神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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総評:「98点。……出現方法が人間じゃなかったので、マイナス2点。それ以外は良かったんじゃない?」

 大陸の臍(レヴェンラトナニスノック)

 この平らな地平の中央に存在する巨大な泉であり、秘匿の都アシティス、総合医療殿、古代文明研究学園、交易認定所、魔術師協会本部、冒険者協会本部が周囲に設置されている。

 所謂「どこの国にも属さない公共機関」の集合している場所であり、泉の周囲は基本的に安全。ならず者も危険な魔物もいない──ある意味で、この「公共機関たち」全てを持って中立国と見て良いくらいの規模。

 

 そこに、五人と一匹が辿り着いた。

 

「何気に来るの初めてだから……凄い」

「そういえば、大陸の端には行ったことあるけど、こっちは来てなかったね」

「オレぁ若い時……っつーか昔に何度か来たが、騎士団も用が無けりゃこんな場所来ねえだろ?」

「ああ。交易認定所の護衛を部下に任せるくらいはするが、自分で来ることはないな」

「私も。……とっても広い……泉、なのよね?」

 

 泉。

 眼前に広がる光景は、どう見ても海にしか見えないけれど……泉、なのだという。

 

「これ、水深とかどうなってるんだろ」

「底は見えない程に深い、とは聞いている」

「なんでも特殊な偏魔場が働いているせいで、計器の類がある一定の深度でぶっ壊れちまうんだと。そりゃ装飾品の類も同じで、水中呼吸のアクセサリーつけた冒険者が潜って、突然それが機能しなくなって死にかけた、なんて話も転がってるくらいだ」

「えー……怖」

「その話を逆手に、入水自殺の名所とも言われていますね。絶対に助からない……外部から助けることも、発見することもできないので」

「まぁコケて落ちた、ってんでジタバタもがいてりゃ、水面見張ってる古代文明研究学園か魔術師協会が気付くだろうがな」

 

 泉の水。

 クォンウォがそれを舐めて……飛び退った。そして、何とも言えない咆え声で喚きたてる。

 

 鳴り響く、警報。

 

「ティア!」

「そういう使い方じゃないんだけど、了解!」

 

 判断は瞬時。聖霊の小路を開いたティアのもとに全員が集まり、クォンウォも入れて入り口を閉じる。

 ティアは「ふぃー」と額の汗を拭って、クォンウォと……飼い主である三人を見る。

 

「説明!」

「恐らくにはなるが、クォンウォが警戒するに足る魔力が泉質に紛れていたのだろう。危険な魔物が出ないとはいえ、魔物そのものがいないわけではないからな」

「そして、魔術師協会による結界でね、大陸の臍周辺には警戒用の魔術が刻まれているの。普通の野生動物であれば反応しないのだけど……」

 

 たとえ当人に自覚が無くとも、クォンウォは「危険な魔物」である。

 そうでなくさせるために三人が連れ出したのだとしても、だ。

 

「……どの道、もう入り口からは出られない。厳戒態勢が敷かれてしまっているだろうし」

「ティア、これはどこへ繋げたの?」

「一応、泉の反対側かな」

「……ということは、古代文明研究学園のすぐ近くか。……ティアの魔力への心配もある。早めに行って、イアクリーズの依頼を熟そう」

「泉で釣りを、だっけ。……よくわからないなぁ、イアクリーズさん」

「安心しろ、オレ達の誰もアイツの意図なんざ読めてねぇよ」

 

 知らない。

 彼らは知らない。

 クォンウォの力によって「扇動」されたスラムの子供が、イアクリーズの手によって「誘導」され、国を氷漬けにしていることなど。 

 それをイアクリーズが燃やし尽くし、姿を晦ましたことなど。

 

 知る由もない。

 ただ刻一刻と、時が過ぎていく。

 約束の時が、もうすぐ近くに。

 

 

 

 

 砂の国トゥバシバル。

 その中心にある泉から、奇妙なものが立ち上がった。

 

 ──糸だ。

 けれど、それを単なる「奇妙なもの」として処理する国民はだれ一人としていない。

 クールビー王が解読した「未来の出来事」。その中にあった、「泉より出でし糸筋は合図である」という文言。

 合図。

 万の単位をかけて衰退し、おかしくなっていくこの砂の国が、再度の栄華をえるための合図。

 伝令も伝達も準備も素早く行われた。ただ、そもそもの適性……「あちら」へ行ける者は限られている。

 彼らは持ち帰らねばならない。砂の国を救うための手立てを。

 

