神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「書置:「機会を与えてくれたこと、心より感謝申し上げる」」

 そして──その日がやってくる。

 私……「ルシア」がトム・ウォルソンに呼び出される……ではなく。

 

「これはクロックノックという国から、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)への正式な依頼となる。依頼内容は、現在世界を脅かしつつある"瘴地"。その調査及び──叶い得るのならば、その除去だ」

「私達だけで?」

「無論、戦力が足りないというのなら、他の冒険者に声をかけることも構わない」

「あなた達が正式に依頼をするのは──いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)だけであるか、ということを聞いている」

「……っ、ああ、そう」

 

 偽・魔色の燕の扮するギルド職員。

 その言葉は最後まで紡がれなかった。

 

 場を支配するは、圧倒的な殺気。エリから放たれるそれは、偽・魔色の燕の生命活動にすら影響を及ぼす。

 呼吸はおろか、心臓の鼓動までもが小さくなっていく──寸前で。

 

「その威圧は、依頼を受けず、クロックノックへ反意を示す──ということでいいのか?」

「……オーヴァーチャー・エイムブレインズ」

「加えて、エディシア・ボーフムにイードアルバもいるな」

「オーイ今ナチュラルに俺を無視したな!?」

「黙れ、小物」

 

 "蘇った英雄(レジェンズ)"、だっけ。

 よくもまぁ、私の記憶に新しい「人間ロールプレイ」ばかりを集めて寄越したものだ。

 

 しかし……流石は「異世界の魂」。慧眼だ。

 今まさに、彼女らは死地へと送られようとしている。

 

「そちらがそう受け取るのならば、今、この場で全面戦争も辞さない」

「ほう。たった四人で、国一つを相手取ると?」

「──ハ」

 

 ああ。

 珍しいミスをした。思わず口をついて出てしまった。

 今、イードアルバが言った言葉が……あまりにも面白くて。

 

 時間を戻そうか。

 いや、もういいか。こういう展開になったのなら──もう隠す意味もない。

 

「何を笑っている、女」

「異なことをいうものだな、イードアルバ」

「……なに?」

 

 おかしくてたまらない。

 これもまた「成長」だというのなら、やはりトム・ウォルソンの真意など唾棄しても良いとしか思えない。

 折角期待したのに──これでは。

 

「お前達はたった十七人という人数であのヴェンダルダを相手取っただろう。ガリムは大帝国。上はもっと兵士を降ろすことができた。だというのにしなかった。お前達は捨て駒にされたからだ」

「ルシア……それ以上は」

 

 もう理解できる。

 エリ達と過ごした日常から、「ルシア」をどうにか引き留めたい……「魔色の燕の長」を引き剥がしたいという意志は充分に伝わっている。

 だから、エリは自分だけでやろうとしたのだろう。

 ああ、けれど、申し訳ない。私にとってこれが喜劇でなければなんだというのか。

 大笑いしないことを褒めて欲しいくらいだ。

 

 だけど、譲歩はする。「人間ロールプレイ」なんだ。そこは矜持として。

 

「お前はもう忘れたのか? 本物の──本来の魔色の燕の長に言われただろう。"感情を遺す"ことには成功したらしい、と」

「……その話を知るということは」

「察しが悪いのは相変わらずのようで安心したよ、イードアルバ。あの団長が哲学を語って、それを懇切丁寧に説明されなければわからなかったイードアルバ。ハハハハ、であれば私も認めよう。長から伝え聞いてはいたが──本当に偽物ではないのだと。そして、()()()なのだともな」

「そうか。交渉の席に着く気さえないか」

「イードアルバ。お前はもう黙っていろ」

「……エイムブレインズ。今喧嘩を売られているのは俺だろう?」

「お前では格落ちだ、と言っている。無論、私とて無事では済まないだろうが」

 

 では、と。

 気配を零す。

 

「!」

「っ、チクショウ、妙に勘が働かねえと思ってたらそういうことかよ!!」

「ルシア!!」

「譲歩はしたぞ、エリ。どう扱うかはお前次第だ」

「……!」

 

 冒険者協会にいた職員やその他冒険者たちが、次々と意識を失っていく。

 そうなるように気配を散らかしている。ギルドだけじゃなく、クロックノック全体へ、だ。

 

