神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「できるならやれよ」

 弾かれる。

 棒。ステッキという奴だ。

 弾かれる。

 こちらは真剣。だというのに、明らかに木製のそれを斬ることができない。

 

「確かに恋情の権能はエリちに効果ないみたいだけど、それ以外が疎か。ほらほら、考えて動くのも勿論大事だけど、時には頭を空っぽにしてGO! って時もあるよん」

「魔力操作に思考を使い過ぎだな。もちっとこう……感覚で使えるようになれ」

「ッ──」

 

 どうすればいいか。

 それを考えると悟られる。

 次にどう動くか。

 それを組み立てると阻害される。

 

 だから。

 

「お、いーね! けどそーなると」

「フェイントに引っかかりやすくなる。頭空っぽと猪突猛進は違う。雑と感覚も違う。まだまだ頭が硬ぇな、継承者」

「はい、ウチの勝ち~!」

 

 ステッキに足を絡めとられ、無様に転げる。

 往なしに特化した棒術。それも……権能をほとんど使っていない状態での戦い。

 

「はぁ……はぁ。参りました」

 

 素直に負けを認める。

 負け。いいや、学びだ。

 

「魔力操作……意識をせずに、できるようになること。これは課題ね」

「ま、あっちに比べたら上達速度は良い方だけどねー」

「あー。ありゃ見込み無しなんじゃねーかと思うんだが、どうなんだろうな」

 

 あっち。

 それは、「長」とヴィーエの戦い。

 

 埃一つ無い「長」と、泥だらけ血まみれのヴィーエの戦いだ。

 

「うーん。……長ちも大変そう。あれだけ手加減して殺しちゃダメとか、ウチじゃ無理だなー」

「お前は大雑把過ぎんだよ。……俺も他人のこと言えねえけど」

 

 弱い。

 どころか、刃を交えるたびに……その弱さが際立っているように見える。

 弱くなっていっている。

 

 ふと、ヴィーエが大きく蹴り飛ばされる。

 そのまま樹木に激突し、動かなくなった。

 死んではいない。気絶しているだけだ。

 

「……トム・ウォルソンだったか、あちらの魔色の燕の頭は」

「裏の顔、といったところ。表面上のトップはゼルフとアリアだから」

「理解できんな。死者が気絶する。お笑い種もいいところだ。なぜそんな機能を付けたのか、甚だ疑問だよ」

 

 それは。

 

「同感。死者なんて所詮道具でしかないのに、なぜ人間らしく仕立て上げたのか。理解できない」

 

 だけど。

 

「理解のできなさで言えば、あなたも同じ」

「ほう」

「見込みがないことなんて、ここへ来た最初の打ち合いでわかったはず。それでも見捨てないのはなぜ?」

 

 無論、ヴィーエは十二分に強い。

 この世に存在する生物の中でなら、確実に上澄みに属するだろう。

 ただ、それだけ。

 

「ふむ。……なに、等しく機会はあっていいだろう、と思ってな」

「生者、死者に、って?」

「そうだ。生者、死者。人間、魔族。天龍、神々。あとは……聖霊もか。この世に生きとし生けるものの全てがファトゥルムに挑んでいい。そのステージにないなら、引き上げることも吝かではない」

「強くして……貴女を殺して欲しいの?」

「それはそれで面白い。なんせ私は、あと十七億年そこらの寿命があると神に保障されている。それを壊し得る存在には心躍ろうよ」

「途方もない数字過ぎて、実感が湧かない」

 

 どういう保障だ、と。

 エリは考える。

 

「と……そういえば。エリ、お前はユート・ツガーに会ったことはあるか?」

「ええ、一度だけ」

「何か、感じたことは?」

「……」

 

 質問の意図を考える。

 あの青年に感じた事。

 

「異質。……なんというか、彼自身が綻びであるような……そんな感情を抱いた」

「……。そうか。では、あの死者に足りないものは、何だと思う?」

「足りないもの……」

「お前は奴を不十分だと評した。何が足りない」

「心。……いや、感情、と表すべきか」

 

 迷いはなかった。

 エリから見て……オーリ・ヴィーエには、感情が足りていない。

 

「あんなにもむき出しであるのに、か?」

「それは、そう在れと作られたから。過去の英雄……あのファトゥルムという神がそうであった頃のように振る舞えと設定されているから。そうにしか見えない」

 

