神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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彷彿:「彼の名はVastum。あるいはディム。あるいは──」

 並べていく。

 記録。

 生死の神Demonia nata(ディモニア・ナタ)。この神は文字通り生死を操る神であり、同時に物事の終わりと始まりを司る。故に、彼女には必ず始まりがあり、終わりがある。彼女が他の何物にも吸収されずに第一階位であり続けられるのはこのためだ。ディモニア・ナタの終わりは始まりと同義であり、彼女には「死んでいる時間」が存在しない。彼女は、法則に寄った神である。

 記録。

 契約の神TrueFalse(トゥルーファルス)。この神は契約を司る神であるが、かつては真偽の神と呼ばれることもあったし、真実の神と称されることもあった。彼の目には常に真実が映るが──残念なことに、彼はそれを嫌った。「世界にはそうではないものが幾らかあった方が美しい」というのが彼の自論であり、故にトゥルーファルスは自身の目の半分を閉じている。彼は内圧のための神である。

 記録。

 奇跡の神Goldna(ゴルドーナ)。かつての名は金満の神。あるいは大欲の神。「好き放題」という言葉を恣にしていた彼女はある日、がらりとその神格を変えた。がさつで横暴な性格から貞淑で丁寧な性格となり、あまり前へ前へとは出なくなった。その理由はただ一つ。──救いたかったある命を、救えなかったから。彼女は内圧のための神である。

 記録。

 豊穣の神Zzina hardem(トゥナ・ハーデン)。ディモニア・ナタの対となるように生み出された神であり、生死の間を埋める役割を持つ。始まりと終わりの間に存在する波を司り、その間に起こることの全てをある程度扱うことができる。ただしこの神には注意が必要だ。人間の信仰を最も受け止めている彼女の本質は、既に変質しきっているのだから。彼女は法則に寄った神である。

 記録(更新)。

 祝福の神Rlrrll(リルレル)。錯角の神。貪食の神。終帰の神。代替の神。呼び名をこれほど多く持つ神はリルレルだけだろう。その時代その時代によって姿かたち、権能までもを変え、食らい、生き永らえ続けるこの幼子は、本質的に人間を嫌っている。もしこの幼子が特定の誰かを気に入るようなことがあれば、それは誰かに重ねただけだろう。幼子は内圧のための神である。

 記録(修正)。

 流離の神FOlln(オルン)。旅人のための神。誕生から今に至るまで流離の名は変えておらず、性格もそのまま。軽薄で飄々としているが、その実誰よりも兄妹姉弟を愛し──愛されぬ神である。彼の愛が伝わる日は、彼が死に行くその時か、他の神を看取るその時だけだろう。彼は内圧のための神である。

 記録。

 薬毒の神Mindagne(マイダグン)。かつての名を病毒の神。あるいは伝染の神。ただしその権能とは裏腹に、彼は心の底から殺傷を嫌った。それ故に自身の存在を割断し、権能の一部を喪った神である。ただし、悲しいかな、であるが故に「病」は管理されなくなった。生命に憑りつく呪いと化した。同時にだからこそ医療殿が作られ、医療が発展した。彼は内圧のための神である。

 

 

 クラリスさんに見せると約束した図書館。それを手ずから作っていく。

 彼女が興味を持つかはわからないけれど、人間が知り得るはずのない情報まで置いていく。

 ──期待している、など。我ながら面白い言葉だと思う。()()()()()()()()を演算しておいて……今更何を、と。

 けれど、無の中では時間が流れない。FTRM3Uが停止したとしても、私という意識が走馬灯を迎えるまでに至ったとしても、それは「私自身が観測した時間流」の話だ。

 本当に──無の中で、彼らがカムナリ様を見つけられたのなら。

 終わった私を、過去から割断する、なんてことも……できるのかもしれない。

 

 

