神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
新興国家クロックノック。
国の触れ込みは、「冒険者であれば受け入れる」。
「それでは国民が少ないにも程がでるだろう……」
「ええ、けれどそれで成り立っている。元から魔色の燕という組織がそれだけで成り立っていて、且つ莫大な資産を有していたから……そこに冒険者を取り入れて経済の流れを作っても、特に苦しくはならなかった」
エリの言葉通り、店の経営者たちはその全てが偽・魔色の燕の構成員らしい。
客……というか国民といえるのが冒険者なだけで、住まう者の九割は偽・魔色の燕。
国家に興す必要があったのだろうか、と思いながらも……なんというか、超機能性重視でデザインされた街並みに、少しの興味を抱く。
もしかしてこの街並みはトム・ウォルソンがデザインしたのだろうか。
「とりあえずギルドに登録する。私の知り合いということで紹介するけれど、構わない?」
「なんでもいい。ケースバイケースで合わせられる」
「そう」
合わなかったら"改変"すればいいし。
ギルド……冒険者協会に入る。
といっても形だけだ、ここも。中にいる職員は全員偽・魔色の燕。
そして、へえ。いつか魔術師協会の地下で見た、「周波数を理解せずに作られた通信道具」を小型化したものが、職員らの耳にアクセサリーとしてつけられている。
どうやって回線を分けているのか興味をそそられる。貰えないかな。
「おや、エリさん。おかえりなさい」
「ええ、ただいま」
「そちらの方は?」
「私とヴィーエが修行の旅に出たことは聞かされているでしょ? ただ、私の修行はすぐに終わって、あの子はまだまだ。だから先に帰って来たの。その道中で、昔の知り合いに会って」
「ルシアという。セレクで冒険者をしていたが、天龍の換期に合わせて国を出てな。そのまま根無し草だったところを、エリに拾われた」
「ルシアさんですね。クロックノック入国希望者、ということでよろしいでしょうか?」
「ああ。冒険者証も用意してある」
「手続きの内容は理解されている、と見てよろしいようですね。でしたら、あちらのカウンターにて羊皮紙に必要事項を書き込んだ後、冒険者証と共に提出をお願いします」
「承知した」
用意した身分は、ルシアという名の冒険者。参考元は勿論あの人。
セレク出身の冒険者であること、三年程前にセレクを出て、ハストナイト帝国などで時折冒険者活動をしていたこと、大剣と弓という異種二つのウェポンを主軸に戦うことなど、細かい設定を用意した人形。
どうせトム・ウォルソンの真意を確認したら捨てる肉体とはいえ、偽・魔色の燕の情報収集能力は高い。できることなら怪しまれずにあったほうがいい。
「これで良いか?」
「はい、確認いたします。……。……はい、大丈夫ですよ。ようこそルシアさん、クロックノックへ。このまま不動産の紹介をいたしましょうか?」
「いえ、彼女はしばらく私達の共有ハウスに住むから、それは良い」
「なんと、
「他のメンバーが納得したら、そうなるかもしれない」
「ということは、それほどに優秀な冒険者である、ということですね。そのような方がクロックノックに来てくださるのはありがたい限りです」
なんか。
普通に、職員だな。まぁ偽・魔色の燕の構成員といってもピンキリか。いつでも気を張り詰めてるわけでもなし、戦闘に重点を置かない構成員であれば、只人と見分けがつかない程度でもおかしくはない。
音の魔力が頻繁に飛んでいることに目を瞑れば、特に何でもない冒険者協会だ。もうちょっと隠蔽が必要だと思うよ、それ。
「じゃ。ウォルソンへの報告は好きにして。私にとってそれはどうでもいいことだから」
「はい」
「失礼する」
紅龍と呼ばれる地龍の一体。その背骨を加工した大剣を背負い直し、協会を出る。
視線。
「気にしないで。いつもそうだから。気付かれないと思っているのが滑稽、くらいに思いなさい」
「……練度が低いな。魔色の燕は全員そうなのか?」
「"
