神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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節題:「舵の装飾品店」

 それは当然のことではあったけれど、雰囲気は悪くなる一方だった。

 アシティス。秘匿の都アシティス。亡命者の都。

 平和で安全で平穏で安穏。

 

 けれど立て続けに起きた誘拐事件と、さらに誘拐及び殺害事件。

 たとえどれほど善性に満ちた人々とて──「そう」思ってしまうのは仕方のないことだろう。

 

 なぜ。どうして。

 ここは秘匿されていたのではないですか。ここはあなたの権能によって、悪意ある者を寄せ付けないのではなかったのですか、と。

 

「……シュタークさんは、余計なものを引き込んだこと、何かあれば、どうか、住民を守ってやって欲しいと……ミ・パルティの運営委員会に謝罪し、頼んだようですね」

「そうか。アイツらしい。僕の所に来なかったのは……いや、なんでもない」

 

 苦情、あるいは取り次ぎでいっぱいいっぱいになっている中央行政塔を出て、ヴァイデンスと話す。

 

「ヴァイデンスさんは、思わないのですか?」

「ヒシカ様に、なぜ、と?」

「はい」

「思わないさ。むしろなぜ今まで守っていてくれたのか不思議なくらいだ。それが彼の優しさなのか、それとも別の理由かはわからないが、とにかくヒシカ様もヒシカ様なりの理由でそれを通してしまったのだろう。悼みこそすれ、責めることはない」

 

 ……。 

 似ている。私が何であるかを知り、私が彼女をどう思っているかを知り、私がこの世界を何だと思っているのかを知って尚──私に礼を言ってきた彼の先祖と。

 オウス・レコリクト。そもそも神など作る気が無く、そもそも法則など作る気が無く、そもそも人間ロールプレイなどする気がなかった私に──やる気を与えた少女。動機をくれた人間。

 彼女がいなければ、今の世界はない。私は水晶玉の中で、定められた動きしかしない人間を動かし、「なぜ人間には自主性が生まれないのか」なんてことを文字通り永遠続けていたことだろう。

 

「ヴァイデンスさん」

「ああ」

「人とは、なんでしょうか」

「……? と、いうと……?」

「あ……いえ、申し訳ありません。今回の件で、少し考えてしまって」

 

 唐突過ぎた。でも、聞いてみたくなったのだ。

 彼女の子孫なら、もしや、と。

 

「人とは何か、か。……ふむ」

「いえ、申し訳ありません。口をついて出た言葉なので」

「人とは何か、とは少し違うけれど、僕は答えを有している」

「……本当ですか?」

 

 ヴァイデンスの濁りの無い目。透き通った、淨眼にも映らない噓偽り無い目。

 

「悩む者は、少なくとも死者ではない。僕もディーンさんも、アシティスの民も外界の人々も、あるいは神々も。すまないな。"何であるか"の答えに相応しくはないが、"少なくとも死者ではない"が僕の答えだ」

「少なくとも死者ではない……」

「ああ」

 

 なら、あなたは。

 シュタークをどうするかについて、一切悩まなかったあなたは。

 

「答えになっただろうか」

「……はい。ありがとうございます」

「ああ。でも、今回の件のお礼として考えれば、あまりにも足りない。……ディーンさんがいなければ、僕はシュタークの行方を知ることもできなかった。アイツの墓を作ることもできなかった。だから、また何かアシティスで困りごとがあれば、僕に相談してくれ。なんでもと言い切るのは難しいけれど、力になる」

「ええ、お願いします」

 

 ──人格を切り替える。

 システムから、「舞台装置」を被り、さらに「オーリ・ディーン」へ変質する。

 

「……ヴァイデンスさんがよろしいのであれば、クレイムハルト家とオウス家を交えて、少しお話がしたいのですが……」

「クレイムハルト家? ……ああ、そういえばご息女がディーンさんの店にいたな」

「はい。現状信頼のできる二家です」

「そういう言い方をするということは、あまり広まってほしくない話か。……わかった、家ぐるみが良いんだな?」

「はい」

「よし、ならすぐに帰って事情を説明してくる。集合場所は」

「私のオーリ装飾品店でお願いします」

「了解した」

 

