神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
雨が降っている。
ただ、その雨色を打ち消すかのように血飛沫が飛び交っている。
砦。最後の牙城。
次々と死していく城の兵士たちに対し、涼しく──あるいは悲し気な顔でそれらを切り捨てる青年。
そしてようやく、最後の一人になった。
まだ少年と、幼さの域を出ない兵士はしかし、果敢にも立ち向かい。
無残にも、敢え無く、想像の域を出ぬままに切り捨てられる。
もしそこに、「当然」以外の予想外があったとするのならば。
それは──青年の背に剣が突き立てられたことだろう。
致命傷だった。誰がどう見ても。
でも、誰がそれを突き刺したのか。
「──甘い、甘いなぁ、王国の騎士さんは……はは……背骨に、まで……届いていない、傷を……致命傷? ゲ……ぁ……ず、随分と、生温い環境で、生きて来たみたい……だ」
どちゃ。
べちゃ。
下手人は今しがた青年が切り捨てた少年兵だった。
自身の腹を掻っ捌かれながらも、背骨と背筋、そして自重を使って最後の最後に一矢報いた。
そしてそれが本当に最期だった。少年兵は死に、砦から命の気配が全滅した──その後で。
「……今の、生きてていいんだ。難しいな」
背中に剣を突き立てられた青年が「所感」を吐き出し、事切れる。
今度こそ命の気配は無くなり。
雨が、砦の血を拡散していった──。
医院にいる。今。
「全治ひと月ほどになりますね。……崖から落ちたとのことですが、完全に治り切るまでは誰かに介助を頼むように。いいですか、一人で外出、遠出などの無理をしてはいけませんよ。それと定期健診も受けに来ること」
「はい。ごめんなさい。気をつけます」
「よろしい。そして……カゼニスさんもカゼニスさんです。私達一般人には推し量ることもできませんが、あなたがそばに居ながら女性にけがをさせるなど……」
「いや……返す言葉もねー……ないです」
「カゼニスさんはお強い方ですからわからないかもしれませんが、オーリさんは」
お小言が続く。
真相は違えど彼は凄まじい罪悪感を私に覚えてくれているようで、いつもの飄々とした様子は見受けられない。
難しかった。
エントペーンは天龍である。
彼と戦い、ないしは撃退せしめたとして、どれほど傷を負っていれば「らしい」のか。魔色の燕であることを加味し、且つ今まで集めた「英雄サンプル」からそれを導き出し、カゼニスさんが起きるまでに傷を負う作業。
そして「死に体」の状態で気絶したカゼニスさんを背負い、近くの村に辿り着いた瞬間に倒れ伏し、意識を失う……という完璧な「人間ロールプレイ」を以て私は今回のことに終止符を打った。
当然、私より先に起きたカゼニスさんが見るのは、全身包帯の私。医者はさぞ大げさに語ってくれたことだろう。どれほどひどい状態だったのかを。その命が本当に「ギリギリ」だったことや、それでも致命傷にならないよう受け身を取ることができていたうんぬんかんぬん。
奇跡的すぎてはいけない。傷を負わな過ぎてもいけない。一般人が見たら「崖からきりもみ回転して落ちた程度」に、そしてカゼニスさんのような実力者から見たら「とてつもなく強大な敵に対し、何かを守りながら戦った傷」に見せる努力。これが私の数万年にわたる「人間ロールプレイ」の集大成。
我ながら完璧だったと思う。
ただ、少しやり過ぎたというか。完璧と言った手前やり過ぎも何もなんだけど、その、重傷過ぎたというか。
