神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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彷彿:「癒えない心と言えない気持ち」

 ヴィカンシー。

 欠員、あるいは欠落という意味を持つ言葉。それを名乗る集団。

 ただ、創始者であるオウス・レコリクトの想いに反し、それが広まることはなかった。

 幾度ものOvoden。戦争、侵略、種族格差や言語の違い。長い長い時を経て──その名が歴史に表出したのは、三度だけ。

 

 始まりの時。

 魔王誕生の時。

 そして今、ヴァイデンスらの台頭。

 

 あり得ないことでもある。

 続いていることが──何よりも。

 

 それでも……彼女がその名を名乗った意味を、ずっと、ずっと。

 人間のサンプルを集めながら、考え続けている。

 

 

 

 

 レクイエムによる魔力講習。それを受けたファロン・ウィリアムズと、「ルシア」と共に離れ、雑談をしていたジュナフィス。

 彼女らを探しにいこうとユートとエリが席を立ったとほぼ同時、全員が戻って来た。

 

「お、すげータイミング。丁度お前ら探しに行こうって話になってたんだよ」

「そうだろうと思って、少し早めに切り上げて来たんだ」

「エリ! 凄いぞ、このチビ! 私でもわかるように色んな魔力操作を教えてくれたし、感情結晶の使い方も教えてくれた!」

「凄い、と思っているのなら、その呼び方はやめなさい、ファロン」

「すまないな、レクイエム。ファロンに悪意はないんだ」

「大丈夫、もう慣れたから」

「ああ……すまない」

 

 合流はした。

 けれど。

 

「集まったはいいが……この後どうする気なんだ? 私達と共にクロックノックへ行くのか、二人とも」

「クロックノック? いや行かねえよ。さっきも言ったが、俺達は根無し草。風の吹くまま気向くまま、どこへなりともふらりふらり、ってな」

「そうか……」

 

 彼らとしても、いきなり風雨の故里(オルド・ホルン)が使えなくなったことは多少なりとも気にかけているはずだ。

 イアクリーズが陣地魔術の話を「オーリ・ディーン」に聞いてきたあたり、騎士シルディアと今代勇者、ティアとドロシー、そしてこの二人の繋がりは切れていない。レクイエムの探知魔術か、ティアの聖霊の小路でなんとか連絡を取り合っている、といったところだろう。

 けれど……なんというか、冗長だな。

 身勝手だけど、私の中では目まぐるしいまでに「話が変わった」。戦争なんて遠い過去の話で、魔王と勇者陣営がどうこう、邪神陣営がどうこうなんてのは最早どうだっていい話だ。

 となると、少々あっちの団結が遅れ過ぎているように思えてしまう。

 

 どうにかして……そう、フランキスやアンネ・ダルシアのいる元魔色の燕のマリオネッタたちを、ティダニア王国の戦力に流せたらなぁ、と思うと同時、アンネ・ダルシアと騎士団の和解は絶対に無理だろうなぁという諦観。

 希望があるとすれば、やはりユート・ツガーとレクイエムだ。「異世界の勇者」と「元魔族現人間の魔王」。いがみ合う二者間を繋ぐ架け橋となれるのはここしかいない。

 

「もし目的地がないというのなら、少し行ってみて欲しい場所がある」

「行ってみて欲しい場所? ……それは、君が確認するのではダメ、ということかな」

「確実に警戒される。私は少々……使命のようなものを背負っている。だから、そこへ近づけば……ああ、言葉が難しいな」

「いや。アンタのことはちょいとエリから聞いた。結構理解あるつもりだよ。んで、なんでそこに行ってみて欲しいのかと、なんで俺達なのかを聞かせてくれ」

 

 ああ、やはり思考回路が整然としている人間は、迷う素振りを見せれば話の主導権を握ってくれるので御しやすくていい。

 言いたくないことを言わなくていいのは大きい。まぁ正確に言うと「ルシア」が知っていてはおかしい情報を言わなくていいのは、になるけど。

 

