神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「おっとマズイ食べられる。……どうせ見えないだろうけどね!」

 満月。

 

「あら、オスコー。珍しいわね、一人なんて」

「……ユーカ。まぁ、俺にも酔いたい時ってもんがあるのさ」

「酔いたい時? 普段浴びるようにお酒を飲んで、みんなと騒いでいるあなたが?」

「場に酔うんじゃなくて、酒に酔いたいって話だ」

 

 アズキーブルの討滅は終わった。しかし、損害は甚大。

 生き残った者達で行われた宴会には皇族さえも出席したが、反面、死者を偲ぶ者達は参加を辞退した。

 

 前線……大盾を持ち、アズキーブルの攻撃を何度も防いだ防御の要、オスコーもその中の一人。

 あるいは熱魔法の使い手ユーカも。

 

「……死んだな、みんな」

「ええ。……そうね」

 

 騒げなかった。

 いつもなら、あるいは一人、二人の犠牲であれば、その追悼も兼ねて騒ぐ。悲しみを忘れるように。そして先に逝った仲間が安心できるように。

 でも──今回は、それが多すぎた。

 

 アズキーブル。周期的に現れる魔王ではなく、魔物の王とまで言われた最強の魔物。

 七の都市を滅ぼし、二つの国を食い散らかし、あらゆる場所を焦土にした災厄。

 

「……ああクソ。酔うって……こんなに難しかったか」

「酔って……忘れたいの?」

「んなわけねぇだろ。でも、酔わねえと折れちまう。聞こえるんだ。盾を持つたびに、守り切れなかった仲間の断末魔が。通しちまった攻撃の先に、俺が守ってくれるって信じてた奴らの目が浮かぶ。……忘れちゃいけねえ。でも、今日か明日かは忘れねえと……俺はもう使い物にならねえ」

 

 後悔と葛藤。

 もう戦いは終わったというのに。いいや、終わったからこそ、オスコーの苦難は退かない。

 

「……ねえ、オスコー。覚えてる? アズキーブルに挑む前に、みんなで決めた事」

「"今まで通りとは行かない。今回は絶対に誰かが死ぬ。だから、誰が死んでも前を向け"。……覚えてるさ。だが」

「あなた、自分が死ねばよかったって思ってるでしょう」

「──」

 

 オスコーは……息を呑む。

 酒を飲み、傷心に浸るのは、後悔があるからだ。

 

「ジョイス。あなたのライバル」

「……そんなんじゃ」

「いいえ、私は知ってるの。あなたが彼をライバルとしてみていたことも、……あと一歩のところで、あなたの脚にガタが来て、彼を守ることができなかったことも。私、魔法使いだから。後ろから全部見てた」

「じゃあ……隠す意味も無いか。……ああ、そうだよ。クソみてぇな話だがな。俺が死んで、ジョイスの奴が生き残れば良かったって……らしくもねぇこと考えてる」

()()()()()()()()()()()()()()()()

「あ? ……ああ、アイツが俺の立場だったら、って話か。……かもな」

 

 分岐点は一つだけ。

 アズキーブルと接敵した際の、オスコーの右足の位置。

 それが横に指先一本分ずれていたら、死ぬのはオスコーだった。そして今ここで一人酒を呷っていたのはジョイスだった。

 

「……ねえ、おかしな話を聞いてくれる?」

「話ならなんでもいい。気が紛れる」

「……国へ帰ったら、私達は英雄扱い。戦いをやめる止めないは自由だけど、多分、死ぬまで遊んで暮らせるくらいの財産と地位が与えられる」

「まぁ、俺は金だけ貰って地位は他の奴にでもくれてやるつもりだが」

「私は多分、その前に死ぬわ」

 

 素早かった。

 オスコーは張りつめた形相でユーカの服を捲る。仮にも女性の服を。

 

「ダメよ、オスコー。お酒が入っているからってそんなことをしちゃ」

「……バカヤロウ、今のはお前が悪い。……とんでもない怪我でも隠してるんじゃねえかと勘繰っちまっただろうが」

「ああ、そういうこと。ごめんなさい、言葉が足りなかったわ」

「怪我じゃねえなら、病気か? 帰還ルートを変更して、医療殿に」

「そうじゃないのよ、オスコー」

 

 ユーカは空を見上げる。

 巨大な月と星々は、彼らを優しく照らしている。

 