「私がいない間、国は任せたよ、ラハマドット」

「ああ。お前も……お前達も、誰一人欠けることなく帰って来いよ」

「もちろんだとも。──それでは諸君。これは歴史の話だ。悲しきながら、表面の住民は私達をいないものとした。かつてあった交流を断ち切ったのだ。全てあちらの都合でね。であれば──此度の遠征は私達の自己都合! つまるところ、侵略だ! 続けよう、安心したまえ! 退路は常に確保されている! 命の危険を覚えたらこの泉に飛び込めばいい! ──ただし、勇気あるものであるのなら──彼らの全てを根こそぎ奪い獲ってやれ!!」

「話が長いぞクールビー王!」

「演説なんか聞き飽きた!」

「もう行って良いんだな!!」

「……フッ。堪え性の無い国民だ。……まぁ待ちたまえよ。逆様の虚城(レヴェルス・ミレイジ)

 

 泉の上部に出来上がるは、トゥバシバル国の宮殿。

 

「行くぞ! "反転"で酔うなよ!」

「おおおおお!!」

 

 浮上する。躍り出る。

 裏面から表面へ、合図を頼りに壇上へ上がる。

 

 果たして、まず目に入ったのは──炎だ。

 

「『朱怒結晶』──」

天座の氷遮(イス・ペンタ)!」

 

 氷の結界に炎と熱がぶつかる。

 熱烈な大歓迎だ。そうなるとわかっていたから対処できたものの、観光気分なら燃やし尽くされていたことだろう。

 

「──!!」

「──!」

「──、──!!」

「クールビー王、あの野蛮人たちは何を叫んでいるのでしょう」

「縄張りに入って来た私達に警告を発しているようだね。悠長なことだよ」

「なるほど。しかし、言葉が伝わらないとは。もしかして言語統一が為されていないのでしょうか」

 

 確かにそこは気になる部分ではあった。

 解読した未来予知によれば、言語の壁は気にしなくていい、問題なくする権能を持つ神がいる、との話だったけれど。

 

 なんにせよ、だ。

 クールビーは──ソレを羽織り、ソレを被る。

 白黒の羽織ものと、赤の面。

 

 瞬間、強烈な殺気が来た。初手に攻撃をしてこなかった二人の少女からだ。

 

「不届き者め……」

「この方をなんと心得る!!」

「っ、クールビー王! 二()突っ込んできます!」

「叩き落せばいい。泉の深くへ沈めてしまえば、敵は上がって来られない」

「迎撃しろ! 私達の威光を示せ!」

「王の威光を! トゥバシバルの強さを!」

「八つ裂きにしてやれ!!」

「……?」

 

 違和感。

 

 音が鳴る。

 口笛のような、それでいて言語のような歌。

 

「魔纏奏者だと!?」

「そんな、野蛮人のどこにそんな知恵が!」

「関係あるか! おい、船をつけろ! 陸地に上がって叩きのめしてやる!」

 

 違和感。

 クールビーの制止の言葉を振り切って……国民たちが地の利を捨てようとしている。

 

「壊せ壊せ! 奪え奪え! かつて俺達が奪われたものだ! 安寧を享受し腑抜けた化け物共に、正義の鉄槌を下せ!」

 

 違和感。

 見渡して──気付く。

 

「っ、おまえだな、私の国民を煽動しているのは!!」

至宝(クォンウォ)、──!」

「クォンウォだと……!?」

「──? ──、至宝(クォンウォ)──?」

 

 違和感の正体。

 何やら特殊な魔法を発動させていた魔物を斬り伏せんと近づけば、光属性の魔力を纏う女性に防がれた。

 濃密な光属性の気配。光属性の聖霊が彼女を愛しているとしか思えないその密度は、同じく土属性の聖霊の加護を受ける、と言われているクールビーからしても予想外の戦力。

 

 魔色の燕たちと遜色ない強さ。

 

「く……情報が何もかも違う! トム・ウォルソン! どういうことだ!」

「構造物を壊せ! 文化を壊せ! 人を殺せ!!」

「我ら過酷な環境下によって鍛えられしトゥバシバルの民! 災禍を押し付け蓋をしたお前達などに負けはしない!」

「撤退しろ、皆、一度宮殿に戻れ! 明らかに何かがおかしい!」

「行け、行け、行け! 進め進め進め!!」

 