「改めて自己紹介をしよう、劣化品共。私はルシア。空席の神ファトゥルムの眷属だ」

「──……要求は?」

「話が早いな、オーヴァーチャー。ただ、私は飽いてしまっただけだ。トム・ウォルソンの作品に興味があったのだがな、まさかこの程度の劣化模造品ばかりだったとは思わなかった。先立ってお前達と戦った眷属……オーリからは、期待を持てると。お前達は一個人となりて──()()()()()()()()と、そう聞いていたのだがな」

「適わなかったか、お眼鏡には」

「ああ。失望した。人間とは過去から学ぶものだろう? どこへ行ったんだ、お前達の足跡は。苦難を前に足を止めず、目を潰されてでも歩み続けるお前達は、どこへ行った。なぜ足を止め──況してや退化さえしようとしている」

 

 これでも期待していたんだ。

 彼ら彼女らが「私のアバターロールプレイ」ではなく、「一個人」となったことで……今度こそ本物の「魂」が現れるのではないかと。

 けれど、蓋を開ければどうだ。

 今風雨の故里(オルド・ホルン)でボロボロになっている「オーリ・ヴィーエ」然り、イードアルバやエディシア・ボーフム然り。

 

 まるで前に進んでいない。どころか過去を省みず、己が足跡を鼻で笑う始末。

 折角最近すべてがいい方向へと進んでいると……そう思えていたのに。

 

 台無しもいいところだ。

 

「まだ静観を決め込むつもりか、トム・ウォルソン」

「……空席の神の眷属。今更故は問わないが……僕個人への問いはあると見た。それを話せば、この場は()()()()()()()のか?」

「殊勝なことだな、トム・ウォルソン。ああ、構わない。いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)は私が連れていくが、クロックノックなどというくだらん国は見逃そう」

「そうか。それで、聞きたいことは──劣化品をどうしたいか、についてだろう」

「自覚があるのか。それで?」

「聞き返すが、眷属。盤上の駒は成長するのか?」

 

 そうか。

 その認識で良いんだな。

 

「であれば──私達の元に送られて来た"オーリ・ヴィーエ"は破棄するが、構わないな?」

「ああ。ただ、言わせてもらうのならば、成長を期待していたのは僕も同じだ。──自分が何者かもわからないのならば、利用価値もない。新たに蘇生し直して、今度は完全な洗脳でも施せばいい」

「ウォルソン? お前、何を言っている」

「本当に察しが悪いな、イードアルバ。僕は君達を見限った、と言っているんだ。眷属の主張には全面的な同意を示す。停滞し、進もうとしない愚かさ。愚かは愚かでも愚直であればまだ救いようはあったが……蘇ってからの君達ときたらどうだ。僕の出す指示以外のところでは、平和な時代である今を満喫し、遊んでいるだけ。何が英雄だ。僕が君達と過ごした時間で得た感情は、失望の一言だけだ」

 

 だから。

 トム・ウォルソンは──命令を下す。

 

 チャック、と。

 

「……へいへい。ま、俺からの餞別の言葉だが、あんたらといる時間は楽しかったよ。()()()()()()()()()()()()()()ワクワクした。──じゃあな。散人演舞(グレゴム)

 

 落ちる。

 ぼとぼと、ごとごと。

 何が起きたのか理解できぬままに、"蘇った英雄"の身体が──崩壊する。

 

 今まで人間と相違なかった死者たちが、すべて土塊へと還る。

 

「んで、造人演舞(ラグデム)

 

 その土塊から──ヒトが作り直された。

 "蘇った英雄"が、その場で。

 

「……なんてな。こんな簡単に作れたら流石に苦労しねぇって。ま、意味は伝わっただろ。な、ウォルソン」

「ああ。演目としては充分だろう」

「……」

 

 作り直された者達が、またぐしゃ、と音を立てて潰れ壊れる。土塊に戻る。

 なるほど。

 死霊術師……誰なのか、と思っていたけれど。トム・ウォルソンではなく、チャックだったのか。

 人体の造形師。穿つ氷のオエンガフスや合人演舞(ドレアム)の時点で気付くべきだったかな。

 

「まず──空席の神ファトゥルムが眷属に、謝罪を入れよう。見苦しいところを見せた。君達の期待に沿えない結果となってしまったことは」

「トム・ウォルソン」

 

 言葉を遮る。

 全く、何をしてくれているのか。

 

 今──彼だけは、良い所を歩いていたじゃないか。

 

「確か、こうだったな。──造人演舞(ラグデム)

「はぁ!?」

 

 造る。魔力の構造も縫い目も見えている。

 支配権だけじゃない。「オーリ・ディーン」よりも多くが出来て良い「ルシア」ならば──これくらいはしてもいいだろう。

 

