神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「本当にやる気あるの?」

 とりあえず建築をした。築城と言ってもいい。

 あの森を起点においた結界。その上下……つまり地中と天空に大空洞と浮島を作り、そこに二つ。

 どちらも別の時代の流行を取り入れているから、同じ人物が作ったとは考えないはずだ。さらに「架空の魔色の燕」をそれらしくするために無銘の慰霊碑を作ったり、地中の方には使いもしない練兵場を作ったり。作業の効率化を図るために分身することも考えたけど、時間的余裕がひと月もある以上あんまりサクサクやっても時間が余るだけだろう。

 よって私は自分のペースで二つの城を彩り、私の知っている限りの「歴史」を詰め込んでいく。知っている限り……というのはつまり、世界の記録を読み漁らない範囲で、という意味だ。

 世界の記録を読んでしまえばあらゆることができるようになる。あらゆることを知れる。

 私は物質界、精神界においての全能であるけれど、全知にならないことだけは努めている。あと自分に干渉しないことも。

 

 飽きるからだ。

 昔、巡環の神クロウルクルウフを産んだ時、その直後の彼に言われた言葉を覚えている。

 

 ──"母さんは、本質的に人間に興味がないから、人間ロールプレイなんてできっこないよ"

 

 後半は聞き流すとして、前半は少し納得する部分もあった。思い返せば色々と。

 それからは「その時代を生きる人間のことは、知りようのないこと以外は自分で調べる」を徹底している。たとえばカーヴィスのように「誰にも見られなかった、そして彼自身も心中を吐露しなかった」ような最期であれば「知りようのないこと」だから世界の記録を漁るけれど、魔色の燕がどこにいるかとか何をしているかとかはいずれ辿り着ける答えだ。

 ……といっても「知りようのないこと」であるかどうかの判断を下すのはその時々の私だから、その時に「知りようのないことだな」と思えば見ちゃうんだけど。ほら、騎士シルディアに「魔色の燕所属ではないのか」って聞かれた時とか、こういう展開になるって思ってなかったからがっつり読んじゃったし。

 

 とまぁそんなわけで、興味のないものがうぞうぞしていたって飽きるのは目に見えているから興味を持とうと頑張っているし、そういう経緯があるから私は私のペースを大事にする、ということが言いたかった。

 

 だから文頭に置くのであれば「そんなある日」になる。

 

 そんなある日、私の張った「風雨の故里(オルド・ホルン)」に近づいてくる生き物の気配があった。

 おかしなことである。別に魔法名は言わずとも発動するものであるけれど、効果は神にも効くほどの結界だ。近づきたくない。この場から逃げ出したい。あちらを見ることすら避けたい──そんな感情を抱かせる結界。

 だというのに生き物は一直線にこの結界に向かって来たし、入っても来た。別に物理的な侵入を阻む結界ではないから入ることはできてさもありなんなんだけど、こんな一直線となると私の脳裏には疑問符が浮かびまくる。

 

 生き物。

 それは──小さな小さな、蛇であった。

 

「ここに、何か用ですか?」

 

 人間にやると驚かれ過ぎて一度殺されたことがあるアレ。唐突に現れて声をかけるアレ。

 蛇も相当に驚いたようだけど、噛み付いてはこなかった。

 

「人間……じゃぁ、ないねえ。……はぁ、私の幸運も、ここで尽き果てたか」

「話を。あなたの思考は全て見えますので」

「っ……だとしたら、あぁ、じゃあアンタは、深理の神メイズタグだったりするのかい?」

「あの子にできて私にできない道理が無いだけです」

 

 小さな蛇。だけど子供というより……これは。

 

「お話しください。あなたの事情を。──ここなるは私の牙城。我が組織魔色の燕の核。理由の無き相手を入れるには、些か、」

「ああ待った待った、そう殺気立たないでくれ! ……というか魔色の燕だって? それは流石に嘘だろう」

「嘘とは」

「だって私は」

 

 ──魔色の燕の使い魔だよ?

