神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「皇子八人と姫一人のハーレム達成! 恋情の神として感慨深いよウチは! ……これから取り合い奪い合い騙し合いの愛憎劇が……ふふふふふ」

 消す。

 全てを。世界中のありとあらゆる全てを。

 そうして残るのは、目に見えない水晶玉と、私の立つ厚みの無い円平面だけ。

 

「……いつまで経っても加減を弁えない、か。クロウルクルウフを見習え」

 

 行うのは修繕だ。

 水晶の罅は仕方がない。というか簡単に割れるように私が作った。そうしなければ見ることができないから、と。

 ただ、綻び……水晶玉の表面の穴に関しては、全く別の話。

 抜錨の神ギギミミタタママ。あるいは"無"。そしてあるいは、自決。

 これらの要因で開く穴は、けれど修繕できる存在が私しかいない。無論、ギギミミタタママや神々の自決で「そうなるように」したのも私だから、そこを叱るつもりはないんだけど……。

 

 加減をね。覚えてね、と。

 彼女を作った時に言ったんだけどな。

 

 はい、終了。

 ──全てを戻す。

 

 おかえり、世界。

 

 

 

 

 秘匿の都というのは、どの国にも属さない中立地帯──つまり世界の中心付近にある。

 世界の、というと分かり難いだろう。大陸の中心と言った方が伝わりやすいか。

 大陸にはその中心も中心に「大陸の臍(レヴェン ラトナニスノック)」という巨大な泉があり、その周囲に国に属すことのない街や施設が集まっている。

 それはたとえば総合医療殿だったり、魔術師協会本部、冒険者協会本部、古代文明研究学園、交易認定所……などなど、様々。

 秘匿の都はそんな「国に属さない公共機関」の中で街としての機能を有する場所で在り、古代文明研究学園と並んで生活のできる場所となっている。他の場所はまぁ……できるといえばできるけど、要するにビーカーにコーヒーを淹れてソファで眠るとか、職員の生活スペースはあるけど利用者のスペースは無いとか、そういうこと。

 

 また、それぞれに奉る神がきっぱりと決まっていて──総合医療殿だけは最近増えたけど──、魔術師協会であれば美芸の神ノットロットと深理の神メイズタグ、冒険者協会であれば流離の神フォルーンと奇跡の神ゴルドーナ、古代文明研究学園であれば言語の神セノグレイシディルと埋没の神イントリアグラル、交易認定所であれば契約の神トゥルーファルスと裁判の神エレキニカ、といった具合。

 そんな中で、秘匿の都は勿論秘匿の神ヒシカを奉り、もうひと柱が祝福の神リルレル、となっている。

 これら神々が何故各施設に対応しているのか──というのはいつか述べるとして。

 

 秘匿の都がなぜ秘匿の都と呼ばれているか、の方から話してしまおうと思う。

 

「あ、私知ってますよ~。一聴すると秘密主義者だらけの都に聞こえますが~、本当は、歴史上でいろ~んな国の亡命者がこの都に来て、それを匿って広がっていった、って事実からなんですよね~」

「はい。今でも秘匿の都は亡命者や難民を受け入れていますが、ヒシカの加護のおかげ(せい)で"本当に求めている者"でないと秘匿の都を見つけられません。あの都へ行って悪事を為そうとか、人間社会が嫌になって移住したい、とかだと決して辿り着くことはできないんです」

「……私達は大丈夫なんですか~?」

「ええ。秘匿の都に入るもう一つの手段として、内側から招いてもらう、というのがあります。今回はそれを使いました」

 

 嘘は言ってない。

 ヒシカが招いたんだし。

 

「店舗の用意もできていますから、まずは挨拶回りですね」

「どんな人がいるか楽しみですね~」

「とりわけ特別な人間がいるとかではありませんよ。……まぁその歴史の事実から見て、特別な血筋の人間は多いでしょうが、皆特に気にせずやっています」

「行ったことあるんですか~?」

「今回もそうですが、秘匿の都に住む知人の招待で、何度か」

 