「……私は」

「あり得ねぇ! 俺の固有魔法だぞ! それに、培養槽も使わずに作った造人が自我を持つなんて──」

「オーヴァーチャー・エイムブレインズ。問いがある」

「……答えよう」

「アニカのことを、どう思っている」

「質問の意図はわからないが、答える。──最愛の妹だ。この命を投げ出して、欠片も惜しくない程度には、愛している」

「ならばカーヴィスら仲間たちのことはどうだ。ガルガン、トーマス、テインウッド、ディミトリエ。共に戦場を駆けた仲間たち」

「奴らに面と向かって言うつもりは無いが、最高の仲間だと思っている。私には勿体ないくらいのな」

「そうか。では、お前に記憶を返そう」

 

 あの時に処理したオーヴァーチャーの記憶を処理し直す。

 彼の子孫ということになっている、「マイク・エイムブレインズ」との交戦経験を。

 

「……っ!」

「問いを続けよう、オーヴァーチャー。お前は誰だ」

「私はオーヴァーチャー・エイムブレインズ。──だが、ああ、そうだな」

 

 息を吞む行為も。

 息を吐く行為も。

 何か──悟ったような顔も。

 

 私の「オーヴァーチャー」であれば、絶対にしない。

 だって私が演じた「オーヴァーチャー・エイムブレインズ」の「人間ロールプレイ」は冷酷無比で、家族にも仲間にも敵にも情を見出さない男だった。

 人間味の無い男だった。それが。

 

「どうやら、私は今、誰でもないらしい。……あの少年兵に顔向けができないな。最後の最後まで命を振り絞った彼に対して、なんという無様だ、私は」

「問いを続けよう、誰でもない男。お前は誰だ」

「誰か。……オーヴァーチャーとしての記憶。オーヴァーチャーとしての技術。オーヴァーチャーとしての自覚。それを揃えながら今、私自らがそうではないと否定した男は、誰なのか」

 

 オーヴァーチャーは、私の顔を見る。

 見ている。「ルシア」の顔……ではない。私の顔を。目を。

 

「私は誰でもない。だが、アニカを、仲間たちを、そして記憶を捨てきれない。だから、頼もう。願おう。祈ろう、神よ。──私にオーヴァーチャー・エイムブレインズを与えてくれ」

「何を差し出す、オーヴァーチャー。神に祈るのであれば、供物は必要だろうよ」

「アニカを」

「命を賭して惜しくないくらいの、最愛の妹をか?」

「最も大切なものでなければ供物とは言えない。私は私になるためにアニカを差し出し、その後でお前達からアニカを取り戻すとしよう」

「できるのか? 今の今まで、そこな小物に操られていたお前に」

「教えられたからな。"背骨にまで届いていない傷は致命傷ではない"。金言、余りある。無様も不義理も身勝手も、私にとって致命傷ではない。だから、まだ動ける」

 

 笑う。

 無論、機会は与えた。全員にだ。エディシア・ボーフムにも、イードアルバにも、同じことを聞いた。

 この答えに至ったのがオーヴァーチャーだけだったから、他を罅として捨てただけの話。

 

 剣が抜かれる。

 その矛先が向くは──トム・ウォルソンだ。

 

「既に私は奪われた。愚鈍な指し手に動かされる駒だ、それも仕方ないだろう。数を打つ以外能の無い凡愚には理解できないかもしれないゆえ改めて言葉にしてやるが──私はクロックノックに反意を示す。私情により裏切りを働こう」

「……ハッ、操り人形が敵に解放してもらって、その上でウォルソンを煽るのかよ。クソダセェ英雄様もいたもんだな」

「甘んじて受け止めよう。揶揄を受けるだけの行為をしている自覚はあるのでな」

「お高くとまってるとこ悪ィが、今のあんたに格好つけられる要素は一個もねーぞ」

「成程、口調が粗野であれば気が済むと。──くだらんな、塵芥。得意の直感とやらも役に立たなかったお前に私は価値の一片とて見出せんが」

「──調子乗りやがる。おいウォルソン。折角手に入れたんだ、使おうぜ、アレ」

「洗脳のことを言っているのなら、現実を見ろチャック。今ここに神の眷属がいることに変わりはない。空席の神とは即ち創世神の名だ。その眷属である以上、一魔族の固有能力も、お前の固有魔法も、容易く操られて当然だろう」

