神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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製造:「第27世紀2267年6月5日」 / 原題:「ERROR」

 嘘を吐くな。嘘を吐くな。

 耳朶を叩くその言葉。

 生まれた時から呪いのように聞こえ続けるその言葉は、けれどどこか愛おしく、暖かいもの。

 だから彼女は、自分を偽らずに生きていこうと決めた。──今度こそは、と。

 

「やっと追いついたぞ、ティニ。どうしたんだ、あんな感情的になって」

「……ウェイン。なに、ついてきたの」

「気付いていただろう。その上で無視を決め込んでいた。……あいつらの言葉が、そこまで気に障ったのか?」

「どうだろうね」

 

 仲間を想う言葉を吐いた。

 ヒトを蘇らせる外法を使っておいて、死を恐れたくだらない組織。

 あまりにもくだらなかったから、感情のままに抜け出してきた国。

 

「……ね、ウェイン。前世ってあると思う?」

「前世? それは、あるだろう。総量保存法則の存在がそれを証明している。万物は流転しているのだから、俺達を形作る命の一つ一つが」

「そういうことじゃなくてさ。ティニ・ディジーと、ウェイン。私達が私達二人としてあった前世。それがあると思うか、って話」

「あると思う」

「いつも通り即答。なんで?」

「お前が信じているからだ」

 

 まっすぐな目に……目を逸らしたのは、ティニの方だった。

 そんなこっ恥ずかしいことをよくもまぁ、と。一応言うと、二人は恋仲関係にあるし、このだだっ広い草原で誰が見ているわけでもない以上、まぁ、歯の浮くような台詞が言えるのもわからないでもないが──。

 

「これからどうする?」

「やっぱり何も決めていなかったか」

「どこの国行っても、やることは同じだし」

「そうだな。どこにいても──」

 

 水の蛇が走る。

 同時、轟音と共に濁流が走って──。

 

「ストップです、ヴァイデンスさん。この人たちは無関係かと」

 

 それが、凍り付いた。

 

 

 

 

 急に襲われたこともあってか完全警戒状態のティニに変わって、ウェインがその二人から事情を聞いた。

 曰く、友人が違法薬物生成組織に追われて国を出てから行方不明で、その痕跡を辿ってここまでやってきた、と。

 運悪くその「痕跡を辿る魔法」の通り道に二人がいて、尚且つ両者が手練れだったから、その友人を襲った二人なのではないかと勘違いした、と。

 

「本当にすまなかった。……ディーンさんが止めてくれていなければ、と思うと……」

「いや、問題ない。こちらはどちらも怪我をしていないし、そちらの彼女がすべての水を凍らせてくれている。服に水の一滴すらついていない状態だ」

「……だが、何かで償うべきだ。僕は」

「ヴァイデンスさん。何かで償うのは後にしましょう。痕跡の速度を見るに、シュタークさんは捕まっている可能性が高くなりました。申し訳ありません、お二人とも。お名前だけ教えてはいただけないでしょうか。冒険者と見ましたので、後で何かギルドを通してお礼を」

「いや」

 

 ウェインは、一つ思案を挟んで、言葉を口にする。

 

「俺達も手伝おう。その通り、俺達は冒険者だ。人捜し、それも組織絡みの事件というのなら、力になれるだろう」

「ちょっと、ウェイン」

「良いだろう、ティニ。どうせ行く宛は無かったのだし、次の国へ行くまでのついでだ。ああ、だが」

「報酬は払います。冒険者……それもティダニア王国で名の知れたお二方を助力に、とあらば、はずみますよ」

「……もしかして有名な人たちなのか?」

「ええ、アシティスには外界の情報が入ってこないのでヴァイデンスさんが知らないのも無理はありませんが、アシティス以外ではとても有名な冒険者です」

 