 さて──見えてくる。

 巨大な霧のドーム。向こう側がまるで見えないそこは、けれどある意味で「丸見え」。秘匿という割に秘匿されていないじゃないか、なんて慢心して霧に突っ込んだが最後、心の底から出たい、もうやましいことは考えない、という改心をするまで霧中から出られぬ迷霧仕様。

 

「ではイルーナさん」

「はい~?」

 

 足を払って、姫抱きにする。

 

「!??!??」

「手を繋いでいても迷う、で有名ですので」

「いえいえあのあの、私一応アスクメイドトリアラーで、今の足払い見えなかっ……」

「身内相手ですから、油断していたのでしょう。行きますよ」

 

 私が「ある程度戦える」というのはもう隠していない。

 その「ある程度」がどれくらいなのかをイルーナさんは測りあぐねていることだろうけれど、それはそっちの問題だから。

 

 ではでは、久しぶりの秘匿の都へ──と足を踏み入れんとした、その前に。

 

「──お久しぶりですな、お嬢様」

秋伏(あきふし)? 出迎えは良いって言ったのに」

「万一迷われても困りますから。……そちらが、お嬢様と共に働いている方、でよろしいのですね?」

「は、はい。イルーナと言います」

「そうご緊張なさらずとも結構ですよ。さて、では、どうぞ。──歓迎しますよ、お二方。秘匿の都へようこそ」

 

 もわーんと霧にトンネルが開く。

 わざわざ直通路を作ったのか。

 

 にしても……結構様になっているじゃないか。

 

 ヒシカの「人間ロールプレイ」。セノグレイシディルもユート・ツガー相手にやるらしいし、うん、本当にどんどん広がっている。

 負けていられないね、これは。

 

「お、オーリさん、お嬢様っていうのは……」

「ああ、それは」

「私が以前、オーリお嬢様の父君であるブリヴェット様に命を拾われ、その後少しばかり仕えていたことから、誠に勝手ながらそう呼ばせていただいております」

「え、でもオーリさんって」

「一般家庭の出身ですよ。父親も一般人です。ただ、秋伏がシホサの国でやんごとなきお方に仕える一族の出だったとかで、勝手にこうなりました」

 

 これは改変とかしてないので、もしアザガネやトガタチが「いやシホサにそんな一族は無いが」などと言えば終わりの嘘である。

 あるが──まぁ、秘匿の神の性質上、それがバレることはないだろう。

 

「イルーナ様は、秘匿の都は初めてですかな?」

「様だなんて、私はただの従業員で~」

「これは失礼を。ただ、他者に敬称をつけるのは私の癖のようなものです。どうかお許し願いたい」

「わ、わかりました~。……それで、そうですね~。泉に近づくのも初めてで、ここへ入るのも当然初めてで……少しわくわくしてますよ~」

「あまり期待し過ぎない方が良いですよ。本当に普通の街なので」

 

 霧が、少し晴れてくる。

 明かりが入ってくる。

 

 年がら年中霧に覆われているんだ、湿気だらけのどんよりとした雰囲気の都を想像するかもしれないが──実際のところは。

 

「さて、つきました。──秘匿の都。その名をアシティス。これもまた秘匿された名ゆえ、知る人はこの都の民ばかりですが、皆誇りを持ってこの名を使っております」

 

 アシティス。

 意味は「ありのままで」、だ。

 

 もう身分を偽る必要はない。もう嘘を吐いてやり過ごす必要はない。

 先程「秘密主義者しかいないように聞こえる」と述べられていたけれど、その実真逆も真逆。

 

 正直者ばかりの都。それが秘匿の都アシティス。

 ──魔法によって常に明るさの保たれる、白夜の都。初めて訪れた者は必ず時間差に酔うとまで言われている極昼の都なのである。

 

 

