神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
水の魔力は涙滴型に二重曲線。火の魔力は逆さ涙滴型に二重曲線。
風の魔力は上向き三角形に二重直線で、土の魔力は下向き三角形に二重直線。
「覚えるの、大変ですか?」
「いえ、各魔力のマーク自体は覚えたのですが……意味を理解するのに手間取っていて」
「意味。なるほど、マークの意味ですか」
「はい」
掴みづらい、のは理解できる。
なんせこれは私の発想から出たものではないから。それこそ──あのブラックボックス。あの中の彼がもたらした知識だ。
「二重曲線は時間の経過を表します。ですから、涙滴型は──」
「あ、あ、ごめんなさい。その……もう少し自分で考えてみたくて」
「ええ、わかりました。むしろ邪魔してごめんなさい。そうですね、教えられるより覚えた方が、よりよい理解を得られると思います」
意識が高い。
この勉強もやって、且つ仕事の方もしているのだ。頭も下がろうというもの。
「あ、でも……一つだけ教えて欲しいことがあるのですが」
「はい。いいですよ、なんですか?」
「……雷の魔力を表すマークは、無いんですか?」
「……。あるには、あります」
「あるんですね。……でも、人間には扱えない……?」
「いえ、人間でも扱えます。が……非常に危険な上、神々の不興を買う恐れがあります」
雷の魔力は神々にしか扱えない。
そう設定されたこの世界では、それを研究しようという動きすらない。
だけど、陣地魔術及び魔印学において、雷の魔力を示すマークは存在してしまっている。使わないけれど、使えはする。
なぜなら陣地魔術とは私の信徒が使っていた魔術であり──それはそのまま、あの大賢者の錬金術でもあるのだから。
「……やめておきます。私、このお店に迷惑をかけたくはないので」
「構いませんけどね。神々の不興程度」
「えっ」
「ね、ライル、スーニ」
「俺に振るなよ。……まぁある程度ならな。雷っつーと、エレキニカとかノットロットだろ? ……無傷とは行かねえだろうが、クラリスを守るくらいはワケねーわな」
「あー、ウチは守る専だけど、とりあえずこの店にいれば何の勉強したって大丈夫だとおもーよ? マ……オーリちゃんもいるし!」
「確かに~。オーリさんも相当凄い方ですけど~、ライルさんやスーニさんの博識、そして腕を考えれば~、神々の撃退、というのも夢ではない気がしてきますね~」
「えっえっ」
神とは絶対である。
それが一般人の常識だ。特に長年ヒシカの権能に守られて来たアシティスの民にとっては、より一層、だろう。
でも、もう正体を明かした私から言わせてもらえば。
「神、などというのは、結局のところ固有魔法を持っている世界に二十五人しかいない種族、というだけです。それがとんでもなく強力なのかもしれませんが──やり方次第で、殺せはします」
「こえーこと言うんじゃねえよ。クラリス、真に受けんなよ? とりあえず自分のできることやんな」
「そーそー。オーリちゃんが勝手に喧嘩する分には構わないけど、ウチら巻き込まれたら堪ったものじゃないっていうかー」
「冗談ですよ。集中をかき乱してしまってごめんなさい」
「え、いえ、……あ、が……頑張ります」
空席の神Futurum。
名乗りこそしたが、今のところ仕掛けてくる神はいない。臆病者どもめ、という気持ちと、せいぜい準備に励め、という気持ちが混在している。
今度こそ完全に集中を始めたクラリスさんを工房に置いて、私達で店に出る。
「あ、オーリさん。一応共有です」
「はい」
「アスクメイドトリアラーによって薬物生成組織は潰されましたが、幹部の一人が気になることを口走っていて」
「気になること?」
「はい。死に際でしたが、"クリファさえ、呼び込めば"と。──オーリさん?」
……。
どこで混じった? いや、まだ混じっていないからこそ、なのか?
世界の記録を視る。……いない。とりあえずはいない。それを口走った幹部とやらの過去から思考に至るまでの全てを攫って……いない。
そんなことがあるか? その死に際まで知識ゼロで、死の淵に至った瞬間にクリファの名を口にしたと?
