神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
世界は完全であってはいけない。
綻びが無くては世界とは言えない。
完全であるものは進めない。完璧であるものは変われない。
だから私は、この世界を壊れやすくした。
無に浮かぶ水晶玉。リソースとコアなくして作られたその箱庭は、決して永遠ではない。
巡る。巡る。巡る。
世界は無限ではない。
アシティス生活一日目。
従業員を見つける、といっても早々見つかるものではないし、まずは私とイルーナさんの地盤固めから……と思っていたら、どうやらヒシカが大体の部分を整えていてくれたらしく。
店舗だけではなく家……といってもアパートメントハウスだけど、それらさえも用意されていて。
家探しも「人間ロールプレイ」の一環なんだけどなぁ、とかなんとか考えながら、「オーリ・ディーン」の生においては久しぶりの家……店に住んでいた私の、店にいない時間、というものを手に入れた次第。
ちなみにイルーナさんは隣の部屋。彼女は一応私の護衛で、そのあたりも汲んだのだと思う。
ただ、装飾品店でやることはほぼ変わらない。
新作を作る、オーダーメイドを受け付ける。それだけだ。元から営業をしてこなかった店だから、人気の出る出ないはあんまり関係が無い。
ただ、魔術師協会や魔法薬店には顔を出す。競合他社……というかなんというか、内容が色々被っているので。
「挨拶ですか? これはどうもご丁寧に。けれど、あんまり必要ないですよ。だってほら、
「ああ、そういえば」
「ここにいるのは本部からの通達なんかをギルドやらなにやらに伝達する役目を担う職員だけで、魔術を研究している人もほんの少数、魔術を頼りに来る人も一握りです」
「そうなんですね」
「だから、装飾品店でしたっけ。どうぞどうぞ、好きにやってくださいな。ここの人の生活が潤うのなら、なんでも大歓迎ですよー」
少しイルーナさんに似ている、というかほんわかとした女性。
言葉に偽りなし。魔力操作もあまり得意ではないようで、彼女は本当にただの受付……事務員らしかった。
「あ、そうだ。知ってます? 最近魔術師協会で噂になってるんですけど、音を遠くに届けることができる装置が開発されたとかなんとか」
「ええ、知っていますよ。ただ一般に出回るのは相当先かと……」
「そうですかー。そういうのがあれば便利なんですけどねー」
チラチラと。
いや作れるけども。私がそれを流通させるのはちょっと。
人間がちゃんと頑張って作り上げたものなんだから、試行錯誤、ブラッシュアップが何度も重ねられてようやく、が良い。
「なんて、ふふふ、これは圧掛けとかじゃないのでー、自由にしてくださいね。秘匿の都で腹の探り合いなんて誰もしたがりませんからー」
「はい、ありがとうございます」
じゃあやるなよ、とか。
まぁまぁまぁ。
次、魔法薬店。
魔法薬店は結構数がある……というのも、コトラさんの魔法薬店レベルの魔法薬を作れる薬師がいないようで、それぞれの店でそれぞれに特化してようやく、みたいな発展を遂げているようなのだ。ラスカットルクミィアーノレティカのような天才は除外するにしても、そもそも老齢である人間がこの都には少なく、薬師は大体が「まだまだ勉強中です」という看板を掲げている。
どうしようもない事態になれば、それこそ医療殿や魔術師協会本部に行けばなんとかなる、というのも大きいだろう。
「ぁ……お、お客さん……ですか?」
「申し訳ありません、客ではなく挨拶回りで。初めまして。先日アシティスに越してきたディーンという者です。装飾品店をアシティスで開業するので、そのご挨拶に、と」
「アクセサリー……ですか。もも、もしかして、万病を治せるとか、死んだ人間を蘇らせるとか、そういうことができる……」
「そういう装飾品は取り扱っていませんね。……存在するかどうかも怪しいです」
「ご、ごご、ごめんなさい、そうですよね、大丈夫です。大丈夫。大丈夫です。ヘンな話をしました……」
随分と心の弱そうな店主だ。
いや店主……従業員? でも身に纏う魔力の滑らかさは明らかに作り慣れてる人だけど。
