神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

68 / 100
総評:「できてはいるんだけど……今日の母さん、なんか変じゃなかった? 特に最後の方/.././//.....[ERROR]」

 案の定湖を干上がらせていた落とされ星。その水を補充した上で、落とされ星の冷却、移動をレクイエムが行い……それを検分する。

 

「これが落とされ星か」

「うん。既に露出しているけれど、ほら」

 

 ほら、と言ってレクイエムが指差すのは──銀色をした鉱石。

 否。

 

「銀?」

「へぇ、希少だな。どっか金持ちの国に売れば、すげぇ金が手に入る」

「見ろ、こっちには銅がある。これは中々の当たりだな」

「……そんなに珍しいのか、銀とか銅って」

「そりゃあね。落とされ星からしか出てこない鉱石だし……。と、もしかしてユート、その反応を見るに」

「ああ、俺のいたトコじゃ……まぁ銀は希少なもんだったけど、銅は言うほどでもなかったよ」

「そんな場所があるのか? 銅が珍しくないなんて……余程金持ちの国か?」

 

 ──この世界では、銅、銀、金などが鉱石として産出されない。

 だからこそ騎士シルディアなどが位としてそれを使う。彼の「黒鉄位」という位列は、そのまま彼の強さと希少さを表すものだ。

 

「売って……どうするんだ? ああいや、俺達じゃなく、国は」

「どうする、と言われてもな。私達には知り様がない。ただただ、これら鉱石は国が高く買い取るものである、という認識だ」

「武器や防具の素材にしたところで大した強さにはならないので、ただ煌びやかである、という点を評価しているのでは?」

「魔術の触媒として見てもそこまで意味のある鉱石じゃないね」

 

 この世界においては、マトラトやアマトラト。エリキシャラアルやタミルエインド、オールヴァイトetc...と、希少な鉱石、というのは魔術的に意味のある鉱石に偏りがちだ。

 だから何の効果も持たない金属は珍しがられるだけで、欲されることはない。落とされ星から取れたらラッキー、程度のもの。

 

「そっちとこっち、半々でいいか?」

「構わないよ。含有量に差があっても、恨みっこは無しでお願いしたいけれど」

「そりゃ勿論!」

 

 では、とエリが剣を抜き──直後、落とされ星は真っ二つに斬れていた。

 

「うお……すげぇ、速いなあの嬢ちゃん」

「彼女はティダニア王国一の剣士とまで謳われていた冒険者だから、それは当然だろうね」

「とはいえ膂力は無い。だから、ほら、よく見てみろ。切断面が四方向にズレているのがわかるか?」

「……あー、微かに?」

「今の一瞬で四方向からの斬撃を入れ、この巨岩を斬ったんだ。お前が感じた速さは、そのまま四倍の速度を持っていた、ということになるな」

「そりゃ……やべぇな」

 

 喉を鳴らすユート・ツガー。

 そして──というか、といった感じで、話を戻す。

 

「……聞きそびれてたんだけどさ。あんたらいつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)って、三人組じゃなかったか?」

「ああ、私はつい最近入った新入りなんだ。名をルシアという。よろしく頼む」

「おう! 俺は結人・積川。こっちはレクイエムだ」

 

 快活に挨拶を返すユート・ツガーと……何か冷静な目で私を見るレクイエム。

 なんだろう。

 

「どうかしたか、少年」

「……いや、珍しい武器を使っているな、と思ってね。大剣と弓なんて……今どきのスタイルとは言えないから」

「確かに。さっきすげぇ風圧出してたけど、メインが大剣でサブが弓って感じなのか?」

「いや、どちらもメインだ。そして博識な少年だな。確かにこれは今どきのスタイルじゃない。ヒストアジークに興った狩猟民族の使っていたスタイルとなる」

「なぜ、そんなものを?」

「ルシアに何故を問うのは無駄。文献で読んだものを面白そうだから、なんて理由で取り入れて、ちゃんとモノにしてしまう天才肌だから」

「そうだったのか。流石はエリの旧友だな」

「あー。類は友を呼ぶ(──・──)って奴か」

 

 ユート・ツガーがその発言をした瞬間、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の面々が一斉に彼から距離を取る。

 一気に臨戦態勢まで行ったその姿に、レクイエムがはぁ、と大きな溜息を吐いた。

 

「え……っと、俺なんかやったか、今」

「ユート。前も説明したと思うけど、君の世界の言葉は魔族の魔術の発音に酷似しているんだ。彼女らが飛び退いたのは、それが理由だよ」

「あーっと……そういやそんなこと言われてたっけ。すまん、俺実は異世界出身で、別になんかアンタらに害を為そうとしたわけ」

 