 声が届いていない。一応クールビーだけは宮殿まで戻ったが、他、戻ってくる者が見当たらない。

 興奮状態にある国民たちは──燃やされようと斬られようと、一切を気にせず敵に襲い掛かっている。

 

「トム・ウォルソン! どうした、返事をしろ! 約束と違うぞ!!」

「ゼランシアン」

 

 振り返る。

 そこにいたのは、男女。

 

「……ゼルフと、アリア……か?」

「ああ。朧気な記憶だが、再会を喜ぶよ」

「そうね。けれど、状況が変わったの。というより、どうして今出てきたの? あなた達を呼ぶときは、ウォルソンが合図をすると言ってあったはず」

「だからその合図に合わせて……」

 

 だから、つまり、それは。

 あの糸筋は──合図などではなく。

 

「……釣りだされたか!!」

「そうみたいね。そしてあなたは」

「今、死ぬんだ。ゼランシアン」

 

 避ける。間一髪で、剣を。

 何事か、などと問う理由がない。

 

 だって──クールビーは、二人の愛し子を誘拐している。

 

「……どこまで計算を」

「此度ばかりは、不測で不運な事故。だけど、それで十分」

「その姿でウォルソンの名を叫んだこと。それがすべての終わり」

「相手の方が一枚上手だったと……それだけよ」

「……娑上の楼獄(プライゾン・ゴルデミス)

 

 宮殿内に砂嵐が吹き荒れる。

 計画は失敗だ。敵とはいえ「合流し同盟を組む」予定だった相手が、窮地にある。

 ならば次策を考えなければならない。というのに、クールビーの「駒」が煽動され、今高速で消費されている。

 

 ワイルドカードはある。

 ただしそれを使うのは、最後の最後。であれば──ここは逃げの一手しかない。

 

「ゼランシアン。──俺達は君を許さない。けれど、今は逃げた方が良い。言語の神セノグレイシディルはいなくなった。君の"未来視"で視た未来は既に書き換わっている。──俺達が彼らの目線を引くし、君の国民にかかった魔法も解く」

「……クールビー。私達は、あなたを許さない。だから……どうでもいい場所で、死なないでね」

 

 

 

 

 靄のような楼閣から出て来たのは、強い強い気配。

 アルフ、レインをして「底冷えするような」という感覚。

 

「次から次へと……! イアクリーズめ、これが分かってて釣りを、なんてふざけたことを言ったのか!!」

「ティア、ドロシー! 怒る気持ちもわかるが、今は抑えてくれ! んで、クォンウォを頼む!」

「それはできない……私達は、捨てられても……不要だと言われても、魔色の燕だから!!」

 

 魔色の燕。

 敵の首魁が見せつけるように身に着けた衣装は、ティアとドロシーの逆鱗に触れるもの。

 偽・魔色の燕。クロックノックという国然り、そこに属する多々数々然り。

 許してはいけないもの。敵。敵なのだ。

 

 それを前に逃亡など。

 

退()()()、二人とも」

 

 ──出現した、と表現するべきだ。

 降り注いだ、でもいい。

 

 そこにいた。そこにいた。そこにいた。

 

 "長"が、そこにいた。

 

「──ッ!」

「てめェ、クソ女!」

「魔色の燕の……」

 

 どろりと漏れ出でるは殺意。殺気。

 そして、神の気配。

 

「シルディア・エス・ヴァイオレット」

「……なんだ」

「お前は私に貸しがあったな。今それを返せ。全ての"頼み事"を撤回する。今すぐティアとドロシーを連れてこの場を離れろ」

「私の神様……」

「お前もだ、レイン・レイリーバース。お前が私に恩義を覚えているのなら、今すぐにこの場を離れろ。──アレは私の獲物だ」

 

 アレ。

 黒白の羽織が差すそこに──二人の男女がいた。

 

 全身が総毛立つ雰囲気を持つ、"英雄"が。

 

「……退こう。あれは、ディモニアナタとはまた違う。私はクォンウォを抱いていくから、ディアは」

「すまないな、ドロシー。憤る気持ちは理解するが、連れ帰らせてもらう」

「オレはティアを連れていく! だが、クソ女、質問が一個だけある!」

「トム・ウォルソン。アレをここに引き連れて来た者の名だ」

「そうかい、ありがとうよ!」

 

 退く。

 盤面が整理される。

 砂塵と共に「宮殿」は消えて、喧噪と共に「彼ら」も消えて。

 

