神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
トム・ウォルソンが言葉を吐くけれど、そこにチャックはいない。
いるのはセノグレイシディル。言語の神だけだ。
「神の神。ええ、ええ。おりますよ。我々子供達を創り上げた神。それは確かに存在しますとも」
「言語の神セノグレイシディルから見て、そいつは何に映る。そして──産み落とされた子供としては、どう感じる?」
「前者であれば、親ですね。放任主義の親。後者で考えるのなら、舞台装置です。結局のところは何もしない装置。入力が無い限り、それは構造物でしかありません」
「……逆じゃないのか」
「ええ。神という枠組みを産み落とし、放置。育つのを待つ割に育てはしない。それが神の神。……ま、我名前知らないんですけどね。我爆笑」
「名を知らない? ……人間に名が伝わっていないだけだと考えていたが、神ですら知らないのか」
「ええ、まぁ。恐らくリルレル以降の神は、アレの名を知らないでしょう。無論、俗称はありますが、本当の名となると……"続投"している神しか知らぬはずですな」
ペラペラと、口の軽いセノグレイシディル。
無論。
ウォルソンとて、果たしてその何割を信じているかは知れないが。
「そうですね。我の知る最も古い俗称は、"空席の神"。天龍や生まれの若い神はヅィンと呼びますが、あれはマイダグンの呼んでいたものを真似ただけ。マイダグンが何故そう呼び始めたのかはわかりませぬ」
「おかしくないか、それは」
「おかしい、とは」
「神の神は、神に近しい存在ではないのか? いや、そうだな……つまり、君達が神の神の造物だとして、それを放置する理由が分からない。君達は何のために作られた? 名も教えない、育てもしない。であれば何のために君達は存在する?」
「ハハハ、これは手厳しい。ええ、そうです。我らは無意味。貴方のご想像通り、神は人間にとって不必要な存在。我破顔。我大爆笑。人間にとっても、神の神にとっても、舞台装置にとっても、いいえ世界にとっても──不要である存在。不要であるのに力を持っている存在が、どれほど恐ろしいか。指し手殿ならわかるでしょう?」
「……ああ。危険だし、厄介極まりない」
必要とされている力には縛りがある。けれど、そうではない力は。
首輪の付いていない力は。
「……いや、だから権能……そういう括りが存在している? できること、できないこと……ならば、換期法則とはそのための……」
「指し手殿。指し手殿。自己の世界に埋没するのは結構ですが、この後はどうするので?」
「どうする、とは?」
「いえ、ですから。虚構の神ライエルを捕え、魔族の子供を用いて人間を簡単に洗脳する手段を得て、チャック殿に指揮権を任せてアシティスを攻撃。ヒシカを捕えることまで容易に成功しておいて……それで、この後は?」
「だから何を言っている? ……もしや、僕がアシティスに魔色の燕を差し向けるとでも思っているのか?」
「違うのですか?」
「……何の得がある? 僕がアシティスを攻撃して、アシティスを活動拠点にとでも? あんな場所、攻め入られたら終わりじゃないか。周囲に遮蔽もなく、隠れる場所もない。あそこが都として成立しているのはヒシカの権能があってだけのこと。あの場所に意味などない」
では、と。
セノグレイシディルは──では、と。嗤う。
「ずばり、此度の目的は、何だったのですかな、指し手殿」
「
嗤って、嗤い転げようとして──驚いた顔をした。
「まさか、わかっておられるのですか? アシティスを攻撃し、ヒシカとライエルを手中に収め──それでもどうせ破綻するのだから、朝陽の神ボーダークを使う羽目になる。そしてボーダークを使えば──神の神は」
「それを何と呼称しているかは知らないが、
「……ほう」
「時間は前に進み続けている。剪定された枝は何本もあれど、樹は成長を続ける。過去が弄られることもあるのだろう。だが、世界が
「それを起こすことが、目的。ええ、ええ! ──意味が分かりませんな。はて? なぜですかな? 我困惑。我大困惑。我超超大困惑──神を三柱
果たして──それは、起こる。
今まさにだ。今まさに、それが来た。それが起きた。
