神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
原題:「Noitacifirup」 / 記録:「Syncsnip」
ヤーダギリ共和国を抜け、さらに先の国々を抜けて……レクイエムとユートは、その場所に辿り着いた。
──見渡す限り、一面の黒。ところどころでガスが噴出し、大気の汚染を続けている。
「ここが……見せたかった場所、か」
「うん。ここはかつて、トーデン公国と呼ばれていた場所。──そして、二百年前の魔王が滅ぼし尽くした国だ」
命の気配はない。
鳥も虫もいないし、植物さえもない。
「
「ああ。……今の魔法は?」
「毒や汚染から身を守るもの。ただ元が魔族用で、それを人間に適用する形に改造したものだから、何か不調があったらすぐに言って欲しい」
「わかった」
その黒に一歩足を踏み入れたのなら、わかるだろう。
不快感。土か。あるいはこれは──腐肉か。
「ひでぇな、こりゃ」
「っ……。うん。そうだよ、酷いんだ。魔王は悪逆非道の限りを尽くしたからね」
上手く歩くことのできない大地が足を取る。
まるで死者が生者に縋りつくように、足を引っ張る。
「何をしたらこうなんだよ、この世界は」
「あらゆることを。思いつく限り、あらん限りの非道を。魔法、魔術、呪文……他にもいろんな手段がある。そのいろんな手段のすべてが、この地だ」
池があった。
いや、水溜りと表現するべきか。
真っ黒なその水溜りにも、当然生き物はいない。
ただ……見えるはずがないのに、怨讐に苦しむ人々の顔が見えた、気がする。
「ダメだよ、ユート。感情移入しちゃだめだ」
「感情移入って……まさか、幽霊かなんかがいるのか、ここ」
「幽霊、という言葉は少し違うけれど……。そうだな、前に話した魂と磁の話は覚えてる?」
「ああ、精神を操るのが魂で、肉体を操るのが磁、って奴だろ」
ティダニア王国で起きた悲劇は、その国の王族が開発した「人間をアンデッドより戻す物質」によって夜明けを迎えたらしい。
それが磁であると、以前に説明されていた。
「魔王の侵攻を受けて壊滅したこの国は、けれど途中までは善戦していたんだ。集まって来た冒険者や、各国の応援もあってね。それなりに大きな国だったから、国力もあった。けれど」
淡々と。
レクイエムが、喋る。
「けれど……魔王はそれに対し、"人間の磁をその場に縫い付ける"という外法を編んで、公国を停止させた」
「縫い付ける……」
「そう。肉体を操る磁。それをその場に固定されたら、肉体を動かすことができなくなる。けれど、魂や精神はそのままだ。肉体もね。だから当時トーデン公国にいた人々は、身体を動かすことが出来ず、ただ意識だけが覚醒したまま、国が亡ぶ姿を、大切な人たちが死んでいく姿を、そして自身の肉体が朽ちていく姿を見せつけられる結果になった。
見えているのに、何もできない。
痛み、苦しんでいるのに、動けない。
もがくことも、叫ぶこともできずに──ゆったりと肉体が朽ちていくのを、享受し続けるしかない。
「肉体が死した時点で、魂は死後の苦界へと送られた。……どちらの方が苦しかったのか、なんてのは僕にはわからないけれど、彼らが死に絶えたこの地には更なる問題が残った。それが縫い付けられた磁だ」
磁。肉体を操るもの。
そして足から返る、不快感。
「気付いたみたいだね、ユート。……そう。本来魂が離れた肉体からは、磁も離れる。けれど磁の方が先に縫い留められているから、魂が離れ、精神が解け、朽ちて腐りて崩壊した肉体は、けれど流転しなかった。野生動物や魔物、あるいは……なんだっけ、微生物、だっけ? それらに分解されるはずの肉体は、二百年もの間、ここに存在し続けている」
「腐ってる時点で微生物は動けてんじゃねぇかと思ったけど、それ聞くと……俺の世界の法則と違う可能性もあるな」
「腐食と分解が同じ原理なら、違うのかもね」
この世界の法則。
ユート・ツガーの世界には無かった法則がたくさんある。
「今尚、磁はこの地にある。それは精神という中身を失った器であり、人間の感情を蓄えたものだ。さっきの池にも、この地面にも……磁が縫い付けられている。だから、感情を寄せすぎると持っていかれる。この地にある磁は最早本人のものであるかどうかなんて関係なく精神を欲しているから、際限も見境も無く、ね」