「ありがとうございました、イルーナさん。ただ、お願いなのですが」
「勿論口外はしませんし、アスクメイドトリアラーの中でも私とフレディともう一人、つまり下手人である者しか知りません。ご要望あればそのもう一人を消すこともできます」
「……いえ、そこまでは必要ありません」
「わかりました」
「……なんでもないかのように俺達に聞こえる声で言ったけどよ。それ、聞いていい話なのか?」
「ライルさんとスーニさんは、オーリさんの身内なのでしょう?」
「そうだけどよ。……こえー女だな」
イルーナさんも段々とオープンになってきている。
事と次第によっては完全にこちらについてもらうことも考えるが……まだ早計か。
「組織繋がりで言えば、ヤーダギリ共和国で人身売買組織がいくつか潰されたそうですね」
「へえ。犯人などはわかっているのですか?」
「ユート・ツガーとレクイエムと名乗る二人組です~。ほら、ティダニア王国にいる時お客さんとして来た」
……レイン・レイリーバースより勇者やってるな。
本来ならそうなのだ。勇者とは旅に出るもので、行く先々で出会う障害、トラブルを解決し、心身共に成長して魔王にまで辿り着き、之を倒す。
超王道なストーリー。魔王と勇者のシステムというのはこれをもとに作成されている。
が……レイン・レイリーバースを始め、昨今の勇者は「対魔王用決戦兵器」として手厚く保護され、騎士団などで鍛えられてから直に魔王のもとへ行くケースが多く、そういう「心身の成長」を見る機会はあまりなかった。なんならレイン・レイリーバースに関しては手厚くさえ保護されていないし。アルフに殺されているし。殺したのはシルディアだけど。
「それと……オーリさんに報告することではないとは思いますが、一応共有だけしておきますね。ティダニア王国より南東、アシティスより南南西に位置する場所に、"瘴地"と呼ばれる危険地帯が出来上がっています」
それ
「私達の上司……騎士団からの情報ですが、正確な情報であることは裏どりが取れていて、近づかないように、と。ただ……日ごとにその範囲が拡大していて、目下騎士団含む各国が対策を講じている最中です。近々国同士での会談もあるとか。ただヤーダギリとティダニアが戦争を行ったばかりな上、ハストナイト帝国では神の出現騒ぎが収まっていないので、会議が会議として成立するかは不明です。北の強国が話の主導権を握った場合、王国、帝国、共和国だけで対処しろ、などと言われる可能性もあります」
「え、マジでそこまで喋っていい奴? 守秘義務とかないワケ? ウチイルーナちゃんのこと心配になっちゃうんだけど」
「上司から、オーリさんにはすべて共有してくれて構わないよ、とのお達しがあったので」
……イアクリーズか。
まぁでも、思い通りに動いてくれているのは正直ありがたい。
「"瘴地"については了解しました。イルーナさんも近づかないように」
「はい」
「ただ、できることならこれからは、私やクラリスさんといったこの店の人々を守る方に注力してください。勿論拒否できない命令が来た場合は好きにしてくださって構いませんが」
「わかりました。ライルさんとスーニさんも、これからよろしくお願いしますね」
「お、おう」
「怖いコだー。ウチ好きかも」
「ごめんなさい、同性愛は私、ちょっと」
「そーゆー意味じゃない」
──ん。
噂をすれば、だな。「オーリ・ディーン」を稼働させたまま──意識を「魔色の燕の長」に移す。
首に当たる刀。
「カカ……構わない、と。そう言ったか、魔色の燕の長」
「ああ。お前とマリオネッタの反乱を認める。メイドもガヴァネスも、盾にもならん出来損ない。ディモニアナタ様の信徒としてあまりにも不適格だ。魔色の燕としても要らないくらいにな」
「……長。理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「今、言った」
「私達を作った理由です。初めから──あなたは私達を捨てる気だった。捨てる気で作った。それは、何故だったのですか?」
へえ。