「私ね、天寿を全うできないの」

「……なんかの呪いか?」

「呪いか、宿業か。……私の人生は、志半ばで終わる、って決定づけられている」

「なんだそりゃ。誰かに命を狙われてる……んだとしても、お前の腕で撃退できないなんてことないだろ」

「守ってくれる?」

 

 それは、最早告白だった。

 気付かないオスコーではない。でも、すぐに返事ができない。

 

「──ふふ。そんな所までジョイスと一緒」

「は……んだよ、からかったのかよ」

「気を悪くしないで、オスコー。それはただ、別の可能性の話だから」

「……あー、酔えねえつったって酒は入ってんだ。小難しい話はやめてくれ」

「ええ。そうね。そう。……小難しい話は、もうしないわ」

「おう。で、守ってくれ、だったか。まぁいいよ、俺が使い物になる内は守ってやるさ」

「……ええ、ありがとう」

 

 だから。

 翌々日の帰路にて、アズキーブルの番とその子らによる襲撃を受けた一行は、しかし皇族がいたということもあってか、最大限の力を発揮して襲撃を撃退する。

 損害は──死者一人のみ。

 

 ユーカ・テンヴァル。

 アズキーブルとの戦いで魔力を使い果たし、その回復の追いつかぬままの状態にあった魔法使いだけだった。

 

 

 

 

 いくらアシティスに「一日」が無いとはいえ、時間の概念はあるし、伝統という形で朝昼夕を守っている家も存在する。

 クレイムハルト家はそんな家々の内の一つだった。

 ちなみにどのようにして時間を守っているかと問われたら、当然のように時計である。白夜の都といえど時計は動く。ただし「家ごとに時間が違う」という欠点もあるので、待ち合わせなどには向かない。中央行政塔は締め切りなどを遵守する割にその辺を統一していないのはおかしな話であると思いつつ、それで秘匿の都が回っているのだから私の口出す範囲ではないと一人納得する。

 

 夕飯。酒類と根菜多めの少し偏っているとも見える食事は、クレイムハルトの貧困と繁栄の表れか。

 

 なお、クラリスさんは一人娘らしく、クセの強い家族全員が彼女を溺愛していて……だからこその態度だったと、何故か食事時まで給仕の恰好をしているクラリスさんの母親から伝えられた。

 これから同じ職場で働く、ということでクラリスさんとイルーナさんは親睦を深め中。

 その間に私は大人の話。雇用形態の話から、私の身の上話へと話が飛んで……少しばかりヒリついた空気に。

 

 それは「お爺様」……あの怪老が現れてからのことだった。

 

「エミリアーノ、ヒドゥンス、少しばかり席を外せ。儂はこの物の怪と話がある」

「親父、彼女はクラリスの」

「わかっとる。じゃが、こちらにも譲れんものがある。下がれ」

 

 ……どれだけふざけていても、主権を握るはこの怪老か。

 クラリスさんの両親は渋々、そして心配そうに私を見ながら、頭を下げて食堂を退室した。

 

 さて。

 

「お婆さんは?」

「ひょひょ、人間じゃからな。寿命差は埋められぬ」

「クレイムハルトに近づいた理由は?」

「別にクレイムハルトだから近づいたわけではない。儂は儂の好みで妻を選んだ。それがたまたまクレイムハルトだっただけじゃ」

 

 時を止めろ、だの。

 物の怪、だの。

 そして「死後の苦界」を知っている発言も。

 

「絶滅したと思っていた。獣人……どこに隠れていた?」

「埋没しておっただけよ」

「イントリアグラルに会ったの?」

「ひょひょひょ、貸しがあっての。"歴史"の切り替えを越えさせてもらったわい」

 

 前にも述べたけれど、イントリアグラルの権能である埋没は少しだけ私を飛び越えることができる。私が故意に視れば視ることのできないものなど無いのだけど、特に気にしていなかったら埋没されたものに対して気付くことができない。

 イントリアグラルは続投の神だから、さもありなん。

 

「といっても儂の寿命もそろそろ限界で、息子にもクラリスにも血はほとんど受け継がれなんだ。物の怪、気にすることはない。獣人などという過去の遺産は断ち切られるだろうさ」

「そうだね。今視た限り、現存する獣人はあなただけみたい」

「ひょひょひょ、当然よ。お前が世界を握りつぶした時、獣人も人間も、いいやありとあらゆるすべてが消えた。万象の地平。それ以外は何も残らなかった」

 