 さて、用意された店舗の内装を整え、商品を置いて、すぐに商売開始……とはならない。

 手続きが必要だし、挨拶回りも重要だ。「人間ロールプレイ」において挨拶回りを欠かすことは最悪の立ち回り。世界の記録にもそう書いてある。ただし戦時下を除外する。

 

「イルーナさん、私は行政の方へ行ってくるので」

「お店のこととか、必要ないとは思いますけど、周辺の()()とか、やりますね~」

「はい、お願いします」

 

 護衛、という仕事は忘れていないイルーナさん。

 大規模な"改変"だったけど、うん、完全に馴染んだみたいでよかった。

 

 手続き関係が終わったら……従業員をもう一人誰か見つける、くらいはしようかな。休日制度を維持するなら、イルーナさん一人になってしまう日が出て来るし。

 なんにせよ、やることは山積みだ。

 良い日々にしよう。今日一日からの、終わりまでを。

 

 

 

 

 剣戟が鳴り響く。

 身の丈をも超える大剣と、身の丈にあった長剣。

 打ち合い。重ね合い。弾かれて尚軸足を使い、体術を使ってさえ届かない。

 

 結果から言えば──。

 

「……参りました」

「おう。もっと鍛えろ、若造」

 

 風雨の故里が天空城。その一部区間にある練兵場。

 行われていたのはアルフとレインと模擬戦闘だ。というより、稽古だが。

 

「……いや、マジで強いのな、アルフって」

「今更でしょ。剣の腕だけでいえばこの場にいる誰よりも上だよ」

「つったって魔力を使われりゃ負ける。あくまでオレは剣の腕だけなんだよ」

「充分だと思うのだがな……」

 

 一段落したのである。

 何がって、王都のアレソレが。

 不満は溜まりに溜まっているから、冒険者は居心地が悪くなって早々に他の国へ行ったし。

 復興も迅速に行われて、「見返りは要らないから」とそちら側を手伝っていた冒険者も皆いなくなったし。

 行く宛の無い六人はこうして風雨の故里に戻って来たし。

 

 シルディアとレインもまた手持ち無沙汰だった。政治的なことはニギンがやるので、単純戦力の二人は今はあまり必要とされていないのだ。

 

 だから、稽古。

 

「おっし、アルフ。次は俺とやろうぜ」

「そう来ると思ったぜ。オレは気骨のある若造は好きだからな、付き合ってやる」

 

 剣の腕の話をするならば、ユートは最底辺もいいところだ。レクイエムより使えない。

 彼の元の世界で剣を使うことなどほぼなかったわけで、当然……なのだけど。

 

「疾ッ!」

「っとぉ、いきなり突きか!」

「俺が活かすべきは長所! 一朝一夕に技術が伸びねえんなら、できることをやるしかねぇ。だろ?」

「わかったようなクチを利くじゃねえか坊主。だがその通りだ、てめぇの得意なモンで来な!」

 

 ユート・ツガーの最たるはその圧倒的なまでの身体能力である。

 勇者であるから、だけではない。彼曰く『パッシブスキル』なるものが働いているらしく、それが彼を果てしなく強くしている。

 だからセンスなんてない彼でも、暴力でなんとかできる。できてしまう。

 そんな荒削りにも程があるものを整えるのがアルフの役目だ。かつての指導者。彼はその能力を遺憾なく発揮して、戦いの中でユートを成長させていく。

 

 ……といった感じの武力組とは打って変わって、静かにツァルトリグ・ヴィナージュの講義を聞く魔力組。

 

「つまりですね、魔王様の魔力の込め方には無駄があるんです」

「言われなくてもわかってるし、わかっててこうしてる」

「その理由は?」

「使いやすさ」

「神々との戦いで、本当の本当に疲弊しきった時、微かしかない魔力をどうにかするしかない、という状況で、その言葉を吐けますか?」

「そういう状況にならないための準備期間だよ」

「……」

「……」

 

 静かは静かである。

 水面下でバチバチしているだけで。

 

