神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Esahp」

 神。神々。

 全てが権能と呼ばれる超常なる力を持ち、人間における最高位の魔法を以てしても傷つけることは適わない。

 それが神だ。

 

「と、されているだけだ」

 

 トム・ウォルソンは言う。

 

「実際のところ、神の権能には限定的なものが多い。魔力の属性に大きく左右されるし、その引き出しにも限界がある。感情結晶の方が無尽蔵さで言えば上なくらいだ」

「御託は良いよ。それで? インパクト重視、だったか。何をするんだ?」

「だからその説明をしている。──つまるところ、神は罠に嵌めることができるし、巧くやれば御せる存在であるということだ」

「ほーん。そりゃまた」

 

 その自信と根拠はどこから来るのか、と。

 毎度思うことを、此度も思うチャック。

 

「今回使う神はライエル。虚構の神だ」

「虚構っつーと、具体的に何ができるんだ」

「嘘が吐ける。あるいは、虚実を反転できる」

「……あん? そんだけか?」

「それだけであることがどれほど強いかわからないのか?」

 

 酷くシンプルな権能。

 故にそれは、とても強力である。

 

「嘘を事実にできる。事実を嘘にできる。究極、他の神を全て消すことだってできる」

「……んな強力な神なら、温存しておいた方がいいんじゃねぇの?」

「温存も何も、虚構の神ライエルはクロックノックにいない。僕達の味方ではない」

「ああ、そう」

 

 まるで「既に手元にある」とでも言いたげな語調だったから勘違いしただけだけどな、とチャックは吐き捨てる。

 

「ターゲットは秘匿の都アシティス。及び、そこを成り立たせている秘匿の神ヒシカ。既に使えそうな魔族の狩り(ハント)は冒険者に依頼してある。加え、協力者である言語の神セノグレイシディルもまた魔族を取り込むつもりだそうだ」

「魔族も使うのか。……あいつらって使えんのか? どいつもこいつも人間が嫌いで堪らねえって感じだが」

「僕もそこは半信半疑だ。だから、どちらもダメだった場合の保険もある」

 

 次から次へとよくもまぁ、と。

 これまた口には出さないチャック。

 

「朝陽の神ボーダーク。最終手段にはなるが、彼女の権能は虚構や秘匿と相性がいい。ただしそれを使えば莫大なロスが発生する可能性がある。出来れば使いたくない手段だ」

「リスク無くしてリターンは無い。そうだろ?」

「君のような"覚えていられなさそうな"者であればそうだろうな」

「んだと」

「事実だ、そう憤るな。──具体的な作戦の説明をしよう。まず、魔族についてだが──」

 

 まーた御託が始まったよ、と。

 真剣な顔で長ったらしく小難しい話をするトム・ウォルソンを、チャックは眺め続ける──。

 

 

 

 

 

 

 それはいつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の三人とアザガネが魔物を駆逐し続けている時のことだった。

 フリッシュヤードは漁業の街。海に面している以上、逃げ場は限られている。

 だから、残すはあと一つの家屋──というところで、割って入るモノがいたのだ。

 

「やぁ、初めまして。ボクはインキュバスのフランキス。──そしてさようなら、人間。同胞を害する者を、ボク達は許さないよ」

 

 人間の耳では聞き取ることのできない言葉が呟かれる。

 その瞬間、フリッシュヤードは底なし沼へと変貌した。元より朽ちていた家々が地面に飲み込まれて行く様を見て、すぐに四人は跳躍を選択する。

 そして、まだ無事である建物……高い建物へと降り立った。

 

「──魔族!」

「だが、言動から察するに、拙僧らが追っていた魔族ではなさそうだな」

「どちらにせよ魔族だ。同じく言動から察するなら、ここで殺すべき存在だろう」

 

 合図はない。

 というか、抜け駆けをするくらいの勢いで、アザガネがフランキスへ猛進する。逆手に握られた中空長刀から滲み出るは──黒白の粒子。

 

