神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「はー、だる。記憶持ち越しだとコレが面倒なんよねー」

 クラリスさんを雇用してからそれなりの日にちが経った。

 何やら自分探しの旅とやらをしているらしい二人や、王族がいなくなり憎しみだけが残った王都をどう取り纏めるかに苛まれている二人、自己研鑽に必死な二人と一人の話──は勝手にやっていてもらうとして。

 

 なんだかんだ言ってこの「ずっと一般人をしている時間」というものにも慣れが出て来たように思う。

 その陰にはヒシカの存在も大きい。なんと彼、本格的に「中央行政塔に勤める秋伏」として生活し始めたのだ。だからアシティスでの行事やこちらの店としての書類に秋伏の名が出ることも多くなって、「これは負けていられないな」と。

 イルーナさんもクラリスさんに置いて行かれまいと実用装飾の中でも戦闘ではなく生活に根差したものに着手し始めたし、クラリスさんが来てから良い風が吹いているように思う。

 

 ──それが崩れたのは、本当に突然のことだった。

 

「え、シャイニーさんが?」

「ええ……かれこれもう七日は行方知れずで」

 

 そういえば確かに言われてみれば。

 いつも元気に鉱石類を売りに来る彼女を、この所見ていない。

 

 アシティスでの「井戸端会議」。そこで聞いたこの情報。

 争いごとの無い秘匿の都において、こういった「不穏なできごと」は住民のストレスを加速させる。だから「本当に起きてしまったこと」に関してはヒシカが"秘匿"したり、リルレルが"祝福"したりしているはずなんだけど……。

 逆に言えば、まだ生きている、ということかな。

 

「最後に彼女を見たのはいつで、どこですか?」

「ええと……あの子、どこにでもいるから」

「最後かどうかはわかんないけど、私が最後に見たのは七日前の東区。なんでも医療殿に用があるとかで秘匿の霧を抜けてったんだ」

「あら? でも……だったら、その後かしら。魔法薬たくさん仕入れてきた、って楽しそうに話してたのを見たけれど」

「それなら私も見たねぇ。消臭タイプの魔法薬がいっぱいあってラッキーだったー、とかって。そのまま交易認定所まで突っ走ってくるとか」

「流石にそれは後日にする気だったんじゃない? 交易認定所、泉の反対側よ?」

「でもあの子ならやりかねない……」

「確かに。じゃあ、交易認定所で何かがあって、そこで休んでいる最中とか?」

「まぁ大丈夫よ。医療殿が近いんだし、余程の事が無い限り命にかかわるようなことは」

 

 俄かに騒がしくなっていく「井戸端会議」。

 みんな口々に大丈夫という言葉を口にするけれど、それは大丈夫だと思えないからだ。皆、不安に感じている。

 

 視る……のは、まぁ。

 そこまででもないか。

 人物捜索なんて、装飾品店の店主がやることではない。

 

「とりあえず皆さん、シャイニーさんを見かけたら、行政塔に報告へ行きましょう。情報が錯綜することが最も懸念すべきことです」

「そう……そうね。ディーンさんの言う通りだわ。ふふ、やっぱり外から来た人は頼りがいがあっていいわねぇ」

 

 解散となる。

 

 ──これが、一日目。

 

 

「そうですか」

「はい。現在行方不明者は数多く出ていて……シャイニーさんだけでなく、シュタークさんやラッパヌさんなども長い日数姿を見せていません」

「……ふむ」

 

 行政塔に確認に行けばこうだ。

 ここも相当焦りがあるようで、にわかどころではなく騒がしい。

 

 どうにも欲しい情報は得られそうにないので、そのまま行政塔を出ると──ばったり。

 

「あら……ヴァイデンスさん、でしたか」

「ん……っと、すまない。……どこかで会っただろうか?」

「こちらこそ申し訳ありません。ミ・パルティでお見掛けして、こちらが一方的に知っているというだけで」

「成程」

 