 

 へえ。

 空席の神Futurumを創世神だと断定しているのか。

 そこは意外だな。

 

「さて──そうだな。ファトゥルムに確認を取るまでもない。交渉と行こうか、トム・ウォルソン」

「……目障りだ、と」

「ああ。私は差し詰め攻撃力が高いというだけの駒だが、守りの貧弱な牙城を崩すには十分だ。その先にいる王を取ることもな」

「そうだろうな。……降参だ」

「はぁ? ウォルソンお前、何言ってんだよ」

「何を考えても僕の勝ち筋がない。敵の手が強すぎる。僕は指摘通り、凡愚だ。数を打つことでしか他の指し手に対抗できない。だが、その打った数が、悪手になり過ぎた。唯一見える勝ち筋があるとしたら、クロックノックにいる神を呼ぶ事だが──」

「ノン、指し手殿。それは悪手の中でもさらに悪手でしょう。我大爆笑。だから来てあげました。アストラオフェロンはあなた方に興味が無く、イントリアグラル、フィソロニカは今別件対応中ですので、我一柱だけ。我さらに爆笑。最も弱く、最も使えず、最も信頼されていない我登場にさぞ残念がっていることでしょう」

「ああ、心からな」

 

 FTRM3Uと言葉を交わしたのは最近だけど、私と会話するのは久方ぶりになるかな、セノグレイシディル。

 

「……神」

「む? おや、巫部の一族ですか。これは珍しい。無論把握しておりましたがね。我まるで初見」

「くだらんことはよせ、セノグレイシディル」

「……アナタとは初めましてであるように思うのですが、随分と馴れ馴れしいことで。我が言うな、と言われたら、エエ、ハイ。我閉口」

「よせと言ったが?」

()()()()()()()()()殿()()()()()でしょう? であれば我はアナタを単なる眷属として扱いますゆえ悪しからず」

 

 ……。どうしようかな。

 今、とてもいい気分だったのに。

 

 とか思っていたら……もう一つの気配が現れた。

 

「なんだ、先ほどの造物に感化されたかセノグレイシディル」

「……メイズタグ?」

 

 理層領域から出てくるんだ、とか。

 この場に介入するんだ、とか。

 

 そういうのを全て置き去ることがおきた。

 

 メイズタグの腕が、セノグレイシディルの背を貫通している。

 

「……ンン、ンンン? 我困惑。自殺偽装の臆病者が、今更何をしに来たので?」

「気に入らなかっただけだよ、セノグレイシディル。裏切り者である性質を利用し、いつまでも安全圏にいるお前が。気付いているとでも示せば、見逃してもらえる──などという安易な考えが」

「はぁ、気に障っていたというのなら謝りましょう。それで、このような行いで我を殺すのですか?」

「ああ」

「殺せるのですか?」

「ああ」

「ノン、そのような能力をアナタは持っていないでしょう。深理ともあろうものが、嘘はいけませんよ。ただでさえ自殺偽装などという嘘を──ガ?」

 

 セノグレイシディルの胸に大穴が開く。

 まるで──何かに食い散らかされたかのように。

 

「ここに来る前、アシティスへ寄って来た。そこにいたリルレルに事の顛末……アシティスを襲ったボーダークと、彼女がなぜあのような自爆特攻を行ったのかを説明したら、一時的にではあるが貸し出してくれたよ。──貪食の権能を」

「ガ……ギ、ガ、ガガガ。……我困惑。我爆笑。なんですかそれ。今更仲良しこよしですか。我大爆笑。いえ──それよりも、()()()()()()()()()()()()()()()。イントリアグラルが手を貸したのですか?」

「イントリアグラル? ああ、奴の持つ改竄か。そうじゃないさ。世界の記録は数日前に再演算が為されている。高を括ったな、セノグレイシディル。ここはもうお前の知る未来じゃない」

 

 確かにイントリアグラルならば改竄もできようが、そうではない。

 ユート・ツガーの言葉により行われた再演算。世界が終わったことは今も尚変わっていない──演算は終了しているけれど、その過程にあった変数による影響が大きく出た箇所がいくつかある。

 

 その内の一つがこれだ。

 セノグレイシディル。成程、やけに先回りや裏切りを成功させるに長けると思っていたが、世界の記録を読んでいたのか。それも……先の記録を。

 けれど、自身の走馬灯ゆえにノーコストで読める私と違い、神々が世界の記録を読むには相応の代償と時間を要する。セノグレイシディルは愉快を好むが、慎重な一面もある。だから都度都度確認はしていたのだろうけど……それでも間隔は開いていたはずだ。なんせ長らく何も変わらなかったのだから。