「魔色・白羽!!」

「!」

 

 未だ自己流には至っていなかれど、それは洗練された技術の一つだった。

 アザガネの剣。けれど、けれど、だ。

 

 それを、フランキスは止める。

 

「カカ──止めるか! この剣を!」

「見たことがあるからね。魔色の燕の長とは敵対しているんだ。研究くらいはするさ」

「ほう、ほう! それは──カカカ、善きこと、善きことだ!」

 

 噴出するは水の魔力。

 アザガネ本来のスタイル。シホサの剣。殺人剣。

 人体であれば容易く切り裂ける切れ味を獲得した刃は……それでも、進めない。

 

「ぬ……!?」

「まず、一人だ」

 

 頸椎の砕ける音がした。

 アザガネの頭部。その直上より振り下ろされた、ナニカ。

 不可視のナニカは、確実にアザガネの頭部を砕き──彼を底なし沼へと沈める。

 

「てめっ、この──『紅怖結晶』!!」

 

 アザガネとは大した仲ではない。

 それでも目の前で同じ冒険者が、それも何度か背を合わせた冒険者がやられたのなら、激昂もしよう。

 

 ファロン・ウィリアムズが掲げるは紅の感情結晶。火の魔力を操るそれが、一直線にフランキスへと向かう。

 向かって──止まる。

 

「……先ほどのアザガネの剣もだが、止まり方が妙だ。反動が無さすぎる」

「となれば、相手の使う魔力も知れる」

 

 冷静だった二人。

 その視線に観念した、とばかりに……フランキスは、ソレを取りだした。

 

「感情結晶!? またかよ!」

「『黒縁結晶』というらしいよ。闇の魔力を自在に操れる。魔族であるボクにとっては、これほど扱いやすい魔力もなくてね」

 

 滲み出るは赤と黒の魔力。魔族特有の色をした魔力だ。

 それがファロンの炎を伝い──。

 

「剪断・狒狒・圏健!」

 

 エリによって、切り裂かれる。

 

「すまねぇ、助かった!」

「だが、相手が感情結晶の持ち主ならば、エリの独擅場だな」

「感情結晶だけが実力で在れば」

 

 エリの神殺しの剣は、なぜか感情結晶によく効く。

 歴史のどこかに突然現れ、所有者を狂わせる感情結晶。それに神殺しの剣が効くということは、やはり感情結晶は神の遺物なのだろう、というアタリをつけているエリ。

 

 あながち間違いではないが、正解でもない。

 

「……ふぅん? 君、何か特別な運命を背負っているだろう。……加えて」

 

 フランキスがその翼を以て大きく左にズレる。

 直後、彼のいた場所を中空長刀が突き抜けた。

 

「おかしなことがあるものだね。確実に頭蓋と首の骨を砕いて、生き埋めにしたというのに……死んでいないのか」

「カカ! 生きて埋まったのだ、死んでもいなかろうよ!」

「アザガネ! 生きていたのか! ならばもう一人で突っ込むな、とりあえず共闘を──」

「何を言う。拙僧がこの強者と戦っているのだ。お前達は目的を奪取しに行けばよかろう?」

 

 至極当然のことを言うアザガネ。

 そうだ。いつか見た憧憬の目的は、目の前の魔族ではなくその背後の家屋にいる魔族の方。

 どちらも殺さねばならない存在とはいえ──優先順位はつけなければならない。

 

「──恩に着る!」

「行かせるわけがないだろう?」

「巌流!」

「奮迅・等等・喪摸!」

 

 水の魔力の斬撃。そして、対権能剣術が走る。

 アザガネの剣は避けないフランキスも、エリの剣は避ける。

 

 もしも、があるからだ。

 彼はまだ死ねない。アンネ・ダルシアを一人にできない。

 

