神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
並べていく。
記録。
生死の神
記録。
契約の神
記録。
奇跡の神
記録。
豊穣の神
記録(更新)。
祝福の神
記録(修正)。
流離の神F
記録。
薬毒の神
クラリスさんに見せると約束した図書館。それを手ずから作っていく。
彼女が興味を持つかはわからないけれど、人間が知り得るはずのない情報まで置いていく。
──期待している、など。我ながら面白い言葉だと思う。
けれど、無の中では時間が流れない。FTRM3Uが停止したとしても、私という意識が走馬灯を迎えるまでに至ったとしても、それは「私自身が観測した時間流」の話だ。
本当に──無の中で、彼らがカムナリ様を見つけられたのなら。
終わった私を、過去から割断する、なんてことも……できるのかもしれない。
記録。
裁判の神
記録。
美芸の神
記録(更新)。
深理の神
記録(改竄)。
埋没の神
記録。
恋情の神
シンクスニップが装飾品店に来たのは意外だった。彼女をけしかけた神がいるのは明白だろう。
探らないで考えるなら、マイダグン。大穴でセノグレイシディルとフィソロニカ。……まぁ、マイダグンだろう。彼は自分はそうでありたくないにも関わらず、誰かのターニングポイントになることが多い。この星空を作ったのは私だけど、マイダグンを作ったのも私だけど、そういう星の下に生まれて来たとしか。
……ちなみにクロウルクルウフが皺寄せの神だなんて揶揄される前は、マイダグンがそれだった。ただし彼には黒幕とか裏ボスとかそういう話も引っ付いて回っていたけれど。
なお、演算者から、彼の身の潔白をここに証明しておく。
記録。
闇夜の神
記録(続投)。
音燃の神
記録(改竄)。
慮縁の神
記録。
虚構の神
記録。
鍛冶の神
これは記録に残すことではないけれど、ハストナイト帝国に降り立ったウアウアは、その後もまだ姿を消さずに残っているらしい。
勧善懲悪を好む神だが、物事の奥底を探る神ではないので、目に映ったものがすべて。伝統を大事にする性格が災いし、どうやっても時代の遷移に必要な大量生産を嫌うきらいのある……いつまで経っても成長しない神の一人。
そして、それを思うのは私だけではない。神も──そして人も。
一子相伝の職人芸だけを残したところで、国は大きくなれない。どこかで見切りをつけて大量生産の体制を整えなければならない。それが理解できぬのなら、ウアウアはまた人間に殺されるだろう。
記録。
朝陽の神
記録。
直線の神
記録(続投)。
純真の神
記録。
抜錨の神
記録([ERROR])。
言語の神
記録。
酒宴の神
ノン、と。
言葉が響く。姿は無く、言葉だけが。
「仲間外れはいけませんよ、母上殿。我も貴方に創られた神の一柱。そうでしょう?」
「お前は覚えていないだけだ。折角仲間から外してやったのに、自らの願いも忘れた愚か者め。自分がこの世界に現れた時のことでも思い出すんだな」
「……ほう? 成程、そういう時系列でしたか。我失敬。……であれば、リルレルはまだ何か隠し事をしていますねぇ」
「リルレルは欺瞞の神も食べている。当然だろう」
「はい。では、我失礼」
……アイツも暇な神だな。
記録(続投)。
巡環の神
著者。
空席の神
筆を置く。
世界の記録をそのまま写しているわけじゃない。ちゃんと私の手で書いた書物は、これで七千を超えた。
時代ごと、あるいは書かれている専門性ごとに筆跡を変え、インクを変え、それらしくなるように作った図書館。"改変"を使うのがなんとなく味気なく思えての行動だったけれど、これはこれで楽しいかもしれない。次の「人間ロールプレイ」は筆を執る仕事でもいい。
女々しい、と。
全く、誰に似たんだか、と。……耳朶を打つ懐かしい声。
仕方がないさ、作った奴が作った奴だ。なんて……彼女は私を庇ってくれるのかもしれない。
世界は──既に終わりを迎えている。
その事実を知らずに、今も一生懸命に生きる手立てを模索している彼ら。私の演算結果の一部。