 

 そんなことを。

 

 

 

 

 蛇は自身の名を「リバリー・リバーリ・リー」と名乗った。

 ラスタマリア王朝の頃にはやった掛け言葉で、直訳すると「私の後ろには常にあなたがいる」だけど、同音異義の言葉を当てはめると「あなたはもう私から逃れられない」になる。

 リー曰く、その名は「魔色の燕」につけられた名前なのだとか。

 でもそれはおかしな話だ。魔色の燕の結成時期はラスタマリア王朝の栄えた時代よりもう少し後。仮に魔色の燕がパーティとしての魔色の燕から派生しているのなら、あの時代のものを取り入れるはず。わざわざ魔色の燕の結成時期の前の時代から名前を引っ張ってくるなんて真似はしないはず……はずでしかないけど。

 となると……少し希望も見える。

 リーダーと僧侶の子孫であった「魔色の燕」は真っ当なことをして存続してきたけど、そこにラスタマリア王朝のあと、つまりヒストアジークが始まるあの混沌の時代の誰かが介入し、魔色の燕の在り方を変えてしまったのだと。そうであれば、私は、まぁ、ギリギリ、彼らの営みを眺めるに徹することができるかもしれない。接触はするつもりだけど。

 

「本物の魔色の燕に……この二つの城。そしてアンタという存在。……ああ、頭がどうにかなりそうだ」

「リーさんは使い魔と仰っていましたが、そうであるならばなぜここに? 使い魔が主人から離れた場合のリスクを知らぬわけではないでしょう?」

「……私には特異な体質……あるいは宿業があってね。『私にとって悪影響を及ぼすだろうこと』をすると、寿命が延びるんだ。益無益が目の前にあれば迷わず無益を取る。不利益でもいい。……アンタの言う『偽・魔色の燕』での生活は死に瀕し過ぎていたからこの宿業は大いに役立ったさ。でも、組織の人間が私を解剖して私の原理を組織全体に適用させる、とか言い出して……一度脳髄を開かれそうになってね。それで逃げて来たってわけさ」

 

 ああ、だから風雨の故里に来たのか。

 死に物狂いで「不幸になりそうな方」を目指したら、確かにそうなるかもしれない。

 ただ。というかであるとしても。

 

「そうだとしても、使い魔が主人から離れるリスクは消えません。──契約が存在する以上、使い魔が主人の意に反することをすれば、身体が消滅に蝕まれる」

「それもどうにかなるんじゃないかと思って不運の方向に突っ切った結果がこれさ」

「成程」

 

 いい。

 私好みの、行き当たりばったりな性格だ。

 そして正解を引いた。

 

「解いてあげてもいいですよ、使い魔契約」

「できるのかい?」

「ええ。勿論代価は頂きますが」

「う……」

 

 恐らく使い魔の契約をするときに代価を支払ったか、契約自体が代価だったか。

 代価という言葉に酷く敏感になっているのはわかるけれど、そこはそれこれはこれ。無償で益を振りまく神ではないので、貰うものは貰います。

 

「代価を先に言ってはくれないか?」

「構いません。──あなたのその宿業。魔色の燕のために使ってください。それをしてくれるのなら、私はあなたを守ってあげましょう」

「……凄いね」

「?」

 

 リーは震える声で言う。思考なのによく震えた声なんか出せるものだ。

 

「今、ここで頷くのは……私にとって悪いことだと直感が告げてきている。これは悪魔の誘い。これは最悪の導き。だから当然私は頷きを返すはず……なんだけど、今の私は、躊躇っている」

「……」

「これは多分、岐路だ。生死の神ディモニアナタや巡環の神クロウルクルウフにさえもどうしようもできない岐路。二者択一。私は必ず選ばなければならないし──その先に待ち受けているものが私の幸運であるとはどうしても思えない」

 