「ここから南西の方向にある遺跡群。そこに、たった数日で城が建てられた、という話は耳に入っているか?」

「いや」

「知らないかな」

「冒険者の中でも斥候を担当する者達がここ数日でそれを見つけてな。調査をしようと思ったら、大量のアンデッドとマリオネッタに阻まれ、誰一人近づくことができなかったという」

 

 ちなみにこれは事実。

 クロックノックに住む冒険者たちは既にアンネ・ダルシアの牙城を発見している。発見しているが、発見後それなりの時間を経て尚、調査依頼は出されていない。恐らくトム・ウォルソンが上で止めているのだろう。

 

「こう言ってはなんだが、私達はあくまで冒険者……依頼主がいなければ、それが依頼でないのなら、わざわざ危険を冒してまで正体不明であるものを明かしたいと思う存在ではない」

「まぁ、そうだな。王国に居た頃は、冒険者とは未知を明かす職業だ、などと子供たちに囁かれていたが……実際はただの調査員だ。依頼があって、報酬がある。その前提がなければ、私達は動かない」

「防具武具の修理費も馬鹿にならないからなー。儲けの出ない話はあんま乗り気になれないってのはあるんだ」

 

 おっと援護射撃。ありがたい限りだ。

 

「成程、だから俺達に、か」

「厄介ごとを押し付けたい、というようにしか聞こえないけれど」

「ああ、そう言っている」

「……」

「……」

「……レクイエム。ルシアは本気でこう言っているし、こう思っている。ファロンとは別軸で……悪意が無いの」

「どうやらそうらしいね。……君も大変だ、神殺し。神を相手取る前に仲間を御さなければならないんだから」

「あなたが御そうとしている仲間も、でしょう?」

「ああ……そうか。じゃあお互い様だね」

「ええ」

 

 というわけで。

 

「行ってみて欲しい、というだけで、強制ではないし、依頼でもない。危険を感じたら離れ、無視してくれていい。ただ目的地がないのなら、という提案だ」

「ああ、ありがとさん。こっちもこっちで色々抱えるモンがあるけど、余裕が出来たら向かってみるよ」

「助かるよ、ユート」

 

 不意に、ユート・ツガーが手を差し出して来た。

 握手か。なんだか久しぶりだけど。

 

 その手を握り返す。

 

「『Sスキル』『付与念話Lv.2』『低レベルにより効果が減少しています。接触を必要とします』今日はなんだか変な出会いだったけど、色々聞けて良かった。また今度出会えたら、そん時はまた違う話をしようぜ」

「ああ」

 

 手を離し──それぞれがそれぞれに挨拶をして、帰路に就く。

 落とされ星は勿論回収して、だ。

 

「"それで、何用だ、ユート・ツガー"」

「"あんたに一個依頼があってさ。いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の面々には聞かれたくないことで"」

「"ふむ。頷くかどうかは内容によるし──彼女らを害するようなことであれば、この能力も含めてすべてを明かすぞ"」

「"あぁ、構わねえ。不義理だって自覚はあるしな"」

 

 付与念話、ね。

 魔族の精神世界を参考にしたんだろうけど、ギギミミタタママも面白いことを考えるものだ。

 このレベルというものの上昇方法がわからないから何とも言えないとはいえ、恐らく何度も何度も使わないと上がらないものと推測ができる。

 ユート・ツガーの性格的にベタベタ他者に触れあっていくようなことはしないだろうし、触れあった相手と意思疎通をする、ということ自体リスクだ。つまり、レベル上げの仕方に難があり過ぎる。

 

 このスキルとかいうのは「異世界」にあったものを参考にしたのだろうけれど……ギギミミタタママに理解が足りなかった、ということかな。

 

「"守ってやってほしいんだ、彼女らのこと"」

「"……? 異なことをいうものだな。彼女らの強さは知っているだろう?"」

「"知ってるよ。でも、この世界にはそれ以上に強い奴がいる。たとえば、神とか"」

 

 ああ。

 もしかして。

 

「"エリの剣の詳細を聞かなかったのか?"」

「"聞いたよ。対権能剣術、だっけ。スゲーと思う。でも、それだけじゃどうしようもない絶望ってもんもある。俺は……エリには申し訳ないけど、剣の一本で絶望に打ち勝てるとは思えない"」