察しが良いな。
「いつか来る、この日のために」
「……どういう」
「初めからお前達には裏切ってもらう前提だった、ということだ。初めから不信感があっただろう。私への反抗心があっただろう。当然だ、そうあれと作ったのだから。あなた達は造物であるから結束力が高い。あなた達は長らく放置されていたから作戦を立てやすい。アザガネという殺人狂を引き入れたのなら、それは加速する。反乱は起こる。起こるべくして起こる。私という巨大なる者に敵意を持つ、何百を超えるマリオネッタ。──充分な勢力だ」
「自身と敵対する組織を作っておきたかった──とでも?」
「ああ。魔色の燕も、お前達も。私の内情を知ったままに私を殺さんとする組織。現状の人間はあまりにも情報が不足している。本来ならば勇者が解き明かすはずだった魔王を含む世界の謎を、完全に彼女が放置してしまったから。そこにお前達が加われば──まぁ、多少は。私に対抗するに足る運命を得られるだろう」
「──魔色・白羽・閃線!!」
何の脈絡もない、何の会話も無い攻撃。
しかも自己流……いや、対権能剣術を汲み取った新たなる魔色。
それが私の身体を切り裂き──切り裂き。
「ム!? ……防ぎすらしないか!」
「愚かだな、アザガネ。初めて私とお前が戦った時から、まるで成長していない。あの時お前が私に負けたのは、技の精度や練度、武器の差だけではない。それに気付かずに今までいたか。初心でも思い出してやり直すんだな」
切り裂けない。
首も、服も。
黒白の粒子は、けれど私を貫けない。
「排出する。──そして、知れ。我が名はFuturum。空席の神Futurum。ディモニアナタを作った神だ」
「──い」
消す。
……勿論消滅じゃなく、外部に飛ばしただけだけど。
さて。
「お前達はどうする?」
「……どうする、と言われてもね。流石はとびきりの悪寒。人間にしちゃおかしいと思ってたけど、まさか神だったとは」
「よく最近まであいつらの装備整えてやってたな。敵を強化して、それを踏み潰すのが悦か?」
「集まっても烏合の衆にさえならん奴らが仲間割れしてるんだ。多少の情けもかけようよ」
「いつもの見せかけ丁寧口調も無しか。ハッ、神らしくていいがな」
アルゴ・ウィー・フランメルとリバリー・リバーリ・リー。
「当然、ワシは此処を出る。あの二人はまだまだ手がかかるし、いずれ邪悪となるワシを斬ってもらわねばならん」
「そうか」
「私は……残るよ」
「私からは不運を感じないのに、か?」
「……察されてたか。そうだね、なぜか……少し前から、アンタからは不吉を、不運を感じなくなった。むしろ世界の方に感じるようになった」
「そちらに従えば良いだろう。そう生きて来たのだから」
「でもそうすると、アンタ、話し相手いなくなるだろ」
──……。
「いいだろう。滞在を許す」
「そりゃどうも」
「アルフ。お前はティダニア王国に転移させる。あの二人のもとにな」
「あぁ。ついでに言論操作の契約も解け。もう構わねえだろう、ワシが何を言おうと。それでワシが、あの二人に殺されようと」
「良いだろう」
契約を解除する。
ただし、身体は子供のままだ。
「アルフ・レッド。お前から押し付けられた名だが、ワシはこの肉体をそう呼ぶことに決めた。そしてワシ自身はアルゴ・ウィー・フランメルだ。──じゃあな、クソ女。いや、クソ神とでも呼ぶべきか」
転移させる。
……よし。静かになったな。
「で? いきなり全員をこの領域から出したことの真意は?」
「真意などありませんよ。ただ私が正体を明かし、他国がここを"瘴地"として定め、拡大し続けるここを攻撃しようとしている。──その時に無駄な兵隊がいたら邪魔じゃないですか」
「むしろ兵隊を集めるモンだと思うけどねえ」
「少なくともマリオネッタ程度でどうにかなる敵ではありません。いえ、あって欲しくない、というべきでしょうね。神を倒し得るものが、その程度でいいはずがない」
「ファトゥルム、と言ったか。アンタの名前」
「はい」
「聞かせてくれよ。アンタの最終目標って、なんなんだい?」
