神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Noinu」

 首の無い騎士が歩いている。

 隣には馬。黒い馬。血にまみれた、汚泥を滴らせる黒馬。

 

「シン・アマイン。──首無し公とは、お前のことで相違ないか」

 

 掛けられた言葉に、けれど頷く首はない。

 ただ騎士は、腰に佩いた剣の柄に手を当てた。それは是の意。

 

「カカ──では一つ問おう。お前は、心の臓を突かねば死なぬのか? それとも失血死などというくだらない死に方もするのか?」

 

 騎士は──柄から手を離し、肩を竦める。

 わからない。そう言っているようだった。

 

「うむ、拙僧も余計なことを聞いた。では、始めようぞ。血沸き肉躍る殺し合いという奴を!」

 

 引き抜かれるは中空長刀。騎士が抜くは夥しい血を吸った長剣。

 

 結ばれるは──死線。

 フリッシュヤードの片隅で、その死闘は始まった。

 

 

 終わった。

 

「……腹を四度。右足を二度。側頭を一度。……死なぬとはいえ、なんとも未熟」

「此度討伐した首無し公は、某国の冒険者が束になってかかって全滅させられた、などという伝説を持つ強大な魔物でした。それを単身で討伐せしめたのですから、もう少し喜んでいいのでは?」

「そうは言うがな、トパルズ。このままでは勝てんのだ」

「誰に? 長にですか?」

「奴もそうだが、トガタチ殿にもだ。……拙僧の成長は遅々たるもの。こうして強者に挑み続けても、手応えがまるでない。……限界、というものを感じてならぬ」

 

 惨殺された黒馬に腰をかけ、倒れ伏す首無し公から視線を外して、アザガネは言う。

 隣に佇むトパルズ。この二人は共犯の関係にあり、トパルズはアザガネの世話全般を担うために、こうして遠出までしている。

 

「……時に、トパルズ」

「はい」

「ここもかつては漁業の盛んな街だったと聞く。()()なってしまった理由を知っているか?」

「主な原因は二つ。一つは水質の変化。もう一つは魔王の侵略でしょうね」

「魔王。魔王か。……遠目で見た、あの子供。アレの前、か?」

「前の前の前です。魔王ラパニッシュ。二千三百年程前の魔王で、水の魔力と土の魔力の扱いに長けていました。彼はその力を用い、人間の住む土地という土地の土壌を破壊。不毛の大地を幾つも作り、果ては海洋汚染をするにまで至ったのです」

「二千三百とはまた、規模の大きな話よな」

 

 陰鬱な空気の漂う廃村。かつての名をフリッシュヤードというここは、今や魔物の巣窟となっていた。

 アザガネがここに来たのは、ここに魔族が隠れ潜んでいるという話を聞いてのこと。けれど強い、あるいは知性ある魔物こそ居れど、魔族は見当たらない。

 

 土壌が汚染されているせいだろう、木々も獣も魚も食用には適さなかった……が、そこはマリオネッタと蘇った者。特に契約魔術での蘇生ではなく魔色の燕の長による蘇生は著しい再生力を齎すもので、毒を食らえど病に罹れど、一度死んでしまえばすべて元通りになる素敵仕様。

 長期遠征にはもってこいの身体であると言えた。

 

「……丁度いい。拙僧はシホサの民。外界にはとんと疎い。魔王とは一体何なのか、ここで聞いても良いか?」

「構いませんが、なぜですか?」

「いずれ敵となるのだろう? 拙僧らは魔王・勇者陣営と戦う。そう聞いているが」

「……そうでしたね。最近色々ありすぎて、すっかり忘れていました」

 

 汚泥なのか腐肉なのかわからない地面をぬちゃぬちゃと歩きながら、適当な魔法で岩石を加工、ブラックボードを作るトパルズ。

 そこに図を描き始めた。

 

「まず、魔王と呼ばれるものは二種類います。一つ目が此度人間の身体へ転生した魔王。魂……いえ、記憶を連続し、古来より生き続ける人類の敵対者」

「うむ」

「そしてもう一つが、魔物の王。アズキーブル、グランテヴァナス、フォルゴーンドーン、クリファス、テナイドル。いずれも強大な魔物で、数多の人間が多くの犠牲を払って討滅せしめたものです」