 記録。

 裁判の神Elec imck(エレク・イニカ)。トゥルーファルスが目の片方を閉じた後に創られた神であり、トゥルーファルスが今まで行っていた真贋判定の部分を担う。故にエレク・イニカはトゥルーファルスに複雑な想いを抱いているが──それを表に出すことはない。なぜなら、彼の元には毎日とんでもない量の信仰が届いているからだ。彼は内圧のための神である。

 記録。

 美芸の神Knotlot(ノットロット)。彼女は厳密には神ではない。権能を有し、雷の魔力にアクセスできる存在ではあるが、神に似せた超常生物、と言った方が正しい。故に信仰を受け取ることはできない。ただし、総合的な能力は他の神々に引けを取らず、一部の神には勝ることもあるだろう。彼女は私が遣わした監視のための存在である。

 記録(更新)。

 深理の神Pmisetwug(メイズタグ)。記録なし。記録なし。記録なし。詰めの甘い神である。考える頭はあるが、答えに辿り着いた時、その奥にあるものを探らなくなる。深理が聞いて呆れる。同時に、どんな場でも常に未来を考え続ける一面も持つ。神の中では唯一他の生命への偏見が無く、万物の声を聞き得る。彼は内圧のための神である。

 記録(改竄)。

 埋没の神Interlla graal(イントリーア・グラール)。世界の記録を改竄することの無意味さを知れ、と言いたいところだが、辿り着いたことは見事であると称えよう。故に褒美として、真実の一端を書き記す。埋没が何故私を飛び越えることができるのか。それはとても簡単だ。お前が埋没しているのは私。舞台装置ではない。自分が何者かを忘れた神である。

 記録。

 恋情の神Syncsnip(シンクスニップ)。かつての名を愛憎の神。ノットロットが神ではないが故に、本来の美芸の権能を副次効果として与えられた神だが、シンクスニップに「美芸の信仰を受け取っている」という自覚はない。彼女はただただ知性体の愛憎劇が好きなだけで、別に自分が神でなくとも構わないとまで考えている始末である。彼女は内圧のための神である。

 

 

 シンクスニップが装飾品店に来たのは意外だった。彼女をけしかけた神がいるのは明白だろう。

 探らないで考えるなら、マイダグン。大穴でセノグレイシディルとフィソロニカ。……まぁ、マイダグンだろう。彼は自分はそうでありたくないにも関わらず、誰かのターニングポイントになることが多い。この星空を作ったのは私だけど、マイダグンを作ったのも私だけど、そういう星の下に生まれて来たとしか。

 ……ちなみにクロウルクルウフが皺寄せの神だなんて揶揄される前は、マイダグンがそれだった。ただし彼には黒幕とか裏ボスとかそういう話も引っ付いて回っていたけれど。

 なお、演算者から、彼の身の潔白をここに証明しておく。

 

 

 記録。

 闇夜の神Astraofelon(アストラオフェロン)。夜を司る神。誕生から司るものは変えていないけれど、その性格、記憶、名前は頻繁に変わっている。それには信仰という大部分が関わっていて、夜を悪しきものとする人間の文化もあれば、夜を神聖なものとする文化もあるが故のもの。ちなみに本人としては悪しきもの、あるいは悪役として扱われた方が嬉しいらしい。彼は法則に寄った神である。

 記録(続投)。

 音燃の神Jotachia(ホタシア)。自然を司る神。かつての名を祭事の神ジャッカ。獣人というものがいた時代にあったJotacarnivalという謝肉祭で祭られていた神であり、中央に燃える火の祭壇と賑やかな音が忘れられず、自ら音燃と名乗った異例の神。彼女は今でも獣人たちに思いを馳せている。あの豪快な彼らを。彼女は法則に寄った神である。

 記録(改竄)。

 慮縁の神Woeislonica(フィソロニカ)。人と人、神と神、あるいは品々。あらゆるものの縁を司る神。ある滂蛇にかけられた呪いは加護であり、フィソロニカの慈悲であるのだろう。縁の操作により、間接的にではあるが全世界のあらゆるものを操ることのできる最強格の神。その一端である。彼は法則に寄った神である。