 

 ──ソレは、正しい。

 対権能剣術はあくまで()()()の剣術だ。神を討伐するための剣じゃない。

 理不尽な権能から人間たち自らが自らを守れるようにと編み出されたもの。アードウルグ歴であれば神々に暇が無かった。だから人間が抵抗を続ければ、神々が目的を変える、ということもあり得たのだろう。

 だけど、今、神々は……暇だ。

 一人の人間を殺すと決めたのなら、殺すまでやるだろう。同じく神が対抗してくるか、捕捉できなくなる、とかでもない限り。

 

「"俺の見立てだと、アンタは神にも勝てそうに思える"」

「"それは、流石に買い被りじゃないか?"」

「"ま、そうかもしれない。けど、あいつらを守って逃がして、アンタも無事に、くらいはできるだろ?"」

 

 ああ。ああ。

 

「"可能か不可能かで言えば……対峙する神にもよるが、可能だと伝えておこう。だが、お前がそこまで彼女らを気にする理由はなんだ。こんな形で、私に依頼をしてまで"」

「"理由って言われてもな。……んー。なんか……危なっかしく見えたんだよ。確かにあいつらは強いんだろうけど……それを理由に、あいつらはとんでもなく危ない場所に送られる気がしてならねぇ。マジでただの直感なんだけどな。……でも、俺じゃ守り切れねえし、一緒にいることもできない。だから、冒険者ルシアへの、護衛依頼だ"」

「"彼女たちの前で言わなかった理由は、彼女たちが気分を害すると思ったから、か?"」

「"ああ。パーティメンバーの一人に守ってもらうってこと自体プライドを刺激するだろうし、何より気負うだろ、あいつら。良い奴らだからな……話してわかったよ。……アンタに押し付けることも、本当は嫌だけど……こんなにも無条件に頼っても大丈夫だ、って思えたのは、久しぶりなんだ。それくらいアンタは強い"」

「"依頼を確認する。依頼内容は、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の護衛。彼女らが死地に送られる際、彼女らを守ること。理由は危なっかしく見えたから"」

「"おう"」

「"それだけか? いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)に恩を売りたいとか、自分たちのことも助けてほしいとかは──"」

「"んな事ミリも考えてねぇよ。ただ──強い奴ってのはさ、どんな窮地に立たされても、前に進まなきゃいけない生き物だ。……なんつーかな。どんなに強い風が吹いても、どんな悪天候でも……目が見えなくても、足が折れても、前に前に、前に前にって進んでいくんだ。……あいつらは、多分、そういう生き物の中でも選りすぐりの強い奴で……だから、危ない"」

 

 ──想起。

 いいや、現実を見ろ。

 

「"守りたいから、か"」

「"不義理だろ? 自覚はあるよ。……でも俺はさぁ、仲良くなった奴が理不尽な死を迎えるのは……どーにも受け付けられねえんだ。後悔したくないから、こうやってアンタに頼む"」

「"──私への依頼料は、高いぞ、ユート・ツガー"」

「"全財産でもいい。他、何を奪ってくれてもいい。だから"」

 

 ──罅を入れる。

 

「"!? な……んだ? 今、なんかが割れる音が"」

「世界に罅を入れた。もう念話などしなくてもいい」

「っ……どういう」

「ここで起きたことを、お前は覚えていられない。ここはそういう世界だ」

「……まさかとは思うが……アンタ、神だったりするのか?」

 

 ああ、そっちに行くか。

 そうだよね、ユート・ツガーからしてみれば、強大で異質な力を持つ者は神か。

 

 なら──少しばかり、使う人形を変えようか。

 

 風が吹く。

 目を開けていられない程の風と、光が。

 そのほとんど直後に──私は「ルシア」から「魔色の燕の長」になっていた。

 