辿り着いた村の医院からは「絶対安静」で、「馬車で遠距離を移動する」なんて以ての外とまで言われてしまったし、当然その旨を手紙という形でオーリ装飾品店の皆に出したら、ものすごく心配された。そして「治るまではこの店を守り切ります!」とか、「オーリさんが一番大事なので、身体を最優先してください」とか、「トゥナハーデン様の加護があらんことを」とか。
私の「英雄サンプル集め」は当然だけど死した直後に観測をやめるので、その後の事はあんまり気にしていない。すぐに他の国へ行くわけだし。
だから圧倒的に足りないのだ。「死ななかった場合の、しかも戦闘職じゃない者が受ける扱い」についての情報が。
これで私が元々兵士、とかならやり方もあったんだけど、一装飾品店の店主が崖から落ちたはやり過ぎだったらしい。
全治五日程度かなー、とか思ってたらひと月も取れと言われてしまった。くぅ。
なお、カゼニスさんの傷も「相当」だったので、今は二人仲良く杖を突いての行動である。
さて、医院から出た私達は、医院紹介の宿へと戻る。寄り道をしようにも色々ボロボロ過ぎた。入院しろと強く言われたけれどそれは断った。理由は適当なでっち上げ。
そうして宿屋について、部屋に戻ったその瞬間、カゼニスさんは勢いよく頭を床に打ち付けたではないか。今私が咄嗟に床の強化をしなかったら穴が開いていたよ穴が。
「見誤った。そんで……世話になってるアンタにするべき仕打ちじゃなかった。話を聞いた時に撤退を選ぶべきだった。言葉は尽きねえ。この首を落とすことで満足できるならしてくれていい」
「依頼を受けたのはそもそも私ですし、見誤ったというのなら私も同じ。もう少し余裕があると思っていたのですが、……いえ、言い訳ですね。依頼主であるあなたまで危険にさらしました。今はついていないとはいえ、冒険者失格です」
「んなもん油断して情けなく気絶した俺の方が悪い。……しかし、マジで蒼龍をぶっ倒したのか。一人で」
「カゼニスさんだってそうでしょう」
「だからそれは、相性が……。……いや、言い争いをする気はねーんだ。ごめん。すまん。……俺は……強さにおいて男女を区別するつもりはねーけどさ。お医者さんの言うとーりだ。天龍殺しの名を持っていながら、何もできなかった。次王都へ行くことがあったら、俺はこの名を返上するよ」
いやいや大事が過ぎる。
ティダニア王国にとって、「天龍殺しが身内にいる」というのは結構なアドバンテージだ。それが自ら引退する、に近い言葉を吐くなんてとんでもない。
戦争を起こしたいというのなら止めはしないけど、するなら互いに万全な状態でして欲しい。そんな火事場泥棒みたいな小国に喧嘩を吹っ掛けられたって、ティダニア王国は圧倒的な軍事力で踏み潰すだけだろうから。
そういう話でもなくて。
「とにかく、これから先、俺はアンタの手となり足となる。これは俺のケジメだ」
「ケジメですか」
人間は酷く簡単にその言葉を使うけれど。
それが神への誓いであることは、理解しているのだろうか。
……してるはずないか。
「
「!」
何かが蒸発するような音と共に、私の身体が「修復」される。
こんな魔法詠唱要らないんだけど、呪文言語と同じく体裁をね。
「たとえ、このようにして……実は私が全快できることを知っても、あなたはそのケジメとやらを私に立てますか?」
「当然。吐いた言葉を飲み込むつもりはねえし、治せるから、つってアンタを怪我させていい理由にはならねえ。……それに、知ってるぞ、その魔法。その代価」