「……あの」
「はい」
「い、いえ。……えと?」
「どうかされましたか?」
「ええええ、い、いや、えとあの、だから……えっと、挨拶回りに来てくださって……えと、で、その……?」
「ああ、失礼しました。どういう品があるのかを見て、売ってはいけなさそうな装飾品をピックアップしていまして」
「売ってはいけな……あ、ああ。もしかしてウチと被るから、ってことですか……?」
「はい。後から入って来た者が市場を圧迫するのは」
「ぜ、全然大丈夫です、大丈夫です! ウチのなんて、常連さんしか買ってくれませんし、効果も弱いし……むしろ、いろんなことができるアクセサリーで、いろんな人が豊かになってくれた方が、絶対良いので……気にしないでください……」
効果が弱い。
……そんなことなさそうだけど。まぁ需要と供給にあっていなさそう、というのは認める。戦闘に使う魔法薬がこれでもかと置かれているから、アシティスのようなあまり外に出ない都では購入者も少ないのだろう。
「わかりました。何か気分を害すようなことがあれば」
「ななな、ない、ない、ないですから! 他人のことで気分を悪くするとか、ぜったい、ぜったい、絶対ないので、本当に、大丈夫です!」
「そうですか。では、失礼しますね」
なんであんなに自分に自信が無いんだろう。
魔法薬の質自体はかなり良さそうに見えたけど。評価する人が少ないとかかな?
帰る際、お裾分けとかでポーションを一つ貰った。
……効果、高いと思うけどなぁ。
そんな感じで他の魔法薬店にも挨拶へ行って、市場にも行ってみて。
交易認定所が近くにあるからだろう、割といろんな商品があって。そこにはなんとあのプラグマまで売っていて。
当分誰かに料理を振る舞う機会には恵まれないだろうけれど、思わず買ってしまった。
「おかえりなさい~」
「ただいま戻りました……おや。なぜイルーナさんが私の部屋に」
「秋伏さんが開けてくださいまして」
「なぜ秋伏が私の部屋の鍵を持っているか、というのは最悪置いておくとして、何用でしたか?」
「万が一何かあった時用のトラップをいくつか仕込みました。あ、普通に生活する分には気付けないので、大丈夫です~」
わぁ本当だ。
しかもかなりエグい……場合によっては再起不能になりかねないものまで。ちゃんと判別する仕組み……ははぁ、ストレス臭を風の魔力と土の魔力で検知する……へー。こういう完全な「装置」というのは作ってこなかったけど、中々面白い着眼点だ。
アスクメイドトリアラー。歴史の闇しか引き継いでこなかったものと思っていたけど、独自性もちゃんと伸ばしてきたんだなぁ。
「ちなみに秋伏はなぜこの部屋に来たのでしょうか」
「あ、伝えたいことがあるとかで~。託であれば~、と言ったのですけど、身内のことだとかなんとかで」
「どこかへ来い、とかは」
「はい~。アシティスの中央行政塔でレバンティティス、という方の名前を出せばいいそうです~」
「わかりました。……じゃあ、すみませんがイルーナさん。これ、買って来た食材類をアイスキーパーにお願いします」
「は~い」
氷の魔力を纏うスナフクルルで作られた箱、アイスキーパー。
これの上位互換に闇の魔力を纏うアザフクルルで作られたタイムキーパーが存在する。どちらも保存に適しているけれど、後者は余程お金持ちの貴族とかでない限り持っていないだろう代物だ。
そもそも光と闇と音の魔力を発することのできる物質は限られているから。
というわけで体内でササっと合鍵を生成し、イルーナさんに渡す。
私は中央行政塔へ。やっぱり引っ越ししたては忙しい。でもこれこそ「人間ロールプレイ」の醍醐味。こういう煩わしい手続きをしてこそ人間だ。楽しいところだけ掠め取ってそれっぽく振る舞うだけじゃ人間足り得ない。
部屋を出てアパートメントハウスを出て、次の瞬間には中央行政塔の最上階にいた。
……。今の話聞いてた? 言葉に出してはいないけどさ。
「お待ちしておりました、母上様」
「このまえぶり」
そこにいたのは秋伏ことヒシカと……童女の姿をしたリルレル。
……「人間ロールプレイ」……では、なさそう。リルレルは無理だろう、そういう演技。ただの人形かな?
