神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
エリはこの男が苦手だった。
「私の剣の原理を教えて欲しい……?」
「ああ。その剣は僕の知識に無いものだ」
「それで、私が答えるとでも?」
「ダメか、神殺し」
トム・ウォルソン。
魔色の燕の幹部であるが、他の者と違って肉体的に優れているわけでも、特異な固有魔術を身に着けているわけでもない人間。
歴史上にその名は無く、本人も「僕は死者ではない」らしい。ある意味で、あの軽薄な男とトム・ウォルソンと、そして末端の構成員たちだけが現代の魔色の燕と呼べるのだろう。
「ダメですね。この剣は」
「そうか、ならいい」
「諦めが早い……喉から手が出る程に欲しかったのでは?」
「当然のことを聞くな。だが、冒険者とは契約によって依頼をこなす存在だろう。契約が不成立の場合、こちらからはどうしようもない」
チャックという男はまだいい。
何も考えていないようで、実は少し考えていて、けれど何も考えない方を選んでいる。そういう人物像だから、
対しこの男はどうだ。ずっと難しいことを考えているようで、実はもっとたくさんの難しいことを考えている。エリには考えの及びつかないほどに、難しいことを。
「リルレルの花冠、トゥナハーデンの鍬、トゥルーファルスの機織り機、ライエルの短剣……などの、"神に贈られた品々"を知っている?」
「ああ、実物を見たことは無いが」
「私の剣は、ある意味でそれと同じ。アードウルグ歴において、神の権能が当然のように揮われる時代において──人々が編み出した技術の結晶。私のこれは、対権能。贈られた品々は、神に寄り添う力を持つ。神の加護がないにもかかわらず」
「……何のための組織力だ、と。そう言いたいのは伝わっている。だが僕は」
「あなたのそういうひたむきな面は嫌いじゃない。何を目指しているのかは知らないけれど、頑張って」
苦手だから、離れる。
エリはその部屋を出た。
出て、少女と鉢合わせる。
「……」
「……」
暫定、魔色の燕最高戦力。
オーリ・ヴィーエ。その下にリーダーであるゼルフとアリアが続く。
「……失」
「エリ。──私を鍛えてくれない?」
「は?」
失礼します、と言いかけたところにそれで、間の抜けた声を出してしまうエリ。
最高戦力が何を言っているのか。
「勝たなきゃいけない相手がいる。けど……正直魔色の燕のメンバーじゃ、相手にならない」
「自身の組織に、随分な言い草ね」
「私は彼らを仲間だと思ったことは一度も無い」
それはエリの知らない一面だった。
普段は見せない……むしろ仲間想いで、死者生者問わず積極的に仲良くなりにいこうとし、助けに入る彼女。
その、冷徹な面。側面ではなく──今までが仮面か。
「わかった。……トム・ウォルソン。原理を教えることはできない。けれど、盗み見て、分析するのは勝手」
「感謝する」
「練兵場へ行こう。地下の方」
魔色の燕を名乗る、彼ら彼女ら。
その真意を今日量る。
マズイ、と思ったトム・ウォルソンが結界の強度を上げていなかったら、あるいはクロックノックという国そのものが崩壊していた可能性がある。
否、トム・ウォルソンだけではない。彼だけでは抑えきれないと判断し、"蘇った英雄"の何人かも結界の維持に全力を注いでいる。
それほど激しい戦いだった。
「急進・狒狒・倒透」
「魔色──」
地下練兵場のあらゆるところに浮く黒白の粒子。あれに触れただけで、全身に無数の穴が開くという恐怖の魔力。
その全てを避け切って、その上で攻撃を仕掛け続けるエリに、"蘇った英雄"達は目を剥いていた。
現代の人間に、これほどの使い手がいようとは、と。
そして、さらに一部の英雄は気付くだろう。
「流麗・交交・真深」
「っ……!」
この場を埋め尽くしているのはヴィーエだし、魔力や速度もヴィーエの方が上だ。
なのに。
なのに──優勢なのは、エリの方だ。