ならば先ほど、ユートが池の中にみたヒトらしきものは。
「そんなわけで、この地は再起不能になった。腐肉を片付けることもできなければ、無視を決め込んで土地の埋め立てを行うことさえも。マドハ村と同じく禁足地になった」
「……見渡す限り。この先、ずっと平坦に見えるが」
「うん。この先ずっと、ここと似たような風景が続く。それぞれに違う方法で、それぞれに悪辣な手法で滅ぼされた人間の国々が続くから」
「今のお前は、磁を剥がすってなできねぇのか?」
「できる。けど、ユート。磁を剥がした時、何が起きると思う?」
「何って、鎮魂とか……」
「磁は精神を求める。この広大な土地から解き放たれた磁は──今を生きる人々の精神を奪おうと、人間の国へと殺到するだろうね」
ユート・ツガーの精神は、ある程度の耐性を有している。
それは「神様」から授けられたものもあるし、ツァルトリグ・ヴィナージュやレクイエムとの授業で培ったものでもある。
けれど──そんなものをお構いなしに引きずり込もうとしたあの磁が、世界中に放たれたら。
「僕以外にも磁を剥がすことのできる魔法使いや魔術師はいる。それらが二百年もの間それをしてこなかったのは、リスクの方があまりにも大きすぎるからだ。もう無理なんだよ。この地を救うことは、誰にもできない。できるとしたらディモニアナタくらいだろうけど、彼女はこの地に見向きもしないからね」
「この土地を、ぶっ飛ばす……でもダメだよな」
「うん。縫い付ける、というのは物理的な話じゃないから。あるいは……魔色の燕の長。彼女ならば、何かを知っている可能性もあるけれど」
「頼りたくない、んだよな?」
「どうもね。僕は彼女を信用することができない」
そうして二人は、歩いて歩いて。
そこまで来た。
何かの台座。そこに突き刺さった、中頃で折れた剣。
「浄化の剣。四百年前の勇者が有していた剣で、魔と邪を祓う力があると信じられて来たものだ。……この有様を見ればわかる通り、この剣にはそんな力はなかった。あったのは勇者の方」
「そうか。で、そんなものの前に連れて来て、どうするんだ」
「決めて欲しい。君は……僕に優しくしてくれる。その理由や理念は聞いた。納得もした。だけど、今見てきた通り、僕の過去の所業は到底許されていいものではないんだ」
「……」
「君が言った通り、酷いものだ。大勢に恨まれるのも、シルディアに殺されかけたのも……僕からしてみれば、納得の行くものだった。君はただ、過去の魔王を知らなかった。だから僕に」
「一個、いいか」
「っ……うん。いいよ、なに?」
ユートは後頭部を掻く。
どうにも納得というか、理解の及ばないことがある、と。
「お前さ、どっちなんだ?」
「……どっち、って?」
「そこがよくわかってねぇんだよな、俺。お前は、魔王が人間の子供の肉体を獲得した、って存在なのか……レクイエム、って子供が、魔王の記憶や魂を獲得した、って状態なのか」
「どっちも同じじゃないかな」
「いや……全然違う。つまりだ。前者なら、お前は多分変わったんだろう。だってそんな悪逆非道を行える魔王が、そんな断罪をして欲しそうな目で、自らの罪を俺に見せつけてくる、なんてことはしないはずだ。何より魔族ってのは、そういう悪いことを親切心でやるような奴らなんだろ? でも今お前がやってることは魔族らしくも魔王らしくもない。だからお前は、レクイエムになって変質したんだ、と俺は考える」
「そうだったら、何か変わるの?」
「まぁ最後まで聞けよ。んで後者だったら、お前はお前だ。前世で何をやらかしてようがお前の罪じゃねえ。んなもん、償わずに死んだ前の魔王が悪い。お前は魔王の魂と記憶を縫い付けられただけの可哀想なガキ、ってことになる」
「……それは、絶対に違う。僕は……」
「本当に違う、って言いきれるか? 証拠は?」
ユートは、「んー」と難しい顔をして、続ける。
「少なくとも出会ってからのお前からは、悪逆非道の魔王、ってのを感じたことが無い。そりゃ出会った当初は盗みをしてたし、どっか偽悪的だったけどさ。でも、マジで価値観の狂ったやつだ、って思ったことは一回も無い」
「……」
