神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Lano it nevnocnu」

 ティダニア王国の復興。革命、あるいは粛清によって起きた破壊。

 それからようやく立ち返った所を見て──ユートとレクイエムは、ヤーダギリ共和国への出発を決めた。

 冒険者の居場所がなくなった、というのもある。あるけど、此度の戦争の「何故」と、そしてレクイエムの悩みを解決するための旅路だ。風雨の故里(オルド・ホルン)を少しばかりの間離れての旅だから、とティアたちからは様々な餞別を貰った。

 神々との戦いは勿論続いている。だけど、そればかりに目を向けてはいられないとユートが言い出したのが大きい。今回シルディアとレインの問題で停滞が起きたのだから、レクイエムのことも解決させてくれ、と。

 

 レクイエムの悩み。

 それは彼が復興に手を貸した時に生じたもの。

 

 即ち──。

 

「……モヤモヤする」

「罪善感、ってやつか。でもそれは、人間に転生したことで解消された、って話じゃなかったのか?」

「だからこそ、かな。魔族の……魔王としての僕の魂は、善行に対する忌避が強い。反して人間である僕の脳は、見返りの無い親切を是としている。……その乖離が、僕の中で……巧く折り合いをつけられない」

「んー。その感覚がわからねーからなんとも言えねえんだよなぁ」

「……ツァルトリグ・ヴィナージュは凄いんだよ、ユート。魔族というのはね、前に説明した通りの"生態"だから……自分のしていることが"親切"であるかどうかの確証が持てないんだ」

 

 誰かを助ける。誰かに優しくする。誰かへ親身になる。

 そういった善行を悪として感じてしまう魔族は、変わろうとした時、「では、今行ったこれは、本当に親切なのだろうか」という疑問に行き当たる。

 自分でそう思っているだけで、実は悪行なのではないか、と。

 

「善行の悉くを懐疑に思う。……ヴィナージュがユートやティアたちに講義をするとき、どういう態度だったかを覚えているかい?」

「キビシー先生、って感じだったな。けど質問にはちゃんと答えてくれるし、どうしてその疑問を抱いたのか、まで掘り下げてくれるから、色々ためになったよ」

「魔王の感覚で言うと、なんて酷いことをするんだろう、と思う。教えることは最低限の方が良いし、生徒を個ではなくラベルとして扱ってあげたほうが彼らのためになる。教師という立場を利用して威圧し、有無を言わせず、恐怖で支配してあげないと可哀想だ。あるいは特定の……ティアとドロシーなら、片方だけを優遇し、片方を冷遇し、その成果がどれほどよかろうと、もしくは悪かろうと、優遇している方へは見せつけるように甘やかし、冷遇している方には見向きもせずに不当な判断をしてあげる。──まだまだあるけど、魔族の理想の教師像は、こんな感じかな」

「あー……そりゃ、キツいな」

「うん。でも魔族はそれが普通だし、今言っていたように"やってあげている"、あるいは"こうしなければ悪い、可哀想だ"と心底考えている。僕は……ユートの言う通り、肉体を人間にしたから、その自覚ができるようになったけれど……ヴィナージュは違う。彼女は自力で己を律し、その上で善悪の判断を行えている」

 

 だから、と。

 レクイエムは一度言葉を切ってから、また続ける。

 

「ファーマリウスで復興作業をしている時、ずっと疑問だった。僕がやっていることは本当に"良い事"なのか、って。周囲の人間たちは何も言わずに僕の作業を見ているけれど、本当は、心の奥ではやめてくれって思っているんじゃないか、僕のしていることは魔王だった頃と何ら変わらない……悪逆非道のままなのではないか、って」

「ま、人間は魔族ほどシンプルじゃねぇからな。やられたことが善行だったとしても、やめてくれって思う奴だっているんだ。負の面ばっか見てんな……っつーのができねーって話か」

「うん」

 