「羽搏き……!」
「見苦しい」
「うっ!?」
剣ではなく、蹴りが入る。
ヴィーエより身長の低い少女の蹴りは、けれどヴィーエを遥か後方、結界にまで叩きつける。
「最強の技で来い、魔色の燕。様子見だとか、小手調べだとか──舐めるな」
「……そうね。そうだった。あなたは……現代最強とも言える剣士。……殺す気で行かないと、負ける」
「そもそもがお前の修行。遊んでいる暇があるの?」
「いいえ。──黒白相克」
膨れ上がるヴィーエの魔力。
耐えきれなかったのは……結界の方だ。けれど、「即刻中止させろ! このままではクロックノックが保たんぞ!」という"蘇った英雄"らを制止して、トム・ウォルソンが結界を張り直す。
価値があると。
そう見定めた。
「世界には、時間と空間を操る神がいない。最も司られるべきものが手放しだ。──だからこそ、その技が生まれたのかもしれない」
「
「
対権能剣術、ではなかった。
凄まじい密度の黒白の粒子と、そして所々に開いた「穴」の全てを避けて──エリはヴィーエを押し倒す。
その首に、剣を添えて。
「……理解できない」
「は……はっ……はぁ……な……にが」
「
「……ラスタマリア王朝の……記憶でも、有して……?」
「いいえ。けれど、知識として知っている。かつて魔王に挑んだ冒険者パーティ魔色の燕。その中にいた、真なる魔色の燕の話。……でも、今の貴女じゃ、当代魔王にすら勝てるとは思えない」
「……」
心底残念そうに。
心底失望したように。
「以前、ヤーダギリ共和国周辺で、私達
「っ……」
「圧倒的だった。何もかもが。感情結晶によるカムフラージュはしていたけれど、あんなので騙されたりはしない。あれは素が強い。あれは地力が違う。あれは──果て無き研鑽の積まれた技術の使い手だった。ここにいる魔色の燕を、すべて束ねても勝てない程に」
「何が……言いたいの?」
「師事する相手を間違えている。彼女が敵なのだとしても、彼女を超えたいのなら、彼女に教えを請うべき」
「……無理でしょう、そんなこと」
「やらぬ内から諦めない。組織力はあるのだから、探させればいい。──というより、その"彼女"がどこにいるか……トム・ウォルソンは知っている。そうでしょ?」
「ああ、知っている」
ギリ、と。
歯を噛み締める音がヴィーエから響いた。
「……ウォルソン。教えて、彼女の場所」
「構わないが、どうする気だ」
「会いに行く」
「会ってどうする気だと聞いている」
「聞く。──彼女が、何者なのかを」
「そうか。わかった」
黒白の粒子が消え失せる。
開いた穴が修復される。
「それ、私もついて行っていい?」
「え?」
果たして。
身分を隠して、ヴィル、エイラと名乗った二人は、厳しいアシティスの審査を通り抜けて、そこに入った。
秘匿の霧で守られた都。ただし現在は秘匿の神が不在であるとかなんとか。
外界とは全く違う文化形成が成されているアシティスは、単純な観光地としても興味深いもので、ヴィルとエイラは周囲を見渡してばかりだ。
その姿があんまりに「観光客」過ぎたのだろう。
青年が一人、声をかける。
「君達は……外からのお客さん、かな」
「あ……はい。私がヴィルで、こっちが妹のエイラです」
「は? ……確かに私はエイラですけど、私の方が姉」
「そうか。僕はヴァイデンス。この都の自警団を務めている。……ああ、怪しんでいるわけじゃないんだ。ここへ来たということは、何か目的があったんだろう? これでも都については詳しくてね。人物名でも施設名でも言ってくれたら、案内できる」
エリは、「こんなにも下心を感じない人間は珍しい」と思った。
別にエリが人間ではない、ということではないけれど……ヴァイデンスという青年には、混じり気無しの善意しかない。
そしてどこか、懐かしさを覚える魔力をしている。
「オーリ、という人を探しています」
「オーリ・ディーンさん……かい?」
「はい」
