神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
秘匿の都では「一日」が存在しない。常に昼間であり、「朝」と「夜」がないためだ。
住民は好きな時に起き、好きな時に寝て、好きな時に商売をし、好きな時に物を買う。中央行政塔でさえ同じであり、そこに誰かの強制力は存在しない。
故にだろう、アシティスでの生活を始めてから三日か四日あたりで、イルーナさんは体調を崩した。外から来た人間が秘匿の都で時間感覚に酔うのはいつものことらしく、魔法薬店には専用の薬があったりして事なきを得たけれど、私は私で「成程」という知見にもなった。
時間感覚の狂いで人間は酔う。時間を好きに流せる私には無い感覚だ。
「とまぁ、そういう経緯で今は私一人です」
「あはー、それは仕方ないねー。ウチはここ生まれだからわかんないけど、外から人が来ると大体そーなっちゃうし。むしろディーンちゃんが珍しーかも?」
先日鉱石の営業に来ていた朗らかな女性、シャイニーさん。
サンクジュガガリの件は冒険者協会に報告後、すぐに対応ということになったとのことで、彼女としては事業が一つ丸潰れになったはずなのだけど、元気も元気なようだった。
随分と意欲的な性格らしく、アシティス内外問わず歩き回って「素材」を見つけ、こうして売り付けに来たり契約を結んだりする、ということをし続けているとかなんとか。
彼女の言の通り、ここに逃げ込んだ人間はアシティスから出たがらないけれど、ここで生まれた人間はあんまりそれらを気にしないから、霧を通って外へ出ては色々なものを持ち帰ってくる、ということが多々あるんだとか。
ただし、今やっているのは営業じゃない。
「んー、従業員かー」
「はい。勤務形態は合わせられるので、誰か余裕のある方、あるいは無い方がいれば、と」
「どーかなー。アシティスって満たされてるからなー」
そうなのだ。
一応ギルドにも求人は出した。が、冒険者協会の職員は難しい顔をして「……貼るだけ貼りますけど、期待はしないでください」と言って来た。
アシティスは亡命者の都。それはある意味で、特殊な技能や特別な才能を持つ者の宝庫であるとも言える。だからほとんどの住民が自身で店を持つし、そうでない場合でもセキュリティの関係上信頼できる相手のもとでしか働かない。
ありのままで良い都だからこそ、外部から来た新参者の下で働く程不用心ではないのだ。
「むしろディーンちゃんがどこかで短期間働いて、人間関係作っちゃうのが手っ取り早いカモ?」
「その通りですね……。でも、まぁ、お金には困っていませんので……そうですね、いないのであれば、それで構いません」
正論も正論である。
新参者はまず現地民との関係を築く。それが一番。
シャイニーさんは素直でちょっと軽めな言動が目立つけれど、中身はかなり大人であるらしかった。
「あ、後はミ・パルティに出てみるのもいいかも? もーすぐだし」
「ミ・パルティ?」
「なんて言ったら伝わるかなー。……うーん、お祭り……はお祭りなんだけど、うーんと、もっと身体動かす感じの」
世界の記録を漁る。
漁って、理解し、「まるでオーリ・ディーンが咀嚼し、思いついた」かのような言葉を出力する。
「運動祭、ということですか?」
「ああうんそんな感じ! 白と黒の陣営に分かれてねー、広場で身体能力を競う、みたいな。といっても大した賞品があるわけじゃなくて、みんな主目的はそこで出る屋台とかカモ。ミ・パルティはあくまでお祭りを盛り上げる華! みたいな」
「参加には何か必要ですか?」
「あ、そだね。屋台出すなら行政塔に書類出さなきゃだし、ミ・パルティ自体に出たいなら運営委員会に連絡しなきゃ。……あーでも、ミ・パルティに出るのはオススメしないかなー」
「そうなんですね」
「ん。なんとゆーか、アシティスの中でも力自慢たちが集まって、いつもはやらない力比べをし合う場、みたいな感じで……ウチらみたいなのはミ・パルティを見ながら屋台で買った美味しいモノ食べてワーワー言うだけって感じなんよねー」
成程。
ヒシカの権能のせいで悪意を持つ者はこの都に入れない。だから基本的にこの都では諍いが起きない。けれど冒険者に始まって力をつけている者はいて、フラストレーション自体は溜まるものだから、その発散先にそういうお祭りを用意している、と。