 嘘を吐いているな、と。ウェインは見抜いた。

 彼には生来、相手が噓を吐いているかどうかを見抜く才がある。だから彼女……オーリ・ディーンと名乗った彼女が嘘を吐いていることを理解した。

 した上で、何も言わない。

 

「……まぁ、いいけど」

「そういうことだ。時間を取らせた。すぐにシュタークさんを救いに行こう」

「ヴァイデンスさん。迷っている時間は無いかと」

「そう……だな。ああ、お願いするよ、二人とも」

 

 反対に、ヴァイデンスという男に嘘はない。一切ない。偽りという言葉を知らないのではないかというくらい、言葉が澄んでいる。

 ちぐはぐだ。けれど、それを言うのならウェインとティニだってそうだ。

 

「それで、どうやって追跡を?」

「紺罪結晶に辿らせています。……大分離れてしまいましたね。行きましょう」

「感情結晶か。……いや、なんでもない。ティニ、先行できるか?」

「さっき通って行った水の魔力を追えばいいんでしょ。印残していくから、勝手に辿ってきて」

 

 駆け出すティニ。ウェインからは見慣れた速さ。けれど、二人は消えたようにみえたことだろう。

 ……嘘吐きはいるが。

 

「速いな。残影しか見えなかった」

「追いましょう」

「ああ」

 

 こうして、ちぐはぐ二人組ずつのパーティが完成する。

 紺罪結晶の示す先は──。

 

 

 トンヴァリ旧鉱山道。

 ティニの残した印はそこに続いていた。

 

「……マズいな」

「どうかしたのか?」

「ここは道が入り組んでいる。ティニがいつもの感覚で印を残しているとしたら、次の印を見つけるだけでやっとだろう」

「ディーンさん」

「辿れてはいますが……どうやらティニさんの残した印とは違う道を辿っている様子です。恐らくティニさんの通った道の方が近道なのでしょう」

「確実性の高い大回りか、博打を打つ形にはなるがショートカットになる方か、か」

 

 どちらを選ぶか。

 

「『紺罪結晶』の水の魔力は、もう止まっているのか?」

「ええ、この旧鉱山道の……かなり下方にはなりますが、止まっています」

「正確な位置を教えて欲しい。角度と距離を」

「成程、そういうことか。ウェインさん、ティニさんは」

「避ける。俺がそういう手段を取ることも織り込み済みだろうからな」

「なら、僕も助力しよう。外壁を固める形で大丈夫か?」

「ああ」

 

 何をするか、は。

 言わずとも伝わったらしい。

 

 オーリ・ディーンの口から、方向と角度が伝えられる。

 

「掘削する」

 

 ウェインは──地を殴る。

 ただそれだけで、凄まじい破壊が起きた。鉱山道に伝搬する震動は、けれどヴァイデンスによって押し留められる。

 水と氷と風の魔力を用い、今まさに作られゆくトンネルの外壁が丁寧に押し固められて行く。

 

「……よし、助走距離はこれくらいでいいだろう」

「え?」

 

 否、伝わっていなかったらしい。

 けれどもう一人の方は完璧に理解している気配を出しているから、大丈夫だろう、と。

 

 ウェインは助走をつけ……あらん限りの力で今しがた掘り進めた穴を、拳打する。

 広がる衝撃ではなく、遠く遠くへと響く衝撃。故意に変えた力の籠め方により、起こるは崩落。掘削というにはあまりにも破壊に特化したそこに、水が走る。

 

「ヴァイデンスさん、氷をお願いします」

「あ……ああ。わかった」

 

 崩落した旧鉱山道は、けれど水と氷によって氷窟へと姿を変えた。

 丁度いい、とばかりに滑っていくウェイン。

 

「……外界の人間は、なんとも豪快なんだな」

「あれは多分特別だと思いますが……」

 

 なんて背後の会話は聞こえぬままに。

 

 して、辿り着いた場所は牢獄のような場所。

 噎せ返るほどの血の臭い。

 