「そうか。……一応、聞いておくよ。何の用かな」
「親戚なんです。私、オーリ・ヴィルと言います。ただ……少し前から、ディーン姉さんと連絡が取れなくて、交易認定所に行ったら、ここにいる、って噂が」
「ああ……アシティスに入ったから足取りが途切れたのか。うん、わかった。信じよう」
「……その、私が言うのもなんですが、良いんですか? これで私達が凶手だったら」
「確かに君達からは並々ならない力を感じる。強者であることもわかる。ただ、今の彼女の店はそれさえも凌駕できるだろう過剰戦力が集まっていてね。勿論彼女も強者だけど。……それに、外に置いてきた親戚の娘がいる、というのは聞いていたから、そう警戒しなくて大丈夫だ」
それは全くの勘違いであるけれど、少なくともヴァイデンスの「人を見る目」は確かなのだろう。
此度、この二人に害意は無い。だから見つからなかったとも言える。
クレイムハルトの家に害が降りかからないよう、常時目を凝らしてアシティスを監視している錯角の神の審査から。
「いらっしゃいませ~」
おっとりした声で「挨拶」をしてきたのは、明らかにアサシンだった。
巧妙に隠してはいるが、感じられる血の臭いは相当なものだ。
「あの、ディーンさんはいらっしゃいますか?」
「オーリさんのお客さんですか~? はい~、ちょっと待っててくださいね~」
オーリ装飾品店。そう銘打たれたこの店は、成程。
多量の装飾品が並ぶ店だった。中にはエリでも欲しいと思うような、実用的なアクセサリー。あるいは彼女の欠片ほど残された少女としての部分が反応する、デザイン性の良いアクセサリーがある。
「いらっしゃーい! ……ってアレ? もしかしてイルーナちゃん対応済み?」
「イルーナ、という方が先ほどの小柄な女性であれば、はい」
「あ、そなんだ。……なんか待ちで、暇ならお店のアクセ紹介するけど、聞く?」
フランクに話しかけて来た女性に──エリは戦慄する。
わかる。感覚で。肌で。
この女性は、非常に強い神の加護を受けた人間。あるいは──神そのものだ、と。
成程過剰戦力。こんなものが普通にいていいわけがない。
「おいスーニ。客にダル絡みするな。すまねーな、嬢ちゃんたち。ゆっくり見て回ってくれ。そんで、わかんねーこととか、探したいモンあったら声かけてくれりゃいいから」
「ちょ、ライル! 緊張して声かけられない子だっているっしょ? だからウチはこーやって積極的に」
「それがうぜーって客もいんだよ馬鹿」
男性。とても常識的な言葉を吐く男性に──これまた戦慄する。
アレも、そうだ。加護を受けた人間か……神そのもの。
過剰戦力にも程がある。
「スーニさん、ライルさん、お客様の前で喧嘩は……その、だ、だめです!」
「お……っと、すまねえクラリス。しっかし、お前も立派になったなぁ、俺達を叱れるか」
「たはは、ごめんごめん! お客さんも、うるさくしてごめんねー!」
バックヤードから出てきた女性……は、普通だった。
ようやく普通の従業員がいた。
「なんですか、騒々しい。……おや、あなた達が……イルーナの言っていたお客さん、ですか?」
そしてもう一人、普通の人がいた。
普通の。
普通……の。
「あなたが……オーリ・ディーンさんですか?」
「ええ、はい。何用ですか、オーリ・ヴィーエさん」
「ッ……! 少し、話したいことがあって」
「はあ。私の記憶に違いが無いのなら……貴女は私の店に刺客を差し向けた集団の一員ですよね。そんな相手と、卓につけ、と?」
普通ではない。
なんだコイツは。エリの中で最大規模の警鐘が警報を打ち鳴らす。
装えてはいる。確かに。まるで「一般人」だ。「人間のフリ」が上手く出来ている。
でも。けど。
違う。
こいつは。
「……ま、いいでしょう。二人ともこちらへ。イルーナさん、クラリスさん、他二人。店番頼みました」
「はい~」
「はい!」
「……纏められるの不服だわ。特にスーニと」
「そんなんウチだって同じなんですけど」
