神の装飾品店   作:Actueater

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総評:「え、今日かなりできてない?」

 ある一つの本文。

 曰く、「神は未来しか見ていない。可能性とは常に目の前にだけあり、振り返った場所にあるのは"残骸"と呼ばれる戯言ばかりだからだ」。

 けれどその文言には、遥か先の後世において書き加えられたのだろう注釈があった。「神が過去を見ないのは、戯言ばかりだからだけではない。一瞬たりとも」言葉はそこで一度途切れ、その後に書き殴るかのような文字が続く。「"過去の方が良かった"と思わないためだ。なんせあの存在は、好きに」。

 

 けれど、「真実」の古書は──捨てられた。

 

 スポットライトが彼女を照らす。

 拍手が鳴り響く。

 喝采に包まれて、彼女は一つ礼をする。

 

 ──カーテンコール。

 彼女はようやく一つの舞台を終わらせた。万感の想いに支えられて、一歩、また一歩と降りていく階段の途中で──途中で。

 

 見つけるのだ。

 彼女の家族が、物言わぬ死体で。

 

 もう、彼女には、何も遺されていないのだという事実を。

 

 

 

 

 十八日間の悪夢。

 ティダニア王国の人々がアンデッド化し、ヤーダギリ共和国と戦争を行い、勝ち、けれどどうやったって戦勝ムードにはなれない彼らが先月の出来事を指して挙げるのが、この言葉。

 あれは悪夢だったのだと誰もが口々に言う。誰もが事実を認めたがらない。

 自身がアンデッドになっていたことも、そのまま生者を襲っていたことも。

 

 けれど、事実死者は出ていて、事実記憶は残っていて。

 

 つけられた小さくない傷痕は──これを仕組んだ王家へと向かう。

 今日はその日だった。

 

 ラスカットルクミィアーノレティカを除く、すべての王族。それらが「処刑」される日。

 といってもこの都市は王都から遠く離れているし、遠くの映像を中継するような技術は時代が許していない。

 時間だけは伝えられていて──だから、これもまた少なくない人々が、王都ファーマリウスのある方向を睨みつける。

 

 手を組み、祈るように。

 目を瞑り、祈るように。

 

 全ての責任は王家にあり──故に死んで当然だと。死んで償えと。死してこの心の痛みを少しでも晴らせ、と。

 

「……嫌な空気ですね」

「仕方のないことだとは、わかってるんですけどね~」

 

 生存者──アンデッドにならなかった者。

 装飾品店のメンバーやシャナナさん、ホウラ一家などの一部の人々だけが、この空気に嫌悪感を隠さない。

 彼女たちはラスカットルクミィアーノレティカを知っている。そして、私の説明した一端だけではあるものの、王家が暗殺組織に洗脳されていた、ということも知っている。

 

 全てを赦せるかどうかと言えばまた別だろう。愛しい、あるいは親しい人間を失った者もいる。

 だが、すべてを憎めるかと言えばそれもまた違う。

 

 その正体を知らなかったとはいえ、少なくない時間を共にしたラスカットルクミィアーノレティカ。彼女の家族。洗脳が起こる前まで、この国を正しく導き続けてくれた王家たち。

 

「当事者であるかどうか──それが決定的な違いでしょうね」

「……わかってますよ~」

 

 この事件の当事者であるかどうか、でいえば、ティダニア王国、ヤーダギリ共和国の両国民が当事者だ。

 私が言っているのは、あの秘密基地にいたかどうかの話。

 そして──自身が傷を負えたかどうかの話。

 

 傷というのは共有ができる。共通の傷というのは意識を繋げる。

 一つの敵を前にした時、同じ傷を持ってさえいれば、立場が違えども味方となれる。

 

「ですが……街がこうも陰鬱としていると、気が滅入ります」

「だったらトゥーナちゃんとお出かけにでもいってきたらどうですか~?」

「店の外はあの雰囲気で満ちているというのに?」

「別に都市の中だけじゃなくても、少し遠出するとか」

「……僕達はイルーナさんみたいに強くないんです。魔物にでも出くわしたらどうするんですか。それとも、冒険者の護衛をつけてデ……デートにいけと?」

「リコ君」

「……すみません。雰囲気に呑まれていたようです。イルーナ、すまない。余計なことを言った」

「いえいえ……先に言い出したのは、私ですから」

 