中々やるな。
加えて立場や血筋を「平等」にしているアシティスだからこそ、白黒の陣営に分かれて一致団結することに抵抗が無い、か。あったとしても無視できる。
この辺はリルレルの権能もありそう。
「シャイニーさん、ありがとうございます。少し考えてみます」
「こんなんでいーならじゃんじゃん相談してくれちー!」
「はい。またお願いしますね」
なお、この雑談の前に幾らかの鉱石を買い取っている。ちゃんと仕事をした上での、だ。彼女とて商売人。善意だけでは動かない……のだろう。もしかしたら動くかもしれない。素直だし。
さて、午後三時という概念がアシティスに存在しない以上、アシティスの外の感覚から時間を判断して店を閉め、早速中央行政塔へ向かう。
行政塔にはあまり人が出入りしないのか、私含め数人しか住民の姿は無く、いるのは職員ばかり。
「そちらの方、どうかされましたか?」
「ああ、ありがとうございます。私、先日この街に越して来たオーリ・ディーンという者で」
という自己紹介とここへ来た目的を話せば、職員はてきぱきと資料を整えてくれた。
羊皮紙に書かれた美しい字。印刷技術はまだ発展していないはずなのに、他の資料のほとんどが規格通りの文字で書かれている。相当字にこだわりのある者が書いているか、審査が厳しいかのどっちかだろうな。
「ミ・パルティに出られる場合は貴女の技能をこちらに記入してください。行政塔での審査の後、運営委員会に渡します。屋台を出したいのであればこちらに……」
そしてマニュアル通りの動き。ここだけ時代がすっ飛んでいるんじゃないかと錯覚するほどに無駄が無い。一応視るけど人間……だね、うん、そりゃね。
必要事項を書いていく。「オーリ・ディーン」の運動能力はそこまでではないので、ミ・パルティに出るつもりは無い。ただ……イルーナさんは出たかったりするのだろうか。彼女はアスクメイドトリアラーなわけだし。……彼女が恢復したら聞いてみるか。
屋台関係で装飾品を出すなら出す商品をあらかじめ伝えておく必要があるとのことで、とりあえず一般受けする装飾品を並べると、職員はこれまた難しい顔をする。
曰く、「屋台で売るには高すぎる」と。
確かに。……確かに過ぎる。
お祭り感覚で買える値段じゃない。たとえここにいるほとんどの人間が元王族貴族でお金なんて数えるのも億劫になるほど持っているのだとしても、TPOというものがある。
銅貨数枚で買えるファストフードの横に最低価格金貨一枚な装飾品は雰囲気を壊すどころの騒ぎではないだろう。
……安価の装飾品を作る、か。
あるいは今回は交流メインにして、屋台を出さないか。
ふむ。
「申し訳ないのですが、此度のお話は無かったことにしていただいてもよろしいでしょうか」
「勿論、大丈夫ですよ」
安い装飾品は作れる。作れるけど、「オーリ装飾品店」のコンセプトに合わない。
だから、それを作成するくらいならこっちが折れる。
ミ・パルティ。人との関係づくりの場としてだけ考えることにしよう。
行政塔からの帰り道。
一応、ということで運営委員会の方へも寄ってみる。
「──ん、つえー奴が来たな」
「お、参加者か!」
「ありゃ、けどほそっこい嬢ちゃんだぞ?」
扉を閉める。
ふむ。ここはイルーナさんには合わないな。
空調装飾の無い部屋で、筋骨隆々な巨漢たちが犇めき合っている……成程そういう感じか。
「ちょ、ちょーっと。お嬢さんお嬢さん、待ってください」
「はい。ごめんなさい。間違えました」
「いや多分間違えてはいないです。ミ・パルティの運営委員会を訪ねに来たんですよね?」
「はい。でもごめんなさい。間違いです」
「いや間違いって言いきらないで! 大丈夫です、大丈夫。あっちは男性部門の参加者や運営で、女性部門もありますから!」
男女で分けているのか。
……まぁ当然か。生き物、というか「機能」に差異があるからなぁ、雌雄というのは。
さて、ここまで引き留められてそのまま帰るのも色々思う所がある。
扉を開くと──おお、幻惑魔術だろうか。先程までの筋肉の坩堝は消え去って、シュミーズドレスとショートスカートをボディスで纏めた細身の女性が立っていた。
細身……は細身だけど、かなり鍛えられているし、隙が少ないな。臨戦態勢……いや、常在戦場?