「ヴィナージュさん、少し質問してもいいですか?」

「構いませんよ。どうされたのですか、ティアさん」

「私の聖霊の小路もどうにか魔力削減できないですかね」

「……固有魔法においては、魔力削減をするより使い勝手に任せた方が良いです。下手なことをすると、聖霊の小路が途中で雲散霧消する、ということも考えられますから」

「それについてだけど、ちょっとした小細工があるんだ。マトラトって宝石を知ってるかな」

「マトラト?」

「うん。赤と黒の美しい宝石なんだけどね。アレは無尽蔵に魔力を貯め込んで、有事の際にはそれ自体を爆発させて攻撃することもできる……って宝石なんだ」

「……成程。加工の次第によっては、魔力タンクになり得る、と?」

「宝石細工は専門外だから、彼女に頼ることになるけど」

 

 彼女。

 珍しく今日はいない、魔色の燕の長。

 

「どの道材料が必要になるだろうから、マトラトを掘ってくるといいよ」

「ん? なんだ、どっか行くのかー?」

「耳聡いにも程があるでしょ、ユート。……マトラトって宝石が必要で」

 

 レクイエムが簡易な説明をすれば、ユートはポンと手を打つ。

 

「ああそれ、俺が断った奴じゃねえか」

「断った?」

「この首飾りの前にさ、確か『メトリカの腕輪』だったかな、それを提案されて。あん時は保存限界値が無いって言葉がどうにも信じられなくてこっちの『クルクスの首飾り』にしたんだけど、必要だったら俺が買ってくるよ」

「じゃあ、お願いしてもいい? お金は出すから」

「いやいいっていいって。ティアたちにはいつも世話になってるし、なんだかんだいって俺めっちゃ金持ってんだよな」

「……ユート・ツガー。今更お前を疑うことはしないが、なぜ大金を? 根無し草の冒険者だろう」

「神様から"この世界じゃ何かと入用になるし、初期資金は必要よね"って言われて渡された」

 

 額を揉むのは魔族組と騎士組。

 神だからといって、そう簡単に貨幣を製造されてたまるか、という気持ち。

 

「アルフー、ついでだし買い出しもしようぜ。お前の使ってる道開いてくれよ」

「ああ、構わねえ。お前ら今日の夕飯は何が良い。オレとユートが行くんだ、リクエストを受け付けるぞ」

「肉!」

「野菜多めでお願いします」

「私は……ある程度香辛料が効いていればなんでもいい」

「んー、そうねえ。久しぶりに魚を食べてみたい気持ちはあるけれど……あの都市に売ってるのかしら」

「OK、バラバラだな。俺たちの作りたいモン作るわ」

「えー」

 

 ならなんのために聞いたんだ、と非難轟轟。

 それをガン無視して、ユートとアルフの二人は「通路」へと入るのだった。

 

 

 その「通路」の中で、ユートが唐突に話を切り出す。

 

「アルフ。お前ってさ、中身爺さんだろ」

「……何を」

「ああいや、そう殺気立つなって。……話しててわかるよ。死んだ爺ちゃんにそっくりなんだよ。言葉もそうだけど、何よりまなざしが」

「……」

「特にシルディアとレインを見つめる目が、孫を見るそれだぜ?」

 

 ケラケラと笑うユートは、疑っているのではないのだと確信させる目をしている。

 断定している。皆の前で言わないのは、それをアルフが隠したがっていることを知っていたからだろう。

 

「……まぁ、そうだな。あン? なんだ、言えるのか」

「言える?」

「言論操作の契約ってのがワシにはかかっててな。……なんだ、何もかも言えるじゃねえか」

「あーっと……呪い的な」

「そうだ」

 

 契約と呪いは少しばかり違うけれど、それを説明するのが面倒だから、アルフは肯定を返す。

 