 答えを聞いて……「長」は、ライエルとシンクスニップを見る。

 肩を竦める二人。

 

「なぜ、だろうな。……人間はこんなにも簡単に答えへと辿り着く。神の一部でさえ、そう在れかしと願われたら、そう在り続けるというのに」

「多分、それは……他者からの願いが、存在意義になっているからだと思う。"蘇った英雄"は特にそうでしょうね。誰も彼もが感じている、"自分はこの時代の人間ではない"、"生者の邪魔をするべきではない"という自己否定。だから、自分たちを蘇らせた者の願い……在り方に従う。そうしていないと、未練を失ってしまうから」

 

 少しばかり熱く語って、ふと周囲を見ると……にこにこしたシンクスニップ、ニヤニヤしたライエル。そして。

 

 どろり、と。ファトゥルムとほぼ同質の気配を零す、「長」の姿が。

 

「それ、やめて。否が応でも斬りかかりそうになる。……今日は充分な学びを得ている。ここでそれを塗りつぶしたくはない」

「ああ……すまない、無意識だった。……そうだな、存在意義。……その通りだよ、エリ」

 

 心なしか。

 幾らか緩和した、「長」の気配。

 

「だからこそファトゥルムは人間を不完全な生命として設計した。何の願いも持たない、自身の生まれた意味を知らない生命。彼らはそうであるからこそ定義から外れ、彼らはそうであるからこそ在り方から外れる。……まだ余地はあるんだ、エリ」

「余地?」

「人間が一生のうちに使い切ることのできる運命は決まっている。定められている。どれほどの大望を持つ者でも、その規定値を超えたことはできない。運命とは即ち"自らの魂が世界に影響を及ぼす可能性"を指し、だからこそ英雄たちは短命だ。いや、長命であっても、英雄である時間は限られている」

「……だから、死者は自己改革ができない」

「死者は、な。私はアレを死者だとは思っていない。既に一個人だ。だが……誰かの生き方をなぞるだけでは、使い得る運命も減ろうものよ」

「言われて、はい、わかりました、で変えられる奴も早々いねーけどな」

「ウチとか言われたまんま生きてるし!」

 

 不意にエリが剣を抜く。

 

「塗りつぶしたくない、と言ったけれど……一つ、思案中の技がある。見て欲しい」

「良いのか? それは、ファトゥルムへの切り札となりかねんだろう」

「見られたところで効力を失う切り札なんて、奇を衒ったものだけ。私のは違う」

「成程。見るだけで良いのか? なんであれば、こちらが攻撃することなく、ただの案山子に徹することもできるが」

「見ているだけでいい」

 

 思案中、と言った。

 けれどそれは事実ではない。

 

 今の「長」の言葉を聞いて、思いついた技だ。

 

「──」

 

 技名はない。何故ならこれは、神殺しの剣ではないから。

 ただ──空を切ったその剣からは、ギギギギギ、という鳴るはずのない音が響き渡った。

 

「……どう?」

「どう、も何も。自分がやったことに気付いていないのか? 周囲を見てみろ、エリ」

「え?」

 

 見る。見渡す。

 周囲は……静寂。

 

 ライエルもシンクスニップも。そして気絶していたヴィーエも。

 欠片たりとて、動いていない。

 

「それは、魔色と対を成す剣だな。時空を絡み合わせ、展開するのが魔色。対しお前のそれは、時間流そのものを斬る。人間が辿り着いていい領域ではないが……素晴らしいという称賛を贈る」

「ということは……今の手応えが、時間流?」

「ああ。だが気軽に使ってくれるな。川下に与える影響は計り知れん」

「気軽に使える技じゃない。心を空にする必要があるから」

 

 言えば、驚く顔をする「長」。

 その顔を見て、エリも驚いた。

 

「……あ、できた」

「ああ。シンクスニップとの戦いで得た課題。……傍目で見ていたが、上達速度がとんでもないな」

 

 ただ、今課題がもう一つ生まれた。

 

「……これ、帰り方は」

「元の時間流へか? ……私が帰してやってもいいが、いつもそばに私がいるというわけではない。私のいないところで使えば漂流者になろう。……いいぞ、エリ。お前が帰り方を見つけるまで、ここで見ていてやろう」

「……技というのは、一日にそう何個も作れるものではないのだけど……自分のせいだから、やるしかないか」

 

