神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
ライルは、クラリスさんとイルーナさんに快く受け入れられた。
元々リコティッシュ君がいた、というのが大きいのだろう、イルーナさん的に男性と働くことへの忌避はなく、クラリスさんもそういったものはない様子。ただ、ヒトットさん含む数多くの「知り合い」が誘拐事件なんてものを起こしたせいで、多少は警戒している、という感じか。まぁさもありなん。むしろこれで警戒ゼロだったら流石に視ていたかもしれない。世界の記録を。
して、ライル当人はというと、これがまた非常にまじめな態度で働いている。無論彼は虚構の権能を有しているから、その影響で「自らを偽る」ということは簡単なはずだ。それを見破った先でも、真面目。裏切ろうとか抜け出そうとか、そういう気概が一切ない様子。
ううん、リルレルといい、ライエルといい。
……今しばらくは少し、邪神モードは鳴りを潜めてもいいかもしれない、なんて思ったり。
「すまない、店主はいるだろうか」
「いらっしゃいませ~」
「……ああ」
おっとお客さん。
イルーナさんが対応したようだけど、どうにも。
「どうかされましたか~?」
「いや……世界は広いな、と」
「はぁ」
「ああ、それで、店主……オーリ・ディーンさんに用があるのだが、会うことは可能だろうか。もしだめなら、後日しっかりと」
「いますよ、ここに。どうかされました、ヴァイデンスさん」
お客さんは、ヴァイデンスだった。
こそこそとバックヤードに向かうライル。まぁ世界再成の前の出来事とはいえ、彼はヴァイデンスになり変わっていたのだ。多少思う所があるのだろう。
「ん……っと、すまない。……どこかで会っただろうか?」
「いえ。こちらが一方的に知っているだけですよ。ミ・パルティでは大活躍のご様子でしたので」
「ああ、それでか。……ああっと、急ですまないのだが、この後時間は取れるか? 何分早めに確認したいことでな」
「構いません。イルーナさん、クラリスさん。あとライル。店番、よろしくお願いしますね」
「は~い。……オーリさん、なんでライルさんにだけ当たり強いんですかね~」
「わかりません。ライルさん、凄くまじめで良い人なのに……」
「いや……まぁ、俺が悪いというか、過去に色々あったんだ。気にしないでくれ、二人とも」
とかいう従業員同士の雑談を後にして、ヴァイデンスに連れられるがまま店の外に出る。
案内先は──ミ・パルティの運営委員会。
「そう嫌な顔をせずとも、中には誰もいない」
「していましたか、嫌な顔」
「雰囲気でわかる。し、聞いている。ここの受付に少し無理な形で引き留められかけたんだろう。今後そういうことは絶対にしないと酷く後悔していたから、話を聞いたら君の名が出た」
「なるほど。それで、誰もいない施設に女性を呼び込んで、何をするおつもりですか?」
「ああ、そうか、外部から来た人間にはそう見られるのか。……どう証明したらいい? 僕には下心などなく、純粋に話が聞きたい、というだけなんだが」
「ごめんなさい、意地悪をしただけです。大丈夫、あなたに下心がないのは伝わっていますよ」
人間は未だヒシカの権能が生きていると信じている。
先日の「誘拐事件」だって、外部に手引きをした者がいる、ということで決着が付いているのだ。ヒトットさん達が悪意を以て行動したわけではないと。
果たしてそれは正解なのだけど、だからこそ今後本当にヒシカが居なくなった時、この都の人間は悪意を悪意だと感じ取れないのかもしれない。そして自分たちの行動の善悪を判別できないのかもしれない。
……少し性質が魔族に似たか。
「それならよかった。じゃあ、中で話そう。あまり人目につきたくない」
「わかりました」
施設に入る。
筋骨隆々のマッスルマン達──は、いない。
トレーニング器具だけが並べられた、簡素な施設。その中の一角、テーブルと椅子のある位置に、私もヴァイデンスも座る。
「結論から言うと、シュタークの奴だけが帰ってきていないんだ。アシティスの保守派が引き起こした誘拐事件。その被害者のほぼすべてが帰って来た中で、シュタークだけが」