「殺したのか?」

「殺されてた。今、得物と痕跡を確認中」

「シュターク! どこだ!」

「……紺罪結晶の追跡はここで終わっています。つまり」

 

 血と、泥と、肉の海。

 そう表現する他ない牢獄。

 

「嘘だろう……?」

「どれがシュタークなのかは知らないけど、無駄足だったね」

「ティニ」

「……ごめん。余計なことを言った」

 

 無駄足だったのは、けれど事実かもしれない。

 この血肉の中から個人を見つけるなんて到底無理だし、見つけたとしても、だ。

 

「……ティニさん」

「何」

「この部屋、薬物の臭いはしますか?」

「!」

 

 オーリ・ディーンの言葉に、顔を上げるティニ。

 そして鼻をひくつかせ、何度か周囲を見渡して……首を振る。

 

「しない。ここにあるのは血肉だけ」

「理解しました。紺罪結晶……というか水の魔力が辿れるのは経過。つまり始点と終点が存在します。今まで私達が辿って来たのはシュタークさんが自らの意思で逃げて来た痕跡。そしてここへ来て敵に捕らえられたというのなら」

「なるほど、違う『経過』になったということか」

「ええ。──『紺罪結晶』」

 

 どろり、と水が落ちる。

 ワームを思わせるそれは、この牢獄で何度かうねった後……地下に染み込んで行った。

 

「どういうこと?」

「恐らく、元はここからさらに下へと続く道があって、シュタークさんはそこへ。その後その道を土魔法で塞ぎ、行き止まりである、というようなカムフラージュを施したのではないでしょうか」

「なら、壊す。ディーンさん、水の魔力は」

「まだ止まっていませんが、まっすぐ地下へ降りて行っています。ですので」

「人を殺さない程度の威力で、掘削する」

 

 ティニ、ヴァイデンス、ディーンが元来た穴の方まで下がる。

 それを確認し、ウェインは拳を大きく振りかぶった。

 

 ──ああ、それは、爆発だろう。形容として最も正しき言葉はそれだ。

 血肉にまみれた地面が、作られた地面が、今度こそ崩落する。その下にある空間を何層も何層もぶち抜いて、ウェインの拳が地を穿つ。

 

 ひょーい、と軽い感じでその穴へと落ちていくティニ。それを見てヴァイデンスも続こうとして──けれど、踏みとどまった。

 

「どうされたのですか?」

「すまない、これもどうか、下心などはないものと思って欲しい」

「ああ」

 

 横向きに。

 つまり姫抱きにされるディーン。その状態で、ヴァイデンスも穴の中へと身を投じた。

 

 

 そうして落ちた先に、ソレはいた。

 

「……ア?」

「こいつは」

「魔物?」

「──シュターク!?」

 

 ティニが間違えるのも無理はない。

 体躯の肥大化、肌の変色、人間には無い器官の増殖。

 凡そ「ヒト」とは呼べなくなった姿の「ヒトガタ」。

 

 周囲には、一撃のもと頭部を潰されたらしい者達の死体が複数。

 

「どうするの、これ。殺すしかなくない?」

「決めるのはヴァイデンスさんだ」

「……シュターク。意識は」

 

 とか。

 そういうことを確認する前に、拳が来た。技術の欠片も無い、ただ腕を伸ばした、という行為に近い拳は、軽く人を潰し殺せる威力で。

 

「『紺罪結晶』──」

 

 シュタークだったモノを水の球体が包み込む。

 そのまま浮かせられ、身動ぎくらいしかできないよう拘束されたソレ。

 

「これで考える時間ができました。どうしますか、ヴァイデンスさん」

「眠らせてやろう」

 

 ──即答。

 ウェインは、いやティニもだ。

 少し驚いた顔をする。だってヴァイデンスは、二人から見ても善なる存在。それが思案無しに「友人を殺す」という判断を下せるものだろうか、と。

 