「何か用?」
「この都で過ごしていただくにあたって、いくつか注意点を、と」
「注意点?」
「はい。まず、このアシティスには、都を適切に運営するための魔法や魔術、装置装飾が多々存在します。それを壊さぬようお願い申し上げます」
「壊さないけど、いいよ」
「次に、扱う装飾品の中で、極大魔力を発するものは控えていただきたいのです。この都を覆う霧を吹き飛ばしかねませんから」
「魔法も魔術も呪文も、でしょ」
「ええ、はい」
そんな加減もできないと思われているのは甚だ心外だ。
あと仮にやっちゃったら直すし。
「最後に。アシティスの住民というのは、何かと特別な血筋であることが多く、中には母上様の琴線に触れるような……特異な才を持つ者もいるでしょう」
「なんにんかいる」
「──持ち出し禁止です、母上様」
ああ。
……。まぁ、いいよ。
「今は頷いてあげる。余程の、が見つかったら"改変"してでも連れていくかもだけど」
「お願いします、母上様。彼ら彼女らにとって、ここはようやく見つけた安寧の地。確かに母上様であれば対象の過去も意識も変えてしまえるのでしょうが、それでも彼ら彼女の秘す心を大事にしてあげてほしいのです」
「おねがい、まま」
「……リルレルはいいけど、ヒシカってそんなに人間好きだっけ?」
「私も日々進化しておりますゆえ」
胡散臭いな。
ヒシカ、前はもっと……喋り方こそ怪しけれ、我はちゃんと出すタイプだったのに。
なんでこんなに本心隠して話すんだろう。
「謀り事は構わないが、あまり失望させるなよ、ヒシカ。己で言ったのだ。進化とやらをしっかりと見せろ」
「ええ、勿論でございます」
「それと、リルレル」
「なに?」
「その人形、壊すのは勿体ないから、リルレルも"人間ロールプレイ"やるといいよ。目指せ演技力向上」
「むり」
だよね。
クインテスサンセスもそうだけど、この二柱は純粋だからこそ権能を維持できているのだ。演技なんて以ての外。
ま、心に留めておいてくれたらそれでいい。
「用件はそれだけ?」
「はい。母上様の"人間の真似事"を邪魔して申し訳ありませんでした」
「構わないけど、次からはちゃんと手続きさせて」
「は……いえ、煩わしいことこの上ないので……」
「それを楽しんでいる。あと、今の歴史に無い言葉だからって
「それは、ボクも。いった」
「じゃあリルレルは許す」
「……ええと、本当に煩わしいですよ? この都の性質上、書類は全て厳正な審査が為されますから、行政塔に取り次ぎをするのは最低三日かかると言われていて」
「それでもいい。それでもいいけど、ヒシカが煩わしいと思ってるなら行政干渉してでも仕組みを変えなよ。この部屋を用意できる時点で"人間ロールプレイ"とは行かずともダミー人形くらい持ってたんでしょ?」
「わかり……ました。少し考えてみます」
始めたばかりのトゥーナに追い抜かされておいてなんだけど、「人間ロールプレイ」を適当にやればいいと思っているのはダメだとちゃんと言おう。
……私だって戦争さえ起こらなければ平和で平和な「オーリ・ディーン」だったんだから。全てはギギミミタタママとフォルーンと騎士ニギンのせいだ。
「最後になりますが、母上様」
「うん」
「ようこそ、秘匿の都アシティスへ。ここは誰もがありのままであれる都。どうか母上様も、偽りを脱ぎ捨てる機会に恵まれますよう──」
「ヒシカ。それ、だめ。まま、いつわり。やめたら、せかい。おわる」
「リルレルの理解であってるよ。じゃあね、ヒシカ。何をするのも自由だけど、私は邪神モードやめたわけじゃないから、そのつもりで」
「……ええ、楽しみにしておりますよ」
最上階を出る。
……へえ! 完成度は甘いけど、エレベーターのような仕組みになっている。雷の魔力は使われていない……というのは当然にしても、無色の魔力で動力源を……。