こいつは──敵だ。
なんて言葉を吐くわけにもいかず、奥の個室へと通された二人。
「自己紹介は……必要ない、と……考えて良い?」
「ええ、最早隠す段階でもないですからね。──ただ、私側からは初めまして、を言っておきます。私は空席の神Futurum。創世神です」
「……」
「……」
「おや、このジョーク、刺さる率低いですね。先日ある神に対しては苦笑いを引き出せたのですが」
それがジョークではないことを理解できるから、何も言えない。
二人は……いや。
「ごめんなさい。今日は神ではなく、オーリに用が会って来たの」
「ああ、そうですか。はい、では。私はオーリ・ディーンですよ。何用ですか?」
「そっちじゃなくて、オーリの方」
「……。オーリはあの時死にました。あなたのツバクラメを食らって」
「手加減したと聞いたわ。私は覚えていないけれど、どの属性でもない魔力を用いた技に負けた、と」
空気が割れるような音がした。
思わずエリが剣に手を当ててしまうほどの、濃密な気配が漏れ出でる。
「……あ、じゃま。した、これ。ごめん」
「そうですね。今は邪魔なので帰ってください、リルレル」
「はい」
気配が消える。
けれど、今なんと。というか、そんな簡単に。
「今のは……祝福の神リルレル」
「ええ、そうですよ。ついでにライルはライエルで、スーニはシンクスニップです。気付いていたのでしょう」
「……そうかもしれないとは思っていた。けれど……本当にそうだとは思わなかった」
「流石は対権能剣術継承者ですね。……よろしい、今のような邪魔を入れないためにも、少し空間を隔離しましょうか」
無詠唱で行われる「隔離」。
対処のしようがないその行為は、成程神を名乗るだけはある。
「それで、何を話しに来たのですか?」
「……強さについて」
「はあ。話にならなさそうなので、エリさん。説明お願いしてもよろしいでしょうか」
「……ええ。けれど、簡単なことよ。彼女はあなたに負けて、私にも負けた。弱いから強くなりたい。ただ、彼女を完成させるためには──あなたの協力が必要」
「魔色の燕に、クロックノック。そして間接的ではありますが、
「あるけれど、そういうのを気にしていたら……私はあなたに勝てない」
やはりか、という納得があった。
あの時、ラスカットルクミィアーノレティカを連れまわしていたのはこの女なのだと。姿形は違うけれど、本質が同じだ。
「面白いことを言いますね。私が協力すれば、あなたが私に勝てるようになる、と」
「……そう思って、来た。けれど……あなたが神ならば、根底から話が覆る」
「覆りませんよ。元からあなたでは私には勝てません」
「っ……そんなことは」
「ありますよ。──なんせ、私が初代オーリ・ヴィーエですので」
「──やっぱり、そうなんだ」
エリ的には「え?」だったけれど、ヴィーエには心当たりがあったらしい。
納得した様子で、言う。
「ずっと……自分が本物で、あなたが偽物。そう思っていたけれど……逆。そうなのね」
「果たして現在そうで在るかは謎ですがね。あなたは既に人間。蘇った死者ではなく、一個人です。──かつて私はオーリ・ヴィーエとして死にましたが、生き返ったあなたは私ではなかった。だから、別人なのでしょう」
「エリ。あなたが私に対して不十分だと感じたものは、恐らくこれよ。……あなたが伝え聞いたオーリ・ヴィーエは、彼女のこと。私は……その抜け殻から作られた偽物に過ぎない」
「はあ。……ええと、それが今何か関係がある?」
「え?」
「あなたが偽物であるか本物であるか、などどうでも良い。私から見たあなたは不十分。強くなるには彼女の協力が必要。そこに正体の真贋など関係ない」
どろり、と。
今度こそエリは剣を抜いた。
「ああ……ごめんなさい。エリさん、でしたね。対権能剣術の継承者。……良いですね、あなた。あなたの方がよっぽど……。いえ、言わないでおきましょうか」