 ヴァイデンス。黒陣営の全属性使い。

 彼がここにいた理由は、恐らく。

 

「シュタークさんのこと、ですか?」

「ああ。行方がわからない。君も誰か、知り合いがそうなって行政塔に確認しに来たクチだろう」

「はい。いつも仕入れをしてくれている方が」

 

 難しい顔をするヴァイデンス。

 彼は何かを掴んでいるのだろうか。

 

「少し、こちらへ来て欲しい」

「……」

「あ、いや! 違うんだ、そう身構えなくてもいい。情報交換をしたいだけなんだ」

「それはここでは話せない理由がある、と?」

「……誰が見ているか、聞いているかわからないからな」

 

 成程。

 まぁ、疑うよな。だって消えているのはアシティスの住民。アシティス内部のことは外部から見えないのだから──犯人なんてものがいるとしたら。

 

 

 通された場所は、「セーフハウス」という表現のしっくりくる小屋だった。

 そこには数人の男女がいて、ヴァイデンスを見るなり明るい顔を、私を見るなり怪訝な顔をする。

 

「有志で集まっている行方不明者捜索隊だ。……あーっと」

「オーリ・ディーンです」

「ディーンさんも情報を持っていると見たから、交換をしたい」

 

 そういうのもできているのか。

 けれど、異例なんだろうな。統率は取れていないように見える。

 

「まず、はっきりさせておきたいことが一つ」

 

 だから問う。意思統一も兼ねて。

 

「これは人為的だと思いますか? それとも偶発的な事故?」

「人為的だろう。誘拐にしか見えない」

「事故ではないと思うわ。けれど、人為的……ううん、組織的なものを感じるの」

「少なくとも事故じゃねえ。シュタークの奴が事故なんつーもんでどうにかなるとは思えねえ」

 

 そこは統一されているのか、他の者もうんうんと頷いている。

 人為的。つまり、誘拐だと。

 

「二つ。人為的である場合──やはり犯人は、アシティス内にいるとお考えですか?」

「……そうなってしまう、が正しいかな」

「そうとしか考えられない。考えたくはないが」

「アシティスから犯罪者が出るなんて……」

 

 妙だな。

 ここまで意見が合致しているのは……洗脳染みたものを感じる。誰も事故を疑わず、誰も外部犯を疑わない。

 最近ミ・パルティで外部からの侵入者……「キング」と「魔色の燕」が入って来たばかりなのに。

 

「シュタークさんとラッパヌさんの目撃情報はありますか?」

「ラッパヌの奴は、八日前だかにいつも使ってる塗料がなくなっただのなんだの騒いでたのを覚えてるぜ。それが使い切ったってことなのか盗まれたってことなのかはわからねえが」

「シュタークについての情報はほとんどない。奴はもとより単独行動を好む。だが、ミ・パルティの運営委員会が"謝られた"というのは聞いている」

「謝られた?」

「ああ、ミ・パルティを汚してしまったことを謝った……んじゃないか? それは僕にも言えることだが」

 

 飛び入りで有耶無耶になったことを言っている?

 それとも。

 

「ヴァイデンスさん」

「ああ、僕も今少し思い至った。皆、すまないがお願いしたいことがある」

 

 お願い。それをして、私とヴァイデンスは外に出る。

 そしてその足でまずラッパヌさんなる人物の家へと向かう。

 

 道中。

 

「……臭い、だな」

「共通点はそうですね。それが何に繋がるのか、という部分については未だ不明ですが」

「今水の魔力で下水を見ているが……特におかしな点はない」

「器用ですね」

「君こそ、闇の魔力で過去の幻影探しとは。僕には真似できない芸当だな」

「おや、気付かれていましたか」

「なぜそうも実力を隠したがるのかは理解できないが、君が相当"できる"というのはわかっている」

 

 歩きながら証拠を探す……が、ヒット無し。

 臭いなら下水、あるいは周辺域の幻影で何とかなると思ったんだけど、案外厄介な案件かな、これ。

 視た方が……。

 いやいや、一般人一般人。

 