 相反する価値観の同居。

 そして、どう頑張っても、「人間としてのレクイエム」より「魔王の魂」の方が強い。記憶の量も、自我も。

 だってレクイエムは人間になってからまだ数年しか生きていない。人間の常識をようやく知ったとして、それを覆い隠す何百何千年の知識が邪魔をする。

 

「──んじゃまー、こうしようぜ。ヤーダギリ共和国からは、全判断をお前に任せる」

「魔族的価値観になっていたら、ユートが止めてくれる……ってこと?」

「いや、止めねえ。俺は被害者になりそうな奴を助ける。けどお前のことは止めねえ」

「……それは」

「常識を変えようってんだ。自分で止まれなきゃダメだぜ、レクイエム。他人に咎められて止める、じゃ価値観なんか変わるはずもない。基準を覚えるんだ。相手がどういう態度を取っているから、これは親切で、周囲がどういう反応をしているから、これは悪逆非道で、ってな」

「変わるかな、そんなことで」

「じゃねーといつか亀裂が走る。レインやティアたちとの関係に」

 

 そう、この旅はそれを危惧してのものでもあった。

 ユートと「魔色の燕の長」が話した内容。神に対する認識の違い。

 価値観のすり合わせは、人数が多ければ多いほど難しくなる。だというのにユートとレクイエムの価値感さえ噛み合っていないのならば、話し合いの席にもつけないだろう、と。

 

「気負うな、とか気楽に、とかは言わねえ。気負わなきゃいけねーことだし、気楽になんか考えられないことだ。悩んで悩んで、悩み抜いて、んで最後には選択をしろよ、レクイエム」

「……ユート、君……十九歳なんだよね?」

「少なくとも前世ではそうだな。そっから一年経ってたら二十歳の可能性もある」

「君の世界での一年って何日?」

「365」

「短いな……じゃあこっちに換算したらまだ十六くらいか……」

「あ、そうなのか。あんま気にしてなかった」

「発言が年寄り過ぎてさ。笑っちゃいそうになったよ」

「……それアルフにも言われたんだよ。そんなにかぁ、俺」

 

 だからこそ、レクイエムは考える。

 ユート・ツガー。彼は一体どんな人生を送って来たのか、と。

 

 ──頑なに過去を話さない彼は、果たして。

 

 

 

 

 さて、件のツァルトリグ・ヴィナージュは──手持ち無沙汰だった。

 そもそも彼女はレクイエムによって釣り上げられた存在。そのレクイエムが自分探しの旅に出かけてしまったので、やることはティアとドロシー、レインとシルディアへの講義と、自己の研究テーマの深掘りくらい。ただそれも一日何刻まで、と時を定めていて、ここに来るまでは残りの時間を「散策」に充てていたから……今はすることがない。

 

 人形ばかりの天空城。

 膨大で珍妙で複雑怪奇で奇想天外な魔術の編みこまれた結界は学ぶところも多いが、同時に「真似できるものではない」ということも悟っている。

  

「──ん。何か城内で嫌な気配がすると思ったら、魔王が連れ込んだ魔族かい。何気に初めましてだね。ああ、声は聞こえているかい?」

「滂蛇……ああ、あなたがリバリー・リバーリ・リーですか。初めまして。大丈夫です、念話は魔族の基本技能なので」

「そりゃ何より。それで? こんなところで何してんだい、アンタ」

「散策を」

「そりゃまた、けったいな趣味をしてるね。この城に見どころなんか無いだろう」

 

 ヴィナージュの知識にある滂蛇は、酷く長命な蛇の魔物である。

 知性に富み、国によっては吉兆の生き物として扱われることもある。同時に不老長寿の素材として乱獲されていた時代もあったため、今では希少種となっている。なお、滂蛇のどの部位をどうしたところで不老長寿の素材にはならないこともヴィナージュは知っている。

 

「見どころはそれなりにありますよ。不自然に拡張された空間や、外界と切り離された時間流を扱う区画、タミルエインドの加工品保管庫には私でも読み解けない呪文言語が刻まれています」