 獣的特徴はほとんど出ていないけれど、この怪老は紛う方なき獣人だ。

 長い寿命に驚異的な身体能力。そして、「一人に付き一度まで蘇ることができる」という、一人目のディモニアナタから与えられた加護によって、繁殖力の高い人間と対等に世界を渡り歩いた種族。

 

「自分の種族は明かしていないんだ」

「魔族と勘違いされかねんからな。妻には言ったが、息子にまで言う必要はなかろ」

「つまり、息子夫婦を下がらせたのはそれ関係の話?」

「是なり」

 

 怪老は──コト、と。それをテーブルに置いた。

 濃い橙色をした結晶。

 

「感情結晶・欲。『蜜欲結晶』。今は封印を施してあるゆえ反応しないが、コイツはクラリスを狙っておる」

「へえ」

「少なくともこの都にいるうちは秘匿の霧があの子を守るじゃろう。が、ひとたび霧の外に出れば、コイツはクラリスを狙う」

「それで、私に何をして欲しいの?」

「壊すか、他者に向けろ。クラリスはいつか外を目指す。その時、余計な災禍を背負う必要などない」

「私にメリットが無いかな。感情結晶の所有者、その選定基準は当人の感情にある。クラリスさんが良い子だというのはわかるけれど、私が介入したいと思うほどじゃない」

「メリットデメリットで言えば、お前には何を与えようと奪おうと関係なかろう。全知全能が益無益を語ること自体が無益。違うか?」

 

 それは確かにその通りだ。

 だってメリットなんて簡単に作れてしまう。他の手段では得られないからメリットというのは交渉材料になるのであって、代替できるのなら意味はない。況してやリスク付きであるのなら尚更に。

 

「それをわかっている上で、じゃあ何を交渉材料に?」

「儂の魂の価値で、どれほど動ける。どれほど運命を動かせる」

「あなたの死程度では何も覆らないけれど」

「そんなことはない。儂の魂の規模は現存するあらゆる存在に勝る。ああ、天龍は除外するがの。そんな莫大なリソースを好きに使えるとあらば、少しくらいの無茶もできるはずじゃ」

「たとえば?」

「総量保存法則の書き換え」

 

 ……。

 上手いな。

 私が唯一歯がゆい思いをしている部分を確実に。

 

 総量保存法則。

 水晶玉内部の魂の総量は完全に一定量であり、増減することはない、という法則。この法則は私が敷いたものだけど、同時に敷かなければならなかったものでもある。

 これが無いと魂は無限に増える。転生という概念を有さないこの世界において、死後の苦界と現世に溜め込まれる魂は無制限に増えることができてしまう。ただし、箱庭……水晶玉の中でそれが起きればどうなるか。

 当然、内側から割れる、という事象が発生する。

 

 だから私は総量保存法則を設置したし、今この老人は自身の抱える莫大なるリソースを私に与えると言っている。

 億を超える人間を分解し、人間として再構築する。それが今を生きる人間であり、苦界で狂い果てた魂をクロウルクルウフが巡環させることで肉体は魂を得る。

 

 だから、いつかは「同じ人間」が生まれる。

 今でさえそうなりかけている。目新しい発見は徐々に失われ、時折現れる突然変異や「全く新しい組み合わせ」だけが輝きを放つようになっていて、それ以外は凡夫だ。

 

 けれど、仮にそこに莫大な……獣人を分解したリソースが入ったのなら。

 

 総量保存法則は書き換わり、新たな法則となって「成長」が、あるいは「突破」が見られるだろう。

 

 これは人間だけじゃなく、神々にも言える。

 リルレルが食い、己と向き合っているフォルーン。自決を選んだホタシアとメイズタグ。

 彼らを作り直す際のリソースに、今までとは全く違う要素を入れ込むことができたのなら、何かが変わるかもしれない。

 

 だから私はラスカットルクミィアーノレティカの「運命」の消費を早めたし、アルゴ・ウィー・フランメルの情緒を解放した。

 巨大で莫大な運命を持つ者達は、それを抱えたまま死するのではなく、換期法則で運命のプールが綯交ぜにされる前に使い果たして欲しい。そうすれば、新たな命は、新たな成分を得た生命となる。

 

「ひょひょひょ、全知全能の神は、しかし、この水晶玉の中でだけの全知全能よ。儂は知っている。メタフィクショナーのことも、この世界の外にある無と、その中に点在する幾つもの世界のことも」