「……」
「寿命だろ。即時回復系の魔法は自分の寿命を代価とする。正しく『寿命の前借り』をする魔法だ。……アンタは今アピールのつもりでそれをやったのかもしれないが──」
カゼニスさんは、ただ頭を下げていたその姿勢から……騎士団が王族に対して行うような、片膝をついた敬服の姿勢へと変わった。
「何を言われても、どんな事実を知っても変わらねえ。俺はアンタに忠誠を尽くす。アンタに剣を捧げる。……アンタを神のように崇めろというのなら、そうする」
いえ神ですけどもそれは確かに。
「……いいでしょう。まぁ、どの道一般人……オーリ装飾品店の従業員皆様には私の全治ひと月は伝わってしまっていることですし、その間の猶予を活かして少しばかり"動き"ましょうか」
「アンタが言ってた、魔色の燕を騙る集団のことか」
「いえ、そちらは騎士団の内通者が動いてくれていますので、私達は別のことを」
「今さらっとすんげーこと言ったような」
善意で諸々をしてくれたこの村の人々には悪いけれど、一時私達の存在の記憶を村から消す。
トゥーナは気付くだろうけど、オーリ装飾品店のみんなにも「なぜかオーリは無事だと思えるからお見舞いなどには行かなくてもいい」という心理を植え付ける。
「時にカゼニスさんは歴史については詳しいですか?」
「……ガキの頃に勉強させられたところまでは、だな。これでも俺は王都の学院に通ってたんで、その辺の奴らよりは色々知ってるぜ」
「ラスタマリア王朝のことはご存じでしょうか」
「あー……まぁ名前だけは」
「そうですか。じゃあ別の……トツガナ・タルヴァ王朝は?」
「あーまぁ名前だけは」
「……。エルブレード歴ですか、興味があるのは」
「まぁなぁ。あの辺から英雄譚っつーのは残ってるし」
なら、そこへ行こう。
エルブレード歴は9000年から9022年というとても短い間にあった暦でありながら、最も戦乱の多かった時代でもある。民草は戦火に逃げ惑う……かと思えば、誰も彼もが武具や農具を手に取り、気が狂ったかのように戦火へと身を投じて行った。
紀元前と評されるべきアードウルグ歴から続く連綿とある人口増加の一途は、このエルブレード歴においてその半数以上が断ち切れられたと言えるだろう。
それだけ戦いが多く。
それだけ多くの英雄がいた。
「Imas es nupo.」
無色ではなく原色の魔力で宿屋の扉に「装飾」を施す。一度使えば消える仕組みにしてあるから事故も起きない。
「……今のは」
「行きましょう。……ああ、戦闘などについてはお任せを。カゼニスさんもその傷ではまともに動けないでしょう?」
そのまま言葉を待たずに扉に入る。光の扉。先の見えない扉。
閉じる前に、なんとか早歩きをしてカゼニスさんが入ったその扉は、ぱたん、と閉まって……元の扉に戻る。
けれど廊下に私達の姿は無く。
この村からも、人々の記憶からも、消え去ったのである。
廃墟群──。
二百年が経とうとしている今になってなお、血の臭いの取れない呪いの地。
数多の兵士がここで尽き、数多の騎士がここで故国を想った。
ナンガ砦。
かつて私が、「英雄」を……「死に際において奮起する力」を見誤ったことで殺された場所。
「ここは……」
「もはや名前を憶えている者も少ないでしょうが、エルブレード歴において戦のあった廃砦です。さて、掘り返されていなければ……」
私の死んだ場所。
そこに……。
あれ?