「へぇ。そりゃ知らなかった」

「それより、嫌な気配というのは? 私からですか?」

「ああ、不躾ですまないね。私には"悪路の光明"って体質が宿ってる。嫌な気配、死の気配、悪運の囁きのある方へ行くと生き延びることができる……そんなおかしな体質さ」

「それだけを聞くと、フィソロニカの加護に聞こえますね」

「なんだって?」

 

 少し、反応する。

 この滂蛇は「魔色の燕の長」の飼育魔物だ。そしてあの「魔色の燕の長」であれば、この程度に気付けないはずがない。

 それを敢えて言わずに放置している理由は。

 

「フィソロニカ……慮縁の神フィソロニカかい?」

「ご存知でしたか。あまり知られていない神ですが」

「昔にね、縁があったんだ」

「……神との、縁が?」

「ああ、神そのものに出会ったとかじゃないよ。ただ私が何日も餌に有りつけず、餓死寸前で彷徨って、そうして眠って……その後に目覚めた場所がフィソロニカを奉る小さな神殿だったのさ。ありゃどこだったか……」

「では、その時に加護を貰ったのでしょうね。慮縁の神の権能は"意識"と"縁"。そこには無意識や予感も含まれます」

「……成程」

「ただ、だからこそわかりませんね。なぜ私から嫌な気配を感じたのでしょうか。……私は他者を殺めるような魔族ではないのですが」

 

 フィソロニカの加護を受けし者。

 縁。それは結界を素通りする。であれば、神とその加護を受けた者は。

 

 ビーコンとしての、役割を。

 

「ヴィナージュ? 自分で言うのもなんだが、私の頭は撫でたってざらついてるだけだよ?」

「っ!?」

 

 手を引っ込める。

 今。今。今、確実に──「目印は殺しておかなければならない」とヴィナージュは考えていた。

 善悪。価値観。違う、無意識だ。

 

「へえ、己を律しますか。リーさんの助けがあたっとはいえ、あなたは本当に変わった魔族のようですね」

「──私は貴女が嫌いです、と言ったはずですが」

()()()()()ですよ、ツァルトリグ・ヴィナージュ。未知を探求し、己が、魔族が、どうあるべきか、なぜこう在るのかを調べ尽くさんとしている貴女が──私という最も未知であるものを、最も遠い所へ置こうとすること自体が」

「……」

 

 気配は無かった。ヴィナージュは研究に没頭する魔族だが、戦闘ができないというわけじゃない。というより、魔族差別を生き抜いてこられるだけの実力がある。

 だからわかる。

 この女は、今、()()()のだと。

 

「ああ、嫌な気配はアンタだったってワケかい」

「そういうことでしょうね。いつも通りです」

「んじゃ──なんだか積もる話がありそうだし、私はここいらでお暇するよ」

 

 一触即発の空気を感じ取ったのだろう、スルスルと逃げていく白蛇。

 残されたのは二人だけ。

 

「まずはお見事です、と言いましょうか。リーさんの加護は確かにフィソロニカのものです。ご明察、ですね」

「それはどうも。……ご自身の仲間の悩み。その答えを知っていて言わない。理解できかねますが」

「言わないことで、何か問題が発生していましたか?」

 

 気に障る。癇に障る。

 ツァルトリグ・ヴィナージュがこの感情を抱いたのは過去に一人だけ。ファイファという名の男性魔族で、あの男も未知の塊だった。

 魔族の権化のような振る舞いでありながら、その根底にあるものは疑念。悪事を行っておきながら、「これでいいんだよな?」と……己の感覚に従うことなく、誰かを頼り続けた男。

 

 あるいは、己の感覚、というものが無い魔族。

 

「さて。私は彼女とは初対面ですので。……それよりあなた、そんな口調でしたか?」

「口調も語気も、場によって、相手によって、いくらでも変えますよ。そんなに気になるなら強い語調で行くが、そうした方が楽か? ツァルトリグ・ヴィナージュ」

「どちらでも」

 