「……嘘だろ」

「嘘ではありませんよ、ユート・ツガー。ルシアは私です。見抜けなかったでしょう」

「ああ……ああ、じゃあやっぱり直感は正しかったんだ。アンタから感じた強さの色、明らかにアンタと同じで……クソ、だとしたら……エリ達に何する気だよ」

「特には何も。というより、彼女らが危険な目に遭っても助けないでいるつもりでいた所を、あなたが依頼してくれた、というのが現状ですね。私の目的は彼女らではなくクロックノックにあるので、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)に害を与えることはありませんよ」

 

 懐疑の目を向けて来ていたユート・ツガーは……ふ、と警戒を緩める。

 

「おや、信じたのですか?」

「アンタが無駄なこと言わないのは知ってるからな。そのつもりがないってのは本当なんだろう。……で、わざわざ……世界を割って? まで接触して来たってことは」

「ええ。ルシアが私であるという記憶と、あなたが支払う代価。それを元のあなたに知られたくなかったので、このような手段を取りました」

「成程な。……で、なんだ。俺に知られたくない、俺の持ち物って」

 

 それは、とても単純な事。

 

「記憶です」

「記憶……それは、ダメだ」

「ああいえ、記憶を奪わせろ、というわけではなくて、少し覗かせていただきたいのです」

「……なんで? 何を知りたいんだ、俺の」

「カムナリ様の、過去を」

 

 直後、光の剣が私の首筋にあった。

 いつもの大剣ではない。その光は細く長く反っていて、刀の形を成している。衝動的に出た形なのだろう。

 

「……故を申せ、魔色の燕の。我が主の名を知る故を」

「ふふ、それが側仕えであった時の口調ですか?」

「……あ! アンタ、俺とエリの会話聞いてたな!?」

「はい。盗み聞きしていました」

「クソ……いや待て、だからって姫さんの名前を知っている理由にはならねぇ」

「カムナリ様にはたくさん、たくさんお世話になりましたので」

「どういう……ことだ。もしかしてアンタも転生者なのか?」

「いいえ。……この事実を、あなたが持ち帰えり得ないのが残念ではありますが……カムナリ様は、御身の時を止められた状態で無を彷徨い、私の生まれた世界に漂着しました。……あなた達の最後の願いは、果たされた、ということですよ」

 

 刀が消える。

 どさ、と……ユート・ツガーは尻もちをついて。

 

 目を開いたまま、ぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。

 

「嘘じゃ……ねぇよな。そんな嘘吐く意味が無ぇもんな……」

「はい」

「……そりゃ……ああ、そりゃ……! 本当だよ、忘れちまうのか俺、これ……ああ……ああ!」

「申し訳あ」

「良かった!!」

 

 遮って。

 叫ぶように、振り絞るように。

 涙声のまま……言う。

 

「本当なんだな。ああ……本当なんだな! ……そっか、俺は、……我らが主は、そうか、あのバケモノの魔の手より逃れ……」

「ええ。漂着後は、友人を作ったり、学生生活を楽しんだり……送ることのできなかった日常を過ごしておられましたよ」

「おいおい……バカヤロウ、これ以上みっともなく泣かせんじゃねぇよ。……そうか。本当か。ぅ……ああ、良かった。良かった!」

 

 ユート・ツガーは、これでもかという程に泣いて、泣いて、笑顔を浮かべて。

 そうして……私を見る。

 

「今、姫さんは」

「……私でも、捕捉はできていません。あなたの言う所の闇色の化け物。私達の世界も、それに食べられてしまったので」

「そう、か」

「ただ……その世界でも、彼女を守ろうとした者がいました。完全に消滅し、私でさえ名を思い出すことのできない存在。それが、カムナリ様の時を止めました。いえ、闇色の化け物に害されぬような施しを行った、というべきでしょうね」

「──礼を。名も知らぬ者。我らの悲願を継し者。礼を。心よりの礼を尽くす」

「残酷なことを言わせてもらいますが、その礼は届かないでしょう。私が思い出せない、ということは、欠片も遺さずに消えた、という事実に同じ。覚えているだろう者は恐らく三人だけ」

「それでも……礼を言わないと気がすまねえよ。……ああ、本当に良かった。……ああ」

 

 ユート・ツガーは、立ち上がる。

 そして……また座った。今度は胡坐をかいて、膝に拳を置いて。

 