「──ファロン。ジュナフィス」

「ああ、わかってる。頼んだぞエリ!」

「こちらは任せろ。お前に頼ってばかりのいつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)ではない」

 

 効果があるとわかれば、可能性の多い方を選ぶ。

 エリはそういう性格だ。

 

「カカ、良いというのに」

「確かにあなたは特別な耐久性を有しているのかもしれない。けれど、あなたの剣では彼は止まらない。であれば私が出るのは当然でしょう」

「ム、拙僧の力不足か。カカ、言葉も出ぬわ」

 

 仕切り直し。

 小柄……というより、まだ少女の域を出ぬエリと、長身のアザガネが並ぶ。

 並んで互いの得物をフランキスへと向けた。

 

「……死んでも死なない人間と、魔族を斬れるかもしれない人間か。なら、やることは単純だね」

「来るぞ!」

「行かないよ。ケルプ・テルプ(──・──)

 

 その「聞こえない魔法」は──移動、だった。

 つまり、ファロンとジュナフィスが向かった方。目的の魔族のいる方への。

 

「ッ! この……!」

「拙僧の刀に乗れ!」

「助かる!」

 

 中空長刀の正式な持ち方はオール持ち。けれど今この時ばかりは、普通の剣を握るようなそれだった。

 沈みゆく不安定な足場で、けれどアザガネは最大限の力を発揮する。そこから飛び出すエリも同じだ。

 移動魔法という、常識的に考えれば「追いつく」という発想の生まれないソレに、射出と蹴りの威力だけで追い縋る。

 まさに神業。今この場にいる人間に出せる最高の速度は──くるり、と振り返ったフランキスによって、最大の悪手へと変貌する。

 

「っ、不味」

 

 振り向きざまの拳は、相対速度によって絶死のそれへと変わる。

 空中で軌道を逸らすことは不可能。何より絶対に避けられないタイミングでフランキスが振り向いているから、その拳はエリへと直撃する。

 激しい衝突音と共に、叩きとされるエリ。そのまま底なし沼へと沈んでいく。

 

 かに、思われた。

 

「……成程、泥を焼いたのか。でもそっちの方がダメージは大きいんじゃないかい?」

「死ぬよりは……マシ」

「潔いね。人間、って感じだ」

 

 ファロン・ウィリアムズの火ではない。

 エリの使える火の魔力。それを咄嗟に噴射し、泥を焼いて足場とした。

 ただそれもすぐに崩れる。魔族の魔法は得てして持続時間が長い。

 

 けれど、一瞬もあれば十分だった。

 打ち付けられたエリをアザガネが拾い──そのままファロン達の方へ投げ捨てる。

 

「ちょ──!?」

「カカ、どうせ全身の骨が折れて動けまい。後は拙僧に任せろ」

「大きく出たね。君の攻撃はボクに届かないのに」

「なんとでも言え。──ところで、拙僧は見様見真似が多少得意でな」

 

 中空長刀の構え。

 けれどそれは。

 

「剪断・狒狒・圏健!」

 

 エリの剣。対権能剣術。

 果たして見様見真似は。

 

「……無駄だよ。君からは特別を感じない」

「カカ、そうであろう、そうでなくてはな! あれほどの研鑽、見ただけで真似できようはずもない!」

 

 失敗する。また、止まったのだ。

 止まって、止まったまま嗤う。停められたままアザガネは嗤う。

 

「然らば進もうさ! 拙僧の刀は殺すための刀。眼前にある者を殺せぬというのなら、殺せるようになるまでだ!」

 

 取り込む。

 黒白を食らった時と同じように、今度はエリの剣を、そしてフランキスの魔力を。

 

 闇の魔力への素質はあった。そして、剣技においてもアザガネは抜きんでている。

 であれば、同じ剣は無理でも──。

 

「魔色──」

「!」

「白羽・閃線!」

 

 感触があった。斬ったという感触が。

 同時に──胴体が泣き別れた感触も。

 