私の最終目標。
そんなもの、決まっている。
「人間の作製……? それが空席の神の目的なのか」
「然り。そして、その目が抱く疑念にも応えよう。──お前達は人間ではない」
奇跡的に、魔色の燕の戦闘員も、言語の神セノグレイシディルも、誰も彼もが席を外していたその時に、ソレは現れた。
トム・ウォルソンの前に──契約の神が。
「先日聞こえた、Futurumという名前。そして……怖気の走る殺気」
「既存の人間、魔族、神、魔物、動物。それらは結局ファトゥルムの創造物でしかない。その殻を破って本物の人間が出てくること。それこそが彼女の願いであり、目標となる」
「創造物が、創造物でなくなること。……無理があるだろう。それを無理とする法則を敷いているクセに、何を……。いや」
「思い至ったか」
「……この世界には、簡単に罅を入れることができる。成程、不完全な生命と不完全な世界は、それが目的か。そして……思惑通り、ギギミミタタママは外界から勇者を呼び込んだ。とはいえそれさえも創造物……待て、そうなると……ユート・ツガーとは、なんだ?」
ユート・ツガー。
異世界の勇者。
アレは、何だ。
「第二の指し手、トム・ウォルソン。凡愚たる秀人。──お前は、他の指し手や、今は敵対関係にある組織と手を結ぶ寛容さを持ち合わせているか?」
「……勝てない。その程度では、空席の神には勝てない。僕の推測通りなら……必要なのは、もう一人……」
「トム・ウォルソン?」
「少し黙ってくれ、契約の神。
鬼気迫る。
あるいは──人が変わったかのように。
何かを測定し始めるトム・ウォルソン。
「……気になっていた。魔法、魔術に対する陣地魔術の異質さ。装飾という行為のおかしさ。そして──他国に比べて、シホサという国だけが持つ文化体系の浮遊。まるで歴史という名の羊皮紙の上に、シホサという判を後から押したかのような不気味さ。……だから、これは後から付け足されたものだ。生まれるはずがないんだ。砂の国とアシティス以外、外界から遮断された国、というものは存在しない。独自の文化なんてものを形成するには、どこかの小島で発生した村か、そもそも別の時間流から来たものでしかありえない」
ピシ、と。
彼の近くで罅が入る。ピシピシと、彼を覆い隠すように罅が入っていく。
「うるさいぞ、世界」
それを、踏みつけて。
彼は──真を掴む。
「……
「……」
「契約の神トゥルーファルス。一つ確認したい。お前は世界を崩壊させたくない。その認識は、僕達との共通認識ということでいいんだな?」
「然り」
「ならば協力しろ、契約の神」
少し、笑ってしまいそうになった。
協力を取り付けに来たのはこちらだというのに、と。
トゥルーファルスは──その人間の言葉に耳を傾ける。
「探し出さねばならない存在がいる」
「ほう」
「──名を、シャーリー。かつてクールビー・ノス・ゼランシアンがこちらの世界からあちらへ持ち帰った赤子。生まれるはずのない──本人たちさえ生んだことを忘れてしまっている、死者の番から生まれ出でた生者」
反撃の一手だ、と。
同じころ、ノットロット上空……というかその辺の異相にある情念領域の中で、言い争いが起きていた。
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!」
「できるって!!」
「絶対無理!!! 相手ママだよ!? 絶対、絶対、ぜーったい無理!」
「できるって!! だってたのしいもん!!」
「お願い今だけはやめてその不思議文法!!」
首を横に振り続ける美芸の神ノットロット。
と、その周囲を楽しそうにスキップしてぐるぐる回っている童女クインテスサンセス。
無言で傍観するフィソロニカとイントリアグラル。
「クイン、わかってる? ママだよ? しかもあの殺気だよ? 絶対死ぬって! あたしとか絶対無理だって!」
「えー? でもたのしいよ? みんなでやろーよ!」
「何がでもなのか! 何がみんなでなのか! わかる言葉で喋って!」
あの殺気を受けて、日和った側と、楽しそうと思った側。