ほら、普通に来た方が発見とか色々あったじゃん。
──なお、中央行政塔を出る際に「入った記録が無い」ことが露見し、ササっと記憶処理をしたのは私のせいではないと思う。
そんな、「母」のいなくなった部屋。
「……ふぅ。さて、どこまで見抜かれたか……」
「こうかい?」
「いえいえ。母上様をこの都に招き入れたことはなんら後悔していませんよ。ただ……」
「つかれる?」
「ええ、とても」
苦笑い。
お互いに「人形」を用意するという「母」の嗜好に合わせた形を取ってみた呼び出し。
彼女との会話中はできなかったことだけど、いまようやく一段落がついて、表情を変える、溜息を吐くなどという機能を試す二柱。
「あんがい。おもしろい」
「まぁ、我々の精神は人間を元に作られているという話ですから、あるいは懐かしい、のかもしれませんね」
「んー。それは、ちょっと。ちがう」
「おや? 最古の神トゥルーファルスに聞いた限りではそのような話でしたが」
「トゥルーファルス、さいこ。ちがう。ボク」
「おやおや、そうだったのですか」
「うん。それで、にんげんがもと。ちがう」
祝福の神リルレル。
彼、あるいは彼女について判明していることは少ない。「子供達」の中でさえそうなのだ。特に「子供達」は何度も何度も「作り直し」が入っている。だからそれを為されていない神のことであればあるほど、不明瞭になっていく。
今は童女の姿をしているリルレルが最古であるのが本当だとすれば、その年齢は十万を優に超えよう。「母」の「人間の真似事」が始まる前。あるいは誰も知らない「前の歴史」の頃から存在することになる。
「何を元に我々は作られたので?」
「げんそ」
「……というのは? 元素、ですかな? 土水火風氷雷音光闇の」
「ううん、ちがう。げんその、いきもの。おわり。せかい」
「これはまた難解な……」
「もうない。だからある」
「……次にセノグレイシディルにあったら聞いてみましょうか」
「ここは、さんこう。されなかった、せかい。ふよう──あ、ここまで」
何かに気付いたように、言葉を終わらせるリルレル。
見つめる先にあるのは空だけ。その先の先にも特に何かがあるということはない。
無論、リルレルの全てを理解できるとはヒシカも思っていないし、その全てがためになるとも考えていない。
ただ意味の無いことは言わない。だから全てを記憶し、わかりそうな神に聞くのだ。
「あな、なおせない。まま、きづく。だめ」
リルレルの見つめる先。
そこにあるのは、水晶玉だ。
リルレルの言葉に反応して
やった本神か、あるいは「母」にしかわからぬことである。
記念すべき一人目のお客様は、杖を突いた老人だった。
目が上手く見えていないのか、その目蓋はほとんど閉じていたが……耳は良いらしく、特に何かにぶつかることなくカウンターまで来た。
「行政塔のな、話をな、聞いたのだな」
「はい、いらっしゃいませ」
「オーダーメイドで、ある程度は、作れるとな、聞いたのだな」
「ええ、材料や求める効果によっては金額が変わってきますが」
「視力をな、少しで良いからな、取り戻したいのな」
……腰を痛めているから、そっちかと思ったけど。
あと少しで良いのか、視力。若い頃と同じくらいの視力、もできるけど。
「少しと言うと……どのくらいでしょうか」
「花壇のな、世話をな、しているのな。でも、もう、花の色もな、見えなくなって、形もな、だから……世話のな、やり方をな、間違えないように、それが見分けられるくらいのな、視力をな、欲しい」
ちなみにこの時代は既に眼鏡や老眼鏡が存在している……が、そういうことではないと見た。
つまり。
「花を世話する時だけ見えればいい、ということですか?」
「おお、おお、そう、そういうことだな」
無欲だな。
もっと求めたって咎められやしないだろうに。それともお金が無い?