「……斬られた」

「カ……ほうら、見た事か。届く、ではないか……」

 

 上半身と下半身を分断されたアザガネは、ぐちゃ、と泥に落ちる。

 もう焼かれた泥は無い。飲み込まれている。

 

 だから、今度こそアザガネは──。

 

「っ、そういうことか!」

 

 死体だ。どう見ても。

 けれどフランキスは、その死体へ魔法を撃ち込み続ける。その身が肉片となるまで、塵芥となるまで。

 

 けれど。

 けれどけれど。

 聞こえる。嗤い声が聞こえる。

 

 カカ、カカと。

 

「……君、アンネより強大な蘇生術をかけられているんだね」

「カカカ……嗚呼、ディモニアナタ様の加護ゆえな」

「神の……」

 

 その時、フランキスの背後から何かが飛んでくる。

 大した速度も無いソレ。キャッチ──に成功して、フランキスは。

 

「どうやら君とのダンスもここで終わりらしい」

「ム? 同胞を害する者は許さぬのではなかったのか?」

「その同胞からね、もういいよ、だってさ」

 

 肩を竦めて、フランキスは大きく翼を広げる。

 

「君、名前は?」

「アザガネ」

「……ふぅん。トガタチに響きが似ているね」

「ほう? トガタチ殿を知るか」

「少しばかり縁があってね。……それじゃ、ボクは帰るから。ああ、地面は戻しておくよ。今更大したものも残っていないけれど」

 

 沼化の止まるフリッシュヤード。けれどフランキスの言う通り、最早更地に近かった。

 構造物は全て地面の中だろう。あるいはそこにいた魔物も含めて。

 

「それじゃあね、アザガネ。最後の一撃は見事だったよ。次会う時は、常時アレを出せるようになっていてほしいな。その方がボクも楽しいからさ」

「承知した。精進しておく」

「物分かりが良いね」

 

 瞬時、高く高くへと飛び上がるフランキス。

 直後にはその姿を消していた。その飛翔速度は、アザガネの目を以てしても追えないもの。

 

 あるいはあのままに戦闘が可能なのであれば──。

 

「うむ。精進あるのみだ。……して、トパルズ」

「はい」

「あの三人に、魔法薬か何かを分けてやれ。特にあのちまっこいのは瀬戸際だろうからな」

「……まぁ、いいですよ。わかりました」

 

 戦闘中はどこかに隠れていたのだろうトパルズが、ぐちゃぐちゃの地面を歩いていつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)らのいる方向へ向かう。

 

 それを見送って──アザガネは、久方ぶりに溜息を吐いた。

 

「……全身を粉々にされる、という経験を……カカ、二度も体験しようとは。やはり面白いな、世界」

 

 そのまま、汚泥の上で寝転がる。

 そうして──寝息を立て始めた。

 廃墟フリッシュヤード改め更地フリッシュヤード。

 

 死なぬとはいえ、剛毅な男である。

 

 

 

 

 トパルズがいつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の三人のもとへ向かうと、そこには浅い呼気を繰り返すエリと、彼女を介抱するジュナフィス。そして……両手足を縛られ、鳥籠のような檻に入れられた青肌の少女がいた。

 

「今の手持ちで作り得る最上級の魔法薬を持ってきました。エリさんに使ってください」

「ありがたい! ほら、エリ。飲めるか?」

 

 返事はない。

 意識がないどころか、その心拍も次第に浅くなっていっているようだった。

 

 こうなった時、魔法薬は飲ませるよりも塗布した方がいいとされている。飲ませては、患者が嚥下できないのだ。そのまま窒息の可能性もある。

 だから、塗布する。患部に。

 

 それで、今回は──全身なので。

 

「アザガネ様は今眠っておられます。どうぞ、ご存分に」

「よし! んじゃあ──」

 