 わかる。

 この女はファイファを研ぎ澄ませたような存在だ。

 決定的なまでに「己」が無い。まるで何かを模倣して生きているかのような感覚。

 

「そんなことはない。私にだって好み……いや、嫌悪はある。特にあの偽・魔色の燕の連中がな」

「読心術、ですか」

「そんなに驚くことか、魔族」

 

 使えておかしくはない。

 驚くべきことでもない。

 今まで関わって来たどの存在よりも……サン=アルのような天龍や魔王よりも、勝てない、と直感する相手。

 

 勝つ。負ける。

 違う。同じステージに無い。

 

「一つ、聞いておく」

「なんですか」

「お前は神を憎んでいるのか?」

「……」

 

 神を憎んでいるか。殺したいと思っているか。

 なし崩し的に魔王と協力することになったヴィナージュだけど、果たして心底神を殺したいかと問われるとまた微妙なところだ。

 

 魔族に神はいない。

 それは逆に言えば、神は魔族に関わっていない、とも言える。

 

 生死の神ディモニアナタ。豊穣の神トゥナハーデン。薬毒の神マイダグン。

 どれもビッグネームでありながら、魔族には一切の関わりの無い……強いて言えば敵対する人間が覚悟を決める時に祈句としてディモニアナタの名を挙げる、くらいの関係性。

 

「なら、良い材料をくれてやろう」

「聞きたくないです」

「ああ、防音魔術など意味はない。──魔族が斯うあるべきと定めたのは、神だ。どの神かは教えないが」

 

 咄嗟に張った防音の結界を突き抜けて、言葉が来る。

 ヴィナージュは奥歯を噛み締めた。

 

「それが……事実だとして。なぜそんなにもあなたは神に詳しいのですか?」

「私は既に神を二柱討っている。詳しくて当然だろう?」

「な──」

 

 何を、そんな、当たり前のように。

 あっけらかんと。

 

「音燃の神ホタシア。深理の神メイズタグ。この二柱は既にこの世にはいない」

「……知性体の叡智を制限するつもりですか」

「勘違いするな、あちらから来たんだ。私は迎え撃ったに過ぎん」

 

 二柱の神に命を狙われる人間。

 それは、なんだ。それは本当に人間か。

 

「よく考えておけ、ツァルトリグ・ヴィナージュ。自身がどの立ち位置でいるべきか。身の振り方。そして──誰が敵であるのか、を」

「では、一つお聞かせ願えますか」

 

 彼女は、「魔色の燕の長」は、お、という反応をする。

 嬉しいことがあった、とでもいうかのように。

 

「なんだ」

「貴女はどの立ち位置なのですか?」

 

 嫌な気配がした。不運の予感がした。第六感が激しい警鐘を鳴らす。

 全身を悪寒が駆け巡り、今にも、今すぐにでも、「その言葉を撤回しろ」と本能が叫ぶ。

 

 それを、無視して。 

 ヴィナージュはまっすぐに「魔色の燕の長」を見る。

 

「敵」

 

 消える。

 彼女は、物理的な痕跡も、魔力の残滓も何も遺さずに。

 まるでそこには何もいなかったとでも言うかのように。

 

 消えた。

 

「……ファイファの墓碑を立てに行きましょう。あまりの嫌いさに彼の墓碑だけ作っていませんでしたが……アレに比べたら可愛いものです」

 

 死亡確認のできた魔族は、その全員に墓碑を立てているヴィナージュ。

 他の魔族からは何をしているのだ、と思われることでも、彼女にとっての「善行」がそれであるのだから。

 

 敵。誰の、などと。

 

 

 

 

 それで。

 

「それで、精神世界? あのさ、これレクイエムにも言ったんだけど、古いって。わかってるよね君は。ボクら魔族が無防備に眠ることの危険性が」

「探査魔術で貴方の周囲を精査しました。何やらホムンクルスが一体いるようですが、無害そうでしたので。加えてその規模の結界、並の人間に破り得るものではないでしょう」

「ボクに気取らせない探査魔術とか、これだから研究バカは」

 