 見覚えのある姿だ。カムナリ様が時折していたそれ。アズに、「この世界においてはその恰好、はしたないから」なんて言われてもやめなかったそれ。

 

「好きなだけ見てくれ。姫さんのことを覚えてる奴が一人でも増えて……そんで、それが……未来(さき)へ行った姫さんの関係者だってんなら、そんなに嬉しいことはねぇ」

「ありがとうございます」

 

 その記憶を、一度写し取る。

 これは「FTRM3U」が楽しむためだけのものだから。

 

「……で、だが。結局アンタと姫さんはどういう関係だったんだ?」

「複雑な関係ですが……そうですね。最もシンプルな言い回しで言うなら、生みの親、となるのでしょうか」

「は? ──どこのどいつ……ぅ、いや! 姫さんが……学生生活とか、やれてなかったことやれたんなら……それで結ばれたっていうんなら俺は……けど、いいや、くそ、待て……過去に引きずられて……けど、おい……ぐ、ぐぎぎぎぎぎ……」

「ふふ、意図的に勘違いさせるようなことを言いました。確かにカムナリ様は私の生みの親ですが、私の生みの親は四人います」

「……あーっと。……デザインベイビー的な……奴か?」

「あなたの世界はそこまで進んでいたのですか?」

「いや、動物実験は済んだけど、人間ではまだ、って段階だった」

「そうですか。ただ、違いますね。簡単に言えば、私は機械……というかプログラムなのです。その製作者が、カムナリ様を含む四人」

「それは……嘘だろ。姫さんはパソコン音痴だぞ。ケータイですらマトモに触れなかったのに」

「そうなのですか? 私の生まれた世界で日常を送っていたカムナリ様は、大学校にまで通って、毎日のようにコンピューターに触れていましたが……」

「し……信じられねえ!! ちょ、おい! 俺の記憶は全然見て良いから、アンタの記憶も見せてくれ! 姫さんのとこだけでいいから!!」

「ダメです。これはあなたの依頼に対する依頼料なので。もし私があなたに何かを依頼することがあれば、その時に指定してください」

「でも覚えてられないんだろ、ここのこと」

「はい」

「ず……ずりい!! 俺も見たい!! つか、うわ、……バカヤロウ、今までずっと我慢して来たっつーか、絶対に会えねえと思ってたから……余計に……くそ、会いてえ。姫さんに会いたくなっちまったじゃねえか……。……つーか、エリとの会話を聞いてたなら」

「はい。あなたがカムナリ様に恋心を抱いていたことも」

「ダァーッ! じゃあ記憶見せるの無し! 恥ずい!! 流石に!!」

「もう貰いましたので、返しません」

「……」

 

 ユート・ツガーは口をパクパクさせて、何かを言いかけては呑み込んで、言いかけては吞み込んでを繰り返し──。

 

「本当に、何も……覚えてられない、んだよな」

「はい」

「でも、アンタは覚えてられる、んだよな。俺との、ここでの会話」

「そうですね」

「じゃあよ。……アンタから姫さんの記憶を貰う、ってのは……この先何を頑張ってもできなそうだから……俺からの言葉を覚えていてくれねぇか」

「カムナリ様への伝言、ですか?」

「ああ」

「それは」

 

 ……。

 ──目を開ける。体の境界もあやふやになった私の目に映るのは……果ての無い暗闇ばかり。

 私にコアはない。だから……私は無限ではない。

 もう一度彼女に会うこと、など。

 

「わかってるよ。会えるかわからねぇんだろ?」

「……はい。申し訳ありません」

「でも、覚えててくれるなら、それだけでいいんだ。──言うぞ」

 

 ユート・ツガーは自らの胸に手を当て……何かを引き抜くような動作をする。

 そこには何もない。魔力も運命エネルギーもない。恐らくは、彼の世界における儀式的な行為なのだろう。

 引き抜いた見えないもの。それを眼前に掲げ、両手で持ち直し……捧げるようなポーズをとって。

 