 ふぅむ。

 一般人への見解の甘さから露呈した「人間ロールプレイ」未熟者な私の意見で良いのなら、そうだな。

 

「今日はお店、正午で終わりにしましょうか」

「え……あっ、す、すみません! ちゃんとやるので!」

「ごごごっ、ごめんなさい~! もう喧嘩しないので」

「無理でしょう。このままお客様が来ても、雰囲気というのは透けるものです。ただ、正午に店を閉じて、その後の三刻ほどでピクニックに行きましょう」

「へ?」

「私、イルーナさん、リコ君、トゥーナの四人で。さて、そうと決まればお弁当ですね」

 

 この店の店主は私である。

 私の決定が絶対である。

 

 イルーナさんがアスクメイドトリアラーである、という事実はもう隠されていない。よって、大っぴらに護衛を頼むことができる。

 私も装飾品を使えばある程度戦闘ができると知られているので、そこも問題はない。

 

「リコ君とトゥーナに任せましょうか、お弁当は」

「いや、え、あ……いや、確かに料理はできますが」

「私はそこまで凝った料理はできないので、教えてくださいますか?」

「ははは、はい! 勿論です!」

 

 トゥーナの助け舟。

 ま、彼女も彼女で何か思う所があるのだろう。

 

 依存させる人間が減少したとか、いつまでもくだらないことに囚われていては自分の取り分が減るとか。

 

「ロケーションはどこにしましょうか。シスタバハルア丘陵……は危なすぎますかね」

「危ないが過ぎますよ~! ……待ってください、この辺りで魔物がほとんど出ない、出ても弱い魔物しかいない、それでいてピクニックに適した場所を洗いますから……」

 

 一般人の「人間ロールプレイ」未熟者な私の意見だけど。

 こういう陰鬱としている時は、気分転換に晴れ空の下で美味しいものでも食べるのが一番、なのである。

 

 

 

 

 ところ変わって風雨の故里(オルド・ホルン)

 十八日間の悪夢の間、ずっと勇者・魔王陣営専用の装飾品店をやっていた私は、ようやくの解放に疲れ切って……いたりは、勿論しない。

 疲労という概念は勿論「人間ロールプレイ」において重要なファクターだけど、使いどころは今じゃない。

 

「……以上が、王都ファーマリウスで起きた事件の顛末になります」

「惨敗ですね。これ以上ないほどに」

「……申し訳ありません」

 

 今私に報告を行っているのはネコメ。王都ファーマリウスに派遣していたマリオネッタの内の一体で、エメリア、タルコイザと共に活動していた魔色の燕。

 帰って来たのはネコメだけだった。

 

「このマイクという男に、ハウスト、ジェック……そして偽・魔色の燕。負けて負けて負けて、エメリアとタルコイザは破壊されて」

「……」

「然程期待はしていなかったが、まさかこの程度とは」

 

 マイクは私だから仕方がない。

 でも、その後に再起動を果たした彼女らは、何故か抵抗軍にいたハウストやジェックなる者達とも戦闘を行い、そして負けたらしい。殺されることなく「邪魔するんじゃねえ!」とぶん投げられたっぽい。そしてその後、偽・魔色の燕の蘇った英雄と遭遇、エメリアとタルコイザを破壊され、ネコメだけが逃げ帰った、と。エメリアとタルコイザの砕かれたコア破片は持ち帰って来たみたいだけど、こんなもの蘇生させてなんになるというのか。

 

 ……弱いなぁ。

 

「処分も沙汰もない。が、私に敵愾心を抱いている暇があったら、まず自身を高めることを優先しろ。マリオネッタだから成長できない──などと古臭い言葉を口にするつもりはないだろうな」

「必ずや、次こそは」

「退室しろ。その言葉は聞き飽きた」

 

 退がらせる。

 何か言いたげなネコメは、けれど何を言うことも無く退室し、去って行った。

 