 探査魔術はその名の通り探査をする魔術だ。とはいえ普通は面での探査をするため、探知魔術と同じく相手に気付かれやすい。

 それを、相手──フランキスとアンネ・ダルシアに気取らせることなく探査しきる技量はツァルトリグ・ヴィナージュならでは。

 

「で、何。またお使いじゃないよね?」

「また?」

「レクイエムだよ。ボクにサン=アルたち天龍の生死確認してこいってさ。結局通常通りの換期があって、全存在が普通に生きてるってわかったんだけど」

「魔王様が、そんなことを」

「魔王サマ、だって? ツァルトリグ・ヴィナージュが? アハハ、これは傑作だ。魔族の中で最も魔王を敬ってなかった君が今更何を言ってるんだか」

「こちらにはこちらの事情があるので。それで、フランキス。幾つか質問をしたいのですが、よろしいでしょうか」

「いいよ、聞いてあげる。どうせ小難しい話でしょ? 知ってるよ、君が出す話題はボクら魔族程単純化されてない──」

「貴方にとっての一番の敵は誰ですか?」

「世界」

 

 即答だった。悩みなどない。

 だってそれは、彼が「彼女」から言われたことだから。

 

「フランキス・ソルベート・ディディアニタ・ロス・クラントワーゼ。話し合いをしましょう。どうやら敵は、この世界と、それを造った者のようなので」

「……ツァルトリグ・"オゥン"・ヴィナージュ。これは同胞への親切心で言うけどね、君はどこかの森の中とかで縮こまっていた方が良いよ。敵の強大さは、君が考えているよりもずっとずっと上だ」

「今、その敵のもとにいる、と言ったら?」

「逃げなよ。ボクはボクの愛のためにアレを殺すけど、同胞を巻き込むつもりは無い。レクイエムなんか良い例だ。過去は過去。今は今。彼はようやく魔族の宿業から解放されたんだから、愛を探すべきだと思うね」

「さて、こちらにもやむにやまれぬ事情がありまして。その世界とやらが、魔族の在り方を定めたと聞けば、私のやる気も理解してくれますか、フランキス」

「はぁ、成程。ボクら魔族の逆鱗をぶち抜いてるわけだ」

 

 フランキスもまた「変わった魔族」の一人だ。

 その価値観は魔族寄りではあるけれど、それよりも愛を優先する。同胞だけでない、人間をも愛し得る魔族。

 

「一応聞いておきましょうか。私よりも戦闘に長けた魔族に」

「ゼロに近いね」

「……勝率は、と聞こうとしましたが、聞くことなど丸わかりですか」

「うん。ただ、何の因果か……ボクの手元に感情結晶があってね。少しは対処できるかもしれない」

「感情結晶……どの色ですか?」

「『黒縁結晶』。彼女はこれをそう呼んでいた」

「闇の魔力ですか。それは、成程。いいかもしれませんね」

「あれ、君感情結晶に詳しいのかい? ボクもアンネもてんでさっぱりで、最近はずっとコイツの出力チェックをしてたんだけど」

 

 後にフランキスは語る。

 目で見えなかった、と。

 

 ──ブラックボードが出現する。込める魔力によって色の変わる鉱石ペンと、無色の魔力を流すことでその文字を消すことのできるヌールクライトで出来た黒い板。

 

「感情結晶。歴史の所々に出現するこの結晶は、それぞれの魔力を司ります。それと同時に、感情も」

「ああいいよ小難しい話は」

「土の魔力は『萌欺結晶』、水は『紺罪結晶』、火は『紅怖結晶』、風は『混貧結晶』。熱は『朱怒結晶』、氷は『縹苛結晶』、音は『蜜欲結晶』、光は『透惰結晶』、闇は『黒縁結晶』。また、存在はあやふやですが、雷の魔力を操ることのできる『彩静結晶』というものが存在するとも言われています」