 ……なお。

 トパルズの手持ちで作り得る最上級の魔法薬、というのは、あるいは国宝級に至り得るものである。

 魔法薬を作る手順はインプットされた通りのもの。そして手持ちの素材とは、風雨の故里(オルド・ホルン)から持って来たもの。

 

 魔色の燕の長の知識には当然魔法薬学者のものもあって……しかもそれが「確実な正解」を知っての知識で。

 だから、全身にポーションを塗られている内にエリが目を覚ますのも、家屋の中とはいえ屋外で全裸に剥かれていることに怒って暴れられるのも、その「最上級の魔法薬」の効果と言えた。

 

 

「オホン。……まずは、謝罪を。混乱していたとはいえ、命を助けてくださったトパルズさんや、ファロンに対し……とても失礼な態度を取ったことを謝ります」

「私は特に被害を被っていませんので、謝罪であればウィリアムズ様にどうぞ」

「うわっ、やめてくれよウィリアムズ様なんて。ファロンでいいよファロンで!」

「……ごめん、ファロン。助けてくれたのに……」

「んでナイーブになんなって。誰だって目ぇ覚ました時に全裸だったら暴れるのもわかるからさ。それより魔族だよ魔族。記憶とか混濁してねぇよな?」

「ええ。……一応、話だけ聞く」

 

 謝罪を済ませて、エリはジュナフィスの元へ向かう。

 否、そこにいる魔族のもとへと。

 

「こんにち」

 

 ぺっ、と。

 エリの顔に唾が吐きかけられた。

 

「さっきぶりだね、おねーさん! あれ、身体治されちゃったの? 大丈夫?」

「抑えろ、エリ。魔族とはこうだ」

「……ええ、わかっている。……あなた、名前は?」

「レミア!」

「そう。それで、貴女は何故ここに? どうして魔物を放っていたの?」

「魔物がいなくて寂しそうだったから。ここにいたのは人がいなかったからかなー」

「……今から私達は貴女を連れていくけれど、何か言うことはある?」

「ううん! むしろごめんね、なんか……もっと怪我させてあげられたらよかったんだけど、私よわっちぃから。フランキスのお兄ちゃんに手伝ってもらおうと思ったんだけど、やっぱりお兄ちゃんは苦手。何考えてるかよくわかんないし……」

 

 魔族とは「こう」だ。

 ジュナフィスの言葉が、ようやく染み渡ってくる。

 

 根本から違うのだ。価値観が。

 

「……なんにせよ、これで依頼は達成。帰りましょう」

「おう。……しかし、本当に大丈夫か? 全身の骨が折れてたんだぜ?」

「ええ、痛い所は無い。多分だけど、本当に最上級の魔法薬を使ってくれたんだと思う」

「なら、あの二人は命の恩人だな。いつか礼をしなければ」

「……ん? いつかって……あれ、あの二人どこいった?」

「先ほどトパルズがこちらに頭を下げて、眠っているアザガネを担いで去って行った。あの二人も依頼でここに来ていたのだろうし、何よりアザガネを医院に連れていく必要があったのだろう」

「ああ、そういやアイツもすげー怪我を」

「……けれど、すぐに治っていたようにも見えた。あるいはウェインと同じようなタイプか?」

 

 それは勘違いであるけれど、ウェインという前例のせいで気付くことはできない。

 斬られようが貫かれようが「そうか」だけで済ませるあの冒険者を思えば、頭蓋骨と頸椎が砕けたくらいなんだというのか。

 

 ──ツッコミを入れる者は、いなかった。

 

 

 

 

 ドサ、と。

 ソレは置かれた。丁度冒険者協会にいたチャックがそちらを見れば。

 

「ふぃー、苦労したけど、生け捕りには成功したよ」

「魔法薬代と報酬を求める」

「……それと、何をするつもりかは知りませんが──あまり人道から逸れぬよう」

 

 いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の三人だ。

 彼女らは織の入った麻袋を協会のカウンターに置き、報酬を貰っている。

 