 そこから、剣技とは違う……魔力操作の領域にある「時間流の狭間からの帰り方」に関する模索が始まった。

 彼女がようやく出る方法を掴んだのは、彼女の体感で四日後。外では一秒たりとも足っていない時だったという。

 

 

 

 

 クラリスさんが魔印学を修め切った。

 正直かなり驚いている。勉強熱心なことは知っていたけれど、飲み込みの早い事早い事。

 比べるのはかわいそうだけど、リコ君の何百倍もの速度で学習を終えた。

 

 そして、その魔印学を修め終わった後で作られたのが、この装飾品。

 面白かったのでクレイムハルト家の怪老の元へそれを見せに行った。

 

「なんじゃなんじゃ、物の怪。そちらから訪ねて来るとは珍しい」

「クラリスさんが、私の想定を超える成果を出したので、あなたに共有しておこうと思いまして」

「ほう? 何を……これは!?」

 

 それは。

 

「『シュトルーパル』……? そんなはずは」

「これに関しては嘘偽りも、余計なてこ入れもない。クラリスさん自身の努力と発想、今回新しく手に入れた魔印学の知識を駆使して作り上げた、現代の前史異物(オーパーツ)。いえ、彼女は偶然できた、とは言っていなかったので、最早前史異物でもなんでもないでしょうね」

「クラリスが……」

 

 無論、怪老の持っていた『シュトルーパル』とは材質が異なるので、厳密には同じとは言えない。

 けれど、使われている技術は同じだ。

 

「天才的なデザインセンス。抜群の学習能力。これはあるいは、『蜜欲結晶』が宿っていた時の方が、彼女の未来を潰していた可能性もある」

「物の怪、お主にそこまで言わせるか、クラリスは」

「その勘違いは些かばかり不服かな。私は昔から職人という存在を肯定しているよ」

 

 歴史の中にある技術という技術は、私が作ったものではない。

 ……無論、私の演算結果にあったものだと言われたら確かに私発かもしれないけど、それでも私は、人間が思いついた、ということにしている。私の考えた人間の、私の考えた思考の、私の考えた道筋の中で編み出された、オリジナル。そういうものだと。

 

「そこで、少し相談がある」

「相談? 物の怪がか?」

「私の装飾品店ですら、彼女を置いておくには勿体ない。彼女はもっと広い世界に羽ばたくべき」

「それは……儂もそう思っておるが」

「一人で放すのが怖いなら、誰か護衛をつけてもいい。とにかくアシティスは閉鎖的過ぎて、彼女の才を閉じ込めてしまう。……ヒドゥンスさん、だっけ。この家の現当主は」

「ああ」

「よく相談して、家族で話し合うように。あらゆる生命は万化法則から離れられないけれど……クラリスさんは常に高次の方へと変化しているように見える。機を見失わないように」

「……わかった。真摯に受け止めよう」

 

 話は終わり。

 それだけだから、そんなに警戒しなくていいよ、リルレル。

 

 ……まさか本当に常駐してるとはね。

 

 

 店に戻ると、お客さんがいた。

 身なりの良い女性。対応しているのはクラリスさんとイルーナさん。

 

 お客様対応中は私が帰ってきても反応しないでいい、と伝えてあるので、バックヤードに入っていく私を彼女らは無視──。

 

「あ、オーリさん。この方、オーリさんに用があるそうですよ~」

「あら、あらあら。あなたがここの店主さん? 少し……よろしくて? 商談がありますの」

 

 商談。

 ……ウチと? なんだろう。

 

「立ち話もなんですから、奥へどうぞ」

「ええ、ありがとう」

 

 アシティスの貴族ではない。

 というより、身なりがいいだけで貴族ではないような印象を受ける。大手の商家かな?

 

 

 ということで席に着く。

 着く前に彼女は優雅なカーテシーと共に、挨拶をしてきた。

 

「申し遅れました。私は交易認定所で所長を務めております、スーサナという者。お恥ずかしながら、家名は持ち合わせおりません」

「私はオーリ・ディーン。この店で装飾品を扱っています」

 

 というやり取りの後、席について。

 

 商談……というか、その話が始まった。

 

「……回りくどい話は無しにしましょう。あなたはそういうものを嫌っていそうですからね」

「流石ですね、交易認定所の所長は。人読みがお上手で」

「ええ、ありがとうございます。──単刀直入に言います。あのクラリス・クラリッサ・クレイムハルトというデザイナーを、譲っていただきたいのです」

 

