神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Trapanrot」

 トム・ウォルソンは口を開く。

 

「何故を問えばいくらでもある。たとえば神々。あれらは何故いると思う?」

「居るから居るんだろ。俺たちだって居ることの必要性なんざないんだ」

「そんなことはない。少なくとも確実に、人間という種は自然発生したわけではない。この世界における神なりし者が作り上げた、不完全な生命体だ。不完全であるように設計した、欠落と欠陥と可能性を内包する種族。そんな人間とは裏腹に、神とは果たしてなんだろうか。この世界に神は必要あるだろうか」

「必要不必要で言えば必要だろ。現に今、俺たちは恩恵を受けている」

「それは"付加"であって"補充"ではない。僕達不完全な生命体は、けれど神にその欠落を埋めてもらっているわけではない。ただ全く異なる機能を付加されているに過ぎない。つまり、僕達の道のりに神は不要なんだ」

 

 今度は溜息。主はチャックだ。

 

「また面倒なことを言うもんだ。じゃあなんだ? ティダニアの騎士団と事を構えるに至ってまで()()した王族や神々は、要らねえ存在だとでも?」

「そう言っている」

「そうかい、そりゃまた、お前らしいね」

 

 だから、と。

 トム・ウォルソンはまた同じ言葉を吐く。

 

「何故を問えばいくらでもあるんだ。天龍を軸とした換期システム。廻天法則。万化法則。遷移法則。これらは何故を満たさない。言い換えれば、要否における否であると言える」

「神は何故それを敷いたのか、ってか。お前の言う、神の神とやらは」

「唯一、総量保存法則だけが、手を加えられていない法則であると言える。むしろこれをどうにかするための他だ。であれば──」

 

 言葉を置いて。

 

「僕らがそれを壊すことに成功したのなら、神は、彼女は、僕らを何と見るだろうか」

 

 睨み、つける。

 

 

 

 

 時は少し遡って、十日前。

 

 クロックノック。新しく興った国はそういう名がついた。

 表面上の統治者は元ティダニア王国王家。ただし彼らに執政能力は無く、実際は魔色の燕が運営している。

 国民はほとんどが冒険者。否、その他は魔色の燕の構成員なのだから、冒険者の方が少ないと言ってもいいかもしれない。

 

 現状、クロックノックはどこからも喧嘩を売られていない──どことも敵対していない。ティダニア王国とヤーダギリ共和国は復興に忙しく、こちらに目を向ける暇がない。他国はあまり関わりたくないとばかりにそっぽを向いている。

 だから、平和だった。

 

「ッ──!」

「遅い」

 

 金属音が響き渡る。

 ダガーと剣。女と男。小柄と長身。

 どう考えても後者の方が有利なのに、優勢なのは前者だった。

 

「ち……クソ!」

「追い詰められたからと言って激昂するな。感情を出すな。人間を殺したいのなら、もっと、もっと、薄く薄く──薄氷のような殺意を持て」

「──クソが、お前本当に冒険者かよ!!」

 

 戦いは、けれど模擬戦だ。本気の殺し合いじゃない。

 でも、観戦者の肌が粟立つ程には恐ろしい鬼気がある。

 

 圧されている男の名はチャック。快楽殺人鬼であり、日ごろから軽薄な態度が目立つものの、それなりに頭の回転が早く、大局を見ることができる……一応、魔色の燕の幹部。

 対するはティニ・ディジー。冒険者であり、華奢、あるいは「白く儚い華のような」という形容もつけられそうな見た目は、けれどその全てが敵を油断させる疑似餌でしかない。露出の多い服のどこに隠しているのか、恐ろしい量の暗器。その歳からは考えられない程に洗練された、殺人という行為への技巧。

 

「この」

「何度も言わせるな」

 

 美しい声色が低く冷たい殺意を持つ。

 蹴り上げ。チャックの顎を的確に狙った蹴りは彼の脳を揺らす。それでもと剣を前に出す彼は、その揺れた視界で見るだろう。

 彼女の両腕が消え──次の瞬間、剣が斬られている事実を。そしてもう片方が、自身の首に迫りくる死の幻像を。

 

「ストップ」

 

 爆発に近い衝突音が鳴る。

 それはチャックの首とティニのダガーの間に挟まれたナイフから発せられた音。間一髪で死を免れたチャックは、しかしその衝撃波で吹っ飛ばされる。

 