 トゥナハーデンにもヒシカにも負けてちゃ「人間ロールプレイヤー」の名が廃る。別に売れてもいないけど。

 

「ここだ。ラッパヌの家は」

「八日前の彼の様子を投影します」

 

 闇の魔力と風の魔力で家を包み込み、光の散乱を操作して過去を探る。

 ……特におかしな点はない。恐らく朝のルーティンなのだろう流れをして、そのまま家の外に出て行っただけ。

 

「地下水もおかしなところはない。既に浄化された後であればわからないが……」

「いえ」

 

 これは後で消すから仕方ないと思って欲しいのだけど。

 

 ラッパヌさんの家、その門前の石柱に対し、ナイフを突き刺す。

 

「お、おい?」

「少し傷をつけるだけです。少々お待ちください」

 

 雷以外の全属性魔力を中空に浮かべ、ナイフの切っ先へと必要な属性を集めていく。

 木に彫りつけるかのように抵抗なく刻まれて行く紋様。ラスタマリア王朝後期の装飾技術の一つ。正確に言うと陣地魔法と呼ばれていたものの形態。今は廃れたけど。

 

証明(アガキリニ)煌煌(ルビエント)導標(ティンタギレ)

 

 対権能剣術……の魔術版。

 あのエリという少女が剣術しか継いでいないというのなら、こちらはもう途絶えたのだろう。

 魔術にもあったのだ。神殺しの魔術が。

 

 それを装飾に落とし込んだものがこれ。

 効果は──陣地の作成。石柱を中心とした巨大な円を作り上げたこれは、けれどそこまで大した事象は引き起こさない。

 

「……これは」

「足跡、魔術、魔力の流れの痕跡を可視化しました。今しがたヴァイデンスさんが使ったもの、私が使ったものは除外しています。また、今からつく足跡なども残りません。この状態で調べましょう」

「凄いな、装飾か。ああ、オーリ。聞き覚えがあると思ったら、外から来た装飾品店か」

「はい」

 

 さて、再調査だ。

 魔力は色分けが、足跡も人物ごとに色が変わっている。

 

 ……本来は神の権能……つまり見えざる手を可視化するための陣だ。干渉に対してすぐに反応できるように、各地の拠点に敷かれていた。

 

 そんなことは今どうでもよくて。

 

「足跡が多いな」

「ラッパヌさんは交友関係の多い方だったのですか?」

「多い方ではあるが、外に出て酒を飲むことの方が多かったはずだ。家に他者を呼んだところはあまり見たことが無い」

「……しかし、足跡は寝室や他の部屋ではなく、キッチンに向かっているようですね」

「魔力もそこに集中している。やはり臭い……水道管に何かあったか?」

 

 キッチンの方へ入っていくヴァイデンス。

 その背中に、水の槍を形成して射出する。

 

 果たしてそれは、凍り付いて止まった。

 

「……なんのつもりだ?」

「何のつもりだと思いますか?」

「誘拐犯が実は君で、今度は僕を狙った……というようにしか見えないが」

「いえいえ、一般人である私がそんなことをするわけがないでしょう。けれど一般人ではないあなたがそれをすることはあり得ます」

「僕が戦闘者だから、疑わしいと?」

「あなたがヴァイデンスさんではないから疑わしいと言っているだけです」

 

 全く、舐められたものである。

 陣地魔術を見て、それを装飾だと気付ける相手を「ただ魔力操作に長けている一般人」だと思うはずがないだろう。

 なんのために詠唱したと思っているんだ。装飾ではなく魔法陣だと思わせるように円形をたくさん使って、それでも見抜く。

 

 ──たかだか一般人の「人間ロールプレイ」とて、そこまで馬鹿にしていいものではないぞ。

 