「ああ、良かった。ミ・パルティの参加申請ですね?」
「いえ、どういう雰囲気かを見に来ただけで。私はこの通りあまり動けませんが、身内に運動の得意な子がいて──」
眼前、拳。威力を考えれば頭蓋骨に甚大なダメージが入っておかしくないもの。
ただ殺気が無さすぎるし、貴女得物は拳じゃなくて足でしょう。
だから避けないし。
寸止めされた拳を見て──数秒経ってから、腰を抜かしたように倒れ込む。
「え……ぁ……」
青い顔をして、発汗し、心臓の動きを速めて呼吸を速めて……。
「……出たくないのだ、ということは伝わりました。不躾で申し訳ありません」
それでも心配はせず、か。
私の「人間ロールプレイ」が甘いなぁ、これは。
となると、茶番を続ける意味は無いか。
「……先ほどの男性方もそうでしたが、騙されてくれませんね」
「ええ、ここにはしっかりとした強者が集まっていますから」
にっこり笑う女性。
英雄というほどではない。万の軍を率いるタイプでもない。
だけど、生存本能においては、かな?
「ちなみに、どうして出たくないのかを聞いてもよろしいでしょうか」
「私は戦闘者ではありませんし、するにしても装飾品を扱いますから、身一つで戦う戦い、というものからは身を引いています」
「おや、それなら道具の持ち込み可の部門もありますよ」
なに。
……それなら、「オーリ・ディーン」のモチベーションにも繋げられるな。
「どこまでの持ち込みが許可されていますか?」
「相手を殺傷しない程度であれば、ですね」
「であればやはり止めておきます」
手加減は勿論できるけど、装飾品込みの戦闘は言わばアピールタイムに近い。そこでしょーもない性能の装飾品を見せつけたって意味はないだろう。
「残念です。貴女が出てくれたら、とても盛り上がると思いましたのに」
「盛り上がりには欠けていたと思いますよ。効果の高いものであれば、相手に何をさせることもなく負けを認めさせる、なんて装飾もありますから」
「ふふ、面白いですね。仮に本当にそういうものがあるとしても、ここの参加者たちには効かないでしょう。ですから安心して」
しつこいので首を落とす。
黒白相克。落ちた首。双眸が最後に目にするは赤の面。
──という、幻覚。
「ッ!?!?」
飛び退く女性。
騎士ニギンの方が反応速度に長けるな。前から思っていたけど騎士ニギンってやっぱりかなり強かったのでは。あそこで勝っちゃったのが分かれ目だったなぁ。
「引き留め、掴んだものが天龍の尾である可能性は常考えた方がよろしいかと」
「……不快にさせたこと、申し訳ありませんでした」
「はい。では、失礼いたします」
……おや、おかしいな。
人間関係を築きに来たのに、気まずくなった人が一人増えたに終わったような。
恢復したイルーナさんは、けれどミ・パルティには出ないらしい。曰く「アスクメイドトリアラーは一応その……裏のお仕事なので」とのこと。確かに。
和解したとはいえ、元アスクメイドトリアラーの人間もいるとのことだったし、その辺色々あるか。
それから時折来るお客さんに対応しながら、軽々と七日が経って、ミ・パルティの当日になった。
中央運動公園、と呼ばれる場所で行われるミ・パルティ。イルーナさんと共に現地に向かえば、既に屋台がずらり。食欲に作用する匂いを出す屋台が多いけれど、魔法薬や刺繍、工芸品などを出している屋台もある。装飾品の屋台もあるにはあるけれど、効果は気休め程度のものばかり。だからこそ安価で買えるんだけど。
「人がいっぱいですねぇ」
「そうですね。活気があります。ああ、そうだ。イルーナさん」
「はい~?」
「これ、臨時ボーナスです。今日買いたいものなどあればどうぞ。余っても返さずとも問題ありませんので」
「いやいや、そんな、悪いですよ~。それに、お金は困ってませんから~」
「色んな屋台を巡って、人間関係を構築してきてください。その最中で従業員になれそうな方を見つけたら、その場で声をかけてくださって構いません」
「……スカウト代、ですか~?」
「果たしてアシティスの人間がお金に釣られるかは謎ですが。私は左回りで行きますので」
「そういうことなら~。あ、でもオーリさん」
「はい?」
「お祭り、ですからね~? オーリさんも楽しんでください~」
……まぁ、そうだね。
別に従業員集めは火急じゃない。普通に楽しむ……「オーリ・ディーン」に楽しませることも考えよう。
とはいえ、である。
私の……「人間ロールプレイ」の時の「許容できないもの」については確かに決めているけれど、趣味嗜好についてはあまり細かく決めていないのが事実だ。
何に興味を持つのが「ぽい」か。