 ……我ながらお粗末な演算結果だ。

 渡りに船も過ぎようというもの。

 

「彼女の意思は?」

「既に。あとはあなたの許可さえあれば、と」

「偽りを孕む言葉ですね。見抜けますよ、私は」

「っ……。これは失礼を。意思はありましたが、ここへの恩義を捨てきれないと仰っていて……ですから、店主であるあなたから突き放していただければ、彼女も決心がつくものかと」

 

 そんなことだろうとは思ったけれど。

 ふむ。

 

「いくつか質問しても?」

「ええ、勿論です」

「まず──クレイムハルト、という家が、どんな業を背負っているのかは、ご存知でしょうか」

「知っています」

「その上で、ですか」

「確かに商売とは信用と切り離せないものですが、それを押して余りあるほどに彼女の才は惜しい。どころか、彼女の功績がクレイムハルトの汚名を払拭することになると、私は睨んでおりますわ」

 

 成程。彼女の願いも叶えつつ、か。

 

「次の質問です。貴女は彼女の作品が完成品だと思いますか?」

「いいえ」

「あれほど優れたデザイン性と実用性を有していて……あなたのもとにあれば、まだまだ磨きがかかる、と?」

「そうではありません。彼女は彼女自身の力でもっともっと素晴らしい作品を完成させていくことでしょう。けれど……言っては何ですが、このアシティスという都はそういった鳥の羽ばたきには余りにも向いていない籠。そういったこれから名を馳せる職人たちが、大きく、自由に飛び立てる止まり木。それこそが、交易認定所であると自負しておりますの」

「では、最後の質問です。──あなたは彼女を、どこで知りましたか?」

 

 少し、圧をかける。

 おかしいのだ。

 交易認定所の長が、ここにいること自体が。

 

 だから、情報源はどこだ、と。

 なぜ自ら来たのか、と。それを問う。

 

「勘ですの」

「……はい?」

「ですから、勘ですわ。直感。昨日の正午あたりでしょうか……私の商人の勘にビビっと来まして。急いで身支度を済ませ、アシティスまでやってきた所存にございます」

 

 流石に視る。

 そんなわけ、と。

 

 そんなわけあった。

 

 ……本当に、何の前触れも無く、勘だけで行動している。というか過去も見たけど、全部そうだ。

 理屈や理念ではなく、自身の良いと思った方向にだけ動き続けて……長まで上り詰め、今も多くの「埋もれた職人たち」を「あるべきところへ」運んでいるらしい。

 

「……いいでしょう」

「本当ですの?」

「ええ、ただし、クレイムハルト家の許可、及び護衛となる者をつけること。これはクレイムハルト家と協議を行ってください。そして……私側からは、彼女に卒業試験を言い渡したいと思います。それをクリアしたのならば、私自らが彼女の背を押すことを約束しましょう」

「……私の手腕と、クラリスさんの技量にかかっている、と」

「不安ですか?」

「いいえ。確信していますのよ、私は。クラリスさんが……のちの世に、歴史に名を残す工芸家となることを」

 

 ならばいい。

 では。

 

 

「卒業試験、ですか」

「はい。既にスーサナさんからお話があったと思いますが、私もあなたが世界に羽ばたいていくことには賛成です。恩義など感じる必要はありません。歴史についても、いつでも見せることが可能です。ですが」

 

 だけど。

 

「この卒業試験を合格できなければ、私はあなたを認めません。この装飾品店で一生飼い潰したいと思います」

「……」

「卒業試験の内容は、これです」

 

 羊皮紙を渡す。

 書いてある文字はない。ただ私の転写した絵があるだけ。三面図になっているソレは、けれどだからこそ、見えない部分も多い。

 

「これを作ってください」

「……これは、なんという装飾品ですか?」

「教えません。誰に聞いても構いませんが、誰も知らないと思いますよ」

「……わかりました」

 

 デザインの試験など作らない。というか作れない。

 私はデザイナーじゃないし。

 だから、あくまで装飾品の試験だ。

 

「これに関する技術、材質は何も教えません。ただし、期限は無期限とします。──どうぞ、全霊を持って再現してみてください」

「はい。──必ず再現して見せます」

 

 羊皮紙を受け取ると、クラリスさんはすぐにバックヤードへと戻って行った。

 早速研究を始めるのだろう。

 

 ああ、だけど。

 

「店番もやってくださいね」

「は、はい! それはもちろんです!」

 