「テナイドルは聞いたことがあるな。天候を自在に操ったとか」

「ええ、風の魔力の塊のような存在だったらしいので。とまぁ、そんな魔物の王たちは置いておきましょう。彼らの発生原因は判明していませんので、考える意味がありません」

 

 問題は、こっち、と。

 最初に描いた方……レクイエムのデフォルメ絵を指差すトパルズ。

 

「記録されている限り、魔王というものはアードウルグ歴にも出現しています。ただ、周期で見れば三百年ほどを間隔として現れている魔王が、アードウルグ歴からヒストアジーク王朝後期まで現れなかった、という記録も」

「五万年近く、か」

「ええ。そこで何があったのかはわかりません。長なら知っていると思いますが。……それで、そこからは通常通りの三百年周期で魔王は出現しています。討滅され、その魂が死後の苦界へ行こうとも、三百年で次なる体に転生する。今まではずっと魔族への転生だったにもかかわらず、今回だけは人間と……魔王になんらかの変化があったのは間違いないでしょうが、私達に知る由もなく」

「作為性を感じるなぁ」

「作為性ですか?」

「神々が魔王を滅ぼさん理由はなんだ? 神々は人間の信仰で糧を得ていると聞く。ディモニアナタ様然り、他の神々然りだ。とあれば、神々にとって人間は糧を生み出す家畜のようなものだろう。それを何度も滅ぼされかけて、魔王への処罰をしない理由がわからぬ。加えて、魔王が必ず負けていることもな」

 

 ──あるいはここでストップをかける存在がいたのかもしれない。

 その誰かは、今は錯角の神の腹の中にいるから、無理な話だが。

 

「このシステムを作った者がいような、これは。魔王、そして勇者。……人間もか? 増えることをやめない人間の間引き……歴史の、いいや、文明の初期化。むぅ……となると……魔王は踊らされているだけに見える」

「では、勇者はどうでしょう。魔王が現れても勇者が現れない、ということは過去に何度かあったようですが」

「それも采配だろう。人間が劣勢であれば勇者を、そうでなければ作らない。いつでも人間が勝つように仕組んである……というように聞こえる」

「意味は? 神々がそれをする意味がわかりません」

「それは拙僧もわからぬ。先も言ったが、神々にとっての人間が家畜同然であるのなら、もっと手厚く保護すべきだろうに。……いや、だから……わざと追い詰めているのか?」

 

 アザガネが中空長刀の柄に手を伸ばす。

 

「常勝では意味がない。辛勝だからこそ人々は神に祈りを捧げる……とすれば」

 

 金属音。

 中空長刀と──巨大な鎌がぶつかり合った音。

 

「カカ! 思考は中断だ。隠れていろ、トパルズ!」

「言われなくとも」

 

 足の無い、中空に浮く襤褸布。眼孔だけに光が灯り、加えて大鎌を持つ手以外は見えない魔物。

 ゴーストだ。

 

 それはもう楽しそうな顔でアザガネがゴーストとの斬り合いを始めたのを見届けて、トパルズは掃除に取り掛かる。

 シン・アマイン。首無し公と黒馬の処理。汚染された魔物であっても素材にはなる。

 

 

「──ぷはぁ!?」

「ここは……どこだ」

「まさかフリッシュヤード? これはまた、随分と遠い所に飛ばされましたね」

 

 そんな「掃除」をしている最中だった。

 空間が白く引き()かれ、女性が三人出て来たのは。

 

 目が合う。

 

「……えっと」

「同業者……ですか?」

「あ! あっちでデケェ刀ぶん回してるのアザガネじゃんか。……ちと不味いか?」

「思いっきり敵対したからな……」

 

 トパルズの記憶領域にある、三人。

 いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の三人だ。確か新しく興った国であるクロックノックに在籍していて、処刑される寸前のティダニア王家を助けだした……とかなんとかだったはずだが。

 

「つったって帰り方なんかわからなくねえか。"目的を果たせば自動で帰れる"だかで」

「ええ。……とりあえず、会話をしましょう。そこの方、アザガネさんのお仲間と見てよろしいでしょうか」

「仲間……というと語弊があります。私は彼のお世話係です」

「メイドさん、ですか?」

「はい。まぁ」

 

 それはもう激しい戦闘の繰り広げられる光景を背景に、女性四人が少しばかり華やかな雰囲気を作り出す。

 