 けれど、ヴァイデンスは、嘘を吐いていない。

 ウェインにはそれがわかる。

 

「彼を救える手段が私にある、と知ってもですか?」

「ああ。……それは道理を捻じ曲げる手だろう。違うかな」

「……ええ、そうです。人皮装飾……刺青の一種ですが、壮絶な痛みと定期的な書き換えが必要になるため、歴史の中に埋もれていった技術の一つとなります」

「へぇ。珍しいのを知ってる。アサシンの中でも裏側の奴らしか知らないようなものなのに」

「装飾品店の主ですから」

「無用だ、ディーンさん。人は人のまま死ぬ方が良い。ただ、これは僕の思想でしかないから……シュタークを眠らせた後、僕は中央行政塔に出頭する。アシティスでの殺人は起きてはならないことだからな」

 

 嘘が無い。彼の言葉には、一片たりとも嘘が無い。

 自らを偽っていない。悲しみを押し殺しているとか、したくないことをしようとしているとか、そういうことがない。

 

 会って間もない彼。ヴァイデンス。

 その──あまりにも純粋すぎる在り方に、ウェインは。

 

「馬鹿じゃん、そんなの」

 

 ウェインは、動けなかった。

 代わりに動いたのがティニだ。彼女はウェインが制止の声を上げる暇も、ヴァイデンスが止める暇もなく──シュタークだったモノに対し、刃物を投擲する。

 水球など意に介さない威力のソレは、投擲物でありながら肥大化したシュタークに突き刺さる。

 

 直後、ジュウという肉の焼ける音が響き始めた。

 

「っ、酸……」

「人は人のまま死ぬ方が良い。けど目の前のオトモダチ、どーみても魔物だし。あなたの思想を貫くなら、そっちの女の人皮装飾で人に戻してから殺せばいい。……ふざけないでよね。そんな純粋な目で、眠らせるために殺す、なんて言葉を、偽りなく口にする、とか。……反吐が出る」

「う……すまない、気分を害したか」

 

 嘘を吐いている。

 ティニが、だ。

 

 ウェインは久方ぶりに彼女が噓を吐いているところを見た。

 

「はい。終わり。心臓がある生物なんて、それを壊せば死ぬんだから」

 

 酸の痛みも感じない程オカシクなっていたらしいシュタークだったモノ。

 それは水球の中でぐったりと動かなくなっていて、その心臓も肺も動いていないように見えた。

 

「魔物討伐は冒険者の基本だから、恨んだりしないでよね。アレがあなたのオトモダチだったのかさえ定かじゃないんだから、私を恨むのは」

「そんなことはしない。僕を助けようと思ってくれたのだろう? ……ありがとう、シュタークを眠らせてくれて。そして僕に、友殺しの咎を背負わせないでくれて」

「……っ。ウェイン、行こ!」

「いや……せめてコイツを外に運び出し、墓を作ってやろう。構わないか、ヴァイデンスさん」

「ああ、お願いするよ」

 

 この巨体だ。随分と深くまで潜ってきてしまっているし、持ち上げるにも運び出すにも一苦労だろうと、ウェインはその役を買って出る。

 ──ティニを逃がさないようにするため、という意味の方が強かったのかもしれないが。

 紺罪結晶の水が弾け、結晶の中に戻っていく。吐き出され、地に伏せる巨体。ティニの仕事だ。その身は確実に死んでいるし、起き上がることはない。

 

 それを事もなげに背負って、ウェインは足と右腕だけで縦穴を登り始める。

 慌てたのはヴァイデンスだ。勿論彼も「そういう可能性」は考えていたかもしれないが、まさか本当にやるとは思っていなかったのだろう。すぐに魔法で縦穴の壁に螺旋状の階段を築いていく。

 

 