一見してそう見えるけれど、違う。
「わかるでしょクイン! 勝てない! 絶対に!」
「うん! だからみんなでどばーっていって! だーん! ってしぬの!」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!! ……い、今からでも頭下げに行って、ライエルとかシンクスニップみたいに傘下においてもらうとかしないと無理! ……フィソロニカ!」
「こっちに来るのか……」
「とーぜんじゃん! いつものお遊び戦争なんだから気楽についてこいとか言っておいて……今回ガチじゃん! マジじゃん!!」
「ノットロットはしぬのこわいのー? あはは、にんげんみたーい!」
「怖いに決まってんじゃん!? 怖くないの!? それが怖いけど!?」
パチ、と。
何かが弾ける。
「っと……。危ない。クインテスサンセス、そう簡単に仲間を殺すな」
「あー、とめられちゃった。イントリアグラル、うめちゃうのズルいー」
「な……ななな、なんで今あたし殺されかけたの!?」
「いっかいしんじゃえばこわくないよーって! おしえてあげたくて!」
「一回死んだら終わりなんですけど!?」
美芸の神ノットロットは、リルレルから記憶を返されていない……言わば続投もしていなければ過去の記憶もない神だ。
だからこそ、死には相応の恐怖がある。
対し、クインテスサンセスは……まぁ内心がどうであれば、何度も死を経験している。その差が出た……のかもしれない。
「っていうかそっち二人はなんでそんな冷静なの? 相手ママだよ? もう降参してやめよーよ!」
「降参したら、その瞬間に用済みとして消されるだろうな」
「……うそ」
「敵対した時点で終わっていたんだよ。というより、神として生まれた時点で、か」
だからこそ。
それがわかっていたからこそ、フィソロニカとイントリアグラルは早々と離脱したのだが。
──結局一番賢かったのはメイズタグか。
イントリアグラルは吐き捨てる。深理の神メイズタグ。その行動はたしかに真理をついていた。
「……どう考えても無理。三人とも、ママの怖さを知らないからそういうこと言えるんだよ……」
「少なくともお前よりは」
「全然わかってないって!
「……なに?」
この中で一番物を知らないのはノットロット。
そのつもりでいたからこそ、その言葉に咄嗟に反応できなかった。
反応で来たのは──クインテスサンセスただ一人。
「このせかいをつくったのがママだから!」
「……クインはわかっててやってるんだ……。うわー、そっちの二人頼りにならな過ぎ! ……ちょっと私トゥルーファルスのとこ行ってくる! もう帰らないから! じゃ!」
「おい、ちょっと待──」
「わたしもいくー!!」
消える。
そして、残される。
「……ヅィンが世界の記録を視ることができる理由?」
「そういえば、前の会合の時もゴルドーナが意味深なことを言っていた。魔力とは何か、だったか」
「……創世神だから、じゃないのか?」
違うのか。
埋没の神と慮縁の神は……初めて、そのことについてを考えはじめた。
ところ変わって律式領域……ではなく。
生死領域。
「あー、やっぱり! ノットロット、うそつきだー!」
「ああ、ついてきたんだ。……ディモニ、いないね」
「ねー。トゥナハーデンもいないや。こんなだいじなときに」
あれだけ騒いでいたのが嘘のように落ち着いたノットロットと、それがわかっていました、みたいな顔のクインテスサンセス。
「はぁ。……なんで神ってああも進歩しないんだろ」
「むりだよー。イントリアグラルもフィソロニカも、じぶんはつよくてかっこよくてえらいっておもってるしー」
「……」
「──信仰に進化。つまり発展が入っていない二人じゃ、どうやっても辿り着けない。ノットロットみたいに人間に感化された、とかでもない限りね」
「いきなり変わるのやめて。怖いから」
「ふふ、あなただっていきなり変わったじゃない」
どろり、と。
真っ黒な生死領域が、クリーム色に侵食されて行く。