「……どういうことかな、ディジー。今の、殺す気だったよね」

「何か問題がある? ここはそういう国でしょ。──というか、蘇った人間が、生者の行動に口を挟むな、気色悪い」

 

 間に入ったのは、魔色の燕。だから、オーリ・ヴィーエだ。

 互いに小柄。互いに手折れそうな少女。けれど発せられる剣気に翳りはない。

 

 二人はそのまま次の行動に──。

 

「そこまでだ、ティニ。ヴィーエも、すまないが抑えてくれ。叱っておく」

 

 入れなかった。

 互いが互いを刺そうとした武器を、肌の一枚で止めた男がいたからだ。

 彼の名はウェイン。恐ろしいほどタフで、鈍感で、天然。ただ、強さは本物。彼も冒険者。

 

「……蘇った人間がこれだけいて、今更仲間の死を恐れるとか。くだらない国だとは思ってたけど、下から上まで全部くだらないのなら、もう居る意味もないかな」

「ティニ」

「……」

 

 姿を消すティニ・ディジー。

 その姿を追えた者が一体何人いただろうか。ほとんどが転移と見紛ったことだろう。

 

 だから、見えていた二人は彼女をちゃんと見送ってから、向き直る。

 

「すまないな、ヴィーエ。悪気は……あると思うが、ティニはああいう性格なんだ。治せない」

「いいよ。私達が死人なのは事実だし。……それより、腕は大丈夫? 結構強く斬り付けちゃったと思うんだけど……」

「問題ない」

「いや問題大アリだろ。お前腕からすんげー量の血ィ出てんぞ」

「問題ない。骨まで達していないんだ、唾を付けて、あとは眠れば治る」

「……冒険者、ってのは……馬鹿ばっかなのか?」

 

 先程死に直面したばかりのチャックが軽い様子で戻ってくる。

 負けはした。吹き飛びはした。

 けれどそれに憤る様子はない。当然だ。

 

「それよりだよヴィーエ。何割って入って来てんだって。知ってるだろ、()()()なことくらいよぉ」

「それでも仲間の首が刎ねられるのを見るのは気分が良くない」

「はぁ、これだから良い子ちゃんは。……いやー、しかし強いな、アイツ。あれでいて本来は毒使いなんだろ? 絶対生まれてくる時代間違ってるって。エルブレードの時とかに生まれてたら、世界中に名が轟いてたんじゃねーの?」

「どうだろ。あの時代は強い人いっぱいいたし、世界中、は無理なんじゃないかな」

「真面目に返してくんじゃねぇよ。ジョーダンだよジョーダン。……おい嘘だろ」

「なに?」

「……本気で言ってんのか? ……血、止まってやがる。どういう体してんだよ!」

「ん、ああ、俺か。だから言っただろう、大丈夫だと」

 

 骨にまでは達していなかった。それは確かにそうだ。

 だけど、深くまで入ったはずの刃、その切り傷二つ。そこからだくだくと流れていた血が止まっている。

 

 それはもう引くチャック。彼は蘇った英雄(レジェンズ)ではないから、余計に引く。

 同じ時代の人間で、特に魔法も魔術も刻まれていない体で……いやいやいや、と。

 

「俺はティニを追う。再度謝っておくぞ、ヴィーエ。すまないな」

「いいってば。それにウェインに謝られる理由がないし」

「ああ。じゃあな」

 

 普通に歩いていくウェインを見送って──チャックとオーリ・ヴィーエは溜息を吐いた。

 

 平和なクロックノック。

 けれどこういう衝突は絶えない。模擬戦を謳っていたとしても、冒険者からの魔色の燕への認識はあまり良い物ではないからだろう、こうして事故を装った本気の殺意が垣間見えることがある。

 

 だからこそチャックは思う。

 ──いやホント、だったら何のために俺達はあんな苦労を……。

 

 魔色の燕の真のリーダーはトム・ウォルソンだ。魔色の燕の行動方針は彼の言葉で決まる。

 ティダニア王国の洗脳、その首の挿げ替え、神々の招聘、冒険者とティダニア王国民の乖離、国興し。

 感謝はある。トム・ウォルソンに拾われていなければ、チャックは今頃大監獄の中か、あるいは簡単に処刑されていただろうから。快楽殺人鬼など、民が無抵抗でなければ成立しない。

 

「チャック」

「ん、なんだ」

「私が負けた相手の特徴、わかる?」

「もう似顔絵は貰っただろ?」

「そうじゃなくて、戦闘の特徴とか……」

 