「で、アンタ」

「はい?」

「……あのままあの怪物、殺すこともできたでしょ。上に持ち上げるのだってできた。でもやらなかった」

「何故、を問うているのですか?」

「……アンタ、昔どっかで会ったことある?」

「唐突ですね。そして、無いかと」

 

 男二人の仕事を見上げながら、女二人は──張りつめた雰囲気を撒き散らす。

 ティニ・ディジーには確信があった。だから、「ウェインとヴァイデンスが自分たちが離れるような展開」を作った。

 

 この危険性物から引き離すために。

 

「なんで感情結晶なんて出力の低いもの使ってんの?」

「へぇ、感情結晶を出力が低い、と言いますか。あるいは神にも勝るとも言われているものなのですが」

「言葉を間違えた。アンタは罪悪感とか一切覚えないだろうから、アンタが使ったら出力が低い、って言った方が良いか。だから出力が低くなる。そんなもの使うくらいなら、普通に魔術なりアクセサリーを使った方が強い。……違う。それ以上か。魔法も魔術も使わない……素で戦った方が強いでしょ、アンタ」

「なぜそう思うのですか? 私は一介の装飾品店の」

 

 止める。

 隠し持っていた暗器で、穿とうとした眼球。それを当たる寸前で止める。

 

「避けないんだ」

「……あの、見えなかったので、避けようがありません」

「脈拍が早くなってる。瞳孔が開いている。呼気も荒くなって、まるで焦っているみたい」

「まるで、と言いますか」

「だけど、恐怖を感じてない」

「……」

 

 オーリ・ディーン。

 反応できなくて、カチカチと歯を鳴らして、馴染みのない死の感覚に怯えている──ような「ヒトガタ」。

 

 ティニ・ディジーは見逃さない。

 殺人者として、見逃さない。

 

「お前、人じゃないな」

「あの……先ほどから何のことを仰っているのか」

「エルドラド、という言葉に聞き覚えは?」

 

 ──水晶に罅が入る。

 それは音でありながら音でなく。

 けれど確かに聞こえた悲鳴(おと)

 

「……覚えているのですか?」

「何を」

「前世を」

「……明確に覚えてるわけじゃない。だけど、私と……ウェインと、あと数人。ずっと一緒だった世界があった。ここじゃない、もっと狭い世界。……でも、私はみんなより一足早く世界を去って……その時に、言われた」

 

 噓を吐くな。

 噓を吐くな。おい、嘘を吐くな。

 頼むから、噓を吐かないでくれ。

 

「……与えられるはずの無かった二回目。そうだ、私は……」

「ふむ。面白い現象ですね。名が同じであるというだけだと思っていましたが……もしや、あなたの手先だったりしますか? アズ」

「その名前も……聞き覚えがある」

「ギギミミタタママが抜錨した魂ではない。というより、あなた達は"その名"を持って来たに過ぎないはず。……この世界では発生し得ない名前。クリファの干渉は見受けられませんので、やはり私の観測外……私自身を作ったモノである、あなたの手先であるとしか考えられません、アズ」

「……アンタ、誰?」

「私は……そうですね。あなたとは出会っていませんから、わからなくて当然でしょう。……はぁ、本当に難しいですね、世界を創るというのは。機能として与えられていないのだから当然、といえばそれまでですが、弟はあれほどの世界を創り上げ、私は未だに人間を理解する段階。どうしたらあなたのような人間を作ることができるのでしょうか」

 

 話は噛み合っていない。

 激しい頭痛と戦いながら、なんとか言葉を捻出するティニ・ディジーに対し、「オーリ・ディーン」は虚空へ向かって問いかけるだけ。

 罅が入る。大きな大きな罅が。

 

「もう諦めろと、そう言っているのですか、アズ」

 

 問いかけても──答えは、返ってこない。

 けれど、「自分で考えなさい。そのために精神を与えたんだから、ね?」なんて言葉が返ってきた気がした。

 