「……ありませんね。ということは、誰かが掘り返したか」
「何を探してるんだ?」
「感情結晶という結晶です。知っていますか?」
「いや。しかし、結晶なんて言うんだ、もっと洞窟とかそういう場所にあるもんなんじゃ」
一般にはやはり知られていないか。知識の幅で言えば騎士シルディアの方が有用。
さて、誰が持って行ったか、については流石に誰も知らないだろうから、世界の記録を漁る。
ふむ。
「カーヴィス? ……なんだ、私を偲ぶような感情があったのか」
読んだ記録。それによれば、ここで感情結晶を獲得した……どころか、全員の死体を焼き払って鎮めたのはカーヴィスらしい。
カーヴィスはこの時代の私の仲間。騎士だというのに理性に難があり、仲間内からも狂戦士と恐れられていた男だ。
それで……カーヴィスはそのまま敵国に突っ込んで……重傷を負って、はぁ、成程。
「こっちですね」
「ん。何かわかったんだな」
一応ゆっくり目に歩く。カゼニスさんは怪我人だから。
担いだ方が早いけど、患部が肋骨なので響きすぎるだろう。
歩くこと数刻。歩いた方が余計につらかったかな、なんて思いつつ、森の中の目的地へと辿り着く。
樹が、あった。
その根元には剣。蔦が巻き付き、一見して剣には見えないそれの柄を掴み、一気に引き抜く。
刀身はボロボロ。錆もひどい。あと少し力を加えたら折れてしまう……そんな剣。
「……いつもの戦斧はどうした、カーヴィス。なぜ私の剣を抱えて来た」
彼の得物は巨大な戦斧だった。それをぶん回して戦うから、味方が近づくこともできず、彼は単身で敵の集団へ突っ込んで、自身の傷も厭わずに戦い続けるしかない……そんな戦闘スタイルだった。
だというのに、ここにあるのは私の剣。
「お前は……不器用な男だな。そうか。……礼を言う」
ここでの死は誰の記録にも残っていないだろう。
だから世界の記録を読んで、彼の最期を知る。
弔い合戦だ。あの戦争において、どちらの国にも正義は無かった。だからただ、私達は使い潰される兵士として……そして強いつながりをもつ同僚として。
狂戦士にも、あったのだ。仲間を想う心が。あるいは人一倍に。
「オーリちゃん。……感情結晶って、アレか?」
「ん。……ああ、あれですね」
あれ。
それは高く。恐らくカーヴィスが死んだ位置からそのまま樹の成長と共に巻き上げられたのだろう、幹ではなく枝葉のある位置にそれはあった。
何とも言えない色で鼓動する結晶。……人間に持っていかれるように調整してあったのだけど、この樹が持ち上げてしまったから誰も拾えなかったか。
「どうする? アレくらいの高さなら、今の俺でも──」
掴む。
カゼニスさんの側頭部を貫こうとしていた矢を。
遅れてカゼニスさんは頭を逸らした。……なんだ、掴まなくても避けられていたか。余計なことをしたらしい。
「っと……すまねえな、オーリちゃん。だが大丈夫だぜ。この程度なら避けられる」
「そのようですね。ただ、相手が一人なら、では?」
飛来して来た矢を用い、四方向から飛んでくる矢を弾く。一本には毒が塗ってあった。狩人じゃないな。人間用の毒だ。
ふむ。感情結晶が人を惹きつける性質は変わっていない。だから、なるほど。
この樹を聖樹か何かと崇めて、その周囲に集落をつくったとかそんな感じか。
「オーリちゃん、俺のことは気にしなくていい。だから」
「わかりました」
折角だ。
この風化した剣を直して、あの頃の剣術で仕留めてやろう。
熱の魔力と土の魔力で剣を鍛ち直す。
ざわめきが森の各所から上がる。未熟だね、それは。
「四、八。弐式剣術──清廉」
自身から敵、敵から敵。
風の魔力で糸を繋げて、それに沿って体を動かす。エルブレード歴の流行りだ。自身を強化するのではなく、理想を描いた魔力図に肉体を這わせる肉体躁術。
だからあの少年兵も最後に動けた。意思さえ残っていれば、そして肉体さえついていくのなら身体を動かせる。……もっとも、腹を掻っ捌いた時点で肉体がついてこないと思っていたから私は斬られたわけだけど。