 じゃない、と言い切る前に──剣があった。

 ユート・ツガーの眼前。鋭い剣が、魔術の防壁によって止まっている。

 

「っ……!」

「危ないな。今の攻撃、ユートの首を狙っただろ」

「ジュナフィス、ファロン、ルシア! 展開!! これは魔族の魔術!!」

「おいおい本当かよ!」

「魔族か……。種族で迫害する気はないが、少し大人しくしてもらいたいな」

 

 レクイエムは「やらかした」という顔をしている。

 咄嗟の防御に魔族の魔術を使ってしまったこと。そしてエリに対魔族の知識があったこと。

 この二つが誤解を生んだ。

 

 ので。

 

「落ち着け」

 

 制止する。

 申し訳ないけれど、そこの勘違いは要らない。

 私が欲するのは「異世界の魂」と「エリ」の会話。その他は些事だ。

 

「ルシア! 魔族との交戦経験が無いなら下がっていろ、奴らは」

「交戦経験ならあるし、対話、及び交流もある。それよりお前達はもう少し目を鍛えろ。どう見ても魔族ではないだろう」

「……魔術の中には、肌の色を偽装するものくらい」

「そっちの少年ならともかく、ユートの方にそこまでの技量があるように見えるのか?」

「それは……」

 

 魔法はテンプレートだから別だけど、魔術の技量ともなれば、魔力操作の精度である程度見極められる。

 例えばユート・ツガーは『クルクスの首飾り』で魔力暴走体質を抑え込んでいる上で、身体から滲み出る上澄みのような魔力を扱っている……のだけど、お世辞にも綺麗な形をしていない。波形が歪み過ぎているし、時折脈動している。自身で抑えきれていない証拠だ。

 反対にレクイエムは見事なものと言えるだろう。美しい波形と、身体の形に沿った魔力。不足も余剰も無いその操作は、流石は魔王といったところか。

 

「それでも、さっきの防御魔術は、魔族のものだった」

「魔族の魔術を人間が使えないと思っているなら大間違いだぞ、エリ。たとえば、簡単なものになるが……サスラ・アドラ(──・──)

 

 直後、私を中心とした円形範囲内に風の魔力が満ち溢れ、それが天へと昇っていく。風の攻防一体魔術。他、各属性に似たような攻防一体魔術が存在している。

 

「……うそ」

「本当だ、エリ。魔族の魔術は発音が難しいことと魔力操作が特殊であるが故に人間には使えないとされているだけで、実のところ他の魔術と大差がない」

「一応……その、僕らの味方をしてくれている彼女を否定するようなことを言うけれど、そんなことはないよ、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の三人。魔族の魔術は特殊な魔力操作と特殊な喉の使い方をしなければ使えないし、魔粒子の動きも組成もゼロから違うから、大差がない、なんてことは絶対にない」

 

 ──時間流が裂かれる。

 ああ、それは悪手だよ、エリ。

 

「……ルシア、今の言葉は、どこまでが本当?」

「っ……なんだ? 時間流への干渉……?」

「ああ、もう。だから川下に影響が出るって言ったんだ。相手を測れない内に奥の手を使うな、エリ」

 

 時間の止まった空間で動けるのは三人。

 エリと私と、レクイエム。

 

「まさか、時間流を斬ったのかい? ……それによって引き起こされる影響は考えた事あるのかな」

「反省しろ、エリ。それはみだりに使ってはいけない技だ」

「……どういうことか説明して、ルシア。その子は……何。なぜ、あなたと同じ言葉を吐けるの?」

 

 ううん。

 場の混沌が面倒になってきたな。

 

 ……時間を戻して"改変"いれて、なかったことにするのが一番かなぁ。

 

「……」

「人間の身でそこまで辿り着いたことには素直に称賛するけれど、ダメなものはダメだよ」

「ルシアが喋らないのなら、直接聞く。何者だ、お前」

「魔王の転生体。初めまして、到達者」

「……少し前に騎士団が騒いでいたけど……まさか本当に現れていたとは。それで、その肌は偽装?」

「いや、今の僕は人間だよ。魔王の転生体ではあるけれど……魔王であるか人間であるかについては揺れている最中。だから、余計なことをしないでくれると助かるかな」

 

 ん……。

 もうちょっと見ていてもいいかもしれない。

 これは……良い方向に転ぶ可能性がある。

 