「何のつもりだと問うているのだが、伝わらないか、ライエル」

「……ハッ、流石オカアサマだ」

「フォルーンといいお前といい、些か舐め過ぎじゃないか? お前達は戦争をしたいのではなかったのか?」

「いやな、ちぃと反撃ってもんをしてみたくなったのさ。ヒシカもセノグレイシディルも水面下で動いてる。カーァ、ちまっけぇちまっけぇ。──もっと派手なこと、してぇだろ、オカアサマ?」

 

 ヴァイデンスの皮が破けていく。

 虚構の神ライエル。前にライエルの短剣を使った時のように、彼は偽装に長けた神だ。秘匿との違いは、中身まで嘘であるという点。

 

「本物の彼や、シャイニーさんたちはどこに?」

「安全なトコにいるよ」

「そうか、殺したか。お前らしいが」

「おいおい、息子のことをちったぁ信じてくれよ。──アンタの日常を壊しに来てやった、親孝行の息子のことをよ」

 

 割れる。

 ──秘匿の霧が、割れる。

 

「ヒシ──」

「あの詐欺師は今いねぇよ。リルレルが手引きしてる。ハハッ、セノグレイシディルとヨヴゥティズルシフィを舐め過ぎたな。アンタが設定した魔族という概念は、ハハハッ! 使いやすいったらありゃしねえ!」

「ヒシカを捕えていて、リルレルは関係なし。セノグレイシディルとヨヴゥティズルシフィは決別し、魔族は扱いにくくてかなわない。それで、秘匿の霧を割ったのは……ボーダークか。なるほど、朝陽の神。あるいは解明の神。ヒシカとお前の天敵」

 

 ああ、本当に。 

 日常を覚えるとすぐにこれだ。シャイニーさん、シュターク、ラッパヌ。

 ──どうでもいいか、それらは。問題はそこじゃない。

 

「全面戦争を望むか。──良いぞ、ライエル。臆病者が良い啖呵を切った。とはいえ、私が何を握られたかを察してやるほど優しい神ではないと、お前は知っていよう?」

「……残念ながらな」

「では始めよう。此度の歴史における、一度目の世界再成だ。意識を保てよ、ライエル。続投はその先にある」

 

 世界を、作り直す。

 

 

 

 

 クラリスさんを雇用してからそれなりの日にちが経った。

 何やら自分探しの旅とやらをしているらしい二人や、王族がいなくなり憎しみだけが残った王都をどう取り纏めるかに苛まれている二人、自己研鑽に必死な二人と一人の話──は勝手にやっていてもらうとして。

 

 なんだかんだ言ってこの「ずっと一般人をしている時間」というものにも慣れが出て来たように思う。

 イルーナさんもクラリスさんに置いて行かれまいと実用装飾の中でも戦闘ではなく生活に根差したものに着手し始めたし、クラリスさんが来てから良い風が吹いているように思う。

 

 が。

 

「お客さん、来ませんねえ」

「人が少ないですからね、今は」

「誘拐事件、でしたっけ。物騒ですねえ」

 

 中央行政塔が公式に発表した「誘拐事件」。既に多くの人間が巻き込まれていて、アシティスには厳戒態勢が敷かれている。

 そんなわけで、良い風は止まってしまった。クラリスさんも危ない可能性があるのでクレイムハルト家に戻ってもらって、今は渡した資料とサンプルの装飾品を元に勉強中だと思う。

 もちろん厳戒態勢の中でお客さんなど来るはずもなく。

 

「イルーナさん。今『音吸いのシエルタ』を発動した上で聞くのですが、どうですか、この事件」

「なんともいえません。恐らく外部犯ですが、どうやって秘匿の霧を突破したのかがわからないのと、被害者の共通点が見つからず……」

「アスクメイドトリアラーとしての勘は、どうですか?」

「あはは、なんですかそれ。アスクメイドトリアラーは勘では動きませんよ」

「そうですか」

 

 シャイニーさん、シュターク、ヴァイデンス、ラッパヌ。

 世界再成時に「生まれない事にした」四人。けれど事件は起こっている。ただし今回は共通項に臭いがない。恐らくあれは見え透いた共通項で私を釣るための適当なでっち上げだったんだろうけど、事件の真意は掴めないままだ。