「なら、今なら言っちまうべきだな。──おい、ユート。これをレインとシルディアに言うかどうかはてめぇに任せる」

「お、おう?」

「ワシの名はアルゴ・ウィー・フランメル。騎士団の汚点。騎士団の裏切り者。謀略によってレインとシルディアを殺し合わせた──その張本人だ」

「……」

「元はてめぇの言う通り、老いぼれだがな、あのクソ女の魔術によって肉体の年齢を改変された。自分でも気色の悪いことだと思ってるさ。殺し合わせた奴らと家族面してんのはな」

「……クソ女、ってのは、魔色の燕の長でいいんだよな」

「ああ。大監獄『アルムヴァルス・エクスタク』に収容されていたワシを連れ去り、こんな状態にした」

 

 それを聞いて、ユートは。

 

「まさかとは思うけど、今俺に裁けって言ってるわけじゃないよな」

「好きに捉えろ、若造。……だが、ワシは知っての通り感情結晶の所有者だ。感情結晶の所有者の末路は必ず邪悪に落ちるとされている。元来が邪悪であれば、それがどうなるかはわからんが……危険因子であることに変わりはねぇだろ」

「うーん。まぁ俺の一存で決められることじゃねーし、言えるようになったんなら二人に直接言えよ。許す許されないはアイツら次第だろ。命絡みは特にな。……呪い? で、また言えなくなってたらそん時考えてやる。んで、俺からアンタに言うことは特に無い。俺は転生者……っつーと微妙……転移者? いやでも死んだしな……。まぁ特殊な事情があってさ、俺も元の俺じゃねーんだわ」

 

 これまたあっけらかんと、ユートはそれを言う。

 

「異世界で俺は一回死んだ。その魂を神様が拾い抜いてくれて、今の俺がここにいる。赤ん坊からやり直した、とかじゃねーけど、確かに積川結人は一回死んだんだ。そんでこっちの世界に来て、勇者なんてけったいなもんをやってる」

「そうか。お互い、数奇な人生だな」

「そりゃそうだけど、そう言うことが言いたいんじゃねえよ爺さん。アンタももう一回は死んでるってことだ」

「……」

「アルゴ・ウィー・フランメル、だっけ? 騎士団の汚点。騎士団の裏切り者。謀略でシルディアとレインを殺し合わせた黒幕。……それ、どこにいんだよ?」

「だからワシが」

「いーや、違うね。アンタはアルフだし、騎士道精神をちゃんと持ってるし、シルディアとレインを孫みてーな目で見る爺さんだ。末路が邪悪? 知らん知らん。つーかいいだろ別に。末路が邪悪でも、道中が良い奴なら。今必死こいて俺たちを鍛え上げてくれてて、俺たちを守ろうとしてくれてて、それの最期が邪悪に落ちるっていうんなら、じゃあ俺が止めてやるよ」

 

 ユート・ツガーは──笑う。

 

「知らねえのか? 俺は魔王を改心させた男だぜ?」

「……そうだったな」

「ま、レクイエム側に変わりてえって意思があったのがでけーけど。アンタにはねーのかよ、邪悪になんかなりたくねーって意思。二度もあの二人を危険にさらしたくないって意思はさ」

「危険にさらしたくない、なんて高尚な想いはねぇが、感情結晶なんてモンに振り回されてやるつもりは無い。……ち、若造が。知ったようなクチを利きやがる。てめぇこそ本当は何歳なんだ?」

「死んだときと年齢変わってないから十九歳だな」

「嘘吐け。そんな達観した十九がいてたまるかってんだ。本当は三十か四十か、あるいは六十とかだろう」

「お前言って良いことと悪いことがあるだろ! 俺は正真正銘十九歳だっつの!」

 

 通路に光が差す。

 出口が近い。

 

「……んでも、気になることは一つあるんだよな」

「なんだ、ジジイ」

「ジジイじゃねーって。……なんで魔色の燕の長は、アンタを少年にして、言論操作の契約なんてものをかけたんだ? どういう意味があったんだろう」

「知らねえなぁ、あのクソ女の事情なんざ。大方、最後の最後でワシの正体をバラして、ワシとシルディアとレインを使い物にならなくさせるとか、そんなだろう」

「必要あるかぁ? あの人超強いだろ」

「だから知らねえよ。大馬鹿野郎には大馬鹿野郎の考えがあるんだ、ワシらに説明できるモンでも、理解できるモンでもねーよ」

 