 ここに残るは──過去の因縁。

 

 

 

 

 だから、今日ばかりは、今ばかりは、「人間ロールプレイ」の再開をする。

 

「──久しぶりだね、ゼルフにアリア。コーウェイはどうしたの?」

「……コーウェイは、蘇った直後に自殺をした。何度やっても同じだった」

「彼は二度目の生がどうしても受け入れられなかったみたいなの」

 

 コーウェイ。魔色の燕の最後の一人。

 剣士、僧侶、僧兵、シーフ。四人パーティだった魔色の燕。

 

「それは、私にとってはとても嬉しい情報だね」

「コーウェイと戦いたくなかったのか?」

「ううん。二人みたいに、みっともなく生にしがみつくようなのばかりがパーティメンバーだった、なんて……考えるだけで怖気が走るから」

「……」

「……ヴィーエ」

 

 二人ももうわかっている。

 情報共有は為されているのだろう。あるいはこの二人は知っていたか。

 

「そうだよ。私がオーリ・ヴィーエ。ゼルフとアリアとコーウェイと共に旅をして、魔王討滅のための合同精鋭パーティに組み込まれた、魔色の燕のシーフ」

「本物……なのよね。私達とは、違う」

「そこまでわかっているなら、聞くよ。なんで二人はコーウェイと同じ道を選ばなかったの?」

 

 ゼルフは正義感の塊のような男だった。

 アリアは確固たる死生観のもと治癒を行う女だった。

 

 それが、どうして。

 

「神から世界を奪うためだ」

「……トム・ウォルソンと同じ考え、ってこと?」

「そうね。魔王と勇者のシステムも、人間という種族も、魔族という種族も、動物も魔物も……全て全て、神の神……空席の神ファトゥルムの掌の上。時は容易に戻されて、死も正も簡単に覆されて、記憶も事象も事もなげに改変される」

「ここは俺達の生きる世界だ。生きて来た世界だ。それを──今を生きる後輩たちが、助けてくれと願うのなら……答えてやらなきゃいけない」

 

 ああ……そういう理屈なのか。

 あのトム・ウォルソンが素直に縋ったのなら……ゼルフはそういう返しをするだろう。そしてアリアの死生観からも、私が常日頃からやっていることは気に入らないだろう。

 

 充分だ。

 

「何の手加減もしないけど、いいよね」

「そもそもできないだろ、お前。できないから魔色の燕なんて蔑称を受けてたんじゃないか」

「あはは、ちゃんと覚えてるんだ。泥人形風情が」

「すべて覚えているわ。あなたが……私達と共にいたヴィーエとは違って、他人に何の興味も無くて、ただただ"ヒト"を逸脱しないようにだけを気を付けていた超常者である、ってこともね」

 

 黒白が舞う。かつて、あの時代では聖気と言われていたもの。

 魔力──その圧縮体。

 

 翼を広げて、瞬きの後にはゼルフの懐へと入り込んでいる。

 

「相変わらず──疾いな!」

感覚の鋭敏(カンク・エントラッテ)!」

 

 私の短剣を受け止めたゼルフ。そのまま剣を貫いてやろうと思ったのだけど、突如上がった彼の膂力に吹き飛ばされる。

 くるくると回転して此岸へ戻れば、眼前には火と氷の二種を纏う剣があった。

 今度は私が受ける番。

 

「……最大強化の俺の一撃を、片手でしのぐかよ! ヴィーエ!」

「今更でしょ? それにしても、一つ謝らなきゃね。──二人は泥人形じゃないんだ。だから特別扱いなんだね」

煌炎の灼柱(ティルト・フィアレンツ)

 

 立ち上がる灼熱の炎を避けながら、ゼルフ……ではなくアリアに対して各種属性魔法を撃っていく。

 彼女を守りに戻る……ことはない。だろうな、あの程度防げるという信頼があるだろうし。

 

 けど、ならば、だ。

 

極彩の死期(ディレイン)

 

 空中、大陸の臍の上空に巨大な魔法陣が印璽される。

 駆け巡る文字と回転を続ける環状魔法陣は、換期法則を一時的に無視して十色を許容する。

 最大範囲、最大威力の殲滅攻撃。国一つを更地にし得るその魔法は、アリアの組んだ涸界の落星(ワルド・サテラリグイト)によって迎撃される。

 とはいえ、アリアに扱える範囲を考えれば、ディレインの百分の一にも満たない。ゆえにアリアは極彩色に飲み込まれ──。

 