 進めなければならないことを進めよう。

 これからも「オーリ・ディーン」として生きていくために。

 

 

 クラリスさんにも同じことをお願いして、数刻経った後、店に全員が集結した。

 商品棚のスペースを退かしてあるのでそれなりに広い店内。

 

「お集まりいただきありがとうございます。ただし、まず初めにこの店を外界と切り離すことをお許しください」

「外界と切り離す?」

 

 起動するのは『音吸いのシエルタ』に始まった、隠蔽用のアクセサリー。

 これにより、一時的ながら「オーリ装飾品店」は完全に隔離された空間となった。

 

「これは」

「五十を超える装飾品の同時起動なんて、どこまで精密な魔力操作を」

 

 ……あ、そこ突っ込まれるんだ。

 聞かなかったことにしよう。そういえば装飾品の起動って基本的に「魔力をこめること」にあるから、複数起動するには複数の蛇口を作らないといけないとかそんな話はどうでもいい。

 

「結論から申し上げますと、秘匿の神ヒシカは現在衰弱状態にあり、ここアシティスを覆う秘匿の霧は最早ただの霧でしかありません」

「……え」

「成程のう、道理で神の気配がせんわけだ」

 

 怪老はやはり気付いていたか。

 けれど他は……あれ。

 動揺しているのは怪老を除くクレイムハルト家の人たちだけだ。

 

「知っていたのですか?」

「可能性を考えていただけだ。秘匿の霧が効果を成さなくなった理由に、どんなものがあれば妥当性があるかを」

「なるほど」

 

 それを、家単位で。

 

「私は秘匿の神ヒシカと個人的な繋がりがあり、その伝手でこのアシティスに越してきました。なので、ヒシカの現状を知る唯一の人間であると同時に、メッセンジャーを努める役割を担います」

「リルレルはどうした。あ奴もおらなんだか」

「リルレルは別用」

「ひょひょひょ、流石は錯角の神よ。求むるモノとは離れよるわい」

 

 そういう面があるのは確かだけど、今回はリルレルの肩を持ってあげても……まぁいいか。獣人一人に勘違いされた程度で何も思わないだろう。

 

「ヒシカの衰弱は外部からの攻撃によるものであり、その回復は短期で望めるものではありません。つまり」

「これからアシティスは秘匿の霧無しに生活しなければならない……というより、自衛手段を身に着ける必要がある、ということか」

「それだけで済めば良いがな。儂らの出自を考えれば、周辺諸国がすべて敵となって根絶やしに来る、ということも考えられよう」

「どちらにせよ安穏は無理。となると、この事実を早めに知れたのは大きいな。感謝をしよう、ディーン殿」

「ええ、話の進みが早くて助かりますが、ここまで理解が早いのはあなた方だけでしょう。これをアシティス全体に周知すれば」

「良くてパニック。悪くて暴動。最悪は……殺し合い、かの?」

「親父、縁起でもないことを言わないでくれ。アシティスの人々は罪人じゃないんだ、他者を殺す、なんてことはしない」

「罪人かどうかは関係ない。ひょひょひょ、ヒトというのはな、不安を覚えるとそれを解消したくなるものじゃ。アシティスは不安を根元から消していたが故にストレスがほとんどたまらなかったし、溜まりかける頃にはミ・パルティを開催することによって捌け口を作っておった。じゃが、それが加速した今、アシティスの人間は外界の人間と同程度どころかそれ以上の速度でストレスを溜める」

 

 外敵からの恐怖。過去からの追跡。

 あるいは困窮が生まれるかもしれない。困窮が生まれたら、密告を恐れる者が出るかもしれない。

 亡命者の集まりではあるけれど、国は違う。自身と縁もゆかりもない国の亡命者を売って、自分たちだけ助かろうとする者が出てくるかもしれない。

 出てくるかもしれない、と思うだけで──疑心暗鬼は加速する。

 

「オーリ」

 

 流石にざわつき始めた店内で、声を発したのは……ライルだった。

 驚いた。バックヤードで縮こまっているものだとばかり。

 