世界再成前の被害者は、全員が殺されていた。
余所者を快く受け入れる民は仲間ではない。そういう思想のもと。
だけど、そういえば。
あの偽ヴァイデンス……ライエルとの捜査中に、妙なことを言っていた記憶もある。
シュタークが、ミ・パルティの運営委員会に謝った、という話だ。
一応、ライエルからことのあらましは聞いている。
チャックとセノグレイシディルによる「虚構」の反転。そこから流れるように行われたヒシカの確保と、魔族による人間の洗脳。
フィソロニカやクインテスサンセスだとばかり思っていた洗脳が魔族の力であったことにも驚いたけれど、この全てを画策したのがどうやらチャックの上司らしい、というのも驚いた。セノグレイシディルの変質奇行はもうどうでもいいとして、つまり、一人の人間が「オーリ・ディーン」を「創世神」だと見抜き、攻撃を仕掛けて来たのだ。
その目論見がなんだったのかまではわからないけれど、ボーダーク、ヒシカ、ライエルがほとんどダウン状態となり、セノグレイシディルの明確な敵意まで露見した上で、何もしてこない。
ということは、その人間は私に世界再成を行わせたかったのだと推測できる。
誰だ。そして、どんな人間だ。
世界の記録は絶対に見ない。そんな面白くないことはしない。
ただただ興味がそそられる。偽・魔色の燕の価値がまた上がる。
……で、話を戻すと、「臭い」というあからさまなキーワードで捜査を撹乱させようとした手口はあまりにもお粗末。まるでそこからは別人が考えたかのようなシナリオ。
だから私はその「お粗末な犯人」がやったことであろうものの被害者であるシャイニーさん、ヴァイデンス、シュターク、ラッパヌの命を元に戻したし、逆に「明確に私を攻撃してきた犯人」に対しては一切の干渉をしなかった。
だから、見逃していた。
そういえばシュターク、ヴァイデンスにこそボロ負けしていたけれど、アシティスの住民が束になった程度で倒せる奴じゃなくないか。
「それで、私のところへ。誘拐事件の犯人。その現行犯を目撃した私に、何か知らないか、と聞きに来た……そういう認識で大丈夫ですか?」
「ああ。どうやらかなり腕が立つようだし、外部からの人間なら余計なしがらみもないだろう。……といっても事件の捜査に巻き込むつもりは無い。腕が立つといっても一般人でしかない君を、こんな血生臭い事件に連れて行くのは悪い。ただ少しでも情報があれば聞きたい、というだけだ」
──今、なんと。
今、この人……私のことを、一般人扱いしなかったか?
「ヴァイデンスさん」
「何か思い出したか? 頼む、なんでもいいんだ」
「いえ。ぜひ協力させていただければと存じます。確かに魔法はからっきしですが、装飾品店の店主として魔力操作には長けておりますので、捜査の役に立つかと」
「ダメだ。今回の事件は人死にまで出てる。危険すぎる。それに、君……貴女はアシティスに来たばかりの人間。なら、アシティスの良い所を初めに見てもらいたい。悪い所を先に知ってほしくない」
「……」
さて。
馬鹿言え、である。
私の拙い「一般人ロールプレイ」は見抜かれている。腕が立つ、と言われた時点で。
けれどヴァイデンスは、その上で私を一般人とした。つまり一人の人間として慮ったということだ。
──ラスカットルクミィアーノレティカとは違う。ある意味、本質を見抜く彼女とは真逆。
何も見えていないが故の、優しさ。
「充分です。今、アシティスの良い所を見ました。ですから、協力します。ダメと言われても」
「……なぜだ? 僕もシュタークも、君にとってはミ・パルティで見た選手、程度の関係でしかないはずだ。命をかけるに値するものじゃないだろう」
「ふふ、案外冗談がお好きなんですね」
「冗談なんて」
「ここは秘匿の都、アシティスでしょう? 悪意あるものはこの都には入れない。であれば、あなたもシュタークさんも、善人です」
「……それは。……僕がどうかはさておいて、アイツは……良い奴だよ」
「であればあなた達は、私にとっての益でしょう。アシティスで生活するにあたって、善なりし方々に恩を売っておくのは商売人として妥当な判断であると思えませんか?」