「ルシア、答えて。さっきの魔術は、あなただから使えたもの?」

「いいや。確かに少しばかり過小評価をしたが、魔族の魔術と呼ばれるものが人間に習得可能な魔術であることに変わりはない」

「……なら、あなたが使えてもおかしくはない」

「そうなるけれど、僕の場合は魔王の転生体だからね。単純な努力と再現性だけで魔族の魔術に辿り着いたというのなら、僕と違ってルシアは本物の天才だ。比べない方がいい」

「いえ……それはまた、少しややこしいのだけれど」

 

 とにかく、だ。

 

「エリ。もう殺意は無いと見ていいか?」

「……ええ。ごめんなさい、早とちりをした」

「いや、君の速さに驚いて、咄嗟に使いなれた方の魔術を使った僕にも非がある。人間の防御魔術だって沢山覚えているのに……不甲斐ない限りだよ」

「そう。……時を修復するから、少し待って」

「ああ待てエリ。その前に講義と行こう。川下に影響が出る、と言ったが、具体的に何がどうなるのか、お前は知らないだろう?」

「……そうね」

 

 時間流を切り裂く。

 

 それは私の使う時間停止や時間を戻すこととは全く違う行為だ。

 ……そうだな、それによって何が起きるのか、を見せるのが一番手っ取り早いんだけど、少なくとも「ルシア」ができていい事ではないので……ここは魔王の転生体に任せようか。

 

「少年。再現だけでいい、時間流の川下がどうなるかをエリに教えてやってくれないか」

「それくらいなら構わないよ。元はと言えばユートが失言したのが原因だしね、その補填ということでいいかな」

「ああ」

 

 じゃあ、と。

 完全に停止していた世界が──直後、()()()()になる。

 違う絵描きが違う絵筆と違う絵具で風景を描いたかのように、バラバラに。

 

「……これは」

「すべてのものは基本的に同一方向へ流れる時間を持っている。それを集めたものを時間流と呼ぶんだ。だから、それを切り裂いてしまえば、"遅れた時間を持つモノ"が現れ始める。一度や二度なら些細な遅れかもしれないけれど、それが積み重なれば──あるいは、命を摘み取る行為にもなりかねない」

「身体の部位によって進んだ時間が違う、となった場合、どうなるか。想像くらいはできるだろう?

「……ごめんなさい。もうみだりに使うことはないと誓う」

「修復をしたとしても、誤差は残る。本当に大事な時にだけ使ってくれ、エリ」

「わかった。……そして、再度。ごめんなさい、ありがとう。魔王の転生体……いいえ、レクイエム」

「いいよ。さっきも言ったけど、こっちにも非がある。加えて……まぁ、正しく知識が伝わっていないのは、半ば僕のせいでもあるからね」

 

 まぁ、そうだ。

 魔王が前文明を破壊し尽くしていなければ、時間に対する理解も現代まで伝わっていた可能性がある。

 エリがアスクメイドトリアラーの技術を取り入れることだけで辿り着いた境地も、彼女の知識があれば、また別の剣技になっていたかもしれない。

 間接的が過ぎようが、魔王のせい、というのは間違いではない。

 

「戻ろう、エリ。そして二人を説得するんだ」

「そうね。……彼……ユート・ツガーも、もし怒っていたら」

「大丈夫、ユートはそんなことじゃ怒らないから」

 

 しょんぼりしたエリは、修復魔術を使う。

 とっととテンプレート化すればいいのに、なんて思いながら、時間流の縫製を見届けて──元の時間へと戻った。

 

 

 その後、ファロンとジュナフィスに対し、あちら二人の危険性が無いことをエリが説明し──ユート・ツガーが一言。

 

「んじゃ、とりあえず昼食にすっか! 弁当あるんだ、食べるだろ?」

 

 抜錨の権能が「ルシア」を絡めとろうとしてくる。

 これか、ティアとドロシーが言っていたのは。

 

「お、弁当! いいな、ありがたい!」

「……私は遠慮し……う」

「まぁまぁ! そう言うなって! 全員腹いっぱいになるまで食わせてやるから!」

 

 感情や感覚はあるのに、飲食はできないのか。

 よくわからないな、ジュナフィス。不要な機能は全て捨てればいいのに。それとも自己改造ができないのだろうか。

 

「閉塞・百百・天転」

「お前は食べておけ、エリ」

「ちょ、ルシア!?」

 