「カバー・ハ!」

「そんな不意打ちが通ると思う?」

「まさか」

 

 背後より聞こえた声。しかし左から斬りかかって来たゼルフの剣を止めて、直後に宙返りを行う。

 ディレインに飲み込まれたはずのアリアから打ち出された、貫通特化の魔術。こちらの頭蓋を貫く勢いのソレは、私が避けたことで──遠くの鉱山に直撃し、大爆発を起こす。

 

「やっぱりアリアは僧侶名乗るの止めた方が良いよね!」

「お前もシーフの膂力じゃねーよ!」

「それは確かに!」

 

 受け止めた剣に対し、私は一歩も退いていない。

 むしろ剣ごとゼルフを持ち上げ──ぶん、投げる。

 

「魔色変成!」

 

 空中にいるゼルフ。風の魔力でスロープを作り、身動きの取れない彼に向って突進する。

 

「オオ」

 

 オオ、オオオと。

 嘶きが聞こえる。

 

「本気で来いよ、ヴィーエ! 今まで俺達に見せてこなかった技も全部見せろ!」

「これを耐えてからいいなよ、ゼルフ。──去術理(サルスベリ)

 

 両手の短剣を合わせての刺突。

 大剣でこれを防いだゼルフは──驚くだろう。

 

 吹っ飛ぶことができない。やがて入る罅に、目を剥くしかない。

 

風止の大地(エンプロ・ヴァイアス)!」

「っ、助かった!」

 

 ……流石に判断が早い。

 なぜゼルフが吹き飛べないのかを瞬時に判断し、彼を「移動」で抑えつけていた私の風の魔力を散らしに来たか。

 

「魔色錬成──鍔爪(ツバクロ)

 

 長大な爪を形成。それが魔色で出来ていることくらい、すぐにわかっただろう。

 薙ぐ。薙ぎ払う。

 今度は受け止めないゼルフ。良い判断だ、受け止めていたら食いちぎられていたのだから。

 ただし私の追撃は止まない。(移動)のスロープから(経過)のスロープへと性質を変え、大気中のNull Essenceごとその場に爪痕を付ける。

 

 バリバリという雷を思わせる音が響くと同時、切り裂かれたことで一種の真空状態になったそこにNull Essenceが流れ込み、気流を発生させる。

 風の魔力操作ではない、自然の気流だ。故に風止の大地(エンプロ・ヴァイアス)では止められない。

 

固蝋壁(フェイズイン)

「異層淵残痕」

 

 結界。

 それも、「オーリ・ヴィーエ」では破れない強度の。

 

 嬉しいな。

 私の言葉などなくとも──成長しているのか、この二人は。それはやはり、泥人形ではないが故か?

 

「魔色相克……反照……填充……」

「っ、ゼルフ! 射撃姿勢!」

「おう!」

「Ias aduki hsemsi hso owuoki ogonosoyi mak.」

 

 食らい合う(時間)(空間)

 粒子の時点で厄介なのに、それを砲弾として打ち出す呪文詠唱。

 

 どれほど硬い結界だろうと、どれほど強い剣や盾を持っていようと、一撃のもと消し去り得る魔色の砲弾。

 

「──アリア! 壁の角度を流せ!」

「わかってる!」

 

 流される。直撃ではなく、その表面を滑る形に。

 そうして魔色の砲弾は固蝋壁(フェイズイン)の表面を大きく削り取って、けれど彼方へと消えていった。

 

葬列砲(カノン)!」

 

 ゼルフの大剣が打ち出される。射出だ。それは私へと一直線に向かい──受け止めた私の短剣を折り砕く。

 ……破砕術式! 仕込んでいたか!