 良い嗅覚をしている。

 行き当たりばったりな性格というのは早計が過ぎた。ちゃんと考えてはいる。生存本能という奴か。

 脆弱な命だからこその。

 

「頷かなければ、あなたは消失するだけですが」

「消失した方がよかった、と思う場合もあるだろう?」

「ではどうぞ、そこで考え続けていてください。私は作業に戻ります。決めたのなら呼び出してくだされば」

「いや」

 

 リーは。

 なんとも「ぽい」仕草で、それを否定する。

 

「今決めるのが重要だ。……ああ、わかった。私の宿業をアンタたちのために使う。だからどうか、この呪いを打ち払っておくれ」

「わかりました」

 

 接続する。

 リーには聞こえない会話をする。

 

「トゥルーファルス」

「……母上殿……? ちょ、直接の交信とは何事でございましょうか。何か不手際が」

「今から一つの使い魔契約を切るけど、気にしなくていいからね」

「あ、はい……」

 

 契約の神トゥルーファルス。一応ね。

 言っておかないと、何事かと思うだろうから。

 

 して、意識を引き戻す。

 一瞬と経っていない最中の会話は誰が聞くこともない。

 

「はい」

「……え」

 

 首を振って体を確認するリー。

 使い魔契約は切った。この契約の糸を辿れば主人にも辿り着けるけど、それは今はしないでおこう。

 記念すべき一人……一体目の魔色の燕だ。彼女の歓迎が最優先。

 

「そんな簡単に……」

「改めて。私の名はオーリ。オーリ・ディーン。初代魔色の燕、オーリ・ヴィーエの名を襲名した……一応、歴代最高の燕になります。と言っても普段はティダニア王国に住まう一般人として振る舞っているので、余計なことは言わないように」

「……色々言いたいことはあるけれど、名乗られたら名乗り返さなきゃね。私はリバリー・リバーリ・リー。種族は滂蛇。戦闘においては何の役にも立たない自信があるけれど、宿業を感じ取る力だけは自信がある。……どうか末永い付き合いができるよう、よろしく頼むよ」

「ええ。では、私の牙城に案内しましょう」

 

 空中の方の城に転移する。リーと共に。

 そこで私を迎え入れたのは──黒に身を包んだガヴァネス達。メイドではない。そして、人でもない。

 

「……命の気配がしない。これは」

「ゴーレム……というと自然界にいる方を想起してしまうかもしれません。マリオネッタ、が適切でしょうか」

 

 人形だ。

 冒頭に「できることは一人でやる」と言ったけど、時間経過で積もる埃とかは一人じゃ無理なのでマリオネッタを導入している。というかまさにメイドの方は城中の清掃に駆り出されていて、いずれ来るだろう「新規メンバー向け」に作ったガヴァネスがこうして私……というかリーを迎えた、という形になる。

 ガヴァネスの内の一人が前に出てくる。彼女らを取りまとめる長のような存在だ。

 

「知識の同調は終わっていますか?」

「はい。全ゴーレム……マリオネッタ稼働可能です」

「では空き部屋の一つを彼女の住みやすい環境に改築してあげてください。彼女の意見も全て取り入れるように。──彼女は新たな魔色の燕のメンバーです。この意味がわかりますね?」

「最大限の敬意を尽くします」

 

 振り向けば。

 

「……これは、従っておくべきかい? 従わない方が不利益になりそうなのに、このまま為すがままにされたほうが不幸になると判断できている……おかしな話だ」

「ええ、今はそうしていますから」

「?」

 

 彼女の宿業。その呪い。

 誰の仕業かも検討はついているし、割り込めない私ではないので。

 

 リーの世話を一度ガヴァネスたちに任せて、私は作業に戻る。

 城の最上階がまだ終わっていないのだ。どうせなら魔王が住んでいそうな部屋に……いや囚われの幽姫とかでも……あるいは……。

 