 さて……次は、なんて思考を巡らせていると、シュルシュルと白蛇が寄ってくる。

 

「弱い奴は嫌いかい?」

「造物に好嫌なんてありませんよ。強い個体が欲しいなら初めからそう作っています。弱いマリオネッタに弱いという感想を抱いたまでです」

「なんで強く作ってやんなかったんだ?」

「元々戦闘用に作ったわけではない、というのが一点。何やら自己研鑽をしそうだったので、それに期待したのが一点。……あとはまぁ、私の設計思想くらい越えてくれないかな、という希望的観測が一点」

「求めすぎじゃないかい、そりゃ」

「そうですか? まぁ、そうだったからこんなに弱いのでしょうが」

 

 私の幻影を模し、けれど一個の人間として成長していく偽・魔色の燕。

 私の造物として生まれ、微々たる成長で何者にも勝てない魔色の燕。

 

 ……。

 トム・ウォルソンは私のやり方を尊敬する、などと言っていたけれど。

 やっぱり皮肉だったのかな、と。

 

「ただ、完全に見限っているわけではないですよ」

「へえ」

「アクロアイト。とある都市に派遣していた魔色の燕の一体ですが、数日前から行方不明で。行動を共にしていた二体がその数日間都市中、都市周辺も全て探し回って、けれど見つからなかった、と」

「そりゃまた……逃げたってのかい?」

「楽しみでしょう?」

 

 理由なんか知らない。

 その辺で偽・魔色の燕に負けて死んでいる可能性だって勿論ある。

 けれど、もし、何らかの理由で私の元から脱し、仲間たちに何も言わず、どこか遠くへと逃げ果せていたというのなら。

 

 ああ──果たして何を目的に。そしてどんな信念でそれを行ったのか。

 

「……ヤな性格してるね、アンタは。……本当に」

「子の成長は喜ぶべきもの、では?」

「アンタのそれは歩くことを覚えた赤子を放り出して、転ぶか転ばないかで賭け事をしてるような、悦楽にまみれた最悪だよ」

 

 それは正しい。

 だけど、転ぶか転ばないか、じゃない。

 

 歩けるか歩けないか、だ。

 私の糸を千切って自身の足で歩き出せたら及第点。さらにその先で輝きを見せたのなら合格。満点を取るなら。

 

「割り当てられた運命以上の働きをして見せてほしいものですね」

「……」

 

 たかが人形。されど人形。

 あのジュナフィスなる人形だって、同じ身であの強さにまで至っていたんだ。

 

 できるだろう、それくらい。

 

「……ま、アンタのそれは今に始まったことじゃないか。それより、ドロシーが話したいことあるって言ってたよ」

「話したいこと? ……直接話に来ないのはなぜですか?」

「今王都の復興作業に尽力してるからさ。ユート、レクイエム、ティア、ドロシーの四人は王都再建のために汗水垂らしてるよ」

「……戦争に興味はなくとも、復興は善、ですか」

 

 好きにしたらいいだろう。

 この十八日間で、彼らは神の眷属……つまりフォルーンの人形とマトモにやりあえるだけの力は手に入れた。使い切りの装飾品も多々あるけど、まぁ、なんとか、か。

 ユート・ツガーが魔法を覚えたのがかなりの進歩だ。教え方が良いのだろう。嫌い宣言されてから一度も会っていないけれど、ツァルトリグ・ヴィナージュという魔族が教師に向きすぎているのだと思われる。

 

 そうじゃなきゃ、魔力暴走体質で、且つ初めて使う「異能」が神の力の成り損ない……ギギミミタタママの劣化権能、なんて状態の人間がたった十八日で魔法を覚えられるものか。

 魔力を汲み上げるのだって相当苦労するはずだ。それを魔法という形に編むのは、この世界生まれじゃないと中々感覚を掴めないだろう。

 

 無論、ユート・ツガーの元居た世界に魔法があった、とかなら話は別だけど、魔力暴走体質を自覚できていなかった時点でそれはないだろうし。

 