実際そうだ。
前の都市でも、こうやって無理矢理めに首を突っ込んで顔を売っていった。そうしなければこちらの深掘りなんてしてくれないからね、人間は。
私はこういうスタンスですよ、というのを示さねばならない。それは長年の「人間ロールプレイ」で学んだことの一つ。
「打算、か。……わかった。理由はそれで納得する。でも、お願いが一つある」
「お願い、ですか?」
「この捜査の結果、何が出て来たとしても……どうかアシティス全体が悪いのだとは思わないで欲しいんだ。ここにいる人々は、皆世界から追いやられた人々。だからこそ、彼らの中にあるのは悪意ではなく恐怖。多分この事件の犯人も……外部から手引きとはいえ、誘拐事件に加担した犯人たちも、怯えから排斥を選んだのだと思う。真相がどうであったかは知らない。死んでしまった者に話は聞けないからな。だけど、少なくとも僕はそうであってほしいと願っている。だから」
「大丈夫です。理解していますよ」
ヴァイデンス。全属性使い。魔力操作に圧倒的な才を持つ彼は──類稀なる善人らしい。
時代が違えば。あるいは場所が違えば。
英雄と。そう呼ばれていたのだろう。
「……わかった。君の協力を喜ばしく思う」
「はい。ではまず、シュタークさんの家に案内していただけますか? そこで少し特殊な調査を行います」
「ああ。けれど、誘拐犯の残党などが残っていたら、すぐに叫ぶんだ。君から目を離さないことを誓うが、万が一はある。不審人物がいたら、でもいい。すぐに駆け付けるから」
「ありがとうございます」
この"底抜け"感はカゼニスさんを思い出すけれど、彼よりも、だ。
何より大した運命を有していないのが凄い。ラスカットルクミィアーノレティカのような大義も、騎士ニギンのような特異性もないのにこれだ。
余程良い環境で育ったのだろう。……それがアシティス、か。
さて、運営委員会を出て、また案内されるがままに、今度はシュタークの家へと辿り着く。
そして、ラッパヌさんの家にやったものと似たものを施していく。
「……それは、なんだ? ……凄いな、魔力……凄まじい魔力操作だ。精密すぎる。……僕もこっちには自信があったけれど……君は」
魔法陣と魔印を多用し、組み上げていくは積層立体装飾。
大気のNull Essenceに装飾を描く、それなりの極秘技術。
「魔法……魔術。それに、呪文言語まで使えるのか。魔印学も……僕に魔印学の知識がないからわからないけれど、それはとても複雑に見える」
「陣地魔術と言います。何重もの魔法と、その中に詰め込まれた言葉。それらの合致する部分を繋げ、輪を作ることで陣とします」
「……言っていることはわからないでもない。だけど、実際に再現できるかと問われたら首を横に振る。これは……余計なお世話かもしれないが、……もし、伝手が無くて困っているのなら、魔術師協会本部に紹介しよう。僕は多少顔が利く」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、私も利くので大丈夫ですよ」
「あ、ああ。そうか。そうだよな。そこまでできて、魔術師協会に顔を出していないはずがなかったか。浅慮だった」
して、描き終わる。
詠唱は……まぁ同じで良いだろう。どうせ理解できないし。
「
「
動揺するべきだ。「オーリ・ディーン」を動揺させる。
これはしても良いだろう。古代語も良い所だぞ。
「わかる……のですか?」
「あ、ああ。アードウルグ歴でヴィカンシー達が使っていた言葉だろう?」
「そんなことまで……。誰に教わったのですか?」
「教わったというより、僕の家で口伝でのみ継承されている空案言語なんだ。むしろ今君がそれを操ったことの方が驚きで……」
ヴィカンシー。それに、空案言語。
なんて──懐かしい言葉だ。
「一つ、この事件とは関係なくて申し訳ないのですが……あなたの家が信仰する神の名を教えていただくことは可能でしょうか」
「……すまないが教えられない」
「そうですか。いえ、失礼を」
「ああ、違うんだ。これほど協力してくれている君を怪しんでいるとかじゃなく……その、僕の家が信仰している神には、名前が無くてね」