これではマリオネッタたちとそう変わらない。
なんというか……末端であるならば、それを利用して教えを請い、競い合い、高め合うとか……無いのかな。
「ここ。ここが私達
「……大きいな。これを三人で使っているのか」
「使用人を雇っているから、不便はない」
随分と稼いでいるらしい。
まぁ、本当にトップの冒険者だからこそ、だろうけど。
「ファロン、ジュナフィス。帰った──きゃ!?」
「遅い! 一日で帰るとか言ってただろう!!」
「結果は三日。まったく、お前の時間へのルーズさはいつになったら直るんだ……」
「わ、わかったから抱き着かないで。ごめんなさい、連絡手段が無かったから」
「心配したんだぞ!」
へえ。プライベートじゃこういう関係なんだ。
ファロン・ウィリアムズ。『紅怖結晶』の持ち主。剛毅な性格且つ自分たちが強くなりすぎたせいで、怖いものが減り……その出力を上手く引き出せずにいる女性。
ジュナフィス。恐らくはハストナイト帝国と機械技術とシホサの絡繰の結晶。無機ボディにAIか魂の縫い付けられた存在。マリオネッタによく似ているけれど、弱点がコアに無い、という所に違いがあるか。少しだけ親近感を覚えないでもない。
「それより……そっちの女は? どこで引っかけて来た、エリ」
「ひ、人聞きの悪い……! ……私がソロの頃に時折一緒にいた冒険者よ。名前はルシア」
「ルシア? ……ああ、ハストナイトで紅龍を仕留めた冒険者か」
「ほう。高名な
「欠片も尊敬の念の籠っていない言葉はよせ。……それで、結局なぜ連れて来たんだ?」
「行く宛が無くて彷徨っていたから……とりあえずこの国に連れて来て、どこかに住まわせてあげようかと」
「──エリ! お前、本当に優しいなぁ! その友達想いな所、私は大好きだぞ!」
「だ、だからファロン、抱き上げないでってば! 恥ずかしいから!」
「いつもやってることじゃないか。今更何を恥ずかしがる……ははーん?」
持ち上げたエリをくるくる回しながら、何かに気付いた様子で私を見るファロン・ウィリアムズ。
「
「好きなんて一言も言ってない!!」
「だがエリ、お前の身体能力ならばその程度簡単に抜けられるだろう。それをしないということは、つまり……」
「知らなかったが、気付いてはいた。髪についているリボンといい、財布にあしらわれた花柄といい、風呂上りに選ぶ布がパステルカラーなことといい……」
「ちょぉ!? な、なんでそんな所まで見て……」
「ほほう? エリのソロ時代は私達でも知らないことが多い。詳しく聞かせてくれ、ルシア」
曰く、
強さとウマが合ってパーティを組むまでのことは、別に隠しているわけじゃないけれどあまり知らないとか。
だから、ここ数日の
あとで覚えていて、みたいな視線が飛んでくるけれど、お前に何ができる? という視線を返したら下唇を噛んでぐぬぬとしていた。アズ、私覚えがあります。ああいうのをマスコットというのですよね。
「それで……今日明日くらいは彼女をこの家に泊めたいんだけど、いい?」
「構わない。むしろもっと根掘り葉掘り聞きたいからな」
「私も構わないぞ! うんうん、エリの可愛いエピソードは、こっちからも提供できる!」
「どうせすぐに枯れ果てる……そこまで長く共にいたわけじゃないし……」
ほう。
仕方がないなぁ。期待の高い人間に対しては極力視ないようにしてきたんだけど……世界の記録から、彼女の幼少時代を漁ってやろう。
創世神をなめるな。お前達の全ては私の演算結果だぞ。
そうして、夜が明けた。
ぐったりしたエリ。知られているはずのない、彼女が本当に子供も子供だった頃の話までされて、本当に恥ずかしい話までされて、それを弄られて。
反対にファロンとジュナフィスは良い笑顔で朝を迎えている。この「ルシア」という人形も彼女らととても仲良くなったし、今までの「人間ロールプレイ」の中でも最速レベルで初対面の相手と良好な関係を築けた気がする。
「それじゃあ、私は……もう少しクロックノックを案内してくるから」
「おう! ルシア、エリを頼んだぞー」