「──日常をな、取り戻したいとはな、思っていないな」
「おっと……申し訳ございません、透けてしまいましたか」
「ほほほ……よく言われるな。安心。安心」
老人は、ふぅ、と息をついてから、また話し始める。
「老いとはな、つらくな、苦しいものだな。けれどな、それはな、時間なのだな。……この世界でな、命をな、積み上げてきたな、証拠。ほほほ……それを取り上げてはな、いかんな」
「かもしれませんね」
「おっと、説教のようにな、なってしまったな、これはな、悪い所だな」
「いえ。──話している間に出来上がりましたので、ちょうどよかったですよ」
「ほ?」
そんな弱い効果で良いなら、会話の片手間に作ることができる。
これは手を抜いているとかではなくて、本当に簡単な装飾だからだ。
「示指に嵌める指輪です。銀貨四枚になります」
「安過ぎだな?」
「私の店は材料費三割技術費七割ですので」
材料なんてどうとでもなる。
この店で売っているのは、あくまで私の装飾技術だ。だから安くもなる。
「……わかったな。じゃあな、買うな」
「ええ、ありがとうございます」
「うん、うん。……また来るなぁ」
「お待ちしております」
老人は指輪を第二指に嵌め、そのまま杖を突いて帰って行った。足腰は弱めているけれど、すぐに転んでしまう、と言うほどではなさそうだ。
眼球に直接作用するタイプなら耳にかけるアクセサリーが望ましいけれど、彼のご所望は「花を世話する時に花をよく見たい」というもの。
であれば花を持つ手の付近でレンズ効果を作用させられるアクセサリーがベストだと判断した。これなら脳にも負担はかからないし、花を見る以外に、なにかを読むときなどにも多少は見やすくなるはずだ。
「……あの訛り」
聞き覚えがある。
ふむ。ちょっと漁るか。なんか久々な気がする。
ああ。
おお。ああ。
……イードアルバの時の敵国だ、そうだ、そうだ。
そうか……滅ぼし切れなかったか、降伏を認めたか。イードアルバも志半ばで死んだからその後のことは知らずじまいだったけど、それで……王族がこの都へ亡命して……って感じかな?
となると、あの国の王族もいたりして。サジュエル・エヌ・エルグランドの……クリオスタンの。
私と同じ法則で呪文言語を扱う……それを名前に使っていた王族。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ」
「あ、ごめんね、客じゃないのよ。営業でーす」
当然だけど、こっちが挨拶回りに行けばあっちからも来る。
「どういった内容でしょうか?」
「装飾品って鉱石たくさん使うでしょ? 私、鉱石類を専門で扱ってる商人で、いくらかは定期的な供給が望めるから、ウチと契約しない? ってお誘いでーす」
「どのようなものを扱っているか見せていただいてもよろしいでしょうか」
「もち!」
鉱石は基本有限である。
だから定期的な供給、というのは本来であれば難しい。ただ、たとえばトルトゥクスの甲羅から産出されるルトゥールルなどの「生物的鉱石」であれば話は別。あるいはハテルマという水棲生物が死して凝固したものも装飾品のベースリングに使われたりする。
そういう類かな、と思って話を聞けば。
「無限にサンクジュガガリが湧き出る沼……ですか?」
「そーなの! 場所は教えられないんだけどね、この近くにあってー。サンクジュガガリ、貴重でしょ? でもそれを定期的にお届け可能! どう? どう?」
う、うーん。
サンクジュガガリ……は、簡単に言うと四種以上の魔物の血肉や骨が地中熱で圧縮凝固、それが浮かび上がって長い時間をかけて冷却されて出来上がる鉱石だ。
だからそれが無限に湧き出る沼、というのは……あり得ないというか、逆に言えばその沼の中の奥底で骨肉相食む魔物の争いが起きている可能性があるというか。
で、となれば当然、いつかは「王」が誕生する。無限に湧き出ていた沼からサンクジュガガリが出なくなってからはスピード勝負だろう。腹を空かした「王」が人間や野生動物、あるいは地上の魔物を求めて沼から這い出て……それは確実に厄災の類だな。
これはギルドに報告した方が良い案件……だけど。
この人にそういう知識あるんだろうか。ただ頭ごなしに否定するのも、危険性を説いても、信じてくれなさそうではある。
「一応お聞きしますが、サンクジュガガリが何でできているか、というのはご存知でしょうか」