トム・ウォルソンが生まれてから、今に至るまで。
セノグレイシディルが確立してから、今に至るまで。
それが、繰り返される。違うことができるわけでも、別のことを考えられるわけでもない。
今ここに至ったことを、互いに自覚した。
「……はぁ、無駄な時間だった」
「ですな。けれど、歴史は変わりました。……もしやそれが狙いで?」
「狙い、というほど定まっていたわけじゃない。ただ僕は、水晶玉を創り直させたかった。その上で違う歴史にしたかった。必要なのは、僕に"歴史が変わっている"という記憶がある事実。僕というものにそれが刻まれること。……僕は指し手として、他の三人に比べて劣っている。ニギン・イアクリーズ・ヴァーハマットは出自が異常だ。
「神と? ……神と人間の混血、と仰いましたか今」
「なんだ知らなかったのか? ニギン・イアクリーズ・ヴァーハマット。ヴァーハマットは魔族のマハーヴァーラットの家系、その捩り。ニギンはギギミミタタママの
セノグレイシディルは、破顔する。
それはもう嬉しそうに。
「ギギミミタタママ、人間と番っていたのですか。それはそれは、ええ、ええ! ……我大爆笑。人間と? ……どうやって?」
「方法は知らん。僕はアレがそういう混血であることを知っているだけだ」
「ほう……ほーぅ、ほう。……ほう。ええ、ええ。ええ。それで? 他の指し手殿は?」
「もう一人はクールビー・ノス・ゼランシアン。砂の国の王だ」
「はて砂の国。それは……どこですかな」
「知らないならそれでいい。奴は予知という特別な力を有している。……その点で言えば、お前の系譜ではあるのか、セノグレイシディル」
「確かに。予知、預言、宣告。それらは我の権能の範囲内ですが……はて。砂の国。……知りませんな」
「つまるところ、お前の前のセノグレイシディル……言語の神が与えた力なんだろう」
そう言われてしまってはセノグレイシディルもお手上げだ。
どこまで行っても"前"セノグレイシディルの話は誰にも聞けていない。彼が姉兄にそれを問うても、「お前が知る必要はない」の一点張りで教えてくれないのだ。
「それで最後が」
「オーリ・ディーン。……彼女は未知数だが、明らかに異常だ。ともすればイアクリーズよりも。如何なる手段でか懐柔されたサラフェニア。天龍と遭遇し、生き残る強運。
「ふむふむ」
セノグレイシディルは決して「それはそうでしょうなぁ……指し手殿もお気の毒に」とか言わない。
決して「そもそも彼女は指し手というより盤面そのもの……しかも好きに駒を配置できる盤面なので、相手をするのが間違いかと」という助言を一切しない。
「だから僕は誰よりも多く行動し、誰よりも深く考えなければならない。無駄になる行動、徒労、浪費。天才ではない僕にできるのは、とにかく数を当てることだ。魔色の燕を大きくしたのも、国なんてものを興したのもそのためでしかない。……僕が本物の天才なら、あるいはイアクリーズのように一都市の騎士団長程度の地位で盤面に影響を与えられるんだろうが……無いものをねだっても仕方がないからな」
「では、指し手殿の目指す勝利とはなんですかな? 盤上の駒を全て取り切って……その先に何が」
「僕の目的は単純だ。この世界を人間のものにすること。神、神の神、天龍、魔族。……ああ後聖霊なんてものもいたか。とにかくそういう超常的な連中の手からこの世界を切り離し、人間だけのものにする」
「その先に待ち受けるものが、仮に破滅であったとしても?」
「勿論だ。というか、なるだろう。神などというものに祈りを捧げる程度が人間の限界だ。不安定で欠落していて、たかが知れている人間には、結局のところ消費と浪費しか道が残されていない。いずれ資源は尽き、奪い合い、殺し合い、最後の一人になるまでそれは続き、最後の一人も寿命で死ぬ。──僕の描く理想郷はそんなところだろうな」
「最後の一人になりたいのですか?」
「まさか。その頃には僕は、というか魔色の燕自体が無いだろう。今いる人間は軒並み死んでいておかしくない。
またも、またしても……セノグレイシディルは理解できない、という表情を浮かべる。
心の底からわからないというように。