照れくさそうに。
けれど、誇らしそうに言うヴァイデンス。
「……空席の神、ですか」
「あ、ああ。よく分かったな。……というか、僕でも知らない魔術を使っている時点で、歴史にも相当詳しいと見定めるべきだったか。……そう、僕の家はオウスという名を受け継いでいる。オウス・ヴァイデンス。それが僕の正式な名前だ」
「オウス。……オウス・レコリクト。誓いのために火を飲んだ者」
「凄いな! そう、そのオウスであっている。僕らはその子孫なんだ」
知っているとも。
覚えているとも。
全ての歴史の中で私に初めて求婚したのがアフミス・アランなら、オウス・レコリクトは「私が初めて会った人間」だ。
アードウルグ歴なんて最近の話じゃない。この歴史での世界再成は今回が初だったけど、もっと前にさかのぼればもっともっとある。その「もっともっと」のもっと前だ。
私が「人間ロールプレイ」を始めたきっかけの少女。そして、学ばなければならないと思ったきっかけの少女。
──その、子孫。
あり得ない。知識が否定をする。獣人が残っていることよりあり得ない。だって私は、彼女が死したあと、もう何度も何度も水晶玉を地平に戻している。血が繋がれる理由が存在しない。
だけど……彼女の名が伝わっているというのなら。
完全に同一の魂が、アードウルグ歴のどこかにいた、ということなら。
……総量保存法則を考えれば、それはあり得ない話じゃない。けれど、それがどんな奇跡か。水晶玉の中を流転する魂、精神、磁、肉体、運命、物質、魔力。あらゆるものが何度も何度も混ぜ返される中で、ゴルドーナの奇跡でも引き起こせないレベルの「偶然」が、その現象を引き起こしたと。
そう、言うのか。
それが、あなただというのか。
「一応、こちらからも聞いていいだろうか」
「私がどのようにしてオウス・レコリクトの名を知ったか、ですよね」
「ああ。……その、彼女の名を知る人間は、僕達以外いないはずなんだ。いてはならないというか……。僕達は彼女の名を隠して来た。空席の神の名も。見つかってはならないとされていたから」
「その理由はご存知でしょうか」
「いや。ただ、絶対に見つかってはならないとだけ。そして、その名を隠すために強くなれ、とだけ」
参ったな。
シュタークとか、どうでもよくなってきている。
探したい。知りたい。彼女の歩んだ軌跡を。世界の記録を視ることなく、この身で調べに行きたい。
だってそれが、私の最初の動機なのだから。
「──ヴァイデンスさん。あなたにとって、シュタークさんとはどういう方でしたか?」
「唐突だな。……どう、と言われても。僕と同時期にこの都に来て……ミ・パルティのたびにぶつかり合う奴、という認識でしかない……なかった、というべきか」
「今は違うと」
「ああ。これも情けない話だが、奴がいなくなったという話を聞いてから今日まで、どうにも気が気でない。……僕は彼を友として認めていたらしいんだ。ミ・パルティ以外ではろくに話もしなかったというのに、笑ってしまうよ」
ああ。ああ。
フォルーンがあの神殺しの少女を執拗に庇っていた理由。リルレルが突然心変わりしたように人間を気に入った理由。
その全てに共感できるわけじゃない。どこまでいっても私は舞台装置。
「……Trefoil Knot。あなたが最後に感情を獲得したというのなら、姉である私がいつまでもこのままでいるわけには行きませんね」
「大丈夫か、ディーンさん。先程からずっと無言だが……もしや、魔力切れか? これだけの規模の魔術だ、もし無理をしているのなら」
「していません。少し考え事をしていただけです。──発動しました。この陣地魔術は、視えざる手を可視化するもの。これで──」
直後、私とヴァイデンスを断つかのような軌道で、巨大な剣が振り下ろされる。
咄嗟のことに、けれど私もヴァイデンスも反応し、私は防護を、ヴァイデンスは攻撃の魔法を使おうとする……けれど、剣は私達を素通りした。
して、止まる。
「……シュターク!」
「いえ、幻影です。この魔術が見せている幻。……どうやらシュタークさんは、この剣の持ち主に襲撃されたようですね。そして……」