 対抜錨剣術で干渉を弾いたエリを、無理矢理抜錨の権能に放り込む。

 反対に引き摺り出すのはジュナフィスだ。遥か昔に廃れた犠牲魔術……対象Aを生贄に対象Bに作用を起こすもの。それを使って、抜錨の権能からジュナフィスを逃した結果となる。

 

「すまないな、少年、ユート。私とジュナフィスは少々訳ありで、他人の料理が食べられない。気を害さないでくれるとありがたい」

「あー、潔癖症(──・──)か。そっか、こっちの世界にもそういう人はいるんだな。……ん、わかった。そこまで無理強いすることはねぇよ。……携帯食料は持ってきてるのか?」

「ああ、自前のがある。だからこちらは気にせず談話を楽しんでくれていい」

「おう、こっちこそすまねぇな。んで、ありがたく!」

 

 後ろ手を振って、その場を離れる。

 何か言いたげなジュナフィスを連れて……一度は干上がった湖の反対側にまで回って。

 

「……気付いていたのか?」

「すまないな。私はゴーレムやマリオネッタといったものとの交戦経験が豊富なんだ。最初に見た時から気付いていたよ」

「そうか。……ありがとう、助かった」

 

 それで。

 

「一応聞くが、ジュナフィス。お前の動力はなんなんだ?」

「……魔填セルという、ハストナイト帝国の一部で扱われているものだ。一度補充すれば一年は保つ。だからそう心配する必要はない」

「それはまた、非効率なものを使っているな」

「非効率?」

「魔填セルといえばあれだろう、一度目に魔力を込めた人物でないと再装填できないセル。加えて、一度の装填に七日をかける、とかいう」

「あ、ああ。詳しいな。その通りだ」

「……もしお前が構わないのであれば、もう少し効率の良いセルを渡すこともできるぞ。空填セルというのだが」

「聞いたことのない名だ。……概要を聞かせてくれるか? 性能によっては、そちらを買うことも検討する」

 

 空填セル。

 ハストナイトではまだ未開発の、けれど四百年前にはあった技術だ。渡しても問題は無いだろう。

 

 ジュナフィスに概要を説明していく。マトラトを使ったセルで、周囲のNull Essenceを取り込んで……という説明を。

 それを行いながら──聴くのはあちら。

 

 念願の、エリと「異世界の魂」の会話である。

 

 

 *

 

「美味しい」

 

 エリの口から、素直な言葉が出る。

 ひしひしと感じる抜錨の気配に手が出そうになるのを抑えながら食べたその「お弁当」は──とても美味しいものだった。

 風雨の故里(オルド・ホルン)で食べたファトゥルムの料理が宮廷料理人による長年の積み重ねの味ならば、ユート・ツガーの「お弁当」はどこか懐かしい家庭の味。

 

 親、というもののいないエリですら、知らない顔の……けれど繋がりを感じさせる誰か達を彷彿とさせるような、あまりにも遠い過去の幻想。

 美味しかった。ただ、ひたすらに。

 

「本当に美味しい……」

「嬉しいねぇ、そう言ってくれるのは。なぁレクイエム……ってアレ、レクイエム?」

「ごちそうさま。今日も美味しかったよ、ユート」

「お、おう。食べるの速いな。ちゃんと噛んだか?」

「うん。それで、僕は少しこのお姉さん……ファロン・ウィリアムズに用があるんだけど、少し離れてもいいかな」

「ん? 私にか? ちょっと待ってろ、今食い終わるから。……ん! 美味かった! ありがとうな、ユート!」

 

 豪快な食べっぷりで、けれど綺麗に完食するファロン。

 加え、感謝の意を表したことでスキルの軛から外れ、不自由なくたつことが可能になる。

 

「それで、話って?」

「少し向こうに行こう。君の使う魔力について、二、三レクチャーしたくてね」

「難しい話ならお断りだぞ!」

「基本は実戦形式だから大丈夫」

 

 言いながら、二人が林の奥へと消えて行って。

 

 エリとユートが、残される。

 

「……さっき、あなたが言っていた、異世界から来た、というのは本当?」

「おう。一応もっかい自己紹介しとくか。俺は異世界の勇者、結人・積川。……なんだけど、どういうわけかこの世界にも勇者がいてさ。役割被ってるんで、俺はあいつ……レクイエムと根無し草の旅をしてる感じだ」

「ああ、確か……ティダニア王国騎士団に勇者がいたような」

「レイン・レイリーバース。そいつとも友達で、交流も理解もあるんだけど……まぁ、あっちの方がTHE・勇者って感じでさ。異世界の勇者として呼ばれはしたけど、正直荷が重いよ、俺には」