「なんですか?」

「俺なら、できるだろ」

「……今私が時間を停めていなかったら、余計な混乱が起きていた。発言には気を付けた方が良い」

「停める必要はなかっただろ。俺ならできる。俺の正体をこいつらにバラして、俺がこの都を守ればいい。ヒシカが衰弱したのは俺のせいだしな、俺を使うのが収まりどころもいい」

「嘘吐くの、なんでやめたの?」

「吐いても意味ないからな。それに、当人がいないとはいえ、リルレルの加護領域の中で無駄口を叩くのはごめんだ」

 

 それはまぁ、そうかもしれない。

 貪食の神の食指がいつ動くかは私でも測れないし。

 

「でもダメ」

「なんでだ」

「今、あなたはライエルじゃなくライル。"人間ロールプレイ"の最中なんだから、神の権能なんか使えるワケないでしょ」

「アンタがそれを言うのかよ」

 

 なんだか新鮮だな。

 嘘を吐かないライエル。こんなにもストレートな言葉を吐いてくるのか。

 

「んじゃはっきり言う。負い目がある。ヒシカにも、ここの人間たちにも。全ては俺の油断が招いたことだ。だから責任を取る必要がある」

「ない。あなたを陥れた人間を称賛こそすれ、あなたに落ち度はなかった。普通、神を使って私を攻撃しよう、なんて思いつく人間はいない。神を味方につけて、ならよくあるけど、私に世界再成を行わせるために神を消費する人間なんて過去には一人もいなかった」

「……アンタが俺達を慰めるなんて、明日にゃ世界が終わるのか?」

「慰める? 何を勘違いしている。私は今お前を叱っている。ヒシカの代替となることが、今回の件からお前が学んだことなのか、と。人間を見習え。誰に何を言われるでもなく、何が起きるわけでもなく、自ら行動し、自ら成長し、自ら変質する。何が穴埋めだ、ライエル。何が責任だ、ライエル。お前がすべきは向上であって、そんなどうでもいい悔悟ではない」

 

 何が負い目だ。神がそんなものを感じるな。

 なんのために神として配置したと思っている。神でなくていいなら、「そういう力」を持った人間として初めから配置している。

 

 自覚を持て、少しくらい。

 

「……わっかんねぇ。前からだが、アンタ俺達に何を求めてんだ? 俺だぜ? 虚構の神ライエルだぜ? それが責任感から人々を守ろうとする、なんて……成長じゃなかったらなんだってんだよ」

「なんだ、折角続投したというのに、自ら作り直されることを望むのか? 自己に価値が無いと思うのなら、そう言え。少しでも自らに価値を見出せる神に作り直してやる」

「価値……」

 

 そうだ。

 なんのために私が神を生み出したと思っている。何のために私が神に精神を与えたと思っている。

 権能が必要であるだけなら、法則にしてしまえばいい。そうしなかったのは精神が必要だと思ったからだ。

 

 馬鹿を言うな、ライエル。

 

「時間停止を解くぞ。バックヤードから出てきたのは見られてしまっているから、何か別の言葉を考えておけ」

「いや。まだ問う」

「……なんだと?」

「いいぜ、俺を作り直してくれたって。今更恐怖なんざしねぇよ。だから、疑問の解消をさせろ」

 

 ライエルは……よっこいせ、なんて言ってカウンターに腰を据える。

 

「いい加減飽きて来てんだよこっちは。生かされてんのも期待されてんのも自覚してるが、だったらこっちにも言い分がある」

「言い分?」

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 はっきりと。

 虚構の神は──何も偽らずに、それを突きつける。

 

「俺だってそれなりの時間、人間を見てきた。人間が成長するところ、変質するところを見てきた。他の連中と違って俺は権能を使う機会が少ないからな、祈りに答えてやることもめったにない。だから観察ができた」

「……」

「なぁ、アンタ。もう母親なんて呼ばねえ。アンタだアンタ。アンタさ、"人間がどうして成長するのか"を知ってるか?」

「そういう生き物だからだ」

「違ぇよ、ばぁか」

 

 ケケ、なんて。少しだけいつものライエルの調子を取り戻して……けれど言葉に虚構はなく。

 