 よろしい。

 

 

 そんなクラリスさんが猛勉強……猛研究をしているバックヤードから外れて、イルーナさんと雑談をする。

 

「私にも教えてくれないんですか~?」

「イルーナさんの口の堅さは認めていますが、人というのは情の湧く生き物ですからね」

「アスクメイドトリアラーが情報を漏らすわけないのに~」

 

 勿論わかっているし、再現した時に世界の記録を視て、イルーナさんが絡んでいたら大幅に時間を戻してでもやり直しをさせるつもりだ。

 それでも、言わない。

 

「……さっきちらっと見ましたけど、ちょっと意地悪ですよね、オーリさん」

「何かわかったのですか?」

「だって、魔印の中に文字があったじゃないですか~。魔力印璽学、クラリスさんは片方しか修めていないのに~」

「印章学が分かっていて、魔術に関する知識があれば、印文なんてすぐに解けますよ。そこはほとんど問題にならないと思います。なるとしたら」

「したら?」

「内緒です」

「え~」

 

 躓く箇所は四つ。

 一つ目が今イルーナさんの言った印文学の領域。

 二つ目が魔法基礎……テンプレート魔法をどれだけ細かく覚えているか、という部分。の、応用ができるかどうか。

 三つ目が材質。あの光沢と表面の紋様を作るには、特別な材料が必要だ。そこに辿り着けるかどうか。

 そして四つ目が──彼女があの時、拒否したもの。

 

 素直に楽しみだ。

 再現できるかどうかも勿論だけど、クラリスさんならその上を、とまでも思う。

 

「卒業するしないはおいておいて、イルーナさんも試験を受けてみますか?」

「……私の本職が装飾品店の従業員なら、受けますね~」

「ああ、時間がありませんか」

「ごめんなさい~」

 

 そうだった。イルーナさんはほとんどの休み時間、休みの日をアスクメイドトリアラーの仕事に当てている。

 休息はしっかり取っているらしいけど、そこに試験まで、となると厳しいものがあるか。それを抜きにしてもちゃんと彼女は勉強をしているわけだし。

 

「ああ、けれど……試験内容に触れる事以外でなら、クラリスさんを手伝ってもいいですからね」

「う。……そわそわしてるの、ばれましたか~?」

「はい。それはもう」

 

 友達、らしい。

 トゥーナと違って、裏に何もないということがはっきりわかったからだろう。イルーナさんはすぐにクラリスさんと仲良くなった。

 

 トゥーナとは表面上仲良しだけど、イルーナさんはちゃんと警戒している。あの継承者もだけど、恐らく肌でわかるのだろう。私にはわからない強者の気配という奴が。

 

 ……今頃どうしているのかな、あの子たち。

 ちょっと行ってみるか。敵対宣言もしちゃったわけだし、適当な人形で。

 

 

 

 

 いらっしゃいませ、という貞淑なボウイ。

 広々とした店内。だというのに、どこに何があるのかわかりやすいのぼり。

 

 ……今の時代にはないけど、これもう百貨店だな、なんて思いつつ、案内されるままに進む。

 

「オーリ装飾品店は初めてでしょうか、お客様」

「ええ。……その、四年前に来たことがあるのですが……ここまで大きくなっているとは」

「経営主任の手腕の賜物です。お客様のお買い求めは、実用性、デザイン性のどちらでしょうか」

「実用性でお願いするわ」

「かしこまりました」

 

 リコ君。

 ……やりすぎだよ。

 

「こちら、実用装飾のコーナーとなっております。展示されている装飾品は全てサンプルですので、お買い求めになる場合はお申し付けください。では、ごゆるりと」

「え、ええ。……ありがとう」

「とんでもないことでございます」

 

 見ていく。

 上達具合は……少し面白い。

 トゥナハーデンとリコ君……と、あの魔族、サラフェニアだけになったからだろう、植物や土壌に作用する装飾品が増えている。勿論冒険用もあるけれど……それと、家内安全などのアミュレットも増えたか。

 やっぱり経営者が違うと色々変わるんだなぁ。

 

「いらっしゃいませ」

 

 と。

 ……あれ、トゥーナは普通に従業員なんだ。身分を得たらそういうのやめそうなのに。

 