 

告喰黒召(ツバクラメ)

 

 私の意表を突いたんだ、報酬に貫かれてあげてもよかったけれど、もう少し楽しみたいという気持ちが勝った。

 その大剣を食い潰し──大剣の照覧(ワトチド・グラットスォード)によって剣を生成する。

 

「武器差で泣き言を言わないようにね。ほら、あの頃ゼルフが使ってた剣。そのまんま」

「別に言わねぇけど、ありがたくもらっておくよ。──んじゃ第二ラウンドだ」

 

 嗚呼、を返す。

 

 

 

 

 長とゼルフは魔力の中で踊っていた。

 降り注ぐアリアの魔法を避けながら、長の魔色の粒子を避けながら、高速のもと切り結ぶ。

 三度、四度と繰り返していく内に、互いに互いの表情を捉えることができるようになる。

 

 笑顔だった。

 そこにあったのは、ただ。背後で攻撃と治癒を行っているアリアも笑っている。

 互いに引けない戦いだ。それが大した重要度を持つものでなくとも、この三人は信念からお互いを譲れない。

 蘇った二人と、続き続けた一人。

 

「引き分けも、退き分けも無しで行こうか!」

「ああ──神の尖兵となった……いや、初めからそうだったお前を、俺達は殺すよ!」

「空席の神ファトゥルム! その眷属! 魔色の燕の長、オーリ・ヴィーエ!!」

「全力を出してよ、渋らないでよ、人間!」

 

 今、世界の中心で次元震が起きている。

 魔色が舞う。まっすぐな魔力が降り注ぐ。

 三人以外は存在しない回旋曲。

 

 不可思議な呪文と共に魔法を纏う奏者が奏でる。魔纏を奏う。

 純粋な剣が落ちる。果てしない信念に裏付けられた剣が落ちる。

 世界を彩る光が溢れる。魔法の極致が繰り返される。

 

「良い夜だね……久しぶりに!」

「ああ、そうだな! 本当に……この夜は、魔王討伐の前夜を思い出すよ」

 

 合流した勇者パーティや他の精鋭パーティと共に、勝利を願った夜。

 自分たちならばできると、できないことはないと互いを認め、讃え合った夜。

 

 ──その末の全滅が無ければ、叙事詩にも謳われていただろうあの全景。

 灯の夜だった。騒の夜だった。決死の夜だった。

 あれこそ、あれらの色こそを、魔色と呼ぶべき色とりどりだった。

 

「懐かしむのなら、戦いを想いなよ! ──私一人を遺して死んだ、その無様をさ!」

 

 魔力で作り上げた、しかし魔力に依らない気流。その摩擦がバチバチと音を立てて光り、真白の稲妻を起こす。

 当然のように水面を渡りながら、照らし出された影を踏み合うようにして一進一退の攻防をする。

 一進一退。違う、防戦一方だ。

 

 アリアからの強化があるたびに押し返すことができるだけで、素の力では大きく劣る。

 ゼルフが、ヴィーエに。

 

 思い出せと。

 あれを、あの時の熱を。

 

「何をして死んだのか、覚えてないわけじゃないんでしょ!? ただただ、牙も立てられずに死んだわけじゃない! ──その程度じゃないだろ、魔色の燕!!」

「いいや、この程度だ。この程度が魔色の燕だ! 全部お前におんぶにだっこな、前しか見えない蛮勇パーティ! それが魔色の燕だった!」

「そう。そうよ。ヴィーエ。あなたがいなければ、私達はあんなにも有名にはならなかった。あなたがいなければ、私達は魔色の燕にはなれなかった。あなたを独りにさせておくのは惜しいと思ったのが運の尽き──私とゼルフの運命が尽きた瞬間。だからこそコーウェイは自死を選べた。そうでしょう?」

「じゃあ、なんで──なんで、後発組織に魔色の燕を名乗らせた! 違う名前でも良かったはずだ!!」

 

 即答、ではなかった。

 逡巡があった。確かにそこに、迷いがあった。

 その隙を突かれてゼルフはヴィーエに蹴り飛ばされる。

 

 飛ばされて、馬乗りになられて──容赦なく短剣を振り下ろされる。

 その中間に六角形の結界が入り込まなければ、ゼルフの顔には風穴が空いていたことだろう。

 

「……強制的に起こされた時、現代の色々を聞いた。俺達が負けた後、世界はどうなって、今何が起きているのか」

「……」

「ヴィーエを遺して魔色の燕は死んで、勇者も、国も、何もかも全滅して……ヴィーエただ一人が魔王を討って。……そのヴィーエも、凱旋の後に()()()()()()()()()()()

「……トム・ウォルソン。よくそんなことまで知ってたね」

「悔しかったんだよ。別に、パーティの名前なんか残らなくたっていい。ただ……全部お前のおかげじゃんか。お前のおかげで、世界は救われて……お前のおかげで、俺達はあそこまで理想を追い求められて。……その末路が……なんで、それなんだよ」