「必要だからだ」

「……まぁ、そうだろうな。必要に駆られるから成長する。それは認めよう」

「だってんならおかしな話だろ、アンタ。俺達神がいつ成長を必要としたよ。アンタに与えられた権能は、俺達から成長の機会を奪っただろうが。形は違えどなんでもできる。それが神の権能だ。馬鹿言えよ、空席。なんでもできる奴がどーやって必要に駆られろっていうんだ。俺達は満ち足りている。俺達は充足している。俺達は俺達で完結している。生きることに人間を必要とせず、存在に理由を必要としない。一万年もの間忘れられてたってヨヴゥティズルシフィみてぇに何のブランクも感じさせねえ力の発露ができるし、日常的に祈りを受けてるトゥナハーデンやディモニアナタはだからこそその力を鍛えようなんて思わねえ」

 

 ライエルは──指摘する。

 

「当然だろ。もう一度問うぜ。アンタ、俺達に何を求めてやがる。まさか、満ち足りた状態から更なる進化をすることを、ってか? だってのに人間を見習えってか? ──どこにいたよ、そんな奴。完璧であるのに上を求めた人間が、今までにいたのかよ」

「いた」

「──……んだと?」

 

 主導権はライエルにあった。

 その論調も、言っていることも、正しいことであるように感じられた。

 

 だけど。

 

「いたぞ、ライエル。満ち足りていて、充足を覚えていて──尚も先を望む人間を、私は見たことがある」

「……だから、誰も彼もにそれを求めるってか。そりゃ」

「酷な話か? だろうな。だが、何か問題があるか? ここは私が作った世界だ。ここは私が演算した世界だ。そこに不確定因子……作り上げた私でさえどういう動きを見せるかわからない変数を足した。それが神であり、人間であり、魔族だ。何千、何万、何億。否、桁数など文字通り無限に及ぶ創世の中で、私が求めるのは常にただそれだけだ。満ち足りていて、充足を覚えていて、なんでもできて──尚も先を望む存在。神でも人間でも魔族でもいい。できるのなら魔物でも動物でも構わない。私はそれができる存在が現れるまで同じことを続ける。やり方が違う、など。馬鹿馬鹿しい」

 

 吐き捨てる。

 

「このやり方で生まれなければ、意味がない。──このやり方以外でやれば楽に生まれるなんて、お前に言われるまでもなく知っている」

「……そうかよ。やっぱり響かねえか、俺達の言葉は」

「こちらの台詞だ、ライエル。何を言っても無駄か、お前達は」

 

 無理なのか。

 このやり方では、絶対に生まれないのか。

 三葉結び目もメビウスの輪も破って、世界を変えたる存在の作成は──私には為し得ないのか。

 

「んじゃ、もういいぜ。作り直すなりなんなり好きにしろよ」

「いや。言葉だけを縛って、お前にはお前でいてもらう」

「そりゃなんでだ」

「わからないなら、まずは運命のプールでも見えるようになることだな」

 

 時間停止を解く。

 バックヤードから出て来たライルに、全員の注目が集まっているところだ。私の名を呼んだ直後。

 

「ライル。なんですか? あまり皆さんを待たせないでください」

「……まぁ、なんだ。できるだろ、オーリ。アンタなら、秘匿の霧の真似事くらいできるはずだ。そういう装飾を俺は知ってる」

 

 ふむ、良い切り返しだ。

 人間ロールプレイ、せいぜい頑張れ。

 

「そうか……。ディーンさん、シュタークの墓に刻んでくれたアレは」

「まぁ、可能かどうかでいえば可能です。……ただし時間がかかることと、途方もない材料が必要になること。そして、私がそれを施している間、アシティスを守り抜き、且つ住民に情報漏らさない、という働きが必要となります」

「……そうか。すまない、ディーンさん。おかしなことを言った、忘れてくれ」

「え?」

 

 私じゃない。クラリスさんの疑問符だ。

 