判断が早かったのだろう。一撃か、二撃か。それで「敵わない」と決定づけたらしいシュタークは、すぐに逃げ出す。
剣の持ち主は陣地魔術の外にいて見えない。そして、その持ち主がシュタークを追いかけて行った様子もない。
「ディーンさん、これはいつのことだ?」
「十二日前。つまり」
「シュタークがミ・パルティの運営委員会に謝罪をした後か」
「いえ、前ですね。これはかなり早朝でしょう。……ああ、アシティスだと早朝という概念はわからないでしょうが、私にはわかるので」
「……つまり、シュタークは何者かに襲撃され、その後ミ・パルティの運営委員会に謝罪を入れ、どこかに去った、ということか」
「はい」
ちなみに謝罪が何のことに対してだったのかをシュタークは言わなかったらしい。
となると。
「シュタークさんの出自、ですね。恐らく今の巨大な剣の持ち主は、シュタークさんを追って外から来た誰か。それがわかったからシュタークさんは逃げた。……ミ・パルティの運営委員会に謝罪を入れたのは謎のままですが」
「奴のことだ。巻き込んでしまうかもしれないとか、あるいは既に巻き込んだことを謝ったのかもしれない。なんにせよ、これで目を向けるべき相手が分かったな」
「ええ。シュタークさんの出自が分かれば、彼を狙う組織、あるいは個人がどういう人物なのかもわかります」
……で。
「シュタークさんの出自を知っている、と見ていいんですよね?」
「勿論だ。それは事前に調べてある。……口外はしないでくれる、と信じる」
「はい。言論操作の契約を結んでもらっても構いませんよ」
「そんな高等魔術は僕には使えないさ。それに、大丈夫。ディーンさんを信じるよ」
そうして語られるのは──シュターク・リーアという名前と、その家系の話。
驚きは勿論あった。流石に偶然が重なり過ぎて、そっちは世界の記録を漁ったくらいには驚いた。なんと誰も糸を引いていない……全くの偶然だったようだけど。
リーア。
その家名は、シンラ・リーアと同じ。
つまりヨズとシンラ……暴君ヨズの心を氷解させた少女の家族だというのだ。
──いいじゃないか。
いいぞ。とても良い。偽・魔色の燕にいる誰かといい、蘇り、けれど私ではない偽・魔色の燕といい、ヴァイデンス、シュタークといい。
ラスカットルクミィアーノレティカが使い果たされても──こんなにもいる。まだまだいるのだろう、世界には。私が視野狭窄を起こしていただけだ。それにリルレルも、ライエルも。
造物達は、まだまだ限界を知らないらしい。
「シンラの系譜を嫌っていて、尚且つ直近で焦りを覚えた集団にならば心当たりがあります」
「本当か?」
「はい。ただ、こちらからも口外厳禁な情報を」
「誓う。それこそ言論操作の契約をかけてもいい。もっと上位のものでもいい。誓って
いいだろう。
気に入ったぞ、人間。久方ぶりだ。血とは、そんなにも濃いものか。
「情報の出所は聞かないでください」
「ああ」
「魔色の燕、という組織を知っていますか?」
「知っている。各国で傭兵稼業や暗殺稼業を繰り返す過激組織だ。……まさかシュタークはそれに?」
「違います。結論を焦らないでください」
「……すまない。その通りだ」
今だけは、「オーリ・ディーンの逆鱗」である「魔色の燕に対する勘違い」を訂正せずに行く。
「魔色の燕では、直近まで違法薬物の生成を行っていました。それはマスキーと呼ばれるもの」
「マスキー? ……ヨズとシンラに出てくる伝説の薬じゃないか」
「ええ、それです。といっても製法は変えていたようですが、少なくとも彼らは直近まで薬物を生成していたのです」
「……続けてくれ」
「はい。しかし彼らは、ごく最近それを手放しました。よりよい手法が見つかったからです。そうなった場合、薬物の原材料を生成していた組織はどうなると思いますか?」
「突然取引を中止されたんだ。当然怒るだろう」
「ええ。では、もう一つ開示しましょう。魔色の燕が薬物を使って行っていたことは、人々の洗脳。そして」
「──シュタークに矛先が向かったのか!!」
結論を急くなと言ったんだけどな。まぁ合ってるけど。
そうだ。マスキーを必要としなくなった偽・魔色の燕は、それを生成していた組織なりなんなりを切ったはずだ。