 ティダニア王国での決戦において、オーリ・ヴィーエは一度死んだ。

 相手は「オーリ」と名乗る──あるいは「オーリ・ヴィーエ」の襲名者と名乗る者、の、近親者か何か。はっきりとした出自のわからない彼女は、ヴィーエとはあまり似ていない容姿をしていた。

 背丈が違えば、髪色も目の色も違う。血のつながりは恐らくなく、ただ本当に「オーリ」であるだけの者。

 

「逆に、お前はどこまで覚えてんだ?」

「チャックが合人演舞(ドレアム)を使ったあたりまでかな……。そこからは、記憶の混濁が激しい」

「んー。まぁ、一言で言うならバケモンだな。あの規模のドレアムの拳……しかも高所からの振り下ろしを押し返しやがった。あの規模の水は多分感情結晶だろうが、それじゃ説明できねーモンを感じたよ。んで最後のに関しちゃお手上げだ」

「最後の……私とその人が衝突して消滅した、ってやつだよね」

「ああ。意味が分からねえ。おいウォルソン、ンなとことでつっ立ってないで説明してくれや。アレがどういう現象なのかを」

 

 暗がりへとチャックが声をかければ、そこから出てくるトム・ウォルソン。

 ヴィーエに驚きはない。彼女が気付いていないはずもない。

 

「僕は忙しいんだが」

「忙しいなら路地裏で俺たちの戦いを見てねーだろ」

「冒険者の戦力把握は必要だろう。……が、良い。説明してやる。……そうだな、ヴィーエ。君は自身が何をしたのか推測できるか?」

 

 覚えていないから、推測。

 だけど、ヴィーエは……自身の最強を使ったというのなら、一つしかないと言い切れる。

 

「黒白相克・告食黒召(ツバクラメ)。……本当は使っちゃダメな技。負担とかじゃなくて」

「水晶玉に穴を開けるからだろう。それくらいはわかる。それで、その技の原理をそこの馬鹿にもわかるように教えてやれ」

 

 原理、と。

 ヴィーエは少し思案してから……実演を選ぶ。

 

「これが闇の魔力。こっちが光の魔力。見える、よね?」

「馬鹿にしすぎだろ」

「うん。で、これはどっちも固定されてる。だからこれが粒子になったものが物体を通り抜けると、無数の穴が開く。それはあるいは、物体を消し飛ばす程に」

「そりゃいつもの黒白相克の話だろ。お前の代名詞の奴」

「ううん、違うよ。私の代名詞の奴は、ただの黒白。相克は、こうするの」

 

 光と闇の魔力を近づけるヴィーエ。

 けれど、換期法則によって凄まじい反発力が生まれる。

 換期法則──相反するものは互いに中心を持ち、その中心の存在によって互いが交わらないようにしている、という法則だ。これがあるから世界に満ちる魔力は混ざり合わず、属性として確立されている。

 それを今、無理矢理混ぜている。否、混ざりはしない。

 

「見える? 時間と空間がお互いを食べ合っているの」

「……とんでもねーエネルギーが出てんのしかわかんねぇ」

「時間っていうのはね、まっすぐなの。歪曲しない……常に一定方向に流れ続ける存在。闇の魔力はその流れに干渉できるけど、止めるか反転させるか、加速させるかしかない」

「対して、空間は常に歪曲しているし、常に離散している。複数の次元を持ち、同時に流れは存在せず、相対的な位置関係があるのみだ」

「だから、この二つが交じり合うと、普通は次元震が起きる。当然だよね、進みたい闇と止まりたい光が混合されるんだから」

 

 何が当然なのかはわからないけれど、チャックは「成程な」と呟いた。

 

「でも、私の使う黒白はどちらもが止まっている。流れない時間と離散しない空間を混ぜ合わせるの。すると、闇の魔力の作用である"時間を引き留める力"と、光の魔力の作用である"空間を引き寄せる力"が同一方向を向いて、これが競合する」

「今この無理矢理に混ぜ合わされた魔力の中では、闇の魔力と光の魔力が"全く同一の現象を引き起こそうとしながら"、"我先にと互いを押しのけ合っている"という状況になるわけだ」

「あー……要は、やりてーことは同じなんだけど法則が邪魔して共同作業ができねぇと。だから俺が俺が俺が! つって互いを抑えつけようとしてる……って認識でいいか?」

「へえ、チャックにしては理解度が高いね」

「ああ、馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで言葉を砕けば理解できるのか。僕は感動している」

「ぶっ飛ばすぞテメェら」

 