 気付かない。

 彼らは最後まで気付かない。

 

 もはや誰も「魔色の燕の長」の名を思い出せなくなっていることに、気付くことはできない。

 

 これが"改変"だと──神々でさえも、気付けないことである。

 

 

「いらっしゃいませ……? ……ええと、ここはオーリ装飾品店といいまして……その、店内にある商品はどれも些かばかり高級で」

「金ならある。身なりでわかるだろう、それなりに良い家の出身だ」

「これは失礼をしました」

 

 アルフは少年。そしてユートも十九歳ながら十四歳程度に見えておかしくない容姿をしている。

 子供二人での装飾品店の入店は、困惑させても仕方がない。だからアルフもユートもそんなことで怒ったりはしない。

 

「あれ、店主の人いないのか」

「ええ、今は長期出張中でして。……店主に何か」

「ああ違うんだ、前に紹介された装飾品が欲しくて……って、あ、そうか。あん時俺フード被ってたから」

 

 接客に来たリコティッシュに分かりやすいよう、ユートは目元を手で隠す。 

 二、三秒が過ぎて。

 

「ああ! 『クルクスの首飾り』をご購入いただきましたお客様ですね?」

「そうそう! それでさ、あん時出してくれた『メトリカの腕輪』が今更必要になったんだけど、まだ残ってるか?」

「ええ、在庫がありますよ。今取って来ますね」

 

 そう言ってバックヤードに戻るリコティッシュ。

 話が通じて、というか覚えていてくれて助かった、というユートと……しきりに周囲を見渡しているアルフ。

 

「どうした爺さん」

「今はやめろ。面倒になる。──は……ああ、──の──が復活してやがる」

「人前だからか? まぁすまん、揶揄った」

「……この店、妙だ」

「何が?」

「どれもこれも最高級のアクセサリー……にしちゃ、防犯の用意が最低限過ぎる。強盗にでもあったら損害額は計り知れんぞ」

「あー……本当だ」

 

 魔法が多少わかるようになってきたユートが注意深く周囲を見渡せば、防犯機能……侵入者撃退用と思われるランプがいくらかあるだけで、それ以外に対策はされていないように見えた。

 こんな高級品を置いていて、手薄にも程がある。

 

「お店の守りであれば、専用のガードを雇っているので問題ありませんよ」

「ッ──」

 

 飛び退こうとして、周囲の商品の価値からそれをやめるアルフ。

 声は背後。垢ぬけない、町娘、といったその声は。

 

「あーっと、ここの店員さん?」

「はい。従姉のオーリに代わりまして、臨時店長を任されておりますトゥーナと申す者です」

「……ッ、く……」

「お連れ様は……体調が優れないようですが、大丈夫ですか?」

「ん、ああ。大丈夫かアルフ。顔真っ青だぞ」

「……大丈夫だ」

「気分悪いなら外出てていいぞ。支払いとか全部やっとくから」

「いや、いい」

 

 警戒、だった。

 完全な警戒。確実な警戒。

 

「お待たせいたしました。……と、トゥーナさん。おかえりなさい。サラフェニアさんとの交渉は」

「はい、上手く行きました。それより、接客を」

「そうですね。ではこちらが『メトリカの腕輪』になります」

「ん、助かる。代金は前と同じでいいか?」

「はい」

 

 恙なく行われる会計。ユートは目的のものを手にし、物品をちゃんと確認してから踵を返す。

 青い顔をしたアルフをここに居させるのはあまり良くないと判断したがためだ。

 

「ありがとうございました」

「ああ、またなんかあったら買いに来るよ。ありがとうな」

「またのご来店をお待ちしております」

 