「……"前"のディモニアナタ?」

「そうじゃ」

 

 まぁ、だろうな。

 獣人がいたころのディモニアナタは賢かった。それこそ総量保存法則を逆手に取り、私を脅す程に。死後の世界を己が領域と強く認識することで、イントリアグラルの埋没と同じくらいの堅牢さにせしめた。これにより死者の魂を気軽に取り出すことができなくなって、人類も獣人も出生率を下げ、やがては無人の世界となる──そんな脅しを。

 無論、"前"のディモニアナタとて私が「やろうと思えばなんでもできる」ということを知っていた。けれど、絶対に「やろうと思わない」と踏んでの脅し。

 

 私は子供達を愛してはいない。

 愛してはいないが、喜びはする。それこそホタシア然り、メイズタグ然り。

 彼らが定められた枠組みを超え、「一個体」となることに喜びを覚える。"前"のディモニアナタはまさしくそれで、その脅しの先……無人となった世界でようやく行える秘策がある、というところまで視えていたから、私は「神の敵」として「歯噛みをする」という状態になった。

 

 ──目論見が崩れたのは、その"前"のディモニアナタが──人間と獣人の混成部隊、神殺しにあっさりと殺されてしまったことだろう。

 出生率の低下の原理を見抜いた彼らの中の学者が敵をディモニアナタと見定め、ディモニアナタの生死の権能をなんとか掻い潜って殺した。確かにそれで出生率の問題は解決したが──ディモニアナタの真意を見抜いていた神々。特に「神殺し」の援護をしていた神々に見放され、「神殺し」達はそれを裏切りと処断。混成部隊は晴れて本当の「神殺し」部隊となったわけだ。

 一応言っておくと、私と最初の「恋愛ロールプレイ」をした彼とは時代がかなり違うので、それはそれでまた別の話。

 獣人は基本的に人間と仲がいい……というか敵対する理由があまりないから、混成部隊を作りがちだった。だから魔族にしたんだけど。魔族にして尚協力する者が出るから、さらに魔族に「人間と協力するのが難しい設定」をつけて、ようやく今。

 

 この辺のそれぞれがどう影響するのかは待ってみないとわからない……わからないことにしているから、どうしても時間がかかる。

 

 これも「それこそ」だけど。

 やろうと思えば、未来の全てをみることも、誰が何を画策しているのかを視ることも、できてしまうから。

 

 だから、やらない。

 

「物の怪。これでもまだ足りぬか?」

「足りないね。感情結晶の所有者に選ばれたということは、これより先の未来でそれを振るうに値する運命を有しているということ。むしろ期待してしまう。確かに天才なのかもしれない。確かに努力家なのかもしれない。けれど、()()()()()()()デザイナーが無尽蔵の魔力と果ての無い欲を手に入れて、何を為すのか」

「……あの子に物欲は存在しない。微かほどもな。じゃが、知識欲は……恐らく他者を寄せ付けん。知識欲。その怪物となったクラリスが、アシティスに留まっていられるわけもなし。世界中の遺跡という遺跡、文献という文献を探して回り、それが尽きれば──」

「国を襲い始める。各国に保存された記録。一般人が決して見ることのできないそれが存在することを、悲しいかな、クラリスさんは知ってしまっている。このアシティスという地が、他国の高貴なる一族らの亡命地ゆえに」

「そうじゃ。あるいは先にここを潰すやもしれん。ここの住民とてクラリスには知ることのできない知識を持つ者も多かろう。この地で生まれたクラリスを秘匿の霧は弾けぬし、仮に弾いたとしても中の住民が快くあの子を迎え入れようさ。既にここの民も知ってしまったからな。クラリスの才を。己が懐古を満たす手を」

 

 随分と。

 

「随分と、感情結晶を壊さない方が良い、というような論調の展開をするけれど、止めて欲しいんじゃなかったの?」

「この程度を思いつかんお前でもあるまい。むしろ誘導した方じゃ。儂の考えつく最悪に行きつかぬようにな」

「そう。無駄な努力お疲れ様」

「ひょひょひょ、良い、良い。それをして尚儂は交渉の席についていると思っておるからの」

 

 ならば、それは「楽しみ」になる。

 この怪老が何を指しだすのか。己というリソース以外に何を指し出せるのか。

 

 ニヤリと笑う怪老は、懐からリングケースを取り出す。

 それを開けば──深い青色の指輪が。

 