「理解できませんな。指し手殿、あなたは人類を想うような方ではないでしょう。子孫を作る予定もないようですし、血筋にもこだわりがない。だというのに人間のものにしたいのですか?」
「ああ。だって嫌だろう? 自身の踏みつけている地が、誰かの所有物であるだなんて」
その、あまりにも"あまりにも"な解答。
セノグレイシディルは……苦笑する。久方ぶりに。本当に久方ぶりに、彼は笑った。作り笑いじゃない笑いを吐いた。
「ハハ──……ハハハ。どうやら我、共犯者選びを間違えたようですな」
「安心しろ、僕は別に君を共犯者だとは思っていない」
「大して使えもしない駒、でしょう?」
「大して使えないクセに声だけは大きい駒だ」
「ええ、ええ。よいですよ、指し手殿。……ただ、そうですね。これを盤面と見た時、あまりにも指し手殿が不利です。ですから、オーリ・ディーンに関するヒントを一つだけ差し上げます。何が良いですかな?」
「居場所だ。世界中に散らばっている魔色の燕が、ティダニア王国から出た後の彼女の居場所を掴めていない。あり得ないんだこんなことは。聞く。問う。彼女は今どこにいる?」
「アシティスです」
沈黙。
沈黙。
沈黙。
「……なんだって?」
「秘匿の都アシティスにおります。ので、ええ、ええ。あなたが攻撃したアシティスは、図らずもオーリ・ディーンへの直接攻撃となったわけですな」
「……何故だ。何故……そんな簡単なことに気付けなかった? 世界中どこを探しても見つからないなら、隠されていると考えてもおかしくはない。……おかしい。僕の思考に穴があった。考えるはずのことを考えなかった。……何故だ?」
「ところでこれは余談ですがね、指し手殿。──思考もまた、言語の一つなのですよ」
「君がやった、と? それはないな」
「なぜです?」
「第一に、僕は言語で思考していない。言語の神をそばに置くんだ、それくらいの対策はする。第二に、僕に干渉するメリットがない。むしろ野放しにした方が面白いと思うタイプだろう。第三に、チャックが気付かなかった。だからそれはない」
「チャック殿を信用されているのですな」
「奴は馬鹿だが、勘は鋭い。加えて僕を必要としている。あいつは自分の必要とするものに手を出そうとしている相手を見逃さない」
セノグレイシディルからのチャックの評価は、「勘は確かに鋭いけれどあまり頭が良くない」だったので、意外だったのだろう。
また驚きの顔をしている。が、そんなことはお構いなしにトム・ウォルソンは思考を続ける。
「……見誤っていたか、僕は。秘匿。秘匿の神ヒシカを」
「いいえ? ヒシカはその程度の神ですとも。見誤っていたのは、どちらかというとオーリ・ディーンの方でしょうな」
「なに?」
「では聞きますが、指し手殿。なぜあなたはアシティスにライエル、ボーダークをぶつければ水晶玉を作り直させることができる、という考えに至ったので?」
「……」
思い当たらない。
思い至れない。
その事象に、トム・ウォルソンは心当たりがある。
「……罅か」
「素晴らしい。ええ、そうです。我が答えを言った場合。あるいはあなたが
割れる。簡単なことだ。オーリ・ディーンの居場所などすぐにわかる。割れる。オーリ・ディーンの居場所などわかる。そしてアシティスへの攻撃は、だからそのためにやった。割れる。アシティスへの行為で世界が作り直されることを知っている。割れる。
カシャンカシャンと、罅の入り続けていくトム・ウォルソンの周囲。けれどトム・ウォルソンだけが思い至れずに悩む。
「……少し、脳内を整理する。こうも答えが白み続ける状況は好ましくない」
「ええ、ええ。ご存分に」
情報のアウトプットをする前に、答えが掠め取られてい行く感じ。
それがたまらなく不快で、トム・ウォルソンは席を立つ。
その背に、セノグレイシディルが声をかけた。
「ああ、ですが──」
振り返ることのないその背中へ。
「あなたがオーリ・ディーンに仕掛けた、という事実は変わりませんので。我大爆笑」
そんな言葉を。
錯角の神リルレルにとって、「まま」は一番の敵である。
貪食の神とも呼ばれるリルレルは、今までに数多の神を食らって来た。といっても活動中の神を食べたのではなく、活動を終えた神の残骸を食べて来た、という表現が正しいが。
でも、だからこそ知っているのだ。
