウォルソン、ちょいと頭下げな」

 

 かくん、と、トム・ウォルソンは疑うこともなく頭を下げる。

 直後、そこを通り抜ける光線。

 

「……察知されたというのか?」

「じゃなきゃピンポイントが過ぎるだろ。……勇者ね。世界の操り人形だと思ってたが、案外なんかやべーのか?」

「少なくとも再計算は必要だろうな。すまない、助かった」

「構わねーって。お前がいなきゃ俺達は好き勝手できねーんだからさ。……とと、奴さん大技放つつもりだ。とっととズラかろうぜ」

「ああ」

 

 撤収は早かった。

 十秒と経たぬうちにその場から逃げ去った二人。

 

 そんな彼らのいた山を、極太の光線が薙ぎ払う。消滅する山頂。

 

「……こっわ」

「何で感知しているのか知らないが、急ぐぞ。流石の僕もあれに灼かれるのは避けたい」

「俺だってそーだよ」

 

 逃げていく。アレには敵わない、とばかりに、逃げて、逃げて。

 いつの間にか二人は、世界から"埋没"した。

 

 

 

 

 その後。

 王都の反乱軍と接触し、ラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニアを擁立した騎士団は、そのまま王家の蛮行を糺す。彼女を真の王位継承者として、他の王族を罪人として。

 とはいえ他の王族は既に前後不覚。また破壊の置きすぎた王都はほとんどが機能せず、ティダニア王国崩壊も目前……かに思われた。

 

 けれど、ラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニアの開発した秘薬。

 シルディア・エス・ヴァイオレットもその目で目にした奇跡の薬がティダニア王国中のアンデッドを人間に戻し、地方の機能はある程度復旧した。事前にラスカットルクミィアーノレティカが天龍の航行ルートを変更し、避難民を作っていなかった、というのが大きいだろう。

 あらゆる観点からの功績を省みてもラスカットルクミィアーノレティカの王位継承を疑う者はおらず、そうしてとんとん拍子に事は運び──。

 

「……なんだか、久しぶりですね」

「そうですね。時間で言えばひと月と少しくらいなのに」

「わ~……荒れちゃってますねえ、店内。まずはお掃除からですか~?」

「装飾品もかなり盗まれています。被害総額は……まぁ、考えたって仕方ないですか」

 

 ようやくこの都市にもまた、平和が訪れたのである。

 

 当然、仮初の平和が。

 

 ──まだまだ、戦争の火種は燻ぶっている。

 

「何はともあれ」

「色々ありましたが~」

 

 リコティッシュ君とイルーナさんが、振り返って。

 

「お帰りなさい、オーリさん!」

 

 ……「人間ロールプレイ」だ。

 そういうのも良い。

 

「はい。ただいま戻りました」

 

 さて。

 解決すべき問題は、未だ芽吹いていない問題は、山のように。

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