「俺は……あー、良い言葉が見つからねえから、思ったことをそのまま言うけどよ。こんだけの惨状を世界に強いて、人間の誰からも憎まれる存在になって……あー。死んで、転生して、死んで、転生してを繰り返して、何度も何度も魔王として君臨して、今。今の今、お前は魔王じゃない。元魔王とかじゃなく、今、お前は魔王じゃないんだよ」
今、お前は、魔王じゃない。
強く言う。
「この惨状を作り出した魔王が許されるべきだ、なんて俺も思わねえ。断罪する機会があるならするべきだろう。出来る奴がいるならやるべきだ。もう憎しみ……だから、私刑になっちまっても仕方ねえくらいのことをしてる。魔王ってのは。裁く機関とかも無さそうだしな」
「……うん」
「でも、今お前を断罪して、魔王は断罪されるのか?」
たとえば今。
レクイエムの首を、ユートが斬ったら。
誰かの心が、癒されるのか。
「違わね? お前を殺しても、ここに縫い付けられた磁はそのまんまだし、魔王につけられた傷を今も覚えてる奴らは特に何とも思わないだろう。なんならどうせお前転生するんだろ? 今死んだら、次に」
「そう……だね。それは、違いないと思う」
「じゃあやっぱり、お前は魔王じゃないよ」
ユートは……ぽん、と。
レクイエムの頭に手を置く。
「お前は魔王の魂と記憶を無理矢理持たせられてるだけのガキだ。んで、俺達はこれから、これ以上の被害を出さないための行動をしなきゃならない。つまり」
「魔王の転生システムを……破壊する」
「そうだ。ガキの肩にゃ荷が勝るけどな、まー受け取っちまったモンは仕方ねえ。俺とかみんなに預けるなりして軽くしながら、でも向き合わなきゃならねえ」
剣を抜くユート。
天空に向けられた剣先は、次第に光を集めていく。
「お前が魔王を倒すんだ、レクイエム。お前が断罪されるんじゃない。そこを履き違えんな」
「……わかった。ユートがそれを選ぶなら……僕はこれ以上を言わないよ」
「ああ、そうしろ。んで──」
光の剣。凝縮に凝縮を重ねられた光の魔力を纏う剣が──浄化の剣へと振り下ろされる。
耐久性から見て当然に、台座ごと消し飛ばされる浄化の剣。
──直後、風が吹く。
ぎゃあぎゃあと、キシキシと唸る風が吹く。
「っ、これは……ユート! こっちに!」
「大丈夫。これは俺達を傷つけねぇからさ」
天へ天へ、天へ天へ。
真っ黒な風が、天空へと昇っていく。
それはいつしか渦を作り、巨大な天候としての足を降ろす。
竜巻。
否──台風だ。
「な……んで。磁が、剥がれて……」
「いや聞いてておかしいと思ったんだよな。お前、俺に授業してくれた時言ってただろ? 基本的に術者が死ねば術も死ぬ。ただしゴーレム類は残ることがある。そして、永続である魔法は存在せず、呪いだけが永続の効果を持つ……みたいなこと」
「ああ……うん、そうだよ」
「なら、磁を縫い留める、ってのが永遠に続いてるのおかしいだろ。お前以外の魔法使いや魔術師にも剥がせるものなのに、二百年も変わらず効果を発揮し続ける魔法なんてさ。呪いじゃなかったんだろ? 魔王が使ったのは」
「……」
作り上げられた台風は、けれど人間の国のある方へは向かわない。
ただただ、渦を……スパイラルを作って、さらに天へと向かっていく。
「んでそこに、これ見よがしに突き立ってる剣だ。いや、ホントに剣だったのか怪しいよな。中頃から折れてたんだ。まるで──何かを縫い留めるピンみてぇにさ」
「……浄化の剣が、まさか」
「元からそういう機能を持っていたのか、後から誰かが付け足したのかまではわかんねぇけど、俺の目にはアレが浄化の剣には映らなかった。どうみても禍々しいもので、どうみても嫌な気分になるものだった。だから壊した。……ま、勘は当たってたよ」
「後から、誰かが……」
思案するレクイエム。
彼の脳裏には、可能性という名の泡が生まれては弾けを繰り返している。
持ち得る魔王の記憶。その中に、似たものがなかったか、と。
──して、見つける。
「……陣地魔術だ」
「ん? レクイエム、とりあえずそういうの良いから、手ぇ合わせろよ。あいつらが成仏できるように見送っ」
「陣地魔術……ヴィカンシー……空席の神!! こういうことができるのは、できたのは、空席の神の信徒だけ。……ああクソ、僕の記憶の初期も初期だ。ほとんど記憶にない……でも確実に」
「成仏……できねぇのか、この世界じゃ。……あー、んじゃやっぱ、死後の苦界っつーのは壊すべきだよなぁ。魔王の転生システムと死後の苦界。……ってなると、やっぱりディモニアナタって神が一番の悪になんのか?」