 彼女らに依頼されていたもの。それが魔族の狩りだ。

 その危険性から、殺すか、無力化して連れ帰るか。後者の方が報酬は高い。そういう契約だった。

 ちなみに殺してもいいというのは、勿論死者を蘇らせる手段があるからだ。

 

 だけど。

 

「すげー……本気で狩ってくるのか。流石だな、王国最強は……」

「……確か、チャック、と言ったか」

「おう。魔色の燕の幹部様だ──」

 

 ぜ、と生きる前に、刃が彼の鼻先にあった。

 

「私達は別に魔色の燕の下にいるわけではない。──ティニ・ディジーがここを去ったという事実を忘れるな。私達もそうなる可能性は多大にある」

「お、おう。機嫌悪かったのか、なんかすまねぇな」

 

 彼女……エリの言葉の通り、ティニ・ディジーとウェインはもうこの国にいない。

 元々「王家を助けるため」か「お金を稼ぐため」に協力した冒険者たちだ。クロックノックへの忠誠など存在しない。

 

 私は心底機嫌が悪いです、と顔に書いてあるエリを他二人が宥めながら、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の三人は去って行った。

 

「おーいそこの。ちょいと中身見せてくれよ」

「はい」

 

 なお、当然の如くこの国の冒険者協会の職員は魔色の燕である。

 魔術師協会や医院も同じ。だから、やろうと思えば一夜で冒険者を壊滅に追い込める──というのはあちらも同じ。

 チャックの目から見て、戦力は拮抗していると言えた。

 

 そんな話は置いておいて、職員から譲り受けた麻袋の中身を覗くチャック。

 その顔に、べちゃっと唾がかかった。

 

「……あ?」

「初めまして、お兄さん! でも、なんで私こんなに待遇良いの? 私何かしたっけ?」

 

 両手足を縛られた、青肌の少女。

 けれど快活に笑い、とても嬉しそうにしている──今、チャックの顔に唾を吐きかけた存在。

 

「ぶち殺してやろうか、テメェ」

「え、それって私の事が好き、ってこと!?」

「はぁ?」

「……あの、チャック様。相手は魔族ですが……どう見ても幼子ですよ」

「ふざけんなテメェ、どっちもぶっ殺すぞ!」

「きゃっ、そんな、こんなみんなの前で告白だなんて……嬉しい!」

 

 何かがブチ切れる前に、チャックは麻袋の口を閉じた。

 

 そして、担ぎ上げる。

 

「よし、んじゃ俺はこれ持ってく。──いいな、テメェら。根も葉もねー噂流してみろ。冗談じゃなく殺しに行くからな」

「は、はい」

 

 弄られキャラ故に忘れられがちだけど、チャックはれっきとした快楽殺人者である。

 殺人に対しての忌避が一切ない。どころか快感を覚える。

 

 今それをしていないのは、少し前のヤーダギリ共和国で殺しまくったからだ。

 それが無ければ、警告などせずにあの職員を殺していたことだろう。それほど彼の腕は軽い。

 

 

「おい、ウォルソン。持って来たぞ、魔族」

「ああ、聞いた」

「んで? この魔族は何ができるんだ」

「魔物を操ることができる」

「へぇ、結構有能じゃねえか」

「ただし、僕らの発言を理解するとは思っていない。君も実感しただろう、魔族との話の通じなさは」

「あー……かなりな」

「魔族とはそういうものだ。価値観、世界観が根底から違う。だから話が噛み合わない。──故に洗脳する。言語を関係なくすれば、ある程度は制御できるようになる。本当にある程度だがな」

「もう一人の魔族、ってのは?」

「申し訳ありませぬ。説得には失敗いたしました。我消沈」

 

 気付く、とか。

 前兆、とか。

 そういうものは無かった。ただそこに、初めからいたかのように。

 

 神が、いた。

 