 だから、"改変"で四人を生まれ直させた。結果的に被害者にはならなくなったけど、他が誘拐されている。

 家族は家族で集まり、一人でこの都に住んでいる者は皆寄り合いを作り、共同生活を始めているからそうそう誘拐事件なんて起きるはずがないんだけど……。

 

「あ、でも私が個人的に不思議に思うことはあるんですよねぇ」

「なんですか?」

「パニックが起きていないな、って。過去にも似たような事件があったのかと思って調べたんですけど~、特に記録は無くて。あるいはアシティスぐるみでこれを引き起こしている可能性も追いましたけど、それも違いますね~」

 

 今回、神の権能はあらかじめ陣地を敷いておくことでシャットアウトしてある。

 それでも事件が起きているあたり、ライエルは本当に捨て駒として送り込まれたのだろうことがわかる。誰でも良かったのだろう。ヴァイデンスになれる相手なら。

 

 あの時の彼の言葉。──残念ながらな。翻訳するのなら、ありがとう、あたりかな。どこまでも虚構の神だし。

 

「考えられる可能性は……そうですね。たとえば、被害者が自ら姿をくらましている可能性。この誘拐事件、目撃者が極端に少ないです。誰かが連れ去ったというのならその痕跡くらいは残っていてもおかしくないのに、まるで身辺整理でもしたかと思うくらい何もない。何のために、という疑問は最後までとっておくとして、被害者が自ら姿をくらましているというのなら、パニックが起きない理由もわかります。事前に住民たちには伝えていた、とかであれば簡単ですから」

「あるいは、アシティスが何かをしている、という可能性もありますよね~。つまり、街ぐるみでの誘拐。血による強固な繋がりの多い家ばかりですから、一人である者を狙うのは容易いかと~」

 

 ただし、やっぱり「何のために」という疑問が付き纏う。

 平和なアシティスでこれほどの事件を起こす理由は何か。

 

 ……逆、か?

 

 平和なアシティスを事件でかき乱すことの方が目的で、誘拐事件は手段に過ぎない? 殺人でも窃盗でもなんでもよかったけど、殺人だと足が付きやすく、窃盗だと同じく捕まりやすい。

 誘拐が一番楽だった。少なくとも犯人にとっては。

 

「良いかな」

 

 顔を上げる。

 そこには、ヒトットさんがいた。

 

「いらっしゃいませ~」

「客ではなくてな、すまんな」

「そうですか~? じゃあ、何をしにここへ~?」

 

 相手が腰の悪い老人と知っていても、袖口に仕込んだ暗器を取り出せるよう準備するイルーナさん。

 

 斬れる。

 

「……え」

 

 イルーナさんの、腕。肘の上から少し先が、ぶっつりと。

 

「っ、氷結止血(イス・シッチ)!」

「痛がることもな、しないのな。──やっぱりな、ティダニア王国のな、アスクメイドトリアラー。そうだな」

 

 氷の魔法で止血をしたイルーナさんは、自身の腕を拾ってさがる。カウンターの中だからそう遠くにはいけないけど……さて。

 

「そしてな、従業員のな、その姿を見てな、動揺のな、欠片もしないのな」

「後で治せますから」

「そういうことではな、無いと思うのだけどな」

「いえ、そういうことですよ。連続誘拐犯……連続誘拐殺人犯相手に目を逸らすことの方が危険では?」

 

 鳴る。金属音だ。

 それは、私の付け爪とヒトットさんの杖がぶつかり合った音。音だけで視覚的情報は何もない。

 

「ああ、そうか、そうだったのな。この店で一番厄介なのはな、イルーナちゃんだとな、思っていたがな」

「私が店主ですから。当然、私の方が厄介でしょうね」

「そうだな。そうだな。それで、死ぬ準備はできたかな?」

「死ぬ? 誰がですか?」

「状況的にな、ディーンちゃんだな」

 