「その足元の……シン・アマインですよね」

「はい。アザガネ様が倒したものを、私が処理しています」

「アザガネさんとあなたはなぜここに?」

「ここ、フリッシュヤードに魔族が隠れ潜んでいるとの情報が入ったので、それの討伐に」

「ほー……アザガネはやっぱちゃんと冒険者してんだな」

 

 そんなことはありませんが、とは心にも浮かべないトパルズ。

 

「お三方は、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)……ですよね?」

「はい。ああ、では自己紹介をば。私はエリ。家名はありません」

「んで私がファロン・ウィリアムズ。こっちのがジュナフィスだ」

「……勝手に紹介されて業腹だが、ジュナフィスだ。……それにしてもお前……同類か?」

「ああ、はい。恐らくは。あ、私はトパルズといいます」

 

 少しばかり仕組みは違うけれど、人形という意味では同じだ。

 だからトパルズは頷いた。

 

「お三方は何をしにここへ?」

「それがなー、実は私達も同じなんだよ。ここに潜んでる魔族を倒すか勧誘してきてくれって」

「勧誘、ですか」

「そっちは望み薄らしい。話が通じるかどうかがまず疑問だからな」

「ということで、私達は今利害が一致しています。よろしければトパルズさん。アザガネさんの説得……というか仲介役になっては頂けませんか? その、先日少し彼と揉めてしまって、気まずくて」

「──カカ、気にするな。拙僧も気にはせん。終わり過ぎ去ったことをいつまでも口にする趣味はない」

 

 四人が四人、気が付かなかった。

 血だらけではあるものの、勝利したらしいアザガネが戻ってきていたことに。

 

「信じます」

「おい、エリ」

「大丈夫です。アザガネさんは強者にしか興味が無い。そうですよね?」

「カカカ、よくわかっている。あの時も英雄と事を構えられると思い参戦したに過ぎん。ティダニア王国の事情などどうでもよい」

 

 なんだか話はまとまったらしい。

 ので、と。トパルズはまとめを口にする。

 

「アザガネ様。こちらのお三方も魔族を討滅しに来たらしいので、ここは利害の一致でよろしいでしょうか」

「構わぬが、そうやって来たということは、やはりここにはいるのだな、魔族が」

「ええ、います。信頼できる筋からの情報なので」

 

 ここ。

 家屋は腐り落ち、黒土が広がり、腐肉の山が詰まれた漁村。

 

 ここのどこかに、魔族が。

 

「手分けして探す、でいいよな?」

「拙僧は構わぬが、既に一度一通り見終わった後ぞ。恐らく通常通りの手段で隠れているのではないのだろう」

「魔法か魔術を使って隠れている、と。それは面倒だな」

「エリ、面倒だし全部燃やすでいいか?」

「ダメ。一応望み薄とは言われたけど、交渉もするから」

「ちぇー」

 

 アザガネとエリが、柄に手をかける。

 

 直後、地面から突き出たワームの首を、二方向から完全に断裂した。

 

「っ、クーズワーム! 頭、あと八つあるぞ!」

「カカカ、手応えのある魔物ばかりで心躍ろうものよ。──にしてもこの魔物の量。まるでけしかけられているかのようだなぁ」

「成程、慧眼です。辿りますか」

「それがよかろう」

 

 さて──これより始まるは大虐殺劇。

 ティダニア王国における最強の六人が四人。それらによる爆進が始まるのだった。

 

 

 

 

 同時刻。

 

「……よし、仕込みが終わった」

「ようやくかい、アンネ」

「ああ。……ただ、アタシはいいけどね。アンタ、まだ無理だろう」

「そんなことはないさ。アンネのためならボクは──」

 

 バタン、と倒れるフランキス。

 言わんこっちゃない……とその身体を抱き起す老婆、アンネ・ダルシア。

 

「いやぁ……申し訳ないよ、本当に。……神があそこまで横暴だったとは。ツァルトリグ・ヴィナージュが心配でならない」

「精神世界からの強制切断。それは繋げた精神の一部分を強制的に切除することを意味する……だったか。死には至らないものの、回復手段に乏しいなんて、案外魔族も不便だね」

 

 セノグレイシディルの横槍で行われた強制切断は、フランキスに少なくないダメージを遺した。

 魔力切れに近い症状が出ているのだ。回復しきるまでは立つこともままならない。

 