「呼ばれた、というのは?」

「神さんだ。名乗らなかったんでなんて名前の神さんかわからないんだけど、俺を拾ってくれた神様がいるんだよ」

「……スキルの気配からすると、抜錨の神のような気はしているけれど」

「抜錨?」

「ええ。抜錨の神ギギミミタタママ。全体的に明るい色合いで、ひらひらとした……フリルの多い衣服を纏う神」

「え! え、本当にそういう恰好で……その明るい色合いってのが薄いピンクを指すなら、マジでその神様だよ!」

「薄いピンクと白……じゃない?」

「そうそう! うわマジか、すげぇ、偶然の出会いでずっと知りたかったことが知れるとか……すげー奇跡もあったもんだ!」

 

 降って湧いた幸運にはしゃぐユートに対し、エリは思案する。

 さっき彼が言った通り、この世界には既に勇者がいる。その上で異世界の勇者を召喚する意味。そして、勇者が倒すべき敵である魔王がそばにいる意味。

 

「ありがとな、エリ! 俺、ずっとずっと神様に感謝したかったんだよ。でも名前わかんねーし、ティダニア王国近辺の神殿の像は違う神様ばっかだしで、ちょっと諦めてたんだけど……名前がわかったらこっちのもんだ。神殿探して、祈りに行くよ!」

「ギギミミタタママの神殿……。どこかにあったっけ」

「え。……そんなに信仰されてない神様なのか?」

「直感的に権能の効果が分かりづらい神は、忘れられて行く傾向にあるの。直線や抜錨、巡環なんかはその代表格といっても過言じゃない」

「あー」

 

 ユートには覚えがあるようだった。

 それは少し前の話。彼ら……というかレクイエムを守ってくれた直線の神ヨヴゥティズルシフィへ感謝の意を伝えんと神殿を探したところ、どこにもない、という結論に落ち着いたことがあった。ティダニア王国近辺だけでなく、他の国にもない。だから、時折思い出した時に感謝を捧げるくらいしかできない。

 ……実はその感謝を心の底から嬉しがっている直線の神がいたりするのだけど、ユートの知る所ではない話だ。

 

「抜錨の神についてわかっていることはかなり少ないから……神殿がどこにもない可能性は、大いにある」

「そうか……。でも、神殿に行かなくても祈りってのは届くんだろ?」

「……多分。その、私は神々に対抗するための剣術を継いできた人間だから……神に祈ったことが無くて」

「神に対抗するための剣術? へぇ、そりゃすげぇ。どういうのか教えてくれたり──」

 

 演算通りの会話はスキップする。

 私が聞きたいのはそこじゃない。もう少し後にある──とあるお話。

 

「──だから、私はあなたにこそ聞きたい。あなたのいた世界はどんなところで、神というものに対してどういう感情を抱いているのか」

 

 ここだ。

 

「あー。……んー、なんつーかな。コンクリート(──)……っつって伝わるか?」

「いいえ。今、聞き取れない言葉になった」

「まぁ、すげぇ硬い石で組み上げられた、ドでけェ集合住宅が立ち並ぶ場所でよ。その中に作られた、木製のお屋敷。そこが俺の……なんだろうな、職場……っつーとちょいと語弊があるんだけど、働いてた場所だった」

「実は偉い人だったりするの?」

「いやいや! 俺が偉いんじゃなくて、俺が仕えてた人が偉いって感じだ。……今は大剣背負ってるけどさ、俺の元の得物はカタナ、っていう細い剣だったんだよ」

「刀。シホサで使われている剣」

「シホサ? ……へぇ、そういう場所があんのか。そうか、行ってみたいな」

「……やめておいた方が良い。あそこは閉鎖的で排他的だから……」

「ああ、そういう感じのね。成程」

 

 やっぱり、完全に知らない情報を演算するのは無理がある、ということだ。

 ユートの前職など、知る由もない。これ幸いにと「FTRN3U」が再演算を始めていく。

 

「俺の世界にはさ、まず精霊ってのがいたんだ。音の響きは似てるけど、聖霊とは違う……なんだろうな、天龍みたいな存在がさ」

「精霊……。聞いたことも無い概念」

「四属性いた精霊は、どれもこれもが手の付けられねェ暴れん坊でよ。だから俺と、俺の仕えてた人が、定期的に鎮めの儀を行う必要がある……みたいな感じでさ。それは必ず遠征になるから、弁当作りは絶対俺の担当だった。俺以外が作ると毒が入れられる可能性があったからな、余計にそうなった」