「ユート、こんなことしてる場合じゃない、すぐに戻って歴史を調べないと……ユート?」
「んー。やっぱ一回話を聞きてえなぁ、ディモニアナタって神にも。なんでそうしたのかとか。ん。おう、帰るか」
何も無い所に向かって語り掛け、なにかをぶつぶつと呟きながら、ユート・ツガーが離れていく。
レクイエムは。
その足は。
動かない。
「……どういう。僕は……許されない、ってこと?」
「いえ。ユート・ツガーに聞かれたくない話がある、というだけです、魔王の転生体」
圧倒的な気配が近くにあった。
魔色の燕の長……ではない。
「お久しぶりです、になりますか。いえ、先ほどの会話を飲むのであれば、初めましてにしてもいいでしょう。──私はゴルドーナ。奇跡の神を務めさせていただいております」
「同じく、初めまして、と言っておこう。契約の神トゥルーファルスだ」
抵抗は、しない。
できない。
数いる神々の中でも、最も理性的で最も公平で──最も凶悪な神。
その二柱がここにいるとあれば、諦めるしかない。
「まず、謝罪を。あなた達の大まかな位置は掴めたのですが、どうにも細部があやふやで、このように空間を固める、という形を取らせていただきました。窮屈でしょうが、少しの間だけですので、どうかお許しいただければと思います」
「口も動かせないだろうから、手短に。魔王の転生システム。死後の苦界。その他、法則。神を狙い、神殺しをするだけならまだいいが、そういった世界の根幹に触れるものを壊さんというのなら、それなりの覚悟をしておけ」
なぜ。
レクイエムは、動けぬままに問う。念ずる。
「最悪、世界が崩壊するからだ。……思ったより干渉が強いな。ゴルドーナ」
「ええ……いえ、無理ですね。これ以上は見つかります。奇跡はここまで。それでは、レクイエムさん」
「考えることだ。それを行った、その先。そこで何が起きるのか。そこに何があるのかを」
気配が消える。
身体が動くようになる。
ユートは──。
「まだなんか気になることがあるのかー? 行くぞー?」
「……うん。それより、ユート。調べたいことができたんだ。もう少し付き合ってくれるかい?」
「勿論。気が済むまで疑念を解消しろよ、レクイエム」
何もされていない。
ただ本当に、レクイエムに言葉を伝えたかっただけなのだろう。
けれどなぜユートに聞かれることを嫌ったのかはわからない。
システムを壊したその先で、何が起きるのか。
いや、だから。
そもそもなぜ、魔王は転生するのか、というところから。
徹底的に、調べなければならない。
やることは山積みだった。
薬毒の神マイダグンは──盛大な溜め息を吐いた。
「ちょっと、やめてくれる? 溜め息って聞くだけでヤな気持ちになるんですけど」
「……仕方がないだろう。特に何をしたというわけでもないのに命を狙われ……母の呼び名の発案者にもされ。溜息も吐きたくなろうというもの」
「溜息ならウチの方が吐きたいってーの。はぁ。この際だから愚痴ってもいい? 愚痴るけどさー、ウチが観測してた国のお姫様、超ハーレム築いてたんよ。女一人に対して男八人の大ハーレム。でもさー……ある日突然、その中の男が自分を抑えきれなくなって、ヤっちゃって」
「……そんなものだ、人間の獣欲など」
「今の今までちょっぴり愛憎入り混じる、けど甘酸っぱい感じのラブラブやってたのにさぁ、そっからはもう代わる代わる交尾三昧。挙句の果てに男の中で蹴落とし合い……殺し合いが始まって、それが露見して国にから放り出されて、残った男も女も倫理観パァになってて……はぁ~。おもしろかったのにー」
恋情の神シンクスニップ。
人間には信仰されることの多いこの二柱は、正直な話戦争だのなんだのには向いていない。
勿論彼女の設計故に総合的な能力はディモニアナタやヨヴゥティズルシフィと同等になっているけれど、他の神と正面切って戦ったり、あるいは人間や魔族を相手にするのも向いていない。
よって──ぶっちゃけ、暇なのである。
なのに。何もしていないのに、勝手に悪者にされたマイダグンと。
だから。何もしていないから、思うような展開にならなかったシンクスニップは、なんとなーくな絆で結ばれている。
本来であればここに音燃の神ホタシアもいたのだけど、彼女は突然の行動力を示し、メイズタグと共に居なくなってしまった。