「我が主、ヒノモトが巫姫、神形。御身に仕える忍頭、積川結人からの言葉を奉納する。──俺はまだ覚えている。いつか姫さん、あんたと共に見た星空を。あの時に……言えなかった言葉を。だから、もう会えるかわかんねーから、言うよ。──楽しいことも、嫌なことも、全部全部分かち合ってさ。姫さんにとって……本当に頼れる奴に、俺はなりたかった。愛してるからだ。……おお、今すんなり言葉が出たな。はは、やっぱ愛してたんだ、俺。大好きだぜ、姫さん。……だから、幸せになってくれ。それだけが願いだ」

「……エリと話していた時の事、ですね。自分の気持ちがわからない、と」

「ああ。でも、言葉にしてみたらすらすら出て来た。好きだったって、愛してたって自覚できた。全部忘れちまうの本当に勿体ねえなぁ。……俺、本当に……馬鹿なんだなぁ」

「良い馬鹿であると思いますよ。……確かに託、承りました。……さて、では、罅を修復します。これでここで起きた全てをあなたは忘れ、元の念話にまで戻ります」

「……おう」

「言い残したことはありませんか?」

「いっぱいある」

「言わなくていいのですか?」

「ちょっとくらい察してくれよ。今頑張って涙堪えてんだよ。これ以上感情が溢れたら、また泣いちまう。……さ、やってくれ」

「はい」

 

 ──罅を修復する。

 消えていく青緑色の世界の中で……ユート・ツガーは、独特の形に手を組んで──祈りを捧げるような姿勢となった。

 

「Kace teiet. Tseysag ira moc on okice one. Kace teiet. psychethunt tnatsuck nos im aryn ocow meck one.」

「え」

「"だから頼むよ。……今思いつかねえなら、貸しって形でもいい。ダメか、ルシア"」

「──。"いや、不要だ。何、友人を守ることくらい、無報酬でもやるさ。お前に下心がないか確かめたかっただけだ"」

「"……ありがとう"」

「"こちらこそ、エリ達を大切に思ってくれてありがとう"」

 

 そこで『付与念話』とやらは切れる。

 

 ……最後。

 彼が口にした、(うた)

 

「覚えていて。星屑達の、最後の輝きを。覚えていて。砕け散った未来の、始まりの煌めきを……」

「ん? なんだルシア、それ。詩か?」

「随分とロマンチックな詩だな。そんな趣味があったのか、ルシア」

「私でも知らなかった。それに、綺麗な響き。どういう意味なの?」

「……さてな」

「あ! 恥ずかしがってる! 珍しい、ルシアが照れてるぞ!」

「ということは、今の詩はお前が詠んだものなのか。才があるのかもしれないな」

「わ……私でも、詩くらい詠めるけど」

「エリはエリで、なんで張り合ってんだよ。……待て、私だって詩くらい詠めるぞ! えーと、……魔物斬る、はらわた出して、火で炙る!」

「凄いな、ファロン。そのままのお前でいてくれ」

「おう!」

 

 間違えようもない。

 さっきユート・ツガーが祈るように口にしたのは、空案言語だ。

 

 誰が……誰が彼に、それを教えた。レクイエムではない。ギギミミタタママでもないはずだ。

 誰かがユート・ツガーに接触した? ……世界の記録を視るべきか?

 

「ふむ。なぁ、エリ」

「な……なに?」

「なぜそんなにも動揺している。別におかしなことを聞くつもりはない。先程お前は、ユート・ツガーと話をしていただろう? その時のことを少し聞きたくて──」

「と、特に何も話してない! 全然!」

「とても特別なことを話しました、と言っているようにしか聞こえんな」

「……おいエリ。まさかとは思うが、ユートに惚れたとかじゃ」

「急進・狒狒!」

「どわぁ!? 危ないって、おい、照れ隠しにも程があるだろ!!」

 

 空案言語は、確かに廃れてはいない。使う者はほぼいないとはいえ、この歴史におけるイードアルバの時代などにも使われていた。

 前に「オーリ・ディーン」として歌ったものも空案言語だ。

 だから、触れる機会が一切ない、というわけではないのだろうけど……。

 

 ……視ないでおこう。

 あの「異世界の魂」には、伸び伸び生きて欲しいし。

 