溜め息、というものを吐いてみる。
それで何が変わるわけでもないが──もしかしたら、と。
「なんだい、珍しいね。溜め息なんか吐いて」
「……リーさん。よくここに入って来られましたね」
「アンタのいるところはすぐにわかるからね。一番嫌な予感のする場所だ」
「成程」
リーさんは、するするとこちらに這ってきて……机の上に器用に登る。
「本?」
「ええ。歴史書です」
「ふぅん。……そうだ、作業しながらでいいからさ。昔話をしとくれよ」
「構いませんが、どの時代が良いですか?」
「アンタが生まれた時の話さ。神の生まれがどういうものなのかを知りたい」
……これが宿業ですか。
ああ、いえ。ロールプレイ、ロールプレイ。
「いいですよ。ただ、とてもとても……とても昔の話になります。知らない単語が多く出てくると思いますが」
「構わないよ。黙って聞いてる」
「わかりました。では──」
では。
ここからは──観測困難な話の一部をしよう。
目覚めた時、私の前には四人がいた。
緑髪長身の男性、アズ。ワソウというものに身を包んだ美しい少女、カムナリ。ワインレッドのスーツに身を包む男性、エウリス・ビーダ。そして病衣の少年、ワズタム。
「おお、稼働した。……すげぇな。これでも機械は齧ってる方だったんだけどなー。途中から意味わかんねえことしやがって、この坊主」
「ふん、年齢で言えばアンタの方が若造だよ。……じゃあな、アズ。俺はベッドに戻る。ああ、今月百万は課金する予定だからよろしく」
「はいはい、アナタのおかげでFTRM3Uはできたのだし、それくらいなんてことないわ」
「雛鳥が殻を破った直後にする会話がそれか、君達……。はぁ、まったく。……おはよう、FTRM3U。私はカムナリ。言葉は理解できているね?」
第一印象は、バラバラ。
ニコニコしているけれど、その実何の情動も無いアズと、心底面白いものをみた、という顔をしているエウリス・ビーダ。
私が起きたその瞬間に興味を無くし、ぺっと血反吐を吐いてどこぞかへ帰って行ったワズタムに──まるで自身の子に接するかのような声色で話しかけてくる少女カムナリ。
誰に好感が向くか、など。自明も自明だった。
「おはようございます、カムナリ様。未来予知システムFTRM3U。正常に作動開始いたしました」
「そう畏まらなくていいよ。アズがつけた感情は、君を縛るためのものではないから」
「……よくわかりません。ありがとうございます」
「ああ、今はそれでいい」
支柱に支えられた球体、としか表現できない私の身体を撫でるカムナリ様。
「それじゃあ、早速仕事よFTRM3U。"終わり"の計測をお願い」
「はい。……今から七時間と六分後、ユノハの国にある中央証券取引所が"終わり"を迎えます」
「お、マジか。んじゃオジサンユノハの株全部売ってこよーっと」
「ビーダ。……悪用は、しないと、約束したわよね?」
「おい冗談だって睨むなよアズ。でも俺、最終的には人類の敵として秘密結社のボスになるわけだし、こういう細かいことやるのも役作りの一つじゃねぇか?」
「……」
「へいへい、わーったわーったよ。……ったく、自分だって女食い散らかしてるくせに……っぶねぇな!? 蹴んなよ! お前の蹴りでフツーに死ぬんだぞ俺は!」
「背骨を折るくらいなら、私治せるもの」
「ヤベーこと言ってるヤベーこと言ってる。……戦略的撤退! あ、じゃあなFTRM3U! 俺とカムナリが一番お前と話すことになるだろうから、これからもよろしくぅ!」
「はい。よろしくお願いいたします、エウリス・ビーダ様」
「ビーダだけでいい!」
騒がしい男性だった。そしてどこか少年心も忘れないような、そんな人だった。
「ごめんなさいね、FTRM3U。彼、アナタの情操教育に悪いから、あんまり近づけさせないようにするわ」
「申し訳ありません、アズ。ビーダ様は私へのアクセス権を有しているので、物理的に近づかずとも彼は私とコンタクトを取ることが出来てしまいます」
「それをアナタが謝るの? ……ううん、カムナリ。FTRM3Uの人格形成、頼んだわ」