「『シュトルーパル』。かつて存在した装飾品であり、武具であり、防具であり──お前が一度も認知しなかった鉱石と技術によって作られた前史異物(オーパーツ)。ひょひょひょ、"視"るなよ? それでは面白くないからの」

「言われなくても視ないけど。……なるほど、それについての知識……歴史。その全てが交渉材料」

「そうじゃ。気になるじゃろ、コレ」

「気にならないと言えば嘘になる。そして、やるつもりはなかったけど、ちゃんと理解したプロテクトも張ってある。流石と言ってあげるよ」

 

 どこをどう"改変"しても、このリングの情報へ私が辿り着いた過去は作れない。

 つまり創世にまで遡ってまで決定づけられた運命を使っている。果たして何人分の運命を費やしたのかは知らないけど、大掛かりな仕掛けだ。このリングについての詳細を知るには、ここで手に取って解析するか、世界の記録を視るしかない。けれど後者はするつもりがない。面白くないから。

 

 さて──天秤だ。

 全く知らない鉱石と、全く知らない技術によって作られた指輪。

 何ができるのか、何を為せるのか、その邪悪たる末路まで知り尽くしている感情結晶の行方。

 

 どちらを取るのか。

 

「ところで、あなたが死んだらその遺産はどう分配されると思う?」

「……成程。この『シュトルーパル』をクラリスが見たのなら、感情結晶を手に入れたあの子は息子夫婦を殺してでも『シュトルーパル』を手に入れかねない。倫理や忌避はない。感情結晶とはそういうもので、況してや『蜜欲結晶』ともなれば抑えは利かんじゃろうからな」

「その指輪、処分方法は存在するのかな」

「ひょひょひょ。──無い。"前"ウアウア(Uakruacm)、"前"ノットロット(Knot lot)、"前"ゴルドーナ(Goldna)、"現"リルレル(Rlrrl)の加護のかかったコイツは、不壊の属性を有してしまった。儂が死してもコイツは遺るし、壊れることのない遺産として、あるいはクレイムハルトの家に代々引き継がれるやもしれん」

「なら、それを待てばいいだけだね」

「ひょひょひょ……そうでもない。コイツを無に放り出してしまえば、お前とて引き留められぬじゃろう」

「何を以て穴を開けるの?」

「さてのぅ、択はいくつかあるが、状況に則すかの」

 

 その通りだ。

 そしてそれは、もう一つの脅しにもなる。

 

 水晶玉に穴が開けば、その『シュトルーパル』が消えるだけでなく、この怪老も、そして周囲のリソースも持っていかれるだろう。

 損失が大きい。

 

 天秤。

 

「──問う。『蜜欲結晶』」

「ひょ?」

「クラリス・クラリッサ・クレイムハルトは──私に抗いてまで欲さんとする存在か?」

 

 問いに、『蜜欲結晶』は自身を封じていた魔術をいとも容易く破って──消えた。

 まるでそこには、何もなかったかのように。

 

「命拾いしたな、老人。交渉材料たるお前の命を差し出す必要はないが、穴を開けるのだけはやめておけ。お前の愛する子供達まで無に放り出される。お前が考えているより、無は悲しい場所だ。何もない──何もない。何もない場所。命を捨てるにしても、他に場所があろうさ」

 

 そして、と。

 私は、自身の中指に『シュトルーパル』を出現させる。

 

「──!」

「少しばかり舐め過ぎだ、老人。その不敬に何を言うことも無いが、それもまたお前の運命なのだろう。見事『蜜欲結晶』はクラリス・クラリッサ・クレイムハルトから離れた。基本的に感情結晶は私に抗う勇気を持たん。一度諦めた者を二度狙う、などという愚行は犯さない。……最後に」

 

 これは舞台装置からの忠告だけど。

 

「ウアウア、ノットロット、ゴルドーナはわかる。奴らは人間に親身だ。だが、リルレルの加護を得られたのなら、それは後生大事にしろ。祝福の神はお前達が考えているほど人間を好いてはいないし、寛容でもない」

「……それは知っておるよ。加護を貰う際、途方もない代償を払った」

「一応聞いておこうか。お前の時代でのリルレルは、何の神だったのかを」

「"祝福の神"、"終帰の神"、"貪食の神"、"代替の神"……呼び名は無数にあったが、最たるは"錯角の神"リルレル。無数に交わる運命の直線に過る、あり得なかった可能性の神」