 なんにせよ、ドロシーの話とやらが気になる。

 自分で会いに行く……のはアリ、かな? 戦後処理がどうなっているのかには一切の興味が無いけれど、王都ファーマリウスの「壊れ具合」については多少興味がある。

 あの時、オーリ・ヴィーエと「オーリ」はぶつかり合って消滅した。アンデッドの合成ゴーレム……合人演舞(ドレアム)、とか言ってたかな。あれを「余波」で破壊し尽くす衝撃だったのだ。当然その影響は余所にも届いているはず。

 

 監獄にいた奴は騎士ニギンが回収したみたいだけど、彼女もまたまだ王都から帰ってきていないし……処刑の時間も近いし。

 

「少し、嫌な予感がするねぇ」

「久しぶりですね。誰に、ですか?」

「……薄く、全体にかかるような予感だ。なんだろう……誰にとっても良くないことが起こる。そんな感じさね」

「留意しておきます」

 

 誰にとっても良くないことが起こる。

 良いじゃないか。それでこそだ。

 

 

 

 さて、じゃあ走って行こうか、と風雨の故里(オルド・ホルン)の淵、所謂出入口になっている場所に行けば、そこにアザガネがいた。

 

「どうかしたか?」

「ファーマリウスに行くのだろう? 拙僧も行く」

「自分で行けばいいだろう。ついてくる必要があるのか?」

「カカ、そうは言うがな。拙僧は長らくファーマリウスを離れていた。それが戦後になっていきなり顔を出してみろ。余計なことを勘繰られるのは安請け合いよ」

「……だとして、私と共に行く必要があるか?」

()()()()()()()()()()と言えば、誰もそれ以上は突っ込むまいて」

「その場合、私がお前の伴侶になるが」

「カカカ、明言しなければよかろう?」

 

 ふむ。

 まぁ、結婚をする、ということについて「オーリ・ディーン」ほど忌避感を持っているわけではない。それが「人間ロールプレイ」において必要なことであるのは知っているし、もっと言うなら結婚をしているだけで「人間感」が増す。「人間ロールプレイ」における説得力の底上げになるのだ。

 だから勘違いされるのは別に良いし、そのままゴールインでもなにも問題はない。

 

「わかった。だが、私の行軍速度についてこられるか?」

「余計な世話というものよ」

 

 ほーぅ。

 じゃあ結構な速度で走ってやろう。マリオネッタと違って、アザガネは元から英雄並み。それがどこまで力をつけたのか楽しみだ。

 

 

 楽しみだったんだけどな。

 

「……わかった。わかったわかった。カカ……拙僧が悪かった。もう少し……ペースを落としてくれ」

「シホサの剣士が聞いて呆れる。魔色の燕であれば疲労も知らぬというのに」

「……拙僧をアンデッドとして蘇らせればよかった話だろう。人間であるから……こうして疲れる」

「人間の身体は不便だとでも?」

「カカ、そうは言わんさ。疲労も痛みも生の証拠。その点で言えば、魔色の燕……あのマリオネッタたちにも痛覚を与えてやれば、向上心の育ちも良くなるのだろうが……」

 

 ほう。

 ……それは、確かにそうかもしれない。マリオネッタたちは痛みを覚えない。まぁコアを傷つけられたら意識が混迷することはあるだろうし、あるいはそれを痛みだと誤認することはあるかもしれないけど、身体のパーツのどこを破壊されたってノーダメージだ。

 それが良くないと。

 

「仕方ない。背負ってやる。乗れ」

「……ここで駄々を捏ねる権利が拙僧には無い、か」

 

 大の大人だ。大人の中でも高身長な。

 それを背負って、また走り出す。

 

「休息がてら、雑談に付き合え」

「む、拙僧に答えられる話であれば」

「ハウスト、ジェックという人間を知っているか?」

「おお、懐かしい名前だな。カカ、どちらも拙僧とは違う真っ当な冒険者よ。強さは然程でも無いが、弱者に優しきハウストと、規則に厳しいジェック。特にハウストとは何度も意見を違えたものよ」

「……ファーマリウスにはお前と同程度の冒険者が五人いたな。いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の三人を除き……その二人、ではないのか?」