「……アンネ」

「なんだい?」

「こんな状態で言うのもなんだけど……どうやら、同胞が助けを求めているらしい」

「そんなことわかるのかい?」

「普通はわからないんだけどね……ほら、あれ」

 

 フランキスが力なく指差す先。

 そこには、一匹の蝙蝠がいた。

 

「使い魔?」

「うん。魔族の使い魔だ。……自分の位置を晒すようなものだから、現代の魔族はほとんど使わないんだけど……どうやら四の五の言ってる場合じゃないらしい」

「で、助けに行きたいと」

「できればね」

「……ダメだよ。この状態で行ったら、アンタがやられる」

「そうだね……。見殺しにするしかないか」

 

 アンネ・ダルシアのホムンクルスは、けれどアンネ・ダルシアではない。

 彼女ほど無尽蔵に使える魔力もなければ、咄嗟の判断はまだ素人の域を出ない。此度の仕込みも防戦用のもので、どこかへ赴くには向かない。

 

 残念ながら──。

 

「……手段はある、かもしれない」

「本当かい? それが君の身を削るようなことだったら承知しないけど」

「身を削る……というわけじゃあない。長に連絡を取って、アンタの身体を治してもらうのさ」

「……それは無理かな。だってボク、その長に喧嘩売って来たし」

「はぁ……何やってんだい!」

「仕方が無かったんだよ。君を心の底から愛するために必要な儀式だった」

「──もう一度事を起こす、という約束ができるのなら、やってあげてもいいですよ」

 

 飛び退く──ことはできない。

 フランキスの身体に力は入らず、アンネ・ダルシアは「老婆」として作られている。そんな運動能力はない。

 

「……主。どうしてここが」

「私に故を問うのはナンセンスですね。それより……魂の割断ですか。随分と手酷くやられましたね、フランキス」

「あはは……格好つけて宣戦布告した手前、恥ずかしいことこの上ないけれどね。……言語の神セノグレイシディル。舐めていなかったといえば嘘になるかな」

「セノグレイシディル? ……彼があなたを傷つけたのですか?」

「傷つけたかどうかはわからない。精神世界からの強制切断のデメリットを彼は知らなかったようだから」

 

 ぐったりと、けれどアンネ・ダルシアに抱き起された姿勢のまま、「長」と話すフランキス。

 

「……いいでしょう。先程言った通り、アンネ・ダルシアの再来……別にあなたが現地にいる必要はありません。適当な場所でアンデッドの大量発生をやってくだされば結構ですので、治してあげましょう」

「正直に言おう。怖いよ、主。何が目的だい?」

「身内の不始末という奴ですよ。無知は罪ですから」

 

 ぞっとする。

 フランキスは、今、確実に"魂"へ干渉され──復元された。

 

 主。「魔色の燕の長」は、そんなことまで可能なのか。

 

「……ああそうだ。これ、好きに使っていいですよ」

「これ……って、なんだい、死体?」

「魂を抜き取った抜け殻ですが、製作者が神なので、スペック自体はかなり高いものであるかと」

 

 ごろん、と投げ出されるのは若い青年の肉体。

 キング。その青年がそう名乗ったことなど誰も知らない。

 

「それでは」

「……礼は言っておくよ」

「不要です。お仲間、早く行ってあげないと死んでしまうのでは?」

「そうだね。……じゃあ、アンネ。今回もお留守番だけど……大丈夫かい?」

「仕込みは終わった、って言っただろ? ここに入って来られる奴なんてそうそういないさ。……今いたけど」

「アハハッ、まぁ彼女は例外だよ。じゃあ、アンネ。……いってらっしゃいのキスを」

「するワケないだろ。早く行ってきな」

 

 翼を広げるフランキス。

 そうして、瞬時に高く高くまで飛び上がった。それを受けてだろう、蝙蝠の使い魔が誘導を始めるように飛び立ち始める。

 

 何度か振り返っては手を振って、けれど高速で飛び立っていったフランキスを見送って──アンネ・ダルシアは。

 