「ボクの声聞こえてる?」

「これら感情結晶の特徴は二つ。一つは無尽蔵とも言える魔力を扱い得ること。そしてもう一つは、対応する感情を際限なく増幅すること」

 

 ただし、感情の増幅元が無かったり、抑圧されていたりすると、魔力出力も比例して下がります──とグラフにして図説するヴィナージュ。

 肩を竦めるしかないフランキス。こうなったらもう止まらない。

 

「それじゃあ思い切って聞くけどさ。これ、何? 何で出来てるの? ボクとアンネの最大威力ぶつけても壊れなかったんだけど」

「通説では『未知の不壊物質』。私の考えでは、世界そのもの」

「世界そのもの……って、じゃあこれを壊したら世界も壊れる?」

「世界が壊れないからそれも壊れない、でしょうね」

 

 納得の行っていない顔のフランキス。今度はヴィナージュが肩を竦める番だった。

 

「長年生きて来ましたが、感情結晶を目にしたのは何度かだけ。これらは調べた知識です。私のもとには現れないので、それ以上の研究ができません」

「……ふぅん。……じゃあ一個、ボクからも君に教えてあげることがあるかな」

「貴方が?」

「その失礼な目は見なかったことにしてあげるけどさ。どうにも魔力、その十個だけじゃないみたいだよ」

「Null Essenceのことですか?」

「違う違う。無色でも、余剰でもなく、何色でもない魔力。ボクは一回それを食らってる。無色の魔力より硬く、熱の魔力より熱く、氷の魔力より冷たく、音の魔力より煩わしい……そんな魔力だった」

 

 あの時の感触を確かめるように、フランキスは手を握ったり開いたりを繰り返す。

 

「ヅィン。天龍達はあの敵のことをそう呼んでいた。かつてアンネ・ダルシアだった者。現在魔色の燕の長である者」

「待ってください。それは……魔王様のように転生を繰り返している、ということですか?」

「いちいち死んでいるかどうかはわからない。けど、確実に言えるのは、かつてボクの愛していた彼女と、今ボクが敵対している彼女は同一人物だってことだ。ボクの愛がそう囁いている」

「……複数の肉体を持つ……未知の……待ってください、ではファイファは」

「ファイファ? ああ、あの荒くれ者? 彼、まだ生きてるのかい?」

「いえ、死にました。彼の最期の言葉は"こんな感じで良かったのか?"でした。嫌いな相手を看取るというのは中々に不快感の行き先のわからない体験でしたが……あの言葉が、そういうことならば」

「君さ、自己の考えに没頭すると周りを置いていくよね。もう用がないならボクは起きるけど、まだ何かあったりする?」

 

 考えは巡る。

 精神世界では脳内物質が思考を邪魔しないから、現実世界よりも素早く考えをまとめることができる。

 その速度を以てして、ツァルトリグ・ヴィナージュは。

 

「──成程。私達はサンプルでしかないわけですか」

「口は禍の元、らしいよ、ツァルトリグ」

「あ、レクイエム」

「……今のは?」

「異世界の諺。こっちの言葉に翻訳してみたんだ。あんまり考えを口にしない方がいいし、あんまり考えをまとめない方が良い。それは君のためにならないからね、ツァルトリグ」

 

 ヴィナージュは──フランキスと頷き合い、魔族の魔術を使う。

 殺傷能力に長けた一撃。精神世界であっても関係の無い、というより精神を切り裂くその攻撃は、レクイエムに直撃し──無傷に終わる。

 

「……何をするのかな、ツァルトリグ、フランキス」

「アハハ、やめてくれる? レクイエムの姿でボクの名前を呼ぶの。気持ち悪いからさ」

「魔王様は私を名前では呼びませんので」

「ふぅん? なんだ、魔族でもそういう細かい所気にするんだね。……ああ、ではまぁ、失礼を。──我は言語の神セノグレイシディル。少しばかり魔語を扱い得るもので、精神世界とやらに接続してみましたが──成程、成程。我は感激しました。この世界のようなものがすべての人間に使い得たのなら、人間は飛躍的な発展を遂げるでしょうね。さしずめ精神ネットワークと言ったところでしょうか」