 して──黒白相克は次第に違う色を見せ始める。

 何色、と形容するための言葉の思い浮かばない色。

 

「これを魔色って呼ぶの。初期も初期の私はこれで戦ってたから、魔色の燕って呼ばれてた。名前がパーティの名前になった時には、実は相克使ってなかったんだよ」

「魔色……」

「互いを食い合う光と闇は、"食らい合った状態"で安定する。それが今視えている魔色だ。この色をした魔力塊はその内部で時間と空間の侵食し合いが起きている。よって、今この魔力球の性質は歪曲していて、収斂していて、集結していて、湾曲しているものだと言える」

「これだけならまだ大丈夫なんだけど、これを粒子状にして、一か所にぶつけると……反発力が一か所に集中して、それに世界が耐えきれなくなる。告喰黒召(ツバクラメ)は敵にそれをぶつけつつ、耐えきれなくなった世界に開く穴に相手を放り出す技」

「……世界の外に放り出されたら……どうなるんだ?」

「どうにもならん。世界の外にあるのは無だ。故に、無の中で永遠に彷徨うことになる。死ぬことはできない。無の圧力の方が強いからな、肉片や血骨を撒き散らすことは許されない。死して精神を手放すこともできない。自らの時間を流すこともできない。なにもできない──どうにもならないままに、無を放浪する。意識を保てるかどうかはソイツ次第だ。保てない方が幸福だろうが」

 

 つばを飲み込むチャック。

 無、という概念は知っている。トム・ウォルソンが良く話しているから。

 けれど、まさかあの時ヴィーエの使った技がそこまで危険なものだったとは。

 

 というか。

 

「それと()()にやり合うとか……相手のもとんでもねーってことだな」

「真実を隠す必要はない。ヴィーエ、互角じゃなかった。限りなく手加減されていた、ということを頭に刻め」

「……うん。それは、わかる。正直相対した時点で勝てない相手だって思ってたし」

「あー。……で? 相手の使った技の正体はなんなんだよウォルソン」

「推測になるが、構わないか?」

「もちろん」

 

 では、と。前置きをして。

 

「第一に、あれは恐らく既存の魔法、魔術、呪文言語、魔印……といった技術体系にあるものではない。遠くから観察していたが、明らかに土水火風音熱氷雷闇光のどれとも違う魔力が混じっていた。ああ、無色の魔力も入れても別だ」

「なんじゃそりゃ。……なんなんだ、ソイツの正体ってのは」

「だから、わからない。不明だ。恐らくあの者にしか使えない魔力……であると願いたい。……続けるぞ。第二に、Ikuttititranが反応した。あまり確実なことは言えないが、恐らく原初の」

「待て。今なんつった?」

「恐らく原初の」

「その前だよ。イクッティ……なんだって?」

「Ikuttititran。別名を、世界の風見鶏。運命というものについての話は覚えているな?」

「ああ、プールがどうのって奴だろ。個人個人がうんぬんかんぬん」

「そうだ。Ikuttititranは運命が動く際に、そちらを向く。たとえばラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニアが"磁"を完成させた時、Ikuttititranは彼女の方を見ていた。あるいはファロン・ウィリアムズの炎を割って来たアザガネ。その時にもティダニア王国を見ていた。後は、そうだな。イーゥクレイムとオーティアルパが動かされた時にも顔を向けていたはずだ」

「ほー、便利な奴がいるんだな」

「奴ではなく物だ。Ikuttititranは道具でしかない。……それが、ヴィーエとアレの衝突の際、彼方……空のどこかを向いた。これは完全な憶測だが、恐らく水晶玉の疵に目を向けたのだと思われる」

 

 少しずつ雲散霧消していく光と闇の魔力。

 実際にやってみせたそれは、けれど取り扱いに集中がいるのだろう、ヴィーエが話に入って来なくなった。

 

「なんでだ?」

「知るか。僕の予測でも、Ikuttititranはヴィーエを向くと思っていた。真実あそこで莫大な運命が動いたのは間違いない。だというのにIkuttititranは彼方を向いた。これからわかることは、ヴィーエのツバクラメとあちらの技のぶつかり合いは、本来であれば別の事象によって引き起こされることである、という事実だ」

「……ってーと」

「馬鹿に戻ったか。つまり、本来は外部からこの水晶玉に干渉する際に起こる事象が、ツバクラメとあちらの技の衝突によって起こった。片方、ツバクラメ側が"水晶玉に穴を開ける行為"であるとすれば、敵の技は」