「……あの、主。まだちゃんと聞いていなかったのですが、私はこのままでいいのでしょうか?」

「いいんじゃない? フランキスと一緒にいるの、嫌じゃないんでしょ?」

「はい。……彼といると……どこか、よくわからない部分が暖かくなって。ただ、同時に、"アンネ・ダルシア"として接さなければならないことが、心苦しくもあって」

「『復活の魔女ロールプレイ』がつらいなら、まぁやめてもいいよ。素に戻って……適当な理由をつけて若い身体を用意してあげてもいいし」

「いえ。フランキスは、アンネ・ダルシアだから一緒にいてくれていると思うもので、それはダメです」

 

 目を細める「主」。

 先輩として。「恋愛ロールプレイ」の先輩として──「それは違うと思うけどなぁ」なんて嘯くも、助言はしない。

 

「ま、フランキスからは宣戦布告されたけどさ。別に彼やあなたを特別視したり、逆に虐げたりするつもりはないから。私は平等だよ。平等に無価値。それじゃあね、アンネ・ダルシア」

「はい。主も気を付けて」

「……何に?」

 

 消える「主」。

 確かに、と。アンネ・ダルシアは自分で言って笑ってしまった。

 

 あの「主」が一体何に脅かされるというのか。

 神にも等しい──否、神をも越える存在であるあの主が。

 

「……で、好きにしていいと言われたけど」

 

 死体、というか、抜け殻。人形。

 顔立ちは確かに整っているのだろうが、ホムンクルスとして美醜観念があまり育っていないアンネ・ダルシアからすると、よくわからない。

 鍛え上げられた、というよりは「鍛えてあるように作られた」という表現のしっくりくる肉体。

 

「……少し弄ってみるか」

 

 折角のプレゼントだ。

 アンネ・ダルシアは、早速実験に取り掛かるのであった。

 

 

 

 

 暇である。

 アルゴ・ウィー・フランメル改めアルフ・レッドは暇だった。

 

 ユートとレクイエムは自分探しの旅へ。ティアとドロシーは魔力に関する特訓を魔色の燕とやっていて、レインとシルディアはまだファーマリウスで尽力中。

 いつ頃からか姿を魅せなくなったツァルトリグ・ヴィナージュもいない今、天空城にはアルフと蛇くらいしかいない。

 

「……地龍でも狩りに行くか?」

「そんなテンション感で狩られちゃ地龍も立つ瀬が無いと思いますけど」

「はァ……独り言に真面目に返してくんじゃねぇよクソ女」

 

 今の今までいなかったはずの女性が現れる。

 魔色の燕の長だ。

 

「仕方ぁねぇだろ。暇なんだ」

「ファーマリウスで二人を手伝ってくればいいじゃないですか」

「バカヤロウ、あそこにはニギンのクソ以外にも騎士がたくさんいるんだ。……気まずいだろ」

「ではティアとドロシーの特訓に付き合うというのは?」

「ワシは『朱怒結晶』で熱魔力を扱うが、だからといって魔法に長けてるわけじゃねえ。ごく一般の騎士だ。参考にはならん」

「ユートとレクイエムの自分探しの旅に飛び入り参加」

「バカ言えよ。んな歳じゃねえし、あのガキ共はガキ共同士だからこそ解決できるってな話だ。老害が口出す隙間なんざねぇ」

「我儘ですね」

「うるせぇ」

 

 なら、と。

 ──ダガーを二枚抜く「長」。

 

「やりますか? 久方ぶりに」

「……なら身体を戻せ。膂力で負ける」

「いいえ、ダメです。あなたはアルフ・レッドを選んだ。もう戻しませんよ、最後の最後以外は」

「チッ、クソ女が。……が、暇つぶしには丁度いい。……城の練兵場じゃあ狭い。もっと広い場所作れ。できるだろう、それくらい」

「いいでしょう」

 

 転移する。

 アルフにはわかる。本当にここが、とてつもなく広く、そして何もない場所であると。

 

 ──生命(ねつ)を微塵も感じねえ。

 

「初撃は譲りましょう。どうぞ、どこからでも」

「『朱怒結晶』──!」

 

 最大火力だった。

 真白の熱線が魔色の燕の長を焼き貫く──寸前、手に持っていたダガーによって熱線が逸らされる。

 

「闇の魔力で減速し、光の魔力で屈折させたか。相変わらず器用だな、クソ女」

「あなた達が大雑把なだけですよ。放出したら放出しっぱなし。操っているのは手元だけで、手元から離れた魔力に干渉しない。そんなの、大気中の魔力と変わりがありません。指向性があるかないかの違いだけです」