「目を離すとすぐどこかへ行くからな。手を繋いでおいてくれ」
「私が! 案内する!」
「そう怒るな、エリ。ほら、肩車してやるから」
「──いつか本当に一太刀いれる」
本気の殺気は、けれど通じるわけもなし。
私としてはこの程度の揶揄いによる怒りで通常時以上の力が出せるというのなら願ったり叶ったりだ。早くやってみて欲しい。
そのまま共有ハウスを出ようとしたエリ──の足を払い、転ばせて持ち上げ、肩車する。
「ぷっ、おいおいエリ、旧友だからって気を抜きすぎだろ!」
「その様子だと、本当に親子のようだな」
「気を抜いてなんか……!」
完全警戒状態だったところを転ばせたわけだから、エリからの警戒心はさらに上がっただろうけど。
まだまだ。剣の腕だけじゃなく、そういう所も進化してもらわないと。
「行ってくる。しばしエリを預かるぞ、保護者達」
「エリをよろしくな~」
「手のかかる子だが、頼んだ」
「──後で覚えておいて、二人とも」
私には反撃できないけど、彼女らにはできるからだろう。
底冷えする声を放ったエリ……を、肩車したまま外に連れていく。
「ちょっと……降ろして。私のイメージが……」
「なんだ、そんなものを気にしているのか? いいじゃないか、子供剣士。人気もさらに高まろう」
「厳格な性格で通ってるから……ねぇ、本当に」
まぁ、彼女は今回協力者なので、大人しく言うことを聞く。
降ろせば──その瞬間に剣が来たので、抓む……のではなく大剣でガード。「ルシア」の得物はこっちだからね。
「……短剣以外でも、そこまでやれるの」
「長である私が武器種を問うとでも?」
「いえ。そうね、気を引き締める」
なんならその辺にある木の棒でも戦えるけれど。
こん棒で戦争に出たこともあったからなぁ。
「それで、今日はどこへ?」
「練兵場。まずはあなたの力を構成員に見せつける。それで、私と互角であることがウォルソンに報告されたら」
「そのまま奴が、と? そんな簡単に行くか?」
「行かなければ別の方法を考えればいい」
「まぁ、そうか。特に失うものも無いからな」
時間以外。
それも微微たるものか。
視線。
いや本当に練度が低い。もうちょっと隠さないか。もしかして素人だったりして。
「見ていることに気付かれるのも、気付かれているのに気付かず退散しないのも……よくもまぁ、こんな煩わしい国で生きていけるものだ」
「慣れたら大したことはないし、別に追い払っても良い。咎められることはないから」
「そうなのか」
なら、意識を奪うレベルの遠当てを行っておく。
よし。
「じゃあ練兵場に……うわ」
「ん?」
露骨に嫌な顔をするエリ。
彼女の視線の先には。
「ん? お、エリじゃねーか! どこ行ってたんだよ、ってウォルソンがなんかいってたっけ? 武者修行?」
「……前にも言ったけれど、私は別に魔色の燕と仲良くする気はない。だからそう馴れ馴れしく来るな」
「前にも言われたけど、よくよく考えりゃ同じ国の国民だろ? 冒険者と魔色の燕、じゃなく、同じ国民同士なら別にいいだろ、な?」
チャック、という男。
偽・魔色の燕の幹部で、トム・ウォルソンと同じく死者ではない者。
そこまでの特別性を持たない彼は、けれどゴーレムの操作技術においてだけ非凡だ。穿つ氷のオエンガフスやドレアムといった魔術は、既存の魔術体系に無い……恐らく彼が独自に開発したものだと思われる。
「おっと、そっちのいかつい姉ちゃんは」
「ルシアだ。エリの旧友でな、つい昨日、入国した」
「へえ、新規入国者か! よろしくよろしくゥ! 俺はチャック! ふふん、一応この国じゃお偉いさんだぜ? 俺と仲良くしておくと良い事があるかもな!」
「何もないから、気にしなくていい。というか視界に入ってこないで。ついうっかり斬ってしまいそうになる」
「こえーな!?」
……快楽殺人鬼か。
人体の造形者。まぁ、そういうのが英雄になることもあるだろう。
「今から私とエリは練兵場に行くのだが、お前も来るか、チャック」
「はぁ~、冒険者はっとに練兵場が好きだな。……あー、でも、アンタの実力を見たいって気持ちはあるし、おう、行っていいなら行くよ」