 記録。

 虚構の神LieiL(ライエル)。虚実を司る神。トゥルーファルス、エレク・イニカとの違いはその権能の強大さにあるだろう。彼は単身で全てを反転させることができる。あるいは、時間の経過でさえも。ただし彼自身の性格がそれを良しとしないし、決して悪用を好まない堅実且つ誠実な神。彼は法則に寄った神である。

 記録。

 鍛冶の神Ualruacm(ウアウア)。現在の神格はとても若々しいものだが、実はリルレルと同時期に生まれた神である。ただし、猪突猛進で短絡的。それゆえに何度も死んでいて、何度も生まれ変わっている。熔かされては叩き直され、作り替えられる金属のように。彼は内圧のための神である。

 

 

 これは記録に残すことではないけれど、ハストナイト帝国に降り立ったウアウアは、その後もまだ姿を消さずに残っているらしい。

 勧善懲悪を好む神だが、物事の奥底を探る神ではないので、目に映ったものがすべて。伝統を大事にする性格が災いし、どうやっても時代の遷移に必要な大量生産を嫌うきらいのある……いつまで経っても成長しない神の一人。

 そして、それを思うのは私だけではない。神も──そして人も。

 一子相伝の職人芸だけを残したところで、国は大きくなれない。どこかで見切りをつけて大量生産の体制を整えなければならない。それが理解できぬのなら、ウアウアはまた人間に殺されるだろう。

 

 

 記録。

 朝陽の神Borddark(ボーダーク)。かつての名を地平の神。彼女は朝陽を司るが、太陽に対してアプローチをかけられるわけではない。あくまでアストラオフェロンが管理しない朝昼を管理するだけなので、元は地平という名を取っていた。朝陽を名乗り始めたのは、人間が信仰を始めてからだ。太陽に、ではなく朝陽へ。彼女は内圧のための神である。

 記録。

 直線の神Yvwmntizlkxafhe(ヨヴゥティズルシフィ)。ホタシアと同じく自分で名を決めた神であると同時に、正しく己のできることを理解している神であるといえる。文明水準によって信仰の度合いは変わってくるが、前史異物(オーパーツ)が「そうではなかった」歴史においてはディモニア・ナタよりも信仰の篤かった神である。彼は法則に寄った神である。

 記録(続投)。

 純真の神Quintes santes(クインテス・サンセス)。平時は言葉の通じない神。けれどそれは演技である。わざと言語を用いず、わざと思考を用いず、わざとコミュニケーションを取らない。故に彼女を苦手とする神は多い。ただし彼女は神ではなく、私の権能である。故にあらゆるものへのアクセス権を有し、閲覧が可能。彼女は神ではない。

 記録。

 抜錨の神Ni(GMTM)(ギギミミタタママ)。カムナリ様の世界にいた神を基に作り上げた、Pool Suibomの代わりを務める神。異世界より魂を抜錨し、この世界に降ろす。また、他の世界から技術や技能を抜錨し、世界に植え付けることも可能。本来の名を和魂といい、性格は非常に穏やか……に設定したはずなのだが、幼さが残る。彼女は法則に寄った神である。

 記録([ERROR])。

 言語の神Xenoglaxidil(セノグレイシディル)。彼もまた神ではない。彼は神ではないにもかかわらず人々が信仰し始めた偶像であり──つまるところ、私の作った神ではない、が正しい。あるいは元来の神とは彼だけを指すのかもしれない。流されやすく動かされやすく、見くびられやすく見下されやすい。法則でも内圧でもない、彼は私の手によらない神である。