「……成程?」

 

 言われてみればそうだった。

 アルフも、あるいはレインやシルディア、多くの人間たちの使う魔法は、けれど魔力操作をする位置が手元だけだ。手元で形を作って、それを放射する。

 その後の魔力は撒き散らしたままで見向きもしない。

 

 であるならば、と──アルフは熱の魔力を強く意識する。

 意識の届く限り。熱線ではなく、しなやかな──鞭のように。

 

「っ、無理だ。想像力が追いつかねえ。……灼熱の俊鞭(ウィーパー・ラーヴァ)!」

 

 魔法と魔術の違いはテンプレート通りかそうでないかだけど、魔法には魔法の利点が存在する。

 即ち想像力の底上げ。魔力粒子がどのように動き、どのような反応をするのかまで考えないといけないのが魔術で、それを当たって砕けろでやるのが魔力操作。

 その点魔法は、どうやったらどうなるかがわかっている状態で魔力に働きかけをするから、細かい制御は利かないものの単語の組み合わせだけで大きな威力を得ることができる。

 

 従来通りの魔法。

 熱の魔力が鞭の形を取って魔色の燕の長に向かい──攻撃の直前で急制動し、軌道を捻じ曲げる。

 

「へえ」

 

 いとも容易く打ち払われたそれは、けれど。

 

「やりますね。魔法に魔術を編みこみましたか」

「はン、称賛は素直に受け取っておく。……しかし、成程。こういうこともできるのか」

「ええ。魔術は奥深いでしょう」

「クソ女の言葉にうなずくのは癪だが、是を返す。……これは中々面白い」

 

 テンプレート通りの魔法。その終端を魔術として再操作して、テンプレートを崩す。

 全体を魔術にすることは難しいけれど、これくらいの「崩し」ならば即興でできる。なればもっと鍛錬を積めば。

 

「では一つ、それの極致を魅せてあげましょう」

 

 彼女が何かを呟く。魔語とも、ユートの使う異世界の言葉とも違う言語。

 

 ──瞬間、世界が彩られた。

 

「……涸界の落星(ワルド・サテラリグイト)?」

「その各属性版、です。さて、まぁこのままでも一国を更地にする程度の威力はありますが……これを細かく分けると」

 

 世界の彩。宙天の色星。

 それらが細かに分割される。して、混ざり合う。否、魔力としては交わっていない。ただただ、針のように細くなったサテラリグイトが空を覆い尽くしているだけだ。

 

極彩の死期(ディレイン)

 

 その範囲。その威力。その複雑さ。

 回避不能、防御不能、逃走不能。

 

 魔法を魔術で組み替えた、あるいは一般人にも使用可能な──無論途方もない鍛錬を要するが──「魔法」の極致。

 

 その雨は、アルフに当たる寸前で雲散霧消する。

 

「……」

「暇をしている暇があれば、鍛錬なり研究なりを。あなたの魔力に対する理解はまだまだ浅く、そしてまだまだ強くなれますよ、あなたは」

「……クソ女」

「はい」

「てめぇのそれは、努力か?」

「いいえ」

「はァ……この流れでそれかよ」

「そもそも"魔法"というものを体系化したのは私が元居た組織ですからね。当然と言えば当然といいますか」

「あ? 魔術師協会所属だったのか?」

「いいえ。もっともっと昔の話です。魔導教団、という名に聞き覚えは?」

「ねぇな」

「でしょうね。アードウルグ歴に消え去った名前ですから」

「わかってんなら聞くんじゃねえよ」

 

 ──ふと、アルフの脳に疑問が湧く。

 

「……ん? 魔色の燕ってな、ラスタマリア王朝後期にいた冒険者じゃなかったか?」

「……」

 

 アルフの疑問は、戻された時の彼方へと消え去った。

 彼は勿論、誰もそれを覚えていない。

 

 どこ吹く風で口笛を吹く「長」以外は。





Tips

アードウルグ歴     前50000年
ラスタマリア王朝    前3800年~前200年
ヒストアジーク王朝   前150年~0年
トツガナ王朝      0年~3000年
トツガナ・タルヴァ王朝 3000年~9000年
エルブレード歴     9000年~9022年
ブレイティダニア歴   9022年~9800年
ティダニア歴      9800年~
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