「ティニ・ディジー。申し訳ありません、私はあなたの質問に答えることができません。しかし、与えられるはずの無かった二回目を自覚しているのなら──彼のことを、もう少し大事に扱ってあげるといいですよ。とはいえ、彼の言葉はあなたには届かなかったのでしょうが」

「言葉……」

「ええ、そうです。あなたに伝えられるはずだった言葉。あなたからの伝言は彼に伝わりましたが、彼からの言葉はあなたに届いていない。──あなたはもうユンではないし、彼ももう大吾ではないのですから……ちゃんと解き放たれてください。そして、私に関わってこないでください」

「言葉」

 

 ──水晶玉が修復される。

 今までに起きた事の一切が消えてなくなり、忘れ去られ。

 

「二人とも、何かあったのか? 何も無いなら早く上がってくるんだ。この穴自体、いつまで保つかわからない!」

 

 という、ヴァイデンスの声に、引き戻される。

 

「はい、今行きます。……ティニさんは、どうしますか」

「当然、行くけど。……アンタ、そんなんだっけ?」

「はい?」

 

 険悪な雰囲気などばら撒かれていない。

 ただ疑問の残る感情だけが刻まれて──何事も無く、二人も穴を、そして旧鉱山道を脱するのだった。

 

 

 酸によって融け朽ちた身体。

 それを埋め、墓標となる碑を置いただけの、簡素な墓。

 

「……ありがとう」

「別に。魔物討伐しただけだし」

「魔物を討伐してくれて、ありがとう」

「……ふん」

「少しは素直になれ、ティニ。……それより、トンヴァリ旧鉱山道だが」

「使っている国はないのですし、完全に崩して置いた方が安全だと思います。凶悪な魔物が住み着いていて仕方が無かった、と。嘘は言っていませんし」

「そうするか」

 

 振り返り、鉱山に対して打撃を行うウェイン。

 たったそれだけで、「山」が崩壊する。

 

「……世界は広いな。僕もアシティスでは相当上位にいる自覚があったが……どうやら、外界で見れば木っ端も良い所らしい」

「いえ、ウェインさんが特別なだけです」

「そうか?」

「そう?」

 

 ──片やアシティス生活の長い世間知らず。片や人間が"そう"であることを観察すると「もしかしてそうなのかな?」と思ってしまう舞台装置。

 はっきり言ってこの二人は毒だった。主に舞台装置にとって。

 

「……そうだ、ヴァイデンスさん。このお墓、何か刻んでおきましょうか?」

「ああ、装飾か。……そうだな、野生動物や魔物が近寄ってこないようにする、とかは可能か?」

「ええ、できますよ」

 

 雷以外の魔力が一斉に動き出す。

 何事かと身構える二人に対し、ヴァイデンスは少しでも技術を盗まんと魔力の動きを見る。

 

「……凄いな。装飾……極致と言って差し支えない技術だ」

「ええ、これだけは私の誇りですから」

「嘘は言っていない、のか。これに関しては」

「……はい?」

 

 シュターク・リーアの名の刻まれた墓碑。

 そこに施されて行く美しい装飾。魔力が傷をつけ、その表面が魔力波の形を取って、さらに複雑な紋様へ変化し──と。

 

「終わりました。この墓碑がこの形で残り続ける限り、魔物や野生動物がこれに近寄ることはありません。……雨風による風化は防げませんが」

「問題ない。その頃にはきっと、シュタークの奴も総量保存法則に従って、次なる生を受けている頃だろうから」

「そうですか。……では、報酬の話に移りましょう。ただ、申し訳ありません。私は冒険者協会の職員ではないので、相場がわからず……。今回の討伐に関しての報酬額をそちらで決めていただくことは可能でしょうか」

「大金貨六枚」

「……妥当だな。追跡と掘削の分を考えれば」

「魔物の危険度を考えるともう少し上乗せしても良いかと思いますが」

「あれを拘束したのはディーンさんだし、俺達も怪我を負ったわけではないんだ。俺達を四人組のパーティと考えた場合、取り分はこれが妥当だろう」

「成程、そういう考え方であれば納得です」

 