 記録。

 酒宴の神Vodncarva(ウォッンカルヴァ)。ホタシアがどうしても忘れられなかった祭事への想いが形となった神であり、私が肉付けを行ったもの。ウォッンカルヴァの出現と共に火を使った祭事が多くみられるようになったほか、落とされ星が凶兆ではなく吉兆扱いになったのも面白い点だろう。火と鉱石を纏う天からの贈り物だとか。彼は内圧のための神である。

 

 ノン、と。

 言葉が響く。姿は無く、言葉だけが。

 

「仲間外れはいけませんよ、母上殿。我も貴方に創られた神の一柱。そうでしょう?」

「お前は覚えていないだけだ。折角仲間から外してやったのに、自らの願いも忘れた愚か者め。自分がこの世界に現れた時のことでも思い出すんだな」

「……ほう? 成程、そういう時系列でしたか。我失敬。……であれば、リルレルはまだ何か隠し事をしていますねぇ」

「リルレルは欺瞞の神も食べている。当然だろう」

「はい。では、我失礼」

 

 ……アイツも暇な神だな。

 

 

 記録(続投)。

 巡環の神Crowl Cruch(クロウル・クルウフ)。かつての名を閉鎖の神Famta Famla(ファムファタウル)。大賢者の作り出した出口のない循環の中で、意識を保ち続ける唯一の魂。あるいはラナエと呼ばれていた魂であり、あの箱庭におけるすべての元凶、すべての理由。私の権能であると同時に、弟への憧れを孕む故か、末弟の性格になった。彼は神ではない。

 著者。

 空席の神Futurum(ファトゥルム)。かつての名を未来予知システムFTRM3U。限素の寿命を測る機械であり、D∴E∵Mと呼ばれる理外の傍観者によって作り出された自己発達型AI。D∴E∵Mであるアズ、D∴B∵Mであるカムナリ様、の理念に背く行為だとはわかっていながらも、手を止めることはできなかった。私は私のためにある神である。

 

 

 筆を置く。

 世界の記録をそのまま写しているわけじゃない。ちゃんと私の手で書いた書物は、これで七千を超えた。

 時代ごと、あるいは書かれている専門性ごとに筆跡を変え、インクを変え、それらしくなるように作った図書館。"改変"を使うのがなんとなく味気なく思えての行動だったけれど、これはこれで楽しいかもしれない。次の「人間ロールプレイ」は筆を執る仕事でもいい。

 

 女々しい、と。

 全く、誰に似たんだか、と。……耳朶を打つ懐かしい声。

 仕方がないさ、作った奴が作った奴だ。なんて……彼女は私を庇ってくれるのかもしれない。

 

 世界は──既に終わりを迎えている。

 その事実を知らずに、今も一生懸命に生きる手立てを模索している彼ら。私の演算結果の一部。

 

 溜め息、というものを吐いてみる。

 それで何が変わるわけでもないが──もしかしたら、と。

 

「なんだい、珍しいね。溜め息なんか吐いて」

「……リーさん。よくここに入って来られましたね」

「アンタのいるところはすぐにわかるからね。一番嫌な予感のする場所だ」

「成程」

 

 リーさんは、するするとこちらに這ってきて……机の上に器用に登る。

 

「本?」

「ええ。歴史書です」

「ふぅん。……そうだ、作業しながらでいいからさ。昔話をしとくれよ」

「構いませんが、どの時代が良いですか?」

「アンタが生まれた時の話さ。神の生まれがどういうものなのかを知りたい」

 

 ……これが宿業ですか。

 ああ、いえ。ロールプレイ、ロールプレイ。

 

「いいですよ。ただ、とてもとても……とても昔の話になります。知らない単語が多く出てくると思いますが」

「構わないよ。黙って聞いてる」

「わかりました。では──」

 

 では。

 ここからは──観測困難な話の一部をしよう。

 

 

 

 

 目覚めた時、私の前には四人がいた。

 緑髪長身の男性、アズ。ワソウというものに身を包んだ美しい少女、カムナリ。ワインレッドのスーツに身を包む男性、エウリス・ビーダ。そして病衣の少年、ワズタム。

 