「そこまで。むかしばなし、きらい。ボク、いま。きにいっている、じんかく。もどる、いや」

「ひょひょひょ、神がそう易々と一般家屋に現れるでないわ。肝が冷えるじゃろうに」

「ずるい。ボク、だめ。まま、いい。おかしい」

「いやまぁそれはそうなんじゃがの。どっちも俗世に当たり前のような顔をして存在しているのはおかしいと言えようさ。特に物の怪。お前、何を考えている。昔からじゃが、人間に混じって生活なんぞしおってからに……」

「まま。あるていど、ばか。ちゃんと、いっても。つうじない、あきらめる。かしこい」

「へえ」

「よし。にげる、じゃあね」

 

 突然現れて、突然消えるリルレル。

 その首根っこを掴んで私の膝の上に座らせる。

 

「……にんげん。たすけて、いまのは。ながれ、そのばの。わかるでしょ」

「すまんのぅ祝福の神よ。儂、そろそろ歳でな、耳が遠くて遠くて。夕飯……はまぁ食べたばかりじゃし、そうじゃのぅ、ちょいと孫娘とその同僚を揶揄いにでも行ってくるわい」

「イルーナさん、真面目なので。変に刺激しないでくださいね」

「ひょひょ、わかっとるわかっとる。……感情結晶の問題が無くなった今、儂はあの子の夢を阻害したりはせんよ」

「きこえてる。ぜんぶ、ちゃんと。きこえてる!」

「なーんにも聞こえんからわからんのーぅ」

 

 ひょーい、と跳ねて、怪老は食堂を去って行く。

 ……あの分だと当分死ななそうだな、とか。

 

「さて」

「まま。ことば、あや。ボク、まま。すき」

「おかしいね。この前は正直だったから要請に応じてあげた、というのは伝わったはずなんだけど……嘘を吐くんだ?」

「ちがう。まま、おちついて。ボク、まま。きらい、たしかに。でも、にんげん。まね、まま。すき」

「そっかぁ。じゃあ今の私のことは好きってことでいいんだよね?」

「いや。ちがう、まま。とりあえず、はなして。トゥナハーデン、ディモニアナタ。ばか、まま。すき、くっつきたい。ボク、ちがう。こわい、まま」

「うんうん、うんうん」

 

 仮初の人形だろうに、冷や汗をかく、という機能をつけているらしい。

 セノグレイシディルが助言したか、リルレルの観察眼の賜物か。

 

 童女の姿をしているリルレルが、それはもう全身びっしょりになっていく。

 

「リルレルが嫌いなもの、なんだっけなぁ」

「ない。ボク、ぜんぶ。すき、きらい。ない」

「そっか。じゃあこうしても大丈夫だよね」

 

 ──リルレルの全身に、虫……中でも足がたくさんある奴を貼り付かせる。

 ピキ、と固まるリルレル。肉体を捨てて逃げ出そうとするのを抑えて閉じ込める。

 

「まま。ボク、にげたい。しんじゃう」

「大丈夫、毒はないし、噛むこともないから。ただ体の表面を這い回るだけの多足類。うんうん、そうだったねー。リルレルは虫が苦手なんだっけ。はじまりの理由は"たくさんいるから"だけだったのに、ずっと嫌っている内に生態や形状まで嫌うようになっていって……」

「まま。あやまる、ばか。いった、ごめんなさい。やめて、くち。それだけは」

「でもフォルーンと同じくリルレルだけ甘やかしててズルい、ってクレームも届いていることだし」

「だれ。それ、いったの。たべる」

 

 リルレルを持ち上げて、地面に置く。

 当然リルレルは全身を払い始めるけれど──落ちない。

 

「げんかく? ちがう、じったい。おちない、なぜ? きもちわるい!」

「もう帰っても大丈夫だよ、リルレル。まぁ肉体から抜け出すには相当時間がかかるだろうし、ソレも中々落ちないだろうけど、絶対に落ちないってことはないから」

「いや。まま、おねがい。しんじゃう、これ。きもちわるい、むし。きらい、ほろぼしそう。せかいから」

「世界の全ての虫を絶滅させてもそれは消えないから安心して」

「そうだ。しのう、いったん。そうすれば」

「やってみる?」

 

 自身の心臓を貫こうとしたリルレルの手が、止まる。

 "磁"を操って、その止まった手を前へ前へと押し出してみる。

 