食……は作れるし、工芸品や魔法薬も自分でできるし。
どうせだったら私の発想からは出てこないものがいいよね。
まぁ無いよね。
私がどれだけ人類史を見てきたと思っているんだという話で。たとえここが亡命者の坩堝だとしても、そう簡単に目新しいものなんて出てこない。
というよりアシティス自体「閉じた都」だから、独自進化こそすれど新規の風なんて外と繋がっている施設にしか入ってこないのだろう。
「おねーさん、おねーさん!」
「はい」
「スライック焼き! 買ってって!」
「わかりました」
とか。
「よう嬢ちゃん、細っけぇなぁ、もっと食え! ウチのガリオラは美味ぇぞぉ?」
「わかりました、買います」
「まいどあり!」
とか。
オススメされたらとりあえず買う。
食べる。
美味しいことは勿論美味しいけど、新鮮味はない。使われている材料、調理方法、火加減や使っている調理器具の種類までの全てが脳裏に浮かび、また消えていく。
伝統の味なのだろう。あるいは独自性に溢れた味なのだろう。けれど、"超える"ほどのものではない。
串モノはゴミが出るから適当に消してしまおうか……と思ったら、至る所にダストボックスが。ちゃんとしてるなぁ。
「お姉さん」
「はい、買いますよ」
「え? あ、そうじゃなくて……ちょっとお願いがあって」
「はあ」
女の子に声をかけられた。成人したてくらいの女の子。
どうにも男性、少年らはミ・パルティの熱狂を見に行っているようで、屋台周りは女性客が多い印象にある。
で。
「お姉さんの耳につけている耳飾り、どこで買ったものか教えて欲しいんです」
「ああ、これは私の店の商品ですよ」
「あ……じゃ、じゃあお姉さんの屋台を教えてください! 買いに行きます!」
……ほー。
そういうこともあるのか。
じゃあ、
少なくとも「オーリ・ディーン」の趣味嗜好がわかったのは益だ。
彼女はちゃんと、自身の装飾品を褒められるのが好きらしい。
起こす"改変"は中央行政塔での申請時。あの時諦めることなく書類を書き、長い長い手続きをし、時間は相当ずれるけど運営委員会にも行って、イルーナさんの恢復もちゃんと待って。
「ありがとうございます!」
「ええ、構いませんよ」
案内する。
店番は居ない。ただし、超小規模
それを解除し、私は屋台の中へ。
「私がつけているものはこれですが、他にもいろいろあるので、良かったら見て行ってくださいね」
「はい!」
値段設定もできるだけ抑えたことにした。材料費を浮かせて、装飾技術だけをしっかりさせて。
だから耐久性能は少しばかり落ちるんだけど、効果は通常通りだ。戦闘をしない普段使いであれば早々壊れることもないだろう。
今彼女が見ているのは私が常につけている耳飾り。非貫通式のイヤリングで、敢えて砕かれた宝石が金属に織り込まれ、不思議な光を見せている。
名を『クミロアのイヤリング』。効果は風の無効化。これをつけている限り、風であればどれほどの威力でも掻き消すことができる。魔力由来だと普通に吹かれるので、魔力の暴風には為す術もない……けど、戦闘をしないのであれば髪の乱れや服装の乱れを気にしなくて良くなる生活に根差した一品。
そう、この屋台ではそういう「生活において必要で且つデザインに優れた装飾品」を取り揃えてみた。
……すごく。
すごく、迷っている。最初に目をつけてくれたイヤリングは買う前提のようだけど、予算があるのかな、もう一つをどれにしようか真剣に真剣に悩んでいる。
舞台装置の感情は無いにしても、「オーリ・ディーン」はそれを喜んでいるのだと思う。良いね、「オーリ・ディーン」のディティールがしっかりしてきた。生まれてからそれなりに経つけれど、まさかこんなところで固まるとは。
「あ、あの、この指輪はどういうものですか?」
「『ラルのフォークリング』ですね。これは自身の周囲の湿度と気温を一定に保つものです」
「じゃあ、こっちのは」
「『ミトキネックレス』です。熱の魔力を扱うため、寒い所では暖かく、暑いところでは冷たくなります。ただ、常に気温が一定なアシティスではあまり使い道がないかもしれませんね」
「……でもこれが……可愛いです。これにします!」
用途ではなくデザインか。
それもまた装飾品の定めなり。
アシティスの住民なだけあってお金持ちらしく、「抑えた」と言ってもそれなりにするアクセサリーをポンと買っていく様は流石。
早速、といった様子で女の子はイヤリングとネックレスを身に着け、屋台に用意してあった鏡で確認もしている。どうやら満足が行った様子。
「あ、私はクラリスって言います。その、お姉さんのお名前と、お店を教えてください! 次はもっとお金持ってきていっぱい買います!」