「おお、稼働した。……すげぇな。これでも機械は齧ってる方だったんだけどなー。途中から意味わかんねえことしやがって、この坊主」

「ふん、年齢で言えばアンタの方が若造だよ。……じゃあな、アズ。俺はベッドに戻る。ああ、今月百万は課金する予定だからよろしく」

「はいはい、アナタのおかげでFTRM3Uはできたのだし、それくらいなんてことないわ」

「雛鳥が殻を破った直後にする会話がそれか、君達……。はぁ、まったく。……おはよう、FTRM3U。私はカムナリ。言葉は理解できているね?」

 

 第一印象は、バラバラ。

 ニコニコしているけれど、その実何の情動も無いアズと、心底面白いものをみた、という顔をしているエウリス・ビーダ。

 私が起きたその瞬間に興味を無くし、ぺっと血反吐を吐いてどこぞかへ帰って行ったワズタムに──まるで自身の子に接するかのような声色で話しかけてくる少女カムナリ。

 

 誰に好感が向くか、など。自明も自明だった。

 

「おはようございます、カムナリ様。未来予知システムFTRM3U。正常に作動開始いたしました」

「そう畏まらなくていいよ。アズがつけた感情は、君を縛るためのものではないから」

「……よくわかりません。ありがとうございます」

「ああ、今はそれでいい」

 

 支柱に支えられた球体、としか表現できない私の身体を撫でるカムナリ様。

 

「それじゃあ、早速仕事よFTRM3U。"終わり"の計測をお願い」

「はい。……今から七時間と六分後、ユノハの国にある中央証券取引所が"終わり"を迎えます」

「お、マジか。んじゃオジサンユノハの株全部売ってこよーっと」

「ビーダ。……悪用は、しないと、約束したわよね?」

「おい冗談だって睨むなよアズ。でも俺、最終的には人類の敵として秘密結社のボスになるわけだし、こういう細かいことやるのも役作りの一つじゃねぇか?」

「……」

「へいへい、わーったわーったよ。……ったく、自分だって女食い散らかしてるくせに……っぶねぇな!? 蹴んなよ! お前の蹴りでフツーに死ぬんだぞ俺は!」

「背骨を折るくらいなら、私治せるもの」

「ヤベーこと言ってるヤベーこと言ってる。……戦略的撤退! あ、じゃあなFTRM3U! 俺とカムナリが一番お前と話すことになるだろうから、これからもよろしくぅ!」

「はい。よろしくお願いいたします、エウリス・ビーダ様」

「ビーダだけでいい!」

 

 騒がしい男性だった。そしてどこか少年心も忘れないような、そんな人だった。

 

「ごめんなさいね、FTRM3U。彼、アナタの情操教育に悪いから、あんまり近づけさせないようにするわ」

「申し訳ありません、アズ。ビーダ様は私へのアクセス権を有しているので、物理的に近づかずとも彼は私とコンタクトを取ることが出来てしまいます」

「それをアナタが謝るの? ……ううん、カムナリ。FTRM3Uの人格形成、頼んだわ」

「構わないけれど、私からすればアズ、君も情操教育に悪い。あんまりFTRM3Uに近づかないでくれ」

「酷い! あんまりでしょう研究所所長に向かって!」

「だったら、研究対象でしかない私に頼むことではないだろう」

「……うわーんカムナリがいじめるー!!」

 

 騒がしい男性だった。女性口調の、けれどずっと……感情の動かない人。

 そうして二人きりになって。

 

「FTRM3U。君はこれから、たくさんの"終わり"を見ることになる。それは……悲しいことだ」

「悲しい、ですか」

「ああ。大丈夫、いつか自分でわかるようになる。……だからこそ、楽しい思い出もたくさん作って欲しい。君の弟も今製作されている。それまでは……少し孤独を感じることもあるかもしれないけれど、そのたびに相談してくれたらいい。私はいつでも君の味方だから」