「あ? ……ヴァイデンス、だったかアンタ。なんでだ。オーリ……この店主はできるぞ。特に外法なんざ使わずに」

「できるのだろうな。彼女の腕は僕も認めているし、どころか僕など足元にも及ばない程の技術者であることも理解している」

「なら、なんで」

「できるからだ。アシティスを守り抜くことも、住民に情報を漏らさないことも、僕達で」

「ひょひょひょ、流石だの、宣誓の民は。血の気が多い」

「なんだクレイムハルトの。隠居が長すぎて腕でも鈍ったか?」

「ふん、新参者の癖に威張りよるわ。──よーし、それじゃ儂はこのことアシティス中を駆け回って伝えてくるぞい」

「なら私達は中央行政塔に行きましょうか。クレイムハルト家を差別する意思はありませんが、どうしても声の通りやすさ、というものがありますからね」

「ええ、お願いします」

 

 ……これは。

 

「待て待て待て、さっき言っただろ。パニックになる、暴動になる、最悪殺し合いになる! だから」

「ひょひょひょ、若いの。……ん、若くないの、お主。まぁ良いが、指でもくわえて見ておれ。──儂らはの、ありのまま(アシティス)の民なんじゃ」

 

 外界との遮断を行っていた装飾品群を解除する。

 ああ。そうか。そうか。

 オウス・レコリクト。その血はヴァイデンスに色濃く出ただけじゃないのか。それに、クレイムハルト家も。

 

「今まで頼っていたからな。──そろそろ自立しても良い頃合いだ。なんせ、それができるだけの力が僕達にはある。できない人々は守ってやればいい。守られる人々は、けれど何かしらの形で街を維持してくれたらいい」

「防犯設備を見直さないと。ウチはただでさえ疑いの目を向けられやすいのだし」

「これも歴史か。……ずっと逃げてはいられない、か」

 

 おろおろしているのは、クラリスさんだけ。

 集められた大人組はどんどん行動に移っていく。

 

「わ、私は……私も」

「待て、無理に行動する必要はないぜ、嬢ちゃん。……じゃない、クラリス。アンタはまだ子供なんだ、迷ったって良い。つーか、あいつらが吹っ切れすぎなだけだ」

「そうですね。クラリスさんはまだ修行中の身。これからもここで働いてくださるのであれば、その身を守ることも可能です。ライルが」

「……まぁ、そうだな。守るよ。ついでにどっかの誰かさんもご執心らしいし」

 

 人間の護り方を聞きにヨヴゥティズルシフィのもとまで走って行った誰かさんのことか。

 そう聞くと、そうか。神の二柱が彼女とその家族を守らんとするわけか。大層なセキュリティだことで。

 

「お話、終わりましたか~?」

「おかえりなさい、イルーナさん」

「はい~。まぁ実はもう少し前に戻って来てたんですけど、とんでもない規模の結界がお店にあって入れなくて~」

 

 ああ。それはごめんね。

 

「例の件は全貌を掴み、壊滅まで終えましたので、ご安心ください~」

「ありがとうございます、イルーナさん」

「いえいえ」

 

 仕事が早い。

 騎士団がトップになってからのアスクメイドトリアラーは動きがかなりスムーズだ。まぁ偽・魔色の燕の傀儡が混じっていた前は滞って当然なんだけど。

 

「一応聞きますが、クラリスさん」

「は、はい」

「私達も外部から来た者の一部ですので、あるいはクレイムハルト家よりも風当たりが強くなる可能性がありますが……ここでまだ」

「働きます! まだ学ぶことありますし、というか、歴史も見たいですし、いえ、やっぱり学ぶことが多すぎるので!」

 

 食い気味だ。

 けど、良い気迫だ。

 

 ──さて、では。

 果たして抜け出してきたティダニア王国より住みやすくなったかどうかは疑問だけど――新生・アシティス。

 もう少しばかり、楽しませてもらおうかな。

 

 

 

 

 そこは、どこ、とは形容し難い空間。

 

「に、人間の護り方について? ……を、わざわざ聞きに?」

「うん。まま、ヨヴゥティズルシフィ。けいけん、ほうふ。きく、いちばん。いい」

「母上殿がそんなことを……」

「おしえて。まもりかた、わからない。ボク、けいけん。ない」

「と、言われても……」

 

 直線の神ヨヴゥティズルシフィは頭を抱えていた。

 突然自身の幾何領域に入って来た祝福の神。襲撃であるのならば絶対に勝てないからと全力で逃げようとしての第一声が、「おねがい。おしえて、ヨヴゥティズルシフィ」。

 昔とあまりにも変わっている祝福の神の口調や性格に驚きながらも、さらにお願いが「人間の護り方について」と来たら大混乱である。

 