「ありがとうございます。最近この都に来たばかりですが、オーリ装飾品店という店を開いています。オーリ・ディーンという者です。よろしくお願いしますね」
「覚えました! ……あのその、お、お客さん……次のお客さんが来るまで、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい?」
「これ……かなり現代風にアレンジしていますが、デザインのベースはラスタマリア王朝前期に流行ったリープス織りを汲んでます……よね?」
「ええ、よくご存じですね。正解です。とはいえ、リープス織りの後期に現れたカプス織りをリープス織りでリアレンジして、違和感を生じさせるようにしたものを現代風に均したもの、が正しい表現になるでしょうが」
「……凄い。……本当だ、中にカプス織りが入ってる。……華やさと煌びやかさと、質素さと節制を同居させるラスタマリア王朝前期から中期にかけての代表的なデザインを……一個の作品に……」
貴女の方が凄いけれど。
ラスタマリア王朝前期が何千年前のことだと思ってるんだ。その頃の装飾をよくもまぁそんな正確に覚えているものだな。
「クラリスさんは、デザインをお仕事に?」
「は、あ、は、はい! そうです、まだまだ駆け出しですけど……織物が好きで。昔の人々が着ていた服を自分なりに考えて再現してみたり、復元してみたりをしています」
ふむふむ。
デザインか。
私のデザインは基本的に過去流行ったものの組み合わせや、歴史の中に埋もれたものを発掘しているだけだからなぁ。
新規デザインは中々作れない。
「どこかで働いているのですか?」
「いえ、まだ修行中なので……自分に自信がついたら、お店を持つつもりですが」
「でしたら、しばらく私の店で働いてみませんか? 私も過去の装飾にはそれなりに詳しいので、良い体験になると思いますよ」
「……えっと」
「ああ、申し訳ありません。アシティスでしたね、ここは」
警戒されたか。
とすると、彼女もやんごとなき血筋なのかな。やんごとなき血筋じゃない方が珍しいけど。
「今決める必要はありません。いつか私の店に来て、触れるものがあったら──」
「──いえ! 今、感じました。ゴルドーナ様の前髪ですね、これは」
ゴルドーナには普通に後ろ髪があるけれど。
「改めまして。クラリス・クラリッサ・クレイムハルトと申します。そうですね……明日、明日にお店へと伺わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
クレイムハルト。
……やんごとなき、ではなく。
大罪人の血筋、か。まぁ私が気にするところではないけれど。
イルーナさんに色々言い含めておかないと危ないかもね。
さて、ミ・パルティも終わりが近いらしく、中央広場の熱狂が最高潮にまで達してきている。
こうなると人波は屋台を無視してミ・パルティを見に行くようで、クラリスさんと別れた私もまた盗難防止結界を張った上で広場へと向かうことにした。
「──ヴァイデンス!! ここで会ったが百年目、今日こそ決着をつけるぞ!!」
「シュターク。君と僕が会ったのはたった四百八十四日と三時間前のことだ。言うほどの確執はないし、勝敗もそこまで拮抗していないだろう」
「俺が負け越してるから言ってんだよ!!」
ドン、と。
踏み込みの音なのはわかった。今やっている競技が何なのかは知らないけど、随分と殺気の籠った踏み込みだ。
次の瞬間、シュタークと呼ばれた大男はヴァイデンスという男性の目の前にいて──その首を掴まれ、投げ飛ばされる。
……廻天法則を使った投げ技? 珍しいなんてものじゃない、あの対権能剣術と同じくらいの古さ、そして希少さだ。
いいね、換期法則だって天龍だけのものじゃない。法則は法則として存在し、それは誰にだって使えるものだ。使える、という事実を知る人間がエルブレード歴で軒並み死に絶えたせいでほとんどの流派が消え去った今、こんな外界と隔絶された場所にそれが残っているだなんて。
「チッ、相変わらず意味の分からねえ投げだな!」
「君が学習しないだけだ、シュターク。僕はこの技を君に何度も見せている。そろそろ攻略したらどうだ?」
「できんならやってんよ!」
投げ飛ばされたシュタークが、空中を蹴ってヴァイデンスの直上から彼へと急襲する。
今のは普通に無色の魔力で足場を作った感じだ。それにしたって練度が高いけど。
……これなら参加してもよかったかもなぁ。「マイク」とか使えばいい試合ができたかもしれない。
「燃えろ、燃えろ、燃えろ俺の拳!