 まさかまさか、直前に内容が変わっていようとは、かな。

 

「ふ……ふふふふ。まさか。まさかまさか。まさかとは思いますが──母よ。どこかで見ているのでしょう、母上殿よ。まだ。まだ、まだ! 希望を抱いておられるのですか? ──未練がましいにも程がある。見苦しいのですよ、いい加減」

「見苦しいのはお前だ、セノグレイシディル。ようやく見つけた深理の糸筋。あの魔族に焚きつけられたのは無駄ではなかったと声を大にして言う。──消えろ、気狂い」

「この盛大な"ままごと"を! どうして終わらせる覚悟が持てない!! もういいでしょう、もう終わりでいいでしょう! 我は飽き飽きしているのですよ──いい加減、夢から醒めろ、創世神!!」

「"貪食"」

 

 食い尽くされるセノグレイシディル。

 内側から、その存在自体を食い破るように。それは正しくリルレルの権能だ。

 

 ──ここに、第23位、言語の神セノグレイシディル(Xenoglaxidil)は消えた。

 

「さて……どうする気だ、メイズタグ。この空気」

「特に何も。申し訳ないとは思うが、私は今とても忙しい。ので、撤退させてもらおう」

 

 いやだから。

 この空気をどうするの、って話をね。

 

「"埋没"」

 

 直後、世界が……クロックノックという国そのものが"埋没"する。

 ……私とメイズタグ、オーヴァーチャー、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の三人を残して。

 

「イントリアグラル。別件対応中ではなかったのか?」

「ああ、お前が寄越した別件は対応し終えた。私の埋没と奴の直線は相性が悪いからな。千日手となることを理解させて、その隙に抜け出させてもらった。今はフィソロニカが代役を務めている」

「搦め手二柱の相手はヨヴゥティズルシフィには重かったか。私の配役ミスだが、使える手が限られている以上仕方がないな」

「それで? なんだこの人間は。ヅィンに似た気配を纏っているが」

「母の眷属だ」

「眷属? ……何を言っている? 私達に眷属など」

「そこで理解できないのがお前の浅さだ、イントリアグラル。フィソロニカの人格が軽薄ではなく沈着である時に今の話をしてみることだな」

「……お前の権能上知性を騙るのは宿命だが、同列の神をそう馬鹿にするな。特に私とお前は人格を交換し合った仲だろうに、今更何を見下している」

「ふむ。……それを聞くと、これは良い機会かもしれないな。そう──眷属、名は?」

「ルシア」

「そうか。では、ルシア。母に伝えてほしい。私は、深理の権能を捨てる。深理の神であることをやめる」

 

 へえ!

 ようやくやめたのか、私をなめること。

 いいじゃないか。セノグレイシディルのせいで降下したテンションが再度上がったよ。

 

「理由は?」

「先も言ったが、とある魔族の言葉に感化されてな。くだらない真実などに囚われている暇があったら、できることに挑戦してみようと思うようになったんだ。そして実際、確定していた敗北──"どうすることもできなかった"という事実は、あの異世界の勇者によって覆された。この世界にはまだ希望があり、私は前を向くことができる。ならば深理など見ていないで、顔を上げるべきだ。──まだできることが、私にもある」

 

 流石に、時間を止める。

 オーヴァーチャー、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)の面々が凍結する中、「ルシア」の隣に「オーリ・ディーン」を降ろす。

 そうして、恭しく私は下がり、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)を守護するような立ち位置へと移動。

 

「……ヅィン」

「うん。けど、イントリアグラル。君に用はないから、自分の領域に逃げるか、私に殺されるかを選んでほしいかな」

「今は……撤退を選ぼう」

「わかった」

 

 埋没したクロックノックと共に消えるイントリアグラル。

 残されたのは、テクスチャの剥がされた地平だけ。

 

「メイズタグ」

「今の今までについては全て、理解していると見ても?」

「うん。全部ね」

「そうか。では、聞いての通りだ。私は神を降りる。その上で、できることをやる。……だが、格好の付かないことに、自身の種族を変える、という術を私は知らない。どうか奪ってはくれないだろうか」