 店を、出る。

 出て──出た瞬間、アルフは強い力でユートを市場の方へと連れていく。

 

「お、おい! どうしたんだよ、()()()()()()()()()()?」

「ああ。空腹で死にそうだ。すまんな店員、臨時店主。オレ達は食いもん買いに行く」

「ええ、いってらっしゃいませ」

 

 空気を読んだ発言に合わせて、それはもう迅速にその場を離れる二人。

 かなり。

 

 

 かなり、遠くまで来て……ようやくアルフが溜息を吐いた。

 

「どうしたんだよ、アルフ」

「あの女。トゥーナ、とかいう女。オレ達が見えてなかった」

「……盲目ってことか?」

「馬鹿言え、それだったら焦らねえ。──つけてるだろ、オレ達は。特定の奴から見えなくなる装飾品を」

「……本気で言ってるのか、それ」

 

 思い起こせば、確かに。

 言葉は交わせていたけれど、焦点は合っていなかったようにも思う。

 

「どう見ても人間だった。……人間に神が紛れるとか、そんなのアリかよ」

「神だからな。どうとでもなるんだろう。……あそこはオレ達のホームにも近い。後で二人にも言ってやらねえと」

「……」

「なんだ、今結構緊迫した状況だぞ。ニマニマしやがって、緊張感のねぇやつだな」

「いやぁ? やっぱりアンタはアルフなんだな、と思ってさ」

 

 トス、と。

 二人の間。目の前にあった樹木に、矢が突き刺さる。

 一気に臨戦態勢になり、身をかがめる二人。

 

 矢には……文が巻き付けられている。

 

 毒や二射目を警戒しながら、矢を取るユート。

 そこには。

 

「……"私、リコティッシュさんと結婚するので、余計な動きをしないでもらえると助かります。特にあなた達に何かをするということはないので、普段通りで"……らしい」

「神が人間と結婚する? 馬鹿言え、ブラフに決まってる」

「そうね。ブラフよブラフ。トゥーナは私と結婚するんだから」

 

 また、気配が無かった。

 そして声のした瞬間に感じ取れた、その複雑怪奇な土の魔力圧。

 

「魔物……!」

「そうね。けれど安心してちょうだいな。人間に危害を加えるつもりは無いの。私はただトゥーナさんと結婚して、あわよくばまぐわいたいだけ」

「……ん?」

「聞こえなかったかしら。じゃあもう一度言ってあげる。分かりやすい言葉もつかってあげる。私はね、魔物だけど、他の人間には興味が無いの。私はトゥーナさんと結婚したい。結婚して、交尾がしたい。だからトゥーナさんに余計なことをするのはやめて」

「ん……?」

「もう、耳の悪い子ね。もう一度」

「ああいやわかったわかった。トゥーナって店員が好きで好きで仕方がない。あってるか?」

「ええ」

「OKだ。──アルフ。市場で食材買って帰ろう。多分そろそろ俺たちの処理できる情報量を超える」

 

 この魔物は強い。

 負けはしないだろうが、どちらかが手傷を負う。それが見えていた。

 

 だから撤退。あと言ってることが怖いので撤退。

 

「アルフ?」

「……おう。……おう」

「よし、担いでやるよ。じゃあな、サラフェニアさん。アンタの恋路、上手く行くことを願ってるよ」

「あら、優しいのね。でもごめんなさい、あなたはあまり好みではないわ」

「なんかフラれたけど、うん、じゃあな!」

 

 アルフを担ぎ上げ、市場の方へ猛ダッシュするユート。脇目は振らない。

 

 知っている。ユートは知っている。

 

 ──関わらない方が良い奴ってのは、ちょっと言葉を交わせばわかる!

 

 

 なお、トゥーナとサラフェニアがしてきた「交渉」とは、ひと月に三度トゥーナとサラフェニアが交わる代わりに、あの店の守護をサラフェニアが行う、というものであった……なんて情報は、知る由も無ければ知る必要もない話である。

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