今までにいた数多の神が、「まま」をどう見ていたのかを。
「ヒシカ。ゆだん、だめ。ライエル、まじめ。にがす、された。よかった」
「……」
「でも。もう、しゃべれない。せかいさいせい、ヒシカ。たえられない、だめ。まま、たいみんぐ。いつも、わるい」
だから。
大きく口を開けるリルレル。
ヒシカは、無抵抗にリルレルに捕食され──。
「少し待て、リルレル」
「……トゥルーファルス? どうやって、ここ。はいった、ひとく。つづいてる」
「ゴルドーナに奇跡を使ってもらった。……ヒシカは、消耗しているがまだ生きている。食べごろではない。わかるな?」
「このまま。ほうち、そのほうが。かわいそう、ちがう? トゥルーファルス」
「次の秘匿が母上殿に産み落とされるまで、秘匿の霧無しにアシティスを守り切れるのか?」
「まもる? にんげん、ボクが。なんで?」
「お気に入りが出来たのだろう」
「……。トゥルーファルス、いつも。おみとおし、にがて。ボク」
「知っている」
だから来た、と。
今まさに食べられようとしていたヒシカを確保するトゥルーファルス。
「けれど。ぎもん、なぜ? トゥルーファルス、まま。にがて」
「こちらにも事情がある。理由は聞かずに、今は抑えてはくれないか、リルレル」
「……。よくわからない、でも。わかった、トゥルーファルス。うそ、いわない。すき」
「ああ、ありがとう」
それだけ言って、ヒシカと共に姿を消すトゥルーファルス。
「……おなか、すいた。へんに」
食べようとしていたものが食べられなかったのだ。
仕方のないことでもある。
ただ、根本的に神は食事を必要としない。お腹が空いた気がしただけだ。
でも、気にする者もいて。
「リルレル。申し訳ありません、少々こちらで手違いと不手際があり、こういう次第となりました」
「ゴルドーナ。いつも、トゥルーファルス。いっしょ、なんで? すき?」
「いつの間にか俗物になりましたね、リルレル。まぁそんな話はおいておいて、あなたが被害を被ったのは事実。ですから、あなたに私へ向かう信仰の一部を差し上げます」
「いいの? ゴルドーナ、いつも。ボクと、こんどう。つらい、おもい。してる」
「お互い様でしょう」
奇跡と祝福。
似ているからこそ、時折信仰は別の物が入り混じる。
つまり、祝福に対する感謝や信仰が奇跡と間違われることもあれば、その逆もあり──そして、味も似通うのである。
故にゴルドーナへ向かった信仰も、リルレルが摂取することは不可能ではない。
「じゃあ。えんりょ、しない。ありがと」
「ええ。……しかし、変わりましたね、リルレル」
「そう? じぶんでは、わからない。なにが?」
「昔のあなたであれば、トゥルーファルスの制止など聞かずにヒシカを食べていたでしょう」
「そんなこと。ない、だって。トゥルーファルス、おこる。こわい」
「あなたの癇癪も相当でしたよ」
「……あんまり。むかしのこと、やめて。いまの、ボク。おきにいり」
「そうでしたか。それはごめんなさい」
あるいは一人目と二人目のディモニアナタの性格が全く違うように。
あるいは生まれ落ちた時のフォルーンと現在のフォルーンがかけ離れているように。
神はコロコロと性格を変える。というより、権能に引っ張られる、が正しい。
だからヨヴゥティズルシフィなどは生まれてからずっとあの性格だし、セノグレイシディルは人間が増えるにつれて変質していった。変質の度合いで言えばリルレルも同じかそれ以上で、昔を知る者からすれば、今の幼子のようなリルレルは「誰?」状態だったりする。
「それに。それを、いうなら。ゴルドーナ」
「おっと、その話は無しにしましょう」
「ずるい。じぶんだけ、にげる」
「良いではありませんか。誰だって荒んでいた時代の話などしたくありません」
「だから。ずるい、じぶんだけ」
「おやごめんなさいリルレル。私は今お母様に見つかるわけにはいかないので、この辺で」
「いいつける。する」
「……何がお望みですか」
「のぞみ。じぶんで、できる。ない」
祝福の神の望みなど。
自分でできることか──人間の抹消くらいだろう。
リルレルは、たくさんいるものが嫌いだから。
「どうしたら黙っていてくれますか?」
「むかし。ゴルドーナ、いま。みたい、ひさしぶり」
「……」