「自分は……もう、答えなど分かり切っているからなぁ。母の期待にも応えられそうにない……」
「ああ、成長してほしいって奴でしょ? 無理だよねー、特にウチらは。向上心とか欠片もないし」
「それだけではない。自分やお前は、成長したところで意味がない。……母の求むる結果にはならん」
「ウチ、原因それだと思うけどね」
「何がだ?」
「勝手に悪者にされたり、勝手に重要な位置に置かれるの。そーやって悟った感出してるのがダメっしょ」
「……返す言葉もない」
ここの二柱とヨヴゥティズルシフィは、唯一と言って良いほど……昔から性格の変わらない神である。
ディモニアナタは正反対に変わった。トゥルーファルスは厳しくなった。トゥナハーデンは甘えるようになった。ゴルドーナはおしとやかになった。リルレルは最早別人格を得た。フォルーンとウアウアは馬鹿になった。エレキニカは仕事命になり、ノットロットは態度を改めた。メイズタグとイントリアグラルは互いの人格を交換し合い、アストラオフェロンとボーダークもそれに倣った。ホタシアは懐古ばかりを口にするようになり、ライエルは……ライエルはまぁ、元々が嘘だった。ヒシカとセノグレイシディルは胡散臭くなり、ギギミミタタママとウォッンカルヴァは人間臭くなった。
性格らしい性格の存在しないクインテスサンセスは論外として、まだ生まれたばかりのクロウルクルウフはこれからどう変わるかわからない。
変わっているのか変わっていないのかがわからない……恐らく故意に変えているのがフィソロニカ。
そう考えると。
「ママってさ、凄く変わったよね」
「そうか? 自分にはただ、被る皮を変えただけのように見えるが」
「いやいや! 初期のママだったら、面白くない事態が起きたら世界再成をポンポンやってたって」
「……? シンクスニップ。此度のお前の記憶で、母が世界再成を行ったのは二度だけだろう?」
「リルレルから前の恋情……まぁ愛憎の神だったんだけど、その記憶返してもらったんよ。だからウチは色々知ってるの」
「ああ、まぁ、欲しがらなさそうだな」
リルレルは貪食の神であるが、だからこそ「前」の神々を記憶している。
消化しきってさえいなければ、返却も可能なのだ。
「何がママを変えたんだろ。……恋だったりして?」
「聞きに行けばいい。どうせ暇になったのだろう」
「ソレ、アリ! 採用! んじゃね、マイダグン!」
「ああ。……はぁ。これ、あとでどうせ話が歪曲して、自分がシンクスニップを母にけしかけた、とかになるのだろうなぁ」
深い深いため息が、人間の知覚し得ぬ領域の中に消えていく。
何を考えても、何を思い出しても──溜息しかなかった。
というわけで、シンクスニップはちゃんと人間の肉体を用意して、ママのいる地へやってきた。
「こんちゃー! 旅人でーす!」
「お、おう。こんにちは。ええと、どこからの旅──」
「まーまー、そういうのいいからいいから」
現在体制が変わってかなり厳しくなったアシティスへの訪問。
その激しいまでの警戒を感じ取ったシンクスニップは、トゥナハーデンが使うものよりさらに上位の「魅了」を用いて侵入を果たす。
「お! 新しい人だ! ようこそアシティスへ。厳しい関所でつかれてるっしょ? どう? ウチでマッサージ受けていかない?」
「マッサージ?」
「そそ。あ、ウチシャイニーっていうんだけど、今外に出たりなんだりがかなりキビくなっちゃっててさ、内側だけでできることを仕事にしてて。って、ああごめんね、そういう内情どうでもいーよね。わかるよ、ウチ……凄くわかる。面倒なことは、耳に入らない! そういう顔してる!」
ともすれば馬鹿にされたとも取れる発言。
けれどシンクスニップは──シャイニーの手を取った。
「わかる!? そーそー、マジそれなんよ!」
「まじ?」
「本気で、ってこと! いやウチもさ、ウチの周りの奴ら小難しい話ジャンジャンすんの。うっせーって毎回毎回思ってて……だからマジ共感するっていうか」
「ウチもウチも! なんか暗い顔で話されるとこっちまで気分下がるからヤだよねー。てかうれしー。外の人でこんな気が合う人いると思ってなかった。どする? なんか目的があってきたんなら、ウチ案内できるよ! これでもここ生まれでここのことは大体知ってるから!」