 シルティサイドのまぶされた極細の糸。

 人体程度ならば骨にまで達せられる速度と威力で放たれたソレを、今度はイルーナさんが止める。ナイフで一点、重なり合ったところへ投擲したのだ。

 良い目をしている。

 

「……片腕を斬り落とされても、技術は落ちないのな」

「アスクメイドトリアラーですから。死に至るその時まで、戦い続けますよ~」

「そうか。そうだな。やはりな。──異物だな、()()達はな」

 

 囲まれている。

 ヒトットさんだけじゃない。人数的に……アシティスの半数はいそうだ。

 

「秘匿の神にもな、困ったものだな。ここはアシティス。亡命者の都。我らはな、世間から追われているというな、固い結束があるのな。──それをな、大した過去も持たないお前達がな、荒らしていいものではないな」

「ふふ、冗談がお上手ですね。ここにいる方々に大した過去があると──ただ逃げて来ただけでしょう。戦い、争い、運命。そういうものを背に、民を放って逃げて来た者。それがアシティスの住民。そこにどこまで大した過去とやらがあるのか聞いてみたいです」

 

 毒の塗られた矢はわざと鏃を掴んで潰す。

 タミルエインドのダーツはわざと刃先を掌に当てて止める。

 斬撃も魔法も、すべてすべて──止める。

 

「ヒシカの決定に異を唱えるのはなぜですか? 神でしょう、仮にも」

「確かにな。秘匿の神がいなければ、アシティスは成り立たないな。けれどな、だからといって我々はな、神の玩具ではないな? 神の都合だけで生活を脅かされるわけにはな、行かないな」

「このことに怒ってヒシカが秘匿の霧を解く可能性もありますよ?」

「どうでもいいな? そうなれば、別の場所を探すな? ──我々がここにいるのはな、都合が良かったからに過ぎないな? 秘匿の都に愛着など欠片も無いな?」

「そうでしたか。道理でヒシカへの祈りがないと思っていました」

 

 一応確認するけれど、クレイムハルト家は……いない。

 というか、リルレルが直接止めに行っている。いやぁ、変わったねあの子も。

 

「ヒトットさん。それはアシティスの総意ですか?」

「それ、とは?」

「私達に出て行けと言っていることですよ」

「出て行けとはな、言っていないな。──ただ、殺す。お前達をな、迎合する意見をな、出したやつもな、すべてな、殺して来たな」

「成程、道理で洗脳染みた意見ばかり出るわけですね。食い違う意見を持つ者は排除してきた。それがアシティスの大した過去ですか」

 

 さて──じゃあ、まずは穏便に行こうか。

 

「イルーナさん、どうしましょうか。逃げますか?」

「そうですね~。逃げて、ティダニア王国にここの事情を報告するのが一番かと~」

「それは無理だし、意味がないな? ティダニア王国は今、混迷にあるな? 王族がこぞっていなくなったのだから、アスクメイドトリアラーの主もいないな?」

「いえいえ~。私達の今の主は騎士団なので~」

「……それは知らなかったな。成程、鞍替えだな」

「はい~。ですので、この都の崩壊も容易かと~」

「であればなおさら出すわけには行かなくなったな?」

「ひゃあ、怖いですね~」

 

 斬られた腕を──くっつけて、治癒魔法を使うイルーナさん。ただ寿命を削る奴なので、"改変"を差し込んで別のものにしておいた。

 イルーナさんにはもう少しいてもらわないと困る。

 

「シャイニーさん、ヴァイデンスさん、シュタークさん、ラッパヌさん、他私の知らない方々。彼らは私達を受け入れると言ったから、殺した。そういう認識で合っていますか?」

「そう言ったな?」

「フィソロニカですね。なら」

「……慮縁の神だな?」

「ええ、ですからこれはクロックノックの手引きですし、ひいては偽・魔色の燕の仕業でしょう」

「何を」

「いえ、あなた方は単なる亡命者。捨て駒に過ぎないという話です。……そうですね、二つ選択肢があります。一つは今ここで降伏すること。もう一つは死ぬことです。どうしますか?」