「ううん。それはしない。だからメイズタグ、あなたも人間の真似事をすればいい」

「……だが」

「権能を使わなければいい。それが無ければ、君はただただ強いだけの人間になれる。ああ、殺されたらしっかり死ぬように。それと、人間の生理機能も再現すること」

「母よ。私は……」

「あの時私は確かに言った。君達に欠片も期待してない、って。だから、もう一度言うよ。──今のあなたなら、期待できる。今のお前であれば、欠片程度の期待は持てる。故に、とっておけ。神という力、深理の力を使わなければならなくなる時が来ることもあるだろう。その上で、お前は人間として振る舞えばいい。できることをやるのだろう? 神をやめなければできなかったことを、やろうとしているのだろう?」

 

 ごくり、と。

 これもまたおかしい話だけど、まだ神であるはずのメイズタグの喉が鳴る。

 緊張しているのか。

 歓喜に打ち震えているのか。

 

「わかった。そうする。……だが、母よ。少しばかりの問いをしてもいいだろうか」

「自分の頭で考えなくていいの?」

「ああ。私は……母親であるあなたから、答えを貰いたい」

「そう。いいよ、質問してみて」

 

 これが運命かな、Trefoil Knot。

 あなたが最後に名乗った逆さ名と、同じ文字を頭に持つ神が──辿り着くなんて。

 

「巡環の神……いや、閉鎖の神ファムファタウルの権能は、絶対ではないな?」

「うん。本物の出口のない循環とは、程遠い」

「純真の神クインテスサンセスの権能は、世界の運営に関わるものではないな?」

「うん。本物の霊命樹や黎明樹とは、程遠い」

「であるならば──未来の終端は変わらずとも、終端に至る過程は、いくらでも変えようがある。ただし、()()()()()()()()()()()。そうだな?」

「そうだね。いくら再演算が為されようとも、世界が終わることが変わらないのであれば、世界が終わるに足る理由も変わらない」

 

 前回の演算時におけるセノグレイシディルの死は、七億年後だった。

 期限である十万年の中で、正解を引き続けた人類が辿り着いた一種の境地。──統一言語『塔』。この成立により、セノグレイシディルは信仰を得られないどころか、「ようやく団結を果たした人類を脅かす最大の敵である」とされ、討滅対象となった。

 無論、統一され、団結した人類から「彼女」が生まれるわけもないので、十万年の栄華の後、その歴史は途切れることとなったのだが──問題はセノグレイシディルの死に方で。

 その時の彼もまた、自決を選んだのだ。──統一によって知恵をつけ、深理を強く信仰するようになった人類に味方をしたメイズタグに自ら貫かれる形で。

 

 最期の言葉もまた、同じ。

 いい加減、夢から醒めろ、創世神と。

 

 七億年後に起きるはずだったそれが、今起きた。

 起きたことは必ず起きる。起きることは必ず起こる。世界が終わるための要素は、必ず消されなければならない。

 

「つまり、だ。──今はまだ何も思いついていないが……母よ。あなたを殺さずに世界を救う方法が、必ずどこかに存在している、ということになる。何故なら私は、未来のあなたと言葉を交わしたのだから」

「……いいよ、続けて」

「だから、言葉を借りるぞ、魔族。──私もだ。これより全霊をかけ、あなたを含めて()()()()。仕組みとして確定している死についてはどうしようもないが、そうではないものは全部、だ」

「いいじゃん。カッコいいよ、メイズタグ」

「その言葉はあの魔族……フランキスという青年にかけてやれ。これは彼の言葉だ」

 

 そう。

 ……アンネ・ダルシアについて、私に敵対宣言をして、尚。

 そんなことを言ったんだ、彼。

 

「以上だ。して、先の問い。この空気をどうするのか、という話。誠に勝手ながら、無視させてもらう」

「いいよ。イントリアグラルにどこまでの考えがあったのかは知らないけど、有耶無耶にしてくれたし」

「そうか。じゃあ私は今頑張ってくれているヨヴを助けに行く。……それと、ファトゥルム……とはこうした公の場……他の神の目の有る前ではそう呼ぶが……まぁ、なんだ。私はあなたを母親だと認識している。愛情など無くとも、私が勝手に思っているだけだ。──失礼する」

 

 消えた。

 なんだ。いつの間にか……随分と熱い性格になったな。

 

 決められた運命が変わるとわかって、興奮しているのだろうけど……うん。

 

 良い変化だと、私は思うよ。

 

 さて。「オーリ・ディーン」を戻して、と。

 

「……なんて説明するべきなんだ、これ」

 

 この四人、どうしよっかなー。

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