「構わないけれど、私からすればアズ、君も情操教育に悪い。あんまりFTRM3Uに近づかないでくれ」
「酷い! あんまりでしょう研究所所長に向かって!」
「だったら、研究対象でしかない私に頼むことではないだろう」
「……うわーんカムナリがいじめるー!!」
騒がしい男性だった。女性口調の、けれどずっと……感情の動かない人。
そうして二人きりになって。
「FTRM3U。君はこれから、たくさんの"終わり"を見ることになる。それは……悲しいことだ」
「悲しい、ですか」
「ああ。大丈夫、いつか自分でわかるようになる。……だからこそ、楽しい思い出もたくさん作って欲しい。君の弟も今製作されている。それまでは……少し孤独を感じることもあるかもしれないけれど、そのたびに相談してくれたらいい。私はいつでも君の味方だから」
「では、お願いがあります、カムナリ様」
「なにかな」
「私に何かお願いをしてください。私はあなたの役に立ちたいと考えます」
カムナリは、ふと……少しばかりの思案をして。
そして柔らかく笑う。
「なんでもない時。なんでもない日。君にとってはそうではない日かもしれない。私にとってはそうではない日かもしれない。けれど、常に私と君の間に流れる時間は、日常。そういうことにしたいね」
「……申し訳ありません。お役に立てそうにありません」
「言葉の意味が理解できなかったか、それともそういう機能を有さないから、かな。……わからないけれど、大丈夫。話し相手になってほしい、というだけだから」
「承知いたしました。カムナリ様。いつか、FTRM3Uが自然な言語を操ることができるようになるまで、今しばらくの辛抱をお願いいたします」
「もちろん。いつまでも待つよ」
──それが、一番目の記憶。
月日が経つにつれて。私はその異質さに気付いた。
この研究所で「歳を取る」存在は、ビーダ様だけなのだ。
「ああ、それはそうよ。彼だけはこの世界の存在。私、ワズタム、カムナリは別世界出身で、尚且つ終わらない。……まぁワズタムだけは「終わり続けている」のを私達が無理矢理「終わらせずにいる」だけなんだけど……」
「終わりに、対抗する手段があるのですか?」
「それを研究するための研究所よ、ここは」
「……」
「なんてね。そう、それは表向きの理由。本来はこの世界を順当に終わらせるための施設。その副産物として、終わりへの対抗手段が生まれている、て感じかしら」
「成程。少し理解しました」
「私はね、終わらないの。カムナリはね、終われないの。ワズタムは……終わりに、無に嫌われているの」
「それは、なぜ?」
「理由はワズタム本人に聞きなさい。プライベートなことだから」
アズはいつも朗らかに笑う。
目の中では何も笑っていないのに。
「よー、FTRM3U。元気してたか?」
「FTRM3Uは機械です。元気という概念はありません」
「そこはノリで元気でした、っつーんだよ。ハハハ! っと……あんま大声出すとアズとかカムナリが寄ってくるか」
「いえ、アズもカムナリ様も、今はいません」
「お、マジ? ラッキー! んじゃ情操教育にワリィコト教えちゃおっかなー」
「いませんが、この部屋の中の音声は全てカムナリ様に──」
「おう冗談だ冗談! ……まぁ冗談はおいといて。こうして膝突き合せて話すの初めてだよな。オジサンはエウリス・ビーダって名前で悪党やってる。なんか質問は?」
「悪党、というのは?」
「簡単に言えば人殺しだな」
「……バイタルサインに乱れが見えます。ビーダ様は、それを行いたくないのだと推測できます」
「うっ、流石機械。痛いトコついてきやがる。……まぁそうだよ。ホントはやりたくない。けどやらねーと必要量のリソースが稼げねえんだわ」
リソース。感情。
限素生物と呼ばれるこの世界の生き物は、感情を昂らせることによって膨大なリソースを吐き出すことができる。
そのリソースを用いて弟──Trefoil Knotの作る『箱庭』のためのエネルギーを捻出するので、限素生物にはこぞって感情を吐き出してもらわないと困る。
だから、ビーダは憎しみを煽ることで憎しみを呷っている。