 同時、並列思考で考える。

 マリオネッタを使って「見せかけだけの」魔色の燕を作っておくのはアリだな、と。

 仮に感情結晶を持つ者を集めて来たとして、彼らの意識に干渉してまで魔色の燕に加えたいかというとまた別の話になる。

 であればある程度の組織力は見せつけられた方がいいだろう。感情結晶の持ち主は漏れなく非業の運命をたどるはずなので、「この組織に入らないことは損だ」と思わせるような感じで。

 

 となると戦闘職のマリオネッタか……。

 自分自身の「人間ロールプレイ」もまだまだサンプル集めの途中なのに、人形にそれをかぶせるのは厳しくないかなぁ。

 教師役が最優先、か? 子供達は論外として……リーも蛇だから無理だとして。

 

 ……適当な捨て子とか拾ってくるのはアリ。

 というか一番良いんじゃないか。だってその子は人間なんだから、絶対に「人間ぽく」なるだろう。どうやったって。

 となれば。

 

「リー。私は少し外に出てきます」

「あ、ああ。……その突然現れる奴、なんとかならないのかい? 心臓が止まるさ、毎回だと」

「直慣れます。それでは」

 

 それじゃあ、顔も声も何もかもを変えて、この世界において一番治安の悪い国にでも行きましょうかね。

 

 

 

 

 ヤーダギリ共和国。

 六つの小国が集まってできた国で、そのまま六つの派閥が常に睨みを利かせ合っている国。当然その境にいる民は行き場を見失いがちだし、頻繁に六つの縄張りが拡縮を繰り返すため気が気でない。

 必然その境周辺に富裕層が住まうことはなく、貧困である者達がひしめき合って生活をしている……そんな国。

 

 そのスラム街を歩く、ショートドレスの少女。

 この場には決してそぐわない雰囲気を持つその少女こそ私である。当然に。

 

 人攫いも珍しくないこの国で子供が一人スラム街を歩く。

 この異質さ。それこそが「人間ロールプレイ」の醍醐味だ。これをすることで私は「何か特別な理由のある人間なのではないかと」──。

 

 がさ、と麻袋をかぶせられて。

 担ぎ上げられた。

 

 ……そういう思慮を働かせることのできる人間ばかりではないことを失念していた。

 けれどこれはこれでいい。だってこれ、人攫いの倉庫に連れていかれるパターンだろう。そこには攫われた子供がたくさんいるはずだ。

 一応家族がいる子供はそこに返すとして、捨てられていて身寄りのない子供であれば持って帰ってしまおう。ありがとう人攫い。色々手間が省けた。

 

 睡眠作用のある物質を出す植物の葉。それを熱してガーゼに包んだもの。

 口元にあてられたそれを吸って体をぐったりさせれば、もう作業であるかのように人攫いは私の服をはぎ取る。結構高価な感じにしたのでそれも売るつもりなのだろう。

 どこかの建物に入ったな。ああ、子供もいる。やっぱり。読み通り。これぞ「人間ロールプレイ」の経験則なり。

 

「おお……なんだ、ガキなのに上玉じゃねえか。ひひっ、護衛もつけずにこんなトコ歩くなんて何かあるんじゃねえかと疑いもしたが、ただの箱入り娘か? なんにせよ、一発使ってから……」

「馬鹿か。商品だぞ。テメェの汚ェモンの付着したガキなんかどんだけ上玉でも売れなくなっちまう。その粗末なモンを斬り落とされたくなかったら仕事に戻れ」

「……ちぇ。まぁ触るくらいならいいだろ? 俺はこういうペラいガキが好きなんだよ。まだ毛も生えてねぇ──ブヘァ!?」

 

 別にこの肉体をどうこうしようとどうでもいいので気にしていなかったけど、「親分」らしき人間の気には障ったらしい。

 私を攫い、剥いた男は頬を蹴り飛ばされ……そのまま動かなくなった。

 ……あんなのでも死ぬのか。英雄サンプルじゃないから良いけど、やっぱり人間は難しいな。

 