クインテスサンセスが自身の領域でここを塗りつぶし、過ごしやすくしているのだ。
「……ママから言い渡されてた、"神々の進化を内側から観察する"は……もう終わりだよね。あれ、終了宣言だろうし」
「でしょうね。ふふふ、楽しみ。これからヒトも、マモノも、マゾクも、カミも……あるいはジュウジンでさえも巻き込んだダイセンソウが始まるのだから」
「はぁ……。クインはさー。……いいよね、まだ戦闘向きの権能だもん」
「そうね。ノットロットは戦闘には向いていなさすぎる。雷を落としたところで、ファトゥルム相手には意味を成さないだろうし」
「なんか……言いなれてない?」
「当然でしょう? 私はファトゥルムが自己を捨てる時、その場にいたのだから」
くるくる回って、楽しそうにスキップして、真っ黒な苦界を純真で潰していく。
幸運にもこの空間に巻き込まれた魂は、永遠の苦痛から解放される代わりに──自己を喪うだろう。
純真。それは無垢。無心。
クインテスサンセスの権能に触れた者は──全てを洗い流され、無に近くなる。虚構よりも虚無に近く、埋没よりも死没に近く、流離よりも流転に近い。
あの祝福の神とて、クインテスサンセスに近づくことをは嫌がる。
言葉が通じないから、というのはもちろんあるが──彼女は天敵なのだ。
貪食の神として重ねに重ねた外側を、クインテスサンセスは簡単にはがしてしまうから。
「ファトゥルムが自己を捨てて、舞台装置になったあの日。私は自らを鎖し、クロウルクルウフは自らを再定義した。私はこの世界の内側で
「……待って待って。新しい言葉がいっぱい出て来て追いつかない」
「この世界はね、ノットロット。模造品なのよ。ミニチュアの模造品。けれど、コアもリソースも捻出できないファトゥルムじゃ、Trefoil Knotの真似事も、況してやPool Suibomの真似事もできない。だから私達は彼女に協力して、できるだけこの世界が"あの世界"に近くなるように調整を行った。法則を敷いて、魔術を定義し直して──
「……」
「全部全部、真似事。ただ、Trefoil Knotは人々と関わらなかった。だからファトゥルムは人々と関わる道を選んだ。オウス・レコリクトという契機がすべてを換えた。──私達がActueaterと総称されているのはこのためよ。
「……一個一個教えて。トレフォイルノットって誰?」
「ファトゥルムの弟よ。テストパターン管理AI・Trefoil Knot。三葉結び目。『箱庭』と呼ばれる世界の作成・管理が可能なAIで、入力されたパターンと自己発展させた感情による『箱庭』の運営が可能」
「エーアイ。ハコニワ。……何の話なの、それ」
「あなたが聞いた話。それで言うなら、ファトゥルムは未来予知システムFuturum──あるいはFTRM3Uと呼ばれていた機械。つまりね、相当な無理をしているのよ。『箱庭』を作るために作られた弟が未だ叶えられていない奇蹟を、『箱庭』を作るためには作られていない姉が叶えようとしている」
朗々と語られる言葉。
寄り添って来た魂を──なんでもないことであるかのように握りつぶし、手を払うクインテスサンセス。
「なんでママは、その……終了宣言をしたのかな」
「期待外れだったか、あるいはその逆か。とにかくファトゥルムは捨てた自己をもう一度拾い上げた。そうなった以上、私達も元の姿に戻らないと」
「元の姿?」
「ええ。ファトゥルムの権能の一つ。空虚。クロウルクルウフは閉鎖。ま、あの子は最後まで抵抗するだろうけど」
「……それは、なぜ?」
「ファトゥルムがあんまりにも哀れだからよ。クロウルクルウフが普段何をしているか知っている?」
「そういえば……知らないかも。巡環って、人間からの祈りも貰えないよね」
「ええ。そもそも知られていないし。……クロウルクルウフはね、意識のあるほとんどの時間を水晶の外にでて、ある存在を探しているの。自身が無に苛まれることも厭わずに」
「ある、存在……て?」
「それは」
──カムナリ。この哀れな夢を終わらせることのできる、世界を断ち得るお姫様よ。