「"無からこっちに干渉する行為"、か?」

「ううん、多分だけど……"世界を創る行為"なんじゃないかな」

 

 雲散を終えたらしいヴィーエが言葉を挟む。

 

「僕もそう考えている。無からこの世界を作り出す行為。それが相手の技」

「……いやいや、そりゃもう神の領域をさらに越えて……まさか」

「つまり、そういうことだろう」

 

 リソースとコア無しに世界を創る技。

 メタフィクショナーにのみ許された技術。

 それを「この世界ナイズ」したもの。

 

万換食鬼(Actueater)って聞こえたのは覚えてるぜ」

「ん。とりあえず方向性は掴めたかも」

「そうであってくれるとありがたい。ヴィーエ、君にはアレに勝ってもらう必要があるからな」

「あー……今ので何の、どういう方向性が掴めたんだ」

 

 疑問に答える者はいない。

 

「僕は世界の計算に戻る。励めよ、ヴィーエ」

「うん。私も特訓に戻る。あ、冒険者と喧嘩しちゃだめだからね、チャック」

「いや別に俺から喧嘩売ったわけじゃ……いねぇし」

 

 いなかった。

 いなくなっていた。

 

 だから、チャックは。

 

「……こう、俺と同じくらいの馬鹿が欲しい。切実に」

「気持ちはわかるぞーチャックー」

「あんま落ち込むなよー」

「盗み聞きしてたけど一個もわかんなかったから安心しろよー」

 

 観戦者(こいつら)と一緒にされるのはそれはそれで嫌だな、と。

 この日にチャックが抱いた感想である。

 

 

 

 ところで、チャックにはそれなりに重要な仕事がある。

 それは蘇った英雄(レジェンズ)のメンタルチェックだ。決してケアではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()を見る為に、彼はいろんな所へ出向いて蘇った英雄(レジェンズ)の様子を見る。見るし、報告する。トム・ウォルソンに。

 

 組織でいうところの「魔色の燕」は、けれどその実ほとんどが現代の人間である。蘇った英雄(レジェンズ)は洩れなく幹部、あるいは部隊長になるものの、その部下は割合普通の人間。なんなら国に家族がいて、それを養うために、という者さえいる。

 つまり、国全体を見る必要はないわけだ。

 英雄は目立つ。だから騒ぎの起きている場所に行けば大体巡り合えるし、そうでない者がいる場所はウォルソンから聞かされている。

 

 今チャックがいるのは、「そうではない者」の場所だった。

 

 時計塔──。

 クロックノックはその名の通り、時計に纏わる物が多い。それは別に「そう在れ」とされてなったわけではないけれど、この時計塔は大きさからだろう、自然と国の中心部になった。

 

 そんな時計塔の、一番上の、凡そ人間がいるべきではない尖塔の上。

 

「お前さぁ、毎回毎回そこ昇ってるのそろそろキツいぞ」

「……ならば、来なければいい。安心しろ、離反などしない」

「そーもいかねーのよ俺は」

 

 オーヴァーチャー・エイムブレインズ。

 ティダニア王国にて彼は「ナニカ」と出会っている。その記憶は定かではないものの、情報収集の結果「マイク・エイムブレインズ」と名乗る誰かであるということはわかった。

 チャックはオーヴァーチャーにそれを伝えたけれど、彼は「そうか」としか言わなかった。ただ、悔しそうな顔をしていたことだけ覚えている。

 

「……チャック」

「んだよ」

「私達は()()か?」

「さてなー。一回死んだ奴で、蘇った奴を本物と呼ぶかどうかは人に因るんじゃね」

 

 動揺もせずに答えたというのに、オーヴァーチャーはまた「そうか」と真意を見抜く相槌を打った。

 

「先ほどの戦い、見ていたぞ」

「ああ、ティニ・ディジーとのか。……こっから見てたのかよ」

「あの女は強いな。剣に迷いが無い」

「ちょっとどころじゃなく殺人者って感じだけどな。殺人特化のマリオネッタって言われても納得するよ」

「だが、同時に不安定だ。私達の管理をする暇があるのなら、冒険者のメンタルケアをしてやった方が良いだろう」

「不安定? あれが?」

「まだ浅い。そう感じた」

 

 オーヴァーチャー・エイムブレインズ。

 イードアルバも寡黙気味だけど、この男もこの男で言葉が足りない。ただ、深く聞くほどの興味がチャックに無い。

 