 

 金属音。

 けれど今度は、剣と爪のぶつかり合った音ではなく、剣が折れた音だ。

 

「……!」

「皮肉ですね。神の玩具になることを嫌がった末に、神の玩具となったのですから。──大人しく花でも愛でていればよかったものを」

 

 突然、ヒトットさんを含むこの店を囲んでいた全員が首を押さえる。

 まぁ、一度目で彼が主犯だったかはわからないけれど──それもどうでもいいことか。

 

「カ──ァ!?」

「斬ったり殴ったりをすると、血が出て掃除が面倒なので──窒息と溺死が最も汚れない死に方でしょう。ああいえ、溺死は水質汚染がありますので、やはり窒息ですね」

「……オーリさん、今詠唱してませんでしたよ……ね?」

「これですよ、イルーナさん」

 

 見せるのは『紺罪結晶』。ファロン・ウィリアムズにやったのと同じだ。

 肺へと続く道に水の膜を張り、呼吸を潰す。

 せいぜいもがけばいい。もがいてもがいて、苦しんで苦しんだ後、死後の苦界に絶望すればいい。

 

 フィソロニカは……成程、埋没の中か。

 しっかりしているな。

 

「これ……感情結晶……」

「はい。所有者です」

「そうだったんですか」

「報告しに戻りますか?」

「いえいえ~。私の仕事は監視兼護衛。護衛対象から離れる理由としては薄すぎますから~」

 

 しかし、やっぱり純粋すぎるきらいがあったな、ヒトットさんといい、他の人たちといい。

 これはクインテスサンセスも噛んでいると見た。心を操るのなら彼女が一番だ。彼女がそれを理解するかは別として。

 

 ──では。

 

「ライル」

「……んだよ」

「助けてあげたんだから、掃除して」

「はぁ? ……はぁ。あのな、云万年前の俺がアンタに何を頼んだのか知らねえけど、俺は清掃員じゃねーっつの!」

「うん、お願いね」

「クソ、アイツ耳詰まってやがる」

 

 今の言葉を翻訳するのなら、「世界再成の代価はしっかり払う。清掃員なりなんなり、好きに使ってくれ」になる。

 ちなみに云万年のところはイルーナさんには聞こえていない。イルーナさんには「新しく雇った清掃員です。口は悪いですが、腕は確かですよ」と伝えてある。

 

 ライル。勿論ライエルの「人間ロールプレイ」だ。

 

「……なぁ、──。……あー、オーリ。こいつら死体が残んなくてもいいんだよな?」

「ええ。……ああ、わかりました」

 

 励起するは『紺罪結晶』。それで、死体を全て水浸しにしていく。

 その端に指をつけたライル。──直後、水の全てが凍り始める。それら氷は、すべてを固めたあと、砕け散った。サラサラの風花となって、どこぞかへ吹かれて行く。

 

「わぁ……氷の魔力が得意なんですね~」

「まぁな。氷は虚像を映し出す。金銀銅(──)の存在しないこの世界じゃ俺の権能(──)はこういうことに限られんのさ。限られる分特化するっつーか」

「……? ごめんなさい~、よく聞き取れませんでした」

「ん? ああ。まぁ簡単に言うと、俺は他の属性が水くらいしか使えねえんだわ。水と氷の特化型。だからこういうのは得意でさ」

「なるほど~」

 

 少し、というかなんというか。「人間ロールプレイ」としての脇が甘すぎるけれど。

 従業員二人目、獲得である。

 

「ハ、アンタにゃ言われたかねーよ」

「私のことをそこまで見ていないクセに、よく言えますね」

「……俺の本心と嘘見分けんの得意過ぎだろ」

「あたりまえでしょう」

 

 あなたをそういう風に作ったのは、私なんだから。

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