「ええ……ごめんなさいね、きょろきょろしてしまって。……四年前にここへ来た時は、これほど大きなお店ではなかったものだから……気になって」

「ということは、前にあった装飾品をお求めですか?」

「一応、そのつもりで来たのだけど……。いえ、そうね。もし前のアクセサリーが残っているのなら、案内してくださる? それを見つけてから、新しくなったこのお店を楽しむことにするわ」

「わかりました。では、こちらへどうぞ」

 

 トゥーナもすっかり「人間ロールプレイ」が板についた。

 その上で「町娘ロールプレイ」から、「都会に馴染んできた町娘ロールプレイ」にちゃんとなっている。偉い。

 

「このあたりのショウケースが、店主オーリの手掛けた装飾品となっております」

「分けてあるのは、どうして?」

「……お恥ずかしい限りですが、やはりオーリの手掛けた装飾品と私達の作ったものでは、質が違い過ぎますので」

「そうかしら……。素人目には、あちらの方にあった装飾品の方が美しく映ったわ」

「デザインは、そうですね。新たにデザイナーを起用しましたので、そうであると思います。ですが……効果の高さや、技術の高さはやはりオーリ作の物の方が上です。一度、お客様のように久方ぶりにここを訪れた、という貴族の方を怒らせてしまった経験がありまして、こういう配置となりました」

 

 ああ、モリージ侯爵か。

 それとコアナク。ゾンビから無事に戻れたのか。ヨカッタネ。

 

「リコティッシュさんに会うことはできないかしら」

「経営主任は多忙でして……申し訳ありませんが、予めアポイントメントを取って頂けると助かります」

「へぇ、そんなに忙しいんだリコ君。ちゃんと愛、紡げてる? トゥーナ」

「はい? ──うぇ゛っ!?」

 

 時間を止める。

 それはもう……それはもう苦虫を嚙み潰したような形相のトゥナハーデン。

 

「マ、ママ……だったんだ。全然気づかなかった……」

「完全に人間のフリをしていたもの。メイズタグにもバレない自信がある」

「いつもそうしていれば"人間ロールプレイ"完璧なのに……」

 

 言っておくけど基本的にはこれだからね私。

 暴いてくる相手がいるから漏れ出てるだけだからね。……基本は。

 

「それで、最近リコ君とはどうなの? 恋愛ロールプレイは」

「……忙しさで、最近はデートにも行ってないよ。まぁいいんじゃない? 私から彼に想うところなんか一つもないし、彼がそれでいいなら、特に問題はないと思うけど」

「だとしたら、リコ君のストレスは凄そう。無理矢理二人きりの時間を作って、ギューしてゴーしなさい、トゥナハーデン」

「ぎゅ……ギューしてゴー? ……ナニソレ、ママ」

「ああ。……最近懐かしい思い出を掘り起こしたばかりに、変な言葉が出ただけ。とりあえず抱きしめて泣き真似してキスしてベッドに押し倒せば、男性のストレスなんて簡単に消えるから……」

「ちょ、ちょっとママ!? ……アシティスで何があったの!? ママに変な事吹き込んだの……今あっちにいるのって……え、ライエルとシンクスニップとリルレル!? ライエルはともかく、シンクスニップとリルレルは害悪四大神じゃん! ママ、すぐ離れなきゃダメ、汚染されちゃう」

 

 他の二大神は誰なんだろうと視たら、セノグレイシディルとクインテスサンセスだった。

 ……シンクスニップとリルレル、そこと同列になってるんだ。可哀想。

 

「大丈夫。これは人間から得た知識だから」

「余計にダメ! ……ママはそういうのわからないでいて。ね?」

「何か勘違いしてるけれど、私、今までの"人間ロールプレイ"の中で交尾経験は結構あるよ?」

「……」

「加えて、トゥナハーデンだって……なんだっけ、サラフェニア? あの魔物と交尾してるでしょ。今更」

「とにかく、ママは、そういうこと言わないで。……どの人間が教えたかによっては……!」

「もう故人だから、安心して」

「ディモ姉の領域に行って探し出して痛めつけてやる……」

 

 おかしい。

 私、トゥナハーデンにもちゃんと敵対宣言したんだけどな。

 

 まだこんな「ママ大好きムーブ」を取るのか。

 

「話が逸れてる。トゥナハーデン、人間の抱えるストレスは、神々の思ってるそれより大きいから……リコ君のメンタルケア、忘れないように」

「う。……はぁーい」

 

 よろしい。

 それじゃ、私はお暇しよう。

 

 "改変"。

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