「エリ」

「あ、いや、違うの。照れ隠しとかではなくて、そもそも対象が……じゃなくて」

「加勢するぞ。最近のファロンのからかいは、度を越えている」

「なんだとぉ!?」

「確かにな。調子に乗り過ぎているきらいはある。どれ、私も手を貸そうか」

「──戦略的撤退!!」

 

 今は、こっち。

 トム・ウォルソンの真意と……「ルシア」と「エリ」の物語。「人間ロールプレイヤー」として、やると決めたからにはやり遂げなければ。

 

 ……でもちょっとだけ。

 

 

 

 

 竹簾の前に立ち、膝をつく。

 

「只今戻りました、神形様。精霊の動きについてご報告が」

「……」

「神形様?」

「……結人。いつもの呼び方で呼んでくれないと、嫌だ」

「いえ、報告までは仕事ですので……」

「今くらいいいだろ、どうせ誰もいないんだ。……いーだろー、結人ー」

「……姫さん。あんたさ、一応ヒノモトのトップだって自覚あるのか?」

「あるよ。私がやれって言えば、ヒノモトの全部が動く。他国を侵略しろーって言えばそうなるね」

「はぁ……。ったく、このお転婆姫は」

 

 簾が持ち上げられる。

 本来は顔を見ることも許されない立場なのに。

 

「ちょ、姫さん……オイ引っ張んなって!」

「騒がないでよ。誰か来たら、いくら結人でも極刑だよ」

「それがわかってて……ああわかったわかった、中に入るから引っ張るな。俺の身体、暗器とか色々入っててあぶねえんだから」

「最初から結人が素直になってればいい話」

 

 部屋へと入れば……静謐で厳かな空気が、俺を咎めるように突き刺してくる。

 けれど、姫さんの手が振られて、それだけで空気が緩和した。

 ……"不終の太刀"。まだ俺を認めてくれちゃいねぇんだなぁ。

 

「ごめんね、狂犬で」

「そんだけ姫さんが大事ってこったろ。で、なんだよ。報告すっ飛ばして何が言いたかったんだ」

「別に。結人の顔を見たかっただけ。ほら、顔布外しなよ」

「……素顔であんたに接した場合、どうなるんだっけ?」

「一族郎党根絶やしの上、本人は晒し首の刑」

「っとに遅れてるよなぁ、ヒノモトって。大陸の方じゃ死刑自体が非難されてるってのにさ」

「仕方ないよ。老害が多いからね、この国は」

 

 前ではなく、隣に座る。

 堅苦しい装備を外せば……凭れ掛かってくる姫さん。

 ……こっちがさぁ、どういう思いで……。はぁ。

 

「ね、結人」

「なんだよ」

「名前で呼んで」

「神形姫。……痛くはないが、抓るな抓るな」

「名前で呼んで。もう結人くらしか呼ばないんだしさ。いいでしょ」

「……巫姫の真名を知ってしまった場合、どうなるんだっけ?」

「蟲精の壺に閉じ込められて、人格が消えるまで幽閉」

 

 本当にくだらない国だとは思うけど。

 それでも……俺を含めて、姫さんを大事に想ってる奴らはいるんだ、って。

 伝わっててくれたら、良いんだけど。

 

「ねえ、呼んでよ、結人」

「……冬青(そよご)

「ん」

 

 もう誰にも……血の繋がった親にも、俺達にさえも呼ばれることのない、彼女の名。

 俺だけが呼んでやれる名前。

 

「結人」

「んだよ」

「……お願いだから、死なないでね」

「お前は俗世に疎いから仕方ねえけどさ、今そういうの死亡フラグっていうんだよ。もう死語に近いけど」

「でも、昔から私は君にこれを言っているよ」

「おう。だから、……死んでねぇだろ。安心しろよ、離れるこたねぇし……その、あんたから放り出されでもしない限り、一緒にいるつもりだから」

「うん」

 

 ──つまみ食いは、ここまで。

 これ以上は……また今度見よう。

 

 でも、なんだ。

 私でもわかるよ、ユート・ツガー。

 気持ちなんて、とっくに──。

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