「あ? 死んだか。……ったく難しいなぁ、よわっちぃゴミを部下にすんのは」

「ひひ、お頭の蹴りを顔面に食らって首が折れなかった奴いましたっけ?」

「……思い出せねえなぁ。つまり全員ゴミだったってことだぁ」

「そりゃ違いねえ!」

 

 ギャハハ、と笑い転げる数人。子供の気配は四つ。大人は十人弱。内「お頭」と呼ばれた男だけがマトモな戦闘職で、他は凡夫。

 

「が、確かにコイツは高く売れそうだ。日光に当たったことねえかのような肌に……あ?」

 

 持ち上げられて、じろじろ見られて、途中で何かに気付いたかのように私を無造作にぶん投げる「お頭」。

 当然子供の身体である私は地面にたたきつけられ、ゴロゴロと転がって壁にぶつかり、沈黙する。

 

「え、お頭何やってんすか! 商品傷つけたらいけねえって」

「逃げろお前ら。あのゴミ、クソ厄介なモン拾ってきやがった」

「……なんかわかんねえけど、撤収だ! お頭、俺達は二の倉庫に行きますんで、再会願ってます!」

「ああ」

 

 統率は取れているらしい。

 酒も入っていただろうに、すぐに建物を出ていく男達と──慎重に、腰のシミターの柄に手をかけている「お頭」。

 ん。

 

 んー?

 何でバレたんだろ。今の私、本当に何もしてなかったんだけど。

 

「いつまで寝たふりしてやがるつもりだ。それとも俺が油断するのを疑ってんのか? だとしたら」

「いや、どうしてバレたのかを考えていただけです。あなたの思考を読んでもいいのですが、どうせならあなたの口から聞きたいですね」

「……呼吸が正常だったからだよ。リトマの葉の抽出液を嗅がせたんだ、眠りも呼吸も深くなる。だってのにお前、"ただ子供が眠っているだけ"みてぇな呼吸をしやがって。……ッ、てめぇ、今俺の口を割らせたな」

「まぁ聞きたいと言っても言ってはくれないでしょうし、少しばかりあなたの思考が弛緩する薬を使いました」

 

 見せるのは一枚の葉っぱ。鮮血よりも鮮やかな赤のソレは、自白剤などに使う葉っぱだ。

 

「……同業者(魔薬売り)か」

「いえいえ、私は昔触っていただけですよ」

「ハッ、昔ってアンタ、幾つだよ」

「今年で七つになります」

 

 さて……聞きたいことも聞けたし、もういいかな。

 子供達を一度別のところに転送して、この「お頭」はどうしよう。

 結構な使い手だし、知識もある。引き際も弁えている。こういうのを教師役に据えるのは結構ありなんだけど……こういうを取り込むと「偽・魔色の燕」と同じルートを辿りそうなのが。

 

「悪いな」

「命乞いにしては態度がおかしいですね」

「馬鹿が、誰が命乞いなんかするかよ。──謝ったのはあいつらにだ。俺を頭と仰いだ奴らに俺は頭を下げなきゃならねえ」

 

 腰に佩いていたシミターを、抜く。

 ……あれ、結構良いものだな。誰かからの盗品か。どこかの高名な細工師が掘った呪文が見える。

 

「俺の命はここで終わりだ。──魔天牢(リズン・フィアニスム)

 

 瞬間、「お頭」を中心とした中範囲が球状に()()()()()()()。当然スラム街への被害など考えられていない。今の一瞬で果たして何人が死んだことか。

 ディモニアナタ。あなたが手を下さなくとも、人間はボロボロ死ぬから大丈夫だよ。

 

「定めた対象と自分。どちらかが死ぬまで出られない禁呪。奇特な人ですね、お兄さん。そんなものを剣に刻んでいたなんて」

「生憎と俺は無神論者でな。テメェの行く末を神なんていういるかもわからねえゴミにくれてやるつもりはねぇのさ。自分の死でさえ、俺の物だ」

「神はいますよ。それもたくさん」

「事実なんかどうでもいいのさぁ。俺の信じることだけが俺の世界だ。──じゃあな、嬢ちゃん。俺の死をテメェにやるつもりはねぇよ」

 