「違うなぁ。確かにあの二人も強いには強いが、色々な部分が足りぬ。残りの二人は……む。なんと言えば良いか、クセの強い……拙僧が言うことではないが」

 

 全くだけど。

 ちなみにわかってて聞いていることだ。名前も顔も知ってる。

 だけど、印象というのはわからないから、アザガネに聞いてみたい。

 

「一人はウェイン。奴は英雄の名に相応しき男よ。強きを挫き、弱きを援け……だが、であるからこそ甘い。いったい何度助けた弱者に背を奪われたことやら。……が、同時に硬い。大人の腕、肘から先程もある刃物で背から心臓目掛けて一突きにされ、痒い、程度で済ませる男なぞ、拙僧はウェインくらいしか知らぬ」

「本当に人間か?」

「どうであろうな。何かしらの魔法、あるいは体質は有しているのだろう。奴が血まみれになっているところはみたことがないし、背を突かれた時もほとんど出血をしていなかったはずだ」

「……だが、此度のファーマリウスの騒動ではそいつはいなかったらしいが」

「奴のことだ、ヤーダギリ共和国へ向かった兵士に混ざっていたのだろうよ。奴は強きを挫き、弱きを援ける男だが……だからこそ、弱い者は全て自身の後ろに下がっていればいいと考えている節がある。此度も命令も聞かずに最前線で戦い続けたのではないか?」

 

 うーん。まぁ英雄っぽさはある。

 というか……狂戦士というか。カーヴィスにちょっと似てるかも。

 

「もう一人はティニ・ディジーという女傑よ。といっても見た目は可憐なガンバゼ……その実態はソーロルム。げに恐ろしき毒使い」

「冒険者なのかそいつは。暗殺者では?」

「カカ! 初めて奴を目にした時は、拙僧もそう考えたものよ。魔物を殺すのも毒、人を殺すのも毒。おかげで魔物の素材はほとんどが使い物にならず、賞金首は誰もが苦しんで苦しんで死ぬ……拙僧も外道の自覚があるが、あれは相当だな」

「まぁ、仕事ができるならなんでもいいのか」

「カカカ、そしてここからがこの話の一番面白い所よ。──なんとこの二人、婚姻関係にあるのだ」

「……反りが合わない、という段階に無いように思うが」

「うむ、拙僧もそう思う」

 

 恋人を通り越して婚姻か。

 正々堂々が好きそうな"英雄"と、裏をかくのが好きそうな"暗殺者"。

 組み合わせとしてはまぁ、まぁまぁ。

 

「お前の強者と戦いたい、という欲求は、彼ら彼女らには向けられなかったのか?」

「無論、向けたとも。まずいつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の三人。アレはダメだな。拙僧とは系統が違い過ぎる。特にエリという少女……アレは恐らく何かの加護下にあろう。アレは世界に一人は居なくてはならない存在。ゆえに殺意を持つことができない。そのような感覚を受けた」

 

 まぁ、対権能剣術は絶やしちゃならないからなぁ。

 

「ウェインとは何度か死合ったが……斬ろうと突こうと、"そうか"しか言わんのだ。こちらも飽きるというもの」

「お前が殺せなかった、と?」

「カカ、あまり言うてくれるな。だがそうさな、事実だ。首を刎ねる程の斬撃も、薄皮一枚を斬るに終わった。そもそもが頑丈なのは勿論としても、生物として考えられぬほどに硬い」

「ティニ・ディジーは……まともに戦うはずがない、か」

「ところがそうでもない。奴は暗器を扱うのだがな、勝負を挑んだら三日三晩戦ってくれた。──その三日目に、拙僧の身体が毒に負けたのだ。あればかりは紛う方なき敗北よ」

 

 へえ。ちゃんとアザガネを下した、と。

 それは……凄いな。

 

 中空長刀にばかり目が行ってたけど、あの時もっと探せばよかったのかも。

 