「出来得ることなら……その神の気配をしまって欲しい。否が応でも臨戦態勢になってしまう」
「ええ、わかっています」
消える。リルレルとは比べ物にならない気配が消える。
それでも……エリの手は剣から離れない。
死だ。死がヒトの形を成して、喋っている。
「いいですよ」
「……何が」
「ですから、協力です。ついでにエリさんも、どうですか? ──対権能剣術。神を相手に使ったことは、ほとんど無いのでは?」
「それは」
それは。
またとない、機会だった。
そうして……二人はどこかに転移する。
豪雨と豪風の吹き荒ぶ結界。その中。肌を焼くような神の気配。
「ここは……」
「ここは、
天空にある、真白の白。
そして……地下に感じる、暗闇のような気配。
「では、やりあいましょうか」
「ああ。任せろ」
音も無く、それが降り立つ。
黒白の羽織物に、赤の仮面。
「……あなたは」
「魔色の燕の長。そう名乗っている。……アシティスに戻れ、ディーン」
「ええ。ただ、殺さないでくださいね。面白みに欠けますので」
「言われるまでも無い」
同じだ。
あの二人は、本質が、本源が同じ。
だけど──こっちの方が、危険だ。
「全力で来い、小娘共。まずは力を見てやる」
「神速・寥寥・時滋!!」
合図も無ければ、断りもない。
エリはその剣を長に向け──それが止まったことを察知した瞬間、バックステップでその場を離脱する。
そこでようやく相手の得物を見た。短剣だ。ただの短剣。タミルエインドなどで作られているわけでもないソレ。
手は休めない。言葉も挟まない。相手のリーチを理解した上で、エリは急襲を試みる。
技名の存在しない突き。小柄さと尋常ではない脚力を用いたその突きは、音をも越える。
「気迫は良い」
「っ、覇波!」
左手に持つ剣が右に受け流されたその瞬間、柄を右手で押し出し、無理矢理軌道修正を図って、さらに左腕だけで逆手の突きを行う。
手応えはない。肌に風を覚えた瞬間、横向きに転がるようにしてその場を離脱する。
「魔色相克!」
「私にそれを使って、勝てると……まだ思っているのか、オーリ・ヴィーエ」
「っ……ツバクラ」
「
激しい魔力の衝突。同等……否、明らかに「長」の方が上。
だからヴィーエは吹き飛ばされた。
「魔色・赫赫・凛輪!」
「ほう」
対権能剣術。闇夜と地平に対抗するためのそれを今この場でアレンジし、魔色を自己に取り込む。
換期法則における「常識」が魔力操作を邪魔してくるけれど、相手は神だ。それを無視する術をエリは有している。
「嚇灼!」
「へえ!!」
さらに、その発展形。
夜と地平を割断する、真っ赤な魔力。火の魔力は「伝播」を司る。それを知っているからこその使い方。
莫大なまでの火の魔力を剣に纏い、斬撃の瞬間にソレを空間へと固定する妙技。
「は──見ているか、オーリ・ヴィーエ! これが! これが神と人の戦いだ!!」
「一瞬でもその余裕、突き崩してやる」
伝播の性質を持つ炎が、空中に浮く黒白の粒子へと触れたその瞬間、周囲にばら撒かれていた粒子にも火がつく。
魔力に相性あれど、序列は無い。
だから、使い方次第で黒白の魔力とてどうにでもできる。
問題は。
「っ、遠い──!」
「遠くとも! 届かせる刃を使え、継承者!」
「言われずとも!」
支配下においた黒白赤の魔力から、等量の斬撃を放つ。
油断はしない。慢心も無い。斬撃が「長」に直撃する前に、エリは次なる手を打つ。
「業雹・微微・昏建!」
円を描くように、氷の魔力を迸らせた剣で黒白赤の魔力を撫でる。
氷の魔力。その本質は「固定」。風の魔力と対を成すもの。
「であれば、こちらも使ってやろう。──刹鍵」
「紫電・割割・習蒐!!」
「!」
降り注ぐ雷を割断するだけでなく、それを剣に這わせて速度を上げ、踏み込んで斬り上げる。
感触は肌。だけど──防がれている。
「学べ。私にその剣は効かない」
「Oreom!!」
「!?」