あのドレアムとかいうのの使い手、チャック。その上司がアシティスを攻撃する直前くらいに。
偽・魔色の燕に薬物を依頼され、恭順な姿勢を見せていた程度の組織だ。どれほど短絡的であっても蔑みはしない。
だから、こう考えたのだろう。
偽・魔色の燕がアシティスに攻撃を行うにあたって、自分たちとの取引を断った。つまり原因はアシティスにある。そしてアシティスにシンラの子孫がいることはわかっている。
同じく偽・魔色の燕に所属しているトム・ウォルソンという男がマスキーの原材料が同じであることを語っていた。カルヴァという名は使っていないものの、同じだと。それはラスカットルクミィアーノレティカも証明している。
とあらば、その組織の先祖がヨズとシンラによって事業にかなりの遅れを取らされたように──自分たちも、と考えるのは。
「短絡的が過ぎる。関係なんてあるはずがない」
「アシティスの外にいる悪党とは、得てしてそんなものですよ」
「……違法薬物生成組織。それも、ハストナイト帝国を祖に持ち、過激集団と取引をしていた組織か。……そうだな、まずは交易認定所に行って、物流を見てくる。それで」
「時間がかかり過ぎます。シュタークさんがこのようにして逃げたことを見るに、相手は相当の手練れ。それから十二日もの間逃げ回っているのですから、消耗もしているはず」
「けれど、手段がない。僕だって早く助けに行きたいが……」
さて、手段がないらしいけれど。
「イルーナさん」
「は~い」
「っ!? ……あの店の……やっぱり、アサシンか何かだとは思ったが、尾行して来ていたのか!」
「申し訳ありません、ヴァイデンスさん。彼女は私の監視兼護衛の任についていまして、私を独りにする、ということができないのです」
「……今までの話も、当然」
「はい。聞いていました~。……けれど、ご安心ください。私達は任務以外のことはしませんので」
「任務? そうだ、監視兼護衛の任とは……何の話だ?」
「ヴァイデンスさん。今真実を解き明かすことと、すべて終わらせてから疑問を溶かすこと。どちらを優先しますか?」
ヴァイデンスは、思案を。
「当然、後者だ。……僕の疑問も、僕の家の秘密もどうでもいい。今はシュタークを助けなければ」
しなかった。即答だった。
「それで、どうですかイルーナさん。掴めそうですか?」
「組織自体は、一日あれば掴めると思います~。そして、シュタークさんの行方については、オーリさんが掴めるでしょう?」
「おや。そんな魔法を使えると教えた覚えは無いのですが」
「感情結晶・罪。あんまり詳しくないですけど、知っていることは知っているんですよ」
うん、なら、良く調べている、と褒めるべきだ。
「では組織そのものについては託します。私とヴァイデンスさんはこのままシュタークさんを助けに行きますが、貴女はついてきますか、イルーナさん」
「いいえ~。
「ライルがいます。クラリスさんを守るように、"私からの伝言である"と伝えてください。そうすれば全力で守るはずですので」
「わかりました~。では」
これ以上をイルーナさんが知れば、イルーナさんは流石に報告しに行かなければなくなる。
それを悟ったのだろう。本当に、良い従業員だ。
では、とイルーナさんが消える。
「……アサシンの中でも、相当上位の。……いや、今考えるべきじゃないか」
「はい。そしてヴァイデンスさん、少し距離を置いてください。仮に誰かが近くに来たら、近づかないよう見張っておいてください」
「わかった」
汲み上げる。
感情結晶のものだけじゃない。水の魔力をアシティス全土から持ってくる。
「『紺罪結晶』──」
水を司る結晶。
前にも述べたように、属性魔力とはそれそのものを動かす魔力ではない。
風が「移動」を司るように。
水は「経過」を司る。
何がどこへ行ったのか、を視るのなら、水の魔力が最も適している。
集められた水の魔力がまるで巨大なワームのようになって、一方向を目指して邁進し始めた。
「これは……もしかして、シュタークの足取りを」
「そうです。追いますよ、水の流れは早いので」
「……ああ」
当然秘匿の霧を突き抜けるその行き先は、果たして。