「さて、そろそろ拙僧も走るぞ。カカ、嫁だの伴侶だのと紹介するにせよ、夫が背負われていては格好もつかなかろう」

「出発と到着だけ走って中間を楽する、などと。馬鹿を言え、このままファーマリウスへ行く。どうせ世俗に興味は無いのだろう? 大人しく辱めを受けろ」

「むぅ……正論だが……拙僧は降り、ぬぅぅ!? なんという力で掴んで……ぐぬぬぬ」

「骨を折ってくれても構わん。肉を千切ってもいい。治す用意がある」

「こ、この……」

 

 なーにが格好もつかなかろう、だ。

 元から付いてないよ、そんなの。

 

 成長、楽しみにしてたんだから。そのがっかりくらい支払ってもらわないと。

 

 さて──ファーマリウスはどうなっているかな、と。

 

 

 

 ファーマリウスの門番に身分の証明をしたあと、私達が目にしたもの。

 それは。

 

「おお。流石人間。復興速度はかなりのものだな」

「……土木系の魔法使いは多い故な。カカ、戦闘ばかりが魔法の使い道ではない」

 

 そう、アザガネの言う通り、魔法使い全体を見れば戦闘職の魔法使いなんて微々たるものだったりする。

 大抵は魔術師協会で研究しているか、こうやって日常生活に己が能力を充てて貢献しているか、がほとんどだ。

 

 子供たちの一柱が意図的に「科学」を潰していなければ、あるいはティダニア歴であっても高度な文明を築くことができたかもしれない。

 

「それで、聞きそびれていたが、何をしに来たのだ?」

「それは此方のセリフでもあるが、私は魔色の燕の一人を探しに来ただけだ」

「拙僧は処刑を見に来た。お互い、何ら関係の無い目的の様子。ここで別れるか」

「ああ」

 

 処刑を見に来た、ね。

 そういえばアザガネって処刑関係の一族なんだっけ。そういう趣味嗜好があったりするんだろうか。

 

 別れてすぐ、アザガネは見えなくなる。隠形でも使ったのだろう。あの長身を隠すのは流石だけど、今のファーマリウスでそんなことしたら危ないんじゃないだろうか。ただでさえピリついているわけで。

 ……まぁ、知らないけど。

 

「……で、何用ですか?」

「いやフツーにこっちの台詞なんだけど。なんでアンタここにいるんだよ」

「ドロシーに会いに来ました。なんでも、あの子から私に用があるとかで。……レクイエムはどこへ? あなた達、いつもセットでしょう」

「俺じゃどーにもなんねー瓦礫の撤去中。魔法を覚えたっつってもまだまだ初心者だからな。大規模工事はレクイエムに任せるしかなくて、だから俺は昼飯の買い出しだよ」

 

 ユート・ツガー。

 珍しくレクイエムを連れていない彼が、手提げの籠を持ってそこにいた。

 

 

 ドロシーたちと同じ宿に泊まっているとかで、歩きながら話をする。

 処刑時間まではもう少しある。だから問題ない。

 

「……異世界ってすげーよな、フツーに」

「何がですか?」

「いやー、俺の世界だとさ、こんだけ街が壊れてたら、専用の職業の奴が来るまでどーにもなんねーんだよ。勿論住民たちで瓦礫退かしたり泥掻き出したりはするぜ? でも、大掛かりなことはできない。二次災害があるし、善意の行動が誰かの死を呼ぶこともある。あとそんなに身体が強くねーってのもあるか」

 

 ユート・ツガーの見ている方向。

 そこでは、まだ幼子の域を出ない少年が木材を持ち上げ、その隣で青年が土台の施工し直しを行い、老婆が少年の持ち上げた木材を青年の整えた土台の上に組み上げ直している……そんな場面があった。

 また別の所では、老人が金属製の柱を一度溶かしてから強固な柱に鍛造し直し、女性が鍛造されたその一本一本を精査、少しでも狂いがあれば切断、周りの人間は切断された切れ端を老人のもとに集めて材料に……というようなサイクルを築いている。切れ端とはいえかなりの重量であるそれを、二個も三個も、四個も五個も担いで、文句も言わずに次を待つ。

 