「へ? サンクジュガガリじゃないの?」
「……その」
「あ、もしかしてウチ危ないことしてる? ダメだったらダメって言って~。これだけしか商品無いわけじゃないし!」
おっと素直。
そう、か。そうだった。ここはアシティス。噓偽りの無い都。
「簡易の説明をしますので、そうですね、まずお名前をお聞かせいただければ」
「シャイニー! ウチはシャイニーでーす!」
「私はディーンといいます。オーリ・ディーンです」
「よろ!」
「ええ、よろしくお願いします」
その後、簡単に「無限にサンクジュガガリが湧き出る沼」の危険性を説明。
するとシャイニーさんはどんどん顔を青くして行って、最後には。
「ちょ、ちょっと冒険者協会行ってくる! 教えてくれてありがと、ディーンちゃん! じゃね!」
と飛んで行ってしまった。
うん。
良い子だ。
初日のお客さんはそんなもので、そろそろ午後三時。
お店を閉めよう……としている辺りで、最後の一人が来た。
「戻りました~」
「おかえりなさい、イルーナさん」
お客さんじゃなくてイルーナさんだったけど。
「お疲れのようですが……どうかされましたか?」
「いえ……その。昔、組織……だからその、アスクメイドトリアラーから離脱した人がいて……一触即発の空気になって……」
「大丈夫でしたか?」
「はい~。何度か刃を交えたあと、こっちに敵意が無いのが伝わって~、私の仕事はオーリさんの護衛なので、報告の義務などはないです~って伝えて~」
「信じてもらえたのですか?」
「まだ少し怯えているようでしたけど~、信頼はこれから勝ち取っていこうと思います~」
アスクメイドトリアラーから離脱、か。離脱しようと思った時点で死ぬはずだけど……と、そうか。
私がイルーナさんへの"改変"で制度自体が少し変わったから、その影響で逃げ出すことに成功した者が出た、とかなのかな? ……んん、まぁ直に会うまでは記録は見ないでいいだろう。あの侯爵に付き従っていたのも偽・魔色の燕の脱走兵だったし、大きな組織になればなるほど、という感じかな。
それはそれとして。
「イルーナさん」
「は~い」
「右腕、怪我してますね」
「……バレますかぁ」
「歩き方や体の動かし方は完璧でしたが、魔力波でわかりますよ」
「うぅ、ですよねぇ」
怪我をすると魔力に偏りが出る。
特に無意識の身体能力強化……アスクメイドトリアラー含むアサシン系の人間はそれが顕著だ。顕著といっても体表面に魔力を出していないから、体内の魔力を見ることのできる人間にしかわからないんだけど。
「どっちがいいですか?」
「え……っと、どっちとは」
「とても痛みますが治りの早い魔法薬と、一切痛まず、治りが早いどころか瞬きの間レベルの呪文」
「前者で!」
後者の方がデメリットないのに。
ま、わざわざ怖い言い方をしたから正しい判断と言えるだろう。あとなまじ知識があるだけに、そういう呪文は代償に払うものが絶大である、ということを知っているのもあるか。
「とても痛む、というのは嘘です。今日行ったノヴォル魔法薬店というところで買った魔法薬で、打撲傷によく効くそうですよ」
「へぇ……。……あれ、この匂い」
「シュリハですね。あのお店の庭で栽培されていたので、少量入っているものと思われます」
「……いいですね。普通、魔法薬って無味無臭か、逆に顔を顰めたくなるキツい臭いのものが多いんですけど~、こうして香りをつけてくれると、色々ありがたいです~」
「私もそこはかなり評価しています。他にも色々ありましたよ。飲むポーションも味を美味しく飲めるよう改良したものや、湿布類も香水のような匂いにしたものがあって……店主はかなり自信の無さげな話し方をする方でしたが、あのお店は個人的にもかなりお気に入りです」
「今度私も行ってみます~」
普通、魔法薬というのは「ヘンな匂いや味」のするものだ。
使う材料が材料だし、効果を高めるには仕方がないという部分はあれど、あまりの臭いに嚥下できない、塗布できない、というケースが多々ある。戦場でそんなこと言ってる暇ないから戦闘職の皆皆さんはそれでも買っていくのだけど、それが無い、あるいはいい香り、というのはとてもいい。それでいて効果が落ちていないのだから、製作者の力量も窺い知れるというもの。
いやホント、なんであんなに自信の無い人なんだろう。
結構誇れることだと思うんだけどなぁ。