「マジ? じゃあ……えっと、なんだっけね。……そう、オーリ! オーリ、って名乗ってる人。知らない?」
「知ってる知ってる! つかよく話す! 友達!」
「友達? ……へえ」
一瞬だけ垣間見えた素顔に、けれどシャイニーは気付かない。
気付かぬまま、シンクスニップの手を取り、歩きだす。
「こっちこっち! っと、あ……名前教えて?」
「スーニでいーよ。仲良い人はみんなそう呼ぶから」
「おっけー、じゃあスーニ、今日から私とは友達で!」
「──いーよ、友達。なろっか!」
その一瞬の間にも、やっぱり気付かない。
そうして、シャイニーに手を引かれて辿り着くは、オーリ装飾品店という看板の乗っけられた店舗。
「おっじゃまっしまーす!」
「いらっしゃいませ~……あ、シャイニーさん。商談ですか~?」
「んーん。オーリさんに用があるって人いたから、連れて来たの」
「オーリさんに? わかりました~、呼んできますので、ちょっとお待ちくださいね~」
「お願いね~ありがと~!」
「いえいえ~」
とりあえずショップの店員じゃないな、とシンクスニップは感じた。
アレは確実な戦闘者だ。恋情の神として、フィソロニカやクインテスサンセス程じゃないにしても心には詳しい。だからわかる。
アレに恋愛感情とか、無い。
次に目が行ったのは、工房だろう場所で懸命に何かを作っている少女。
──あれは、美味しそう。
年若い少女。これから様々な恋愛をするだろう。恋愛に貴賎なし。どんな形の恋愛でもシンクスニップは歓迎する。ただ、今「美味しそう」と思った瞬間、あり得ない程の悪寒を覚えたので記憶から消去した。恐らく他の神が先に手を付けている少女なのだろう。
そして最後。ちょっと地味めなアクセサリーを商品棚に並べている青、年──。
「ぶふぅっ!?」
「え、どした? スーニっちだいじょぶ?」
「だ、大丈夫大丈夫。……ぷっ、クククク……」
笑いが抑えきれない。
特にこっちに気付いていないらしいのが一層面白い。
せっせと真面目に、そして丁寧にアクセサリーを並べているその姿は、まるで人間。とてもまじめな人間である。
「ふぅー……っふぅー……」
「ほほ、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。……くっ、ねね、あの人……名前知ってる?」
不躾に指を差すシンクスニップ。
その指先を辿ったシャイニーは、勿論! と元気よく答える。
「このお店唯一の男性の店員さんで、名前はライルさん!」
「うわ絶対ママのネーミングセンスじゃん……捻りが無いにも程があるって」
「ほう。つまりあなたの方が私よりネーミングセンスがあると、そう言いたいんだ。シンクスニップ」
「ん? なんで時間停止なんか……なんかあったの、か……」
停まった時間とかかった声に冷や汗を垂らしたのがシンクスニップ。
停まった時間と視認した姿に冷や汗を垂らしたのがライエル。
にっこり笑顔のオーリ・ディーン。
「あ、アハー。ママ、久しぶりー。元気だった?」
「シンクスニップぅ!? なんでこんなとこにいやがる……つか、さっきから聞こえてた客の笑い声てめぇかよ!」
「いやだって、ライエルが真面目に働いてるとこなんかみたら……誰だって爆笑するっしょ!!」
「いいよ、シンクスニップ。今からみんなの記憶処理して、新しい名前定着させるから。ほら、ライル、以外のちゃんとした、捻りのある名前。つけていいよ?」
「──じゃあライエル、ウチ、みんなに今のライエルのことバラしてくるから! じゃ!」
「待ちやが……ああ」
踵を返し、というか肉体を脱ぎ捨てて情念領域に入り込み、遠く遠くまで逃げようとしたシンクスニップの首根ががっしり掴まれる。
そして人間の肉体に引き戻され──固定された。
「折角あなたも"人間ロールプレイ"始めたんだから、もう少し満喫していって」
「もう満喫はしたから!」
「何か聞きたいことがあって来たんでしょ? それを答えてあげるから、代わりにライエルに新しい、ちゃんとした、真っ当な、ひねりのある名前。つけてあげて」
にっこりと。
「……ら、ライエルぅ、虚構の権能でこう……ちょちょい、って」
「いや、俺も考えて欲しいわ。ライルじゃねえすげー良い名前。いろんな人間見てきたお前ならではの、超良い名前」
──絶体絶命だった。