「どういうことだ、って問い詰めたわ。そうしたら、ウォルソンは淡々と語ってくれた。これだけの数が死んで、シーフだけ生き残るなんてあり得ない。敵前逃亡か、あるいは初めから魔王軍と共謀していたか。判決は後者で──ヴィーエは弁明の余地も与えられずに処刑された、って」

 

 短剣を落とす力は弱まらない。

 まだ、弱まらない。

 

「だから、組織に魔色の燕の名をつけた。どんな形でもいいから、忘れさせたくなかったからだ。刻みつけたかったからだ。悪名でもなんでもいい。お前の名が忘れられることだけは、耐えられない」

「私のためだ、って言いたいワケ?」

「違う。さっきから言ってるけど、俺達が耐えられないんだ。罪悪感で圧し潰されそうだったよ。……結局俺達は、お前の強さに惹かれて集まり、けれどお前以上に強くなろうとしなかった。できなかった。……俺がお前より強くても、魔王に勝てたかはわからない。けど、ボロボロになってでも逃げ帰って……お前をどっかに逃がすくらいはできただろ。あるいはみんなで別の国へでも行って、俺達の名を後世に残すこともできた」

「私達が弱かったから、あなたは悪者になって、あなたの名前も消えた。……そんなのって、無いじゃない」

 

 結界に、短剣が侵入する。

 怒りが膂力を与えているかのように。

 

「ならば──それを、我が神と、なんと結びつける」

「空席の神は時間を戻すことも記憶を変えることも事象を改変することも意のまま、なんだろ。──じゃあなんでヴィーエを救わなかったんだ。お前の心境なんか、そうさ、知ってるよ。別に俺達の事なんか大切に思ってないことくらい。自分のことばっか考えてて、他者に差し伸べる手なんか持ってないことも知ってる。けどいいじゃないか、それで。それで……たった一人で人類を救ったのは事実なんだから。なんでそれを咎められなくちゃいけない。なんでそれを讃えられていない。なんで空席の神は、ヴィーエが殺されることを良しとした!」

「人間の英雄としてでもよかったでしょう。ヴィーエの頑張りを否定する必要は無かった。創られた命だというのなら、天寿を全うさせてあげるくらいの寛容さくらい、あってもいいじゃない。……なんであなたは、死ななければならなかったの。……それが、何かの定めで、決まりごとのもとだった、というのなら……」

 

 弱まっていない。

 ヴィーエの力は弱まっていないのに──押し返されて行く。

 

「俺達は、神を許さない。神から世界を、お前を取り戻す」

「世界をめちゃくちゃにしてでも、世界から彩りが消えても、あなたに最期を迎えさせる。──努力には、報いを。私の死生観は知っているでしょう?」

「……さっき、言ったな。引き分けも退き分けも無いと。今……どちらかが死ねば、その願いは叶わなくなる。それはわかっているのか」

「わかってる。でもお前は、またここにいるじゃないか」

「ハ──……一度殺してから、復活させて、奪い返すと」

「そのためにはまず俺達の力を見せつけないといけないからな」

 

 であれば。

 であればだ、と。

 

 ヴィーエは、長は──凍り付くような目を二人に向ける。

 

「存外、くだらない理想(ユメ)物語だった。もう少し何か……人間染みた、縋りつくようなものでもあるのかと期待したが……私の名が残らないことに耐えられない? くだらないことを言うなよ。元から私達は有象無象だろう。憤るのなら、あの勇者の名が遺らなかったことの方だろう。一介のシーフ。一介の魔纏奏者の名など、あの場にいた者たちのほとんどが知らなかろうに」

 

 それを遺せ、などと。

 剰え、過去の人間の所業を否定する、などと。

 

「努力には、報いを。……アリア。魔色の燕の中で、唯一思想を受け入れられなかったのがお前だ、アリア。──人間は努力ではない。才だ。生まれ持つ特別性にこそ価値が宿る。そして、努力そのものもまた才だ。凡愚がいくら工夫を凝らしたところで良い結果なぞ望めない。──トム・ウォルソンは好例だろうに、何故学べない」

 

 飽いた、とでもいうように。

 全色の魔力が世界の中心に満ちる。

 

「努力は才能の装飾品だよ。残念ながら、な」

 

 万換食鬼(Actueater)

 全てを飲み込む口が開く。全てを表し、すべてを換えて、総てを食す口が開く。

 

「残念だと思えてりゃ──充分だ」

 

 そんな声さえも、食い尽くして。

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