 斬撃。

 それを──。

 

「……!?」

 

 モロに受けて、斬り飛ばされる。

 子供の身体だ。それだけで死ぬし、それだけで吹き飛ばされ、潰れる。これにより魔天牢は解除される。解除されたから、それが死んだふりでないこともわかる。

 子供のロールプレイなんだ、大人の斬撃を受け止めたらおかしいだろう。さっきのリトマの葉の件りについては助かった。良い助言だった。病気や薬物が体内にあるならそれ相応の症状を。毒物の知識はあるけれど、自分の身体で試すことはほとんどなかったから、今度勉強することにする。

 

「……ッ」

 

 この国にも一応憲兵が存在する。

 騒ぎを聞きつけたのだろう、やってきたそれらをいち早く察知し、「お頭」はその身を隠す。ぐちゃぐちゃになったスラムの中に逃げ込んでいく。

 

 ……あ、そうだ。

 世界の記録を漁るのもいいけれど、聞いておけばよかった。

 

「一つ」

「!? なんだババア、俺はいま急いでんだ! 邪魔すんならたたっきるぞ!」

「聞いておくことがあったと思いまして」

 

 老婆が。男性が。

 

「……まさか」

「あなたのお名前は?」

「──」

 

 逃げる「お頭」。

 でも、その行く先々で、スラムの住民が、人々が、誰も彼もが彼に名を聞く。

 同じ口調、同じトーンで。

 

 そうして彼が仲間の逃亡先……『二の倉庫』と呼ばれる場所に入って。

 

「おお! 良かった、無事だったんすね、お頭!」

「流石お頭だ!」

「ああ……お前らを逃がして良かった。俺の嗅覚はまだ鈍っちゃいねえ、ありゃ相当なバケモン、」

「ところでお頭」

「お頭」

「お頭って」

 

 ぐりん、ぐりんと。

 その場にいた「仲間」が、一斉に「お頭」を見る。

 

「──お名前、なんでしたっけ」

「サジュエル・エヌ・エルグランド。……この通りだ。頼む。もう付き纏わないでくれ」

「ええ、そうします。でも、これで縁ができました。──次に会う時、あなたは私の前に立ちはだかっているのか、それともひれ伏しているのか。楽しみですね」

「お頭、ちなみに商品たちは……」

「バッカお前、商品なんかまた集めりゃいいんだ、今はお頭の無事を祝えよ!」

「そ、そうだな! よしんじゃ宴だ! 宴をすんぞ!」

「何言ってんだ収益出てねえんだから宴なんかしたら赤字だろ。……おう酒持って来い。生きてた喜びにしんみり行こうや」

「結局飲むんじゃねえか」

「……」

 

 これくらいでいいだろう。

 離れる。これ以上やると人攫いサジュエルが精神をやってしまうだろうから。

 

 

 さて、オーリ・ディーンの肉体を再構成して、転送した子供たちのもとへ。

 簡素な小屋。転送の際に即興で建てたものなので装飾も何もないそこへ入っていけば、ぐさりとお腹を刺された。木片で。

 

「あ……あ、あれ」

「ど、どうようするな! おんなをつかってゆだんさせようと」

「あなたは、要らない子ですね。家で家族が心配しています。おかえりなさい」

 

 お腹を刺してきた子の頭に手を置いて、彼の家族のもとへ転移させる。

 動揺……というより恐怖が広がる。「ひ」という短い恐怖だ。

 子供の前だから要らないかな、と思いつつも、その子たちが成長して今日を思い出して違和感を覚えたらよくないので、ちゃんと呪文を唱える。

 

身体の治癒(クーレ・ワンシレイフ)

 