一人目、二人目、そこからは森を駆け抜ける風のように。
縦横無尽。天地さえも気にせずに駆け抜けて、大樹の元へ戻り──トス、と剣を地面に突く。本当は鞘に納めるんだけど、鞘ないから。
けれど、それで……襲撃者たちは沈黙した。
「……私が族長だと見抜いた上で、殺さなかったか」
一人を除いて。
「誰も殺していない。こっちは殺されかけているのだから、相応の見返りを要求する」
「それを言うのならば、我らの森に無断で入って来たお前達に非がある」
「目印が無かった。それにこれは元々私の剣。持ち主が持ち物を取り返しに来て、何が悪い」
「どうやら物を知らぬらしい。それは二百年前からこの地にあるものだ。お前のものであるはずがない」
「オーヴァーチャー・エイムブレインズ。ナンガ砦で散った騎士の名。聞き覚えは?」
反応なし。
カーヴィスがここで眠ったあとから居付いただけか。
くだらないといえばそこまでだけど、そういう文化形成もアリだろう。神としては何の気分も害さないが、オーリ・ディーン……というか魔色の燕としての対応は"こう"だ。
「I ern ezn ihsnez.」
瞬間、全身に各色の魔力が発露する。
黒白は勿論、他の属性も、そして私の原色も。
「お、おいオーリちゃん!?」
「……この森の正当性を主張するつもりは毛頭ない。だが、些かこちらの格が落ちる。……そうであっても、魔纏奏者よ。全色を持つ燕よ」
「聞く」
「族滅を良しとしてでも、我らはこの森に住まい、聖樹を守るものである!」
威嚇の意味も勿論込めていた。
だけど、向かってくることも想定していた。
言うべき言葉は一つだけだ。
「意気や良し。一、五。壱式剣術──両断」
族長らしき男を両断する。慈悲はない。死を覚悟した者に与える慈悲など、何にもならない。
そうして死んだ族長に、火をつける。劫と燃える死体は普通では考えられない速度で灰となり、そして炎も消えた。
「他に、異のある者はあるか」
底冷えする声で言う。森の中で瀕死になっている者。それをどうにか回収しようとしている者。
この森にいるすべてに言を伝える。
「お前にも聞いている。思念を繰れ、聖樹」
──"世界の主に、何を言えばよいのか。言葉などありますまい"
「そうか」
原色を敷く。エントペーンに言われたものだ。
赤とか青とかの原色ではなく、私の色をした魔力。ゆえに原色。それをこの地に染みつかせていく。
「
風が吹く。
雨が降る。
私の縄張りであると宣言をした。こうした以上、子供たちでさえ軽々しくは入って来られない。
森の中の人々も瀕死者を背負って逃げていく。カゼニスさんも顔を青くしている。
そうだろう。今、この場にいる生物は、私が所有物と定めた植物含む生態系の生物以外、すべてが逃げ出したくなっているはずだ。
近づいてはならない。触れてはならない。ここにいてはならない。
ここは、存在していていい場所ではない。
「お……オーリちゃん、アンタは、何者……」
「私がなんであっても、私の手足となってくれるのでしょう?」
「……その言葉を曲げるつもりはねえが……この威圧感は、天龍からも感じたことねえぞ」
「そうですか。構いませんよ、逃げてくださっても。今のところ、あなたは私にとって不要ですから」
さらに圧を広める。
この場を縄張り宣言したという事実を、全世界にいる神や僕たちに伝える。
「だ……だから、なめるなって。お、俺は、言ったことは、必ず守る。……アンタがなんでも、そう、そうだ、神であっても、だ」
「そんな高貴な存在に見えますか?」
「……見えない。だが、魔色の燕……初代の魔色の燕だというのなら、それが何千年前の話であったとしても、納得しちまいそうだ」
見えないですか。神ですよ一応。というか本当の神は私だけですよ。見えませんか。そうですか。
……まぁ高貴ぶってるつもりはないからいいけど。
組織を作るのだ。
感情結晶の持ち主を集めた組織。そしてそれの隠れ蓑。