「全員にやれることがある。……すげーよ、異世界」

「……人々が使える魔力には幅があります。扱い慣れているかどうかにも差が出ます。であるにもかかわらず、人々がああして一致団結し、復興を行っている……その理由。わかりますか、ユート・ツガー」

「できるから、だろ?」

 

 はにかみながら、彼は言う。

 

「できるからやってんだ、あいつらは。……俺の世界の人たちだって、できる力があったらやってたさ。だからこそスゲーって思う。俺に力を与えてくれた神様にしてもそうだけど、この世界を創った神様って奴は、めちゃくちゃ良い奴なんじゃねーかなって。誰にでもチャンスをくれるすげー神様だ」

「……この王都がめちゃくちゃになったのも神が与えた魔法や力のせいでしょう」

「そんなもん使い手次第……っつーと、そうか。神様は包丁を用意しただけで、料理に使うか殺人に使うかは人間次第。包丁を用意した神様は別に良い奴じゃねーってか」

「あなたの理論ならば、そうでは?」

「んー。……でも、何にもしない神よりは絶対良い奴だろ。この世界が更地じゃねーってのが良い証拠だ」

「別に否定をしたいわけではないのですが、どうして神をそんなに善なるものとして扱いたがるのでしょうか。一応、あなた達はディモニアナタ、トゥナハーデン、マイダグンを敵と見做している……のでは?」

「それも、よくわかんねーんだよな俺は。俺の世界じゃさ、宗教ってのは乱立してた。生まれ変わりの有る無しも、死後の世界がどんなところかも、宗教によって違うんだ。死後の苦界……だっけか。それみたいに死んだら善悪問わず寒くて苦しい真っ暗な場所に閉じ込められる、って宗教もあれば、善行を積めば天国っつー楽園、悪行を積めば地獄っつー苦界に送られるってのもあった。つーか割とそれが主流だった」

 

 人間らしい宗教だ。

 だってそうしておけば、治安が良くなる。死後に苦しみたくないから悪行をしない。どころか善行を積む。人間、だれしも苦しみを嫌う。アザガネに始まる(くる)(びと)は除外するにしても、大抵の人間は死後の安寧を求めて悪いことをしようとは思わなくなる。

 凝った設定でもなければ、大体はそうすると思う。違う場合は、この世界のように結果の方が先にある場合。とはいえ死後の苦界は人々に全く知られていないんだけど。

 

「善行を積めば死後の安寧に行ける、って騙してるから、神を殺したい。……発想の飛躍に思える。そりゃあのディモニアナタとかいうのの所業はゆるせねーけどさ、トゥナハーデンのことを街の人に聞いて回ったら、なんかすげーじゃんか。豊穣の神なだけあって、人々の生活を潤してる。マイダグンもそうだ。薬学の発展はマイダグン無しには語れない、って程ちゃんとやってる。……それを……騙してたから、ってだけで殺す、ってなるのは……なんだかなぁ」

 

 死後の苦界を経験していないが故に出る言葉か。

 あるいは、その宗教観から来るものか。

 

「私が言うことでもないように思いますが、協力関係にある者との認識の齟齬や、目的への情熱に差異がある場合は、早めに正しておくといいですよ。どこか……どこか、最も重要な場面でどうしようもない亀裂になりかねませんから」

「ん。アンタも大概良い奴だよな。ずーっと悪ぶってるけど、ずーっと面倒見てくれてるし」

「どう受け取って頂いても構いません。……あそこですね、あなた達の宿は。位置は覚えました。私は他にやることがあるので、失礼します」

「おう。……ま、あれだ。そのやることが終わって、暇だったら昼飯か夕飯食いに来いよ。腕によりをかけて、すげー飯作ってやるから」

「善処します」

「それ来ない奴だなぁ……ってこれ異世界でも通じんのか?」

 

 法律ありき。治安ありき。規則ありき。

 人々を律することありきの、宗教観。

 

 ユート・ツガーの世界に神はいなかったのだろう。少なくとも感じ取れるような恩恵を齎す神は。

 神のいない世界。神の過干渉しない世界。

 

 ……いつか、次か、その次か。どこかの歴史で、やってみるのもいいかもしれない。


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