 塞がるお腹。……今更だけどこれを見せてから飛ばした方がよかったんじゃ。あの子のトラウマになりそう。

 

「あとは……あなたと、あなたも。家族のもとへ帰りなさい」

 

 頭に手を置く、なんてパフォーマンスは要らない。

 ただ見ただけで、子供は消える。今頃感動の再会をしている頃だろう。

 

 次の子を見る。

 

「やめて! 私は帰りたくない!」

「……なるほど。家族はいるようですが、売られましたか」

「わ……わかるの?」

「ええ」

 

 ああ、そういう事情もあるのかー、という所感。

 人攫いグループではあったけれど、正当に買った子供もいたのか。……これを取るのは窃盗になるのかな?

 

「ティア、だめだ、逆らっちゃ……殺されちゃう」

「ドロシー、いいえ、逃げるの。魔法で治ったけど、殺せる。だから」

「現実を見てよ、ティア。……無理だよ」

 

 残った二人。

 攫われてから仲が良くなったのか元からなのかはわからないけれど、友情を感じる。

 良いね。捨て子と売られた子。身寄りのない子供として十二分に使い道がある。

 

 同意を得る、とかいう面倒なことはしない。拾いに来ただけだし。

 だからその二人と共に風雨の故里に転移する。

 

「……え」

「は……」

「この子たちを綺麗に洗ってください。栄養状態なども考えて、病気や怪我があれば治癒を」

「かしこまりました」

 

 ガヴァネスとメイドに二人を押し付ける。

 あの二人が育つまで十年くらいか。その間に組織を広げておきたいけど、オーリ装飾品店の方がメインだし、戦争もあるしなー。

 ちょっと城の中の時間を早めておこうか。

 私が完治するまであと半分くらいだから、その間に十七歳程度になるような速度で。

 

 気をつけないといけないのは髪の伸びとかかな。今回の呼吸の指摘点然り、ちゃんとできるようになっとかないと、リコ君やイルーナさんにまで疑われちゃいそう。

 

 うんうん、やっぱり戦闘職じゃない、一般人ロールプレイは学びがたくさんあっていいね。

 とても楽しい。

 

 

 

 

 リーは作られて行く「住みやすい巣」を見て、心の中で嘆息する。

 奇妙なことになったもんだ、と。

 

「……アンタらにも、私の考えが聞こえるって認識でいいのかい?」

「はい。機能として改変が加えられております」

「じゃあ聞くけどさ。……あれは……オーリ・ディーンは何者だい?」

「我々の創造主です。魔色の燕の長であり、魔色の燕の正統継承者」

「この城にいるマリオネッタは全部オーリが作ったと?」

「すべてではありません。先代、先々代から使われているマリオネッタも存在します」

「なるほどねぇ」

 

 とぐろを巻いて、リーは『目』を使う。滂蛇の『目』は少々特別で、不活性の魔力を可視化できる。

 マリオネッタたちから感じられるのは土と氷と雷の魔力。この城全体からは闇の魔力。そしてオーリ自身からは──視たこともない色の魔力が発せられている。

 いいや、違う。

 見たことはある。でもそれは、リーが生まれた時の話だ。この世に産み落とされた時に見る色。オーリの出すそれはその色と同一だった。

 

 なんて。

 なんて不吉で、不運で、不合理で不条理で。

 

 ──濃密な、死の気配。

 

「アンタたち、名前はあんのかい?」

「我々はマリオネッタ。個体名は存在しません。ですが、区別をしたいというのであれば、好きに付けてくださって構いません」

「……いや、やめとくよ。人様のモンに名前を付けるなんて無礼は望んじゃいないからね」

「あなたも所有物の一部になったことをお忘れなきよう」

 

 オーリ。オーリ・ディーン。

 魔色の燕の長。

 

 あるいは──リーが見てきた存在の中で、最も。

 

「あれほど人間味の無い人間は、中々いないねぇ……」

 

 どこぞの神が聞いたら口を尖らせそうなことを。

 

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