ここは拠点として丁度いい。二百年前から住み着いていた組織の存在もそうだけど、この聖樹の存在は良いカモフラージュになる。感情結晶が巻き付いていることも大きい。
「カゼニスさん。これから戦争が起こります。勇者と魔王の戦争ではなく、勇者と魔王と、神の戦争が」
「……オーリちゃんは、預言者か何かだったのか?」
「神の側に、付く気はありますか?」
「無い。言っただろ、俺はアンタの」
理不尽なのは理解している。
ただ、そうであるのなら、話しは終わりだ。どっちみち天龍殺し……紫龍を殺してしまっているカゼニスさんでは私達との折り合いが悪くなるだろうことは想像に易かったし。
だから記憶の処理をする。
そうではなかったことにする。
そうであったことにする。
目を瞑り、地面に倒れた彼を「修復」し、彼の家のベッドの上に戻す。その周囲の人間にも「処理」をして、あの医者や、そして手紙の文面なんかも全て「処理」する。
「あ、あのさ、ママ? 世界改変系はめっちゃくちゃ……ママが思ってる以上にめっちゃくちゃな被害が出るから、やめて欲しいなーっていう……その、ね?」
「あれ、ディモニアナタ。よくここに入ってこられたね」
「うんうんうんうん、今すぐにでも出ていきたい~って本能が言ってるんだけど、それ以上に色々起きるから、これさ、何度も何度も何度も何度も何度も何度もお願いしてるけど、改変はほんと、できれば慎重にやってほしくて」
「ごめん、今回は邪神気味で行くって決めてるから。ディモニアナタは知ってるよね。今代の勇者が魔王とコンタクトを取ろうとしてて、神を……ディモニアナタとトゥナハーデンを目の敵にしようとしてること」
「あ、うん。馬鹿だなーって思ったけど、知ってる」
「フォルーンはそっちにつくんだって。他の子たちも」
「あー……え、じゃあママはこっちについてくれるの?」
「うん。だから、ディモニアナタ。──いいよ、好き勝手やって」
トゥナハーデンの色味を反転させたかのような少女、ディモニアナタの目が弾けるように輝く。
彼女がこうも「真っ当な言葉」を吐いていたのは、そうするように制限されていたからだ。
その軛を解いたとあれば。
「えへ、えへへへへ! ママが良いって言ってくれたって兄妹にも言って良いんだよね?」
「勿論。ああでもトゥナハーデンはこっち側だからその辺のラインは考えてね」
「わかってるわかってる! そっかそっか、じゃあそっか! ──アンデッド大量発生とか、意味もないスタンピードとか、やっていいんだ! いっぱい死ぬけどいいんだよね? 試練だもんね?」
「ちゃんとヘイトが神に向くようにしてね。魔王に向いたら意味ないから」
「もっちろん! えへへへ……えへへへ! ……しっかしバッカだねー、フォルーンも。ママに楯突くとかさ。勝てるわけないのにね!」
「どうかな。私はあくまで『人間ロールプレイ』をやめるつもりないし、簡単に負けるかもよ」
「……それまだやってたんだ。それで、それまだできてると思ってたんだ……」
どういう意味かさっぱりわからない。
あ、そうだ。
「感情結晶あるでしょ? あれの持ち主は殺さないで。私が使うから」
「りょーかい! あ、そうだ。じゃあ伝言入れておくけど、ギギミミタタママがね、勇者に付くんだって。クロウルクルウフが泣き言言いながらチクってくれたよ」
「それは伝言とは言わないけれど、了解」
それは知っていたし。
むしろギギミミタタママが勇者につかなかったら誰がつくんだってレベルだし。
「世界は大荒れになるねー。天龍の子たちにも知らせてあげないと、無駄に巻き込まれて無駄死にしそ~」
「そんな優しさあったんだ」
「ママにとってはずっと子供かもしれないけど、私達だって成長してるんだから。……それじゃ、そろそろ本能抑えつけるのキビシくなってきたから、ばいばいするね!」
「うん、じゃあね」
消える。
残ったのは聖樹と風雨と。
「……しかし、空いたひと月……何をして過ごそう」
行き当たりばったりな神だけであった……とか。