「説得には、というのはどういう意味だ」

「疑念を抱かせることには成功しましたが、連れ帰ることはできなかったということです。我恥じらい」

「なん……だ、コイツ。まさかコイツが」

「おや、初めましてでしたか。ええ、ええ。では初めまして。我が言語の神セノグレイシディルになります。此度の件の共犯者──ライエルとヒシカを陥れるための、人間に利用される手段の一つ」

 

 言語の神セノグレイシディル。

 あまりにも日常的過ぎて、祈りを捧げられることの少ない神だ。

 

 人々に言語を与えた、とされるこの神は、その知名度の割に神殿を置いていない国も多い。

 それはこの神の所業に依る所が大きい。

 

「知識と言語を無造作に与え、革命や混乱を起こさせる悪神。……と言われているがな、安心しろチャック。僕の見立て通りなら、この神はそこまで大したことはできない」

「おや、不遜ですね。失敬でしょう。我、仮にも神ですよ」

「与えられる知識も言語も限りがある。だから、コイツの最も優れている点はそこではなく、あらゆる言語を解せる事と、あらゆる言語を使いこなせるところにある」

「……ってーと、魔族の聞き取れねえ言葉とかか」

「ああ。加えて、神にしか使えない言葉。あるいはどこぞの誰かが作った架空言語などまでな」

 

 と言われても、あまり凄さの伝わってこないという顔をするチャック。

 

「言語の壁というのは相互理解において強大な谷となる。この神はどの言語にも合わせ、溶け込めるんだ。語調や方言まで解せる以上、あるいは誰にでも受け入れられる神となり得る」

「我赤面。ここまで褒められたの、久しぶりです」

「褒めていない。その程度しかできないと言っている。正直な話、君を引き入れるくらいならヨヴゥティズルシフィを引き入れたかった。彼の方が有能だ」

「おや、あの直線バカの名をなぜここで?」

「今の君のその発言がすべてだ。君とヨヴゥティズルシフィが計画の直前に決裂などしていなければ、僕は彼に声をかけたというのに」

「けれどそれは仕方のないことでしょう。我は勇者と会って話してみたかっただけなのに、あの直線バカは頑なに我を通しませんでした。我憤慨」

「それでいて、今度は魔族の説得もできない。わかっただろう、チャック。この神は本当に大したことはできないんだ」

「お、おう」

 

 トム・ウォルソンはあまりにも自然に話しているけれど──神だ。

 チャックはそれを、肌で感じている。

 

「それで、如何いたしますか、指し手殿。魔族という駒を手に入れ、我、そしてボーダークを味方につけたアナタは──次の手を、どこに?」

「虚実を反転させに行く」

「……ほう」

「虚構の神ライエルの権能を僕達の手で行う。そうすれば、虚構の神はその場に出て来ざるを得なくなる」

「ふむぅ、仮にそれが上手く行ったとして、どのようにして捕えるので?」

「捕えるのは秘匿の神ヒシカであって、ライエルじゃない。そしてライエルを動かすのは簡単だ。嘘の未来を真実にすればいいだけなのだから」

 

 淀みなく、それでいて確固たる自信をもって。

 

 トム・ウォルソンは──第二手を進める。

 

 

「チャック殿、チャック殿」

「あ、お、おう」

「我、それなりに大した神である自負があるのですが、あの指し手殿はいつも"ああ"なのですかな?」

「あー……まぁ、いつも"ああ"だよ。多分だけど心底自分以外の存在を見下してる……っつか、眼中にないっつーか」

「いえそこではなく。我、話の最中に何度かジョークを言ったのですが……あんなにも笑わないものですかな、と」

「ジョーク? んなもん言ってたか?」

「……」

「……」

「……我悲しい」

「いや、なんか……ごめんて」

 

 確かに願った。チャックは願った。

 自分と同じくらいの馬鹿が欲しいと。

 

 でもこれじゃなくないか、と。

 チャックは心の中で「チェンジで」と唱えるのだった。

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