「まま。やめよう、ふもう。よくかんがえた、おかしい。にくたい、かんかく。しゃだん、なのに。きもちわるい、これ。つながってる!」

「うんうん」

「まま。ごめんなさい、ばか。もういわない、まま。ごめんなさい、ばか。もういわない」

「うんうん」

「ま、まま……」

 

 ──その時、急に食堂の扉が開く。

 入って来たのは、お給仕さん……じゃなかった、エミリアーノさん。私は彼女が認識をする前に姿を消す。

 

「おや……今ディーンさんの声が聞こえていたような。お義父さんがクラリス達の部屋にいたのでお話は終わったものと思っていたのですが……」

 

 ここで、私の想定外が起きる。

 リルレルのことだから、肉体からは抜け出せないにしても姿を消すくらいはすると思ったのだ。けれど。

 

「あの。おねがい、あります。むし、からだ。とってください」

「……子供? あら……どうしたのですか、こんなに虫まみれで……。可哀想に、気持ちが悪かったでしょう。ほら、こっちへ来て。取ってあげますから」

「ありがとう。すき、あなた」

「子供が困っていたら、それがどこの子であれ手を貸してあげるのが大人というものです。そこまで感謝される謂れはありませんよ。……ただ、なぜここにいるのかは聞かなければなりませんが……」

 

 エミリアーノさんにまで嫌がらせをするつもりはないので、虫は取れるように"改変"する。

 ぽいぽいぽいと取られて行く虫たち。そしてしっかりと殺されて行く。まぁ殺すもなにも生物じゃないので活動を停止する、が正しいけれど。

 

「うぅ……」

「大丈夫。大丈夫ですよ。……はい、これで全部取れました。服の中にまでこんなにいて……誰かからいじめを受けていたのですか?」

「……うん」

「成程、であればこの家にいた理由もわかりますね」

 

 クレイムハルト家が大罪人の血筋だと知っている家。その家の子供からのいじめであれば、リルレルを虫まみれにした挙句クレイムハルト家に放り込む、なんて悪質な悪戯をする者がいてもおかしくはない。

 エミリアーノさんはそう捉えたらしかった。

 

「何を問うこともありません。帰って大丈夫です……が、大丈夫ですか? 一人で帰れますか? 道中、またいじめに遭ったりしませんか?」

「……こんどは、にげる。ちゃんと」

「ええ、強い目です。それなら大丈夫そうですね。けれど、どうしても無理なら、ちゃんと周囲に助けを求めるのですよ。ここは秘匿の都アシティス。誰もがありのままでいて良い場所。それはあなた達子供とて変わりませんから」

 

 リルレルは。

 

「……なまえ。おしえて、あなた」

「私はエミリアーノです。あなたは?」

「り……リルル」

「ふふ、祝福の神様から肖った名なのでしょうね。ご両親にとっても愛されているのでしょう。なら、まずはご両親に相談してみるべきです。勇気を持って言えば、ちゃんと対応してくれますよ」

「うん。でも、それいじょうに。あなた、エミリアーノ。おぼえた、ボク。──しゅくふく」

 

 珍しい。

 人間に優しくされただけで祝福を与えるなんて、今までのリルレルからは考えられなかった行動だ。だってあの子、人間を好いていないというか嫌っているし。

 

 ……さっきエミリアーノさんを頼ったことといい、何か心境の変化でもあったのかな。

 

「あと、ちゅうこく(──)オーリ・ディーン(──・──)きけん(──)とおざける(──)すいしょう(──)

「……? ごめんなさい、よく聞き取れなくて」

「……かえる。ありがとう、エミリアーノ」

「よくわからないけれど……ええ、どういたしまして」

 

 姿を隠している私をキッと睨みつけて来たけれど、まぁ流石に言葉は封殺させてもらうでしょ。

 あとあれだけ謝ってもうしないとか言っておいて早速やったよね。これだから子供達は。

 

 

 

 

 ヤーダギリ共和国にて。

 

「なぁ、レクイエム。俺の世界にはさ、蛙の子は蛙(──)って言葉があったんだ」

「ユート……。また聞き取れないよ。この世界の言葉に直して」

「え。あー。……なんつーか、その親の子供はその親と同質の性質を得る、みたいな」

「……僕を馬鹿にしているのかい? 当り前じゃないか、そんなの。確かに現代は遺伝学があまり発展していないけれど、僕のもっと前の記憶では──」

 

 とか、なんとか。 

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