詠唱と共に、今しがた斬り付けた傷口が燃え上がる。さらに剣を振れば、その傷口から体内へ斬撃が放たれる。
ファロン・ウィリアムズという『紅怖結晶』の持ち主と長く長くを共にしたのだ。火の魔力の扱いにおいては、エリの経験値は膨大と言える。
……それを、握り、
「カ……」
「良いよ、お前。そっちの『一個人』は論外だが、お前には光る物が在る」
腹部への鈍痛。膝蹴りだ。
だから。
もう終わった、みたいな顔をしているから。
「
「評価が高い。諦めないのは良い事だ」
今度こそ、意識が刈り取られた。
翌朝。
天空城の一室で目覚めたエリは、剣戟を聞く。
「起きたか、継承者」
「く……!」
「ええ。……もしかして夜通し戦っていたの?」
「そうしろ、とうるさいのでな。だが、見ての通りだ」
見ての通り。
魔色の燕の長は片手で短剣を動かしている。
ヴィーエは黒白の粒子を携えながら、全力で短剣を揮っている。
「食堂に朝食を用意してある。口に合わないのなら言え、変えてやる」
「……そこまでしてくれるの?」
「ディーンから任された上、死なせるな、という言葉つきだ。お前達を奴の元へ返した時、欠損や体調不良があれば私の存在が危ういからな」
「あっちの方が上なのね」
「無論。奴は神だからな。ああまぁ、継承者に言っても脅威は伝わらないか」
「いいえ。彼女の恐ろしさは充分理解しているつもり。……朝食、いただくわ。ありがとう」
「ああ」
エリの目には、どちらも同一に映っているけれど……何かあるのだろう。
そうではない力関係が。
さて、食堂。
広々とした食堂には──先客がいた。
「ん? ……あーっと、これ、姿見られて良いんだっけ?」
「良いって言ってたじゃん、ママ。やっほーエリちゃん。お店ぶり~」
神がいた。
朝に湯浴みをしてきてからの食事だったエリは、髪を乾かすように使っていた白布を取り落とす。
「なんか、今日からウチらも戦うらしいから、ヨロ!」
「すまねぇが俺はマトモには戦わない。虚構の権能は知ってるだろ?」
「え……ええ。数いる神々の中で……最強と名高い虚構の権能。──けれど、それが彼女に言い含められたことではなく、あなたの独断ならば……舐めないで」
「……へえ」
「虚構の神だろうと、秘匿の神だろうと、私には対抗手段がある。勿論愛憎……恋情の神にも」
「へー! 良いじゃん、人間とガチで戦うとか初めてだし、なんか楽しみ!」
「初めて? ……愛憎の神シンクスニップと切り結んだ、という口伝が伝わっているけれど」
「あーね。でもウチじゃないから、それ。記憶は持ってるけど、ウチの記憶じゃないっていうか。あ、そうだ、リルレルも呼ぶ?」
「よせよ。アイツ呼んだら流石にぐちゃぐちゃになる。アイツが今何の神かを言える奴は」
「勿論構いません。錯角の神だろうと貪食の神だろうと瞬雷の神だろうと……勿論祝福の神だろうと、戦えます」
ですが、と。
エリは、席に着く。
「まずは食事からです。……ちなみこれ、誰が調理を?」
「ママだよ」
「ママ、とは」
「あー。これは……ああ、言っていいのか。だから、空席の神だよ。ファトゥルム。オーリ・ディーン」
「……神の手料理ですか」
「つっても特別な効果があるわけじゃねぇよ。普通の料理だ。といってもファトゥルムは……なんだっか、宮廷料理人? だかの経験もあるはずだから、味は良いぞ。俺達が食ってるモンとは別物の可能性はあるが」
「同じって言ってたと思うけど、味覚が違うからねー、ウチらと人間じゃ。だから楽しみかも。エリちがどんな反応するのか」
香りはとてもいい。
見た目もとてもいい。
さて、味は。
……の前に。
「え……エリち?」
「ん? エリちでしょ、名前」
「いえ、私はエリです」
「だからエリち」
「……縋るような目で見ないでくれ。こういう奴なんだよ、シンクスニップは」
エリは、諦めた。
諦めて目の前の食事に匙を入れた。入れて口に運んで。
「え! 美味しい!!」
それはもう、年相応に叫んだのだった。