 彼が知る限り、祝福の神リルレルとは、兄妹姉弟の中でも最も人間を嫌っていた神。「たくさんいるものが嫌い」というシンプルな理由で人間を嫌うこの神から、まさかそんな言葉が出るとは露ほども。

 況してやヨヴゥティズルシフィはリルレルが錯角の神だった頃に生まれた神である。弟も弟だ。経験を見ても歴史を見ても、どう考えたってリルレルの方が上。教えを請われても返せるものなど。

 

「おねがい」

「……己の主観になるが、それでも構わないか?」

「もちろん。というか、それが。ききたい、じゃないと。いみ、ない。わかる?」

「そういうものなのか。……ふむ。まず、人間は己達が考えている以上に脆い。……そうだな、リル……兄? 姉? 今はどちらだ?」

「ボク。いま、せいべつ。ない」

「ではリルレルと呼ぶけれど。リルレルは、この幾何領域に人間を呼びこんで、出した場合、どうなると思う?」

「どうなる? いみ、わからない。どうなる、ない。ちがう?」

「違う。死んでしまうよ、彼らは」

「なんで?」

「彼らは"自身の存在が幾何化する"という事象に耐えられない。己たちは当然のように出入りできるここも、人間からしたら死後の苦界と変わらない」

「……まもるとき。りょういき、いれる。だめ」

「そういうことだ」

「わかった」

 

 恐らく存憶の権能だろうものに理解を刻み付けるリルレル。

 

「……これは、全事象一つ一つ覚え込ませた方が良いかな? リルレル、"改変"、あるいは母上殿の死者蘇生は」

「いや。だめ、それ。きらい」

「だろうね。わかった。最速で、全事象への対処法と、なぜ人間を守る際にそれをしてはいけないかを教えるよ。すぐに帰りたいんだろう?」

「うん。ヨヴゥティズルシフィ、ねがい。なにか、ある? きく」

「要らないよ。己は己の信徒を守れたらそれでいい。そして、己にはそのための力がある」

「……じゃあ。おれい、ことば。あげる」

「言葉?」

「ほっす。ほうが、いい。まま、ていたい。きらい、ヨヴゥティズルシフィ。[ERROR]……ごめんね。けんげん、ないや。ここでも」

「今、なんと?」

「さっして。あとは、じぶんで。それで、おしえて。にんげん、まもりかた。ぜんぶ」

「あ、ああ。わかった。じゃあ次は、熱について──」

 

 リルレルはリルレルで、信頼があった。

 あの「まま」がヨヴゥティズルシフィの名を推薦したのだ。あの「まま」が。つまり、その能力においては他の神の追随を許さないということ。

 そして実際こうして学んでみて、わかりやすく、そして甲斐性を持ってリルレルに接してくれている。

 

 ──邪険にされていてもおかしくはないのに。

 

「ヨヴゥティズルシフィ。いいこ、いいこ」

「今の君の見た目で己が撫でられるのはアンバランスだけど……まぁ、上機嫌なら何よりだよ」

「うん。いいこ、いいこ。このさき、ある。なにか、でも。たべない、ヨヴゥティズルシフィ。いっかい」

「……できれば永遠に食べないで欲しいけれど、うん、ありがとう」

 

 錯角が直線に全てを教わり切るまで、あと三日──。

 

 

 と。

 

「[ERROR]。[ERROR]、[ERROR]。[ERROR]、[ERROR]……ぜんぶ、だめ。まま、きびしい。かじょう」

 

 リルレルは知っている。

 この世界がなんであるか。水晶玉、というだけじゃない。未だ人間の誰一人として辿り着いていない事実。

 この世界が実は[ERROR]であり、自分たちは[ERROR]に過ぎず、だから「まま」は「人間ロールプレイ」なんて無駄なことをやっているのだと。

 

 思考領域にさえ入ってくる検閲に若干の苛立ちを覚えながらも、リルレルはこの思考の枝を棄却。

 ヨヴゥティズルシフィの授業に全集中力を注ぐのであった。

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