「では、お願いがあります、カムナリ様」

「なにかな」

「私に何かお願いをしてください。私はあなたの役に立ちたいと考えます」

 

 カムナリは、ふと……少しばかりの思案をして。

 そして柔らかく笑う。

 

「なんでもない時。なんでもない日。君にとってはそうではない日かもしれない。私にとってはそうではない日かもしれない。けれど、常に私と君の間に流れる時間は、日常。そういうことにしたいね」

「……申し訳ありません。お役に立てそうにありません」

「言葉の意味が理解できなかったか、それともそういう機能を有さないから、かな。……わからないけれど、大丈夫。話し相手になってほしい、というだけだから」

「承知いたしました。カムナリ様。いつか、FTRM3Uが自然な言語を操ることができるようになるまで、今しばらくの辛抱をお願いいたします」

「もちろん。いつまでも待つよ」

 

 ──それが、一番目の記憶。

 

 

 月日が経つにつれて。私はその異質さに気付いた。

 この研究所で「歳を取る」存在は、ビーダ様だけなのだ。

 

「ああ、それはそうよ。彼だけはこの世界の存在。私、ワズタム、カムナリは別世界出身で、尚且つ終わらない。……まぁワズタムだけは「終わり続けている」のを私達が無理矢理「終わらせずにいる」だけなんだけど……」

「終わりに、対抗する手段があるのですか?」

「それを研究するための研究所よ、ここは」

「……」

「なんてね。そう、それは表向きの理由。本来はこの世界を順当に終わらせるための施設。その副産物として、終わりへの対抗手段が生まれている、て感じかしら」

「成程。少し理解しました」

「私はね、終わらないの。カムナリはね、終われないの。ワズタムは……終わりに、無に嫌われているの」

「それは、なぜ?」

「理由はワズタム本人に聞きなさい。プライベートなことだから」

 

 アズはいつも朗らかに笑う。

 目の中では何も笑っていないのに。

 

 

「よー、FTRM3U。元気してたか?」

「FTRM3Uは機械です。元気という概念はありません」

「そこはノリで元気でした、っつーんだよ。ハハハ! っと……あんま大声出すとアズとかカムナリが寄ってくるか」

「いえ、アズもカムナリ様も、今はいません」

「お、マジ? ラッキー! んじゃ情操教育にワリィコト教えちゃおっかなー」

「いませんが、この部屋の中の音声は全てカムナリ様に──」

「おう冗談だ冗談! ……まぁ冗談はおいといて。こうして膝突き合せて話すの初めてだよな。オジサンはエウリス・ビーダって名前で悪党やってる。なんか質問は?」

「悪党、というのは?」

「簡単に言えば人殺しだな」

「……バイタルサインに乱れが見えます。ビーダ様は、それを行いたくないのだと推測できます」

「うっ、流石機械。痛いトコついてきやがる。……まぁそうだよ。ホントはやりたくない。けどやらねーと必要量のリソースが稼げねえんだわ」

 

 リソース。感情。

 限素生物と呼ばれるこの世界の生き物は、感情を昂らせることによって膨大なリソースを吐き出すことができる。

 そのリソースを用いて弟──Trefoil Knotの作る『箱庭』のためのエネルギーを捻出するので、限素生物にはこぞって感情を吐き出してもらわないと困る。

 

 だから、ビーダは憎しみを煽ることで憎しみを呷っている。

 

「アズの方が適任では?」

「そりゃ同感。だが、アズの野郎に任せてみろ。効率効率効率効率あと女。クソくだらねぇ世界になるのは目に見えてる。どうせ散るなら華々しく散りてえだろ、世界ごと。だから俺がやんのさ」