「参加しても良いんだぞ」
「いや、やめておく。アンタみたいなのは……そそられるからな。まかり間違って殺しちまったら俺がどやされる」
「お前が私を殺す? ──舐められたものだな」
「はいはい、そこでおしまい。チャック、あなたはルシアを舐め過ぎだし、ルシアも挑発に乗せられ過ぎ」
という設定なのが「ルシア」だ。どっしりがっしりした見た目をしておいて、実は短気。
元となった「ルシア」とかけ離れているのは認める。ああでも彼女も短気は短気だったような。
エリに窘められ、「へーい」という軽い返事を返すチャックをガン無視して、練兵場とやらに行く。
地下に作られているそこは……ほー。中々懐かしい建築様式を使っている。ヒストアジークの……いや、トツガナ王朝時代のも混ぜ込んであるな。設計者は恐らく三人……そして時代も違うと見た。何度も衝突しあって、その末にできた場所なのだろう。各時代のいいとこどりをしているけれど、だからこその弱点も残っている。
結界は装飾と……術者も常駐しているのか。ふぅん、まぁそこまで難しい装飾じゃないけど、シンプルだからこそ誰でも使えるように……みたいな、量産の気配を感じる。
「ルシア。どれくらいでやる?」
「どれほど私が手加減してやるか、という話か?」
「……いいえ。本気でやりましょう。ただし、魔力の使用は無しで。ここの結界が耐えられない」
「いいだろう」
縮地。既に真下にいたエリによる斬り上げを、大剣の柄を突き立てるようにしてガードする。
して、その小さな体を蹴り飛ばし、大剣を投げて弓を構え、矢を放つ。
「っ、合音・鬼鬼!」
「防御技とは、らしくないな、エリ!」
その矢よりも早く彼女の元へと辿り着き、丁度落ちて来た大剣による叩き潰すような斬撃。対鍛冶……つまりウアウアに対抗するための剣術でそれを防いだエリは、足を開いて大きく屈む。
直後彼女の頭のあった所を矢が通り抜け──その矢を私が掴んで、屈んだ彼女の頭部に突き刺そうとする。
「軋轢!」
凡そ普通の人体では不可能な動き。足を大きく開いたその姿勢から背を反らせての前方宙返り。
彼女はそのまま私への組み付きを行い、顔……しかも目に向けて剣を突き刺そうとしてくる。
ただし、それは不発に終わる。
彼女が飛び退いたからだ。
「……二射目。いつの間に」
「あまり舐めてくれるなよ、エリ。弓をメインウェポンに謳っているんだ。──二射だけなわけがないだろう」
上空──高い練兵場の天井付近から弧を描き、雨のように降り注ぐ矢。
その全てを避けていくエリに、照準を合わせる。大剣は平たく、突きの姿勢。
「オウガ!!」
跳ねるように飛び出し──その頭蓋に対し、大剣を。
……止める。
理由は、私の心臓の寸前にもエリの剣があったから。
「手加減するな、って言ったのに」
「しなければ一瞬で殺せる」
「……ええ、そうでしょうね。終わりでいい」
「ああ」
大剣を大きく振って、未だに降ってきていた矢の雨を一掃。
矢だからね。風圧でどうとでもなる。
さて。
「チャック、だったな。私を殺せそうか?」
「いやいやムリムリ。じゃ、じゃあなエリ! ルシア! クロックノックにようこそ!!」
逃げるように去っていくチャック。
というか、あれ。彼はあのアクセサリーつけてないんだな。
「ふぅ……というか、前々から言おうと思ってたことだけど……あなたの剣、ずるい事が一つある」
「ずるい? 戦いに何がずるいと」
「殺意が乗ってない。いつでも殺せるからでしょうけど……それを察知して避ける側からしたら、本当に嫌になる剣」
あ。
……それはこっちのミスだ。「魔色の燕の長」のクセが抜けきっていなかった。ちゃんと「ルシア」でやらないと、そりゃ殺気も乗らない。
うわ、折角「人間ロールプレイ」史上最速の友好関係構築ができたのに、すぐにやらかしてしまった。これだから私は。イマジナリートゥナハーデンが「これだからママは」って言ってる。
「素直に謝ろう」
「負けた私が悪いから、構わないけれど。……これ、ちゃんと互角に映ったと思う?」