「チャック」

「なんだ」

「この国で一番強いのは、誰だ」

「そりゃヴィーエだろ。あるいはゼルフか」

「そうか。敵はそれの数千倍強いぞ」

 

 敵。

 勇者でも魔王でもない。

 

 神々ですらない。

 

「わーってるよ」

 

 名も無き──名の継がれぬ創世神。

 それが魔色の燕の敵。

 

 

 

 今度は逆に、喧噪の中にあった。

 中心にいるのはエディシアだ。

 

「で・す・か・ら! 幻惑矢は光の魔力を使うのではなく火の魔力が重要で」

「つったってよーエディシアちゃん。こんだけピカピカしてんだ、どうやったって想像力がそっちいっちまうって」

「そんなの自己催眠でもしなさいな!」

 

 エディシア・ボーフムの主武器は弓である。

 だから、比較的人間離れした動きをしない。あくまで比較的だが。

 

 それに縋ってだろう、英雄ではない魔色の燕たちがこぞってエディシアに師事を求めているようだった。

 

 ──否。

 

「エディシア」

「また入門者ですか? でしたらあちらに並んで」

「いや俺。んでこれ解散させていいぞ。こいつらに弓を学ぶ気なんざねぇからよ」

 

 ブーイングの嵐。チャックに対するそれは、けれど。

 

「こいつらアンタの身体を間近で見たいだけだ。だから集中もできねーって」

 

 ワケ、まで言う必要はなかった。

 わなわなと震え出したエディシアが天に向かって弓を引けば──射出された幻惑矢が「下心しかない連中」を追い立てまわす。

 まるで意思でも持っているかのように執拗に。ただの幻惑と侮るなかれ、ちゃんと幻痛を覚える幻惑矢だ。

 

「助かりました、チャック。時間を無駄にするところでした」

「まーあいつらの気持ちもわからんでもない。アンタ色気すげーしおわぁっ!?」

 

 超至近距離で放たれた幻惑ではない普通の矢を躱すチャック。

 直撃していたら額に風穴があいていたことだろう。

 

「殺す気か!?」

「あなたならばそれくらい大丈夫でしょう」

「大丈夫は大丈夫だが痛いモンは痛いんだよ!」

 

 額から脳、後頭部にかけてを矢で射抜かれる痛みなど、想像したくもない。

 薬にもしたくない程の自制心でチャックはエディシアのカラダから視線を外す。

 

「ヴィーエさんにはそういう目、向けませんよね」

「いやだってあんなちんちくりん」

 

 ぞっとする気配にチャックがしゃがめば、近くに在った石材の一部が消失した。

 遠隔操作もできるらしい。

 

「……俺はもっとメリハリある奴が好きなんだよ。具体的に言うと手に余るくらいで、掴みやすくて」

「アナタの下衆な好みなど聞いていません。……はぁ、いつの時代も男性というのはこれだから」

「お、男女差別って奴か! いいぜ、時代によっちゃどっちが上かは変わって来たが、いつの時代も優劣を決めるのは床──」

 

 ザク、と。

 

 チャックは見る。自身の股間に、輝く矢が刺さっている光景を。

 

「ご安心ください。幻惑です」

 

 その日、チャックの絶叫がクロックノックに響き渡った。

 

 

 

 そんな感じで見回りを終えて、チャックはヘロヘロになりながら帰ってくる。

 

 報告するための部屋には──しかし、トム・ウォルソンの姿が無い。

 

「おーい、帰ったぞー」

「……ああ、チャックか」

「俺以外誰がここに来るんだよ」

 

 部屋の奥。の、さらに奥から出て来たトム・ウォルソンは──少しやつれている。

 

「どうした?」

「アシティスの内情を知る必要があってな。だが、あそこは秘匿の神の権能で守られている。それを突破する方法を考えていた」

「アシティスねぇ」

 

 チャックの印象的に、アシティスは臆病者の都である。

 覚悟も無ければ大義も無い。ただ追われて逃げただけの血。

 

「人を送り込んでも意味はない。……仕方ない、駒を一つ切るか」

「駒ぁ?」

「無論、魔色の燕ではない。あるだろう、僕らが最近手に入れた、超常なる力が」

「……使い潰す気か?」

「それはできること次第だろうな」

 

 いつか──いつの日か、トム・ウォルソンが語っていた盤上と指し手の話。

 果たして、此度動かされる駒は。

 

「インパクト重視で行こう。──神を使うぞ」

 

 あまりにも不敬極まる言葉を。

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