「感情の無い声で言うものだね、言語の神。もしかして本当に接続してみただけだったりしないよね」

「素晴らしい直感だ、フランキス殿。何分、好奇心が抑えられぬ性質故、許されよ魔族方々」

「……言語の神セノグレイシディル。あるいは──真性異言の元凶。"知識"と"言語"を無造作に振り撒いて、混乱を巻き起こす悪神」

 

 少年の姿から、男性の姿へと変わっていく。

 白と金のヘテロクロミア。後ろに流した紫髪は緩やかな撓りを見せ、異質さを醸し出す。

 特定の形を持たない神が、わざわざ姿を作り出した理由。

 

「悪神とは、我悲しい。今日はお二人に良い話を持ってきましたというのに。我消沈。──無論、ならば"出て来方"が他にもあっただろう、というご意見ご要望は真摯に受け止めさせていただきますが」

「良い話?」

「フランキス」

「わかってるよ」

 

 セノグレイシディルは、「ええ!」と元気よく返事をして、言う。

 

「母のことです。母──我々神を作り上げた神。世界を作り上げた神。創世神。知らないでしょう、その名を」

「……神々の母親。そんなものがいるのかい?」

「アナタが敵と見定めた彼女ですよ。ヅィン、などと呼ばれていましたか。──くだらない偽名ですが」

 

 ペラペラと、事もなげに、重大な話を。

 言語の神は続ける。言葉を続ける。

 

「ではまず、お二人はActueaterという言葉に聞き覚えはありますかな? ──あるいは、覚えておりますかな?」

「……知らないな。ヴィナージュ、君は?」

万換食鬼(Actueater)。旧い旧いお伽噺です。ラスタマリア王朝前期には途絶えたものと思っていましたが」

「おお、おお、勤勉ですな。我歓喜。して、その内容は?」

「内容は知りません。というより、ありません。その名前自体がお伽噺ですから」

「──ハ! よくぞご存じで。そして、数あるダミーに騙されぬ慧眼。魔族でありながらその在り方に疑問を抱く在り方。むむ、ムムム、ナルホドナルホド、我興味津々」

「よくわからないんだけど? 名前自体がお伽噺ってどういうこと?」

「残念無念。分からない方には退場していただきましょう──はいプチ」

 

 切断される。

 フランキスが、強制的に精神世界からはじき出される。

 

 あり得ない話だ。だってこの精神世界は、ヴィナージュとフランキスでつなぎ合わせたものなのだから。

 それに侵入してくることもそうだけど──接続先を奪い取る、などと。

 

「魔語を扱えるもので、もので。何より──言語で我に勝てるとは思い上がり甚だしい。あ、勝手に入って来たのは我ですが。して、して、ツァルトリグ・ヴィナージュ。Actueaterについての知識があるということは、()()()()()寿()()()()()()()についても知っていますな?」

「……知っていますが、これ以上貴方と話す意義を感じません」

「そうですか。我悲しい。でも──起きること、できますか?」

 

 目覚める。

 目覚めようとする。

 

「……そんなことまでできるとは、神……理不尽ですね」

「ノン、睡眠を操ることはできませんとも。何より貴女は今母の結界の中。手出しは不可能──ですが、精神世界から貴女の精神を引っ張り上げることはできるのですな、言語の神ゆえ」

「……無駄話をするつもりはありません。私と何を話したいのですか、言語の神セノグレイシディル」

「話をしましょう。──母を殺し、世界を存続させるためのお話を。なにせ、母が死んでしまえばこの世界も潰えてしまいますからね。我恐慌」

 

 ツァルトリグ・ヴィナージュは、席に着く。

 彼女から嫌な気配がした、と。あの滂蛇は言っていた。

 

 

 ──大正解だ。

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