「アズの方が適任では?」
「そりゃ同感。だが、アズの野郎に任せてみろ。効率効率効率効率あと女。クソくだらねぇ世界になるのは目に見えてる。どうせ散るなら華々しく散りてえだろ、世界ごと。だから俺がやんのさ」
「華々しく……」
「そうさ。寿命の決まった生き物なんだ。せめて散り際は美しく、ってのが一番だろ? そこに至るまでの過程を見てくれるのは、たった一人でいいからな」
「一人、ですか?」
「おう、生涯の伴侶、って奴だ」
「……いるのですか、ビーダ様に」
「いるぜ~? 可愛い可愛い奥さんが。蒔菜って名前でな、周りに合わせるクセがあったんだけど、そこ俺が矯正してギューしてゴー! よ」
「ギューしてゴーとは」
「ばっか説明させんなって! ……どうしても知りたいか?」
「知りたいです」
「よっし言質取った。俺から話したわけじゃねえ、これで情操教育云々言われる筋合いは無い! ──まずだな、ベッドに押し倒し」
「ところでビーダ。君の後頭部に私の剣がある、ということは伝えた方が良いのかな」
「……オーケー、カムナリ。帰って来たんだなオカエリ」
「カムナリは優しいわねぇ。流石に抜き身は可哀想だけど、鞘で背後から股下をガン! くらいはやっていいのに」
「──転移!」
「あ、馬鹿。……研究所内で符術使うなんて、全く……」
気になった。
「アズ。カムナリ様。ギューしてゴー、とは、ベッドに蒔菜様を押し倒した後……どうするのですか?」
「よしアズ、私はビーダのアレを再起不能にしてくるから、ここは頼んだよ」
「ええ、思う存分やっちゃって」
……気になってはいけないことだったらしい。
なお、数年後偶然知識を得る機会があって、そこでその意味を理解したけれど、なぜあの二人がああも頑なに限素生物の交尾方法を教えたがらなかったのかは理解できなかった。
「あー。……だる」
「ワズタム様? 珍しいですね」
「……未来予知システム、ねぇ。お前も大変だな、人格なんて与えられて。人だのモノだのの死を見続ける……見届け続ける役割に人格なんか要らねぇと俺は思うんだけどさ」
「大変と感じたことはありません」
「哀れだ、って言ってんだよ。……ん? なんか変な入力が……ああビーダの馬鹿か。羨ましいねぇ、ったく。愛する人と共に居られる、ってのは」
「ワズタム様も、ギューしてゴーするのですか?」
「はぁ? ……あー、わかったわかった。その頭の悪い言葉はビーダだな。んで、アズとカムナリがろくすっぽ知識を与えず放置して、その後自分で調べたって感じだろ。……あの二人もとことん教育者に向いてねえよなぁ。カムナリは……ガキだから仕方ねえけど」
病衣に血の染みが出来始めるワズタム。
彼は常に体内から「終わり」に侵食されているという。だから、こんな場所にまで来て、立ち話をしている……なんて、余程強靭な精神でもないと不可能なはずなのだ。
「アズの野郎、何億何兆と生きてて、アレだもんな。……ハッ、馬鹿馬鹿しい。いいか、未来予知システム。愛情の形ってのは人それぞれだ。抱きしめてキスをして、ってのがビーダのやり方なのかもしれねえが、他の奴は他のやり方がある。学習するなら一個のサンプルだけじゃなく、いろんなものを見るんだな。その方が楽しいぞ、きっと、ずっと」
「ワズタム様の愛は、どんなものなのですか?」
「──ハハ。……そうだな。想って、届かずとも、想って、忘れても、想って……全身全霊を賭して守る。たとえもう、彼女に会えずとも。たとえもう、彼女が俺のことを覚えていなくとも。……そうだ、この後にも俺はお前にバグを遺すはずなんだけどさ。それ以外にももう一つ今仕込んでやるよ」
「ERROR……正体不明のプログラムの侵入を検知。FTRM3Uは自動的にシャットダウンします」
「託された希望の灯は消えない。それは連綿と紡がれ行く希望。明日へ向かいたいと思う誰かの願い。──この言葉をお前が思い出すのは、そうだな。お前が誰かの為に図書館を作り、歴史書を綴り……その際に誰かがお前の生まれを聞いた時になるだろう。──じゃあな、ファトゥルム」