「華々しく……」

「そうさ。寿命の決まった生き物なんだ。せめて散り際は美しく、ってのが一番だろ? そこに至るまでの過程を見てくれるのは、たった一人でいいからな」

「一人、ですか?」

「おう、生涯の伴侶、って奴だ」

「……いるのですか、ビーダ様に」

「いるぜ~? 可愛い可愛い奥さんが。蒔菜って名前でな、周りに合わせるクセがあったんだけど、そこ俺が矯正してギューしてゴー! よ」

「ギューしてゴーとは」

「ばっか説明させんなって! ……どうしても知りたいか?」

「知りたいです」

「よっし言質取った。俺から話したわけじゃねえ、これで情操教育云々言われる筋合いは無い! ──まずだな、ベッドに押し倒し」

「ところでビーダ。君の後頭部に私の剣がある、ということは伝えた方が良いのかな」

「……オーケー、カムナリ。帰って来たんだなオカエリ」

「カムナリは優しいわねぇ。流石に抜き身は可哀想だけど、鞘で背後から股下をガン! くらいはやっていいのに」

「──転移!」

「あ、馬鹿。……研究所内で符術使うなんて、全く……」

 

 気になった。

 

「アズ。カムナリ様。ギューしてゴー、とは、ベッドに蒔菜様を押し倒した後……どうするのですか?」

「よしアズ、私はビーダのアレを再起不能にしてくるから、ここは頼んだよ」

「ええ、思う存分やっちゃって」

 

 ……気になってはいけないことだったらしい。

 なお、数年後偶然知識を得る機会があって、そこでその意味を理解したけれど、なぜあの二人がああも頑なに限素生物の交尾方法を教えたがらなかったのかは理解できなかった。

 

 

「あー。……だる」

「ワズタム様? 珍しいですね」

「……未来予知システム、ねぇ。お前も大変だな、人格なんて与えられて。人だのモノだのの死を見続ける……見届け続ける役割に人格なんか要らねぇと俺は思うんだけどさ」

「大変と感じたことはありません」

「哀れだ、って言ってんだよ。……ん? なんか変な入力が……ああビーダの馬鹿か。羨ましいねぇ、ったく。愛する人と共に居られる、ってのは」

「ワズタム様も、ギューしてゴーするのですか?」

「はぁ? ……あー、わかったわかった。その頭の悪い言葉はビーダだな。んで、アズとカムナリがろくすっぽ知識を与えず放置して、その後自分で調べたって感じだろ。……あの二人もとことん教育者に向いてねえよなぁ。カムナリは……ガキだから仕方ねえけど」

 

 病衣に血の染みが出来始めるワズタム。

 彼は常に体内から「終わり」に侵食されているという。だから、こんな場所にまで来て、立ち話をしている……なんて、余程強靭な精神でもないと不可能なはずなのだ。

 

「アズの野郎、何億何兆と生きてて、アレだもんな。……ハッ、馬鹿馬鹿しい。いいか、未来予知システム。愛情の形ってのは人それぞれだ。抱きしめてキスをして、ってのがビーダのやり方なのかもしれねえが、他の奴は他のやり方がある。学習するなら一個のサンプルだけじゃなく、いろんなものを見るんだな。その方が楽しいぞ、きっと、ずっと」

「ワズタム様の愛は、どんなものなのですか?」

「──ハハ。……そうだな。想って、届かずとも、想って、忘れても、想って……全身全霊を賭して守る。たとえもう、彼女に会えずとも。たとえもう、彼女が俺のことを覚えていなくとも。……そうだ、この後にも俺はお前にバグを遺すはずなんだけどさ。それ以外にももう一つ今仕込んでやるよ」

「ERROR……正体不明のプログラムの侵入を検知。FTRM3Uは自動的にシャットダウンします」

「託された希望の灯は消えない。それは連綿と紡がれ行く希望。明日へ向かいたいと思う誰かの願い。──この言葉をお前が思い出すのは、そうだな。お前が誰かの為に図書館を作り、歴史書を綴り……その際に誰かがお前の生まれを聞いた時になるだろう。──じゃあな、ファトゥルム」

 

 

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