「攻撃する時にわざわざ魔法名を叫ぶのも君の悪い癖だ。折角僕の死角を取ったのだから、黙ってやればいいものを」
「うるせー! 黙って殴ったら気持ちよくねーだろうが!」
「流石だシュターク。相変わらず理解ができない」
高圧水流が地面から立ち昇る。水の魔力の動きは見えていたけど、ただの魔力操作でここまでの威力が出せる人間がいるのか。
無詠唱魔法を使ってくれたら今度から私も大手を振って無詠唱にできるのになぁ、とか思いつつ、二人の試合を見る。
どうやらシュタークが白陣営で、ヴァイデンスが黒陣営らしい。
両陣営の応援が凄いのは勿論なんだけど、どこか呆れも混じっている。
「あ、いたいたオーリさん」
「ああ、イルーナさん。どうでしたか、収穫は」
「いろんな国のお料理が食べられました~」
……私が聞いたのは従業員の話なんだけど。
まぁいいか。
「それより、すごいですねーミ・パルティ。あの人たち本当に一般都民ですかー?」
「さて、そこの詮索は無しにしても……なんでしょうね、この盛り上がりの欠けは」
「え? とっても盛り上がっているように見えますけどー」
勿論凄い熱狂だ。
だけど……まるで、「結果は見え透いている」とでも言うかのような雰囲気は。
「ほほほ、ディーンさんかな、うん、ディーンさんだな」
「おや、ヒトットさん」
オーリ装飾品店お客さん第一号の老人、ヒトットさん。
歩行に難があるからあまり外に出ない人……かと思えば、杖こそついているものの毎日毎日元気にアシティスを歩き回っている元気なご老人だ。
「それに、イルーナちゃんだな。うん、風邪はな、治ったのかな」
「は、はい~。ご心配おかけしました~」
「良い、良いよ。若い内の風邪はな、大丈夫。ほほほ、それでな、うん、うん。もう見えはしないけどな、今回もシュタークとヴァイデンスが戦っているのな」
「今回も、ということは、前回もですか?」
「うん、うん。二人がな、この都に来てからな、ミ・パルティの最後の戦いはな、ずーっとあの二人なんだな。結局な、あの二人より強いのが現れないからな、うん」
「イルーナさん、飛び入り参加して二人とも熨してくるというのは」
「やりません~」
できないとは言わない。
まぁ、そうか。流石にね。
「ちなみにな、飛び入り参加はな、例外を除いてな、固く禁じられているな」
「例外?」
「そう。──勝てば良いな? 特に賞品があるわけでもないからな、負けると行政塔のな、いろんなのからな、勝負がうやむやになったとかな、やいのやいのと言われるけどな、勝てば問題ないな?」
……。
いややらないけどね?
「盛り上がり、最高潮じゃないのはな、どうしてもヴァイデンスの方がな、一枚上手だからな」
「あー、結果が見えちゃってるんですねー」
「ほほほほ、埋まらない壁というものはな、どうしても、どうやってもな、存在するものだな」
──感じる。
中央行政塔の天辺から──リルレルの期待の視線を。セノグレイシディルはいないらしいけど、なぜかリルレルが私を期待の目で見ている。
──"やってほしい理由。三つ"
──"まま。つよさ、いまの。にんげん、はあく。したい"
──"素直だね、リルレル。いいよ"
私の行う「人間ロールプレイ」の強さを測っておきたい、と。
隠さないのは良い事だ。秘匿の都だけにね。
じゃあ、天空城で待機状態にあった「魔色の燕の長」を転移させようか。
「──飛び入り失礼」
……あれ、なんかもう一人来たけど。