「少し圧し過ぎたか?」
「最後の最後だけ合わせて来たから剣を向けたけど、あの男の目には防戦一方に映った可能性がある」
「そうなると、何かマズいのか?」
「ウォルソンなら気付きかねないでしょう」
「ああ」
それなら大丈夫。
気付いたら罅が入るから。
「さて、それじゃあ練兵場以外の所も紹介してもらうとするか。疲れたなら肩車をしてやるが」
「ヤメテ」
はーい。
そうしてエリと共にクロックノックを回ること一日。
使うことはないだろう飲食店や武具防具、そして装飾品店を巡り、その他冒険者にも「紹介」をしてもらった。
わかったことは──。
「あ゛あ゛……ぢがれ゛だ……」
「ファロン、お前の言う通りだった。エリは仲のいい冒険者であればあるほど愛されていて……会った瞬間に抱き上げられたり、火が出るのではないかと思うほど頭を撫でられていたり」
「そうだろう? ティダニア王国でもそうだったが、エリの可愛さは仲良くなった奴はみんな知っているんだ。会話したこともない奴にとっては最強とか最速とか、クールな小さい剣士とか、まぁ色々言われてるけど……正体はこんなものさ」
「私にも見せて欲しかったものだな、お前の可愛らしさ。私とは友ではなかったのか? ん?」
「そう言ってやるな、ルシア。エリとて張りたい見栄はある、ということだろう。昔からの友人相手であれば特に」
「……足の筋肉鍛えて、肩車してきたら首をねじ切れるようになる……」
「そもそも抱き上げられなければいい話だろうに。心を許しているから簡単に抱き上げさせてくれるのだろう?」
勿論そんなことはない。
彼女は毎度毎度、というか回を増すごとに的確な対応をしていた。私が抱き上げのモーションに入った瞬間に距離を取るとか、柄に手を置くとか。
そんな彼女の背後に回って抱き上げて肩車だ。さぞ悔しかろう。いいぞ、それで強くなるならそれでもいい。励め励め、学べ学べ。
「お風呂……はいる……」
「ん、湯舟があったのか、この家は」
「ああ……そうか、国外の者にとっては珍しいか。ファロンが大の風呂好きでな、それなりに広い湯浴み場があるぞ」
「ふむ。では私も入るか。お前達は?」
「む。……いや、私は良い」
「そうか?」
ジュナフィスが絡繰であることは隠している……っぽいので、その露見を恐れたのだろう。
「まぁまぁ! ルシア、昨日の夜は私達を交えてしまったし、今日の夜は二人だけで積もる話でもどうだ!」
「……何か含みがあるように聞こえるが、了解した。ありがたく使わせてもらおう」
食い下がる理由が無いからね。
よいしょ、と。
エリを姫抱きにして、湯浴み場まで持っていく。
「ちょ、ちょ、ちょ」
「疲れているのだろう。運んでやるさ」
「ハハッ、もう扱いは完全に、だな」
激しく抵抗するエリを完璧に抑えつけて──湯浴み場へと。
そこへ入って、成程言うだけはある、と思った。
これは……シホサの温泉に近い形式の風呂だ。行ったことがあるのだろうか。
「そろそろ降ろして……!」
「まぁまぁ」
「何がまぁまぁ……きゃあ!?」
掴んだままに服だけ転移させて、そのまま湯舟に持っていく。
エリは……もうぐったりとして、抵抗をやめたらしかった。
湯に浸かる。エリは膝の上。
「……あ゛ぁ゛~」
「しかし、その姿と言動。あの死者が知ったらそれだけで気絶するんじゃないか?」
「うるさい……。というか、何も無いの、お湯に浸かって……気持ちいい、とかいう感情は」
「無いな。人形が何を感じるというんだ」
「……その言い方やめて。ジュナフィスはちゃんと感情を覚えられる。同じにされているようで、不快」
「へえ、あの絡繰、感覚があるのか」
それは意外だ。
不便だろうに、なぜ。
「あなたには一生わからないから、やめてくれるだけでいい」
「そうか」
えー。「人間ロールプレイ」のサンプルとして知りたいんだけどな。
ああでも絡繰だから知る必要はないか……。
「……傷、多いな」
「それはね。ずっと……戦って来たし」
「切り傷だけじゃない。これは……噛み痕?」