ゴルドーナは、別に人間の肉体を有しているわけでもないのに「はぁ」とため息を吐いて。
「これで良いか、リルレル。……チ、この頃のアタシは尖り過ぎててこっぱずかしいんだがな」
「いい。とても、おもしろい。これで、とうじから。きせき、かみ。しんこう、にんげん。どうかしてる」
「うるせえ。……これでいいですか」
「いい。だまる、やくそく。じゃあね」
「はい、さようなら」
きゃっきゃ、と。
リルレルは、満足したようだった。
「おもしろかった。ね、まま」
「……わざわざ私に"隠蔽"まで使うあたり、性格の悪さが滲み出ているけれど。……ふぅん、ゴルドーナ。私に会うわけにはいかない、なんて。トゥルーファルスも……こそこそとしてて、なんだか」
「いや?」
「面白い。それよりリルレル、知ってる? 今回の世界再成、ライエルに経緯を聞いたら、どうやら人間が全てを画策したらしくて」
「すごい。にんげん、かみ。うえ」
「うん、それは前から言っているけれど。加えて、薬物を使わない洗脳の痕跡も見つかった。ようやくマスキーがお役御免になるのは嬉しいね」
「ウォッンカルヴァ。けっこう、ほんき。なやんでた」
「ね」
酒宴の神ウォッンカルヴァ。故にその性格は豪快で、スッキリサッパリとした事象を好む。
だからこそ、薬物の原材料に自分の名が使われているのはずっと嫌だったらしい。リルレルも「まま」もそれを知っている。
「そういえば。まま、ライエル。どうなった?」
「これからライルとして私の店で働く」
「……まま。ボクが、いうこと。ちがう、わかってる。でも、いいたい。……──せっきゃく、ライエル。むり」
「今猛勉強させてるから。自分を偽るのも虚構の一つだし」
「まぁ。まじめ、せいかく。やる、とげる。そこは、しんらい。いい」
「うん、私もそう思う」
ライエル、ウォッンカルヴァ、ヨヴゥティズルシフィ、クロウルクルウフくらいだろう、接客などというものに向いているのは。
他は……無理だ。いろんな意味で。
「ウアウア。まま、どうなった。しってる?」
「知らない。人間の前に姿を出して、悪者を懲らしめた、って話は聞いたけど……それが何になるのかさっぱり」
「つぎ。たべるの、ウアウア?」
「かもね」
消化・吸収していないとはいえ、フォルーンの味はなかなか良かった。
貪食の神としての部分が神グルメを発芽させようとしている。
「まま」
「なに?」
「にんげん。きにいる、ボク。おかしい、どうして。……まもる、いちばん。こうどう、しんじられない。ボクが」
「良い事でしょ。私はそれを成長と呼んでいるし」
「せいちょう」
「そう。できれば私の手を借りずにやってほしいんだけどね」
リルレルは──「それは、むり」と心の中で言う。
ならば力など与えるな、とも。
「まま。まもる、にんげん。やりかた、おしえて」
「難しいことを言うねリルレル。でも任せて。人間を守護する"人間ロールプレイ"はそれなりの数をこなしてきたから」
「ちがう。ボク、にんげん。まね、やらない。かみ、そのまま。まもる」
「……それは私じゃなくてヨヴゥティズルシフィとかに聞いた方が良い。私じゃわからないよ、あなたたちの気持ちは」
「うう。ヨヴゥティズルシフィ、ばしょ。とおい」
「別に、秘匿の霧はこっちでなんとかしておくから、いいよ。七日くらい行って来ても」
「そのあいだ。まもってて、にんげん」
「え? ……ああ、いいけど。……ふふ、そんなこと言うのがもう、だけどね」
「?」
珍しく。
本当に珍しく、「オーリ・ディーン」がリルレルの頭を撫でる。
余程嬉しかったのか、何度も何度も。
「……まま。そろそろ」
「ああ、うん。もっと育ってね、リルレル」
「……? わからない。ことば、よく」
「そのままでいいよ、ってこと」
「そう。わかった」
許し。「まま」の許しを得たので、あとは全速力だ。
こういう約束をしても、「まま」はどこか適当だ。だからリルレルが帰ってきたら、彼女らが"改変"されている可能性だってある。
それは嫌なので。
リルレルは自分の中にある"暴風の権能"と"瞬雷の権能"を、用いて、それはもう凄まじい速度でヨヴゥティズルシフィのもとへ向かうのだった。
それをほほえましく見ている「まま」の存在に等気付かずに。