 ティニの「相場わかってるじゃん」という呟きは誰も聞いていない。思ったけど聞かなかったことにしたのでなかったものとして話が進む。

 

「改めて。僕はヴァイデンス。普段はアシティスに住んでいる。だからまたどこかで、とは言えないかもしれないが……」

「いいや、またどこかで、で構わないだろう。俺はウェイン。こっちのティニ・ディジーと共に、今は根無し草で冒険者をしているからな。運命が交われば、またどこかで、だ」

「そうか。……ああ、またどこかで」

 

 固く交わされる握手。

 して、視線は当然、オーリ・ディーンに。

 

「ああ。私はオーリ装飾品店の店主をしています、オーリ・ディーンです。なお、気になっているようですので先に言っておきますが、お二人の知っているオーリとは同姓なだけの他人です。子孫とかでもありません」

「……知ってたのか」

「ええ、ティダニア王国とクロックノックの話はそこそこ有名ですから」

「……?」

 

 握手は──交わされない。

 

「よし。じゃあ、俺達はこれで」

「ああ、本当にありがとう。助かったよ、ウェインさん、ティニさん」

 

 手を挙げ、ウェインとティニはその場を去る。アシティスの方がここから近いので、二人が去る側なのだ。

 して。

 

 なんとなく無言で、歩いて、歩いて。

 

 どう頑張っても二人から……「あの女」の耳に声が入らなくなったあたりで、ティニが口を開く。

 

「ねぇ、ウェイン」

「なんだ?」

「……そのさ。私に言ってない言葉とか、ない?」

「……? よくやったな、とかか?」

「そういうのじゃなくて。……なんか、もっと、多分……もっと大切な言葉」

 

 要領を得ないティニの問いに、ウェインはふむ、と考え。

 

「好きだ、ティニ」

「……そういうのじゃなくて!」

「愛している」

「だから、そうじゃなくて……」

「言い忘れているつもりはないが、今日まだ言っていないことはこれくらいだろう」

 

 当然のような顔をして。

 なんでもないかのような顔をして。

 ウェインは、彼女に言葉を吐く。

 

「……次の国についたら、アレが食いたいな」

「また唐突に……。なに? 私への言葉より大事なこと?」

「アレだ。……名前はなんだったか。丸いパンで……甘い、中間に穴が開いた」

「ナニソレ。そんなの食べたことあったっけ?」

「ああ。お前だけ食べられなかったものだからな、食べに行きたい。……どこかに売っていればいいんだが」

「私だけ食べられなかった? ……ちょっと、そんなのより私に言ってないことを」

 

 ──昔、ウェインはもっと寡黙だった。

 けれど、少し思い出したことがあって……よく喋るようになった。戦闘時は相変わらず寡黙なままだけど、こうして人と接する時は喋る。

 

 言葉を吐き続けろ。寡黙を気取るな。

 そうでもしなければ、忘れてしまうから。覚えていない事さえも、忘れてしまうから。

 

 だから、彼は彼の言葉を吐く。

 

「嘘を吐くなよ、ティニ。だから俺も、全部素直に話す」

「……全然わかんないんだけど」

「いいや、お前はもうわかるようになっていたはずだ。だから、謝られても受け入れないし、他を当たったりしない」

「……」

 

 不思議な不思議な会話。

 真相を知るのは多分、神にもいない。

 

 ただ一人。ただ一柱。ただ一つ。

 あの舞台装置(システム)だけが、知っているけれど……話すことはないだろう。

 だってこのままにしておけば、この二人はもう干渉してこないと知っているから。

 

 お幸せに、と。

 その言葉は、「オーリ」でも「オーリ・ディーン」でも「空席の神」でもなく──。

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