「ああ、昔ランティコアに噛まれたことがあって、その痕」
「よく食いちぎられなかったな」
「噛まれた瞬間に鼻先から頭蓋を斬り飛ばしたから」
「成程」
少女だ。まだ。
その身に刻まれた傷は、けれど歴戦の戦士をさえ超える。
「同情?」
「私がそんなものをすると思うのか?」
「いいえ。でも、興味を持つってことは、ある程度関心があると見ただけ」
「いや……私もある程度傷を持っていた方が良いな、と思ったんだ。万が一もあろう」
「……確かに。その身体、綺麗すぎる」
肌を見せる予定なんて無かったからそこのディティールにはこだわっていなかったけれど、「ルシア」の肉体は前衛戦士にしては綺麗すぎる。
適当な仮想敵……まぁ「長」でいいか。それを思い浮かべて、傷をつけていく。
「浴槽を血で濡らすのだけはやめて」
「わかっている」
ああでも「長」だけだと小さな傷ばかりになるな。地龍などの巨大生物からつけられた傷なども作って……あとは何が良いかな。
「……」
「何か思いついたか?」
「何の話?」
「ああ、いや。やけにみつめてくるものだから」
「考えていただけ。あなたに勝つ方法と、一太刀いれる方法と……あなたの過去を」
「私の過去? ルシアと長、どちらだ」
「長の方よ。……どうせ神の過去なんて聞いても何にもならないでしょうけど、何をどうしたらそういう人格形成になるのか気になって」
「ファトゥルムと一緒にしてくれるな。私はあくまで長だ。……しかし、過去か。お前はもう知ったはずだろう?」
「何を」
「あの死者とファトゥルムの関係を、だ。──私は最新である、というだけで、あの死者とそう変わらん」
そうだ。
どうせ「魔色の燕の長」も「オーリ・ディーン」も、志半ばで死ぬ。
そうなれば両者共に死者となり……あるいはトム・ウォルソン、もしくは後世の蘇生者によって、一個人として蘇らせられるのかもしれない。
「このクロックノックにいる"
「……まさか」
「ああ。その辺は全部元ファトゥルムだよ。自覚はないだろうがな」
「……狂気ね、最早。いえ……ファトゥルムが、というより……ウォルソンが」
「ファトゥルムは喜んでいたがな。自分の偽物だと思っていた者達が、一個人としての自我を有していたんだ。面白い面白いと、奴は偽・魔色の燕に探りを入れるのをやめた。どんな変化をするのか楽しみだから、だそうだ」
「悪趣味。……私からすると、あなたもファトゥルムも同質の気配なのだけど……一応、別人ではあるのね」
へえ、鋭いな。
そんなのわかるんだ。
「いや、ほとんど同一人物と思ってくれていい。あちらの方ができることが多い、というだけだ。それと、人格的に私は好戦的で、あちらは……なんだろうな、保守的……とは違うが、傍観者である、という意識が強い」
「ふぅん。……あなたはそれでいいの?」
「何がだ?」
「ファトゥルムのスペアであること。あなたに自我はないの?」
これは……私を離反させようとしてるのかな?
だとしたらまぁ、ありきたり過ぎる手口だけど。
……いや、それはそれでいいんじゃないか? 「魔色の燕の長」が「ユート・ツガー」と再会するという道もある。
「そう言われてもな。私はそうであるとして生み出された命。半分以上はファトゥルムと同じだ。今更自我と言われても……なんと返せばいいのかわからない」
「……ねぇ、もう少しクロックノックにいない? 私……もう少しだけ、あなたを知ってみたい」
「知ってどうする。敵だぞ」
「未来は誰にもわからないでしょ」
──……。
そうだといいな、本当に。
全てはあの「異世界の魂」にかかっているけれど……。
「なんにせよ、トム・ウォルソンの真意は確かめねばならん。それは最優先事項だ。だが、それ以外の……つまり待ちの時間であれば、付き合ってやってもいい」
「そう。ありがとう」
「お前が可愛がられているところもまだまだ見たいしな」
「それは本当にやめて。……疲れるから」
ラスカットルクミィアーノレティカといい、このエリという少女といい。
人形に情を向けるのは……まぁ、人間の性なのかな。