「……それは、おかしくない? 精霊というのが暴れたら、あなた達だけじゃなく、全人類が困るんじゃないの?」

「それがなー、それで出る被害より、俺の仕えてた人が失墜する方が嬉しい、とかいうトチ狂った連中がいたわけさ。それのせいで鎮めの儀は毎回妨害が入って大変で大変で」

「でも、やり遂げた。そういう顔ね」

「ああ。姫さんを守るのが俺の仕事だったし、何よりその……なんだ。ちょいと好意があったっていうか……。身分違いで絶対に適わないモンだったから土台無理な話だったけど、まぁ……惚れた女を傷つける男はいねぇ、ってな」

「随分と格好つけたがりなことはわかった。というかユート、君何歳?」

「十九だけど」

「……嘘だ。もっと下でしょ。十六とか、十五くらい」

「いや十九だって!」

 

 ああ、この辺はいい。

 この辺は演算済みだ。もう少し、もう少し先。

 

「……そうか、ユートにとっての神とは、そういう手の届かないもので……」

 

 ここじゃない。もう少しスキップ。

 

「だからってわけじゃねェけど、俺はレクイエムを見捨てる気はないし、この世界が壊れていく様を黙って見てる気は無い」

「……凄い。ユートは……言ってしまえば他人事なのに、どうしてそこまで」

「んー。……まぁ、理由は色々あるけどさ。()()()()()()()()()()()……だろうな」

「後悔したくない? ……何か、後悔するようなことがあったの、元の世界で」

「さっき話しただろ? 俺がその偉い人の側仕えみたいなことしてた、って話。……それで、そん時の俺はさ。"結局俺は側仕えで、権力も発言力もない。だから自分から行動する意味なんて無い"……なんてことを、本気で思ってたんだよ。その……仕えた人、姫さんが窮地に陥っていくのを見ながらも、俺はただ命令を熟せばいいんだ、って。……でも」

 

 書き換わっていく。

 再評価が行われていく。

 

 ユート・ツガーという人物が──何者なのか。

 

「実際は、助けを欲していた。立場が違うから言えなかった、は姫さんの方だったんだ。俺はそれに気付かず、何にも考えないで生きてて……それで、姫さんを喪った」

「……死んだのか」

「わからん。精霊とも違う、闇色の塊みてぇな化け物が現れて、俺達は必死で姫さんを逃がそうとした。けど、それはそもそも姫さんがずっと対峙してきた化け物で……言ってしまえば、姫さんが一人で積み上げ続けて来た計画を、俺達が台無しにしたんだ。その結果、世界は化け物に飲み込まれて……死んだ。俺も、俺だけじゃねえ、あらゆる人やモノも。姫さんだけは全力で逃がしたつもりだけど、正直それがどうなったのかはわからねえ。……で、死んでた俺を、神様……抜錨の神ギギミミタタママが拾い上げてくれて、異世界の勇者なんてすげぇ肩書を付けて送り出してくれて、今に至る、と」

「壮絶な経験ね」

「どーだかな。俺なんかより姫さんの方がずっとずっと苦しかったはずだ。俺はただ流されて流されて、死んで拾われて……。自分からやったことは何一つない。だから決めたんだ。この世界では、全部、なんもかんも自分からやろう、って。レクイエムを守るって決めたのも、ギギミミタタママ以外の神々に抗おうって決めたのも、今こうしてあんたと喋ってんのも、全部俺の意思。俺が決めた事。──今度こそ後悔しない人生を送る。今度こそ俺は、自分で自分の道を決める。……そんでさ、まぁ、この世界でも良いから、墓を作りたいんだ。姫さんの」

「墓……」

「ああ。墓を作って、墓前に花と焼香添えてよ。俺が転生したみてぇに、あんたも転生してんなら──どうか幸せにやってくれよ、って。後悔しない生き方をして、雁字搦めじゃねェ人生送って、俺達のことなんかきれいさっぱり忘れて……幸せになってほしい」

 

 しみじみと言うユートに、エリが何かを返す。

 

 けれど、その後の話を聞いている余裕は無かった。

 

 だとしたら。

 彼が、そうなのだとしたら。

 ギギミミタタママが彼の魂を拾って来た理由も納得がいくし──。

 

 クロウルクルウフの行動にも、もしかしたら、という希望が湧いてくる。

 

 想定外の分岐を辿った演算結果は。

 ──また、貴女に会えるのですか、と。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。